2024年9月21日 (土曜日)

グラスパーの ”Code Derivation”

ロバート・グラスパー(Robert Glasper)は、米国ヒューストン出身のアメリカ人のジャズ・ピアニスト。1978年4月5日生まれだから、今年で46歳。ジャズ界の中では中堅も中堅。一番脂が乗った、一番充実した年頃である。

僕はこのグラスパーについては、2012年の第55回グラミー賞で最優秀R&Bアルバム賞を受賞したアルバム『ブラック・レディオ』で出会っている。内容的には明らかに21世紀の「ニュー・ジャズ」。

ジャズをベースに、R&B、ヒップホップ、ラップ、ネオソウル、ゴスペル、ブルースなど、米国ルーツ・ミュージックから、ストリート・ミュージックまでの音楽要素を融合した、独自の「グラスパー・サウンド」を確立している。

Robert Glasper『Code Derivation』(写真左)。2024年9月のリリース。ちなみにパーソネルは、以下の通り。

ジャズ・サイドとして、Robert Glasper (p, key), Walter Smith III, Marcus Strickland (sax), Keyon Harrold (tp), Mike Moreno (g), Vicente Archer (b), Kendrick Scott (ds)。

ラップ、ヒップホップとサンプリング・サイドとして、Jamari (rap), MMYYKK (rap), Oswin Benjamin (rap), Taylor McFerrin (vo, prod), Hi-Tek (prod), Black Milk (prod), Kareem Riggins (prod), Riley Glasper (prod)。

宣伝のキャッチを見ると「ジャズとヒップホップの違いと両者に共通する遺伝子にフォーカスしたアルバム」とある。
 

Robert-glaspercode-derivation

 
グラスパー曰く「ジャズは文字どおり、ヒップホップの原点なんだ。だから“Derivation(起源)”という言葉をアルバム・タイトルに使った。俺はこの2つのジャンルの巨匠たちとプレイしてきた。だから、自分のバンドで、友人たちと書いたジャズの曲を、友人であるドープなプロデューサーたちにサンプリングしてもらうというプロジェクトをやりたかったんだ」。

そんな理屈はともかく、このアルバムの基本は明確に「ジャズ」。現代のエレクトリックで静的で「スピリチュアル」なジャズの「縦横に広がる音世界」をバックに、モーダルなフレーズが展開され、ヒップホップをメインとした音要素とボーカルが有機的に融合した「グラスパー・サウンド」が展開されている。

現代の最先端を行くリズム&ビートを伴いつつ、サックス、トランペットの奏でるフレーズは、どこか懐かしい、1960年代のモーダルな響き、クロスオーバー・ジャズな、少しサイケでスピリチュアルな響き。サンプリングを駆使した音作りらしいが違和感は全く無い。しっかりとした、現代のコンテンポラリーな「ニュー・ジャズ」が展開されている様で、しっかりとした聴き応えを感じる。

クールでスピリチュアルなリズム&ビートが良い。とても充実している。やはり、ジャズの命は「リズム&ビート」。この「グラスパー・サウンド」独特のリズム&ビートが、この盤の音世界の「キモ」。

各楽器の響きとフレーズは明らかに「ジャズ」。そこにラップやヒップホップが絡むのだが、これがまあ「違和感ゼロ」。グラスパーの言う「ジャズは文字どおり、ヒップホップの原点」という意味が、このアルバムの演奏の数々を聴いて、実に良く理解できる。

実験的な側面を持つ企画盤であるが、そんな「実験臭さ」は全く感じない。僕は、このアルバムを、21世紀の、現代のコンテンポラリーなニュー・ジャズと聴いた。ジャズの最大の特質である「融合」を最大限に生かして、新しい「融合ジャズ」の音世界を聴かせてくれる。
 
 

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2023年11月 5日 (日曜日)

