僕なりの超名盤研究・33
小川隆夫さん著の『ジャズ超名盤研究』を参考にさせていただきつつ、「僕なりのジャズ超名盤研究」をまとめてみようと思い立って、今回までで32枚の「超名盤」について聴き直して、聴き直した時点での感想をブログ記事に綴ってきた。そして、いよいよ、残すは2枚。今回はキース・ジャレットの登場。
Keith Jarrett『The Köln Concert』(写真左)。1975年1月24日、当時の西ドイツ、ケルンの「Opera House」でのライヴ録音。ECMレコードからのリリース。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p) のみ。そう、このライヴ盤は、キースのソロ・ピアノの記録であり、キースの生涯、最大のヒット・アルバムである(LP2枚組のボリュームにも関わらず、である)。
実は、この「ケルン・コンサート」のキースの弾き回しは、他のキースのソロ・ピアノの弾き回しと比べて、ちょっと異質である。「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されている。明らかに、他のキースのソロ・ピアノとは違う。というか、この「ケルン・コンサート」だけが突出している。
キースの耽美的でリリカル、クラシック志向な流麗なフレーズの使用は他にもあるが、ここまで、徹底して、耽美的でリリカルなフレーズとクラシック志向な流麗なフレーズを多用したソロ・パフォーマンスは他に無い。何か、特別な事情があったのではないか、と常々思っていた。
このライヴ盤の研究が進み、他のソロ・ピアノとの比較が進むにつれ、この「ケルン・コンサート」での、ある事件が、この「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出した、と解釈されるようになった。その事件とは、Wikipediaから要約させていただくと以下の様になる。
”ライヴに使用するピアノは、当初、キースの要望通り「ベーゼンドルファー290インペリアルコンサートグランドピアノ」を用意するはずだったのが、スタッフの混乱により、ベーゼンドルファーのピアノ(はるかに小さなベビーグランドピアノ)にすり替わってしまった。コンサート直前に間違いに気がついたが、交換にかける時間的余裕も無く、そもそも、外は悪天候で交換用のピアノを搬入することは叶わなかった。しかも、この小型ピアノは調律が満足ではなく、高音域はチープで薄く、低音域は弱く、ペダルは適切に機能しなかった。キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを弾かざるを得ない状況に陥った”
しかし、キースはこの劣悪な状態の小型ピアノでソロ・ピアノを敢行すると決意した後、途方もないテクニックと創造力を駆使して、素晴らしいパフォーマンスを実現する。その内容は、
”ジャレットは、演奏中にオスティナートや左手のリズムの揺れ方を使ってベース音を強くした効果を出し、キーボードの中央部分での演奏に集中した。アイヒャーは後に「おそらくジャレットがそのように演奏したのは、良いピアノではなかったからだろう。その音に惚れ込むことができなかったので、最大限に生かす別の方法を見つけたのだろう」と語っている” (Wikipediaから引用)
キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを前提に、最高のパフォーマンスを発揮するにはどうしたら良いか、を考え、それを実現した、ということ。いわゆる「弘法筆を選ばず」である。キースが、この劣悪な状態の小型ピアノを使って、最高のパフォーマンスを実現したら、この「ケルン・コンサート」の音になったということで、その結果「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出したと思われる。
加えて、このコンサートでのキースの体調は劣悪で、睡眠不足と背中の痛み、コンサート会場にギリギリに着いたので、食事のろくにしていなかった。そんな体調で、劣悪な状態の小型ピアノに向かって、途方もないテクニックと創造力を駆使して、最高のパフォーマンスを披露する。恐らく、キースは「ゾーンに入った」状態にあったのではなかろうか。とにかく紡ぎ出されるフレーズ、ニュアンスは、極上のものばかりである。キースも時々「歓喜の雄叫び、歓喜の唸り声」をあげている。
つまり、この「ケルン・コンサート」の特殊性は、劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調を前提にした、キースの途方もないテクニックと創造力の賜物、だと言える。当然、キースのソロ・ピアノの中でも、唯一無二、一期一会のパフォーマンスであり、奇跡のパフォーマンスの記録である。
「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されているので、他のキースのソロ・ピアノ盤を聴くと、違和感を感じジャズ者の方々が多くいる。それは当然で、「ケルン・コンサート」が生み出された前提である「劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調」は、他のソロ・ピアノのパフォーマンスには無いからだ。
しかし、この「ケルン・コンサート」を聴いて判るのは、キース・ジャレットが、途方もないテクニックと創造力を持ち合わせた、不世出のジャズ・ピアニストだった、という事実である。ピアノという楽器を知り尽くし、そのピアノという楽器の能力を最大限に引き出し、自らイメージするフレーズを忠実に音に表現できる。キースはそんな「レジェンド級」のジャズ・ピアニストである。
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