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2026年8月 9日 (日曜日)

イブラヒムの ”Ancient Africa”

フォーキーでワールド・ミュージック的な響きを持つ、アーシーでゴスペルチックなジャズ・ピアノを全面的に押し出して、そのまんまのジャズ・ピアノをずっとイチ押しで弾き続けているピアニストがいる。Abdullah Ibrahim(アブドゥーラ・イブラヒム)、昔のデビュー当時の名前は、Dollar Brand(ダラー・ブランド)である。

僕はこの唯一無二の個性を持つピアニストの『African Piano』というソロ・ピアノ盤で、冒頭の「Bra Joe from Kilimanjaro」を聴くだけで、一瞬にして、心を撃ち抜かれた。緩やかな緊張感溢れるアーシーでゴスペルチックで骨太な左手のビートに乗って、右手が力強いタッチで、これまたアーシーでゴスペルチックなフレーズを紡いでいく。この「アーシーでゴスペルチックな」そして、力感溢れるタッチに完全に「やられた」。

Abdullah Ibrahim『Ancient Africa』(写真左)。Sackville(Delmark)盤。1973年2月18日、カナダ・トロントのスタジオ(Thunder Sound)にて録音。ちなみにパーソネルは、Abdullah Ibrahim (p)のみ。イブラヒム単独のソロ・ピアノ盤である。このタイトルを持つアルバムには、リリース時期や録音場所が異なる2つの重要な作品(JAPO盤”写真右”とSackville盤”写真左”)が存在する。これは、Sackville(Delmark)盤。
 

Abdullah-ibrahimancient-africa
 

もともと『Sangoma』と『African Portraits』という2枚のソロ・ピアノLPに分かれていた音源を、曲順を再構成して1枚のCDにまとめたもの。イスラム教への改宗とメッカ巡礼を終えた直後の録音であり、強烈なタッチとサステインペダルを駆使した、非常に濃密でスピリチュアルな祈りが込められている好盤、とされる。特に冒頭のメドレー「Ancient Africa」は凄まじいの一言。

キリスト教の賛美歌(ゴスペル)、南アフリカの伝統音楽、そして最先端のモダン・ジャズの語法とが、唯一無二な融合を果たしている。この融合は、他のピアニストには決して聴かれない、イブラヒムならでは、のもの。15分〜20分に及ぶ長大な即興演奏のスタイルは、キース・ジャレットが有名だが、そのキースの先駆け的存在であり、キースのソロを凌駕するオリジナリティを持っていると思料。

イブラヒムのソロ・ピアノは、欧州的クラシック臭が全く無く、あくまで「キリスト教の賛美歌(ゴスペル)、南アフリカの伝統音楽、そして最先端のモダン・ジャズの語法の融合」だけで勝負しているところが潔い。ジャズ以外の他のジャンル音楽のファンにも訴求したいという気持ちは微塵もないみたい。イブラヒムのソロ・ピアノの凄さは、この「我が道を行く」感である。
 
 

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2026年7月20日 (月曜日)

AEOCの”Great Black Music”

ECMレコード・カタログの1100〜1200番台のカタログを見ていて、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのアルバムが、ECMレコードのもとで4枚もリリースしていることに気がついた。

今から語るアルバムは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ(AEOC)が、5年間のレコーディング活動休止を経てリリースした最初のアルバムであり、ECMレーベルからのグループ初のアルバムである。

Art Ensemble of Chicago『Nice Guys』(写真左)。1978年5月、独の「Tonstudio」での録音。ECMの1126番。ちなみにパーソネルは、Lester Bowie (tp, celeste, b-ds), Joseph Jarman (sax, cl, perc, vo), Roscoe Mitchell (sax, cl, fl, perc), Malachi Favors Maghostut (b, perc, melodica), Famoudou Don Moye (ds, perc, vo)。

シカゴ派フリージャズの伝説的グループであるアート・アンサンブル・オブ・シカゴ(Art Ensemble of Chicago=AEOC)の、ECMレーベルでの初のアルバム。活動休止以降、5年振りのアルバムであり、グループにとって大きな転換点となったアルバムでもある。

1960年代後半から、アフリカの民族音楽や演劇的な要素を取り入れたアヴァンギャルドな即興演奏で知られていた彼らが、プロデューサーのマンフレート・アイヒャー率いるECMとタッグを組んだ作品。

