落ち着いたAOR的なユーミン
ユーミンって、バブル期の頃、売れに売れたわけだが、それまで順風満帆だった訳では無い。荒井由実の時代、一世を風靡した訳だが、結婚して「松任谷由実」になって以降、『紅雀』『流線形'80』『OLIVE』『悲しいほどお天気』と優れた内容のアルバムをリリースしてきたが、決してセールス的に恵まれていた訳では無い。それぞれ、オリコン年度順位20〜30位程度止まりである。
特にこのアルバムは、評論家筋から受けが悪かった思い出がある。松任谷由実『時のないホテル』(写真 )。1980年6月のリリース。このアルバムに収録されている歌は、架空の物語や重たい詩の曲が多い。そういうところが、ポップで無い、というか、暗いとか重たいなんて評されて、ユーミンのアルバムの中でも一般的に評価が低い。
しかし、である。僕はこのアルバム、発売されて2ヶ月後くらいに、友人から借り受けて、カセットテープにダビング、思いっきりヘビロテになった思い出のアルバムなので、当時の評論家筋の低い評価がどうしても腹に落ちなかった。結論として、当時のこのアルバムに対しての辛口の評論を信じなくて良かった。このアルバムは、ユーミンのアルバムの中で、5指に入る「お気に入り」盤なのだ。
冒頭の「セシルの週末」なんて秀逸な短編ドラマを見ている様な内容で、何度聴いても感心するばかり。「時のないホテル」や「コンパートメント」は、スパイを主人公にした架空の推理小説の様な内容なんだが、これって、当時、ここまで優れた内容の、架空の推理小説の様な歌詞を書けるシンガーソングライターって、ユーミン以外いなかった。
「Miss Lonely」は、戦争に行って帰ってこない彼のことを、50年間、待ち続けている老婆を描いた内容は新鮮だったし、「ためらい」「よそゆき顔で」「5cmの向う岸」は、ユーミンお得意の「恋愛私小説」の短編を読んでいるようで、聴いていてとても楽しいし、その内容にグイグイ入り込んでいく。
特に、このアルバムにおいては、アルバム全体を覆う、落ち着いたAOR的な雰囲気、ヨーロピアンな夕日に輝く黄昏時の「ブリリアントではあるが少し物悲しい」響きが最大の聴きどころ。プロデュース&アレンジの松任谷正隆の手腕の成せる技であろう。当時の日本では聴くことの出来ない、粋でお洒落な音世界がこのアルバムの中に詰まっている。
そして、極めつけはラストの「水の影」。タイトルが実に平凡なので、とても損をしている曲なんだが、これが詩・曲ともに秀逸。本来のユーミン・ワールド全開の秀曲である。アレンジが秀逸。短いエレピの前奏から導かれる、優しく、美しい曲。テーマは「時間」そして「移動」。
たとえ異国の白い街でも 風がのどかなとなり町でも
私はたぶん同じ旅人 遠いイマージュ 水面におとす
時は川 きのうは岸辺 人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて 想い出に手をふるの
立ち去るときの肩のあたりに 声にならない言葉きこえた
あなたをもっと憎みたかった 残る孤独を忘れるほどに
よどみない浮世の流れ とびこめぬ弱さ責めつつ
けれど傷つく 心を持ち続けたい
時は川 きのうは岸辺 人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて 想い出に手をふるの
『水の影』: 松任谷由実
東日本大震災から6年9ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。
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