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2010年7月30日 (金曜日)

『Stan Getz And Bill Evans』

Verve時代のビル・エバンスは、なんだか不思議なアルバムが幾つかある。6月16日のブログ(左をクリック)でご紹介した『Gary Mcfarland Orchestra With Special guest Soloist Bill Evans』も、その「なんだか不思議な」アルバムの一枚。なんで、これがビル・エバンスでやらなきゃならんのか、僕は、プロデューサーのクリード・テイラーの見識をずっと疑っている(笑)。

このアルバムもそう。『Stan Getz And Bill Evans』(写真左)。どうやって考えたら、この組合せになるのか、良く判らん。そもそも、スタン・ゲッツは唯我独尊、我が道を行く、代表的な「ワンマンなタイプ」。絶対に自分中心に演奏が行われないと駄目だし、絶対に自分中心の演奏に、力ずくで持って行く。

逆に、ビル・エバンスは、伴奏に回ったら、完全に自分の個性を封印して、フロントのミュージシャンの個性や特質を浮き彫りにするような、引き立てるような伴奏をする、滅私奉公、自己犠牲型のピアニスト。自己中心型のゲッツと自己犠牲型のエバンス。共演したって、上手くいくわけがない。

この『Stan Getz And Bill Evans』だって、ビル・エバンスが主役のレコーディングにも拘わらず、タイトルは双頭リーダー風(ゲッツの名前が前に来とるやん)。内容だって、一聴すると、スタン・ゲッツのリーダー作かと錯覚する位、ゲッツが目立ちまくっている。

当時、ボサノバ・ブームにいち早く乗って、爽やかにライトに、そして、ふくよかで優しいブロウで一世を風靡したゲッツ。でも、このアルバムでのゲッツは全然違う。「ボサノバのゲッツ」なんて何処吹く風。ややもすれば、バップ時代のブロウよりも力強く、ガンガンに吹きまくる。

エバンスは、リーダーとして、ゲッツのワイルドな部分とボサノバ・タッチのふくよかで優しい部分の両面を活かそうと「伴奏のエバンス」よろしく、なかなかのバッキングを供給しているが、ゲッツは決して、エバンスの意図を汲むことなく、ガンガンに吹きまくる。このアルバムは、ボサノバ・ジャズ全盛時代の真っ只中、1964年の録音であるが、ゲッツは全く、ボサノバ向けのブロウはしない。
 
  
Getz_evans
 
 
ここで、面白いのは、当のリーダーのビル・エバンス。ゲッツの傍若無人な振る舞いに対して、気に懸けることなく、ゲッツのワイルドな部分とボサノバ向けの、ふくよかで優しい部分の両面を活かそうとする伴奏を徹底的に継続する。決して、ゲッツの力強く覇気溢れすぎるブロウに合わせようとはしない。徹頭徹尾、エバンスのイメージを優先して、エバンスのイメージのみで「伴奏のエバンス」を貫き通す。

よって、このアルバムについては、ゲッツはゲッツとして、エバンスはエバンスとして、それぞれ個々に聴くと、ゲッツは、この1964年、ボサノバ全盛時代に、これだけ覇気のある、ガッツ溢れるバップ的ブロウを展開していることは十分に評価できる。聴き応え十分である。

エバンスはエバンスとして、さすが「伴奏のエバンス」というバッキングを繰り広げている。陰影、濃淡、硬軟、遅速、とにかく柔軟かつダイナミックに、エバンスの設定した「仮想ゲッツ」に対して、素晴らしい「伴奏ピアノ」は、これはこれで評価できる。

でも、アルバム全体を通して聴くと、ゲッツとエバンスの演奏はバラバラ。というか「平行線」。どちらも自分の想いだけを優先して、自分の個性だけで演奏を続ける。相手の演奏なんて聴いちゃいない(笑)。ゲッツもエバンスも「我が道を行く」である。

ちなみに、残りのメンバーは、Richard Davis (b), 曲によってRon Carter (b),  Elvin Jones (ds)。このベースとドラムのメンバーを見ても、どう考えたって、ゲッツにも合わないし、エバンスにも合わない。特に、エルビンはあかんやろ〜。つまりは、この『Stan Getz And Bill Evans』は、個々の参加メンバーの演奏は、それ単体としてはまずまずの内容ではあるが、演奏全体、グループ・サウンズとして聴くと「なんだかなあ」という、戸惑うばかりの内容である。

ちなみに、このアルバム、録音当時は、ゲッツ、エバンス双方に、その内容が気に入らず、お蔵になった。納得の判断である。じゃあ、なんでこのアルバムが世に出回っているのか。実は、1973年になって、ミュージシャン本人達の了解を得ずに、Verveが勝手に発売したからである。ほんまにVerveって何を考えているか、よう判らんレーベルですね。そういう意味でも、この『Stan Getz And Bill Evans』は、ゲッツ、エバンス双方にとっては認知されない、実に気の毒な境遇のアルバムである。
 
 
 
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