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2017年10月18日 (水曜日)

懐かしき良き「オールマンズ」

土日を「70年代ロック」や「70年代Jポップ」の記事をアップしよう、と思い立ったのだが、どうにも無理がある。「70年代ロック」や「70年代Jポップ」のアルバムを聴きたい欲求が、ウィーク・デーに来たりする。そうすると、やはり聴いた感覚がはっきりとしているうちにブログにアップしたいなあ、と思ったりする。ということで、曜日に囚われず、書きたいテーマでブログをアップするということで・・・。

さて、秋になると、The Allman Brothers Band(略して「オールマンズ」)が聴きたくなる。「オールマンズとの出会い」が秋だったので、秋になると「オールマンズ」を聴きたくなるのだろう。昔々、高校時代、1975年の秋のこと。かの映画研究部の部室で「レイラはええ、凄い」と熱く語っていたら、同級生のロック少女から「じゃあ、これ聴いてみ」と渡されたアルバムが、当時のオールマンズの新作『Win, Lose or Draw』。これが「良かった」。思わず、サザン・ロックに走った。

が、他のオールマンズのアルバムを購入する「軍資金」が無い。ということで、毎日、この『Win, Lose or Draw』を聴いていたら、先代部長Nさんが、見るに見かねて、かの伝説のライブ盤『At Fillmore East』を貸してくれた。本当に有り難い先輩であった。そして、『Win, Lose or Draw』と『At Fillmore East』を取っ替え引っ替え聴いていたら、先輩Muさんが「これもええで」とこのアルバムを貸してくれた。本当に有り難い先輩であった。

そのアルバムとは『Eat a Peach』(写真左)。1972年の作品。本作のレコーディングが終了する前の1971年10月29日、デュアン・オールマンがオートバイの事故で死去。この盤は、デュアン・オールマンの追悼盤である。スタジオ録音の新曲6曲と、1971年のライブ音源を収録した変則的な内容だが、この「変則的な内容」こそがこの盤を特別なものにしている。
 

Eat_a_peach

 
スタジオ録音の全6曲のうち、デュアン存命時にスタジオ録音されたのは「Stand Back」「Blue Sky」「Little Martha」の3曲。典型的なサザン・ロックなナンバーで、いかにも「オールマンズ謹製」という感じの佳曲である。デュアンのスライド・ギターが印象的。もはや完成された感のある、デュアン独特のフレーズ。

そして、デュアン亡き後、残されたメンバー5人によってレコーディングされたのが、「Ain't Wastin' Time No More」「Les Brers in A Minor」「Melissa」の3曲。悲しみを振り払うかのような、一体感溢れる演奏には、思わず目頭が熱くなる。特に冒頭の「Ain't Wastin' Time No More」=「時はもう無駄に出来ない」に残されたメンバーの決意を感じる。

そして、この盤を特別にしているのが、デュアン存命時にフィルモア・イーストで行われたライブの音源の存在。「マウンテン・ジャム 」「One Way Out」「Trouble No More」の3曲。オールマンズをサザン・ロックのみならず、ロックの世界の中で特別な存在にしているのが、この「ライブ・パフォーマンス」の素晴らしさ。

特に、ドノヴァンの楽曲「霧のマウンテン」を下敷きにしたジャム・セッション「マウンテン・ジャム」は絶品。このライブ音源は、ロックのジャンルでの「インスト曲の凄さ、圧倒的迫力」を誇る。これだけのインスト・パフォーマンスをロックは表現出来る。ジャズに比肩するアドリブ展開の創造力。今でも聴いていてゾクゾクする。

後で本人達二人から聞かされたのだが、僕があまりに「サザン・ロックは良い、良い」と言い続けるものだから、先輩二人ともサザン・ロックが聴きたくなって、N先輩の『At Fillmore East』も、Mu先輩の『Eat a Peach』も、わざわざ新たに購入したものだった。1975年の冬、先輩二人と映研の部室で「オールマンズ」を良く聴いたなあ。懐かしき良き想い出である。本当に有り難い先輩であった。

 
 

東日本大震災から6年7ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2017年10月 1日 (日曜日)

プロコル・ハルムに触れた日

高校1年の夏、当時のロックの最先端に出会って以来、暫くは「プログレ小僧」だった。EL&P、Yes、Pink Floyd、King Crimsonを、軍資金が全く僅かだったので、徐々に徐々に聴き漁っていた。そういう時に、クラブ(僕の場合は映画研究部)の先輩の「所有LP貸し」の支援は実に有り難かった。LPを借りて、カセットにダビングして聴く。これが当時、所有アルバムを増やす唯一の手段だった。

