2024年11月15日 (金曜日)

ECMの個性は「ニュー・ジャズ」

ECMレコードの個性は「ニュー・ジャズ」。従来の4ビートがメインのモダン・ジャズではない、即興演奏と他のジャンルの音楽との融合をメインとした新しいジャズ。クラシック音楽や現代音楽を育み、国々での個性的な民族音楽が存在する欧州だからこそ生まれた「ニュー・ジャズ」。

Egberto Gismonti『Sol Do Meio Dia』(写真左)。1977年11月、オスロの「Talent Studio」での録音。ちなみにパーソネルは、Egberto Gismonti (8-string g, kalimba, p, wood-fl, voice, bottle), Naná Vasconcelos (perc, berimbau, tama, corpo, voice, bottle : tracks 2, 3 & 5), Ralph Towner (12-string g : tracks 1 & 5), Collin Walcott (tabla, bottle : track 2), Jan Garbarek (ss : track 5)。

タイトル『ソル・ド・メイオ・ディア』は、ポルトガル語で「真昼の太陽」。ブラジルの作曲家、ギタリスト、ピアニストのエグベルト・ジスモンチのアルバム。その内容は、典型的な「ECMのニュー・ジャズ」。楽曲はすべてジスモンチのオリジナル。出てくる音は、ワールドミュージック志向の静的な即興演奏。どこか現代音楽にも通じるクールで透明度の高い即興演奏。
 

Egberto-gismontisol-do-meio-dia

 
ECMでのジスモンチは「ジャズ的な奏者」に軸足を置いている。ギターやピアノを抜群のテクニックで奏でるジスモンチが、たっぷり記録されている。ジスモンチの曲も個性的で良いが、各曲、静的でスピリチュアルな即興演奏が聴きもの。曲ごとに、ECMの「ハウス・ミュージシャン」的ミュージシャンが充てられ、スリリングで耽美的なインタープレイが繰り広げられる。

ナナ・ヴァスコンセロスのパーカッションが静的なインタープレイに躍動感を与え、ラルフ・タウナーの12弦とヤン・ガルバレクのソプラノ・サックスがスピリチュアルな響きを増強し、コリン・ウォルコットのタブラがワールド・ミュージックな音要素を強調する。そこに、ジスモンチのギターやピアノが絡み、対話し、対峙する。

このアルバムは、エグベルトがアマゾンのシングー族と過ごした時間にインスピレーションを受けており、アルバムはシングー族に捧げられている、とのこと。確かに、ジスモンチのピアノやギターのフレーズが入ってくると、そこに「ブラジリアン・ミュージック」の響きが、ワールドミュージック志向の静的な即興演奏に滲み出てくる。ECMレコードならでは、のワールドミュージック志向の「ニュー・ジャズ」である。
 
 

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2024年11月14日 (木曜日)

ECMサウンドのモード・ジャズ

月刊誌レココレの2024年11月号の特集「ECMレコーズ」にある「今聴きたいECMアルバム45選」。この特集のアルバム・セレクトが興味深く、掲載されているアルバムを順番に聴き直し&初聴きをしている。どの盤にも新しい発見があって、実に楽しい。今回のアルバムは初めて聴く「初聴き」盤。

Arild Andersen『Shimri』(写真左)。1976年10月、オスロの「Talent Studios」での録音。ECMの1082番。ちなみにパーソネルは、Arild Andersen (b), Juhani Aaltonen (ts, ss, fl, perc), Lars Jansson (p), Pål Thowsen (ds)。ノルウェーのジャズ・ベーシスト兼作曲家アリルド・アンダーセンの2枚目のアルバムである。

典型的なECMサウンド。耽美的でリリカル、静的スピリチュアルな展開、力強くブリリアントな管の響き、切れ味良く透明度の高いリズム隊のリズム&ビート。リーダーのアンダーセンがノルウェー出身、サックス担当のアールトネンはフィンランド出身、ピアノ担当のヤンソンはスウェーデン出身、ドラム担当のトーセンはノルウェー出身。カルテットのメンバー全員が北欧出身だが、北欧ジャズ独特の響きとフレーズは希薄。
 