黒田卓也『Midnight Crisp』良好

我が国の中堅ジャズ・トランペッターの黒田卓也。1980年2月21日生まれ。兵庫県芦屋市出身。20歳でバークリー音楽大学へ短期留学。2003年に渡米、NYのニュースクール大学ジャズ科に進学。2014年、リーダー作『Rising Son』(Blue Note)でメジャー・デビュー。日本国内では、JUJU、orange pekoeなどのアルバムにアレンジャーやプレイヤーとして参加している。

黒田卓也『Midnight Crisp』(写真左)。2022年11月のリリース。ちなみにパーソネルは、Takuya Kuroda(黒田卓也) (tp), Corey King (tb, vo), Craig Hill (ts), Lawrence Fields (p, key), Rashaan Carter (b), Adam Jackson (ds)。前作『Fly Moon Die Soon』から約2年ぶりとなった最新作。前作同様、プログラミングと生演奏が絶妙に融合したリズム&ビートに乗った、現代のコンテンポラリーなエレ・ジャズ的な内容。「Miles Reimagined」な好盤である。

前作からの音志向を踏襲。基本はエレ・ファンク。メインストリーム志向の展開をしているので、黒田がトランペッターということもあって、まるで1970年代から1980年代のマイルス・デイヴィスのエレ・ファンクを聴いている気分になる。しかし、ファンクネスは日本人らしく、乾いていて軽い。それでも、プログラミングしているのであろうビートが切れ味よく効いていて、「Miles Reimagined」な好盤として楽しむことができる。
 

Midnight-crisp

 
トータルで33分程度の演奏なので、EP扱いとなっているみたいだが、内容が濃いので、ひとつのフル・アルバムとして聴いても何の違和感もない。これまでの「ファンク、ソウル、ジャズ、バップ、フュージョン、ヒップホップ」などの音の要素を取り込んで、現代における、21世紀における「Miles Reimagined」なエレ・ファンクに仕上がっているところが聴きどころ。特に、プログラミングと生演奏が絶妙に融合したリズム&ビートの処理が上手い。

そんなプログラミングと生演奏が絶妙に融合したリズム&ビートをバックに、黒田の切れ味良く、伸びの良い、テクニック優秀な、存在感抜群のトランペットが映えに映える。エレピやシンセなどのキーボード類の弾き回しも、しっかりエレ・ファンクしていて聴き味抜群。プログラミングと生演奏が絶妙に融合したリズム&ビートとエレ・ファンクしたエレピやシンセとが相乗効果を生んで、独特のグルーヴ感を醸し出している。

トランペット、テナー、トロンボーンのフロント3管が強力なアンサンブルを奏で、活力あるインタープレイを繰り広げる。リーダーの黒田として、トランペッターとしてのみならず、プロデューサー&コンポーザー、ビートメイカーとしての能力を遺憾無く発揮したエレ・ファンク基調のコンテンポラリーな純ジャズとして、十分に鑑賞に耐える、内容良好のなかなかの力作だと思う。
 
 

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2023年10月24日 (火曜日)

ゴーゴー・ペンギンの進化の途中

「踊れるジャズ」として、従来のピアノ・トリオの特徴であった「三者三様の自由度のあるインタープレイ」は排除。クラシック的な印象的なピアノにアグレッシブなベースとドラム。

演奏の中に感じ取れる「音的要素」は、クラシック、エレクトロニカ、ロック、ジャズと幅広。マイルスの開拓した「エレ・ジャズ」に、エレクトロニカを融合し、ファンクネスを引いた様な音。疾走感、爽快感は抜群。聴いていて「スカッ」とする。

英国マンチェスター出身のアコースティック・エレクトロニカ・トリオである「GoGo Penguin(ゴーゴー・ペンギン)」の音世界。オリジナル・メンバーは、ピアノのクリス・アイリングワースとドラムスのロブ・ターナー。2013年初旬にベーシスト、ニック・ブラッカが加わる。そして、ドラムがジョン・スコットに交代。所属レーベルも移籍し、心機一転、久々にフル・アルバムをリリースした。