そういう映研の先輩の支援の中でも、先代部長N先輩の支援がとても嬉しかった。昨日も書いたが、N先輩とは音に対する感覚が良く似ていて、N先輩の面白い、とするアルバムはどれもが気に入った。他の先輩、同期の部員連中が「これはちょっとなあ」というアルバムについても、N先輩と二人で良く聴かせて貰った。1つ下の弟の様に可愛がってもらったなあ。

そんなN先輩、当時、僕と一緒で「プログレ小僧」。ELP、イエス、フロイド、キンクリなどの有名どころを聴き進めて行くと、皆がなかなか聴くことの無い、我々しか知らないプログレ・バンドの音が聴きたくなる。つまり、僕達が見つけた、僕達のお気に入りバンドが欲しくなるのだ。まあ、可愛い「マニア気取り」である(笑)。そして、1975年3月だったかなあ。N先輩はこのアルバムを映研に持ち込んだ。
 

Exotic_birds_and_fruits

 
Procol Harum『Exotic Birds And Fruits』(写真左)。邦題『異国の鳥と果物』。1974年の作品。プロコル・ハルムは、英国のロックバンド。クラシックやブルース、R&Bの要素を取り入れた英国プログレッシブ・ロックな音作りが個性。特に、この『異国の鳥と果物』は、アルバム全体の流れも良く、収録されたそれぞれの楽曲も内容が充実していて、当時の「プログレ」の音作りの個性をしっかりと踏襲している。

ハモンド+ピアノの音がベース、骨太かつ多彩なドラミング、トーンコントロールの効いたエレギが絡みつく様に響き渡る、独特の音空間がこのアルバムの個性。クラシック的なアプローチとはいえ、サウンドは決して華奢では無い、流麗かつ力強いサウンド。音の雰囲気は、夕暮れ時の夕日のくすんだ輝き、というか、ウェットな柔らかなエコーがかかった様な音は、明らかに「ブリティッシュ」ロックな音で、これがまた魅力なのだ。

N先輩、僕にこの『異国の鳥と果物』を聴かせて「どや?」。勿論、どストライクである。プロコル・ハルムというプログレ・バンド、そして、この『異国の鳥と果物』と前作の『グランド・ホテル』は、N先輩と見出して評価した、僕達の高校のロック仲間の間での「最初の成果」だった。今でもこのアルバムの美しいジャケットを見る度に、当時のN先輩の得意満面な笑顔を思い出す。

  
  

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2017年9月30日 (土曜日)

高校時代の10cc盤の思い出

もう今から40年以上にもなるのか〜、と感慨に耽る時がある。特に、この夏から秋の季節。高校時代には様々な印象的な思い出がギッシリ詰まっている。少し涼しい風が吹き始める晩夏の夕暮れから、この涼しい空気に入れ替わる初秋のちょっと物寂しい雰囲気は、時に心をセンチメンタルにさせる。

僕がロックを聴き始めたのは高校1年生の夏。それまでは米国と英国のポップスがメイン。ロックはシングル曲を聴く程度でアルバムを聴き込む様なことは全く考えもしなかった。が、である。高校1年生の夏、映画を制作すべく、先輩達によって企てられた映画研究部の夏合宿の夜。僕は生まれて初めてロックのアルバムを聴かせて貰った。これが「はまった」。それから、ロック小僧一直線である。

ロックのアルバムについては、先代部長Nさんに色々教えて貰った。Nさんとは音に対する感覚が良く似ていて、Nさんの面白い、とするアルバムはどれもが気に入った。他の先輩、同期の部員連中が「これはちょっとなあ」というアルバムについても、Nさんと二人で良く聴かせて貰った。当時、映研の部室には近くの電気屋で譲ってもらったボロいステレオがあった。これでガンガン聴くのである。

10cc『The Original Soundtrack』(写真左)。1975年の作品。このアルバムもN先輩が映研に持ち込んだ。当時、N先輩は高校3年生、受験勉強真っ只中な筈なんだが、気分転換と言いながら、良く映研の部室に遊びに来ていた。そして、入手したアルバムをカセットにダビングして、聴かせてくれるのだ。これがすごく楽しみだった。この盤は1975年の7月の始めだったかと記憶している。

