2022年9月26日 (月曜日)

父親に捧げたピアノ・トリオ盤

最近は、ジャズの新盤がネットの音楽のサブスク・サイトにアップされるタイミングが早くて、ジャズ雑誌はもとより、ジャズのネット情報も追いつかない位である。最近では、ジャケットを見て、リーダーの名前を見て、試聴して、ゲットするかどうかを決めている。いわゆる「ジャケ買い」と「名前買い」が増え、「試聴買い」が新しく加わった。

この新盤は完全に「ジャケ買い」盤である。ジャケットをパッと見た瞬間、ピピッと「これは良いのでは」と思い、リーダーの名前を確認したら「Cyrus Chestnut(サイラス・チェスナット)」とある。僕の大好きなジャズ・ピアニストの1人。これは間違い無いだろう、と即聴きである。

Cyrus Chestnut『My Father's Hands』(写真左)。2021年12月14日の録音。ちなみにパーソネルは、Cyrus Chestnut (p), Peter Washington (b, except track 6), Lewis Nash (ds,except track 6)。6曲目の「I Must Tell Jesu」のみ、チェスナットのピアノ・ソロで、残りは、ピアノ・トリオ編成の演奏で固められている。

資料によると「この作品は私の父への感謝の言葉です。父親は彼の人生で多くの人にインスピレーションを与えました、そして私は彼がしたように私がインスピレーションを与えるためにできる限りのことをしたいと思っています。」とチェスナットは語っている。この新盤は、2021年に他界した最愛の父親マクドナルド・チェスナットに捧げたピアノ・トリオ作になる。
 

Cyrus-chestnutmy-fathers-hands

 
収録曲は全10曲で、その内訳は、父親の思い出を描いたオリジナル曲が4曲、父親と自分に関連するスタンダード曲が5曲。ラストは、父親が息を引き取るときの情景を思い描いて、チェスナットが作曲した美しいバラード曲「Epilogue」で締められる。自作曲もスタンダード曲も、どれもが落ち着いた滋味溢れる楽曲ばかりで、聴いていて、何故かしみじみしてしまう。

チェスナットのピアノは、癖の無い「総合力勝負」のピアニストだが、ファンクネスが強めで、速いパッセージを容易く弾きまくる「高テクニック」なところが特徴。バリバリ弾きまくるが、オーバーな表現にならず、流麗な弾き回しに留めているところなどは、チェスナットの「品格」を感じる。バラード表現にも長けていて、しっかりとファンクネスを漂わせながら、堅実なタッチで弾き進めるバラード曲には思わず聴き惚れてしまう。

バックのリズム隊、ピーター・ワシントンのベース、ルイス・ナッシュのドラムも良い味を出している。今回のチェスナットの特別な表現を十分に踏まえて、味わい深い、典雅で端正なサポートを繰り広げている。このリズム隊あっての、チェスナットの豊かな表現が可能になるのだろう。良いリズム隊だ。

物悲しくも美しいピアノ・トリオ演奏。物悲しいが、ファンキーなフレーズをバリバリ弾き回すところなど、父親との楽しい思い出を反芻しているのか、とも感じて、全体の印象は決して陰鬱では無い。ジャケットのイラストは、チェスナット本人が描いたペインティングだそうだ。味わい深い、アートなジャケットである。
 
 

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2022年5月 8日 (日曜日)

総合力勝負のチェスナットです

ハードバップ全盛期から多様化の時代に生まれた、いわゆる「新伝承派」のピアニストが気になっている。特に、ケニー・カークランド、マルグリュー・ミラー、サイラス・チェスナット、マーカス・ロバーツなど、強烈な個性は無いが、「総合力」で勝負するピアニスト達が気になっている。

というか、そう言えば、新伝承派のピアニストって、強烈な個性は無いが、「総合力」で勝負するピアニストばかりではないか。ハードバップから多様化の時代のジャズの演奏トレンドを「最良」として、それまでに無い新しい解釈や新しいアレンジを施して、ハイ・テクニックで演奏する。

