2024年10月18日 (金曜日)

僕なりの超名盤研究・33

小川隆夫さん著の『ジャズ超名盤研究』を参考にさせていただきつつ、「僕なりのジャズ超名盤研究」をまとめてみようと思い立って、今回までで32枚の「超名盤」について聴き直して、聴き直した時点での感想をブログ記事に綴ってきた。そして、いよいよ、残すは2枚。今回はキース・ジャレットの登場。

 Keith Jarrett『The Köln Concert』(写真左)。1975年1月24日、当時の西ドイツ、ケルンの「Opera House」でのライヴ録音。ECMレコードからのリリース。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p) のみ。そう、このライヴ盤は、キースのソロ・ピアノの記録であり、キースの生涯、最大のヒット・アルバムである(LP2枚組のボリュームにも関わらず、である)。

実は、この「ケルン・コンサート」のキースの弾き回しは、他のキースのソロ・ピアノの弾き回しと比べて、ちょっと異質である。「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されている。明らかに、他のキースのソロ・ピアノとは違う。というか、この「ケルン・コンサート」だけが突出している。

キースの耽美的でリリカル、クラシック志向な流麗なフレーズの使用は他にもあるが、ここまで、徹底して、耽美的でリリカルなフレーズとクラシック志向な流麗なフレーズを多用したソロ・パフォーマンスは他に無い。何か、特別な事情があったのではないか、と常々思っていた。

このライヴ盤の研究が進み、他のソロ・ピアノとの比較が進むにつれ、この「ケルン・コンサート」での、ある事件が、この「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出した、と解釈されるようになった。その事件とは、Wikipediaから要約させていただくと以下の様になる。

”ライヴに使用するピアノは、当初、キースの要望通り「ベーゼンドルファー290インペリアルコンサートグランドピアノ」を用意するはずだったのが、スタッフの混乱により、ベーゼンドルファーのピアノ(はるかに小さなベビーグランドピアノ)にすり替わってしまった。コンサート直前に間違いに気がついたが、交換にかける時間的余裕も無く、そもそも、外は悪天候で交換用のピアノを搬入することは叶わなかった。しかも、この小型ピアノは調律が満足ではなく、高音域はチープで薄く、低音域は弱く、ペダルは適切に機能しなかった。キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを弾かざるを得ない状況に陥った”
 

Keith-jarrettthe-koln-concert

 
しかし、キースはこの劣悪な状態の小型ピアノでソロ・ピアノを敢行すると決意した後、途方もないテクニックと創造力を駆使して、素晴らしいパフォーマンスを実現する。その内容は、

”ジャレットは、演奏中にオスティナートや左手のリズムの揺れ方を使ってベース音を強くした効果を出し、キーボードの中央部分での演奏に集中した。アイヒャーは後に「おそらくジャレットがそのように演奏したのは、良いピアノではなかったからだろう。その音に惚れ込むことができなかったので、最大限に生かす別の方法を見つけたのだろう」と語っている” (Wikipediaから引用)

キースは、この劣悪な状態の小型ピアノを前提に、最高のパフォーマンスを発揮するにはどうしたら良いか、を考え、それを実現した、ということ。いわゆる「弘法筆を選ばず」である。キースが、この劣悪な状態の小型ピアノを使って、最高のパフォーマンスを実現したら、この「ケルン・コンサート」の音になったということで、その結果「特別なニュアンスとテクニックで弾き回された」パフォーマンスを生み出したと思われる。

加えて、このコンサートでのキースの体調は劣悪で、睡眠不足と背中の痛み、コンサート会場にギリギリに着いたので、食事のろくにしていなかった。そんな体調で、劣悪な状態の小型ピアノに向かって、途方もないテクニックと創造力を駆使して、最高のパフォーマンスを披露する。恐らく、キースは「ゾーンに入った」状態にあったのではなかろうか。とにかく紡ぎ出されるフレーズ、ニュアンスは、極上のものばかりである。キースも時々「歓喜の雄叫び、歓喜の唸り声」をあげている。

つまり、この「ケルン・コンサート」の特殊性は、劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調を前提にした、キースの途方もないテクニックと創造力の賜物、だと言える。当然、キースのソロ・ピアノの中でも、唯一無二、一期一会のパフォーマンスであり、奇跡のパフォーマンスの記録である。

