2026年6月13日 (土曜日)

A&M志向のラウンジ・サウンド

邦題「ミス・ジョーンズに会ったかい?」。米国のピアニスト、アレンジャーであるアーティー・バトラー(Artie Butler)が1968年に発表したデビュー・アルバムであり、彼の代表作である。クロスオーバー&フュージョンの老舗レーベルである、A&MレコードとCTIレコード(クリード・テイラー・プロデュース)の共同企画としてリリースされている。

Artie Butler『Have You Met Miss Jones』(写真左)。1968年1,2月、Van Gelder Studiosでの録音。A&M 3000 series (12 inch LP)のSP-3007番。ちなみにパーソネルは、Artie Butler (p, key, arr, cond), Burt Collins (tp,flh), Romeo Penque (ss, fl), Jerome Richardson (fl), Corky Hale (harp), David Carey (vib), Herbie Hancock (p), Ron Carter (b), Gary Chester (ds), George Devens (perc)。ここに、弦とブラスのアンサンブルが入る。

極上のラウンジ・ポップ、ボサノヴァ、イージーリスニングが融合した、お洒落なクロスオーバー&フュージョン・ジャズ志向のサウンドが特徴。ながら聴きのコンテンポラリーなジャズとして、聴いて楽しい、聴いてポップなサウンドである。アーティー・バトラーを始めとして、ハービー・ハンコックやロン・カーターといったビッグネームが名を連ね、イージーリスニング志向なサウンドでありながら、演奏内容はしっかりしている。
 

Artie-butlerhave-you-met-miss-jones

 
アレンジが洗練されていて、ハーブ・アルパートのティファナ・ブラスを彷彿とさせるマリアッチ風のエッセンスや、軽快なブラジリアン・ボサノヴァのリズムが散りばめられていて、とにかく聴いていて楽しい。収録曲については、リチャード・ロジャースによるジャズ・スタンダードの表題曲をはじめ、当時のポップスや映画音楽のカバーが中心となっていて、これまたポップで楽しい。

A&M / CTIならではの「最高峰のイージーリスニング志向のクロスオーバー&フュージョン・ジャズ」の一枚。そのグルーヴは、「A&Mレーベルを象徴する、太陽の光を浴びた、心地よいグルーヴ」と評価されているくらい、明るくポップで、洗練されてお洒落なサウンドに仕上げられている。アルバム全体に「サイケデリックで気怠いエネルギー」を与えている、電子楽器オンドリオンの音色も個性的。

このアルバムが持つ「レトロフューチャーなお洒落さ」や「1968年という時代の空気感」は、今聴いても、どこか新鮮に響く。このアルバムには、普遍的な、A&M / CTIならではの「最高峰のイージーリスニング志向のクロスオーバー&フュージョン・ジャズ」の音がぎっしり詰まっている。イージーリスニング志向のクロスオーバー&フュージョン・ジャズのアルバムとして、とても良く出来た内容である。
 
 
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2026年6月10日 (水曜日)

絶望を癒やす瞑想ジャズの聖典

夫君であった巨匠ジョン・コルトレーンの逝去(1967年)という深い喪失感のなか、アリスが東洋思想やヒンドゥー教の導師スワミ・サッチダーナンダ(Swami Satchidananda)との出会いを通じて、自らの精神的救済と覚醒を音楽へと昇華させた、「アリスの考えるスピリチュアル・ジャズ」の最初の成果である。

Alice Coltrane『Journey in Satchidananda』(写真左)。1970年7月4日(track :5)、NYの「Village Gate」でのライブ録音。1970年11月8日(track :1ー4)、ニューヨーク州ディックスヒルズにあるコルトレーンの自宅スタジオでの録音。ちなみにパーソネルは、以下の通り。

1970年11月8日(track :1ー4)は、Alice Coltrane (harp, p), Pharoah Sanders (ss, perc), Cecil McBee (b), Rashied Ali (ds), Tulsi Sen Gupta (tanpura), Majid Shabazz (bells, tambourine)。
1970年7月4日(track :5)は、Alice Coltrane (harp), Pharoah Sanders (ss, perc), Charlie Haden (b), Rashied Ali (ds), Vishnu Wood (oud)。

