2024年8月20日 (火曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その37

ボサノバ・ジャズとは、ボサノバの要素を取り込んだ「ジャズ」。リズム&ビートはボサノバのリズム&ビートをジャジーに仕立て直した「ボサノバ・ジャズ」のリズム&ビート。旋律はボサノバの旋律をそのまま取り込み、即興演奏は、ボサノバの持つ個性的なコード進行を取り込んで、ボサノバの響きを宿したアドリブ展開を繰り広げる。

ボサノバ・ジャズは「ジャズ」で、ボサノバでは無い。正統なボサノバを聴きたければ、ボサノバ・ミュージックの名盤を聴くことをお勧めする。

Lee Konitz & The Brazilian Band『Brazilian Serenade』(写真左)。1996年3月、NYでの録音。ちなみにパーソネルは、Lee Konitz (as), Tom Harrell (tp), Romero Lubambo (g), David Kikoski (p), David Finck (b), Duduka Dafonseca (ds), Waltinho Anastacio (perc)。

リーダーはアルト・サックスの即興演奏の求道者、リー・コニッツと、現代のバップなトランペッター、トム・ハレルがフロント2管、ボサノバに欠かせないアコギ、そして、キコスキーのピアノがメインのトリオがバックに控える、7人編成でのセッション。

1曲目「Favela」、2曲目「Once I Loved」、5曲目「Dindi」、6曲目「Wave」、7曲目「Meditation」が、アントニオ・カルロス・ジョビン作のブラジリアン・ミュージックの名曲。3曲目に、ボサノバ・ジャズの名曲「Recado Bossa Nova」。残り2曲、4曲目「September」はハレル作、、8曲目の「Brazilian Serenade」はコニッツ作。
 

Lee-konitz-the-brazilian-bandbrazilian-s

 
ジョビンの名曲、ボサノバ・ジャズの名曲、録音メンバーの自作曲、それぞれ、なかなか小粋な曲をしっかりと選んでいる。そして、それぞれの曲に対するアレンジも実に良い。アレンジの方針は「ホサノバ・ジャズ」。ボサノバの持つ雰囲気をしっかり踏襲しつつ、ボサノバに迎合することなく、しっかりとした純ジャズなアレンジがなかなか秀逸。

即興演奏の求道者コニッツのアルト・サックスは切れ味の良いブリリアントな音色で、決して甘くない、純ジャズ志向の堅実硬派なボサノバ・フレーズを吹きまくる。

トランペットのトム・ハレルも同様。正統派なバップ・トランペットで、バップなボサノバ・フレーズを吹き上げる。コニッツもハレルも、ボサノバ・ジャズ志向の吹奏が見事である。

キコスキーのピアノをメインとしたリズム・セクションも良い音を出している。このリズム隊の供給するリズム&ビートは、ボサノバのリズム&ビートをジャジーに仕立て直した「ボサノバ・ジャズ」のリズム&ビートそのもの。上手いなあ。

ホメロ・ルバンボのアコギも地味ながら良い味を出している。やはり、ボサノバ・ジャズにはアコギは必須やなあ。

21世紀を見据えた、ブラジリアンな、ボサノバ基調の夜曲集(セレナーデ)。1962年から、1960年代、1970年代、1980年代と弾き継がれてきた、コンテンポラリーな「ボサノバ・ジャズ」の好例がこの盤に詰まっている。

ヴィーナス・レコードだからと避けて通ってはならない。日本のレーベルが好プロデュースしたボサノバ・ジャズ盤の好盤がここにある。 
 
 

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2022年12月15日 (木曜日)

現代のピアノ・トリオの好例の1つ

New York Trio。トリオ名からして「胡散臭い」(笑)。とかく評判の良くない、日本発のヴィーナス・レコードからのリリースが主。これまた「胡散臭い」(笑)。才能ある若手〜中堅ピアニストのフォービートな純ジャズ・トリオで、しかも、スタンダード曲が中心の演奏。これまた「胡散臭い」(笑)。

正直言って、最初、このトリオのアルバムに出会った時、そんな「胡散臭さ」満載で触手が伸びなかった。が、ピアノ担当のビル・チャーラップのピアノがお気に入りになり、チャーラップがピアノを担当しているのなら、ありきたりな「やらせ」なピアノ・トリオ盤にはならないだろう、という見通しの中、一気に3〜4枚、New York Trioのアルバムを集中聴きした。

