Mr.ファンキー「Horace Silver」
「脳の疲れ」を取るには、音楽が良い。僕にとっては、柔らかで優しい、それでいて、ちょっぴり心地良い刺激のあるジャズが良い。そして、なんとなく疲れが取れてきたら、今度は、ジャズの王道、典型的なハード・バップの演奏を聴くのが良い。それも、判りやすくて、ノリの良い、ミッド・テンポのファンキー・ジャズが良い。
典型的なハード・バップ&ファンキー・ジャズ。多くあるハード・バップの名盤、その中の一枚が『Horace Silver and the Jazz Messengers』(写真左)、ブルーノートの1518番。このアルバムは、ファンキー・ジャズの原点と言われる。パーソネルは、Kenny Dorham (tp) Hank Mobley (ts) Horace Silver (p) Doug Watkins (b) Art Blakey (d)。
録音した当時、1954年当時は「ファンキー・ジャズ」という言葉は無かったと思う。恐らく、当時、このアルバムの演奏は、ジャズの最先端、最も「クール」な演奏内容だったのだろう。ブルージーでありながら、決して暗くならず、マイナーでありながら、ポジティブな音の響き。黒人音楽独特の粘りと踊るようなビート感。この雰囲気が、当時一番「クール」な響きだったのだろう。
6曲目の「Hankerin'」がハンクの作曲以外、他の曲は全て、シルバーの作曲。この響きは、きっと作曲者のシルバーと録音メンバー達が、知恵を絞り、考えに考えて、工夫に工夫を重ねて、この響きになったんだろう。とにかく、音の重ね方、音の響き、音の雰囲気、音の回し方、どれをとっても、既に、後に「ファンキー・ジャズ」と呼ばれる特徴を十二分に備えている。
ファンキー・ジャズといえば、何となく、判りやすくて俗っぽい感じがするんだが、このアルバムでの演奏は、決して俗っぽくない。俗っぽいどころか、アーティスティックな香りすらする、高尚な世界。ジャズが芸術である、ということを思い出させてくれるような、素晴らしい演奏。どの曲も素晴らしい演奏。ハード・バップのショーケースである。
トランペットのドーハムが溌剌としていて、テクニックも申し分無く、「ドーハムってこんなに巧かったっけ」と嬉しくなる。モブレーのテナーもダイナミックで、「モブレーってこんなに雄々しかったっけ」と嬉しくなる。シルバーのピアノは実にファンキーで、ブレイキーのドラムは申し分無い。おっとっと、ワトキンスのベースもファンキーだ。
このアルバムには、シルバー最初のヒット曲「The Preacher」が収録されている。テーマが実にキャッチャーで旋律が追いやすく、口ずさめる名旋律である。僕には、「線路は続くよどこまでも」と「権兵衛さんの赤ちゃんが風邪ひいた」とがミックスされたような旋律に聴こえて、実にユーモラス。ヒットしたのは良く判る。とにかく、判りやすくて、ノリの良い、絵に描いたようなファンキー・ジャズの名曲である。
「The Preacher」はヒットした。当然、当時弱小レーベルだったブルーノートの台所が潤った。自転車操業が一息つき、腰を据えて、アルバムを作る環境が出来上がった。そういう意味では、「The Preacher」という曲は、ブルーノートからみれば、孝行息子的なヒット曲ということになる。
この「The Preacher」について、エピソードをひとつ。ブルーノートの総帥、プロデューサーのアルフレッド・ライオンは、どうしてもこの「The Preacher」が、いまいち俗っぽくて好きになれない。もう少しアーティスティックであっても良いのではないか。売れれば良い、というものでもない。悶々としていた。
アルフレッド・ライオン、晩年になって、インタビューに応えて一言、「今でもあの曲(The Preacher)は、corny(新鮮味のない, 陳腐な、感傷的な, の意)だと思っている」。う〜ん、ジャズの歴史にその名を残す名プロデューサー、アルフレッド・ライオンの面目躍如である。
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