アリス・コルトレーンの4枚目のリーダー作。1970年代のスピリチュアル・ジャズの傑作である。1960年代後半、夫君であった、ジョン・コルトレーンが標榜したスピリチュアル・ジャズ。それは、未整理、未成熟、直感的な類の演奏成果で、どうにもこうにも評価しにくい代物であった。
 

Alice-coltranejourney-in-satchidananda

 
しかし、このアリスの『Journey in Satchidananda』は違う。モーダルなジャズとスピリチュアルなジャズを融合し、理路整然としたスピリチュアル・ジャズを成立させている。しかも、しっかりとアレンジされ、しっかりとリハーサルを積んでいるんであろう、非常に整理された聴き易いスピリチュアル・ジャズに昇華されている。

従来のモダン・ジャズの音世界に、瞑想的(メディテーティブ)なドローン・ミュージック、インド音楽、アフリカや中東の民族音楽要素を融合させた、独自の宇宙的音響空間を構築しているところがこの盤の「肝」である。そして、アリスの大々的な、きらびやかで流麗なハープの導入もこの盤の個性。

そして、インドの伝統弦楽器「タンブーラ」が放つ個性的な持続音が、聴き手を深い瞑想状態へと誘うミニマルな土台を作っている。そして、ファラオ・サンダースのむせび泣くような、かつ包容力のあるソプラノ・サックスがエモーショナルな息吹を吹き込んでいる。

本作は、アリスが絶望から立ち直るための精神的ドキュメンタリーであり、ジャズとインド古典音楽の理想的な融合を果たした記念碑的作品。全編通じて、どこか明日を感じさせる様な「明るさ」が印象深い。ジャズとインド音楽の「真の融合」がこのアルバムの中に息づいている。スピリチュアル・ジャズの傑作の一枚。
 
 

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2026年6月 9日 (火曜日)

ECM流のフュージョン・ジャズ

前々作、1975年2月の録音の『Clouds in My Head』では、北欧ジャズを基本としたクロスオーバー・ジャズ、若しくはジャズ・ロックをやった。1976年10月録音の前作『Shimri』では、典型的なECMサウンドの中での欧州的なモード・ジャズ、静的でリリカルでクールで透明度溢れるモード・ジャズをやってのけた、ノルウェー出身のベーシスト、アリルト・アンデルセン。このアルバムはECMでのリーダー作第3作目である。

The Arild Andersen Quartet『Green Shading into Blue』(写真左)。1978年4月の録音。ECMの1127番。ちなみにパーソネルは、Juhani Aaltonen (ts, ss, fl), Lars Jansson (p, moog-syn, string ensemble), Arild Andersen (b), Pål Thowsen (ds, perc)。純アコースティックな路線から一歩進み、「初期フュージョン〜アンビエント・ジャズ」への架け橋となった作品。

前作とガラッと変わって、ECMレーベルのサウンド色に見合った、北欧の「フュージョン・ジャズ」的な音作り。1970年代後半の米国フュージョンによくある「派手なシンセ・ソロ」では無い、ラルス・ヤンソンが奏でるミニ・モーグやストリング・アンサンブルによって、アコースティックな響きの中に、ほのかなエレクトロニクスの色彩が加わり、より浮遊感のあるモダンな仕上がりとなっている。
 

Thearild-andersenquartetgreen-shading-in

 
4曲目の「Radka's Samba」が象徴的。クールでありながら疾走感のあるリズムが特徴で、純ジャズ、メインストリーム・ジャズとは明らかに一線を画している。この曲は一言で言うと「ECM流のジャズ・サンバ」。この曲が持つ「思わず頭を振ってしまう(Head-bobbing)ようなダンサブルなビートが、どう聴いても、それまでのECMジャズとは雰囲気が異なる。ECM流の北欧フュージョン・ジャズと言っても良い演奏内容。

リーダーのアンデルセンの「地を這うベース」。ラルス・ヤンソンが操る「背景に溶け込む電子音」。ポール・トヴセンの「自然界のざわめきの様な」繊細なパーカッション。ユハニ・アールトネンの「スピリチュアルな咆哮と静寂」。この4人の個性が、ECM流のフュージョン・ジャズを奏でている。この聴き易く、エレクトリックなイージーリスニング志向の音作りは、当時流行した「フュージョン・ミュージック」と符号が一致する。