チャーラップのピアノは「耽美的でリリカル、そしてバップなピアノ」。それまでに無い、新しいモーダルな響き。ハードバップ期の焼き直しでは無い、新しい感覚のモーダルなバップ・ピアノが新しい。そこに、レオンハート~スチュワートのリズム隊が、これまた新しいイメージのリズム&ビートを駆使して、チャーラップ共々、新しいイメージが散りばめられたインタープレイを繰り広げている。New York Trio 侮り難しである。
 

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New York Trio『The Things We Did Last Summer』(写真左)。2002年4月3ー4日、NYでの録音。邦題『過ぎし夏の思い出』。ちなみにパーソネルは、Bill Charlap (p), Jay Leonhart (b), Bill Stewart (ds)。収録曲は全曲スタンダード曲で固めている。1〜2曲は自作曲を挟むのが慣わしだが、実に潔い選曲である。逆に、この方が、このピアノ・トリオの個性が良く判る。

選曲が渋い。このNew York Trioは、ゆったりとしたバップっぽい演奏が得意なんだが、この盤の選曲は「バッチリ」である。「The Things We Did Last Summer」「How High The Moon」「It's Only A Paper Moon」などは「ウットリ」。手垢の付いた、どスタンダードの「You'd Be So Nice To Come Home To」「As Time Goes By」は、斬新なアレンジと高度なテクニックで、今まで無い、新しい魅力を付加しているのは立派。

そして、冒頭の「The Shadow Of Your Smile(いそしぎ)」のチャーラップのピアノ・ソロが絶品。これこそ、チャーラップのピアノの個性。耽美的でリリカル、そしてバップなピアノ。それにバッチリ合わせたリズム&ビートを叩き出すレオンハート~スチュワートのリズム隊。現代のピアノ・トリオの「最良のパフォーマンス」のひとつがこの盤に記録されていると思う。
 
 

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2022年9月 8日 (木曜日)

キューンの「ポップ」な側面

このジャズ・ピアノのレジェンドは、僕の最初の印象は「強面」のピアニスト。前衛的なモーダルな弾き回しで、時にフリー、時にアブストラクトに、時にスピリチュアルに展開する、硬派で尖った、ニュー・ジャズ系のジャズ・ピアニストという印象が強かった。

が、1995年のECMカムバック盤『 Remembering Tomorrow』辺りから、リリカルで耽美的で欧州ジャズ風な、正統派でモーダルなピアニストという印象に変わってきた。今では、ストイックで硬質なタッチ、流麗でありながら、フリーにもスピリチュアルにも展開する柔軟さを兼ね備えた、ニュー・ジャズ系のピアニストというイメージが定着している。

Steve Kuhn Trio『Quiereme Mucho』(写真)。2000年2月20日、NYでの録音。ヴィーナス・レコードからのリリース。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p), David Finck (b), Al Foster (ds)。ニュー・ジャズ系ジャズ・ピアノのレジェンド、スティーヴ・キューン、録音当時61歳のトリオ盤になる。

最初、収録された曲名を見て、ヴィーナス・レコードは、よくまあ、キューンに「アフロ・キューバン」を弾かせたもんだ、と思った。逆に、キューンもよく「アフロ・キューバン」を弾く気になったなあ、とも思った。別に、当時、キューンは仕事に困っていた訳でも無い。不思議な気分でCDのスタートボタンを押す。

あれれ、出てくる音は、硬派でストイック、リリカルで耽美的な「アフロ・キューバン」が出てくるでは無いか。出てくるピアノの音をずっと聴いていると、これはもしかしたらキューンなのか、と判る位、キューンのピアノの個性が際立っている。しかも、「アフロ・キューバン」系の曲を弾いても違和感が無い。思わず、これは凄いぞ、と身を乗り出す。
 

Steve-kuhn-trioquiereme-mucho

 
キューンの凄いところは、自らの個性を客観的に十分理解していて、素材である楽曲に対して、その自らの個性を最大限引き出せる、最大限活かせるポイントを見抜いて、そのポイントに対して、自らの個性を濃厚に反映させる点。

そんな個性を反映するアレンジと弾き方をするのだから、キューンのピアニストとしての卓越したテクニックと表現方法の引き出しの多さについて、改めて再認識し、最敬礼するのだ。

