「ミロスラフ・ビトウス」の本音
ジャズっていう音楽は「売れれば良い」というものでは無いと思っている。ジャズは、クラシックに次ぐ、「芸術」というジャンルの「音楽」だと思っているので、売れたアルバムが、ジャズの世界の中で偉いという訳では無い、というのが僕の持論。
ベーシスト「ミロスラフ・ビトウス(Miroslav Vitous)」。今ではこのベーシストの名前を知る人も少なくなったのではないだろうか。でも僕たちは覚えているし、今でも彼のベース・ワークには一目置いているし、ワクワクする。
ビトウスが、Weather Report退団後に発表した1976年の作品である『Vitous』(写真左)。発足当初、ザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制だったWRだが、音楽性の違いからビトウスが、1974年に脱退。というか、ザビヌルに「いびり出された」感のある脱退劇だった。しかも、ショーターも助け船を出さないし・・・。当時、ザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制で発足したWRって何だったんだろうと思ったもんだ。
さて、1974年にWRを脱退。1975年はほとんど活動していなかったが、突如、心機一転発表したのがこの作品『Vitous』を聴くと、ビトウスは、決してWRを離れたくなかったんだな〜、って思ってしまう。このアルバムでの演奏される音は、紛れもなく、WR初期の流れをくんだ、コズミックで前衛的な、それでいて、当時のWRに不足していた「キャッチャーな旋律の魅力」を持った、なかなかの秀作だと思う。
パーソネルは、ビトウスの他はドン・アライアス(ds,conga,bongo,perc)のみ。最後の曲だけアルメン・ハルバリアン (perc)がアライアスに代わる。ビトウスはベースの他にピアノ・シンセも担当。当然、オーバーダブを多用している(あまり気にならないのは素晴らしい)。如何に、ピアノ・シンセが当時のビトウスの音作りに大切だったのか、実に良く判る。そのビトウスに必要なピアノ・シンセを提供しなかったのがザビヌルという図式が、このアルバムから浮き上がって来るようだ。
WR初期の音作り。ビート重視ではあるが、そのビートは4ビートでは無い。8ビート以上を「パルス化」して、複合リズムで叩きまくる、という実に超絶技巧ではあるがシンプルな響きのする「独特なビート」を採用。パーカッションを積極採用、アフリカン・ビートを全面に押し出すが、決して黒くない、暖かくはあるが中性的なビートの響きが最大の個性。
そんなデジタルな、中性的な響きが新しいビートに乗せる旋律は、従来のジャズが採用してきた、スタンダードライクなキャッチャーな響きのする旋律ではなく、ワールド・ミュージック的なネイティブな旋律、若しくは、フォーキーな旋律を採用。アフリカン・ネイティブに偏らない、ワールドワイドな旋律が演奏の幅を大きく拡げている。
そんなWR初期の音作りを押し拡げた様なビトウスの音作り。音の重ね方、音の間を十分に活かしたビトウスのピアノ・シンセが聴きものである。当然、ビトウスのベースが素晴らしい。ピッチの合った端正なベースは「唄うような」響き。ピッチが合っているのでボウイングも良い感じ。旋律楽器としてベースが機能しているアルバムは数少ないが、このアルバムでのビトウスのボウイングは実に良い響きを奏でている。
進むべき方向を指し示しているビトウスの姿が素晴らしい。発足当初からのザビヌル〜ショーター〜ビトウスの3頭体制のWRが続いていたら、きっとこの『Vitous』の様な音になっていたかもしれない。でも、この音は大衆には大きくはアピールしない。確かにザビヌルの方向性のほうが「売れた」。でも、30年以上経って振り返ると、ザビヌルの方向性は「色褪せてきた」。
でも、僕は、このビトウスの音が好きだ。ジャズっていう音楽は「売れれば良い」というものでは無いと思っている。売れたアルバムが、ジャズの世界の中で偉いという訳では無い、というのが僕の持論。
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