長らくオリジナルのLPは廃盤状態が続き、わが国では、CDリイシューもなされず、完全にマイナーな存在のアルバムである。今では、2010年に、本作を含む初期カルテットの3部作が『Green in Blue: Early Quartets』という3枚組CDボックスとしてECMから復刻され、サブスク・サイトからストリーミング聴取が可能となって、やっとその内容を確認することが出来るようになった。ECMの異色盤である。
 
 

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2026年6月 8日 (月曜日)

キューンの熱く激しいECM盤

ECM Recordsのカタログ番号1101〜1199(1100番台)。キース・ジャレット、パット・メセニー、チック・コリアといったスターたちの歴史的名盤を生み出し、レーベルの代名詞である「静寂の次に美しい音楽」という世界観を完璧に決定づけたシリーズであるが、わが国では、そんなスター達のアルバムだけがリリースされ、他のアルバムはなかなかリリースされなかった。よって意外と当時は知らなかった隠れ好盤がずらずら。

Steve Kuhn『Non-Fiction』(写真左)。1978年4月、旧西ドイツの「Tonstudio」での録音。ECMの1124番。ちなみにパーソネルは、Steve Kuhn (p, perc), Steve Slagle (ss, as, fl, percu), Harvie Swartz (b), Bob Moses (ds)。米国出身のピアニスト、スティーヴ・キューンのECMレーベルでの4枚目のリーダー作。スティーブ・スレイグルのサックスがフロント1管のカルテット編成。

美しいメロディ、変拍子を交えた緊迫感のあるポリリズム、そしてECMらしい透明感と空間の広がりが融合した音世界が特徴。ECMという欧州ジャズの老舗レーベルでの制作とはいいながら、米国ジャズの伝統とアヴァンギャルドな実験精神が飛び交う、しかしながら、音の響きは欧州ジャズという、ECMレーベルならではの、米国と欧州のジャズが融合した、独特の音世界が広がっている。
 

Steve-kuhnnonfiction

 
リーダーのキューンのピアノは「尖っている」。叙情的なメロディを紡ぎながらも、予測不能でエッジの効いたコード展開を行うスタイルは、ECMジャズの中でも、メンストリームな純ジャズ路線を踏襲する音。ニュー・ジャズ系の耽美的でリリカルな「広がる様な透明感」とは、また違った、硬質でクリスタルな「切れ味の良い透明感」がこのアルバムに広がっている。

この盤では「即興演奏の爆発力とドライブ感」を徹底追求している。スレイグルのフルートとスワルツのベースが美しく絡み合う「The Fruit Fly」や、ファンキーなロック調のビートから4ビートのジャズへとスリリングに展開する11分超の大作「Alias Dash Grapey」など、バラエティに富んだアンサンブルやインタープレイを聴くことが出来る。

本作の直後、キューンは歌手のシーラ・ジョーダンを迎えたバンド活動へとシフトしたため、この「インストゥルメンタル・カルテットによる純粋な熱量」を捉えた録音としては、この盤のパフォーマンスがピークだと思う。シンプルで判り易いが、かなり高度で複雑なメインストリーム系純ジャズを展開している。キューンのピアノを語る上で、この盤は外せないだろう。
 
 

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2026年6月 7日 (日曜日)

早すぎた精神的ジャズ・ファンク

ブルーノートの4300番台。ここまでくると、胸を張って「ジャズ」とは言いにくい。しかし、バックの演奏は上質のジャズ・ファンク。本作は、1970年代初頭、ホレス・シルヴァーが展開した三部作プロジェクト『The United States of Mind』の「Phase 2(第2章)」にあたる意欲作。ファンキー・ジャズの巨匠がソウルやファンク、ボーカル・ジャズへと大胆に接近した、レア・グルーヴ視点から、極めて評価の高い好盤として評価されている。

