メルドーのビートルズのジャズ化
ジャズ・ピアノの次世代を担うリーダー格の「ブラッド・メルドー」。1990年代、キース・チック・ハービーの後を継ぐ正統な後継者と目されて以来、初リーダー作から30年が経って、今年でメルドーも53歳。ジャズ・ピアニストとしては、充実し切った中堅の時代。流麗で耽美的でリリカルでモーダルな、ビル・エヴァンス以降のモダン・ピアノの後継として、その存在は実に大きい。
メルドーは若手の時代から、チャレンジ精神旺盛で、ビートルズの楽曲のジャズ化にチャレンジしたり、スタンダード曲も殆どマイナーな存在の曲を選曲したりして、聴き手に迎合すること無く、自らのやりたい、演奏したいピアノ・ジャズを積極的に展開してきた。最近では、プログレッシヴ・ロックの有名曲のジャズ化にチャレンジ、素晴らしい成果を披露している。
これが実に見事なプログレのジャズ化で、思わずひどく感心してしまった。実は僕は今を去ること50年ほど前、バリバリの「プログレ小僧」で、今でも時々、プログレを聴いてしみじみしたりしている。もちろん、メルドーのカバッているプログレ曲は全て判る。そんな背景もあって、このメルドーのジャズ化については「度肝を抜かれた」。完璧にジャズ化されているプログレ名曲の数々。素晴らしい成果だった。
Brad Mehldau『Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles』(写真左)。2020年9月、フィルハーモニー・ド・パリでのライヴ録音。2023年2月のリリース。パーソネルは、Brad Mehldau (p) のみ。ブラッド・メルドーのソロ・ピアノによる「ビートルズのカヴァー」盤。
これがまあ見事な内容で、聴いてビックリした。ビートルズの楽曲ってコード進行がヘンテコな曲が多くて、ジャズ化の難度が高い。ジャズ化がやり易い曲もあって、「Here, There And Everywhere」や「Something」は結構、内容の良いジャズ化がなされている。
が、概ね、ビートルズの楽曲の特別な旋律をなぞる「イージーリスニング」風のアレンジが多くて、即興演奏を旨とするモダン・ジャズ化についてはあまり進んでいたとは言い難い。
が、このメルドーのビートルズ曲のジャズ化はとても良く出来ている。ビートルズの楽曲の持つ特別な旋律のイメージをしっかり保持しつつ、ヘンテコなコード進行の曲を、モーダルなフレーズに変換して、ジャジーなアドリブ展開にも十分耐える、そんなアレンジが見事。曲名だけ見たら、このビートルズ曲をジャズ化したのか、上手くいったのかなあ、と心配してしまう曲がズラリと並ぶが、見事にジャズ化のアレンジが施されていて、違和感が全く無い。
また、ビートルズの楽曲って、リズム&ビートがユニークな曲が多くて、単純な4ビートや8ビートに乗せると、かなり単調なジャズ曲に聴こえてしまうリスクが高いのだが、メルドーは、メルドーのピアノの個性のひとつ「右手と左手が別人格」な弾き回しを駆使して、ビートルズのそれぞれの楽曲の持つ、特徴あるリズム&ビートのジャズ化を実現している。
メルドーのビートルズ曲のジャズ化って、ビートルズ曲のジャズ化としても、ジャズ化したビートルズ曲としても、どちらの側面でもしっかりと楽しめるし、聴き応えがある。このビートルズ曲がをジャズ化するとこうなるのか、とも思うし、これってジャズ化されたあのビートルズ曲やね、とも思う。実に良く出来たビートルズのジャズ化の数々である。
メルドーのピアノの個性全開、素晴らしいアレンジと弾き回しで、この盤のビートルズ曲のジャズ化は成功している。見事である。ちなみにラストの「Life on Mars?」は、ビートルズ曲では無いです。これ、デヴィッド・ボウイの名曲のジャズ化です。
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