アメリカン・カルテットの終焉
聴くたびに思うのだが、キース・ジャレット率いる「アメリカン・カルテット」って何だったんだろう。モードからフリー、スピリチュアルから、アフリカン・ネイティヴなビートから、アーシーでフォーキーなアメリカン・サウンドから、キースのやりたかった音をごった煮にした音世界。キースは一体、何を表現したかったのか。
Keith Jarrett『Eyes of the Heart』(写真)。邦題「心の瞳」。1976年5月、オーストリアのブレゲンツのコルンマクルト劇場でのライヴ録音。ECMレーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p, ss, misc. perc), Dewey Redman (ts, misc. perc), Charlie Haden (b), Paul Motian (ds, perc)。
キースの「アメリカン・カルテット」の最後のライヴ録音盤である。ECMでのスタジオ録音盤の『The Survivors' Suite(邦題:残氓)』の録音の一ヶ月後のライヴ録音になる。このスタジオ録音盤の「The Survivors' Suite」の充実度から期待値が高まるライヴ盤だが、たった一ヶ月で雰囲気はガラッと変わっている。
このライヴ盤の冒頭、妖し気な雰囲気のアフリカンなパーカッションから始まり、そのパーカッションのビートに乗って、レッドマンのテナー・ソロが始まる。レッドマンらしからぬ、耽美的でメロディアスでノーマルな展開のテナーが沁みる。キースは感動を示すうめき声を出す。すると、レッドマンはソロを終えるといなくなってしまう。
しかし、ここから、キース、ヘイデン、モチアンの極上のトリオ演奏が始まる。レッドマンの存在の有無に関係なく、明らかにキース独特の音世界を色濃く宿したトリオ演奏が展開される。このトリオ演奏がなかなか秀逸で、後のスタンダーズ・トリオの音世界を想起させる素晴らしさ。
この「Eyes of the Heart」の演奏を聴くと、当時、キースが、カルテット内部で問題を抱えていたことを示唆してくれる。もはや、アメリカン・カルテットのグループ・サウンドとしては成立していない。LP時代の「Eyes of the Heart」の後半、パート2に入って10分が経過しても、レッドマンは帰ってこない。キース・トリオの極上演奏は続く。
そして、レッドマンが帰ってきて、再び、極上のテナー・ソロを吹き上げるが、トリオは意に介することなく、演奏をほどなく終える。ラストは息絶える様に、唐突に「パタリ」と終わる。もはや、聴衆に向けての「聴かせる音楽」の質が明らかに低下している。
そして、ラストの「Encore (a-b-c)」は、8ビートに乗った、アーシーでライトなゴスペルチックな響きを宿した明るい演奏。ここでは、レッドマンがテナー・サックスを吹く中、キースがソプラノ・サックスで乱入。テナーのレッドマンを差し置いて、キースがこれまた極上の、スピリチュアルなソプラノ・サックスを吹きまくる。
レッドマンの立つ瀬がない。レッドマンが割り込んでくるが、キースは意に介さない。レッドマンのテナーはらしくない、耽美的でメロディアスでノーマルな展開のテナーのまま、吹くのをやめる。
このライヴ盤を聴いて、キースが、このアメリカン・カルテットでやりたかったのは、「キースの考えるスピリチュアル・ジャズ」では無かったのか。そして、それは、レッドマンの考えるスピリチュアル・ジャズでは無かった。
ものこのライヴ盤のセッションの中では、レッドマンの居場所は無かった。キースとしても、自分の目指すスピリチュアル・ジャズに追従しないテナー・マンと一緒に演奏する訳にはいかない。
このライヴ盤のセッションでは、アメリカン・カルテットは既に終わっている。恐らく、前作『The Survivors' Suite(邦題:残氓)』を録音した時点で終わっていたのだろう。もはや、このライヴ盤には、キースのアメリカン・カルテットの残骸しか残っていない様に感じる。但し、演奏内容は充実している。キースの次なるステップを暗示する音がそこかしこに漂っている。
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