向井滋春 ”スペイシング・アウト”
向井滋春は、和ジャズを代表するトロンボーン奏者の一人。1976年に初リーダー作『For My Little Bird』でデビュー。当初は、コンテンポラリーな純ジャズがメイン。しかし、1979年、約1年間、NYに在住した折にフュージョン・ジャズに触発される。そして、いきなり、フュージョン・ジャズに転身する。
向井滋春『Spacing Out』(写真左)。1977年9月28日、日本コロムビア第1スタジオにて録音。ちなみにパーソネルは、向井滋春 (tb), 清水靖晃 (ts, ss), 元岡一英 (p), 大徳俊幸 (clavinet), 渡辺香津美 (g), 川端民生 (b), 古澤良治郎 (ds), 横山達治 (conga) による8人編成。渡辺香津美をはじめ、一癖も二癖もある、マニア好みの名うての名手達が集っている。
出てくる音は、コンテンポラリーな純ジャズ、コンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズ。冒頭の組曲風の力作「Dawn~Turbulence(黎明~乱気流)」が、その代表的な演奏。和ジャズの代表的ジャズマンである、渡辺貞夫や日野皓正らも手に染めたコンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズの世界。
しかし、どこかで聴いたことがある音世界。元岡のピアノの左手がガーンゴーンとハンマー打法を繰り出し、右手はモーダルなフレーズを流麗に弾き回す。これって、1970年代のマッコイ・タイナー風のスピリチュアル・ジャズな音世界。タイナーからファンクネスを差し引いた、シンプルで爽やかなハンマー奏法。そこに、骨太でオフェンシヴな向井のトロンボーンが、変幻自在に疾走する。
和ジャズらしい、コンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズ。マッコイ・タイナーのワールド・ミュージック志向のアフリカンでモーダルなスピリチュアル・ジャズから、アフリカ志向とファンクネスを引いた様な、モーダルなスピリチュアル・ジャズ。日本人でもこれくらいは出来る、って感じの熱演。
ところどころ、フュージョン・ジャズの萌芽的演奏も出てくる。向井の芯の入った力感溢れる、柔和で丸く流麗なトロンボーンが印象的な、ボッサ調の「Just Smile」。軽快で切れ味の良い渡辺香津美のギターが爽快なブラジリアン・フュージョン志向の「Cumulonimbus(入道雲)」、電気的に増幅したトロンボーンの音色がクロスオーバー志向な「Forcus Express」、クラヴィネットの音が、乾いたファンクネスを醸し出すタイトル曲「Spacing Out」。
いずれも、フュージョン・ジャズ志向な演奏だが、まず「ソフト&メロウ」していない。かなり真摯で硬派なコンテンポラリーな演奏がベースにあって、ボッサ調とか、ブラジリアンな演奏とか、ファンキーな演奏とか、どこかフュージョンっぽく感じるが、演奏自体は決して「甘く」ない。硬派なコンテンポラリーな純ジャズがベースなところが「良い」。
このアルバムは、様々なジャズの「融合」の要素をベースとした演奏がてんこ盛り。フュージョンっぽいが、根っこは「硬派なコンテンポラリーな純ジャズ」がベース。「硬派なコンテンポラリーな純ジャズ」時代の向井の最後のリーダー作である。
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