音楽喫茶『松和』の昼下がり・6 『Sun Bear Concerts』
晴れていれば、外は陽射しが一杯に振り注ぎ、室内は静かな時間が流れていく。雨が降っておれば、優しい雨音を聞きながら、室内は静かな時間が流れていく。そして、ジャズ喫茶のお店の中は、人がまばら。皆、本を読むか居眠りをするかで、午後の昼下がりのひとときを潰している。そんな穏やかな時間が流れていく「午後の昼下がり」の時間帯が僕は大好きだ。
そんな穏やかな時間が流れていく「午後の昼下がり」には、その雰囲気を壊さない、それなりのジャズ盤を流したい。決して、穏やかな時間の雰囲気を壊すこと無く、穏やかな時間を慈しむように流れていくジャズ。ピアノ・ソロなんて、「午後の昼下がり」の時間帯にピッタリなんだが、穏やかな時間の雰囲気を壊すこと無く、穏やかな時間を慈しむように流れていくピアノ・ソロということになると、その選択肢は意外と狭くなる。
不思議な傾向なんだけど、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、このCDボックス盤のアルバムを無作為にかけることが多い。そのCDボックス盤とは、Keith Jarrett『Sun Bear Concerts』(写真左)。
この『サンベア・コンサート』、発売当初は、LPレコード10枚組ボックス盤。キース・ジャレットの日本縦断ソロ・コンサート・ツアーの集大成。1976年11月、ソロ・ピアノによる即興演奏で全国7都市を巡演、8公演をこなすという超人的なプロジェクト。
この全国ツアーの模様をすべて録音しようという遠大な企画は、当時、ECMの日本販売代理店だったトリオ・レコードから提案なんですね。いわば日本主導で実現した快挙だったわけです。最終決定権も持つのは、もちろんECMレーベル・オーナーのマンフレート・アイヒャー。この辺の事情は、稲岡邦彌さんの著書『ECMの真実』でどうぞ(ネタバレになるからなあ・笑)。
さて、ツアーは京都を皮切りに、福岡、大阪、名古屋、東京(2回公演)、横浜、札幌の計7都市で行われ、そのうちアルバムに収録されたのは、11月5日京都(京都会館)、8日大阪(大阪サンケイホール)、12日名古屋(愛知文化講堂)、14日東京(中野サンプラザ)、18日札幌(札幌厚生年金会館)の5回の公演です。
発売当時は10枚組LPで、全部通して聴くと7時間ぐらいです。しかも重いのなんのって(笑)。超重量級のボックス盤でした。当時、1人のピアニストの数日間のソロ・コンサートの記録だけで、LP10枚組の超重量級ボックス盤にはビックリしました。当時学生の身分では流石に買えない。そして、それがかなりの勢いで売れているのを見て驚きは2倍(笑)。
ちなみに、タイトルの「サンベア(Sun Bear)」というのは、「ヒグマ=(日:Sun+羆:Bear)」の言葉遊びからつけられたそうである(キースとアイヒャーがこの「Sun Bear」をえらく気に入ったらしい)。
CDになって、6枚組ボックス盤となった。全8公演の内、本作に収録されたのは京都(京都会館)、大阪(サンケイホール)、名古屋(愛知文化講堂)、東京(中野サンプラザ)、札幌(厚生年金ホール)の5公演。各会場の演奏がそれぞれ1枚のCDに収められていて、6枚目には札幌・東京・名古屋におけるアンコール演奏が一括して収録してある。
ただ、なにせこのボリュームですから、この『サンベア・コンサート』は、やはり万人向きとはいえませんね。通常BGMのようにジャズを聞く人には、このCDボックス盤は「重い」と思います。BGMとして聴くのであれば、『ソロ・コンサート』や『ケルン・コンサート』などの単品セットの方が聴きやすいのでは、と思います。
それでも、この『サンベア・コンサート』のソロ・ピアノはなかなかの内容を伴っているので、とにかく聴き進めたい、全部聴きたい。ということで、我がバーチャル音楽喫茶『松和』で考案した、この超重量級のボックス盤『サンベア・コンサート』のとっておきの聴き方を伝授いたしましょう。
まず、ボックス盤の箱からCDを出す。そして、CDラックに収める。それぞれのCDを「単品CD」として楽しむ。はい、これでOK(笑)。「6枚1セット」という「呪縛」から自らを解き放って、CD6枚1セットのボックス盤なんだから絶対に「全てを聴き通さなければならない」と思い込まないことです。
「今日は大阪、明日は京都か東京か、はたまた明後日は札幌か」なんて、日を変えて収録された公演別に聴いていくと、意外と楽しみながら、この超重量級のボックス盤を聴き通すことが出来る。穏やかな時間が流れていく「午後の昼下がり」の時間帯に、都度一枚一枚くじ引きのように、このボックス盤のアルバムを適当に選択して聴き進めていく。意外とこれが「はまる」。
静的な美しさがしみじみする京都、リラックスした雰囲気で弾きまくる札幌、ダークでリズミカルなエンディングの東京、上品でクラシカル大阪、儚い美しさ漂う名古屋。どの地域の演奏も、それぞれ個性があって甲乙付けがたい。
ソロ・ピアノの名手、キース・ジャレットの面目躍如のボックス盤である。どの都市でのソロ・ピアノも、穏やかな時間が流れていく「午後の昼下がり」の時間帯にピッタリの、キースの『サンベア・コンサート』である。
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