音楽喫茶『松和』の昼下がり・8 『First Time Ever I Saw Your Face』
この季候の良い季節の昼下がり、読書しながら、お茶を飲みながら、耳を傾けるにちょうど具合の良いジャズは「ピアノ・トリオ」。
多々ある「ピアノ・トリオ」の中で、今回のアルバム選定のポイントは、バーチャル音楽喫茶『松和』のマスターがお勧めする「過ごしやすい秋の昼下がりにピッタリの、ちょっとマニアックな女性ジャズ・ピアニスト」。今日は昨日に続き2人目のご紹介。
今日はRachel Z(レイチェルZ)。レイチェルZの本名は「レイチェル・C・ニコラッソ」。アメリカはNYの生まれ。バークリー音楽大学、ニュー・イングランド音楽院を経て、プロデビュー。80年代末に、マイク・マクニエリに認められて、人気フュージョンバンド、ステップス・アヘッドのメンバーとなって、認知度が飛躍的にアップした。しかし、日本盤としてのアルバムリリースがほとんど無いことが影響して、日本での認知度は今も「イマイチ」。
続いて1995年、ウェイン・ショーターの7年ぶりの新作となった「ハイ・ライフ」に全面参加。このアルバムの中でのレイチェルZは、キーボードとオーケストレーションを担当、高い評価を受けている。また、このショーターのアルバムは、グラミー賞のベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバムを受賞し、更にレイチェルZ自身の評価も高まった。
さて、そんなレイチェルZが、2003年夏にリリースしたピアノ・トリオ盤がこの『First Time Ever I Saw Your Face(邦題:愛は面影の中に)』(写真左)である。2003年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Rachel Z (p), Nicki Parrott (b), Bobbie Rae (ds)。
アルバム名の「愛は面影の中に」は、1971年、ロバータ・フラックがヒットさせたグラミー賞受賞曲。今回ご紹介するこのアルバムの最大の特徴は選曲のユニークさ。ロック系アーティストの楽曲を中心とした選曲は、とにかく取っつきやすいし、聴きやすい。
アルバムの冒頭を飾る「Time To Say Goodbye」は、オルタナティヴ・ロックの人気バンド、ニルヴァーナの1993年作『イン・ユーテロ』収録曲。2曲目の「Crestfallen」は、1990年代を代表するシカゴのオルタナティヴ・バンド、スマッシング・パンプキンズ、1998年の『アドア』収録曲。3曲目の「Fragile」は、ジャズミュージシャンの間での人気曲で、近年、ジャズ・スタンダード化されつつある、スティングの名曲。
4曲目「In The Wee Small Hours Of The Morning」は、かの名ボーカリスト、フランク・シナトラの名唱で有名なジャズ・スタンダード曲。5曲目の「First Time Ever I Saw Your Face(愛は面影の中に)」は、先に挙げたように、1971年ヒットのロバータ・フラックの名曲。
6曲目の「Hurt」は、ヘビーなロックサウンドが特徴のナイン・インチ・ネイルズの曲。7曲目は、アンドレア・ボッチェリの歌でヒット、日本ではサラ・ブライトマンの名唱で知られるナンバー。8曲目「Autumn Leaves」は言わずもがなのジャズ・スタンダード(笑)。9曲目の「Don't Give Up」は、元ジェネシスの鬼才ピーター・ガブリエルの1986年の代表作「ソー」収録。
と、9曲中7曲までが、ロック・ポップス畑の優秀曲をカバー・アレンジしているわけで、なかなかに面白く、なかなかに聴き応えがある。ジャズ・スタンダードばかりだと、なんだかマンネリしているようで飽きやすいが、この様に、ロック・ポップス畑の最近の優秀な楽曲からのセレクトだと、旋律の響きがまず新鮮でワクワクする。
しかしながら、ロック・ポップス畑の最近の優秀な楽曲からのセレクトは、その楽曲を基にした、かなりのアレンジ能力が必要となり、どこの誰でもが、最近のロック・ポップスの楽曲をジャズに取り入れることが出来るわけではない。
そういう点で、このレイチェルZのトリオ盤のアレンジは実に優れている。ロック・ポップス畑の優秀曲を、実に旨くアレンジしている。「どこかで聴いたことのある旋律だ」と思うんだが、この演奏の元曲はこれですよ、って教えてもらわないと判らないくらい、上手くジャズ化しているのだ。しかも、曲の選択が良いのだろう、どの曲も実に聴き易く出来ている。
レイチェルZのピアノについて一言。テクニックでピラピラ聴かせるタイプでも無く、メリハリをつけるために「ガゴーン、ズゴーン」とパワーで突っ走るタイプでも無く、レイチェルZのピアノは、ピアノの幅、いわゆるスケールで聴かせるピアノだ。演奏の幅の広さと奥行きと響きで聴かせる、実に味のあるピアノ。それと、最後になるが、ドラムのボビー・ラエがとても素晴らしいことを付け加えておく。
この季候の良い季節の昼下がり、新鮮な響きのするピアノ・トリオ。意外とオツなモノですよ。
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