Arild-andersenshimri

 
ゆったりとしたミッド・テンポの演奏がメイン。演奏される展開はモーダル。演奏の雰囲気、響きはECM流のヨーロピアンな純ジャズ。そう、この盤の演奏は「欧州的なモーダルな純ジャズ」。ピアノのヤンソンのモーダルなアドリブ・フレーズは、どこか米国的。しかし、音の響きは「欧州的」。この盤の音世界は、米国的なモーダルな純ジャズを、ECMレーベルというフィルダーを通して、ECMサウンドを纏った「欧州的な響きのするモーダルな純ジャズ」に変換したが如くの音世界。

アンダーセンのベースは力感溢れる、しっかり「胴鳴り」のする、骨太なアコースティック・ベース。モーダルな演奏のベース・ラインをしっかりと押さえ、フロント楽器がアドリブ・フレーズを奏でる時は、しっかりと展開の底を支え、時に自らが前面に出て、印象的で骨太なアドリブ・ソロを聴かせる。ピッチもしっかりあって破綻が無い、いかにも「欧州ジャズ」的なアコベの音。聴き味抜群なベース音。

ECMレーベルのアルバムについては、即興演奏をメインとした、伝統的なジャズとはかけ離れた「ニュー・ジャズ」なアルバムが多数あるが、この盤は違う。この盤は、典型的なECMサウンドの中での欧州的なモード・ジャズ。静的でリリカルでクールで透明度溢れるモード・ジャズ。この盤では、ECMレーベルの中では、ちょっと異質な、伝統的なジャズが展開されている。とても興味深く、ECMとしてユニークな盤だと僕は思う。
 
 

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2024年11月 4日 (月曜日)

ECM流クロスオーバー・ジャズ

John Abercrombie『Night』(写真左)。1984年11月20日、NYでの録音。ミックスはオスロ。ECM 1272番。ちなみにパーソネルは、John Abercrombie (g), Michael Brecker (ts), Jan Hammer (key), Jack DeJohnette (ds)。

ECMのハウス・ギタリスト、ねじれのジョン・アバークロンビー(略して「ジョンアバ」)、当時、若き精鋭テナーマンのマイケル・ブレッカー、伝説のロック・ギタリストのジェフ・ベックとの共演歴もある「キーボードの怪人」ヤン・ハマー、そして、ポリリズミックなレジェンド・ドラマーのジャック・デジョネットの変則カルテット。

よく見るとベーシストがいない。が、演奏を聴いていると、ベース音が無い方が明らかに、この盤の演奏の音世界に向いているので、ECMの総帥プロデューサー、マンフレート・アイヒャーがリハの段階でベースをオミットした可能性がある。ハマーがエレクトリック・キーボードでありながら、ベースペダルでベースラインも弾いているので、演奏全体として、ベースラインは必要最低限でキープされている。

そして、よくよく振り返ってみると、アルバム『Timeless』のトリオに、マイケルのテナーが参加したイメージの音世界である。マイケルのテナーが入ったことによって、『Timeless』よりジャズ色が強まり、このアルバムについては、ECM流ジャズロック&クロスオーバー・ジャズな音世界が個性的。
 

John-abercrombienight

 
ジョンアバは、従来通り、ECM仕様の浮遊感とねじれとシャープな、ちょっとディストーションのかかったエレギの音でガンガン攻める。そんなECM仕様のジョンアバのギターに習って、モーダルにフリーに振れながら、浮遊感を漂わせながらストレートなマイケルのテナーが突入してくる。極上のフロント楽器の、官能的なインタープレイは見事。

ハマーの不思議で変態チックなフレーズを連発するエレクトリック・キーボードは実に印象的で、ジョンアバとマイケルとはまた違った、浮遊感を伴った、どこかエキゾチックな、どこか不思議にモーダルに捻れるフレーズを繰り出している。ここまでは、どこか、英国のプログレッシブ・ロックに通じる雰囲気が見え隠れするところが個性的。

