モントルーのマイルス・1984年
このところ、朝のスタートアルバムは、エレ・マイルスのライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』(写真左)の聴き通しで始まる。
このライブボックス盤『The Complete Miles Davis at Montreux』は超弩級のボリュームを誇る、こんなん一体誰が買うんや、的なライブボックス盤。なんとCD20枚組である。そして、このライブボックス盤は、マイルスがモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した際のライブ音源の全てである。
エレ・マイルスは年ごとにその演奏のトレンド、雰囲気がどんどん変わっていく。この劇的な変化が凄い。エレ・マイルスは、年ごとに変化し進化する。常にジャズ界の先頭を走り続けたエレ・マイルスの音、まずは隠遁前の「第一期エレクトリック・マイルス」の1973年、そして、1987年を除く、1984年から1991年までのカムバック後の「第二期エレクトリック・マイルス」の音がドバッ〜と入っている。
モントルー・ジャズ・フェスティバルというのは、マイルスにとっても特別なジャズ・フェスティバルだった様で、どの年のエレ・マイルスも演奏のレベルは高く、充実した内容になっている。これは本当に立派なこと。マイルスは常にプロフェッショナルであり、マイルスは常に優れたジャズメンであった。
さて、今日は、CD3からCD6の1984年7月8日のライブ音源について触れたい。この1984年のモントルーのマイルスは、1981年、隠遁生活からのカムバック後、初めての出演になる。冒頭から気合いが入って、少し緊張しているのが良く判る。なんせ、マイルスのペットが「よれっている」。僕はそんな人間味溢れるマイルスが大好きだ。
しかし、演奏が進むにつれ、マイルスを始め、バンドの面々も、どんどん乗ってくる。演奏の精度も高くなり、テクニックもビシバシ決まるようになって、重量級のファンクネスを漂わせた、疾走感溢れるリズム&ビートがうねるように流れ、その上をマイルスが縦横無尽に吹き抜ける。
1984年のモントルーのエレ・マイルスを暫く聴いていると、隠遁生活からのカムバック後のエレ・マイルスの音は、どこかスッキリしていることに気が付く。相変わらず、重量感溢れるファンクネス豊かなリズム&ビートなんだが、どこかスッキリしていて健康的。少し明るくて、ちょっとあっけらかんとしている。
隠遁前の1974年までのエレ・マイルスの音は、異常なまでのテンションの高さと、おどろおどろしい、ちょっと薄暗くて危険な雰囲気と、息が詰まりそうな疾走感が密度高く詰まっていて、アルバム単位で聴き通すのには、結構、精神的体力が必要だったが、カムバック後のエレ・マイルスの音は健康的。健康を取り戻し、気力と覇気が充実したマイルスがここにいる。
1984年7月8日のパーソネルは、Miles Davis (tpt, synth); Bob Berg (ss, ts, fl); Robert Irving III (synth); John Scofield (g); Darryl Jones (el-b); Al Foster (ds); Steve Thornton (perc)。セプテット構成である。カムバック後のエレ・マイルスとしては、かなり充実した布陣。スタジオ録音のアルバムで言うと『You're Under Arrest』録音後のモントルー・ライブである。
「Human Nature」が印象的。1983年にマイケル・ジャクソンが発表した楽曲。アルバム『スリラー』から第5弾シングル・カットされた名曲。マイルスが採り上げた、マイルスの推す「ニュー・スタンダード」な楽曲である。これがまあ素晴らしいバラード演奏になっていて、リリカル&クール、優しく柔軟で音の芯に力強さが宿っている。マイルスのペットのフレーズが美しく響き渡る。
隠遁前の健康を害しつつ突っ走っていた隠遁前のエレ・マイルスでは考えられない、この「Human Nature」のバラード・チックな演奏は、「第二期エレクトリック・マイルス」がジャズ演奏のスタンダードに位置づけられつつあることを感じる。ジャズにおいて、エレクトリックは最早特別な演奏フォーマットでは無い、新しいジャズの表現を引き出す、スタンダードなフォーマットであることを感じさせてくれる。
1984年のモントルーのエレ・マイルスは、隠遁生活からカムバック後の「第二期エレクトリック・マイルス」は如何なるものなのか、を判り易く教えてくれる様なライブ盤である。録音も良く、聴き応えがある。しかし、本当に、モントルーのエレ・マイルスの演奏は最高である。
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