ECMレコードのアルバム制作方針と録音手法により、従来の荒々しいフリー・ジャズとは一線を画す、整理されたエレガントな空間構成と緻密なアンサンブルがメインのフリー・ジャズに変身しているのが判る。
 

Art-ensemble-of-chicagonice-guys

 
5人のメンバーそれぞれが作曲を手掛け、ユーモア、アブストラクト、叙情性など多彩な世界観が1枚に凝縮されている。彼らの特徴は、サックスやベースといった通常のジャズ楽器に加え、「リトル・インストゥルメンツ(おもちゃの楽器)」と呼ばれる無数の小楽器を使用することです。これが、他のフリー・ジャズな演奏との大きな差異化要素のひとつになっている。

この盤でのAEOCのフリー・ジャズの特徴は、従来の一般的なフリー・ジャズの、エモーショナルなエネルギーの爆発や、高密度で激しい即興演奏では無く、音と音の間のスペースを重視した、静寂と空間を聴かせるフリー・ジャズであるということ。この「音の引き算の美学」は、従来のフリー・ジャズの熱量とは対極にある、現代音楽に近い緻密な空間構成を持っている。これが、AEOCならではの、唯一無二のフリー・ジャズになっている。

加えて、多くのフリー・ジャズが政治的メッセージや精神性を帯び、シリアスで難解な方向へ進む中、AEOCは演劇的なユーモアを前面に出している。

1曲目の「Ja」が象徴的で、フリー・ジャズの不穏な空気から突如として、当時最先端のポップスであった「レゲエ」のリズムへとジャンプする。リトル・インストゥルメンツを鳴らし、コミカルな歌声を即興の中に融合するスタイルは、シリアス一辺倒だったフリー・ジャズにおいて極めて異質であり、ポップかつ批評的な新しさを持っている。

そういうAEOCのフリー・ジャズは、自らの音楽をフリージャズという枠に留めず、「古代から未来へ(Ancient to the Future)」を掲げた「Great Black Music」と呼んでいる。R&B、レゲエ、ゴスペル、ファンクなど、黒人音楽の歴史すべてを内包したアプローチが、本作でより洗練された形で提示されている。欧州系フリー・ジャズの名盤です。
 
 

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2026年7月16日 (木曜日)

ECMのスピリチュアル・ジャズ

英国の現代ジャズ・トリオであるAzimuth(アジマス)。ブラジルの有名なクロスオーバー/フュージョン・バンド「Azymuth(アジムス)」とは異なる(気を付けたい)。本作の「アジマス」はイギリスの即興音楽や現代ジャズにおける重要人物たちによって結成された室内楽的ジャズ・トリオである。

Azimuth『The Touchstone』(写真左)。1978年6月、オスロの「Talent Studio」での録音。ECMの1130番。ちなみにパーソネルは、John Taylor (p, org), Kenny Wheeler (tp, flh), Norma Winstone (vo)。トランペット奏者のケニー・ウィーラー、ボーカリストのノーマ・ウィンストン、ピアニストのジョン・テイラーで構成された変則トリオ編成。とことんECMのサウンド・イメージを踏襲したスピリチュアル・ジャズ。

テイラーによるミニマルで催眠的なパルス・パターンやリリカルなピアノの旋律が演奏全体をリードしながら、ウィンストーンの楽器の一部として溶け込むような美しいヴォイス・パフォーマンスと、ホイーラーの哀愁を帯びたトランペットの音色とが、独創的かつスピリチュアルな絡み合いで、フレーズを紡ぎ上げていく。そこに、ECMらしい透明感のある、深いエコーの音響空間の中で、静謐ながらも緊張感に満ちた独自の即興演奏が展開される。
 

Azimuththe-touchstone  

 
実にユニークな即興演奏の世界。ECMレコードでしか為し得ない、欧州的で現代音楽志向な、ECMならではのスピリチュアル・ジャズの音世界。ウィンストンのボイス&ボーカルが効いている。これが明らかな差異化要素。歌詞を歌うだけでなく、自身の声を楽器のように扱う「ヴォイス」という即興表現が唯一無二である。このボーカルが、このあるアルバムの浮遊感&静謐感の中で、幽玄にスピリチュアルに響く。ボーカルを一つの楽器として扱う。見事である。