しかし、デジョネットのポリリズミックなドラミングが、とてもジャジーで、このデジョネットのドラミングが、この盤の音世界の軸足を「ジャズ」に残している、と感じる。変幻自在、硬軟自在、緩急自在な、即興性溢れるドラミングは明らかに「ジャズ」で、このドラミングによって、この盤の音世界は、ECM流ジャズロック&クロスオーバー・ジャズな音世界に落ち着いている。

ロックっぽいところが、ECM流のジャズロックとも捉えることができて、この盤は、ECMのカタログの中ではちょっと異質な内容なんだろう。このジョンアバの「ECM流ジャズロック&クロスオーバー・ジャズ」といった内容のアルバムは他にない。ECMらしからぬ、極上のエレ・ジャズの世界。「一聴もの」であることは確かである。
 
 

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2024年10月25日 (金曜日)

ECM流クロスオーバーの名盤

レコード・コレクターズ 2024年11月号の特集「ECMレコーズ」にある「今聴きたいECMアルバム45選」。この「今聴きたいECMアルバム45選」のアルバム・セレクトが気に入って、掲載されているアルバムを順番に聴き直し&初聴きしている。今回のアルバムは、実は初めて聴く「初聴き」盤である。

Barre Phillips『Three Day Moon』(写真左)。1978年3月の録音。ECM 1123番。ちなみにパーソネルは、Barre Phillips (b), Terje Rypdal (g, g-syn), Dieter Feichtner (syn), Trilok Gurtu (tabla, perc)。米国のジャズベーシスト、バレ・フィリップスがECMに録音した、ECM+JAPOで、通算4枚目のリーダー・アルバム。

このアルバムの印象はズバリ「プログレッシヴ・ロック(プログレ)とモード+フリー+スピリチュアル・ジャズとの融合」。リズム&ビートがはっきりしている演奏部分は「プログレ」。ボ〜っと聴いていたら「あれ、このプログレ、誰だっけ」と思ってしまうほど、プログレの要素が入っている。タブラの音が効果的、バイオリンの音の様なギター・シンセが、プログレ的な雰囲気を増幅する。
 

Barre-phillipsthree-day-moon  

 
リズム&ビートの供給が途絶えた途端、今度は、フリー・ジャズ志向、スピリチュアル・ジャズ志向に展開する。この展開は、ギターを担当するテリエ・リピダルの真骨頂で、リピダルのエレギ、ギター・シンセは、縦横無尽、変幻自在に浮遊し、突進し、拡散する。パーカッションのフリーな打ち込みがスピリチュアルな雰囲気を増幅する。

そして、フィリップスのベース音がフリーでスピリチュアルな展開を規律あるものに仕立て上げているのは立派だ。プログレ的な展開も、フリーでスピリチュアルな展開も、チェンジ・オブ・ペースを促したり、ブレイクを誘ったり、調性と無調のチェンジを指し示したり、さすがリーダー、フィリップスのベースが要所要所で「いい仕事」をしている。

タイトルが「Three Day Moon」=三日月。なんかどこか、ピンク・フロイドの名盤「Dark Side of The Moon」を想起したりして、これって、ECMレコード流のクロスオーバー・ジャズなのかしら、と直感的に感じてしまう。昔々、プログレ小僧だった僕としては、この盤の内容は全く違和感なく聴くことが出来ました。ECM流クロスオーバーの名盤だと思います。
 
 

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2024年10月24日 (木曜日)

ラヴァの『Quotation Marks』

今月発売の「レコード・コレクターズ 11月号」の特集「ECMレコーズ」にある「今聴きたいECMアルバム45選」。この「今聴きたいECMアルバム45選」のアルバム・セレクトが実に気に入って、掲載されているアルバムを順番に聴いている。

以前聴いたことがあって、今回聴き直しのアルバムもあれば、初めて聴くアルバムもある。どちらも「今の耳」で聴くので、意外と新鮮に感じるから面白い。

Enrico Rava『Quotation Marks』(写真左)。1973年12月、NYでの録音と1974年4月、ブエノスアイレスでの録音。JAPO 60010番。ちなみにパーソネルは、Enrico Rava (tp)は、NYとブエノスアイレス共通。以降は、録音地毎のパーソネルは以下の通り。

