2021年12月 8日 (水曜日)

ジョン・レノンの41回目の命日

今日、12月8日は、日本人にとって忘れてはならない日である。80年前の日米開戦、真珠湾攻撃の日。そして、僕たち、音楽ファン、とりわけロック者にとって、忘れられない日。ジョン・レノンの命日である。その日は、1980年12月8日。41年前のことになる。

ジョンはビートルズ解散後、ソロ活動を経て、しばらく息子の育児に専念した。そして、5年ぶりに音楽活動を再開。妻オノ・ヨーコとアルバム『Double Fantasy』をリリース。1曲目の「(Just Like) Starting Over(再出発)」が、連日、FMから流れていた。Xmasを控え、世界がジョンの復帰を祝っているかの様だった。その矢先のこと、ジョンはNYの自宅アパート前でファンを名乗る男に銃で撃たれ、命を落とした。40歳だった。

僕は大学生協のテレビでその事を知った。最初は「撃たれた」だった。その時は何故か「ジョンは大丈夫、還ってくる」と確信していた。その後、ジョンが亡くなった、との報に触れる。ジョンを失った。あの時の喪失感と無力感は忘れる事が出来ない。無情感、絶望感、寂寞感が一気に押し寄せ、しばらく大学に戻ることは無かった。

あれから、41年が経った。生きていれば、ジョンは81歳の翁である。生きていたら、ジョンって、81歳の今でも唄っていたかなあ。
 

Mind-games-a-jazz-celebration-of-john-le

 
ジョンの命日の前後には、僕は、ジョンの曲の「ジャズのカヴァー」を聴く。ジョンの曲って、シンプルなロックな曲が多くて、なかなかジャズ化し難いのだが、探せばやはり「ある」。特に「Imagine」はジャズの「ニュー・スタンダード曲」化している。だが、僕がジョンの曲で好きなのは、「Imagine」はもちろんなのだが、「Mind Games」であり、「(Just Like) Starting Over」であり、「Give Peace a Chance」なのだ。で、探してみるとあるもんですね〜。

Mike Makhalemele『Mind Games - A Jazz Celebration of John Lennon』(写真左)。1990年の作品。マイク・マカレメレは南アフリカのサックス奏者。このジョン・レノンのトリビュート盤、英のプログレバンド、イエスのトレヴァー・ラビンのプロデュース。アルバム全体のアレンジが実にジャジーで良い感じ。

「Mind Games」「Mother」「Imagene」の3曲のみの選曲なのだが、3曲とも「聴きもの」なのだ。情感溢れるマカレメレのテナー・サックス。「Mind Games」など、16分の長尺なのだが、全く飽きが来ない。旋律部とアドリブ部、原曲のメロディーとコード進行を損なうこと無く、とっても上手くアレンジされていて、聴き応え十分。

12月8日はジョンの命日。そして、2週間もすれば、Xmas、そして、その後、1週間もすれば年が明ける。ジョンの命日が終わったら、我がバーチャル音楽喫茶『松和』では、ジョンの「Happy Xmas (War Is Over)」が連日、流れる様になる。
 
 
 
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2020年12月 8日 (火曜日)

レノン作の楽曲のカヴァー集

今年も12月8日がやってきた。ジョン・レノンの命日である。1980年12月8日(月)22時50分、ジョンはダコタ・ハウスの前で撃たれた。失血性ショックによりルーズヴェルト病院で23時すぎに死亡した。満40歳没(享年41)。今年で逝去後40周年になる。

まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)に「ジョン・レノンの40回目の命日」と題して、記事を上げているので、ジョン・レノンの命日についてはこちらをご覧頂きたい。ここでは、ジョン・レノンにまつわるジャズ盤について語りたい。

ジョン・レノン作の楽曲は、ちょっと捻れたコード進行やフレーズの展開が多いので、単純なフォービートのジャズにはなり難い。無理矢理、フォービートのジャズに押し込めたら、とてもチープな雰囲気の、まるで軽音楽のような、何の味も工夫も無いジャズになりそうで、ジョンの曲はジャズで採り上げられることは少ない。