GoGo Penguin『Everything Is Going To Be Ok』(写真左)。2022年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Chris Illingworth (p), Nick Blackas (b) Jon Scott (ds)。アコースティック・ピアノにベース、ドラムの伝統的なピアノ・トリオ編成と思いきや、音の志向としては「エレクトリック・ジャズ」。英国出身のバンドゆえ、音の響きは「欧州的」。
 

Gogo-penguineverything-is-going-to-be-ok

 
いかにも欧州的な、いかにも英国的な、洗練されたエレ・ジャズである。欧州的な響きとしては、どこか北欧ジャズの響きを宿していて、クラシック的な響きのする、印象的にエコーのかかったアコピとシンセ。ファンクネスは皆無。軽くエコーのかかった粘りのあるビート。どこか黄昏時の黄金色の輝きを見るような寂寞感漂うフレーズ。ゴーゴー・ペンギンの音はどこまでも「欧州的」であり「英国的」。

これまでのゴーゴー・ペンギンのアルバムよりも、ジャケットのイメージ通り、スカッと抜けた爽快感がより強くなり、音の質感がどこか「明るく抜けている」質感がメインになっている。温かみと明るさが増して、躍動感と疾走感が全面に押し出されている。

初期の頃のゴーゴー・ペンギンの音世界は着実に、ポジティヴな方向に変化している。そして、テクニック最優先の演奏構成から、バンド全体のグルーヴとビートを重視する演奏構成に変化しており、その分、シンプル感がアルバム全体を覆う。

スインギーな純ジャズ・トリオとは全く異なる、現代の「ダンス・ミュージック」的な、新しいイメージの「ピアノ・トリオ」。しんせを追加して正解。シンセのようなディストーションのかかったニックのベースと相まって、エレ・ジャズ感は増幅している。そこに「人力」の切れ味の良い、ウォームなビートを供給するスコットのドラムが絡む。

他のピアノ・トリオには無い響き。フュージョンでもなく、スムースでも無い。少なくとも、現代の踊れるエレ・ジャズ。この盤は、そんな「現代の踊れるエレ・ジャズ」の進化の途中を捉えた、ドキュメンタリーの様なアルバムである。次作がとても楽しみだ。
 
 

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2023年4月17日 (月曜日)

ペイトンのマイルスへの捧げ物

1980年代半ば辺りから始まった「純ジャズ復古」のムーヴメント。ウィントン・マルサリスをリーダーとする「新伝承派」、ブルックリンを中心に、そのアンチテーゼなジャズを展開した「M-Base派」などが、新しいメンストリーム志向の純ジャズを展開した。そんな中、1990年代のジャズ・シーンに現れ出でたトランペッター、ニコラス・ペイトン。

ニコラス・ペイトンは、ウィントン・マルサリス、ウォレス・ルーニーらと共に、次世代のジャズを担うトランペッターとして、将来を嘱望された。21世紀に入って現時点では、ウィントンは目立った活動が聞こえてこなくなり、ルーニーは、2020年3月、コロナでの合併症で他界した。ニコラス・ペイトンも今年で50歳。ペイトンだけが、現時点で、コロナ禍にも負けず、コンスタントにリーダー作をリリースし続けている。

Nicholas Payton『The Couch Sessions』(写真左)。2022年7月12&13日、NYでの録音。Smoke Sessions Recordからのリリース。ちなみにパーソネルは、Nicholas Payton (tp, p, rhodes & clavinet), Buster Williams (b), Lenny White (ds)。リーダーのニコラス・ペイトンが、マルチ・プレイヤーとして、トラペットとキーボードを担当し、ベースにバスター・ウイリアムス、ドラムにレニー・ホワイトというレジェンド級のリズム隊を擁したトリオ編成。
 

Nicholas-paytonthe-couch-sessions

 
アルバム全体の雰囲気は「マイルス・トリビュート」。タイトル通り、居間で寛ぎながらのセッション風の演奏が心地良い。冒頭のジェリ・アレン作の「Feed the Fire」では、ペイトンのマイルス風のトランペットは勿論のこと、ハンコック風のキーボードにも良い味を出していて、特にエレピはとても良い雰囲気。マイルスのバンドに所属していた経験のある、ウィリアムスのベース、ホワイトのドラムも、そんな「マイルス・トリビュート」な演奏にしっかりと追従している。