NY録音のパーソネル:Herb Bushler (b), Jack DeJohnette (ds), John Abercrombie (g), Warren Smith (marimba, perc), Ray Armando (perc), David Horowitz (p, syn), Jeanne Lee (vo)。

ブエノスアイレス録音のパーソネルは、Rodolfo Mederos (bandoneon), El Negro Gonzales (b), Nestor Astarita (ds), Ricardo Lew (g), El Chino Rossi (perc), Matias Pizarro (p), Finito Bingert, (ts, fl, perc)。

この盤の印象はズバリ「欧州系のモード・ジャズとアルゼンチンタンゴとの融合」。ラテン音楽との融合では表現が緩すぎる。雰囲気を正確に伝えるには「モード・ジャズとアルゼンチンタンゴとの融合」が一番ニュアンスが伝わりやすい。
 

Enrico-ravaquotation-marks

 
米国フュージョンで、ここまであからさまに「アルゼンチンタンゴ」との融合を図ったフュージョン・ジャズ盤は、このラヴァのアルバム以外は見当たらない。ラテン音楽という表現に逃げず、ズバリ「アルゼンチン・タンゴ」との融合にトライしたエンリコ・ラヴァは凄い。

しかも、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズ志向の音作りではなく、あくまで、ストイックで硬派なコンテンポラリー・ジャズ志向の音作りがメインなのは、ラヴァの矜持を感じる。

NY録音では女性ヴォーカルを起用し、ブエノスアイレス録音ではバンドネオンを起用。エキゾチックな雰囲気でラテン・サウンドど真ん中なアルゼンチンタンゴ。ジャンヌリーのスキャットが入る、モーダルなスピリチュアル・ジャズ、そして欧州風なリリカルでクールなジャズロック、アブストラクト&フリー・ジャズな展開まで、このすべてが効果的に融合されている。

ECMレコードの音志向とはちょっと異なる感じのEnrico Rava『Quotation Marks』。欧州モード・ミーツ・アルゼンチンタンゴな内容なので、ECMっぽくないなあ、と思っていたら、この盤、ECMの傍系レーベル「JAPO」(※) からのリリースでした。

※「JAPO」とは、アイヒャーがECMを興す以前に主催していたレーベル。制作ポリシーがECM以前なので、ECMとは雰囲気が全く異なる「こんなアルバムあったんや」レベルのアルバムも多々あります。このエンリコ盤は、JAPOでの録音なので、ECMとはちょっと音志向が異なる。JAPO時代の各タイトルはECMに引き継がれてリリーされている。
 
 

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2024年10月23日 (水曜日)

Wolfgang Dauner『Output』

今月発売の「レコード・コレクターズ 11月号」の特集に「ECMレコーズ」があった。これは「創設者マンフレート・アイヒャーのコンセプトと55年の歴史の概説」と「今聴きたいECMアルバム45選」の2本立ての特集。特に、後半の「今聴きたいECMアルバム45選」のアルバム・セレクトが実に気に入った。ということで、この45枚のアルバムについて、ブログ記事としてアップしようと思い立った。

Wolfgang Dauner『Output』(写真)。ECM 1006番。1970年9月15日, 10月1日, 「the Tonstudio」での録音。ちなみにパーソネルは、Wolfgang Dauner (p, Ringmodulator, Hohner Electra-Clavinet C), Fred Braceful (perc, vo), Eberhard Weber (b,cello, g)。

カタログ番号が「ECM 1006」なので、ECMレコードがアルバムをリリースし始めて、僅か6枚目の、ECMの初期も初期のアルバムである。実はこのジャケットにビビって、購入をずっと控えてきた「逸品」である(笑)。ジャケットの印象から、電子ノイズ満載の無調の現代音楽の垂れ流しではないのか、という間違った先入観が、さらに購入意欲を削いでいた。
 