『Andalucia (The Breeze And I):そよ風と私』、『Besame Mucho (Kiss Me Mucho)』、『Quiereme Mucho (Yours)』など、とてもポピュラーで、ジャズ演奏としても「手垢の付いた様な」有名なアフロ・キューバンの名曲を、原曲のイメージを残しつつ、キューンの個性でアレンジし、キューンのピアノならではの表現に変えている。

キューンの耽美的でリリカルなピアノのタッチと響きは、ヴィーナス・レコードの「レーベルの音」にしっかりと合わせてきている。が、キューンのピアノの個性の方が「立って」いるのは見事という他ない。キューンは、アフロ・キューバンとヴィーナス・レコードを素材にして、キューンならではの個性を再提示している。

キューンのピアノの「ポップ」な側面を、ヴィーナス・レコードというレーベルを通じて、初めて前面に押し出している。キューンに、こんなポップな面があったとは、新しい発見であった。ヴィーナス・レコードはキューンを上手く利用しようとしたら、逆に、キューンに上手く利用された、そんな感じのするキューンの好盤である。
 
 

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2022年7月25日 (月曜日)

チャーラップの個性を再確認

ジャズ・ピアノについては、ジャズの基本楽器のひとつとして、粛々と伝統は引き継がれている。フュージョン・ジャズのブームの時も、電子ピアノやシンセなど、鍵盤楽器の系譜はしっかりと引き継がれている。1980年代半ばの純ジャズ復古のムーヴィメント以降は、堅調に若手ピアニストが出てきて、現代においても、ジャズ・ピアニストはコンスタントに活躍している。

Bill Charlap(ビル・チャーラップ)。1966年10月15日、米国NY生まれ。音楽的に恵まれた環境で育った「サラブレット」。2000年前後でサイドマンとしてデビュー。1993年、27歳で初リーダー作をリリース。現代の若手ピアニストとしては、至って順調に活躍の範囲を広げている。ヴィーナス・レコードの企画型ピアノ・トリオ「ニューヨーク・トリオ」のピアニストでもある。

Bill Charlap『'S Wonderful』(写真左)。1998年12月26日、NYの「Clinton Recording Studio」での録音。ちなみにパーソネルは、Bill Charlap (p), Peter Washington (b), Kenny Washington (ds)。チャーラップの通算9枚目のリーダー作。日本のヴィーナス・レコードからのリリースで、この時点では、まだ米国での認知度は低かった。

この盤では、チャーラップは自らの演奏志向を前面に押し出している。盤全体の雰囲気、音の作りは、過度に耽美的でリリカルに傾倒すること無く、全くヴィーナス・レコードっぽくない。まるで、チャーラップのセルフ・プロデュース盤の様な演奏の雰囲気。ヴィーナス・レコードの録音志向である「深くて乾いたエコー」が良い方向に作用している。つまり、この盤、チャーラップのピアノの個性をしっかり確認出来る秀作なのだ。
 

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チャーラップのピアノは「耽美的でリリカル、そしてバップなピアノ」。一聴するとビル・エヴァンスのピアノの様に感じるのだが、しばらく聴いていると、確かに「耽美的でリリカル、そしてバップなピアノ」なんだが、エヴァンスとは音の響き、和音の響き、フレーズの弾き回しが全く違うことに気付く。

エヴァンスの音の響き、和音の響き、フレーズの弾き回しを避けた「耽美的でリリカル、そしてバップなピアノ」なのだ。演奏全体の雰囲気はエヴァンス風なのだが、演奏内容は「エヴァンスの様でエヴァンスで無い」チャーラップ独自の個性が息づいている。

ベースとリズム隊は、長年のパートナーとなる2人。前作『All Through the Night』で出会った2人だが、チャーラップとの相性は抜群。もう長年連れ添った様な「あうんの」呼吸でリズム&ビートをコントロール出来る、優れたリズム隊。そんなベースとドラムに恵まれて、チャーラップは、独自の個性溢れるバップなピアノを気持ちよさそうに弾き進めていく。

この盤以降が、チャーラップの真骨頂。逆に言えば、チャーラップのピアノの個性を理解するには、この盤から始めるのが良い。選曲もヴィーナス・レコードらしくない、渋いジャズ・スタンダード曲が選曲されていて、ジャズの素人さんにウケる「どスタンダード曲」は見当たらない。これも「好感度アップ」なポイントで、チャーラップってジャズを判ってるなあ、と嬉しくなるのだ。
 