4曲目のウェイン・ショーター作の有名曲「Pinocchio」では、冒頭、マイルスについて語っている(と思われる)ペイトンのトークには、ウィリアムスやホワイトも合いの手や笑い声で応じている様子が録音されている。そして、続く演奏は、もろマイルスのペイトントランペット、ロン・カーター的なウィリアムスのベース、トニー・ウィリアムス的なホワイトのドラムが、このモーダルな難曲をクールに格好良く解釈し、疾走感&爽快感溢れるパフォーマンスに展開する。

確かに「マイルス・トリビュート」な演奏ばかりなんだが、マイルス・ミュージックの物真似になっていないところが良い。マイルス・ミュージックの「肝」の部分はしっかり押さえているが、演奏全体の雰囲気はペイトンのオリジナル。ところどころに、トークやサンプリング的なヴォイスやヴォーカルが入っているところを問題視する向きもあるが、僕は気にならない。それだけ、3人のパフォーマンスの部分が優れていてクールで格好良い。好盤です。
 
 

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2023年2月 3日 (金曜日)

ボーダーレスなジャズの響き

ロバート・グラスパーの5th.アルバム『Black Radio』から10年。ジャズ、ユーロ、ラップ、ヒップホップ、R&Bなど、ブラック・ミュージックを融合して、新しい響きを宿したニュー・ジャズな音世界も、いよいよ充実〜成熟の域に達したのでは無いかと感じる今日この頃。昨年、その集大成の様なアルバムがリリースされている。

Robert Glasper『Black Radio III』(写真左)。2022年2月のリリース。ネットの情報では「この作品は、社会の変化によって破壊された世界のフラストレーションとチャンスを、グラスパーが最も直接的に表現したもの」とのこと。ボイスの英語があまり聞き取れないので、そのメッセージの革新性は良く判らない。何とか理解出来るのは、そのバックの音の革新性。

以前、マイルス・デイヴィスが生前、遺作となったアルバム『Doo-Bop』で、ラップとエレ・ジャズの融合を試みたのだが、その試みが、ロバート・グラスパーの5th.アルバム『Black Radio』で、ほぼ完成の域に達したのでは、と感じたが、今回の『Black Radio III』では成熟の域に達し、1つのジャズの演奏スタイルとして定型化したのではないか、と高く評価している。
 

Robert-glasper-black-radio-iii_1

 
基本は、1960年代から綿々と引き継がれているブラック・ミュージック。このブラック・ミュージックの様々な響きを外していないところが素晴らしい。そして、ビートは「エレ・ファンク」。マイルスが起源となった「エレ・ファンク」を、現代の楽器環境、録音環境を積極活用して洗練されたビートは、これまた素晴らしい。

もともと、グラスパーは、ヒップホップ志向のピアニストだと思っているので、ジャズとヒップホップ、ラップを融合させた成果は、ジャズの歴史に残ると思っている。この「ブラック・レディオ」シリーズでは、ピアニストというよりは、バンドマスター的存在であり、どちらかといえば、プロデューサーとしての才能が際立っている。

フィーチャリングされた歌手の豪華な面子はやっぱり凄いですが、やっぱり、バックの音とリズム&ビートに僕は惹かれるなあ。ジャズとヒップホップ、ラップを融合させて、ブラック・ミュージックのサウンドの味付けをスパイスの様に忍ばせる、グラスパーならではの音世界は唯一無二。この最新盤は、その音世界がさらに研ぎ澄まされ成熟して、1つのマイルストーンの様な位置づけになっている。現代ジャズを理解する上では、避けて通れないジャンルのアルバムだろう。
 
 

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2022年12月10日 (土曜日)

マイルス・ジャズの新たな解釈

今週の水曜日に「マイルス・ジャズの高度な再現」と題して、マイルス・デイヴィス没後30年を記念し、ACTの創始者シギ・ロッホのキューレーションで、2021年にベルリンで行われたコンサートの模様をとらえたライヴ盤をご紹介した。

