自在で多様性溢れるトリオ演奏
今までなら中堅どころだった、40〜50歳代の「ニューフェース」。ヴィジェイ・アイヤー(Vijay Iyer)もそんな「ニューフェース」の一人。
ヴィジェイ・アイヤーは、1971年10月生まれ。初リーダー作が1995年。アイヤーが24歳の頃。以降、アイヤーのリーダー作は、20枚以上を超える。が、我が国では、なかなか人気が出ない。僕は全く知らなかった。アイヤーの名前を知るようになったのは、2014年からはECMレーベルに移籍して、ECMからのリリースで、アルバム音源がサブスク・サイトにアップされ、ネットにも、アイヤーのニューリリースの記事が出だしてからである。
2014年といえば、アイヤーが43歳。ECMレーベルの前の、ACTレーベルの時でさえ、リーダー作をリリースしたのが2009年だから、アイヤーが38歳の頃。スティーヴ・キューン、キース・ジャレットなどの「耽美的でリリカルで現代音楽風なジャズ・ピアノ」の系譜をしっかりと受け継いだヴィジェイ・アイヤー、全くの遅咲きのピアニストである。
Vijay Iyer『Compassion』(写真左)。2022年5月、NYでの録音。ECMレーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Vijay Iyer (p), Linda May Han Oh (b), Tyshawn Sorey (ds)。ECMでの2019年リリースの前作、トリオ作『Uneasy』と同じ面子でのトリオ編成。ヴィジェイ・アイヤー、51歳時の録音になる。
ピアノはヴィジェイ・アイヤーで米国出身、ベースにマレーシア出身のリンダ・メイ・ハン・オー(1984年生まれ)、ドラムスにニュージャージー出身のタイショーン・ソレイ(1980年生まれ)という国際色豊かなトリオ。ベースとドラミは、アイヤーと10歳以上離れている。それでも、リンダ・メイ・ハン・オーは録音当時、38歳、タイショーン・ソレイは録音当時、42歳。アイヤーが51歳だから、全く脂の乗り切った、中堅どころの名手のトリオ演奏になる。
ほぼ、レギューラー・トリオに近い演奏なので、聴いていて安心感がある。硬軟自在、変幻自在、緩急自在なインプロビゼーションが素晴らしい。打てば響く、丁々発止としたインタープレイも見事。そんなリズム隊をバックに、アイヤーは様々なニュアンス、様々なバリエーションのピアノを弾き進める。
アイヤーのピアノは耽美的でリリカルだが、その展開はダイナミックでメリハリがあるのが個性。このダイナミズム溢れる耽美的でリリカルなピアノで、様々な曲想の楽曲を自由自在に弾き回す。自作曲を弾きまくるキース・ジャレットに似ているか、とも思うんだが、キースよりも演奏が流麗で、音のエッジがキースよりラウンドしていて温かみがある。
フレーズを弾き回しや、右手の硬質なタッチは、その流麗さ、現代音楽に通じる切れ味は、キースというよりは、チック・コリアやミシェル・ペトルチアーニに近い。チックやペトのピアノからラテン・フレーヴァーとロマンチシズムを差し引いた感じ、とでも形容したら良いか。
スティービー・ワンダー作の名曲「Overjoyed」では、チックの残したピアノを弾いて、故チックに敬意を表している。「Maelstrom」「Tempest」「Panegyric」は、コロナ禍のパンデミックの犠牲者のイベントのために書かれた曲。リリカルで耽美的なモーダルな演奏もあれば、フリーでアヴァンギャルドな展開もあり、静的なスピリチュアルな響きもそこかしこに感じる。
ピアノ・トリオのパフォーマンスとしては、現代ジャズの最高峰の位置に近い、色彩豊かな、バリエーション豊かな演奏が素晴らしい。聴けば聴くほど、様々な感じ方、様々な発見があって、なかなか奥の深い、濃い内容が詰まった好トリオ盤。
ヴィジェイ・アイヤー、良いですね。そろそろ、キャリアを遡って、リーダー作を聴いてみたいと思っています。
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