Wolfgang-dauneroutput

 
実際に聴いてみると、意外とカッチリまとまった印象の即興演奏集で、電子楽器を積極活用した、しっかりとリズム&ビートに乗った即興演奏。ブレースフルのパーカションとウェーバーのベースが、演奏全体のリズム&ビートをしっかりとキープしているところがこのアルバムの「キモ」の部分。このパーカッションとベースの存在が、この盤の即興演奏を上質なものにしている。

演奏の旋律はダウナーのキーボード類が担っている訳だが、雰囲気としては、電子楽器を活用して、現代音楽風の響きとフレーズで即興演奏をかます、という感じで、フリーにアブストラクトに展開するが、リズム&ビートがしっかりしているので、散漫になったり冗長になったりするところは無い。電気楽器を活用しているが、電気楽器の偶然性を頼ること無く、電気楽器の音の特性をしっかりとコントロールしながらの前衛的演奏に、ダウナーの良質な「センス」を感じる。

いかにも欧州らしい、現代音楽志向の電子楽器を活用した、フリー&アバンギャルドがメインの即興演奏集、と形容できるかと思う。フリー&アバンギャルドがメインとは言いつつ、ジャズロック的な8ビートな旋律展開や、しっかりモーダルな旋律展開もあり、こういう即興演奏的な展開が、この盤を「ジャズ」のジャンルに留めているように思う。意外としっかりとした内容は、初期も初期の作品とはいえ、「さすがECM」である。
 
 

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2024年10月18日 (金曜日)

僕なりの超名盤研究・33

小川隆夫さん著の『ジャズ超名盤研究』を参考にさせていただきつつ、「僕なりのジャズ超名盤研究」をまとめてみようと思い立って、今回までで32枚の「超名盤」について聴き直して、聴き直した時点での感想をブログ記事に綴ってきた。そして、いよいよ、残すは2枚。今回はキース・ジャレットの登場。

 Keith Jarrett『The Köln Concert』(写真左)。1975年1月24日、当時の西ドイツ、ケルンの「Opera House」でのライヴ録音。ECMレコードからのリリース。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p) のみ。そう、このライヴ盤は、キースのソロ・ピアノの記録であり、キースの生涯、最大のヒット・アルバムである(LP2枚組のボリュームにも関わらず、である)。

実は、この「ケルン・コンサート」のキースの弾き回しは、他のキースのソロ・ピアノの弾き回しと比べて、ちょっと異質である。「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されている。明らかに、他のキースのソロ・ピアノとは違う。というか、この「ケルン・コンサート」だけが突出している。

キースの耽美的でリリカル、クラシック志向な流麗なフレーズの使用は他にもあるが、ここまで、徹底して、耽美的でリリカルなフレーズとクラシック志向な流麗なフレーズを多用したソロ・パフォーマンスは他に無い。何か、特別な事情があったのではないか、と常々思っていた。

このライヴ盤の研究が進み、他のソロ・ピアノとの比較が進むにつれ、この「ケルン・コンサート」での、ある事件が、この「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出した、と解釈されるようになった。その事件とは、Wikipediaから要約させていただくと以下の様になる。

”ライヴに使用するピアノは、当初、キースの要望通り「ベーゼンドルファー290インペリアルコンサートグランドピアノ」を用意するはずだったのが、スタッフの混乱により、ベーゼンドルファーのピアノ(はるかに小さなベビーグランドピアノ)にすり替わってしまった。コンサート直前に間違いに気がついたが、交換にかける時間的余裕も無く、そもそも、外は悪天候で交換用のピアノを搬入することは叶わなかった。しかも、この小型ピアノは調律が満足ではなく、高音域はチープで薄く、低音域は弱く、ペダルは適切に機能しなかった。キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを弾かざるを得ない状況に陥った”
 

Keith-jarrettthe-koln-concert

 
しかし、キースはこの劣悪な状態の小型ピアノでソロ・ピアノを敢行すると決意した後、途方もないテクニックと創造力を駆使して、素晴らしいパフォーマンスを実現する。その内容は、