特に後半は、マイルスとギル・エヴァンスとのコラボでのジャズ・オーケストラの名演を、マグナス・リンドグレンのアレンジ&指揮の下、シオ・クローカー・カルテットとベルリン・フィルとの共演で再現したもので、なかなかの「聴きもの」だった。

『Miles Español - New Sketches of Spain』(写真)。2011年のリリース。曲毎に、メンバーを総入れ替えしているイメージ。収録曲もCD2枚組で16曲。1曲当たり平均5人としても、のべ80人以上になるので、パーソネルについては割愛する。マイルス・ディヴィス生誕85年・没後20周年記念企画盤である。

アルバムの概要を引用すると「敏腕プロデューサー、ボブ・ベルデンが、新たな解釈を加えた現代版『Sketches of Spain』を録音。チック・コリア、ジョン・スコフィールド、ジャック・ディジョネット等、マイルスゆかりのミュージシャンとスペインのアーティスト等を起用し、マイルスが“スペインのブルース”として捉えたフラメンコをより深化させたサウンドを展開」とある。
 

Miles-espanol_new-sketches-of-spain

 
この盤は「マイルス・ジャズの新たな解釈」の成果である。ボブ・ベルデンをプロデューサーとして、マイルス&ギルの『Sketches of Spain』をモチーフに大胆な新しい解釈を付加して、チック、ジョンスコ、ディジョネット等、マイルスゆかりのジャズマンと、興味深いのはスペインのアーティスト等を起用して、本場のフラメンコの雰囲気を前面に押し出しているところ。

CD2枚組、収録曲全16曲。それぞれの曲を担当するジャズマンのパフォーマンスも充実、素敵で小粋な「スパニッシュな雰囲気が横溢するジャズ」が展開されている。但し、『Sketches of Spain』をモチーフにしているだけなので、本家本元、マイルス&ギルの『Sketches of Spain』との関連性は、ほとんど感じることは無い。ボブ・ベルデンがプロデュースをした、新しい「ストイックなラテン・ジャズ」と言った方がピンとくる。

これって、チックが1970年代からずっとやってきたことやん、と、ちょっと心の片隅でぼやきつつ、それぞれの演奏については、非常に高度かつテクニカル、モーダルで即興性抜群とくるのだから、この盤については、本家本元の『Sketches of Spain』から切り離して、この盤のみで十分、鑑賞に耐える内容になっている。

タイトルがちょっと誤解を生むのかも。でも副題に「新しいスペインのスケッチ」とあるのだから、本家本元の『Sketches of Spain』を踏襲していなくても納得がいく。そうこの盤は「新しいスペインのスケッチ」を現代ジャズで、優秀どころが集まって、ブワーッとやっているという感じ。力作だと思います。
 
 

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2022年12月 7日 (水曜日)

マイルス・ジャズの高度な再現

この盤の宣伝文句を読んで、マイルスが亡くなってから、もう30年も経つのか、と改めて驚いた。マイルスが亡くなったのは、1991年9月28日。確かに、現時点で既に31年が経過している。マイルスが亡くなってからも、未発表音源が定期的にリリースされているので、没後30年と言われても、あまり実感が湧かないのが本音。

『Jazz at Berlin Philharmonic XIII: Sketches of Miles』(写真左)。2021年11月27日、ベルリンでのライヴ録音。ちなみにパーソネルは、Theo Croker (tp), Danny Grissett (p), Joshua Ginsburg (b), Gregory Hutchinson (ds), Magnus Lindgren (cond, ts,fl)。シオ・クローカー・カルテットにマグナス・リンドグレンをゲストに迎えたクインテット編成と、シオ・クローカー・カルテットとベルリン・フィルとの共演、の2形態。

