増尾の和フュージョンの名盤
1970年代後半から1980年代前半、和フュージョンの全盛期のギタリストと言えば、まずは「渡辺香津美」そして「増尾好秋」。この2人が代表格で、和フュージョンのギターを牽引していた印象が強い。特に、増尾好秋は、フュージョン・ジャズに転身しつつ、その演奏の軸足は「ジャズ」にしっかり残していた様に思う。
増尾好秋『Good Morning』(写真)。1979年の作品。ちなみにパーソネルは、Yoshiaki Masuo (g, perc, vo), Motoaki Masuo (g, syn), VictorI Bruce Godsey (ac-p, el-p), T.M. Stevens (el-b, piccolo-b),Robbie Gonzales (ds, congas), Shirley Masuo (perc), Dele (hammond-org), Margaret Ross (harp), Josan (back-vo)。
増尾好秋が一番、フュージョン・ジャズに傾倒した名盤。もともと、渡辺貞夫に認められ、1968年から1971年まで、渡辺貞夫のグループに在籍。1971年に渡米。1973年から1976年までソニー・ロリンズのバンドに在籍した、メインストリームな純ジャズ畑を歩いてきた増尾である。
いきなりコマーシャルに、ジャズロックへの転身や、他のジャンルとの融合に走ることなく、電気楽器を活かしたジャズを目指しつつ、8ビートや、フュージョン・ジャズの「肝」である「ソフト&メロウな音志向」の取り込みをしつつ、1970年度の終わりに、この盤の成果にたどり着いた。
増尾好秋の歌心溢れるギター・ワークと流麗なメロディ・センスが光る、内容の濃い、上質のフュージョン・ジャズ盤に仕上がっている。フュージョン・ジャズといえば、聴き心地の良い「ソフト&メロウ」な演奏、という印象が強いが、この盤はそれだけに留まらない。疾走感溢れるジャズロックな演奏もあれば、ハードバップ時代のジャム・セッションをエレでやった様な演奏もあって、バラエティーに富んでいる。
一番感心するのは、ほぼ、米国フュージョン畑の名手を招聘しているにも関わらず、ファンクネスは限りなくライト、歌心が溢れまくる流麗でキャッチャーなメロディー、軽めのオフビートとグルーヴなど、和フュージョン・ジャズの個性と特徴をしっかりと押さえていること。増尾好秋のセルフ・プロデュースとアレンジが、バッチリ効いている。
サイドマンに目を転じると、弟でサウスポーのギタリストである増尾元章の貢献が大きい。兄の義昭とギター合戦を演じたり、流麗でソフト&メロウな「フュージョンど真ん中」の楽曲を提供したりと貢献度大である。
「モンスター・ベース」と異名を取ったT.M.スティーヴンスのエレベの参加も効いている。ややもすれば、ソフト&メロウにどっぷり浸かりそうな、流麗なフュージョン・テイストのバラード曲に、粘りのあるソリッドなエレベのラインを差し込んで、意外と硬派な演奏に昇華させている貢献度は高い。
増尾好秋の歌心溢れるギター・ワークと流麗なメロディ・センス、加えて、セルフ・プロデュースとアレンジ、そして、優れたサイドマンの参加が功を奏した、和フュージョン・ジャズの名盤だと思う。
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