チェットにとって超異色な作品
男性ジャズ・ボーカルについては、一に「フランク・シナトラ」、二に「チェット・ベイカー」、そして、三に「メル・トーメ」。この3人がずっとお気に入りである。シナトラは小学校の時代からラジオで聴き親しんでいたので「別格」なのだが、チェット・ベーカーは、ジャズを聴き初めてから、最初に好きになった男性ボーカリストである。
チェットの人生は「破天荒」そのもので、若かりし頃は天才プレイヤーで、ルックスも良く、女にモテモテだったチェット。しかし、麻薬と縁が切れなかった為、その麻薬癖がどんどん深刻になってゆき、1960年代から徐々に、チェットは第一線から消えていった。そして、1970年、マフィアから、トランペッターの命でもある「前歯」を抜かれるという仕置きをされるに至り、休業に至る。
しかし、 1974年に、ミュージシャン仲間や関係者の尽力により復活を果たし、シワシワのおじいちゃんとなってしまったチェットではあるが、そのシワと引き替えに、チェットは、演奏家としての「円熟味」を手に入れた。そして、フュージョン・ジャズにも進出し、CTIレーベルから、名盤『She Was Too Good To Me(邦題:枯葉)』をものにしている。
Chet Baker『You Can't Go Home Again』(写真左)。1977年2月の録音。ちなみにパーソネルは、Chet Baker (tp), Hubert Laws (fl, piccolo), Paul Desmond (as), Michael Brecker (ts), John Campo (bassoon), Don Sebesky (arr, el-p), Kenny Barron (el-p), Richie Beirach (el-p, clavinet), John Scofield (g), Gene Bertoncini (ac-g), Ron Carter (b), Alphonso Johnson (el-b), Tony Williams (ds), Ralph MacDonald (perc), ここにストリングスが加わる。
何だか、錚々たるメンバーである。パーソネルを見渡すと、この盤、フュージョン・ジャズ志向の盤ということが推察される。そして、冒頭の「Love for Sale」と、2曲目の「Un Poco Loco」(LP時代のA面)を聴くと、思わず「仰け反る」(笑)。「ど」が付くほどのジャズ・ファンクのビートにのって、スタンダードの名曲が演奏されるのだ。実にシュールな響きだが、意外とまとまっているのだからジャズは面白い。
こういうジャズ・ファンクが基調の演奏の中で、トニー・ウィリアムスのドラムは大暴れ。マイケルBもジョンスコの「イケイケ」のブロウ。そんな中、当のリーダーのチェットのトランペットは、悠然とした、リリカルで流麗な「チェット節」溢れるブロウを吹きまくるのだから、何が何だか判らない(笑)。それでも、チェットのリリカルなトランペットだけが前面に浮き出てくるのだからジャズは面白い。
しかし、後半(LP時代のB面)の「You Can't Go Home Again」〜「El Morro」はジャズ・ファンクはどこかへ雲散霧消、リリカルそのもの、コンテンポラリーな純ジャズ志向のフュージョンで迫ってくる。この後半の2曲は聴き応えがある。「El Morro」は、スパニッシュ志向の「哀愁旋律」路線であるが、チェットのリリカルなトランペットが実に良く映える。マイケル・ブレッカーのテナーも良好。
CDリイシュー時、なんと16曲が追加されて全20曲の重厚な内容になっているが、LP時代は前半の4曲のみ。この4曲のみが良くて、A面は良い意味で「ハチャメチャな」ジャズ・ファンク、B面は「リリカルな」純ジャズ志向のフュージョン・ジャズ。この対比が面白くて、LP時代は何度かジャズ喫茶で耳にした。とにかく,この盤は、チェットにとって超異色な作品。でも、フュージョン者の方々なら、意外と楽しく聴ける「小粋な好盤」だと思います。
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