全曲の作曲をピアニストのジョン・テイラーが担当。現代音楽家スティーヴ・ライヒからの影響を強く感じさせる、ミニマルなピアノの反復パターンが催眠的であり、叙情的であり、ジャズで言うビートとグルーヴを提供している。このテイラーのピアノが、即興演奏ジャズの要となるリズム&ビートをしっかりと恐々している。そして、そこに、哀愁を帯びたホイーラーのホーンと、歌詞を持たないウィンストンの幽玄なヴォイスがレイヤリングされていくのが最大の特徴である。

アジマスの個性である「催眠的なミニマリズムと静謐な抒情性」が最大限に発揮されたアルバム。その変則的な楽器編成とスピリチュアルな音世界から、従来のジャズの枠に収まらない、ECMらしい「ニュー・ジャズ」として捉えられていたが、アンビエントやニューエイジ、チルアウト・ミュージックの先駆としての評価も高まっている。とにかく、とてもECMらしい音世界であり、スピリチュアルなジャズ世界である。
 
 

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2026年7月14日 (火曜日)

デジョネットの”New Directions”

ECMレコード・カタログの1100番台(#1101-1199)の当ブログでの記事化のコンプリートを目指している。1000番台については、全くの現代音楽志向(ECMのアイヒャーはこれが好きみたい)の即興演奏のアルバムについては記事化を控えたが、その他のアルバムについては記事化が完了している。そして、次は1100番台。これが結構、記事化が進んでいない。

Jack DeJohnette『New Directions』(写真左)。1978年6月の録音。ECMの1128番。ちなみにパーソネルは、Jack DeJohnette (ds, p), John Abercrombie (g, el-mandolin), Lester Bowie (tp), Eddie Gómez (b)。屈指のポリリズミックなドラマー、ジャック・デジョネットがリーダー。基本はピアノレス、ギターとトランペットがフロントと変則カルテット編成。曲によって、デジョネットがピアノを弾いている。

デジョネットの「一見交わりそうにない、強力で異なる個性を持ったキャラクターを一堂に会する」というアイデアのもと、集められたメンバーらしい。デジョネットのドラム、ゴメスのベースという、メインストリーム志向の純ジャズなリズム隊に、アート・アンサンブル・オブ・シカゴから、トランペットのレスター・ボウイ、欧州ジャズ志向のソリッドでストレートで、プログレッシヴなギターのジョン・アバークロンビーと、確かに一見どころか、こんなチャンスでもないと未来永劫交わることの無いメンバーである。
 

Jack-dejohnettenew-directions  

 
ディジョネットの空間的かつシャープなポリリズミックなドラミング、ジョン・アバークロンビーの浮遊感溢れる捻れギター、そしてエディ・ゴメスの堅実なベース。この3人が創り出すECMらしい透明感のあるサウンドがベースとなって、そこにフリー・ジャズ界の奇才レスター・ボウイが加わる。独特の緊張感と実験精神の下、そしてスピリチュアルでモーダルな即興演奏が展開されている。そして、時折、静寂とカオスが織りなす緊張感が顔を出す。

アバークロンビーのアタック感を消した、浮遊感のあるギター&エレクトリック・マンドリンが、アルバム全体にスピリチュアルなトーンを与え、アヴァンギャルドなボウイのトランペットが、ハーフバルブを駆使した歪んだ音、うなり声のようなグロウ・トーン、叫び声のようなハイノートなどを多用して、そのスピリチュアルなトーンを増幅する。そして、デジョネットとゴメスの変幻自在、硬軟自在、緩急自在なリズム&ビートが、フロントの二人をがっちりサポートしている。

ECMの洗練された欧州的なニュー・ジャズの音世界と、米国ブラック・ジャズの生々しいダイナミズムとの完璧な融合がここにある。緻密な4ビートや美しいモーダル・ジャズ(伝統)、フリー・インプロビゼーション(前衛)、そしてエレクトリック・ギターやマンドリンを取り入れたクロスオーバーなアプローチ(フュージョン)が、1枚のアルバムの中に違和感なく同居している。1970年代ジャズの名盤の一枚。
 
 

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2026年6月12日 (金曜日)

ECMの音世界の完璧な具現化

これは傑作だろう。北欧の冷涼で幻想的なサウンドと、創造的で圧倒的な即興演奏が融合した、初期ECMを代表する傑作。モダン・ジャズの枠組みを飛び越え、裾野を広げ、アンビエント・ミュージック(環境音楽)や現代音楽、プログレッシブ・ロックの要素までをも内包した、緊張感溢れ、切れ味鋭い、底知れぬ深みを持つ独自の静謐な音世界を構築している。

