ケリー、最後のトリオ作品です。
ウィントン・ケリーは1971年4月12日、てんかん発作のためカナダのトロントで死亡した。39歳という早逝だった。1963年にマイルスの下を離れて以降、十分な仕事を見つけるのに苦労している。そして、最後のトリオは、チェンバースが亡くなる1969年まで活動を続けた。そして、その2年後の39歳の早逝である。
さて、翳りが足りないとは言え、ケリーのピアノの個性は明確に「ある」ので、リラックスして聴くには良いトリオ演奏。ながら聴きにも適している。ただ、ケリーのピアノの個性と特徴を体験するには、ちょっと物足りない、ケリーの最終作である。
Wynton Kelly『Last Trio Session』(写真左)。1968年8月4日の録音。ちなみにパーソネルは、Wynton Kelly (p), Paul Chambers (b), Jimmy Cobb (ds)。ウィントン・ケリーが1968年に録音し、 1988年にデルマーク・レーベルからリリースされたアルバム。タイトル通り、ケリーにとって、最後のピアノ・トリオでのリーダー作である。
ケリーのピアノの個性である「そこはかとなく、マイナーな影を宿しつつ、表向きには、ご機嫌にハッピー・スウィングするピアノ」から、マイナーな影が希薄になって、ミッド・テンポのご機嫌でハッピー・スインギーなピアノ・パフォーマンスに、ケリーは終始する。翳りのない「旨味」の薄いジャズ・ピアノとでも形容したら良いか。
それでも、ケリーのピアノは、端正でハイテクニック、速いフレーズも破綻無く弾き進めている。それもそのはず、録音当時、ケリーは36歳。ジャズ・ピアニストとしては、若手の位置付けから、ベテランへと深化する入口に立った位の若さである。
その割には、ちょっと老成した様な、落ち着きとご機嫌さである。録音時は1968年。ジャズ人気が下降傾向が明らかになりつつある頃、一般万民向けのイージー・リスニング志向のトリオ演奏に迎合した結果だろうか。
ピアノ・トリオ演奏としては及第点レベル。とにかく、ハッピー・スインギーな演奏に終始していて、曲毎に陰影が不足している分、聴き進めるにつれ、ちょっと飽きてくる。イージー・リスニング志向を明快に打ち出しているのが、当時のヒット・ポップス曲のカヴァー。
ホセ・フェリシアーノの大ヒット作「Light My Fire」、そして、ビートルズの「Yesterday」。ケリーは端正な弾き回しで、イージーリスニング志向にピアノを弾き進める。
さて、これで、当ブログでの「ウィントン・ケリー」のリーダー作の紹介記事は打ち止めでございます。過去の記事は、ブログの右側列下「カテゴリー」(50音順)の「ウィントン・ケリー」をクリックしていただければ見ることができます。
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