”ジャレットは、演奏中にオスティナートや左手のリズムの揺れ方を使ってベース音を強くした効果を出し、キーボードの中央部分での演奏に集中した。アイヒャーは後に「おそらくジャレットがそのように演奏したのは、良いピアノではなかったからだろう。その音に惚れ込むことができなかったので、最大限に生かす別の方法を見つけたのだろう」と語っている” (Wikipediaから引用)

キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを前提に、最高のパフォーマンスを発揮するにはどうしたら良いか、を考え、それを実現した、ということ。いわゆる「弘法筆を選ばず」である。キースが、この劣悪な状態の小型ピアノを使って、最高のパフォーマンスを実現したら、この「ケルン・コンサート」の音になったということで、その結果「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出したと思われる。

加えて、このコンサートでのキースの体調は劣悪で、睡眠不足と背中の痛み、コンサート会場にギリギリに着いたので、食事のろくにしていなかった。そんな体調で、劣悪な状態の小型ピアノに向かって、途方もないテクニックと創造力を駆使して、最高のパフォーマンスを披露する。恐らく、キースは「ゾーンに入った」状態にあったのではなかろうか。とにかく紡ぎ出されるフレーズ、ニュアンスは、極上のものばかりである。キースも時々「歓喜の雄叫び、歓喜の唸り声」をあげている。

つまり、この「ケルン・コンサート」の特殊性は、劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調を前提にした、キースの途方もないテクニックと創造力の賜物、だと言える。当然、キースのソロ・ピアノの中でも、唯一無二、一期一会のパフォーマンスであり、奇跡のパフォーマンスの記録である。

「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されているので、他のキースのソロ・ピアノ盤を聴くと、違和感を感じジャズ者の方々が多くいる。それは当然で、「ケルン・コンサート」が生み出された前提である「劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調」は、他のソロ・ピアノのパフォーマンスには無いからだ。

しかし、この「ケルン・コンサート」を聴いて判るのは、キース・ジャレットが、途方もないテクニックと創造力を持ち合わせた、不世出のジャズ・ピアニストだった、という事実である。ピアノという楽器を知り尽くし、そのピアノという楽器の能力を最大限に引き出し、自らイメージするフレーズを忠実に音に表現できる。キースはそんな「レジェンド級」のジャズ・ピアニストである。
 
 

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2024年10月17日 (木曜日)

僕なりの超名盤研究・32

この歳になると、なかなか「超名盤」について聴き直す機会が無いだけに、楽しみながらの聴き直しになっている。小川隆夫さん著の『ジャズ超名盤研究』を参考にさせていただきつつ、「僕なりのジャズ超名盤研究」をまとめてみようと思い立って、今回までで31枚の「超名盤」について聴き直して、聴き直した時点での感想をブログ記事に綴ってきた。そして、いよいよ、残すは3枚。

Chick Corea『Return to Forever』(写真左)。1972年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (el-p), Joe Farrell (fl, ss), Stan Clarke (b), Airto Moreira (ds, perc), Flora Purim (vo, perc)。チック・コリアのリーダーの伝説的ジャズ・バンド「リターン・トゥ・フォーエヴァー」のデビュー盤である。

マイルスのもとで、フェンダー・ローズをギュインギュイン言わせて、限りなくフリーに近いモーダルなフレーズをブイブイ言わせていたチック。マイルスの下を辞してからは、限りなくフリーに近いモードから、完全フリー&アブストラクトに走ったチック。

そんなチックが、ECMで録音したソロ・ピアノ・アルバムで、完全に音志向を変換。ソロ・ピアノで表現した、リリカルでメロディアスなユートピア志向な音を、バンド演奏に置き換えたのがこのアルバムである。

録音時点でのジャズの「演奏方式」や「演奏のトレンド」が的確に反映されている。モーダルなフレーズの嵐、フリーでアブストラクトな展開、スピリチュアル&ミステリアスな音の響き、エレクトリックな音作り、ロック・ビートの採用。
 