Horace Silver Quintet/Sextet With Vocals『Total Response』(写真左)。1970年11月15日 (#1, 2, 6, 9), 1971年1月29日 (#3–5, 7, 8) の録音。ブルーノートの4368番。ちなみにパーソネルは、Horace Silver (el-p), Cecil Bridgewater (tp, flh), Harold Vick (ts), Richie Resnicoff (g), Bob Cranshaw (el-b), Mickey Roker (ds), Salome Bey (vo, 1, 2, 5–7, 9), Andy Bey (vo, 3, 4, 8)。

それまでのハード・バップ〜ファンキー・ジャズ路線から一転、シルヴァーがエレクトリック・ピアノ(フェンダー・ローズ)を本格的に導入、アンディ・ベイとサロメ・ベイという実力派シンガーを起用、メッセージ性の強い歌詞を歌わせて、瞑想や精神の統一といった精神世界、そして当時の米国社会へのメッセージが融合した、コンセプチュアルで政治的な時期の作品である。

冒頭「Acid, Pot or Pills」は、ドラッグ依存への警告。2曲目「What Kind of Animal Am I?」は、人間の本質への問いかけ。3曲目「Won't You Open Up Your Senses」は、五感の解放。4曲目「I've Had a Little Talk」は、内省と自己との対話。5曲目「Soul Searchin'」は、自己探求。
 

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6曲目「Big Business」は、巨大企業・資本主義への批判。7曲目「I'm Aware of the Animal Within Me」は、人間の野蛮性の自覚。8曲目「Old Mother Nature Counts Her Children」は、大自然への回帰。9曲目の「Total Response」は、精神と肉体の完全なる調和。

シルヴァーのフェンダー・ローズは、浮遊感とサイケデリックな響き。しかし、伝統のファンキー・リフは健在。コードのボイシングには独特のジャジーな緊張感があり、単なるポップスに流されないジャズマンとしての矜持が演奏に表れているところが、やはり、この盤は「コンテンポラリーなジャズ」である。楽器として機能するベイ兄妹の圧倒的な歌唱も、単に「メロディを歌う」だけでなく、「アンサンブルの一部」として完璧に機能している。

クランショウのエレベと、ローカーのドラムのファンク・グルーヴがこれまた良い。レスニコフのカッティングと彩りを与えるギターの系かな推進力。ブリッジウォーターのトランペットと、ヴィックのテナーの2管フロントは、1960年代の爆発するようなハード・バップのソロ回しとは異なる、「楽曲のメッセージ(歌詞)を支えるための知的なアンサンブル」に徹して、これもまた見事。

アルバムのサブタイトルにある『The United States of Mind(人心連合)』とは、「人間の精神(Mind)の中にある様々な要素が、アメリカ合衆国(United States)のように一つに団結・調和しなければならない」というシルバー独自の哲学。1970年代初頭の混沌とした米国社会(ベトナム戦争、ドラッグの蔓延、物質主義の台頭)に対し、シルバーは「精神性の回復」「心と身体の健康」「平和」を音楽で訴えようとした。その成果の一つがこのアルバムである。
  
 

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2026年5月16日 (土曜日)

米国と欧州の接近の”今”を感じる

2023年晩秋、ニューヨークの名門クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」でのレジデンス(ライヴ)期間中に、ニュージャージーの歴史的なヴァン・ゲルダー・スタジオにてレコーディング。ECMレーベルにしては珍しいスタジオ選択。ここでも、ECMレーベルの「米国ジャズへの接近」「グローバル・ジャズへの裾野拡大」を感じる。

Joe Lovano & Marcin Wasilewski Trio『Homage』(写真左)。2023年11月18日、米国ニュージャージー州イングルウッド・クリフスのヴァン・ゲルダー・スタジオでの録音。ちなみにパーソネルは、Joe Lovano (ts, tarogato, gong), Marcin Wasilewski (p), Slawomir Kurkiewicz (b), Michal Miskiewicz (ds)。ECM Recordsから、2025年4月25日のリリース。

このアルバムでは、ECMレーベルの音の「今」の一端を感じる事が出来る。ジョー・ロヴァーノは米国のサックス奏者。圧倒的な極太のダークトーン、伝統とアヴァンギャルドの融合がロヴァーノのサックスの個性なのだが、出てくる音の響きは当然「米国的」。