それでも「Imagine」だけは結構、ジャズの世界でカヴァーされている。といって、完璧にジャズの楽曲としてアレンジされている訳では無くて、曲の持つ強烈な個性をジャズの演奏の旋律に置き換えているだけ。ジャズにデフォルメされることなく、「Imagine」の原型はほぼ留めている。それだけ、ジョン・レノン作の楽曲は個性が強烈だ、ということだろう。
 
 
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Bill Frisell『All We Are Saying』(写真左)。2011年6ー7月の録音。ちなみにパーソネルは、Bill Frisell (g), Greg Leisz (steel-g, ac-g), Jenny Scheinman (vln), Tony Scherr (b), Kenny Wollesen (ds)。ニュー・ジャズにおける変則捻れギタリスト、ビル・フリゼールの企画盤。「Lennon–McCartney」のカヴァー集である。

Lennon–McCartneyのカヴァー集だが、ジャケット・デザイン(ジョン・レノンの顔の線画イラスト)からも判る様に、ジョン・レノンの作曲作品を中心にカヴァーしている。全編ジョン・レノンの楽曲のカヴァー盤というのは、僕はこの盤以外、知らない。「Across the Universe」「Revolution」「Give Peace a Chance」「#9 (Number 9) Dream」など、ジャズではほぼカヴァーされたことの無い、ジョンの名曲がズラリと並ぶ。

原曲の雰囲気を踏襲すること無く、フリゼール自身が、ジョンの楽曲を解釈して、独特のアレンジを施している。「Please Please Me」「Come Together」「Woman」「Love」「Mother」「Strawberry Fields (Bonus Track)」などなど、どれもが「ほほぅ」と感心するような、なかなか優れたアレンジが施されていて、レノン作の楽曲に新しい魅力を与えている。

ジャズ好きのレノン者にとっては「マスト・アイテム」。フリゼールがニュー・ジャズのマナーの中、独特のくすんで捻れた音色のギターで、ジョン・レノン作の楽曲を個性的にカヴァーしていく。聴き応え十分。この企画盤、アレンジと演奏力の「賜」。ジョンの命日にしみじみと聴く「ジョン・レノンのカヴァー・ジャズ」。
 
 
 

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2019年12月 8日 (日曜日)

ジョン・レノンの39回目の命日

今年の12月8日を迎えた。ジョン・レノンの39回目の命日である。あの日はまだ僕は大学生。大学の生協のラジオとテレビで訃報に接した。なぜか、ジョンは撃たれても死なない、と思い込んでいたので、本当に亡くなったと知った時には、大ショックだったし、世の中の不条理というものを生まれて初めて思い知った瞬間でもあった。

しかし、もう39年も前のことになるのか。思わず感慨深いものがある。しかし、マスコミについても、ネットの反応についても、最近は「ジョンの命日」は、あまり話題にならなくなったように感じる。全く見知らぬ人物に、全く理由も無く、いきなり撃たれ、命を奪われるのである。どう考えても不条理であり、あってはならないことだ。

しかし、今、米国ではこの「不条理」が無くなるどころか、不定期に発生しては世界にその悲しい出来事が流れている。暗殺、無差別な銃撃、テロなど、後を絶たない。もはや「ジョンの命日」など、珍しいイベントでは無くなったのかもしれない。そういうことを考えながら、ジョンのアルバムを聴きつつ、静かに「ジョンの命日」を過ごしている。

John Lennon『Imagine』(写真左)。1971年のリリース。ジョンの名盤中の名盤とされる。僕は若い頃、このタイトル曲「Imagine」の歌詞が「ありえない、とても空想的」に聞こえて、この盤については暫く敬遠していた時期がある。しかし、先ほど述べた「不条理」を撲滅するには、これしかないのでは、と達観したのが50歳台に入ってからである。
 
 
Imagne  
 
 
今ではこのアルバム、ジョンのアルバムの中でも、一番のお気に入りになっているのだから、自分のことながら「ええ加減な奴」やなあ、なんて思ったりしている。この盤、バック・バンドもシンプルな個性で、アルバム全編に渡ってシンプルなロックになっていて、ジョンのボーカルがメッセージが明確に伝わる内容になっている。特に、リンゴのドラミングが素晴らしい。
 

Imagine there's no Heaven It's easy if you try
No Hell below us Above us only sky
Imagine all the people
Living for today...