「ケルン・コンサート」のパフォーマンスだけが、特別なニュアンスとテクニックで弾き回されているので、他のキースのソロ・ピアノ盤を聴くと、違和感を感じジャズ者の方々が多くいる。それは当然で、「ケルン・コンサート」が生み出された前提である「劣悪な状態の小型ピアノと劣悪なキースの体調」は、他のソロ・ピアノのパフォーマンスには無いからだ。

しかし、この「ケルン・コンサート」を聴いて判るのは、キース・ジャレットが、途方もないテクニックと創造力を持ち合わせた、不世出のジャズ・ピアニストだった、という事実である。ピアノという楽器を知り尽くし、そのピアノという楽器の能力を最大限に引き出し、自らイメージするフレーズを忠実に音に表現できる。キースはそんな「レジェンド級」のジャズ・ピアニストである。
 
 

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2024年8月22日 (木曜日)

ECMのハーシュのソロ・ピアノ

暑い日が続く。というか、酷暑の日が続いていて、我々としては「命を守るため」の部屋への引き篭もりの日が続く。外は酷暑、気温が35度を超えているので、部屋はエアコンは必須。エアコンをつけて窓を閉め切っているので、部屋の中は静か。こういう時、僕はジャズの「ピアノ・ソロ」盤を選盤することが多い。

Fred Hersch『Silent, Listening』(写真左)。2023年5月 スイスにて録音。ECMレーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Fred Hersch (p) のみ。現代の「ピアノの詩人」、フレッド・ハーシュのソロ・ピアノ盤である。ソロ・ピアノとしては2020年リリースの『Songs From Home』以来4年ぶり。また、ECMレーベルからは本作がソロ・デビュー作。

冒頭「Star-Crossed Lovers」は、期待通り、耽美的でロマンティシズム漂う、リリカルで流麗なタッチのソロ・パフォーマンスが繰り広げられる。なるほど、ハーシュっぽいよね、と思っていたら、2曲目の「Night Tide Light」の現代音楽っぽい、静的でアブストラクトな演奏に度肝を抜かれる。こういう面もハーシュは持っているのか、と興味深く耳を傾ける。

この静的でアブストラクトでフリーな演奏傾向は、3曲目「Akrasia」、4曲目「Silent, Listening」にも踏襲されるが、演奏の展開の中で、リリカルで耽美的でスピリチュアルなフレーズがスッと出てくるところが印象的。以降、ラストの「Winter of my Discontent」まで、アブストラクトでフリーな演奏と、静的でアブストラクトな演奏の邂逅の中で、リリカルで耽美的でスピリチュアルなフレーズが即興に浮遊する。実に欧州らしい、ECMらしい音世界。
 

Fred-herschsilent-listening

 
収録曲もなかなか捻りが効いていて、ストレイホーン作の「Star-Crossed Lovers」、ジークムント・ロンベルグの定番スタンダード曲 「Softly, As In A Morning Sunrise」、アレック・ワイルダー「Winter Of My Discontent」、ラス・フリーマン作「The Wind」など、意外と捻りの効いたスタンダード曲を選曲して、ソロ演奏のベースとしているところが「ニクい」。

スタンダード曲の中では「Softly, As In A Morning Sunrise」のソロ・パフォーマンスが凄い。聴き馴染みのあるテーマをリリカルで耽美的に弾き始めるが、進むにつれ、徐々に即興演奏に突入、現代音楽の様なカッチカチ硬質で尖ったタッチで、フリーにアブストラクトに傾きつつ、リリカルにスピリチュアルに展開、そんな中で、耽美的に浮遊するアドリブ・フレーズは圧巻。

ハーシュらしさ満載。ハーシュしか出せない即興フレーズ、ハーシュ独特の音の重ね方、ハーシュのフリーでアブストラクトな展開、硬質なタッチで展開する耽美的でリリカルなアドリブ・フレーズ。適度なテンションのもと、ECMエコーで耽美的に響くハーシュのピアノ。

「ジャズにおけるソロ・ピアノの芸術に関しては、演奏家には2つのクラスがある。フレッド・ハーシュとそれ以外の人たちだ」という賛辞も大袈裟でなく納得できる、素晴らしいハーシュのソロ・パフォーマンスがこの盤に詰まっている。
 
 

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2024年7月18日 (木曜日)

チックのソロ傑作 ”Expressions”

チック・コリア。我が国においては、1980年代以降のリーダー作については、概ね不当な評価を受けていた様に思う。

純ジャズ志向、メインストリーム志向のジャズをやれば、持ち味が全く違う両者を比較して、キースの方が圧倒的に優れている、とか、適当に手を抜いて、ウケ狙いで弾いているなどという、もはや、これは客観的な評価では無い、個人的な言いがかりとしか思えない、酷い評論もあった。