この『The Original Soundtrack』は、ロック・オペラ「パリの一夜」で始まるコンセプト・アルバム。「架空の映画のサウンドトラック」という10ccらしい風変わりな設定で制作されている。僕はこのアルバムで初めて「カンタベリー系プログレの雰囲気」を体験した。意外と日本人の感覚では受け入れられ難い面があるのだが、N先輩と僕は、一時、ドップリはまった。
 

The_original_soundtrack

 
冒頭、8分40秒の大作「パリの一夜 - Une Nuit a Paris' 」の戯曲風のパフォーマンスが、どうにも他の先輩、同期の部員連中には合わない。Mu先輩などは「よ〜判らん」と部室から出て行き、同期のロック女子は「なにこれ〜」と顔を曇らせて帰っていった。しかし、である。

まず、10ccとして、この戯曲風のロック・パフォーマンスが秀逸であり面白い。N先輩とは「ここが面白い」とか「これどうやって音出してるんや」なんて、ワイワイ盛り上がりながら聴いていた。サウンドエフェクトも素晴らしく「10ccの英国職人気質、ここに極まれり」と言った雰囲気にも感銘を受けた。

そして、である。この戯曲風のロック・パフォーマンスから、2曲目のスローテンポな情緒溢れる名曲「I'm Not in Love」にガラッと音世界の雰囲気が変化するところが絶品なのだ。加えて、この「I'm Not in Love」の曲自体が素晴らしい。ロックがこれだけ情緒的な音世界を表現出来るとは思わなかった。初めて聴かされた時は、暫く絶句して口がきけなかった。

10cc『The Original Soundtrack』は、映研の先代部長N先輩の思い出が詰まっている。初めて聴いた時、僕があまりに感激していたので、N先輩がダビングして持ち込んだカセットをそのままプレゼントして貰った。

家に帰って、徹夜して繰り返し聴いたのを覚えている。やはり1曲目「パリの一夜」から「アイム・ノット・イン・ラヴ」へ、音世界がガラッと変化するところは、未だにスリリングで、ゾクッとする瞬間。永遠の好盤である。

 
 

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2017年9月24日 (日曜日)

カントリー・ロック最高峰バンド

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは、土日は「70年代ロック・Jポップ」の日。先週から、ジャズの合間に耳休めに良く聴く「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、カントリー・ロック最大の売上を誇るバンド「Eagles(イーグルス)」について語りたい。

イーグルスは1971年にデビューした米国のカントリー・ロックを代表するバンド。トータルセールスは1億2000万枚を超えるそうで、カントリー・ロックの中で、一番、商業的成功を収めたバンドであろう。カントリー・ロック色が強かった時期は、1971年の結成時から、1974年のサード盤『オン・ザ・ボーダー』までとされる。

音楽的には、グラム・パーソンズの様に、カントリー・ミュージックをそのままロックに置き換えたというよりは、フォーク・ロックをベースにカントリー・ミュージックの要素を融合させたアプローチで、パーソンズの場合、カントリーとロックが対等な感じなんですが、イーグルスの場合は、カントリーとロックの比率が「3:7」の割合で、ロック色が強いのが特徴。
 

Their_greatest_hits_19711975

 
初期の頃の音は、バンジョー、スティール・ギター、マンドリンのサウンドを効果的に取り入れていて、この部分が「カントリー・ロック」の雰囲気を色濃いものにしていた。そんなカントリー・ロック期のイーグルスを手っ取り早く感じることが出来る、優れものなベスト盤がある。Eagles『Their Greatest Hits 1971-1975』(写真左)である。

ちょうどイーグルスがカントリ−・ロックから入って、ロック色が強くなるまでの期間を網羅しているベスト盤。カントリー・ロックなイーグルスがヒット曲やキャッチャーな曲を通して、手っ取り早く体感出来る。バーズやパーソンズよりもフォーク・ロック色が強いことが良く判る。よりロック・ファンに訴求する音作りで、イーグルスは一躍、人気バンドとなった。

イーグルスのベスト盤はその後、オールタイム・ベストなども幾つか発売されてはいるが、カントリー・ロックを代表するバンドとしてのイーグルスを体感出来るベスト盤としては、この『Their Greatest Hits 1971-1975』が最適だろう。何を隠そう、この僕も、このグレイテスト・ヒットを聴いて、プログレから米国ルーツ・ロックへ宗旨替えをした。それは1976年3月、早春の出来事であった。