 

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2021年12月26日 (日曜日)

キューンのスタンダード曲集。

ヴィーナス・レコードの功績として、過去に第一線で活躍していたジャズ・ミュージシャンを発掘してきて、新しいリーダー作を録音させて再生する、という切り口がある。そうそう、2021年12月21日のブログでご紹介した「Richie Beirach(リッチー・バイラーク)」が良い例である。そして、「Steve Kuhn(スティーヴ・キューン)」も、そんなジャズ・ミュージシャンの1人だろう。

Steve Kuhn Trio『Love Walked In』(写真左)。邦題『忍びよる恋』。何ともはや、ジャズ盤として、ちょっと趣味の悪い邦題であるが...。September 11 & 12 , 1998年9月11, 12日、NYでの録音。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p), Buster Williams (b), Bill Stewart (ds)。ジャズ・ピアノの「哲人」、スティーヴ・キューンのトリオ盤である。

兆しはあった。もともと、キューンは「難解な」ジャズ・ピアニスト。ハードバップでも無い、フリーでも無い。といって、モードに傾倒している訳でも無い。モンクの様でもあり、トリスターノの様でもあり。かなり難解で個性的なジャズ・ピアノだった。例えば、1966年録音の『The October Suite』(Inpulse!)などが、その好例である。

しかし、「だった」というのは、1995年録音の『Remembering Tomorrow』(ECM)で、キューンのピアノは変わった。まず、明るくなった。そして、耽美的でリリカル、幾何学模様的なモード展開、整ったリズム&ビートが判り易くなった。この盤では、キューンのオリジナル曲で占められていたが、とにかく、キューンのピアノは変わった。
 

Love-walked-in-steve-kuhn

 
そんな「変わった」キューンのピアノを捉えて、どスタンダード曲ばかりをやらせた盤がこの『Love Walked In』である。キューンは人の言われるままにピアノを弾くタイプでは無い。好まないピアノは弾かない。ということは、この「どスタンダード曲」で固められた企画盤をやる、というのは、キューンの意志と考えるのが妥当だろう。

しかし、あの「難解な」ピアニストだったキューンに「どスタンダード曲」をやらせるとは。ヴィーナス・レコードも思い切ったオファーをしたもんだ。リリース当時は、ヴィーナス・レコードは、ジャズマンに対するリスペクトの念は無いのか、と思ったなあ。但し、キューンは「プロ」のピアニストである。請け負ったからには最高のパフォーマンスを聴かせてくれる。

どの「どスタンダード曲」の演奏も、キューン独特のアレンジに乗って、新しい雰囲気の解釈を聴かせてくれる。キューンならではの「スタンダード曲の解釈とアレンジ」が、この盤を通して良く理解出来る。オリジナル曲で固めた『Remembering Tomorrow』、そして、どスタンダード曲で固めた『Love Walked In』で、キューンのキャリア後半のピアノの個性のベースが確実に確認出来る。

しかし、あの「難解な」ピアニストだったキューンが、Bobby Hebb作曲、1966年、ボニーMがヒットさせたソウル曲「Sunny」のカヴァーをやるとはなあ。出来は良いのですが、キューンのそれまでのキャラクターがあったんで、初めて聴いた時はかなり戸惑った(笑)。
 
 
 
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2021年12月21日 (火曜日)

やっとバイラークの個性全開

ヴィーナス・レコードについては「コマーシャル先行、懐メロ志向のアルバム作り」のアルバム制作の志向もあるが、硬派なジャズ・レーベルとしてのアルバム制作の志向もある。以前から第一線で活躍していたが、いまいち「決め手」に欠けるジャズマンをピックアップしてリーダー作を制作し、以前とは違う「新しい成果」を上げた例もある。

Richie Beirach Trio『What Is This Thing Called Love?』(写真左)。邦題『恋とは何でしょう』。直訳のまんま、である。

1999年6月18, 19日、NYでの録音。ちなみにパーソネルは、Richie Beirach (p), George Mraz (b), Billy Hart (ds)。リーダーのバイラークのピアノが印象的なモーダルなフレーズを撒き散らす。耽美的で柔軟度の高いモードな響きが芳しい秀作である。