エレ・ジャズ中心のコンテンポラリーなジャズをやれば、1970年代の「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の二番煎じ、汗をかいていないなど、本当にこう評価する人って、アルバムをちゃんと聴いているのか、と思える、嘆かわしい評論もあった。プロのミュージシャンの対しても失礼だろう。

しかし、チック者の方々、ご安心あれ。現代の第一線で活躍する中堅から若手のピアニストについては、チックのピアノの「良き影響」をこぞって語っている。チックのピアノの個性のフォロワーと思われるフレーズを弾きまくる優れたピアニストもいて、長年、チック者をやってきた我々にとっては溜飲の下がる思いである。

Chick Corea『Expressions』(写真左)。February 1994年2月、ロスの「Mad Hatter Studios」での録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p) のみ。当時のチックの正式盤としては、1971年、ECMからの『Piano Improvisations Vol.1&2』以来、13年ぶりのソロ・ピアノの録音。しかも、チックとしては、当時、珍しいジャズ・スタンダード曲や、ミュージシャンズ・チューンを選んで弾きまくったソロ・ピアノ盤になる。

スイング・ジャーナル誌の「1994年度ジャズディク大賞の金賞作品」であるが、この受賞についても、口の悪い評者は「この年のジャズ盤は不作だった」とこの快挙を一蹴する。自分の好みにあった優れたアルバムが無かっただけだと思うのだが、こういう個人的見解に偏った評価は良くない。ジャズ者初心者だとその酷評を鵜呑みにして、この傑作を聴き逃す可能性がある。

さて、このチックのソロ・ピアノ盤『Expressions』は傑作である。十分に用意周到に準備された好パフォーマンスの数々。破綻などある訳が無し、変な展開も無い。チックの個性の全てを動員して、高テクニックで歌心溢れるソロ・ピアノを聴かせてくれる。
 

Chick-coreaexpressions_20240718194301

 
もともとチックはその時その時のジャズのトレンドに迎合することは無い。意外とチックは「我が道を行く」タイプで、これは師匠格のマイルスのスタイルとよく似ている。

その都度、自分のやりたいことをやる。それがチックのスタンスでありながら、このソロ・ピアノ盤については、なぜ、1994年にソロ・ピアノなのだ、という向きも多々ある。アーティストがやりたいことをやっているのだ、評論家を含め我々素人が、とやかくいうことでは無いだろう。

このソロ・ピアノ盤『Expressions』は、これまでの、アコースティック・ピアノを弾くチックの集大成的位置付けの内容。ミュージシャンズ・チューンはやはりセロニアス・モンクやバド・パウエル。チックのこだわりを感じる。スタンダード曲もチックの個性がはっきりと反映され易い曲を選んでいるようだ。この選曲にも、チックの用意周到さを感じる。

どの曲の演奏にも、チックの個性と特徴が明確に現れる。用意周到であまりにスムーズな展開に、チックは適当にリラックスして、本気で弾いていない、なんていう失礼な評論もあったように記憶するが、それも的外れ。チックは本気で弾いている。アコースティック・ピアノを弾くチックの集大成的位置付けの内容なのだ。適当に流して弾くなんてありえない。

ジャズ・ピアノストの個性は「ソロ・ピアノ」を聴くのが一番、と思うが、チックについては、1971年、ECMからの『Piano Improvisations Vol.1&2』、1982年録音の『Solo Piano: From Nothing』、そして、この『Expressions』の4枚を聴けば、チックのジャズ・ピアノの凡そが理解できる。それほど、この『Expressions』は完成度が高い。

チックは決して、売れ線狙いの「商業主義」に偏ったジャズマンでは無い。このソロ・アルバムを聴けば、それが良く判る。その時その時で、やりたいジャズを誠実に真摯にやる。それが純ジャズ志向であったり、コンテンポラリーなニュー・ジャズ志向であったり。それが「カメレオンの様に志向がコロコロ変わる」という印象を与えるのか。それでも、どちらの志向のリーダー作も高度な内容とチックの個性を伴ったものだから、バラエティーに富んだ演奏志向に文句をつける方がおかしい。

1980年代以降の我が国もチックに対する評論には問題が多いが、各国の現代の第一線で活躍する中堅から若手のピアニストは、チックのピアノの「良き影響」をこぞって語り、チックのピアノの個性のフォローする。これが何よりの証拠だろう。1980年代以降のチックについても安心して聴いて欲しいと思う。ジャズはやはり、最後は自分の耳で聴いて、自分の耳で判断するのが一番良い。