しかし、ロヴァーノは、ECMレーベルでの録音の時は、ECMの音のカラーに合わせて、音数を絞り、空間の響きを大切にした「静かでスピリチュアルな祈り」のようなパフォーマンスを展開する。米国的な「音の質」で、ECMレーベルライクな「音」を紡ぎ出す。いわゆる「米国ジャズの欧州ジャズへの接近」である。これが、聴いていて興味深く、最近のロバーノのECM盤を聴く最大の楽しみになっている。
 

Joe-lovano-marcin-wasilewski-triohomage  
 

マルチン・ボシレフスキ・トリオは、ポーランドが世界に誇る、現代最高峰のピアノ・トリオの一つ。このトリオの音楽性は「ヨーロッパ・ジャズの極み」とされる、静寂とリリシズム、ダークで、深く、スピリチュアルな表現力が個性。加えて、ユニークなのは、ジャンルを超えた「ポップ・センス」。ポップ・ロックの楽曲を、原曲の良さを活かしつつ、完全に自分たちのディープなジャズの世界観に染め上げるのに長けている。

ジョー・ロヴァーノの「豪快で太いアメリカン・サックス」と、マルチン・ボシレフスキ・トリオの「繊細で透明感のあるヨーロピアン・ピアノ」が出会い、化学反応を起こして、叙情的な美しさをベースにしつつ、本作ではより自由で広がりのある「インプロヴィゼーション」と、メンバー間のスリリングな「インタープレイ」を展開している。

ロヴァーノの音数を絞り、空間の響きを大切にした「静かでスピリチュアルな祈り」のようなパフォーマンスが、マルチン・ボシレフスキ・トリオの静寂とリリシズム、ダークで、深く、スピリチュアルなリズム・セクションをバックに、ECMレーベルの独特の「限りなく静謐で豊かなエコーを個性とした音世界」に染め上げられ、朗々と叙情的に展開されていく。

マルチン・トリオ本来の美しくポップなメロディ・ラインをあえて少し崩し、欧州的な音の響きを米国的に少しチューニングし、ロヴァーノが得意とする「自由に流れるような即興演奏」や「大胆な音の掛け合いによるインタープレイ」に軸足を置いた、非常にスリリングで冒険的な内容になっている。まさに、ECMレーベルの「今」を感じることができる好盤である。
 
 

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2026年5月14日 (木曜日)

ジャズ喫茶で流したい・321

ジャズを聴き始めた頃から、ディー・ディー・ブリッジウォーター(以降「ディーディー」)のボーカルがお気に入りである。圧倒的なスキャット能力と即興性、ドラマチックな表現力と声量、多彩なジャンルを内包するスタイル、圧倒的なエネルギーと迫力。伝統的なジャズの技術と圧倒的なエンターテインメント性を融合させたボーカルスタイルは、リアルタイムでずっと愛聴してきた。

Dee Dee Bridgewater and Bill Charlap『Elemental』(写真左)。2025年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Dee Dee Bridgewater (vo, produce), Bill Charlap (p)。現代の女性ジャズ・ボーカリストの重鎮、ディー・ディー・ブリッジウォーターと、現代のネオ・バップなピアニスト、ビル・チャーラップとのデュオ・コラボレーション盤。久し振りにディーディーの個性を聴いた。

2019年から始まった2人のライブ活動、とある。この盤は、2019年から始まった二人のデュオ・コラボレーションの集大成の様なアルバムなんだろう。ピアノだけを伴奏にジャズ・ボーカルを唄い上げる。これって、簡単そうに見えて、ボーカルからしてもピアノからしても、意外と難しいのだが、この二人は濃密な一体感、打てば響く共鳴感、お互いがお互いを高め合う相互な化学反応が、収録された音から醸し出されていて、思わず引き込まれる。
 

Dee-dee-bridgewater-and-bill-charlapelem

 
ディーディーのボーカルは相変わらず見事である。ディーディーのボーカルの個性が溢れんばかりに伝わってくる。「原曲のメロディ」に立ち返る、彼女ならではの円熟の表現。深みを増した「低音域」とダイナミクス。そして、伴奏がピアノだけというところから、人声を「打楽器や管楽器」に変える圧倒的な技術を聴かせてくれている。