バイラークのピアノは、耽美的で柔軟度の高い「多弁」な弾き回しが個性。コルトレーンの「シーツ・オブ・サウンド」ほどでは無いが、フレーズに「間」や「空間」があれば、音符で埋め尽くす様な「多弁」な弾き回し。しかし、初期のECMレーベルでの諸作は、ECMのレーベル色が勝って、耽美的で柔軟度の高い部分だけがクローズアップされた。
 

What-is-this-thing-called-love_richie-be

 
どうも、このECMレーベル時代の諸作の印象が強いのが良く無かったのか、ECMレーベルを離れてからのバイラークのリーダー作については「隔靴掻痒」の感が強かった。「もっと弾きたいんやないの」と感じるくらい、耽美的な面を前へ出そうとして、不完全燃焼っぽいパフォーマンスがとにかく「もどかしい」。

しかし、このヴィーナス・レコードに出会い、プロデューサーの原哲夫氏に出会ったことで、バイラークは吹っ切れた様に感じる。とにかく「弾きまくっている」。全編に渡って、耽美的で柔軟度が高いが、とにかく「多弁」な弾き回し。

バイラークのライフワーク的演奏の「ナーディス」、そして「枯葉」「恋とは何でしょう」などの「どスタンダード曲」についても、「間」や「空間」があれば、音符で埋め尽くす様な「多弁」な弾き回し。

これぞ「バイラークのピアノ」という様なパフォーマンスは爽快ですらある。バイラークはヴィーナス・レコードに出会って、その個性を100%発揮出来たのでは無いかと感じている。
 
 
 
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2021年12月 9日 (木曜日)

シェップが吹くジャズ・バラード

最近、ヴィーナス・レコードのカタログを見直しているのだが、レーベルの最初の頃は、かなり硬派なアルバムのリリースをしていたみたいで、ハードバップ時代やフリー時代の好盤のリイシューや、新盤については、フリー・ジャズ、もしくは、ワールド・ミュージック志向のニュー・ジャズなど、どちらかというと「欧州的」なジャズ盤のリリースをしていたようだ。

Archie Shepp Quartet『Blue Ballads』(写真左)。1995年11月24−25日、NYでの録音。ちなみにパーソネルは、Archie Shepp (ts, ss, vo), George Mraz (b), John Hicks (p), Idris Muhammad (ds)。フリー・ジャズ、ブラック・ファンクの代表的サックス奏者、アーチー・シェップがリーダーの、ワンホーン・カルテット。

これがまあ、当時「問題作」とされたアルバムで、なんせフリー・ジャズ、ブラック・ファンクの猛者に、全編ジャズ・バラードの企画盤のリーダーを張らせているのだ。ジャズ・バラードの演奏内容も、とてもオーソドックスで、メインストリームな純ジャズ風で、フリー・ジャズや、ブラック・ファンクの欠片も無いのだ。当時、硬派なジャズ者の方々から、金の力で「やらせのヴィーナス」と揶揄されたのも無理は無い。
 

Blue-ballads_1

 
しかし、冷静になって考えると、シェップは優れたサックス奏者であって、当然、オーソドックスで、メインストリームな純ジャズ風な演奏だって、水準以上のパフォーマンスをすることだって、当然出来る。この企画盤も、プロデューサーからの要請を受けて、シェップが「チャレンジブル」に取り組んだものと解釈するのが妥当だろう。

この盤、シェップの「異色の好盤」だと思う。この盤でのシェップのサックスは聴き応え十分。聴いていて惚れ惚れする。もともと骨太で切れ味の良いテナーを吹くシェップである。そのテナーでバラードを吹く。骨太で切れ味の良いテナーの音が、悠然とエモーショナルに耽美的にバラードを表現する。説得力抜群である。有名なジャズ・バラードばかりの選曲だが「手垢の付いた」感が全く無い。とても新鮮に響く。

ちなみに、この盤のジャケット、これがまた当時、賛否両論を巻き起こした「セミヌードのジャケ写」。ジャズらしく無い、エロチックで趣味が悪い、セミヌードを採用する意味が判らない、など否定的な意見の方が多かった。まあ、確かに、ジャズのアルバムのジャケットにセミヌードを持ってくる必然性は感じられない。これは日本ならではのものだろう。まず海外ではあり得ない。と思う。
 
 
 
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2021年11月30日 (火曜日)