 
 

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2017年9月23日 (土曜日)

カントリー・ロックの先駆的な盤

涼しくなった。特に昨日の雨で、明らかに空気が入れ替わったのを感じる。昨晩はまだそれほどでもなかったが、今朝の明け方は明らかに気温が下がった。秋の空気に変わった。しかし、この時期の関東地方には雲が残る。朝はあいにくの雨。しかし、昼頃から日が射し始め、秋の涼しい一日になった。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは、週末は「70年代ロック・Jポップ」の日。先週から、ジャズの合間に耳休めに良く聴く「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、このカントリー・ロックの起源となるアルバムを取り上げたい。

The Byrds『Sweetheart of the Rodeo』(写真左)。邦題『ロデオの恋人』。1968年にリリースされた、ザ・バーズの6作目のスタジオ盤。カントリー・ロックの先駆的アルバムとされる。メンバーのグラム・パーソンズは、ロック・シーンにおけるカントリー・ミュージックの強力な推進者で、このパーソンズ主導の中で、このカントリー・ロックの先駆的アルバムが生み出された。
 

Sweetheart_of_the_rodeo

 
カントリー・ミュージックの聖地、ナッシュビルで半分の曲を録音して、正面からカントリーにアプローチした、初めてのロック盤である。米国で、保守的な音楽の最右翼であった「カントリー・ミュージック」。若者中心に急速に台頭してきた革新的な音楽であった「ロック」。これが融合したのですから、米国においては、かなりのカルチャーショックだったと思います。

さて、アルバムを聴いてみると、確かに内容充実の「カントリー・ロック」の名演が並びます。かなりジックリ腰を据えて、曲作りからアレンジまで、よく考えて作られています。単なるアイデア先行の融合では無い、しっかりと意志を持ったカントリーとロックの融合です。アルバムの先頭から最後までダレることがありません。1968年という時期に、これだけ内容充実のカントリー・ロックが創作されていたとは驚きです。

『ビートルズに対するアメリカの回答』と比喩されたバーズの異色盤。カントリー・ロックの生みの親であるパーソンズはカントリー志向をめぐってメンバーと対立し、アルバム発売を待たずにバーズを脱退。しかしながら、このアルバム、結果的にカントリー・ロックの先駆者としてバーズの名を高めたアルバムとなったのだから皮肉なものだ。ロックの世界には、こういう逸話はごまんとある。

 
 

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2017年9月17日 (日曜日)

R&B指向のカントリー・ロック

台風が鹿児島に上陸し、徐々に速度を速めながら、関東地方に近づいている。台風が近づくにつれ、体調が思わしく無い。どうも、術後、体質が変わったみたいで、気候の急変に敏感に体が、悪い方に反応するようになった。台風が去るまでは、大人しく静養あるのみ、である。

さて、今日は日曜日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日も「カントリー・ロック」。今日はこのアルバムを。Bonnie Raitt『Give It Up』(写真左)。1972年の作品。Bonnie Raitt=ボニー・レイットは、女性カントリー・ブルース歌手&ギタリスト。唄い手がメインだが、スライド・ギターの名手でもある。

僕はこのボニー・レイットという女性歌手が好きで、米国ルーツ・ロックの草分けと認識している。特にこの盤のテイストは、カントリー・ロックがメインで、そこにブルージーなスライド・ギターを絡めたり、デキシーランド調のジャズ・ブラスなアレンジを忍ばしたりと、米国ルーツ・ロック好きには堪えられない内容になっている。
 

Give_it_up

 
アコースティック・ギターを活かしたミッドテンポからスローテンポの楽曲が、なかなか良い雰囲気を醸し出している。このフォーク・ロック的雰囲気の楽曲が、アップテンポのカントリー・ロック調の楽曲と良い対比なっていて、アルバム全体の流れが引き締まっている。

ブルースやR&B指向のちょっと重心の低めな楽曲もあるが、リズム&ビートが、カントリー・ロック基調なので、ドップリ重くならないところがミソ。ジャズっぽいところも妙に軽快なところがあって、気楽に聴き続けられるところが実に良い。基本的に全体の雰囲気が軽快なので、ブルースやR&B指向の楽曲を重く引き摺らないところが、この盤の良いところ。