 

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2024年7月14日 (日曜日)

チックが一番「尖った」ソロ

チック・コリアのソロ・ピアノの落穂拾い。残すは5枚。チックの真の実力とピアニストとしての力量が如実に判る、1980年代以降、チックがジャズ・ピアノのスタイリストの一人として、その個性と実力を確立した後のソロ・ピアノ盤の数々。チックを確実に語る上では避けて通れないソロ・ピアノの数々。

Chick Corea『Solo Piano: From Nothing』(写真左)。1982年7月の録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p, syn) のみ。チック・コリアのソロ・ピアノ盤。1971年、ECMからの『Piano Improvisations Vol.1&2』以来、11年ぶりのソロ・ピアノの録音。しかし、録音当時は「お蔵入り」。リリースの陽の目を見たのは、1996年になる。

このソロ・ピアノは聴くと、大体のジャズ者の方々は「ビックリする」と思う。チックのロマンティシズム溢れるリリカルで耽美的なソロ・ピアノを期待す向きからすると、絶対に「椅子から落ちる」。

なんせ、チックが一番「尖った」方向に振れたソロ・ピアノ。録音当時は「お蔵入り」にしたのは理解できる。録音当時、無理してリリースする必要のない、特殊な内容のソロ・ピアノである。1996年にチックのStretchレーベルからリリースされたが、我々「チック者」としては、よくぞリリースしてくれたと思う。

新ウィーン楽派を彷彿とさせる、不協和音の展開、解決しないフレーズ、歌心を排除する旋律、複雑な変拍子の採用、と、フリー・ジャズに走るのではない、現代音楽志向に尖った、とてもシビアで前衛的な内容。アントン・ウェーベルン、アーノルド・シェーンベルグのピアノ作品を想起する。
 

Chick-coreasolo-piano-from-nothing

 
この現代音楽志向、新ウィーン楽派志向の尖ったソロ・パフォーマンスを聴くと、チックのピアノ・テクニックの凄さと、即興展開に対する高い対応能力をビンビンに感じる。現代音楽志向に走りながらも、ピアノの即興展開には破綻や緩みは全く無い。堂々とした弾きっぷりである。

チックの硬質でアタックの強いタッチで、ハイ・テクニックな弾き方ができるからこそ対応できる、現代音楽志向のパフォーマンスの数々。ジャズ・ピアノの世界で、現代音楽志向のジャズを前提としたソロ・ピアノを弾きこなすピアニストはチックの他にはいない。

このソロ・ピアノ盤は、一般のジャズ者の方々には、まず必要が無い、と思う。それほど、現代音楽志向に真摯に対峙して、怯むところが全く無い、どころか、現代音楽志向の弾き回しを自家薬籠中にした様な、ガチに「尖った」ソロ・パフォーマンスである。

ただし、我々の様な「チック者」が、チックのピアニストとしての資質と能力、そしてテクニックについて、他のジャズ・ピアニストとの、明確な「差異化要素」を見出すのに、大いに役立つソロ・ピアノ盤である。

いかに、チックがジャズ・ピアニストとして、並外れた資質と能力、そしてテクニックの持ち主であったか、このソロ・ピアノを聴くと、その一端を随所に感じる。
 
 

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2024年6月11日 (火曜日)

チック名盤『Children’s Songs』

チック・コリアのリーダー作の「落穂拾い」。当ブログに、まだ記事化していないチックのリーダー作を順に聴き直している。意外とソロ・ピアノ集が多く、記事化されていない。あまり興味が湧かなかったかとも思ったのだが、聴き直してみると、どのアルバムもチックの個性が散りばめられていて、聴き応えのあるものばかりである。

Chick Corea『Children's Songs』(写真左)。1983年7月の録音。ECMレーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p) のみ。チック・コリアのソロ・ピアノ集。ラストの「Addendum」にのみ、バイオリニストのイダ・カヴァフィアンとチェロ奏者のフレッド・シェリーが参加している。

チック作の優れた小曲「Children's Song」を一枚のアルバムに集めた企画盤。チックいわく「子供の精神に表れる美しさとして、シンプルさを伝えること」を目指した小曲が「Children's Song」。"No.1"から"No.20"まで、全20曲。