そして、現代のネオ・バップなピアニスト、ビル・チャーラップの歌伴ピアノが絶品。チャーラップは明確なバップ・ピアノで、ディーディーの圧倒的なエネルギーと迫力のあるボーカルに相対し、ディーディーのボーカルをがっちりとサポートし、ガッツリと鼓舞する。彼女の熱くダイナミックなボーカルが、チャーラップの繊細で端正なバップ・ピアノと合わさることで、極上の緊張感と調和を生み出している。

ディーディーの感情と芸術性のすべてが剥き出しになった素晴らしい内容のアルバム。チャーラップの歌伴としてのバップ・ピアノの優秀性が露わになった素晴らしい内容のアルバム。「お互いが主役であり伴奏者である」という対等な対話、そして一瞬の隙もない緊張感と遊び心の共存。これ、近年のボーカルの優秀盤である。
 
 

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2026年5月 8日 (金曜日)

サンタナとアリスとのコラボ

この作品は、サンタナがインドの導師シュリ・チンモイに師事し「デヴァディップ(Devadip)」という霊名を受けた時期に制作されている。ジョン・コルトレーンの妻であり、自らも優れたピアニスト・ハープ奏者であるアリス(霊名トゥリヤ)との共演は、サンタナのキャリアにおいて最も瞑想的で、ジャズの即興演奏に深く踏み込んだものとなっている。

Carlos Santana,Alice Coltrane『Illuminations』(写真)。邦題「啓示」。1974年の作品。ちなみにパーソネルは、以下の通り。スピリチュアル・ロックの雄、カルロス・サンタナと、スピリチュアル・ジャズの歌姫、アリス・コルトレーンとのコラボレーション盤である。

Alice Coltrane (p, harp, Wurlitzer electric organ), Carlos Santana (el-g), Dave Holland, James Bond (b), Jack DeJohnette (ds, perc), Tom Coster (el-p, Hammond B-3 organ), Jules Broussard (ss, alto-fl), Phil Brown (tanpura), Armando Peraza (ds, congas), Phil Ford (tablas)。ここに、アリス・コルトレーンがアレンジ&指揮を担当するストリングス・セクションがバックに入る。

アリスによる壮大なストリングス・アレンジとハープ、サンタナの官能的なギターが溶け合い、東洋的な響きと宇宙的な広がりを持っている。アルバムは、シュリ・チンモイによる短いモノローグから始まり、瞑想的な前半から激しい即興演奏の後半へと展開する。そう、この冒頭の「Guru Sri Chinmoy Aphorism(スリ・チンモイの教え」の1分11秒に怯んではいけない(笑)。
 

Carlos-santanaalice-coltraneillumination

 
オーケストラによる「静」。前半の「Angel of Air」や「Angel of Water」では、アリスが編曲・指揮した壮大なストリングス・オーケストラが導入されている。サンタナのギターは音数が極めて少なく、フィードバック音やサステインを活かしたアンビエントな響きで、背景のハープや弦楽器と溶け合っている。

フリージャズの「動」。 中盤の「Angel of Sunlight」は約14分に及ぶ大作で、ジャック・ディジョネットの激しいドラミングとデイヴ・ホランドのベースが牽引する、ジョン・コルトレーン後期のスタイルに近いアグレッシブなフリージャズを展開されていて見事。

この瞑想的な「静」と、フリージャズ的な「動」の対比が鮮明なのが、この盤の個性だろう。ウーリッツァー・オルガンの音色も特徴的。アリス・コルトレーンがピアノやハープだけでなく、歪んだ音色のオルガンを弾くことで、宇宙的な広がりを加えている。サンタナのエレギは、「弾かない」勇気とロングサステイン、クリーンと歪みの使い分け、フィードバックを「楽器」として操り、スピリチュアルな「叫び」を表現する。

当時の商業的な成功には恵まれなかったが、現在では「スピリチュアル・ジャズの隠れた名盤」として高く評価されている。サンタナの2面性、ラテン・ロックとスピリチュアル・ロック、このスピリチュアル・ロックの個性が、アリス・コルトレーン独特のスピリチュアル・ジャズと融合して、唯一無二の、他に類を見ない、ロックとジャズが融合した「スピリチュアル・ジャズ」を生み出している。
 
