サン・ビービーの『Here Now』
「ジャズ批評 第18回 ジャズオーディオ・ディスク大賞 2023」にノミネートされたアルバムを眺めていると、北欧ジャズのアルバムが、以前より多く挙がっているなあ、という印象。ジャズのボーダレス化とグローバル化が進みつつあって、以前の様に、米国ジャズのアルバムだけ気にしていれば良い、という時代では無くなった、という感が強くする。
と言って、ジャズは特に欧州の各国に根付いていて、ジャズの新リリースも各国でコンスタントに行われている。それらを全て網羅するのは困難で、毎年、その該当年度にリリースされたアルバムの中からディスク大賞を選ぶ、ということも、何か前提条件をつけないと困難になるのでは、という懸念が出てきた。もしかしたら「ディスク大賞を選ぶ」という行為自体が、既にジャズの現状に合っていないのかもしれない。
Søren Bebe Trio『Here Now』(写真左)。2023年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Søren Bebe (p), Kasper Tagel (b), Knut Finsrud (ds)。Søren Bebe = サン・ビービー、と読むらしい。デンマークを拠点に活躍しているピアニスト、サン・ビービー率いるピアノ・トリオの2023年リリースの新作。「ジャズ批評 第18回 ジャズオーディオ・ディスク大賞 2023」のインストゥルメンタル部門で銀賞を受賞している。
サン・ビービーはピアニスト。1975年12月生まれ。現在48歳。コペンハーゲン在住。2010年の『From Out Here』あたりから頭角を現して、2年に1枚程度のペースでリーダー作をリリースしている。実は、僕はこのピアニストの名前を「ジャズ批評 第18回 ジャズオーディオ・ディスク大賞 2023」で初めて知った。
北欧ジャズには独特のフレーズと響きがある。耽美的でリリカルでメロディアス。静的で決して暑くはならないクールなインプロ。クラシック風の端正なタッチ。深遠でメロディアスな弾き回し」。ファンクネスは皆無、間とフレーズの広がりを活かした透明度の高い音の展開がメイン。
しかし、サン・ビービーのピアノは、間とフレーズの広がりを活かした弾き回しでは無く、クラシック風の端正でノーマルな弾き回し。北欧ジャズというよりは、欧州の大陸側のいわゆる「欧州ジャズ」の弾き回しに近い。冒頭のタイトル曲「Here Now」を聴いた時は、北欧ジャズとは思わなかった。
確かに、ビービーはデンマーク出身なので、北欧ジャズの範疇のピアニストなんだが、その弾きっぷりは北欧ジャズらしからぬもの。ECMレーベルで、米国ジャズマンが演奏する「欧州ジャズ」風な、端正でバップな弾き回しも見え隠れして、北欧ジャズのピアノ・トリオ演奏としては、ちょっと異端っぽくて面白い。
収録曲もところどころユニーク。冒頭の「Here Now」の持つフレーズは耽美的なもので、北欧ジャズらしいかな、と思うんだが、2曲目の「Tangeri」では、哀愁の漂うタンゴのメロディーが出てくる。北欧ジャズでタンゴ、である。僕は北欧ジャズの演奏するタンゴのメロディーを初めて聴いた。
3曲目以降も、モーダルな展開あり、耽美的でリリカルな「バップな引き回し」もあるしで、従来の北欧ジャズ・トリオの演奏とは、ちょっと雰囲気が異なる。4曲目の「Winter」などは、典型的な従来の北欧ジャズの雰囲気を色濃く宿しているが、9曲目の「Summer」はビートの効いたジャズ・ロック風の演奏。
このビービー・トリオの演奏は、北欧ジャズのボーダレス化、グローバル化をタイムリーに捉えていると感じる。従来の北欧ジャズの個性と特徴に留まること無く、欧州の大陸側、いわゆる「欧州ジャズ」の音世界や、米国ジャズの「欧州ジャズ化」の音世界と同種の、新しい北欧ジャズ・トリオの音と響きを獲得している。これからビービー・トリオは、どの方向に深化していくのだろう。次作が今からとても楽しみである。
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