キューンの個性の変化を捉える
1970年代のECMレーベルからリリースされた諸作から、耽美的でリリカルな抒情派、前衛的なモーダルな弾き回しで、時にフリー、時にアブストラクトに硬派で尖った、ニュー・ジャズ系のピアニストと目されていたスティーヴ・キューン。
1981年に一旦、ECMレーベルを離れたが、再び、ECMレーベルに戻ったのが、1995年のリーダー作『Remembering Tomorrow』。この盤で、明らかにキューンのピアノは変わったと感じた。
耽美的でリリカルな抒情派な部分はそのままなのだが、前衛的なモーダルな弾き回しで、時にフリー、時にアブストラクトに硬派で尖った個性が後退し、バップな雰囲気の、どこか判り易い「ポップな」弾き回しが前面に出てきた。
そして、1997年の『Sing Me Softly of the Blues』、1998年の『Love Walked In』で、ヴィーナス・レコードからリーダー作をリリースするようになる。ここにきて、キューンのピアノの変化は決定的になる。まず、明るくなった。そして、耽美的でリリカル、幾何学模様的なモード展開、整ったリズム&ビートが判り易くなった。
そして、ジャズ・スタンダード曲を演奏するようになった。前衛的なモーダルな展開が魅力の自作曲中心だったキューンが、ここにきて、ジャズ・スタンダード曲を演奏するようになる。最初は、ヴィーナス・レコードの強い要望があったのかと邪推した。しかし、キューンは筋金入りのジャズ・ピアノ職人。ヴィーナスでの諸作を聴くにつけ、そんな要望に応えるのでは無く、自らがその選択肢を選んだ様に感じた。
Steve Kuhn『Countdown』(写真左)。1998年10月19, 20日、NJ,のVan Gelder Recording Studioでの録音。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p), David Finck (b), Billy Drummond (ds)。キューンの個性がダイレクトに伝わるピアノ・トリオ編成。この盤でも、収録曲を見渡せば、結構マニアックなジャズ・スタンダード曲を好んで演奏している。
この盤は「Reservoir」というレーベルからのリリースになるが、この盤でも、耽美的でリリカルな抒情派な部分はそのままなのだが、 バップな雰囲気の、どこか判り易い「ポップな」弾き回しがメインになっている。しかも、ヴィーナスの諸作に比べて、スイング感が半端ない。この盤での、ハードにスイングするキューンは、まさに「バップ・ピアノ」である。
しかし、1950年代から60年代の旧来のバップ・ピアノの焼き直しでは無く、前衛的なモーダルな弾き回しを織り交ぜながら、モーダルな展開にしろ、コードの基づいた展開にしろ、新しい響き、新しいフレーズを散りばめた、現代の「ネオ・ハードバップ」に通じる、新しい「バップ・ピアノ」に仕上がっているのには恐れ入った。さすがはキューン。硬派で尖った、ニュー・ジャズ系のジャズ・ピアニストの影が、この盤の「バップ・ピアノ」に宿っている。
「Four」や「When Lights Are Low」といった、マイルスの名演で有名なジャズ・スタンダード曲を、キューンの新しいイメージのピアノで切れ味良く再構築しているところなど、実に「小粋」。これまた超有名スタンダードの「Speak Low」では、「マイルストーンズ」のメロディを引用しているところは、まるで、1950年代のハードバップ。
この「Reservoir」盤を聴いていると、やはり、1990年代半ばでの、キューンの個性の変化はキューン自身が自ら企て、自発的に変化したものだということが良く判る。
なにも、ヴィーナス・レコードにそそのかされた訳では無い(笑)。耽美的でリリカルな抒情派な部分そのままに、 バップな雰囲気の判り易い「ポップな」弾き回しのキューンをタイムリーに捉えることが出来たのだから、逆にヴィーナス・レコードはラッキーだった。
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