演奏の雰囲気や響きはハードバップから多様化の時代からの借用であって、ピアニストとしての強烈な個性はあまり必要とされないのが「新伝承派」なので、どうしても「総合力」で勝負するピアニストが主流になるのは仕方の無いことか。でも、しっかり聴いていると、タッチとか手癖とか得意フレーズとか、「総合力」に隠れて、どこかに必ず個性が潜んでいるところが聴きどころと言えば、聴きどころ。

Cyrus Chestnut『Earth Stories』(写真左)。1995年11月、NYでの録音。ちなみにパーソネルは、Cyrus Chestnut (p), Eddie Allen (tp), Antonio Hart (as), Steve Kirby (b), Alvester Garnett (ds)。サイラス・チェスナットの7枚目のリーダー作になる。エディ・アレンのトランペット、アントニオ・ハートのアルト・サックスがフロント2管のクインテット編成。
 

Cyrus-chestnut_earth-stories

 
右手はシンプルで美しいシングルトーンで、明確に歯切れ良くメロディアス。左手は中低音部を幅広に使いつつ、重く分厚いコード演奏を繰り広げる。メロディーラインは典雅、しかしながら、重厚な左手によるコード弾きは限りなくソウルフル。演奏の雰囲気や響きはハードバップから多様化の時代からの借用ではあるが、そこに「それまでにない個性」を偲ばせている。

さすがチェスナット、「総合力」で勝負するピアニストとしての面目躍如。強烈な個性は無いが、ハードバップから多様化の時代からの借用をベースに、そこはかとなく「個性」を発揮しているところが「ニクい」。この辺りが「新伝承派」のピアニストを理解するポイントだろう。

米国においては、既にベテランの域に達していて実績も十分。しかしながら、我が国においては「決定的な代表作が未だに無い」という理由で人気はイマイチ。新伝承派のピアニストは、こぞって「総合力」で勝負するピアニストばかりなので、決定的な代表作に恵まれないのは仕方の無いこと。

それでも、リーダー作は水準以上の内容を保っていて駄作が無いので、どのリーダー作を選んでも、安心して聴くことが出来るのは素晴らしい。アレンジも十分な工夫がなされていて、ブルージーでありながらゴスペル的でストレートな響きが実に「ソウルフル」。聴いていて心地良い「新伝承派」なジャズである。
 
 

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2018年3月21日 (水曜日)

総合力勝負のチェスナット

長年、耳を傾けてきて、ジャズ・ピアニストには、その個性的なスタイルや奏法を「ウリ」にするピアニストと、演奏全体の総合力を「ウリ」にするピアニストの2種類に分かれると感じている。前者は、聴けば「あ〜あの人や」と判る位の強烈な個性で、例えば、バド・パウエルやビル・エヴァンス、マッコイ・タイナーなど、1950年代のレジェンド級のピアニストは皆、強烈な個性の持ち主である。

後者は古くはハードバップ後期、1960年代前半からポツポツ出始めて、最近ではこの手のピアニストが結構いる。一聴すれば直ぐ判る様な強烈な個性が無い分、ピアニスト個人の判別は難しい。しかし、テクニック、歌心、バッキングなど、ピアニストの総合力で勝負するタイプなので、安心してその演奏に身を委ねることができ、ながら聴きにも最適である。

『Cyrus Chestnut』(写真左)。名前ズバリのタイトルなので、初リーダー作かと思いきや、1998年リリースの自身9枚目のリーダー作である。ちなみにパーソネルは、Cyrus Chestnut (p), Ron Carter (b), Billy Higgins (ds), James Carter (as), Joe Lovano (ts), Anita Baker (vo)。サイラス・チェスナットのトリオに、アルトのジェームス・カーターとテナーのジョー・ロバーノ、そして、ボーカルのアニタ・ベーカーそれぞれが客演した内容。
 