うち、ゲイリー・バートンとのデュオ盤『Crystal Silence』に1曲、同じ曲のグループ演奏バージョンは、Return to Foreverの『Light as a Feather』にも収録、続いて『Duet』に4曲、収録されている。また、"No.5"と"No.15" のグループ演奏バージョンは、チックの『Friends』に収録されている。
 
そして、”No.3”は、Return to Foreverの『Hymn of the Seventh Galaxy』の「Space Circus Part I」のモチーフであり、”No.6”は、Return to Foreverの『Where Have I Known You Before』の「Song of the Pharoah Kings」のメインとなるフレーズ。”No.9"は、チックのソロアルバム『The Leprechaun』の「Pixieland Rag」として収録されている。
 

Chick-coreachildrens-songs
 

つまり、全20曲中、半数の10曲が、このチックのソロ・ピアノ盤『Children's Songs』に収録以前に、チックのアルバムに収録された曲のベース、もしくはモチーフになった、チックの個性を彩る、独特のフレーズの「源」となっている。つまり、この小曲集は、チックの個性を理解する上で、重要な意味を持つソロ・ピアノ集である。

ラストの、バイオリンとチェロとの「Addendum」は、明らかにクラシック音楽の範疇の演奏になるが、対位法を活用した、チックの卓越した、弦楽のためのスコア作成能力が遺憾無く発揮されている。これは、後のアルバム『Septet』に繋がる演奏になっている。
 
バルトーク・ベーラを大きな影響を受けたと語るチック。この「Children's Song」と名付けられたそれぞれの小曲は、バルトークの「ミクロコスモス」シリーズの、チックなりの解釈、とされる。

確かにそう感じるが、そんな難しい解釈無しに、このチック独特の美しい旋律に彩られた小曲は、チックの様々なニュアンスを湛えた、耽美的でリリカルな、硬質で切れ味の良いタッチで、美しく唄うが如く、淡々と弾き進められていく。

未だ色褪せないチックのソロ・パーフォマンス、そして、チックの作曲能力。この『Children's Songs』、チック者には必須アイテムだと再認識した次第。ピアノ・ソロの名盤の一枚です。
 
 

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2024年3月 1日 (金曜日)

モンクの 『ソロ・オン・ヴォーグ』

ジャズの高僧・セロニアス・モンク。バップの開拓者の一人、そして、バップを超えて、唯一無二のオリジナリティを確立した「孤高のジャズ・ピアニスト」である。このピアニストの「音」は、ワンフレーズ聴いただけで直ぐに判る。出てくるハーモニー、タッチのタイミング、間の取り方、どれをとっても、それまでの西洋音楽の「音」では全く無い。

他の音楽ジャンルには無い、ジャズというジャンルで初めて現れ出た「音」。しかも、同じフレーズが繰り返されることは皆無。究極の「即興演奏」を旨としたピアノ。ジャズの中で「一番ジャズらしい」ピアノとも言える。フレーズの音の「跳び方」も、他の音楽ジャンルには「ありえない」跳び方。しかし、その「ありえない」跳び方には、しっかりとジャジーで鋭角なスイング感が潜んでいて、独特のグルーヴ感を醸し出している。

Thelonious Monk『Solo 1954/Piano Solo』(写真左)。邦題『ソロ・オン・ヴォーグ』(写真右)。1954年6月、パリでの録音。パーソネルは、Thelonious Monk (p) のみ。フランスのレーベル、Disques Vogue からリリース。セロニアス・モンクの生涯初のソロピアノ・アルバム。元々はラジオ放送用の音源だったらしい。音的にはまずまずのレベル。最新のCDはリマスターが効いていて鑑賞に耐えるレベルになっている。
 

Thelonious-monksolo-1954piano-solo1

 
モンクだけのソロピアノの演奏なので、モンクのピアノの特殊性、独創性がとても良く判る。クラシックをメインとする西洋音楽、それをベースとしたポップスやロックを聴き慣れた耳には「違和感」ありまくり、のモンクのピアノ。しかし、このジャズというジャンルで初めて現れ出た、究極の「即興演奏」を旨としたピアノの特徴がとても良く判る。

モンクのピアノは自作曲で一番輝く。この盤では、「'Round About Midnight」「Evidence」「Well, You Needn't」といったモンク作の名曲の自演が素晴らしい。しかし、この盤に収録されている、モンク流のアレンジによる、スタンダード曲の「Smoke Gets in Your Eyes(煙が目にしみる)」の革新的なカヴァーも素晴らしい。