『Terje Rypdal / Miroslav Vitous / Jack DeJohnette』(写真左)。1978年6月、オスロの「Talent Studio」での録音。ECMの1125番。ちなみにパーソネルは、Terje Rypdal (g, g-syn, org), Miroslav Vitouš (b, el-p), Jack DeJohnette (ds)。トリオ3人による、ECMの標榜する音世界「沈黙の次に美しい音」を具現化した、完全な即興演奏の記録。

ジャック・デジョネットの鋭く変幻自在なシンバルワークと、アグレッシブでポリリズミックなドラミング。ミロスラフ・ヴィトウスのソリッドでモーダルな自由度の高いベースライン、アルコを使った幻想的なベースプレイ。ノルウェー出身のギタリスト、テリエ・リピダルの独自のディレイやボリュームペダル、ギターシンセを駆使した、クリスタルで冷涼な空間的な美音を飛翔させるギタープレイ。この3人によるインタープレイが尋常では無い。
 

Terje-rypdal-miroslav-vitous-ja_20260612214101  

 
ヴィトウスの哀愁を帯びたベースライン、リピダルのドライブ感あるギター、デジョネットのポリリズミックな緩急自在・変幻自在・硬軟自在なドラミング。そして、単なる「ギター・ベース・ドラム」のトリオにとどまらず、メンバーが複数の楽器やエフェクターを駆使してオーケストラのような空間的な広がりを作っている。この3人の「三位一体」となったインプロビゼーションの圧倒的な空気感、即興演奏の緊張感、豊かな音の色彩感は、筆舌に尽くしがたい。

冒頭の「Sunrise」からして、既にただならぬ雰囲気の音世界。デジョネットの緊張感溢れる切れ味抜群のシンバルワークから始まり、エレキピアノでベースラインを表現する独創的なアプローチが重なり、そこにリピダルの魂を揺さぶるエレキギターが飛翔し浮遊し、切れ込む。この冒頭の1曲が、このアルバム全体の音世界を代表している。

米国のジャズとは一線を画す、1970年代以降の「欧州ジャズ」のアイデンティティを決定づけた、歴史的一枚である。非現実的で、痛烈な美しさを持つ音響空間、ジャズの枠を超越したスピリチュアルな音楽といった、ECMが追求する「沈黙の次に美しい音」を完璧に具現化した一枚である。
 
 

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2026年6月 9日 (火曜日)

ECM流のフュージョン・ジャズ

前々作、1975年2月の録音の『Clouds in My Head』では、北欧ジャズを基本としたクロスオーバー・ジャズ、若しくはジャズ・ロックをやった。1976年10月録音の前作『Shimri』では、典型的なECMサウンドの中での欧州的なモード・ジャズ、静的でリリカルでクールで透明度溢れるモード・ジャズをやってのけた、ノルウェー出身のベーシスト、アリルト・アンデルセン。このアルバムはECMでのリーダー作第3作目である。

The Arild Andersen Quartet『Green Shading into Blue』(写真左)。1978年4月の録音。ECMの1127番。ちなみにパーソネルは、Juhani Aaltonen (ts, ss, fl), Lars Jansson (p, moog-syn, string ensemble), Arild Andersen (b), Pål Thowsen (ds, perc)。純アコースティックな路線から一歩進み、「初期フュージョン〜アンビエント・ジャズ」への架け橋となった作品。

前作とガラッと変わって、ECMレーベルのサウンド色に見合った、北欧の「フュージョン・ジャズ」的な音作り。1970年代後半の米国フュージョンによくある「派手なシンセ・ソロ」では無い、ラルス・ヤンソンが奏でるミニ・モーグやストリング・アンサンブルによって、アコースティックな響きの中に、ほのかなエレクトロニクスの色彩が加わり、より浮遊感のあるモダンな仕上がりとなっている。
 

Thearild-andersenquartetgreen-shading-in

 
4曲目の「Radka's Samba」が象徴的。クールでありながら疾走感のあるリズムが特徴で、純ジャズ、メインストリーム・ジャズとは明らかに一線を画している。この曲は一言で言うと「ECM流のジャズ・サンバ」。この曲が持つ「思わず頭を振ってしまう(Head-bobbing)ようなダンサブルなビートが、どう聴いても、それまでのECMジャズとは雰囲気が異なる。ECM流の北欧フュージョン・ジャズと言っても良い演奏内容。

