進取の気性に富む「バロン」
いろいろと「小粋なジャズ」盤を求めて物色していると、あれっ、こんな盤あったんや、と聴いたことの無い、新しい盤との出会いがちょくちょくある。
そういう意味ではジャズの裾野は広い。長年積み上げてきた、ジャズ盤のリリースされた数って膨大なんだなあ、と改めて思う。特に、ネットの時代になってから、こういう「素敵な出会い」が多くなった。
Kenny Barron『Green Chimneys』(写真)。1983年7月9日と1987年12月31日の録音。ちなみにパーソネルは、Kenny Barron (p), Buster Williams (b), Ben Riley (ds)。1983年7月9日はトリオ演奏の7曲。1987年12月31日はバロンのソロ・ピアノの3曲。
総合力勝負のバップ・ピアニスト、ケニー・バロンがリーダーのトリオ&ソロ演奏。総合力勝負が個性のジャズ・ピアニストの個性を感じるに相応しい演奏形式である。
オリジナル盤の発売は1994年。1980年中盤、純ジャズ復古がなって、新伝承派、M-BASE派が中心となって、新しいハードバップ、いわゆる「ネオ・ハードバップ」を創造〜展開していった。そんなネオ・ハードバップ初期の頃に、このバロンのトリオ&ソロ盤がリリースされている。
10曲中、7曲が1983年の録音、3曲が1987年の録音。録音当時、バロンは40歳と44歳。いわゆる「中堅」である。新伝承派やM-BASE派は20〜30歳代の若手中心のムーヴメントだったので、バロンは影響範囲外ではある。
もともと新伝承派は1960年代モード・ジャズの焼き直し〜深化を狙いとし、M-BASE派は、その新伝承派の「アンチテーゼ」的な新しいハードバップを志向していた。
この時期に録音〜リリースされたこのバロン盤は、演奏を聴くと良く判るが、新伝承派、M-BASE派、どちらも「気にしていない」。あくまで、バロンは我が道を往く弾きっぷりである。潔いし、バロンの矜持をビンビンに感じるし、爽快ですらある。
冒頭の有名スタンダード曲「Softly, as in a Morning Sunrise」を聴けば、バロンが明らかにバップ・ピアノに端を発しているのが良く判る。左手のリズム&ビートの出し方、右手のフレーズの作り方、どちらも聴いてみても、バップ・ピアノである。例えば、マッコイ・タイナーやハービー・ハンコックの様な「モーダルなピアノ」では無い。
1950年代〜60年代のバップ・ピアノの焼き直しでもなければ深化でもない。1983年と1987年時点での、バロンが考える新しい弾き回しと響きをベースとした、新しいバップ・ピアノなフレーズがそこかしこに感じられるところが非常に「ニクい」。
トリオ演奏の7曲については、後のネオ・ハードバップなピアノ・トリオを先取りした、先進的な内容のピアノ・トリオである。先進的ではありながら、1950年代後半から60年代における、耽美的でリリカルな表現を借用して、新しい響きを付加したりして、しっかり「温故知新」しているところもバロンらしい。
ピアノ・ソロの3曲を聴けば、バリバリとメリハリ良く、ポジティヴに弾きまくるバップ・ピアノが基本でありながら、耽美的でリリカルで繊細な表現にも長けていることが良く判り、改めて、バロンは「総合力勝負のピアニスト」であることを認識させてくれる。
総合力勝負が個性のジャズ・ピアニストは「テクニックが皆、優秀」。先進的なフレーズを弾きこなすにしても、温故知新的なフレーズを弾きこなすにしても、相当に高いテクニックが求められる。総合力勝負のジャズ・ピアニストの面目躍如である。
バックのリズム隊、バスター・ウィリアムスのベース、ベン・ライリーのドラム、双方、テクニックよろしく、ガッチリとバロンをサポートする。特に、速いテンポの曲での流れる様なベースライン、短く高速に刻むビートが超絶技巧なドラミングは見事である。良いリズム隊に恵まれて、バロンは縦横無尽、緩急自在に弾きまくる。
意外と硬派で聴き応えのあるピアノ・トリオ&ソロ盤。こんな聴き応えのあるピアノ・トリオ&ソロ盤が、1983年と1987年のネオ・ハードバップの黎明期に録音されていたとは恐れ入る。
純ジャズ復古以来、それまでのモダン・ジャズを焼き直し〜深化して来たのは、なにも、新伝承派、M-BASE派ばかりでは無い。優れた「進取の気性」を持つ、意欲的なジャズ・ミュージシャンは、皆、モダン・ジャズを焼き直し〜深化に貢献していたのだ。
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