音楽喫茶『松和』の昼下がり・15 『People Time』
このアルバムは絶対に昼下がり向きだ。しかも、これからやってくる春爛漫な季節の昼下がりにピッタリだ。響きが美しく、ほのぼのとした、長閑ではあるが、しっかりとクールに「アート」している。聴いていて楽しく、そして、どこか物悲しさが底にある。でも、決して悲しくない。逆に、ポジティブですらある。
そのアルバムとは、Stan Getz & Kenny Barron『People Time : The Complete Recording』(写真左)。1991年3月、コペンハ〜ゲンにあるCafe Montmartreで録音されたライブ音源。テナーサックスのスタン・ゲッツとピアノのケニー・バロンとのデュオ。そのライブ音源のコンプリートBox盤。CD7枚組になる。
当初は、CD2枚組でリリースされた(写真右)。ジャズのCD2枚組にしては、ちょっと値が張るものだったので、入手に走るのは控えていた。そこにコンプリートBox盤が出るとの報。待っていて良かった。内容的には圧倒的にコンプリートBox盤の方が良い。
さて、このコンプリートBox盤、テナーのスタン・ゲッツの遺作になる。そのライブ録音の3ヶ月後、スタン・ゲッツは鬼籍に入る。1987年に肝臓癌で余命1年という告知を受けたスタン・ゲッツ。あらゆる癌治療を受け、なんとか命を保ちつつ、演奏活動を続けていく。そして、1991年3月。この素晴らしいライブ音源を残すに至る。
本当に癌に冒されているのか、と疑いたくなるような、力強く、情緒豊かで、伸びのあるブロウ。溢れんばかりのインスピレーションが素晴らしいアドリブ・フレーズの数々。唄う様な流麗な展開。このコンプリートBox盤でのブロウは、スタン・ゲッツのベスト・プレイだと断言したい。
CD7枚組の超弩級のボリュームだが、捨て曲は全く無い。どの演奏も素晴らしいものばかり。これって凄いことだ。1991年3月3日から6日までの、4日間のライブだったんだが、どの日のライブもその内容は素晴らしい。
1991年3月3日の1st セットと2ndセット、3月4日の1stセットと2ndセット、3月5日の1stセットと2ndセット、3月6日の7枚。どこから聴いても、素晴らしいゲッツとバロンのデュオが堪能出来る。当初、CD7枚組のボリュームって、ちょっとしんどいかな、と思ったがとんでも無かった。どのCDから聴いても十分にその演奏内容が堪能出来る、実に充実したCD7枚組である。
テナーとピアノのデュオなので、たった2台の楽器のみの演奏である。たった2台の楽器なので、その表現のバリエーションに限りがあって、演奏を聴き進めていくうちに、飽きが来るのでは無いか、と危惧するが、それはまさに杞憂に過ぎないことが直ぐに判る。
それほどまでに、テナーのゲッツとピアノのバロンの演奏表現がバリエーション豊か。硬軟自在、縦横無尽、変幻自在、音の濃淡が豊かで、間を活かしたタイム感覚豊かな展開。これがデュオの演奏なのか、と驚愕してしまうほどの音の豊かさ、演奏の幅の広さ。
演奏される曲もジャズ・スタンダード曲ばかりで、ゲッツのテナーのインプロビゼーションの煌めきと、バロンのピアノの伴奏の妙が、そんな二人のデュオなれではの個性が、しっかりと理解出来る。いやほんと、このスタンダード曲の選曲も実に良い。奇跡の様なライブ音源である。
響きが美しく、ほのぼのとした、長閑ではあるが、しっかりとクールに「アート」している。聴いていて楽しく、そして、どこか物悲しさが底にある。でも、決して悲しくない。逆に、ポジティブですらあるスタン・ゲッツの遺作。
このライブ音源が残って良かった。このライブ音源を聴く度に、僕達はスタン・ゲッツを追体験し、スタン・ゲッツを決して忘れない。これからやってくる春爛漫な季節の昼下がりに、しっかりとスタン・ゲッツを偲ぶのだ。さあ、Stan Getz & Kenny Barron『People Time』のヘビロテの季節がやって来た。
★大震災から3年。決して忘れない。まだ3年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、復興に協力し続ける。
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