キースのクラシックとの融合音楽 『Arbour Zena』
キース・ジャレットが体調不良を理由に、2017年2月15日、NYのカーネギー・ホールで行われたソロコンサートを最後に活動を休止してから5年になる。その間、2018年に脳卒中を2回発症、2020年10月の時点で左半身が部分的に麻痺しており、そのためピアノ演奏に復帰できる可能性が低いことを明らかにしている。
キースが「引退」状態になって寂しい限りである。ふと、キースのピアノの個性について再確認したくなった。キースは活動期間後半の「スタンダーズ・トリオ」ばかりがクローズアップされるが、キースのピアノは「スタンダーズ」だけでは無い。かなり多岐に渡る個性で、それぞれが「優れた個性」。そんな、それぞれの「優れた個性」があちらこちらに突然に顔を出す。その「優れた個性」を確認するのに、ちょっと面倒くさいピアニストである。
Keith Jarrett『Arbour Zena』(写真左)。邦題『ブルー・モーメント』。1975年10月の録音。全曲キース・ジャレットのオリジナル。オーケストラとの共演。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p), Jan Garbarek (ts, ss), Charlie Haden (b) に、Stuttgart Radio Symphony Orchestraがバックに着く。キースの「いくつかの個性」と交響楽団との共演。
ここでのキースの音世界は、リズム&ビートと即興演奏をキーワードに「ジャズとクラシックの融合」。ジャズ側にはドラムがいない。演奏全体の定形なリズム&ビートは交響楽団に任せている。つまり、ジャズ演奏における「リズム・セクション」を交響楽団が担っている。
そんな交響楽団をバックに、キース率いる「ジャズ側メンバー」は、ジャズお得意の即興演奏を繰り広げるわけだが、その即興部分のリズム&ビートは、ヘイデンのベースが担っている。この交響楽団とヘイデンのベースとの「リズム&ビートの役割分担」が絶妙。この両者のリズム&ビートが明らかに「ジャズ」なのだ。
演奏全体のイメージは「キースの考える欧州ジャズ」。印象派クラシックの様に耽美的で叙情的で幽玄、そして流麗。この雰囲気は、キースの「ヨーロピアン・カルテット」に通じる音世界。ガルバレクのクリアで切れ味の良いサックスがその印象を更に強くする。そして、時々、ジャズ側メンバーと交響楽団が一体となって、時々「アーシーでゴスペルチック」なジャズを展開。これがまた、キースのピアノの個性。
2曲目の「Solara March (dedicated to Pablo Casals and the sun) 」を聴けばそれが良く判る。10分弱の長尺な演奏だが、前半は耽美的で叙情的で幽玄、そして流麗な「ヨーロピアン」な演奏が続く。そして、この演奏の半ば辺り、キースのピアノが「荒城の月」の出だしの「春、高楼の〜」の様なフレーズを叩き、それを合図に「アーシーでゴスペルチック」なジャズ演奏に展開。これが、とにかく「見事」。
この盤、キースの音楽性の幾つかが効果的に絡み合って、素晴らしい「ジャズとクラシック」の融合音楽を成立させている。これは、ECMレーベルにしか出来ない盤。総帥プロデューサー、マンフレート・アイヒャーの敏腕も見逃すわけにはいかない。この盤は、ECMとキースの個性とがガッチリ組んだ、新しい響きを湛えた「ジャズ」である。
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