ヴィーナスの硬派な純ジャズ・5

昔に活躍したジャズマンを起用してスタンダード曲を演奏させる、そんな「昔の名前で出ています」的なアルバムを制作してリリースする。ヴィーナス・レコードの十八番であるが、如何せん、評判が良くない。しかし、この「昔の名前で出ています」的なアルバムの中にも、優れた内容の盤もあるのだから、見逃すわけにはいかない。

Claude Williamson Trio『South of The Border West of The Sun』(写真)。邦題『国境の南・太陽の西』。1992年12月15日、North Hollywoodの「The Bakery ecording Studio」での録音。ちなみにパーソネルは、Claude Williamson (p), Andy Simpkins (b), Al "Tootie" Heath (ds)。

収録曲を見渡すと「スタンダード曲」ばかりが並ぶので、第一印象は「昔の名前で出ています」的なアルバムかあ、と思ってしまう。解説を読むと、村上春樹のベストセラー恋愛小説『国境の南・太陽の西』に登場するスタンダードの名曲を取り上げた企画盤とのこと。なるほど、ちょっと理屈を付けてみたのね、と苦笑いしてしまう。

クロード・ウィリアムソンは、米国西海岸ジャズを代表するピアニストの1人。テクニック優秀、とにかく端正でタッチが歯切れ良く、アクや癖はほぼ無い。ライトで流麗な弾き回しが素敵なピアノである。米国西海岸ジャズにおける「バップなピアノ」として僕は捉えている。
 

South-of-the-border-west-of-the-sun

 
が、ウィリアムソンのリーダー作は「決定打」に欠けていたと思うのだ。ジャズ盤紹介本を紐解いても、ベツレヘム・レーベルからのリリースした『'Round Midnight』か、後続の『Claude Williamson』の2枚しか、代表作としてタイトルが挙がらない。この2枚、確かに内容的には良いのだが、米国西海岸ジャズの特徴である「お洒落なアレンジ」が逆効果なのか、ジャズ・ピアノとしては、何か今1つ足らない感じが残る。

その点、このヴィーナス盤の『国境の南・太陽の西』は、アレンジは「ハードバップど真ん中」の王道アレンジ。そんな旧来のハードバップなアレンジに乗って、クロード・ウィリアムソンは「バップなピアノ」をバリバリ弾きまくる。録音当時66歳なのだが、とにかく、バリバリ弾いている。

「ハードバップど真ん中」の王道アレンジの下でバリバリ弾きまくることで、ウィリアムソンは「総合力」で勝負するタイプのピアニストであることが良く判り、「総合力」で勝負するタイプであるが故に「テクニック優秀、とにかく端正でタッチが歯切れ良く、アクや癖はほぼ無い、ライトで流麗な弾き回し」という個性が、バリバリ弾き回すことによって、良い方向に作用している。

このヴィーナス盤の『国境の南・太陽の西』は、クロード・ウィリアムソンの代表作として良いと思っている。アレンジを気にすること無く、聴き手の「ウケ」を気にすること無く、バリバリと、本来の個性である「バップなピアノ」を弾きまくっている分、1950年代の米国西海岸ジャズでの代表盤より優れていると思う。
 
 
 
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2021年11月29日 (月曜日)

ヴィーナスの硬派な純ジャズ・4

ヴィーナス・レコードのジャズ盤、というだけで、眉をひそめるベテラン・ジャズ者の方々がいたりするんだが、ヴィーナス・レコードには、本来の硬派なジャズ・レーベルの志向もしっかりとあって、1980年代以降に活躍した、欧州ジャズの優れたジャズマンを我が国に紹介してくれた、という功績もある。揶揄される「コマーシャル先行、懐メロ志向のアルバム作り」な面もあるにはあるが、それはカタログ全体のごく一部だろう。

Stefano Bollani Trio『Falando De Amor』(写真左)。邦題『愛の語らい』。ほぼ直訳である(笑)。2003年2月、イタリア・ローマの「Studio Elettra」での録音。ちなみにパーソネルは、Stefano Bollani (p), Ares Tavolazzi (b), Walter Paoli (ds)。純イタリアのピアノ・トリオ編成。イタリア・ジャズの力量を直に感じられる好盤である。

改めて、この盤は、イタリアのジャズ・ピアニスト、ステファノ・ボラーニによる「アントニオ・カルロス・ジョビン曲集」である。しかし、この盤、通常の「聴き心地良く、ポップでお洒落」なボサノヴァ・ジャズの雰囲気では無い。安易にピアノ・トリオのポップで聴き易い「ジョビン集」という先入観で聴き出すと椅子から転げ落ちるかもしれない。
 