Imagine there's no countries It isn't hard to do
Nothing to kill or die for And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

You may say I'm a dreamer But I'm not the only one
I hope someday you'll join us 
And the world will be as one

John Lennon 「Imagine」より抜粋


今年も、謹んでジョンの冥福を祈りたい。
 
 
 
 
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2018年12月 9日 (日曜日)

38回目のジョンの命日である

忘れもしない。1980年12月8日 (月) 22:50 (EST)、1980年(昭和55年)12月9日(火) 12:50 (JST)、ジョン・レノンは凶弾に倒れた。パトカーの後部に乗せられて、ルーズベルト病院へ搬送。そして、失血性ショックにより死去。享年40歳。あれから今年で38年が経ったことになる。ジョンが生きていれば78歳。どんな翁になっていたんだろう。見てみたかったなあ。

当時、僕は22歳。大学三回生。大学の生協のラジオで「ジョンが撃たれた」との報を聞く。まさか4発の銃弾を浴びているとは思わず、恐らくジョンは大丈夫、と思っていた。そして、15時前だったと記憶しているが、同じ大学生協のテレビでNHKの緊急ニュースにて、ジョンが逝去したことを知った。暫く、テレビの前で立ち尽くした。今から38年前の今日の昼下がりの出来事である。

当時、相当な精神的ショックを受けたことを覚えている。「なぜジョンが撃たれなければならなかったのか」。今でもその想いは変わらない。1980年11月に『ダブル・ファンタジー』をリリースした直後の出来事だった。「It'll be just like starting over」と唄い、その約1ヶ月後、ジョンはこの世を去った。今、振り返っても、この事実がとても無念である。

ジョンに関わるアルバムのリリースと言えば、今年は『Imagine : The Ultimate Collection』(写真左)がある。140曲にも及ぶリミックス、リマスター、ライヴ、アウトテイク等を収録した4CD+2ブルーレイ入りと充実した内容で、『Imagine』の全てがわかるボックス・セットになっている。オリジナルMixと2018年Mixが比較して聴けるのだが、意外とこの「2018年Mix」が良い感じで、僕はかなり気に入っている。

 
John_lennon_imegne
 

12月8日、今年もジョンの命日がやって来た。そして、約3週間後にはクリスマスがやって来る。この季節、僕の頭の中のジョンの曲の流れは「(Just Like) Starting Over」〜「Imagne」〜「Happy Xmas (War Is Over)」。ジョンが亡くなってから、38年経つが、あの頃と世界はあんまり変わっていない。漠然とこの事実が無念である。

 

So this is Xmas And what have you done
Another year over And a new one just begun
And so this is Xmas I hope you have fun
The near and the dear one The old and the young

A very Merry Xmas And a happy New Year
Let's hope it's a good one Without any fear

And so this is Xmas (war is over)
For weak and for strong (if you want it)
For rich and the poor ones (war is over)
The world is so wrong (now)
And so happy Xmas (war is over)
For black and for white (if you want it)
For yellow and red ones (war is over)
Let's stop all the fight (now)

・・・・・・・・・

War is over, if you want it War is over now
Happy Xmas

 
 
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2017年12月 8日 (金曜日)

37回目のジョンの命日である

ジョンの命日である。1980年12月8日 22時50分、自宅アパートのダコタ・ハウス前で、マーク・チャップマンの凶弾に倒れた。享年40歳。レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」だったという。僕は当時、大学3回生。そうか、あれから37年の月日が流れたことになるのか。

今年は「37年」という中途半端な経過年なので、ジョンの命日はほとんど話題になっていない。ちょっと淋しい気がする。それでも、今年も命日を偲んで、ジョンのソロ盤をかけて、ジョンの在りし日を偲んでいる。今年の選盤は、John Lennon『Walls And Bridges』(写真左)。邦題『心の壁、愛の橋 』。1974年9月のリリース。全米1位・全英6位・日本14位を記録。

この盤については、深夜ラジオから流れて来た、当時のシングル盤「Whatever Gets You Thru The Night(真夜中を突っ走れ)」が切っ掛け。僕はこの曲が大好きで、FMからエアチェックして、映画研究部の部室で、必ず一人の時、この曲を大音量で聴いていた。そこへ、先代部長Nさんがヒョッコリと顔を出して「ジョン聴いてんのか」。
 

