節目となるソロ・パフォーマンス 『Dark Intervals』
順調にキース・ジャレットのソロ・ピアノ盤の聴き直しは進んでいる。1980年代に入って、キースの活動は多様化していく。1983年には、ピアノ・トリオ「スタンダーズ」を旗揚げ、クラシック・ピアノの世界にも進出し、ソロの活動もピアノや様々な楽器を用いての多重録音など、様々な形式、形態にチャレンジしている。1980年代半ば以降は、活動のベースは「スタンダーズ」の世界。合間合間にソロ・ピアノという活動が定着していく。
Keith Jarrett『Dark Intervals』(写真左)。1987年4月11日の録音。我が国の東京は「サントリー・ホール」でのライブ録音。もちろん、ECMレーベルからのリリース。録音エンジニアは及川公生。この日本における公演で、キースはソロ・ピアノのコンサートとして、記念すべき100回目を迎えることとなった。意外と歴史的に節目となるソロ・パフォーマンスである。
さて、このライブ盤は、キースのソロ・ピアノ盤の歴史を振り返ると、以降のキース・ジャレットのソロ・パフォーマンスの方向性を決定付けた内容であることが判る。キースの中でどういう心境の変化があったのか判らないが、確かにパフォーマンスの方向性は変わった。それまでのアメリカン・フォーキーで、ゴスペルチックな雰囲気も織り交ぜたアメリカン・ルーツ音楽をベースとした、躍動的でポジティブで外向的な展開が、この日本でのライブ盤で、ガラッと正反対に変わっている。
現代音楽風で内省的、ピアノの響き、リズム&ビートはクラシック風。ただし、演奏自体は完全即興演奏なので、その「即興演奏」の部分で、このライブ盤でのキースのソロ・ピアノは辛うじて「ジャズ」の範疇に留まっている。明らかに意図的にジャズのリズム&ビートを排除しているように聴こえる。ただ、即興演奏のイマジネーションはバリエーション豊か。次から次への新しい展開が湧き出てくる。
冒頭の「Opening」に度肝を抜かれる。心揺さぶられる、決して穏やかでは無い、まるで読経の様な祈りの様な、うねるような「重低音」の響き。このビートはジャジーっぽさ皆無。当時のキースの「グルジェフへの傾倒」が良く判る。 2曲目の「Hymn」以降、ジャズっ気の希薄な、西洋宗教的な薄暗く荘厳な音世界。タイトルの「Dark Intervals」は言い得て妙なのが判る。
いつもどこかに散りばめられているグルービーなリズム&ビートは鳴りを潜め(そこが良かったんだが)、クリスタルでクリアで内省的で、超絶技巧なクラシック・ピアノの様な展開。しかし、この東京公演の追加公演ではスタンダード・ナンバーのみで構成されたのだから、キースの頭の中は判らない。しかし、正式なアルバムとしてのソロ・ピアノは、この『Dark Intervals』を境に方向性は変わり、この方向性を踏襲することとなる。そういう意味でこの盤は「キース者」として必聴。
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