この『ソロ・オン・ヴォーグ』は、モンク・ミュージックを構成する「要素」が完璧に記録されている、モンク・ミュージック入門に相応しい名盤。ジャズ者初心者の方々には、最初は「違和感」ありまくりかもしれない。それでも、ジャズに対する理解が深まるにつれ、この盤を聴く度に、モンクのピアノの「真髄」に触れる機会が多くなる。そんな長いレンジで聴き親しむ類の名盤だと思います。
 
 

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2024年2月23日 (金曜日)

後を継ぐ者・ニタイのソロ盤

2018年、キース・ジャレットが脳卒中に倒れ、復帰の見込みが立たなくなって、キースの様な耽美的でリリカル、クラシック風味の創造的なソロ・ピアノの担い手が見当たらなくなった。というか、この10年くらい、キース以外で、ソロ・ピアノのアルバムがめっきり少なくなったと感じている。

Nitai Hershkovits『Call On The Old Wise』(写真左)。2022年6月、スイス ルガノのコンサート ホール「Auditorio Stelio Molo RSI」での録音。ECMレコードからのリリース。ちなみにパーソネルは、Nitai Hershkovits (p)。イスラエル出身の若手有望ピアニスト、ニタイ・ハーシュコヴィッツのソロ・ピアノ盤である。

ニタイ・ハーシュコヴィッツ(Nitai Hershkovits)は、1988年2月21日イスラエル生まれ。モロッコ人の母とポーランド人の父の間に生まれる。15歳でピアノに転向、テルアビヴ近郊のジャズ・コンクールで何度か優勝したが、その後、ジャズとクラシック両方を学ぶ。そして、アヴィシャイ・コーエンのトリオに5年間在籍した後(2011~2016年)、NYに活動拠点を移動し、現在に至る。若手ジャズ・ピアニストの有望株である。

さて、このソロ・ピアノ盤、短いものは1分ちょっと、長くても4分ちょっとの短いパフォーマンスが18曲続く。が、曲毎のトーンとイメージが整っているので、1曲毎の曲の短さは気にならない。曲毎にキーやフレーズやタッチが異なるので、バリエーション豊かなロング・レンジのソロ・パフォーマンスにも聴こえる。
 

Nitai-hershkovitscall-on-the-old-wise

 
即興演奏を中心としたソロ・パフォーマンスで、ジャズの文脈を基本とするが、クラシックの音要素が見え隠れする。タッチは明確、フレーズは耽美的でリリカル。キースと比較すると、キースより弾き回しはドライで、感情移入も控えめ。フレーズの展開は詩的でシンプルで、キースよりもクラシック的要素は濃い。

スタジオ録音なので、よく吟味され、リハーサルされたであろう、一期一会の即興フレーズが止めどなく流れてくる。感情移入が控えめなので、フレーズの抑揚は少し地味に聴こえるが、弾き回しは色彩豊かで軽快で単調にはならないので、聴いていて飽きがこない。

親しみやすいメロディー、明確で暖かいタッチは、キースとチックの間を行くような感じの「ニタイならでは」のソロ・パフォーマンス。ピアノの腕前はかなりレベルの高いところにあって、そういう面でも、キースとかチックとかのソロ・ピアノの「後を継ぐ」逸材が現れ出た、という感じを強く持った。

マンフレート・アイヒャーがプロデュース。さすがアイヒャー、ソロ・ピアノのなかなかの逸材を発掘したなあ、と感心する。アイヒャーの慧眼恐るべし、である。
 
 

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2024年1月21日 (日曜日)

ハービーのソロ『The Piano』

ハービー・ハンコックは「2つの顔」を持つ。一つは、メインストリーム系、アコピをモーダルに弾きまくるバリバリ硬派な「純ジャズ志向」、もう一つは、判り易くてポップな、エレピやシンセを駆使した「ジャズ・ファンク志向」。どちらの顔も超一流。どちらの志向も、ジャズ史に残る立派な成果をしっかりと残している。

Herbie Hancock『The Piano』(写真左)。1978年10月25–26日の録音。ちなみにパーソネルは、Herbie Hancock (p)。ハービー・ハンコックのキャリアの中で唯一のアコースティック・ピアノ一本のソロ・パフォーマンス。

1978年、ハービー・ハンコックが来日時、ジャズ・ファンク志向の『Directstep』録音の後、一週間後、同じく新設のSME信濃町スタジオに入り、『Directstep』と同様に、ダイレクト・カッティング方式で録音したアルバム。翌年1月に日本限定盤として、『Directstep』と併せてリリースされている。