マイルス・デイヴィス没後30 年を記念し、ACTの創始者シギ・ロッホのキューレーションで、2021年にベルリンで行われたコンサートの模様をとらえたライヴ盤。

前半は、シオ・クローカー・カルテットにマグナス・リンドグレンをゲストに迎えたクインテットで、マイルスの2つの黄金のクインテットで演奏されたモーダルなジャズを現代風にリメイク。後半は、マイルスとギル・エヴァンスとのコラボでのジャズ・オーケストラの名演を、マグナス・リンドグレンのアレンジ&指揮の下、シオ・クローカー・カルテットとベルリン・フィルとの共演で再現したもの。
 

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まず、前半のモーダルなジャズ。収録された曲は「Pinocchio」「Footprints」「My Funny Valentine」「So What」の4曲。これがまあ、本家本元を上回る内容の濃さで、見事に充実したモード・ジャズを聴かせてくれる。とにかく切れ味が良く、スピード感も抜群。これらの曲がマイルスの下で演奏されていたのが、1950年代後半から1960年代前半。その頃の演奏から比べると、遙かに精度も良く、密度も濃い。ジャズの演奏技術の進歩を強く感じる演奏の数々。

後半のジャズ・オーケストラの演奏については、ジャズとクラシックを融合させた作品を得意としているマグナス・リンドグレンの面目躍如。マイルスの場合は、ギル・エヴァンスのジャズ・オーケストラをバックにしていたが、この盤の場合は、バックにクラシック・オーケストラが控える。つまり、ジャズ・オーケストラの楽器それぞれのパートを、クラシックの楽器のそれぞれに置き換えていく、というアレンジが必要になるのだが、リンドグレンはその無理難題にしっかりと応えている。

収録曲は「Miles Ahead Suite」「Sketches of Spain Suite」「Porgy and Bess Suite」「All Blues」の4曲。いずれも、オリジナルの「マイルスのシンフォニック・ジャズ」と全く違和感の無いレベルで、クラシック・オーケストラをバックに再現されているのは見事。音の響き、音の重なり具合の再現性は半端ない。

オリジナルの演奏があるのなら、オリジナルを聴けば良いではないか、と思わないではないが、ジャズの演奏技術の進歩、ジャズのアレンジ技術の進歩を確認するのには必要な作業であり、これはこれで、有意義なチャレンジではないかと思う。実は、マイルス者としては、このライヴ盤を聴いていて、意外と楽しい気分になるのだ。それほど、このライヴ盤での再現性は素晴らしい。
 
 

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2022年11月 5日 (土曜日)

マイケルの素晴らしいライヴ音源

現代で活躍するジャズマンを見渡して見ると、ピアノ、トランペット、アルト・サックス、ベース、ドラムなどは、現代ジャズにおいて、演奏スタイルやトレンドをリードする「後を継ぐ者」がしっかりと存在している。が、テナー・サックスについては、ちょっと低調な感がある。

そもそも、マイケル・ブレッカーが、2007年早々に57歳で急逝してしまって、21世紀に入って、ブランフォードが活動を徐々にスローダウンさせて、それ以降、何人かの優れたテナーマンは現れ出でてはいるのだが、そんな中で突出した名前が浮かばない。

まあ、テナー・サックスについては、1967年に逝去した「ジョン・コルトレーン」という偉大な存在が未だに君臨していて、テナーマンの新人が出てくる度に、やれコルトレーンそっくり、だの、コルトレーンの方が優れている、だの、何かにつけ、コルトレーンと比較され、コルトレーンの存在は絶対で、常に低評価される傾向にあるので、正統な評価を得ることが出来無いのだろう。

Michael Brecker Band『Live at Fabrik, Hamburg 1987』(写真)。1987年10月18日、The Jazzfestival Hamburgでのライヴ録音。ちなみにパーソネルは、Michael Brecker (sax), Joey Calderazzo (key), Mike Stern (g), Jeff Andrews (b), Adam Nussbaum (ds)。テナー・サックスの雄、マイケル・ブレッカーがリーダーの、ギター入りクインテット編成。ライヴ・アット・ファブリーク・シリーズ第3弾になる。

録音年の1987年は、マイケルにとって、自身単独の初リーダー作がリリースされた記念すべき年。このライヴ盤では、とても充実したマイケルのサックスが堪能出来る。そして、ライヴ盤であるがゆえ、マイケルのサックスの個性がとても良く判る。
 