Falando-de-amor_1

 
「アントニオ・カルロス・ジョビン曲集」でありながら、ボサノヴァの名曲を、バリバリ硬派なメインストリーム志向の純ジャズで解釈している、ある意味「痛快」な「ジョビン集」である。タッチは力強く、アドリブ・フレーズはストイックなまでに硬質、曲のテンポも速いものが多く、ほぼバップ志向なピアノである。が、そこはかとなく、ロマンティシズム漂うところが、いかにも欧州的、イタリア・ジャズらしいところ。

耽美的でリリカルではあるが「バップな」ピアノなところは、ビル・エヴァンスに通じるところはあるが、エヴァンスのフレーズの「エッジは骨太」だが、ボラーニのフレーズの「エッジは立っている」。ここが違う。ヴィーナス・レコードの独特のエコーと相まって、決して安易に甘きに流れない、とても欧州っぽいピアノの弾き回しがこの盤の大きな個性だと思う。

トリオのインタープレイも全編を通じて緩んだところは無く、この純イタリア・トリオの演奏力の高さが窺い知れる。ジョビンの名曲の数々をストレート・アヘッドなピアノ・トリオ演奏に変身させた「アレンジ」についてもかなり優れたものがある。スイング感も快適、こんな「ジョビン集」、聴いたのは初めて。やはり、ヴィーナス・レコードは隅に置けない。
 
 
 
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2021年11月23日 (火曜日)

ヴィーナスの硬派な純ジャズ・3

ヴィーナス・レコードについては、コマーシャル先行、懐メロ志向のアルバム作りがメインのような誤解があるみたいだが、カタログ順に、ヴィーナス・レコードのアルバムを聴き進めて行くと、確かに、コマーシャル先行、懐メロ志向のアルバムもあるが、本来の硬派なジャズ・レーベルの志向もしっかりあることが判る。この硬派な部分のアルバムが結構、興味深い内容なのだ。

The Moffett Family Jazz Band『Magic of Love』(写真左)。1993年10月2日、NYの「R.P.M. Studio」での録音。ちなみにパーソネルは、Mondré Moffett (tp), Charles Moffett, Jr. (as, ts), Charnett Moffett (b), Codaryl "Cody" Moffett (ds), Charles Moffett, Sr. (ds, vib), Charisse Moffett (vo)。米国ジャズ界の有名ファミリーである、モフェット・ファミリーの総出演の好盤。

むっちゃ硬派で実直な「ネオ・ハードバップ」な内容である。甘いところ、ポップなところは全く無い。聴き手に迎合するアプローチも一切無い。硬派でストイックな、コンテンポラリーな純ジャズである。アフリカン・ネイティヴな響きもそこかしこに感じられ、単純な懐古趣味なハードバップでは無い、ワールド・ミュージック志向のアフロ・ジャズな雰囲気が心地良いアルバムである。
 

Magic-of-love_1

 
ビートの効いた純ジャズ・ファンクな「Peace On My Mind」、父親のチャールス・モフェットの、乾いたファンクネスを纏ったヴァイブの音が芳しい、エキゾチックな雰囲気漂う「My Shirley Jean」、娘のシャリース・モフェットによる、躍動感溢れるアフロチックな女性ヴォーカルが入った「Magic Of Love」など、アフロな響きを宿したコンテンポラリーな純ジャズ風の演奏に耳を奪われる。

バンド全体をリードし、リズム&ビートを締めているのが、息子のチャーネット・モフェットのベース。ブンブンとソリッドな心地良い重低音を響かせながら、堅実で正確なリズム&ビートを供給、音色の変化でバンド全体にチェンジ・オブ・ペースを促し、しなるような弦の弾きで、フロント2管を鼓舞する。グイグイ引っ張るような、チャーネットの骨太なベースの音がとても印象的。

ネットでもジャズ盤紹介本でも全く話題に上がらない盤ではあるが、内容は濃い。純ジャズ復古後のネオ・ハードバップとして、真摯でストイックな内容のアフロ・ジャズである。モフェット・ファミリーの演奏能力は高く、全編に渡って、安心して聴き込むことが出来る。ヴィーナス・レコード独特の個性溢れる録音も良い感じ。隠れ好盤である。
 
 
 
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