初代ジョンアバ4の幻の好盤『M』
初代「John Abercrombie Quartet」について、昨日の続きを。
ECMレーベルの総帥プロデューサー、マンフレッド・アイヒャーとリッチー・バイラークとの喧嘩の件、この双方が最終的に決別したのが、初代「John Abercrombie Quartet」の3枚目のアルバムの録音時のことであったらしい。
John Abercrombie Quartet 『M』(写真左)。1980年11月の録音。改めて、ちなみにパーソネルは、John Abercrombie (g, mandolin), Richie Beirach (p), George Mraz (b), Peter Donald (ds)。アイヒャーとバイラークの決定的喧嘩があった、いわくつきのセッションの記録。
ちょっとネタバレ的になるのだが、どうも、リーダーのジョン・アバークロンビー(以下「ジョンアバ」と略)の失恋がきっかけらしい。ジョンアバの失恋ショックはかなり重症で、まともなパフォーマンスが出せない。そこで、バイラークやムラーツがアップテンポで軽快な曲を持ち寄ってセッションをしたところ、ジョンアバ、元気を取り戻し、なかなかの内容の演奏が出来たそう。
しかし、その演奏内容、切れ味の良い、趣味の良いダイナミズムを伴った、アグレッシヴでテンポの良い内容で、ECM独特の深いエコーがかかって無かったら、ECMレーベルのアルバムだとは思えない。深いエコーがなければ、これって米国ジャズって感じの演奏もあったりで、ECMレーベルの総帥プロデューサー、アイヒャーには、酷くお気に召さなかったらしい。
アイヒャーいわく「ECMに米国ジャズはいらない」。バイラークいわく「これも我々のジャズだ。たまには良いだろう」。しかし、当時のアイヒャーには、自らの信じる音志向に関する反論に対する許容量が足らない。これで決定的に決別、となったらしい。
そのいわくつくのセッションの記録が、この『M』に収録されている。確かに冒頭の「Boat Song」のジョンアバの暗ばくたる、幽霊の様に漂う様な、暗いエレギの音はヤバい。
前述のエピソードを知らなければ、これって、ちょっと暗めのECMの耽美的な幽玄な演奏だ、という評価で落ち着くのだろうが、実際はジョンアバの失恋のショックはかなり酷かったことが、この「暗〜い」サスティーン満載のジョンアバの暗ばくなるエレギを聴けば良く判る。
2曲目以降のバイラークとムラーツの自作曲は、確かに印象がガラッと変わる。前述の「切れ味の良い、趣味の良いダイナミズムを伴った、アグレッシヴでテンポの良い」演奏で、どう聴いてもECMっぽく無い。しかし、これが良い。コンテンポラリーな純ジャズという面持ちで、有機的な変幻自在なインタープレイ、自由の高いモーダルな即興展開、そして、出て来るパフォーマンスは基本的に「多弁」。
主にバイラークの個性の一つ「多弁でモーダル」が、演奏全体を牽引しているのだが、ジョンアバのギターも、ムラーつのベースも、ドナルドのドラムも、実に気持ちよさそうに、演奏を楽しんでいる様がよく判る。初代「John Abercrombie Quartet」の「陽」の部分のベスト・パフォーマンスがここに記録されている。
ECMレーベルの総帥プロデューサー、アイヒャーは、このバイラークの「多弁でモーダル」な個性ばかりで無く、ピアニストとしての存在をも否定し、バイラークの参加したECMのアルバムを全て廃盤にした訳だが、この『M』については、今の耳で聴くと、かなりレベルの高いコンテンポラリーな純ジャズが展開されていて、演奏の精度と純度が高い分、この初代「John Abercrombie Quartet」の「陽」の部分の演奏も、十分に「欧州ジャズ」であり、異色のECMジャズとして捉えても違和感が無い。
結局、この『M』のセッションでのアイヒャーとバイラークの喧嘩がもとで、初代「John Abercrombie Quartet」のレコーディングはこの『M』で打ち止めとなる。しかも、バイラークとの喧嘩のとばっちりで、この初代「John Abercrombie Quartet」のオリジナル・アルバムは未だに廃盤状態。アイヒャーも罪作りなことをしたもんだ、と思う。でも、この『M』というアルバム、初代「John Abercrombie Quartet」の好盤の一枚であることは間違いない。
ちなみに、この『M』は、オリジナル・アルバム仕様としては未だ廃盤状態だが、サブスク・サイトやCDで『The First Quartet』と題して、この初代「John Abercrombie Quartet」の全音源が、ECMからリリースされているので、このボックス盤から聴くことができる。
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