Return_to_forever_1

 
そして、従来からのジャズ演奏の定番である、バンド・メンバー全員による自由度の高いインタープレイ、よくアレンジされたユニゾン&ハーモニー、などなど、録音時点の、また、それまでのジャズの「良いところ」がしっかり反映されている。

そして、演奏全体を覆う、チック・コリアならではの、チック・コリア・オリジナルの音志向と個性「リリカルでメロディアスなユートピア・サウンド」。

この盤にはチックのサウンドと個性だけが反映されていて、このチックならではの音世界は、他のミュージシャンのアルバムには存在しない。そんな「唯一無二」な、チックだけが創造できるサウンドがこのアルバムに詰まっている。それが凄い。それがこのアルバムの凄いところ。この盤にはチックの音楽性の全てが反映されている。

加えて、演奏内容については、当時、マイルスが牽引していた「クロスオーバーなエレ・ジャズ」の完成形と言い切って良いくらいの、質の高い、内容の濃い、テクニックが伴い演奏全体が理路整然とした、エレクトリックなジャズ演奏の「極み」なパフォーマンスがこの盤に詰まっている。

フュージョン・ブームの先駆けとなった記念碑的名盤、と良く言われるが、それは違うだろう。この盤は、あくまで、マイルスやコルトレーンが追求してきたモダン・ジャズの、純ジャズの発展形であり、究極形の一つだと僕は思う。

この盤には、後のクロスオーバー&フュージョン・ジャズに聴かれる、聴衆にアピールするポップ&ファンクな要素は微塵も無い。それまでのモダン・ジャズが進化の過程で、新たに自家薬籠中のものとした「音の要素」を、理路整然としたコンテンポラリーなジャズとして昇華させた「最高の成果の一つ」である。
 
 

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2024年8月22日 (木曜日)

ECMのハーシュのソロ・ピアノ

暑い日が続く。というか、酷暑の日が続いていて、我々としては「命を守るため」の部屋への引き篭もりの日が続く。外は酷暑、気温が35度を超えているので、部屋はエアコンは必須。エアコンをつけて窓を閉め切っているので、部屋の中は静か。こういう時、僕はジャズの「ピアノ・ソロ」盤を選盤することが多い。

Fred Hersch『Silent, Listening』(写真左)。2023年5月 スイスにて録音。ECMレーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Fred Hersch (p) のみ。現代の「ピアノの詩人」、フレッド・ハーシュのソロ・ピアノ盤である。ソロ・ピアノとしては2020年リリースの『Songs From Home』以来4年ぶり。また、ECMレーベルからは本作がソロ・デビュー作。

冒頭「Star-Crossed Lovers」は、期待通り、耽美的でロマンティシズム漂う、リリカルで流麗なタッチのソロ・パフォーマンスが繰り広げられる。なるほど、ハーシュっぽいよね、と思っていたら、2曲目の「Night Tide Light」の現代音楽っぽい、静的でアブストラクトな演奏に度肝を抜かれる。こういう面もハーシュは持っているのか、と興味深く耳を傾ける。

この静的でアブストラクトでフリーな演奏傾向は、3曲目「Akrasia」、4曲目「Silent, Listening」にも踏襲されるが、演奏の展開の中で、リリカルで耽美的でスピリチュアルなフレーズがスッと出てくるところが印象的。以降、ラストの「Winter of my Discontent」まで、アブストラクトでフリーな演奏と、静的でアブストラクトな演奏の邂逅の中で、リリカルで耽美的でスピリチュアルなフレーズが即興に浮遊する。実に欧州らしい、ECMらしい音世界。
 

Fred-herschsilent-listening

 
収録曲もなかなか捻りが効いていて、ストレイホーン作の「Star-Crossed Lovers」、ジークムント・ロンベルグの定番スタンダード曲 「Softly, As In A Morning Sunrise」、アレック・ワイルダー「Winter Of My Discontent」、ラス・フリーマン作「The Wind」など、意外と捻りの効いたスタンダード曲を選曲して、ソロ演奏のベースとしているところが「ニクい」。