 

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2026年5月 7日 (木曜日)

アリスのスピリチュアルを見直す

アリス・コルトレーンが、インパルスからワーナー・ブラザース・レコードへ移籍した第一弾として1976年に発表した、スピリチュアル・ジャズの金字塔的作品である。オーケストラからトリオまで多彩な編成で、アリス・コルトレーン独自のスピリチュアル・ジャズを創出している。

Alice Coltrane『Eternity』(写真左)。邦題「永遠なる愛」。1975年8月13日〜10月15日の録音。ちなみにパーソネルは、核となるリズム・セクションは、Alice Coltrane (org, harp, el-p, tambura), Charlie Haden (b), Ben Riley (ds), Armando Peraza (congas)。主なゲストは、Hubert Laws (fl), Jerome Richardson(ss, alto-fl, Ernie Watts (english-horn), Oscar Brashear (tp), George Bohanon(tb)など。

演奏のアレンジが彼女独特なところがあって、スピリチュアル・ジャズとは言っても、精神性を楽器の吹き上げ、嘶きに託すような、一種、社会性を孕んだ、フリー・ジャズの延長線上のスピリチュアル・ジャズではなく、精神面を前面に押し出した、精神性を楽器それぞれの響きに託す、そんな一種、宗教性を孕んだ、限りなく自由度の高いモード・ジャズの延長線上にある、精神性の高いスピリチュアル・ジャズである。

振り返ってみると、アリスの様な精神性、宗教性の高いスピリチュアル・ジャズは、他に無かった様な気がする。

音の傾向からすると、ECMレコードの「ニュー・ジャズ」に親和性が高いが、アリスのスピリチュアル・ジャズは、ブラック・ミュージックの音要素が濃い。ECMのスピリチュアル・ジャズは、欧州のレーベルだけ合って、ブラック・ミュージックの音要素は皆無。音の裏に潜む宗教性についても、アリスはあくまで「米国」、ECMはあくまで「欧州」である。
 

Alice-coltraneeternity

 
このアルバムには、そんなアリス・コルトレーン印のスピリチュアル・ジャズの代表的演奏がギッシリ詰まっている。亡き夫ジョン・コルトレーンへの愛を捧げた作品とされ、ハープ、オルガン、さらにはインドの伝統楽器やストリングスを駆使した壮大なサウンドが特徴。ハープやオルガンを演奏するだけでなく、管弦楽団を含む大規模な編成を指揮した野心作で、アレンジも演奏もそのレベルは高く、アリスのスピリチュアル・ジャズの代表作の一枚と言って良いと思う。

印象的な曲としては、4曲目の「Om Supreme」では、6人の男女混声合唱団が加わり、ヒンドゥー教の聖歌(バジャン)をテーマにした幻想的なサウンドを創出、ラストの6曲目「Spring Rounds」は、ストラヴィンスキーの『春の祭典』を引用した曲で、大規模なブラス・セクションとストリングス(バイオリン、ヴィオラ、チェロなど計12名以上)が導入されていて、壮大なスピリチュアル・ジャズが展開されている。

本作が録音された1975年から1976年にかけて、アリスは生涯最大の転換期を迎えており、「俗世を離れ、ヒンドゥー教の修行者(スワミ)として生きる」という啓示のもと、宗教家として「出家」を果たしている。この宗教家としての「出家」が、今までのフリー・ジャズ的展開の中に潜んでいた「宗教性」が、より具体的で崇高な「祈り」の形として表出した結果が、このアルバムに色濃く反映されている様に思う。

今まで、どうも、ジョン・コルトレーンと演奏を共にしていた頃のスピリチュアル・ジャズの印象が、自分の頭の中に色濃く残っていて、今まで、アリスのスピリチュアル・ジャズはちょっと敬遠していたのだが、今回、このアルバムをひょんなことから聴いてみて、最初の印象が「これ、プログレッシヴ・ロックに近いやん」。