ジャケの「明るく爽やかな女性カントリー・ロック・シンガー」って雰囲気はちょっと違う。雰囲気としては、ギターを持ったじゃじゃ馬娘って感じ。カントリー・ロック基調ではあるが、黒っぽく、ブルース・フィーリング溢れる楽曲がズラリと並んでいる。決して軽快で明るい女性カントリー・ロックをイメージしてはならない。そのギャップで「怪我をします」(笑)。

 
 

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2017年9月16日 (土曜日)

カントリー・ロックの道標的な盤

夕方から台風の影響で小雨が降り始めた。それでも、朝は曇り時々晴の千葉県北西部地方。グッと涼しくなって、かつ湿度が下がって、10月上旬〜中旬の気候、一言で言って爽やか。さて、週末の土日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日は「カントリー・ロック」。

米国ルーツ・ミュージックであるカントリーやフォーク、ブルーグラスとロックの融合で出来たロックのサブ・ジャンル。1960年代後半、バーズやボブ・ディランがアルバムの中に、カントリー・ロック調の楽曲の収録が先駆けとなり、1970年代、米国西海岸中心に、CCRやイーグルスがその人気を確立した。

僕はこのイーグルスが「カントリー・ロック」体験の最初だった。1975年のこと。アルバムは『One of These Night』だった。そこから、当時プログレ小僧だった僕は、一気に米国ルーツ・ロック指向へ転身。大学に進んで、CCRに染まり、そして、このアルバムに出会った。Gram Parsons『GP』(写真左)。1973年の作品である。

グラム・パーソンズは、元バーズのギタリスト。バーズのアルバム『Sweetheart Of The Rodeo(ロデオの恋人)』(1968年作品)に参加、カントリーロックという新たな流れを生み出したことで知られる。この『GP』というアルバムは、そんなグラム・パーソンズが1973年にリリースした、生前唯一のソロ・アルバムである。
 

Gp

 
冒頭の「Still Feeling Blue」から、ラストの「Big Mouth Blues」まで、カントリー・ロック満載である。ペダル・スチール・ギターが「カントリー・ロック」独特の響きを醸し出す。リズムはちょっと早めのカントリー・ビートがメイン。演奏は電気楽器中心のロックなもの。ロックを基本をして、カントリー、フォーク、ブルーグラスの要素を上手く融合させている。

これだけ、徹頭徹尾、カントリー・ロックな演奏で固めたアルバムは、当時、初めてだったのではないか。とにかく、カントリー・ロック好きには堪らない内容の好盤である。しかしながら、カントリーの要素が全面に強く出た「カントリー・ロック」なので、一般ウケは悪かった様で、セールス的には成功しなかった。

僕は、このグラム・パーソンズのソロ・アルバムを「カントリー・ロックの道標」的なアルバムだと思っている。これ以上、カントリーの要素を全面に出してしまうと、単なる「ロックアレンジを施したカントリー・ミュージック」になってしまう。そんな限界点を僕達に聴かせてくれた、そんな「道標」の様なアルバムだと感じている。

後に「カントリー・ロックの女王」として有名になったエミルー・ハリスがデュエットに、バック・ボーカルに大活躍している。このアルバム、セールス的には成功しなかったのだが、カントリー・ロックの最高地点を示し、エミルー・ハリスを見出したことで、このアルバムはロックの歴史に残る好盤だろう。

ちなみに、グラム・パーソンは、このアルバムのリリースから約8ヶ月後、麻薬の過剰摂取により死去。1974年にリリースされた『Grievous Angel』が遺作となった。

 
 

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2017年9月 9日 (土曜日)

伝説のジミヘンのファースト盤

ジミ・ヘンドリックスを最近、聴き直している。ジミ・ヘンドリックス、略して「ジミヘン」。ジミヘンはロック・ギタリストとして、そのプレイ・スタイルとパフォーマンスは、後継のロック・ミュージシャンに多大な影響を与えた。しかし、1970年9月18日、デビューからわずか4年、27歳でこの世を去っている。疾風の様なイノベーターであった。

僕はジミヘンのプレイをこの目で見たのは、ウッドストック・ロックフェスのドキュメント映画だったと思う。見た瞬間、違和感が思いっきりあって、何でかなあ、と思って見ていたら、右利き用のギターを逆さまにして左利きの構えで演奏しているのだ。つまり、ストラトの天地が逆。ビックリした。どうやって弾くんや、スゲーなーと思った。