スタンダード曲の中では「Softly, As In A Morning Sunrise」のソロ・パフォーマンスが凄い。聴き馴染みのあるテーマをリリカルで耽美的に弾き始めるが、進むにつれ、徐々に即興演奏に突入、現代音楽の様なカッチカチ硬質で尖ったタッチで、フリーにアブストラクトに傾きつつ、リリカルにスピリチュアルに展開、そんな中で、耽美的に浮遊するアドリブ・フレーズは圧巻。

ハーシュらしさ満載。ハーシュしか出せない即興フレーズ、ハーシュ独特の音の重ね方、ハーシュのフリーでアブストラクトな展開、硬質なタッチで展開する耽美的でリリカルなアドリブ・フレーズ。適度なテンションのもと、ECMエコーで耽美的に響くハーシュのピアノ。

「ジャズにおけるソロ・ピアノの芸術に関しては、演奏家には2つのクラスがある。フレッド・ハーシュとそれ以外の人たちだ」という賛辞も大袈裟でなく納得できる、素晴らしいハーシュのソロ・パフォーマンスがこの盤に詰まっている。
 
 

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2024年8月18日 (日曜日)

トリオ・タペストリーの3枚目

酷暑の夏、命を守るための「引き籠り」が長く続く。締め切った、エアコンの効いた部屋は、意外と雑音が少ない。外は酷暑であるが故、静的でスピリチュアルな、硬質で透明度の高い「ECMサウンド」で涼を取りたくなる。21世紀に入っても、西洋クラシック音楽の伝統にしっかりと軸足を置いた「ECMの考える欧州ジャズ」は健在で、ここ10年の間に、ECMサウンドは、更なる高みを目指して「深化」している。

Joe Lovano, Marilyn Crispell, Carmen Castaldi - Trio Tapestry『Our Daily Bread』(写真左)。2022年5月の録音。ちなみにパーソネルは、Joe Lovano (ts, tarogato, gongs), Marilyn Crispell (p), Carmen Castaldi (ds)。ジョー・ロバーノのテナーがフロント1管、ベースレスのトリオ「Trio Tapestry」。ジョー・ロヴァーノのトリオ・タペストリーの3枚目のアルバム。2023年11月12日のブログ記事の追記である。

広々とした、奥行きのある、叙情的で神秘的なサウンド・スペース。静的でスピリチュアルなフレーズの展開。限りなく自由度の高い、フリー一歩手前の、漂うが如く、広がりのある幽玄で静的なビートを伴った即興演奏の数々。今までのECMサウンドの中に「ありそうで無い」、どこか典雅な、欧州ジャズ・スピリットに満ちたパフォーマンス。
 

Trio-tapestryour-daily-bread

 
ロバーノの静的でスピリチュアルなテナーが実に魅力的。ベースが無い分、ロバーノのテナーの浮遊感が際立つ。浮遊感の中に、確固たる「芯となる」音の豊かな広がりと奥行きのあるテナーのフレーズがしっかりと「そこにある」。決してテクニックに走らない、高度なテクニックに裏打ちされた、スローなスピリチュアルなフレーズが美しい。

クリスペルの硬質で広がりのあるタッチが特徴の、耽美的で透明度の高い、精神性の高いピアノ。シンバルの響きを活かした、印象的で静的な、変幻自在で澄んだ、リズム&ビートを供給するカスタルディのトラム。この独特の個性を伴ったリズム・セクションが、ロバーノのスピリチュアルなテナーを引き立て、印象的なものにしている。ロバーノのテナーの本質をしっかりと踏まえた、ロバーノにピッタリと寄り添うリズム・セクション。

21世紀の「深化」したECMサウンドが、この盤に詰まっている。21世紀の、神秘的で精神性の高い、静的なスピリチュアル・ジャズの好盤の一つ。チャーリー・ヘイデンに捧げた、6曲目の「One for Charlie」における、ロバーノのテナー・ソロは美しさの極み。現代のニュー・ジャズの「美しい音」「スピリチュアルな展開」が、この盤に溢れている。
 
 

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