チックのソロ傑作 ”Expressions”
チック・コリア。我が国においては、1980年代以降のリーダー作については、概ね不当な評価を受けていた様に思う。
純ジャズ志向、メインストリーム志向のジャズをやれば、持ち味が全く違う両者を比較して、キースの方が圧倒的に優れている、とか、適当に手を抜いて、ウケ狙いで弾いているなどという、もはや、これは客観的な評価では無い、個人的な言いがかりとしか思えない、酷い評論もあった。
エレ・ジャズ中心のコンテンポラリーなジャズをやれば、1970年代の「リターン・トゥ・フォーエヴァー」の二番煎じ、汗をかいていないなど、本当にこう評価する人って、アルバムをちゃんと聴いているのか、と思える、嘆かわしい評論もあった。プロのミュージシャンの対しても失礼だろう。
しかし、チック者の方々、ご安心あれ。現代の第一線で活躍する中堅から若手のピアニストについては、チックのピアノの「良き影響」をこぞって語っている。チックのピアノの個性のフォロワーと思われるフレーズを弾きまくる優れたピアニストもいて、長年、チック者をやってきた我々にとっては溜飲の下がる思いである。
Chick Corea『Expressions』(写真左)。February 1994年2月、ロスの「Mad Hatter Studios」での録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p) のみ。当時のチックの正式盤としては、1971年、ECMからの『Piano Improvisations Vol.1&2』以来、13年ぶりのソロ・ピアノの録音。しかも、チックとしては、当時、珍しいジャズ・スタンダード曲や、ミュージシャンズ・チューンを選んで弾きまくったソロ・ピアノ盤になる。
スイング・ジャーナル誌の「1994年度ジャズディク大賞の金賞作品」であるが、この受賞についても、口の悪い評者は「この年のジャズ盤は不作だった」とこの快挙を一蹴する。自分の好みにあった優れたアルバムが無かっただけだと思うのだが、こういう個人的見解に偏った評価は良くない。ジャズ者初心者だとその酷評を鵜呑みにして、この傑作を聴き逃す可能性がある。
さて、このチックのソロ・ピアノ盤『Expressions』は傑作である。十分に用意周到に準備された好パフォーマンスの数々。破綻などある訳が無し、変な展開も無い。チックの個性の全てを動員して、高テクニックで歌心溢れるソロ・ピアノを聴かせてくれる。
もともとチックはその時その時のジャズのトレンドに迎合することは無い。意外とチックは「我が道を行く」タイプで、これは師匠格のマイルスのスタイルとよく似ている。
その都度、自分のやりたいことをやる。それがチックのスタンスでありながら、このソロ・ピアノ盤については、なぜ、1994年にソロ・ピアノなのだ、という向きも多々ある。アーティストがやりたいことをやっているのだ、評論家を含め我々素人が、とやかくいうことでは無いだろう。
このソロ・ピアノ盤『Expressions』は、これまでの、アコースティック・ピアノを弾くチックの集大成的位置付けの内容。ミュージシャンズ・チューンはやはりセロニアス・モンクやバド・パウエル。チックのこだわりを感じる。スタンダード曲もチックの個性がはっきりと反映され易い曲を選んでいるようだ。この選曲にも、チックの用意周到さを感じる。
どの曲の演奏にも、チックの個性と特徴が明確に現れる。用意周到であまりにスムーズな展開に、チックは適当にリラックスして、本気で弾いていない、なんていう失礼な評論もあったように記憶するが、それも的外れ。チックは本気で弾いている。アコースティック・ピアノを弾くチックの集大成的位置付けの内容なのだ。適当に流して弾くなんてありえない。
ジャズ・ピアノストの個性は「ソロ・ピアノ」を聴くのが一番、と思うが、チックについては、1971年、ECMからの『Piano Improvisations Vol.1&2』、1982年録音の『Solo Piano: From Nothing』、そして、この『Expressions』の4枚を聴けば、チックのジャズ・ピアノの凡そが理解できる。それほど、この『Expressions』は完成度が高い。
チックは決して、売れ線狙いの「商業主義」に偏ったジャズマンでは無い。このソロ・アルバムを聴けば、それが良く判る。その時その時で、やりたいジャズを誠実に真摯にやる。それが純ジャズ志向であったり、コンテンポラリーなニュー・ジャズ志向であったり。それが「カメレオンの様に志向がコロコロ変わる」という印象を与えるのか。それでも、どちらの志向のリーダー作も高度な内容とチックの個性を伴ったものだから、バラエティーに富んだ演奏志向に文句をつける方がおかしい。
1980年代以降の我が国もチックに対する評論には問題が多いが、各国の現代の第一線で活躍する中堅から若手のピアニストは、チックのピアノの「良き影響」をこぞって語り、チックのピアノの個性のフォローする。これが何よりの証拠だろう。1980年代以降のチックについても安心して聴いて欲しいと思う。ジャズはやはり、最後は自分の耳で聴いて、自分の耳で判断するのが一番良い。
《ヴァーチャル音楽喫茶『松和』別館 の更新状況》 更新しました!
★ AORの風に吹かれて
★ まだまだロックキッズ 【New】 2024.01.07 更新
・西海岸ロックの雄、イーグルス・メンバーのソロ盤の
記事をアップ。
★ 松和の「青春のかけら達」 【New】 2024.01.08 更新
・チューリップ『ぼくが作った愛のうた』『無限軌道』
の記事をアップ。
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
東日本大震災から13年4ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。
« 邦題通り「アメリカン・ポップ」 | トップページ | グリーンの奏でるハードバップ »
コメント