Michael-brecker-bandlive-at-fabrik-hambu

 
マイケルもデビュー以降、常にコルトレーンと比較され、やれ、コルトレーンの後継だの、やれ、コルトレーン以下だの、マイケルのテナーは、概ねコルトレーンのフォロワーと評価されていたが、このライヴ盤のマイケルのテナーを聴くと「それは違う」ことが良く判る。コルトレーンと似ているのは、ヴィブラートやフェイク無しのストレートな吹奏だけ。

マイケルのバンドの音志向は、どちらかと言えば、当時の「復活後のエレ・マイルス」を志向していたと感じる。とてもヒップで疾走感溢れる「クールなジャズ・ファンク」。

リズム&ビートは切れ味良くコンテンポラリーでファンキー。そんなリズム&ビートをバックに、クールでモーダルなフレーズを吹きまくるマイケル。そのフレーズは、シーツ・オブ・サウンドでもなければ、エモーショナルでスピリチュアルなフリーでも無い。

バックの演奏もそうだ。ジェフ・アンドリュースとアダム・ナスバウムの叩き出す、ポリリズミックでファンキーなリズム&ビートに乗った、キーボードのジョーイ・カルデラッツォとギタリストのマイク・スターンのインプロは凄絶。まるで、1960年代後半のエレ・マイルスのチック・コリアとか、ジョン・マクラフリンとかを彷彿させる、その「ど迫力と自由度」。
 
マイケルのテナーは、当時の「復活後のエレ・マイルス」におけるマイルスのトランペットのフレーズをフォローし、自家薬籠中のものとしたもので、それが唯一無二の個性なのだ。マイケルは、決して、コルトレーンのフォロワーでは無かった。それがとても良く判る未発表ライヴ盤。こんなライヴ音源が残っていたなんて。1987年辺り、タイムリーにリリースして欲しかったなあ。
 
 

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2022年10月29日 (土曜日)

Z世代のジャズデュオの出現!

ジャズは常に「深化」している。新しい演奏スタイルや演奏トレンドが出ることはまず無い時代になったが、新しい他ジャンルの音楽との融合とか、新しいテクノロジーの採用とか、今までのジャズをよりバリエーション豊かに、多様化に拍車をかける様な、新しい響きが芳しいジャズが、今でも時折、出現する。

そして、そういうジャズは、しっかりとジャズの「肝」である即興演奏を展開する。これがまた、今までに聴いたことの無い展開だったりして、これはこれで楽しめる。過去の、旧来のジャズ盤を聴き直すのも良いとは思うが、それではジャズは骨董品化してしまう気がして、それはそれで好きだが、逆に、努めて、今の最新のジャズの音は必ず聴く様にしている。

Domi & JD Beck『NOT TiGHT』(写真左)。2022年7月、ブルーノート・レーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Domi Louna (key), JD Beck (ds)。さすがはブルーノート、最新のジャズ・エレクトロニカ、現代のジャズ・エレクトロニカの秀作。アルバムのキャッチーコピーは「Z世代のジャズデュオ Domi & JD Beck、待望のデビューアルバム」。
 

Domi-jd-becknot-tight

 
演奏を聴いてみて「驚愕」。なんだこれ、超絶技巧の限りを尽くした様な演奏。加えて、この若さと小悪魔的可愛さのなりで、ハービー・ハンコックやアンダーソン・パーク、サンダーキャット、フライング・ロータス、ルイス・コール、ザ・ルーツなど名だたるアーティストと共演。ポップでキャッチャーで、適度なテンションの中、意外と迫力のあるビートの効いたジャズ・エレクトロニカが展開されている。

1970年代前半のマイルスのエレ・ファンクを、最新の機材・楽器をベースに、エレクトロニカに落とし込んだような、ライトだが質感溢れるファンキーなリズム&ビート。ローファイ新世代独特の無機質なファンクネスと躍動感溢れるグルーヴ。このビートとグルーヴ感が癖になる。演奏の底に流れているのは「アーバンなジャジーな雰囲気」で、演奏の展開は「即興演奏の妙」を伴ったジャズを感じる。