リーダーのアンデルセンの「地を這うベース」。ラルス・ヤンソンが操る「背景に溶け込む電子音」。ポール・トヴセンの「自然界のざわめきの様な」繊細なパーカッション。ユハニ・アールトネンの「スピリチュアルな咆哮と静寂」。この4人の個性が、ECM流のフュージョン・ジャズを奏でている。この聴き易く、エレクトリックなイージーリスニング志向の音作りは、当時流行した「フュージョン・ミュージック」と符号が一致する。

長らくオリジナルのLPは廃盤状態が続き、わが国では、CDリイシューもなされず、完全にマイナーな存在のアルバムである。今では、2010年に、本作を含む初期カルテットの3部作が『Green in Blue: Early Quartets』という3枚組CDボックスとしてECMから復刻され、サブスク・サイトからストリーミング聴取が可能となって、やっとその内容を確認することが出来るようになった。ECMの異色盤である。
 
 

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2026年6月 8日 (月曜日)

キューンの熱く激しいECM盤

ECM Recordsのカタログ番号1101〜1199(1100番台)。キース・ジャレット、パット・メセニー、チック・コリアといったスターたちの歴史的名盤を生み出し、レーベルの代名詞である「静寂の次に美しい音楽」という世界観を完璧に決定づけたシリーズであるが、わが国では、そんなスター達のアルバムだけがリリースされ、他のアルバムはなかなかリリースされなかった。よって意外と当時は知らなかった隠れ好盤がずらずら。

Steve Kuhn『Non-Fiction』(写真左)。1978年4月、旧西ドイツの「Tonstudio」での録音。ECMの1124番。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p, perc), Steve Slagle (ss, as, fl, percu), Harvie Swartz (b), Bob Moses (ds)。米国出身のピアニスト、スティーヴ・キューンのECMレーベルでの4枚目のリーダー作。スティーブ・スレイグルのサックスがフロント1管のカルテット編成。

美しいメロディ、変拍子を交えた緊迫感のあるポリリズム、そしてECMらしい透明感と空間の広がりが融合した音世界が特徴。ECMという欧州ジャズの老舗レーベルでの制作とはいいながら、米国ジャズの伝統とアヴァンギャルドな実験精神が飛び交う、しかしながら、音の響きは欧州ジャズという、ECMレーベルならではの、米国と欧州のジャズが融合した、独特の音世界が広がっている。
 

Steve-kuhnnonfiction

 
リーダーのキューンのピアノは「尖っている」。叙情的なメロディを紡ぎながらも、予測不能でエッジの効いたコード展開を行うスタイルは、ECMジャズの中でも、メンストリームな純ジャズ路線を踏襲する音。ニュー・ジャズ系の耽美的でリリカルな「広がる様な透明感」とは、また違った、硬質でクリスタルな「切れ味の良い透明感」がこのアルバムに広がっている。

この盤では「即興演奏の爆発力とドライブ感」を徹底追求している。スレイグルのフルートとスワルツのベースが美しく絡み合う「The Fruit Fly」や、ファンキーなロック調のビートから4ビートのジャズへとスリリングに展開する11分超の大作「Alias Dash Grapey」など、バラエティに富んだアンサンブルやインタープレイを聴くことが出来る。

本作の直後、キューンは歌手のシーラ・ジョーダンを迎えたバンド活動へとシフトしたため、この「インストゥルメンタル・カルテットによる純粋な熱量」を捉えた録音としては、この盤のパフォーマンスがピークだと思う。シンプルで判り易いが、かなり高度で複雑なメインストリーム系純ジャズを展開している。キューンのピアノを語る上で、この盤は外せないだろう。
 
 

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2026年6月 5日 (金曜日)

ECMレーベルのエンリコ・ラヴァ

総帥プロデューサー、マンフレート・アイヒャーが率いるECMレーベル。ドイツのミュンヘンの本社を構え、欧州ジャズの老舗レーベルとはいえ、どちらかといえば、北欧ジャズ中心の耽美的でリリカルな即興演奏を主体としたコンテンポラリー・ジャズがメインと誤解されることがしばしば。

