チャールズ・ミンガスの到達点・2
『Something like a bird』(写真左)。 暴れん坊将軍、怒れるベーシスト&作編曲家チャールズ・ミンガスの最終作である。1978年のセッションである。先にご紹介した『Me Myself An Eye』(5月12日のブログ・左をクリック)と同日セッション。
チャールズ・ミンガスは亡くなるその時点まで、前進するアーティストであった。この『Something like a bird』は『Me Myself An Eye』と併せて、ミンガス・ミュージックの到達点と言えるだろう。ミスガス自身はもはやベースを弾いていないが、メンバーが凄い。
リー・コニッツ、チャールズ・マクファーソン、マイケル・ブレッカー、 ジョージ・コールマン、ペッパー・アダムス、ロニー・キューバー、 ランディー・ブレッカー、ジャック・ウォルラス、ジミー・ネッパー、スライド・ハンプトン、ラリー・コリエル、エディ・ゴメス、 ジョージ・ムラーツ、スティーブ・ガッド、ジョー・チェンバーズ、ダニー・リッチモンド等々、新旧の優秀なミュージシャンを集めに集めて、目眩くバップ・ジャズ・オーケストラな演奏を繰り広げている。日本人ミュージシャンについては、大森明、MALTAの2名が名を連ねている。
収録されている曲は以下の2曲。たったの2曲である。LP時代は、A面、B面1曲づつが配されていた。
1. Something Like A Bird
2. Farewell, Farwell
1曲目の「Something Like A Bird」は、31分12秒という長編であるが、高速演奏、高速展開の目眩くバップ・インプロビゼーション大会。テクニックのある限り、秘術を尽くしつつ、バップ・フレーズを、順番に新旧入り乱れて、ミュージシャン達が吹きまくる。それでいて、音の展開のベースがしっかりしているので、30分以上という収録時間にも拘わらず、緩んだところが無い。
そして、2曲目のタイトルが涙を誘う。「Farewell, Farwell」、さようなら、さようなら。ロック・フュージョン調のエレクトリック・ギターを大々的に導入し、整然と混沌のコントラストが印象的な、それでいて、揺るぎのない「ミンガス・ミュージック」に仕上がっている。特に、ユニゾン&ハーモニーの音の重ね方が、どう聴いても「ミンガス・ミュージック」なのだ。ダイナミックでスケールの大きい取り回し。ソロイストの最大限のスペース与える、懐深く、大らかな展開。
このアルバムの内容は、伝統的なジャズの展開に則りながら、フリージャズの要素、ロック的な要素、古くはビ・バップな要素、ワールドミュージック的な要素、様々な音楽的要素を無理なく取り入れて、実にスリリングな展開になっている。
少人数でジャズ・オーケストラな演奏というのが、若かりし頃をミンガス・ミュージックであったが、このアルバムでは、優れたミュージシャンを大量に招集して、個性を組み合わせて、王道を行くジャズ・オーケストラな演奏を展開しているところが痛快である。
チャールズ・ミンガスは、1978年の「Me, Myself an Eye/Something Like a Bird」セッションの後、体調が悪化、翌1979年1月5日永眠。LP時代、この1978年のセッションは、『Me, Myself an Eye』と『Something Like a Bird』2枚のアルバムに分けてリリースされ、この『Something like a bird』が最終作となった。
しかし、この『Something like a bird』を聴き終えて、決して、このアルバムが最終作なんて雰囲気は微塵も無い。まだまだ改善の余地を残した感じの「スケッチ風な部分」も残っており、まだまだ、ミンガス・ミュージックは進化する余地を十分に残していたと言える。実に残念である。でも、この「チャールズ・ミンガスの到達点」は、いつでもCDで楽しめる。この「チャールズ・ミンガスの到達点」は、ジャズ者への道の途中、避けて通れないもののひとつである。
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