ジミヘンを初めて体験したアルバムは、The Jimi Hendrix Experience『Are You Experienced』(写真左)。1967年の作品。この盤は、ジミ・ヘンドリックスのファースト盤にあたる。ちなみにパーソネルは、Jimi Hendrix (g, vo), Noel Redding (b), Mitch Mitchell (ds)。実にシンプルなギター・トリオ。

僕はこの盤を聴いた時、激しい衝撃を受けたことを覚えている。今までに聴いたことの無い音。その頃は、僕はまだロックを聴き始めて、1年にも満たない頃。その激しい衝撃とともに、ジミヘンは一旦、封印した。封印した理由は、ジミヘンのギターの「暴力性」である。これだけ暴力性を持った楽器の演奏を僕は知らなかった。というか、ジミヘンのデビュー時、恐らく、世界がその独特の「暴力性」を知らなかったと思う。
 

Are_you_experienced

 
しかし、最近、聴き直していて、この「暴力性」が、ストレスを覚える「暴力性」では無いことに気がついた。ストレスを覚えず、心地良い、スカッとする「暴力性」。その暴力性を底に忍ばせたロックな演奏ではあるが、その暴力性は「ビート」という名で、我々の脳髄の響いてくる。重量級の爽快なビートが効きまくった、シンプルなブルース・ロック。

ジミヘンの暴力性は「破壊」を伴わない。ジミヘンのロックが、エレギが伝説として残り、後継のロック・ミュージシャンに多大な影響を与えたのは、このストレスを覚えず、心地良い、スカッとする「暴力性」だろう。後のレッド・ツェッペリンが上手くこの「暴力性」を引き継いでいる。

そして、意外と話題に上らないが、ミッチ・ミッチェルのドラミングが実に効いている。センスが良いというか、ジミヘンの爽快な暴力性のあるエレギを邪魔すること無く、演奏全体を鼓舞する。演奏全体の推進力は、このミッチ・ミッチェルのドラミングに負うところが大きいと思う。そして、ベースのノエル・レディングのベースも見事。よくまあ、この破天荒なギターフレーズにぴったりと寄り添うようなベースラインを叩き出せるもんだ。

このジミヘンのデビュー盤は、今の耳で聴いても、それはそれは素晴らしい内容である。1967年という、楽器も録音環境も発展途上の時代に、これだけの訴求力のある音を叩き出せるとは驚きである。ジミヘンのエレギは、ストレスを覚えず、心地良い、スカッとする「暴力性」にその魅力が凝縮される。その魅力がこのファースト盤にギッシリと詰まっているのだ。

 
 

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2017年9月 3日 (日曜日)

現在の米国西海岸ロックの好盤

涼しくなった。台風の影響なんだが、北から北東の風が吹き込んで、北にある涼しい空気が一気に、ここ千葉県北西部地方に流れ込んだ。一昨日など、一気に10月上旬の気温になって、慌てて、夏のジャケットを着込んでの通勤になった。そして、この土日も異様に涼しい9月上旬の週末になっている。涼しいし湿度が低いので、とにかく爽やか。

週末の土日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日などは爽やかな空気の上に、久し振りの快晴の朝。それだけ陽光麗しく、風が爽やかな日となれば「米国西海岸ロック」が聴きたくなる。僕はこの「米国西海岸ロック」の大ファンである。

米国西海岸ロックとは、特に1970年代、米国西海岸、ロスアンゼルス、サンフランシスコを中心に流行ったロックのこと。カントリー&ウエスタンやフォークなど、米国ルーツ・ミュージックをベースに、爽やかなコーラス、高テクニックの演奏が個性のロックである。代表的なグループ、ミュージシャンとしては、イーグルス、ドゥービー・ブラザース、ジャクソン・ブラウン、J.D.サウザーなどが挙げられる。

1970年代がピークではあったが、今でも米国西海岸ロックは生き残っている。若手によるフォロワーもいるし、1970年代に活躍したバンドのメンバーがソロになって、今でも活動を続けているケースもある。今日は、この後者のケースをご紹介する。
 

Leap_of_faith

 
昨年のことにはなるが、イーグルス(Eagles)のベーシスト、ティモシー・B・シュミット(Timothy B. Schmit)が7年ぶりの新ソロ・アルバム『Leap of Faith』(写真左)を9月にリリースした。ロサンゼルスにある自身のスタジオでレコーディングとのことで、いや〜、あの米国西海岸ロックの雄、イーグルスのベーシストのソロ盤のリリース。何だか嬉しいでは無いか。