しかしながら、欧州各国の純ジャズもしっかり網羅していて、時に米国ジャズマンも招聘して、多国籍な編成でのECMジャズも制作しているから、目が離せない。欧州ジャズの現在位置を確認するには、ECMレーベルのその時その時のアルバムを聴くのが、一番、手っ取り早い。

『Enrico Rava Quartet』(写真左)。1978年3月、西ドイツの「Tonstudio」での録音。ECMの1122番。ちなみにパーソネルは、Enrico Rava (tp), Roswell Rudd (tb), Jean-François Jenny-Clark (b), Aldo Romano (ds)。イタリアン・ジャズの至宝トランペッター、エンリコ・ラヴァのECMレーベルでのリーダー作である。

リーダーのエンリコ・ラヴァは伊出身のトランペッター。ロズウェル・ラッドロズウェル・ラッドは米国出身のフリー・ジャズ界の重鎮ロンボニスト。ジャン=フランソワ・ジェニー=クラークは仏出身のベーシスト。アルド・ロマーノは伊出身のドラマー。伊米仏の大陸を跨いだ多国籍なピアノレスの変則カルテット。
 

Enrico-rava-quartet  

 
いかにもECMらしい取り合わせなんだが、総帥プロデューサーのアイヒャーの発想は理解し難い。しかし、出てくる音は、しっかりECMの響きを宿しているのだから感心する。出てくる音は、イタリアン・ジャズの哀愁と叙情的なメロディ、そしてフリー・ジャズの先鋭的なアプローチが絶妙に融合した音世界である。

ピアノレスのフロント2管(トランペット+トロンボーン)のカルテット演奏で、伝統的な純ジャズの硬派な雰囲気に、イタリアン・ジャズ独特の哀愁感漂う叙情的でリリカルなフレーズの展開、時々、アヴァンギャルドでスピリチュアルなフリー・ジャズへとブレイクダウンするスリリングな演奏が素晴らしい。

エンリコ・ラヴァの哀愁を帯びた抒情的なトランペットと、ロズウェル・ラッドの豪快でアーシー(泥臭い)なトロンボーンのフレーズが、互いに絡み合いながら見事なコントラストを描いていて、自由度の高いアンサンブルが繰り広げられている。これが、とても「欧州ジャズ」らしい響きと展開。イタリア・ジャズと米国ジャズの邂逅なんだが、しっかりと、欧州ジャズしていて、しっかりと、ECMジャズしている。

これぞ、アイヒャー・マジックなんだろう。このアルバムには、ECMレーベルの音と響きをしっかり反映した、1970年代後半のイタリアン・ジャズの最先端の音が展開されている。根底にはニューオーリンズ・ジャズのような伝統的なお祭り騒ぎ(祝祭感)や、イタリア独特の美しいメロディが漂っていて、実に興味深い内容に仕上がっている。意外とこの盤、イタリアン・ジャズの「隠れ名盤」である。
 
 

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2026年6月 4日 (木曜日)

インプロバイザーなタウナーです

1977年から1981年にかけてのリリース。キース・ジャレット、パット・メセニー、チック・コリアといったスターたちの歴史的名盤を生み出し、レーベルの代名詞である「静寂の次に美しい音楽」という世界観を完璧に決定づけた、ECM Recordsのカタログ番号1101〜1199(1100番台)。今日はそのECM1121番。

Ralph Towner『Batik』(写真左)。1978年1月、オスロの「Talent Studios」での録音。ちなみにパーソネルは、Ralph Towner (12-string guitar, classical-g, p), Eddie Gómez (b), Jack DeJohnette (ds)。アコースティック・ギターの透明感あふれる響きとパフォーマンス、卓越したリズム隊による即興演奏とが融合した、「ECMのサウンド」を代表する好盤の一枚。

ECM御用達、ECMのハウスギタリストの一人、ラルフ・タウナーの繊細かつ耽美的なアコギとピアノに対し、ジャズ界屈指の実力派リズム・セクションの担い手、ベースのエディ・ゴメスと、ドラムのジャック・デジョネットを迎えた、変則的なピアノレス・トリオ(一部の曲でタウナーがピアノを演奏)で録音されている。特に、米国東海岸ジャズがメインのエディ・ゴメスの参加が目を引く。
 