Walls_and_bridges_1

 
僕は圧倒的にジョンが好きで、先代部長のNさんもそうだった。二人で密かに意気投合し、翌日、僕はこのシングル曲が収録されている『Walls And Bridges』をNさんから借り受けた。当時、ダビングさせて貰ったカセットは、僕にとって、宝物のひとつであった。振り返れば、ほんと必ず二人の時に(時々Muさんが加わる)、Nさんとジョンのアルバムを聴いたなあ。しかし、そのNさんも、もうこの世にいない。

「#9 Dream(夢の夢)」も名曲だと思う。1975年のリリース。全英23位、全米9位を記録。音の丸みと浮遊感が素敵で、それでいて、演奏のメインはしっかりと骨太にアレンジされている。暖かい空気に包まれたような感じの中で、ジョンの印象的なフレーズがクッキリと浮かび上がる。そんなアレンジが秀逸。何度繰り返し聴いても飽きの来ない優れもの。

僕達は、決してジョンを忘れる事は無い。今年のジョンの命日は『Walls And Bridges』で鎮魂。ジョンが亡くなって、37年が過ぎた。僕もあれから37歳、年を取った。しかし、世界の状況は「あの頃」とあまり変わってはいない。ジョンの命日になると、日々の忙しさに追われて忘れていた、ある「疑問」がフッと頭に浮かぶ。「本当に人類は進歩しているのだろうか」。

 
 

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2016年12月 8日 (木曜日)

ジョンの命日がやってきた。

また今年もやってきた。ジョン・レノンの命日。 ニューヨーク、1980年12月8日 22時50分、ジョン・レノンは撃たれた。日本時間にすると、12月9日の12時50分。確かにそうだった。火曜日だった。僕が「ジョンが撃たれた」というテレビのニュースを見たのは、14時だったかと思う。

テレビでは「ジョンが撃たれた」だけで、生死の状態についてのコメントは無かった。僕達は「ジョンが撃たれたって、ほんま、米国って危ない国やなあ」なんて呑気な会話を交わしていて、とにかく「ジョンが死ぬわけが無い」という理由無き確信を持っていた。そして、15時のラジオのニュースでジョンが死んだことを知る。

あの時のショックは決して忘れることは出来ない。あれだけ不条理な死を僕は他に知らない。4年前、自分自身が2度に渡って生死の境を彷徨った経験があるので、死ぬということは、如何に本人にとって辛く悲しい出来事なのか、十分に理解出来る。当時、レノンは40歳。如何に無念であったか。

もともと僕はビートルズの4人の中では、圧倒的に「ジョン・レノン」が好きである。彼の生き様が好きだったし、彼のソロになってからのアルバムも好きだった。当時も今も「ジョンの様に生きたい」と思っているし、ジョンのソロアルバムの全てが好きだ。オリジナル盤もコンピ盤も企画ボックス盤も全てが好きだ。

さて、僕が初めてジョンのソロ盤に出会ったのは『John Lennon / Plastic Ono Band』(写真左)。邦題『ジョンの魂』、略して「ジョンたま」である。1970年12月のリリース。当時、僕は小学6年生。もちろん「ジョンたま」はまだ知らない。そう、僕がこの「ジョンたま」に出会ったのは、高校1年生から2年生になる春休みの事である。
 

John_favorite_albums

 
映研の先代部長Nさんが部室に持ち込んだ。「お前もジョン好きやろ」と聴かせてくれた。NさんとMuさんと3人で聴いた『ジョンたま』。ギター・ドラム・ベースのシンプルな楽器構成(曲によってピアノ・オルガンが入る)。シンプルではあるがビートとメリハリが効いたロックな雰囲気。

歌う内容は「愛だ恋だの惚れた腫れたを歌うより、他にもっと歌わなければならないことがあるだろう」と言わんばかりの硬派な内容。私小説と呼んで良い、最も私的な内容。そして、魂の入ったボーカル。圧倒された。『ジョンたま』を聴き終えた後、言葉が出なかった、動くことが出来なかった。

これぞロック、である。さすがジョン、やっぱジョン。以降、ジョンのソロ盤は外したことが無い。全て所有している。そして、どれもが愛聴盤。ジョンの飾りをそぎ落とした、ソリッドでシンプルなロックは、僕にとって、ロックとは何か、の問いに答えてくれる「ひとつの指針」である。

