父親に捧げたピアノ・トリオ盤
最近は、ジャズの新盤がネットの音楽のサブスク・サイトにアップされるタイミングが早くて、ジャズ雑誌はもとより、ジャズのネット情報も追いつかない位である。最近では、ジャケットを見て、リーダーの名前を見て、試聴して、ゲットするかどうかを決めている。いわゆる「ジャケ買い」と「名前買い」が増え、「試聴買い」が新しく加わった。
この新盤は完全に「ジャケ買い」盤である。ジャケットをパッと見た瞬間、ピピッと「これは良いのでは」と思い、リーダーの名前を確認したら「Cyrus Chestnut(サイラス・チェスナット)」とある。僕の大好きなジャズ・ピアニストの1人。これは間違い無いだろう、と即聴きである。
Cyrus Chestnut『My Father's Hands』(写真左)。2021年12月14日の録音。ちなみにパーソネルは、Cyrus Chestnut (p), Peter Washington (b, except track 6), Lewis Nash (ds,except track 6)。6曲目の「I Must Tell Jesu」のみ、チェスナットのピアノ・ソロで、残りは、ピアノ・トリオ編成の演奏で固められている。
資料によると「この作品は私の父への感謝の言葉です。父親は彼の人生で多くの人にインスピレーションを与えました、そして私は彼がしたように私がインスピレーションを与えるためにできる限りのことをしたいと思っています。」とチェスナットは語っている。この新盤は、2021年に他界した最愛の父親マクドナルド・チェスナットに捧げたピアノ・トリオ作になる。
収録曲は全10曲で、その内訳は、父親の思い出を描いたオリジナル曲が4曲、父親と自分に関連するスタンダード曲が5曲。ラストは、父親が息を引き取るときの情景を思い描いて、チェスナットが作曲した美しいバラード曲「Epilogue」で締められる。自作曲もスタンダード曲も、どれもが落ち着いた滋味溢れる楽曲ばかりで、聴いていて、何故かしみじみしてしまう。
チェスナットのピアノは、癖の無い「総合力勝負」のピアニストだが、ファンクネスが強めで、速いパッセージを容易く弾きまくる「高テクニック」なところが特徴。バリバリ弾きまくるが、オーバーな表現にならず、流麗な弾き回しに留めているところなどは、チェスナットの「品格」を感じる。バラード表現にも長けていて、しっかりとファンクネスを漂わせながら、堅実なタッチで弾き進めるバラード曲には思わず聴き惚れてしまう。
バックのリズム隊、ピーター・ワシントンのベース、ルイス・ナッシュのドラムも良い味を出している。今回のチェスナットの特別な表現を十分に踏まえて、味わい深い、典雅で端正なサポートを繰り広げている。このリズム隊あっての、チェスナットの豊かな表現が可能になるのだろう。良いリズム隊だ。
物悲しくも美しいピアノ・トリオ演奏。物悲しいが、ファンキーなフレーズをバリバリ弾き回すところなど、父親との楽しい思い出を反芻しているのか、とも感じて、全体の印象は決して陰鬱では無い。ジャケットのイラストは、チェスナット本人が描いたペインティングだそうだ。味わい深い、アートなジャケットである。
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