Ralph-townerbatik

 
このアルバムの「静謐感とダイナミズム」は半端ない。ECM特有の「透明感のある美しい響き」をベースにしつつも、ディジョネットの躍動的でポリリズミックなドラミングと、ゴメスのゴリッとした強靭な骨太ベースが絡み合うことで、単なるヒーリング・ミュージック志向なニュー・ジャズに留まらない、欧州的で正統派硬派で、スリリングなジャズの即興性を生み出している。

タウナーの唯一無二の「12弦ギター」によるパーカッシブなアプローチが見事。ギター自体を打楽器のように激しく鳴らすことで、強靱なリズム隊と呼応して、トリオのグルーヴを先導している。そして、タウナーな優秀なピアニストでもある。この盤では、「ピアニスト」としてのタウナーの深化を感じることができる。タウナーの弾く叙情的なピアノと伝説的ベーシストのゴメスとが対話する瞬間は、贅沢な聴きどころである。

「Batik(バティック)」とはインドネシアなどの伝統的な「ろうけつ染め(更紗)」の意。その名の通り、音が幾重にも織り重なり、美しい模様を描き出すような芸術的な世界観が表現されている。そして、この盤には「ECM的アグレッシブさ」=ストレートなジャズの即興のスリルに溢れている。インプロバイザーとしてのタウナーをとことん楽しめる。
 
 

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2026年5月25日 (月曜日)

コナーズの奇跡的に美しい一瞬

ビル・コナーズ(Bill Connors)。1949年、米国ロス生まれで、今年で76歳、チック・コリアの第2期Return to Foreverの最初のギタリストというイメージが強い。『Hymn of the Seventh Galaxy』でのロック寄りの流麗でクロスオーバーなエレギが印象的だった。

だが、1975年、ECMから初リーダー作『Theme to the Gaurdian』をリリースした時には、全編アコースティック・ギターでの、内省的でリリカルで耽美的な、まさしく、ECMらしい内省的で空間美に溢れた「典型的なECMサウンド」を前提とした、フラメンコやクラシックの要素を孕んだダークかつ繊細なギタリストに変貌していた。

Bill Connors『Of Mist and Melting』(写真)。1977年12月、オスロの「Talent Studio」での録音。ECMの1120番。ちなみにパーソネルは、Bill Connors (g), Jan Garbarek (ts), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。そんな、米国出身のギタリスト兼作曲家ビル・コナーズの2枚目のリーダー作になる。

パーソネルが凄い。当時のECMレーベルを代表する「スーパーグループ」とも言える最高峰のカルテット構成で録音されている。北欧を代表するECMのハウス・サックス奏者、ヤン・ガルバレク、ベースのゲイリー・ピーコックと、ドラムのジャック・ディジョネットは、のちにキース・ジャレットの伝説的な「スタンダーズ・トリオ」を形成する最強のリズム隊である。
 

Bill-connorsof-mist-and-melting
 

リーダーのコナーズのフラメンコやクラシックの要素を孕んだダークかつ繊細なギターと、ガルバレクの透明感がありつつも情熱的なサックスのブローとが、美しいコントラスト。コナーズとガルバレクは、先日ご紹介した、ガルバレクの傑作『Places』にゲスト参加したことで意気投合して、このアルバムでの共演となったとのこと。

コナーズは「このECM時代はクラシック(ナイロン弦)ギターに異常なほど没頭していた」と回想している。完璧なフィンガー・ピッキングによる室内楽的なダイナミクスが特徴で、音楽的には、冷徹で理知的な北欧の「静寂(Cool)」と、フリージャズやフラメンコに近いアグレッシブな「情熱(Hot)」が絶妙にブレンドされている。

しかし、このアルバムにおいては、コナーズのリーダー作であるのも関わらず、ガルバレクのサックスの存在感が圧倒的。ガルバレクの独自のサックスの音色が非常に目立つ(笑)。最初、聴いた時は、このアルバムは「ガルバレクのリーダー作」と勘違いしたくらいだ。確かに、主役であるはずのコナーズのアコギや、ピーコックのベースの音が控えめで、ミキシングにちょっと問題を抱えていた様にも感じる。

それでも、このアルバムは、素晴らしい透明感と3次元的な空間表現、コナーズのアコギとガルバレクの、耽美的で躍動的なコントラスト、ピーコックとディジョネットの卓越したインタープレイを前提とした、内省的で空間美に溢れた「典型的なECMサウンド」を展開した好盤として評価されて良い。コナーズのアコギの「奇跡的に美しい一瞬を切り取った一枚」でもある。
 
 

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