冒頭の「My Hat」を聴くと、ああ、このアルバムは間違い無く「米国西海岸ロック」なアルバムなんだなあ、と感じる。良い音だ。切れ味の良いフォーキーなロック・ビート、爽やかなコーラス、伸びと哀愁感のあるスチール・ギターの響き。明らかに西海岸ロックである。

どんどん聴き進めて行くと、カントリー&ウエスタン風だけでは無い、R&B、そして少しのレゲエ風な曲もあって、現代の「米国西海岸ロック」な内容に思わず聴き惚れてしまう。60歳代最後の年に出された音とは思えない。曲にもボーカルにも、渋さと深さが備わったとは言え、衰えは感じられない。

イーグルスの音を、そのまま洗練して「スティーリー・ダン」風に仕立て上げた様な音作りにも感じるし、1970年代、西海岸で活躍したフォーク・ロック・グループ「ポコ」の音を今風にした様でも音作りは実に魅力的である。いや〜、ティモシー・B・シュミット健在ってことが嬉しいねえ。現在の米国西海岸ロックの好盤です。

 
 

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2017年9月 2日 (土曜日)

クリムゾンのライブ盤に想う

週末の土日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日はプログレッシブ・ロックの話題。

キング・クリムゾン。イングランド出身のプログレ・バンド。結成は1968年。ギターのロバート・フリップが主宰、数々のメンバー・チェンジや活動休止期間を経て、通算の活動年数は結成から約50年に及ぶ。

ハードでメタリックな側面と叙情的な側面とが絶妙にブレンドされた音楽性と破格の演奏力の高さによって、一聴すれば「キン・クリ(と僕達は略していた)」の音と判る位の圧倒的個性を誇る、老舗プログレ・バンドである。フィリップ翁を始め、キン・クリは現在も健在で、つい最近『Heroes - Live in Europe 2016』(写真左)という新EPをリリースしている。

デヴィッド・ボウイの「Heroes」のカヴァーも収めたもので、これがなかなか秀逸な内容。この新EPでの「Heroes」はキン・クリがベルリンのアドミラルスパラストで演奏したもの。ボウイ独特の個性を維持しつつ、キン・クリならではの演奏でカヴァーしている。これがなかなかの出来で気に入っている。

他の楽曲、2016年欧州ツアー音源の中からそれぞれ未発表ライブ音源になるが、「Easy Money」「Starless (Edit)」「The Hell Hounds Of Krim」も高い演奏力をもって、実にキン・クリらしい、迫力のあるハードでメタリックな演奏が実に良い。やっぱ上手いね〜、このバンド。 現在のキン・クリはトリプルドラムをモチーフにしたバンドだが、その特徴が良く活かされている。
 

Heroes_usa

 
さて、9月に入って「秋」である。秋のこの9月〜10月にかけて、よく聴くキング・クリムゾンのアルバムが、King Crimson『USA』(写真右)。1975年3月のリリース。ちなみにメンバーは、Robert Fripp (g, Mellotron), John Wetton (b, vo), David Cross (vln), Bill Bruford (ds, perc)。『太陽と戦慄』のメンバー構成。

これが結構、キン・クリらしいライブ盤で、今でも結構聴く。しかし、確かにキン・クリらしい、とてもハードでメタリック、抒情性はあるがポップとは無縁。音もちょっと荒れていて迫力満点。で、僕がこのライブ盤に初めて触れたのが、ロックを聴き始めて、僅か半年の頃。このライブ盤の迫力とテンションが受けきれなくて、暫くお蔵入り(笑)。

それから半年、1975年の秋、ちょうど10月の下旬だったか、そう高校2年の秋。クラブを引退して、受験勉強に集中していく頃なのだが、目の障害の問題で進学したかった理系の学部に一切進むことが出来ない、ということが判って、途方に暮れてドップリ暗くなっていた頃。何か背中を押してくれる、心を活性化してくれる音が欲しい。

そういう中で聴いて、思いっきり感動したライブ盤が、このキン・クリの『USA』である。聴く度に、このライブ盤に詰まっている、キン・クリ独特の「迫力のあるハードでメタリックなテンションの高い演奏」が背中を押してくれる、心を活性化してくれる。当時のライブ盤独特の荒れた音も硬派で良い。キン・クリのライブ盤の中では、秋限定、ダントツのヘビロテ盤である。

 
 

東日本大震災から6年5ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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