スペイシーでメロウで浮遊感溢れる、限りなく自由度の高いフレーズは、まるで「モーダルなエレクトロニカ」。いやはや、恐るべき才能が現れ出でた。これってジャズなのか、と訝しく思われるジャズ者の方々もおられるだろうが、1970年代以降のエレ・マイルスに違和感を持たないジャズ者の方々はすんなり受け入れられるジャズ・エレクトロニカの秀作だと思います。しっかりチャレンジして下さい。
 
 

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2022年10月18日 (火曜日)

チックの考えるエレ・マイルス

チック・コリアのリーダー作の振り返り。リーダー作の第3弾。前リーダー作『Now He Sings, Now He Sobs』で、録音当時、ピアノ・トリオの最先端を行くパフォーマンスを披露したチック・コリア。次作では、いきなり「フリー・ジャズ」に接近する。

Chick Corea『Is』(写真左)。1969年5月11–13日の録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (ac-p, el-p), Woody Shaw (tp), Bennie Maupin (ts), Hubert Laws (fl, piccolo-fl), Dave Holland (b), Jack DeJohnette, Horace Arnold (ds)。

チック・コリアがリーダー。ショウのトランペット、モウピンのテナー、ロウズのフルートがフロント3管。チックのキーボードに、ホランドのベース、そして、デジョネットとアーノルドのダブル・ドラム。

今の目で見ると、明らかに当時のマイルス・デイヴィスのバンドの編成を意識していることが判る。このパーソネルに上がったメンバーが全員で集って演奏することは無い。曲によって、メンバーを選別している。これもマイルス流のプロデュースのやり方を踏襲していることが判る。

それもそのはずで、チックが録音した時期は、チックがマイルス・バンドに参加していて、アグレッシヴでエモーショナルなローズをブイブイ弾き回していた頃。それでやっと合点がいった。この盤は、チックの考える「当時のエレ・マイルス」である。それで、この盤の内容がやっと理解出来る様になった。

以前は、この盤を聴いて「チックがフリー・ジャズに走った」と思って、しばらく敬遠していたのだが、改めて聴いてみて、そもそも、これって、フリー・ジャズでは無い。
 

Chick-corea-is
 

インプロビゼーションの進め方を統制する「リズム&ビート」が、演奏の底に流れていて、その「リズム&ビート」を決して外すこと無く、限りなく自由度の高い、アグレッシヴでクリエイディヴなモード・ジャズをやっている。

当時のマイルス・バンドとの違いは「ファンクネスの濃度」。「ジャズの即興性への飽くなき追求」と「クールでヒップなフレーズとビートの創造」については、マイルス・バンドと志向は同じ。

コリアのキーボード、ショウのトランペット、モウピンのテナー、ロウズのフルート。フロント楽器はいずれもハイテクニックでフレーズが尖りに尖っている。それでいて、フレーズのトーンはクールで革新的。切れ味良く、ダレたところは全く無い。

そして、要の「リズム&ビート」を担うのは、ホランドのベースと、デジョネット&アーノルドのドラム。ホランドのベースは、限りなく自由度の高いフロントのパフォーマンスの底を、負けずに自由度の高い、クリエイティヴなベースラインでガッチリ支える。デジョネット&アーノルドは、これまた自由度の高い、ポリリズミックなドラミングでフロントと対峙する。

やっとこの『Is』という盤の凄さが理解出来た気がする。現在では、このアルバム『Is』の演奏は『The Complete "Is" Sessions』で聴くことが出来るが、やはり、このオリジナル・アルバムの曲数と曲順、「Is」「Jamala」「This」「It」の順で聴くのが一番。オリジナル・アルバムの意図と志向が良く判るのでお勧め。

この『Is』の音志向は、チックの考える「当時のエレ・マイルス」。やっとこの『Is』について決着が付いた気分である。
 
 

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