Cyrus_chestnut

 
チェスナット=カーター=ヒギンスのトリオ演奏を始めとして、カーターのアルト、またはロバーノのテナーをフロントに据えたカルテット演奏、チェスナット=カーター=ヒギンスのトリオをバックにベーカーのボーカルをフィーチャーした演奏、そして、チェスナット=カーター=ヒギンスのトリオ演奏にカーターのアルトとロバーノのテナーの2管フロントのクインテット演奏。そうそう、チェスナットのソロも2曲ほどある。

このバリエーション豊かな演奏形態ではあるが、いずれの形態でもチェスナットのピアノは安定している。テクニック申し分無く、ソロを取らせればダイナミック、歌心溢れ、オーソドックスではあるが、その溌剌とした弾きっぷりは実に魅力的。ボーカルのバッキングに回っても、その総合力的な個性は安定・堅実。

特に、バックに回った伴奏の中で、チェスナットの個性はより輝く。ソロ・ピアノを聴けば、間合いの取り方とアドリブの弾き回し方にそこはかとない個性があって、やはり一流のジャズ・ピアニストの一人だということを再認識する。ケニー・バロンやケニー・カークランド、マルグリュー・ミラーと同じ「総合力で勝負するタイプ」として、僕のお気に入りのピアニストである。

 
 

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2018年1月22日 (月曜日)

「温故知新」なビ・バップ

雑誌「ジャズライフ」のディスク・グランプリ、「2017年度ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」が発表された。この「ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」って実に重宝で、これが前年のジャズを振り返る良いチャンスで、毎年毎年、雑誌に挙がっているアルバムを順番に聴き直すのだ。これで、前年のジャズのトレンドがまとめて体感出来る。

渡辺貞夫『Re-Bop』(写真左)。昨年2017年のリリース。ナベサダさんが、自身のルーツであるビ・バップをテーマにした、5年ぶりの純ジャズ盤。ちなみにパーソネルは、Sadao Watanabe (as), Cyrus Chestnut (p), Christopher Thomas (b), Brian Blade (ds)。う〜ん、むっちゃ魅力的な、むっちゃ説得力のある人選である。

この盤を聴いてみると良く判るんだが、ナベサダさんのこの盤、メインストリームな純ジャズな内容なんだけど、リズム・セクションの演奏が、とっても「最新式」なのだ。特に、ドラムに、ブライアン・ブレイドを採用しているところが「ニクい」。唄うが如く、ブレイドのビートが明らかに「最新式」なのだ。そこに、安定安心のクリストファー・トーマスのベースが追従する。
 

Rebop

 
この「最新式」のリズム&ビートをバックに、ナベサダさんが「ビ・バップ」なアルトをガンガンに吹き上げていくのだ。最新式の純ジャズのビートに乗った「ビ・バップ」。聴いていて「温故知新」という故事成語を思い出した。正に「故きを温ねて、新しきを知る」演奏内容に感心することしきり。ナベサダさんは、決して「懐古趣味」には走らない。ナベサダさんのアドリブ・フレーズは「新しい」響きに満ちている。

そして、このナベサダさんの「温故知新」なビ・バップに、しっかりと寄り添うように、現代の「ビ・バップ」フレーズを繰り出すサイラス・チェスナットのピアノが、これまた「ニクい」。このチェスナットのピアノも「古くない」。ビ・バップしているんだが「古くない」。このチェスナットの「温故知新」なビ・バップ・ピアノも聴きものだ。ナベサダさんの伴奏に回ったチェスナットのピアノは絶品である。

この盤の触れ込みであった「自身のルーツであるビ・バップをテーマにした純ジャズ盤」を初めて目にした時、いよいよ昔の「ビ・バップ」の音世界の再現に行き着くのか、と感じたのだが、申し訳ありませんでした。昔の「ビ・バップ」の音世界の再現など、とんでもない。旧来のビ・バップの焼き直しでは無い、正に現代の最新式のビ・バップがここにある。聴き応えのある好盤です。
 
 
 
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