精神性、宗教性が色濃く、基本的にブラック・ミュージックとジャズに軸足をしっかり残してはいるが、基本的に統制の取れた、しっかりとコントロールされたスピリチュアル・ジャズだと思う。
 
 

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2026年5月 6日 (水曜日)

スピリチュアル+ブラジリアン

ブルーノートの4300番台のアルバムらしいアルバムである。ファンクネス漂うシンプルで、どこか趣味の良い「地味」なバップ・ピアニストだったデューク・ピアソンが、突如、ボサノヴァとコーラス・アンサンブルが融合を融合した、摩訶不思議な、ポップでスピリチュアルなリーダー作をリリースしている。

Duke Pearson『How Insensitive』(写真左)。1969年4月11,14日、5月5日の録音。ブルーノートの4344番。ちなみにパーソネルは以下の通り。ピアニストであり、プロデューサーとして後期ブルーノートを支えたピアソンが、スピリチュアル・ジャズとブラジリアン・ジャズへの傾倒を反映させた作品。

4月11,14日の録音 (tracks 1 & 3–5) は、 Duke Pearson (p, el-p, arr), Al Gafa (g), Bob Cranshaw (b), Mickey Roker (ds), Airto Moreira (perc), Andy Bey (lead vo), The New York Group Singers' Big Band。

5月5日の録音 (tracks 7, 9 & 10)は、Duke Pearson (p, el-p, arr), Bebeto Jose Souza (b), Dorio Ferreira (g, perc), Flora Purim (lead vo),

初リリース時、LP時代の収録曲は、収録曲は、A面がコーラスを主体としたスピリチュアル・ジャズ、B面がブラジリアン・ジャズという構成に分かれている。どういう意図でこういう収録形態になったのか、思わず首を捻ってしまう。

4月11,14日の録音 (tracks 1 & 3–5) では、17名の男女混声合唱団(ニューヨーク・グループ・シンガーズ・ビッグ・バンド)を起用し、幻想的で透明感のある、スピリチュアルなサウンドを作り上げている。
 

Duke-pearsonhow-insensitive  

 
冒頭の「Stella by Starlight」がその最たる例で、出だしは、ファンクネス漂うシンプルで、どこか趣味の良い「地味」なバップ・ピアノソロが、ハードップ時代の良き雰囲気を醸し出すが、いきなり17名の男女混声合唱団のコーラスが出てきて、はっきり言って「戸惑う」。バックのピアソンのバップ・ピアノがとても良いフレーズを叩き出しているので余計に、である。

この「17名の男女混声合唱団」のコーラスが、ファンキー&ソウルフルではあるが、コーラスの雰囲気は「ポップ」。上質でポップな混声合唱には、どこか敬虔な響きが漂って、ところどころゴスペルチックで、まるでポップな賛美歌を聴いている様な面持ち。しかし、この「17名の男女混声合唱団」のコーラスの必然性が全く理解できない。

ポップなゴスペルチックな男女混成合唱がメインなのか、リーダーのピアソンを始めとする純ジャズにポップなゴスペルチックな男女混成合唱が彩りを添えているのか、聴き方の力点の置き方が難しいアルバムになっている。賛美歌的な響き、ゴスペルチックな響きを前面のに押し出し、スピリチュアル・ジャズの側面を前面に押し出そうとしているのは理解出来るのだが。

5月5日の録音 (tracks 7, 9 & 10)では、7曲目の「Sandalia Dela」のコッテコテのボサノバ・ジャズには、更に「戸惑う」。フローラ・プリムのボサノバチックな歌唱が前面に押し出されている。8曲目「My Love Waits (O Meu Amor Espera)」以降「Tears (Razao De Viva)」「Lamento」もゴスペル・ジャズ。

ピアソンのファンクネス漂うシンプルで、どこか趣味の良い「地味」なバップ・ピアノをメインとするジャジーな演奏に、ポップでファンキーでゴスペルチックな「17名の男女混声合唱団」のコーラスが絡む、意外とスピリチュアル・ジャズ的側面は軽くてポップな、摩訶不思議な雰囲気のスピリチュアル&ボサノバ・ジャズとして良いのでは、と思う。ピアソンのピアノだけ取りあげれば、これはこれで申し分無いんだけどなあ。
 
 

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