アナログディスク、いわゆるLPでのA面は大スタンダード大会。「My Funny Valentine」「On Green Dolphin Street」「Some Day My Prince Will Come」。どこから聴いても「大スタンダード曲」。

これがかなりスッキリした出来で肩透かしを喰らう。アレンジも平易、弾きっぷりもシンプル。キースやチックと比べると、明らかに物足りなさを感じる。ただし、リリカルさと耽美的なフレーズはハービーらしからぬ、ハービーとして新しい響き。これは「聴きもの」。
 

Herbie-hancockthe-piano

 
アナログディスク、いわゆるLPでのB面は、ハービー・ハンコックの自作曲集。こちらの方は、ハービー自らの作曲らしく、ハービーのモーダルな弾きっぷりが映えるアレンジと展開が備わっていて聴き応えがある。

B面2曲目の「Sonrisa」は、そんな中でも名曲名演。ハービーはスタンダード曲よりもファンクネスの濃い、ジャズ・ファンク志向の自作曲の方が、ソロ・ピアノの素材に合っているようだ。

ただ、このハービーのキャリアの中で唯一のアコピ一本のソロ・アルバムを聴いていると、ハービーって、ピアノ・ソロって、あんまり好きじゃなかったのではないか、と思う。ダイレクト・カッティング方式という「一発勝負」の録音環境と相まって、かなり安全運転的な弾き回しになっていて、ちょっと隔靴掻痒というか、何となく物足りなさを感じてしまう。

僕はこの盤を入手して以来、CDリイシューを入手してからも、LP時代のB面ばかりを聴いている。このB面の4曲には、辛うじて「ハービーらしさ」が詰まっている。ハービーらしさとは、理知的なモードと軽やかなファンクネス。このハービー唯一のソロ・ピアノ盤は、CDでの4曲目から7曲目が聴きもの。

そうそう、CDのボートラの8曲目以降はオミット。ハービーの『The Piano』は、LP時代の7曲だけで十分である。
 
 

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2023年12月25日 (月曜日)

ビルのThe Solo Sessions, Vol.2

録音当時、直ちにリリースされた訳では無く、エヴァンスの死後、1985年に「The Complete Riverside Recordings」というBOX Setの中で初めて日の目を見た「お蔵入り」音源。アルバム化は、1989年に、まず「Vol.1」が、そして、1992年に「Vol.2」が単体でリリースされた。

ビル・エヴァンスのソロ・ピアノ盤『The Solo Sessions, Vol.1&2」。リリース当時、不当と思われるほど、不憫な評価を受けている。その評価を読んで、エヴァンスの唯一の駄盤として、遠ざけているジャズ者の方々も沢山いる。しかし、こういう不憫な評価を受けている盤は、本当に「エヴァンスの駄盤」なのかどうか、実際に自分の耳で聴いてみるのが一番。

Bill Evans『The Solo Sessions, Vol.2』(写真左)。1963年1月10日の録音。ちなみにパーソネルは、Bill Evans (p) ただ一人。そう、この盤はビル・エヴァンスのソロ・ピアノ集。『The Solo Sessions, Vol.1』の続編として、1992年にリリースされている。

この盤でも、エヴァンスの「即興演奏の妙」が楽しめる。「Vol.1」と同じく、全曲スタンダード曲で、ビル独特の「音色と弾き回し」が確認し易く、即興演奏化していくビル独特の感覚を感じ取ることが出来る。
 

Billevansthesolosessionsvol2

 
また、「ビル独特のバップな弾き回し」と「フレーズの音の広がりと間を生かした、耽美的でリリカルな弾き回し」の2面性が、この盤でもしっかり確認できる。この2面性がビルの重要な個性でもある。

「All the Things You Are」や「I Loves You,Porgy」は、「フレーズの音の広がりと間を生かした、耽美的でリリカルな弾き回し」の最たるものだし、ビルのお気に入り「"Santa Claus Is Coming to Town」や、チャーリー・パーカーの「Ornithology」は、飛び跳ねるように軽快な「ビル独特のバップな弾き回し」の最たるもの。

いきなりスタジオに入って、ピアノの前に座って、いきなり即興演奏として、お気に入りのスタンダード曲を弾くのだから、演奏の精度、曲全体の出来には、少しばらつきがあったりするのは仕方が無いだろう。このビルのソロ・ピアノの演奏は、美術で言う「デッサン」もしくは「下書き」の様な雰囲気。つまりは、ピアノ演奏の完成形の土台になるものなので、何度聴いても、新しい発見があって、興味は尽きない。

ということで、このビルのソロ・ピアノ盤『The Solo Sessions, Vol.2』についても、決して、聴くに値しない駄盤ではなく、ビルのピアノのビル独特の「音色と弾き回し」を確認できる、意外と面白い内容のソロ・ピアノ盤なのだ。
 
 

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2023年12月24日 (日曜日)

ビルのThe Solo Sessions, Vol.1

ビル・エヴァンスは、ビルは後続のジャズ・ピアニストに多大な影響を与えた「ジャズ・ピアノの代表的スタイリスト」の一人。フレーズの作り方、音の重ね方、音の響き、それぞれにビル独特の「音色と弾き回し」がある。そんなビルの「音色と弾き回し」を感じるには、ソロ・ピアノが一番。

Bill Evans『The Solo Sessions, Vol.1』(写真左)。1963年1月10日の録音。ちなみにパーソネルは、Bill Evans (p) ただ一人。そう、この盤はビル・エヴァンスのソロ・ピアノ集。ただ、録音当時、直ちにリリースされた訳では無く、エヴァンスの死後、1985年に「The Complete Riverside Recordings」というBOX Setの中で初めて日の目を見た「お蔵入り」音源。

アルバム化は、1989年に、まず「Vol.1」が、そして、1992年に「Vol.2」が単体でリリースされている。ビルのソロ・ピアノ盤の2枚であるが、リリース当時は、不当と思われるほど、不憫な評価を受けているから不思議だ。その主な理由が「契約の消化演奏のようなもの」と「リハーサルもどきの演奏が混在する」そして「ベーシストのラファロが事故死で失った後、そのショックから演奏の雰囲気が退廃的で陰鬱」の3点に集中している。

「契約の消化演奏のようなもの」というのは、確かにこのソロ演奏は、Verve移籍が決まり、Riversideとの契約を消化するためにスタジオ入りして録音したものなので、消化試合みたいなもので、気合が入っていない、という評価。それって、契約消化する為の録音だから「取るに足らない」と決めつけるのはどうかと思う。まずはしっかり聴いてからの評価にして欲しいものだ。

続く「リハーサルもどきの演奏が混在する」というのは、このソロ演奏、事前に譜面やモチーフを用意して、繰り返しリハを積んで録音に臨んだもので無く、ピアノに座って、いきなり即興演奏の如く弾き進めたものらしい。
 

Bill-evansthe-solo-sessions-vol1

 
それって、キース・ジャレットらのソロ演奏と同じ類のもので、当然、フレーズやリズムを決めるまで、コンピングや同じフレーズを連続してイマージネーションが出てくるの待つ様な瞬間は、即興演奏には必ずあって、それを「リハーサルもどき」と評価するなら、純粋な即興演奏など存在しないことになる。それはジャズ演奏を評価する上で疑問である。

そして「ベーシストのラファロが事故死で失った後の録音で、そのショックから演奏の雰囲気が退廃的で陰鬱」とあるが、この『The Solo Sessions, Vol.1』は僕のお気に入り盤として、何度も繰り返し聴いてきているのだが、退廃的で陰鬱、と感じたことは無い。

ビルのピアノの個性の一つである「フレーズの音の広がりと間を生かした、耽美的でリリカルな弾き回し」は散見されるが、基本はビル独特のバップなピアノ。それを「退廃的で陰鬱」と決めつけるのはどうかと思う。それでは『Waltz for Debby』や『Moon Beams』も同類な評価となる。それは違うだろう。

全曲スタンダード曲なのも、ビル独特の「音色と弾き回し」が確認し易い理由の一つ。有名スタンダード曲を、ビル独特の感覚で即興演奏化していく様は実に興味深い。

冒頭の「What Kind of Fool Am I?」のフレーズを聴くだけで、これはビル・エヴァンスと判るほどの「音色と弾き回し」は、さすが「ジャズ・ピアノの代表的スタイリスト」の一人なんだ、ということを強烈に再認識する。

2曲目の「Medley: My Favorite Things/Easy to Love/Baubles, Bangles, & Beads」や、4曲目の「Medley: Spartacus Love Theme/Nardis」は、メドレーの演奏が故、ビル独特の即興演奏の妙と面白みを十分に感じることが出来る。

ということで、このビルのソロ・ピアノ盤については、決して、聴くに値しない駄盤ではなく、ビルのピアノのビル独特の「音色と弾き回し」を確認できる、意外と面白い内容のソロ・ピアノ盤なのだ。
 
 

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