そうそう、ジョンのベスト盤として、1975年10月のリリース以来、長年愛聴しているのが『Shaved Fish』(写真右)。邦題『シェイヴド・フィッシュ〜ジョン・レノンの軌跡』。まあ、当時、いろいろあって、そのいろいろあった中で、自らを慰め鼓舞してくれた、思い入れの強いコンピ盤である。

米国で発売されていた自身のシングル、もしくはシングル・カット曲を収録しており、僕の好きな曲ばっかりで占められ、しかも、聴き易い順番に並べられている。コンピ盤というより、もう一つのオリジナル盤として評価できる様な、コンピ盤とは思えない「統一感」。アーティスティックなジャケットもお気に入りで、今でも愛聴しているコンピ盤である。

僕達は、決してジョンを忘れる事は無い。今年のジョンの命日は『ジョンたま』と『かつお節』で鎮魂。そして、『かつお節』のラス前「Happy Xmas (War is Over)」で、今年の終わりを感じ、今年を厳かに振り返るのだ。

 
 

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2015年12月12日 (土曜日)

ジョンの命日に思いを馳せる

気がつけば、今日は12月12日。もう既に今年も後20日を切った。今年は温かい冬の始まりで、昨日などは東京では最高気温が20度を超えたとのこと。史上3番目に大きいエルニーニョが発生しているとかで、今年は久し振りに暖冬になる確率が高い。

12月は僕にとって特別な月である。自分の人生において「決して迎合しない、自分の人生はできる限り自分でコントロールする、決して長いものには巻かれない」と強く思い、それが自分の信念として定着した衝撃的な事件が起きた月である。

「1980年12月8日、22時50分、スタジオ作業を終えたレノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着した。2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンが暗闇から「レノン?」と呼び止めると同時に拳銃を両手で構え5発を発射、4発がレノンの胸、背中、腕に命中し、彼は「撃たれた! (I'm shot!) 」と2度叫びアパートの入り口に数歩進んで倒れた。(Wikipediaより引用)」。

そう、ジョン・レノンが殺害されたのが「12月8日」。今年で35年になる。存命であれば、来年の2016年は75歳となる年。もうそんなに年月が経ってしまったのか。1980年当時、僕は22歳。大学3回生で、ジョンが狙撃された事件は大学生協の電化製品売り場のラジオ放送で知った。そして、ジョンの逝去をテレビの緊急ニュースで知った。

当時、ジョンのプライベートに関してはあまり感心しなかったが、彼の思想、音楽性については、大いに影響を受けていた。その精神的支柱的ミュージシャンが、全く関係の無い赤の他人に撃たれて、あっと言う間に生命を奪われた。しかし、まだ40歳の若さである。相当強い虚しさに襲われた。当時、相当にショッキングな事件だった。

さて、そのショッキングな事件を境に、自分の人生の信念を固めたわけだが、人生の節目節目において、ジョンの曲は常に僕を励まし、癒し続けてくれている。そんな彼の曲の中で、一番好きな曲が「Mind Games」。同名のタイトルアルバム、ジョンの4枚目のオリジナルアルバムである『Mind Games』(写真左)の冒頭の1曲目である。

この曲は僕の「人生の応援歌」である。「Imagene」も良いが、僕にとっては、この「Mind Games」が絶対的存在である。アルバムは1973年のリリース。「ヌートピア宣言」という邦題の為、社会性の強いメッセージ・ソング集のような誤解を受けがちなアルバムですが、そんなことはありません。ジョンのアルバムの中で一番優しいアルバムだと思います。
 

Mind_games

 

We're playing those mind games together
Pushing the barriers planting seeds
Playing the mind guerilla
Chanting the Mantra peace on earth

We all been playing those mind games forever
Some kinda druid dudes lifting the veil
Doin' the mind guerilla
Some call it magic the search for the grail

Love is the answer and you know that for sure
Love is a flower you got to let it, you got to let it grow

So keep on playing those mind games together
Faith in the future, out of the now
You just can't beat on those mind guerrillas
Absolute elsewhere in the stones of your mind

 

僕たちはみんな精神の試行錯誤を繰り返している
固い壁を突破したり、そこに新たな種を植えたりしながら
意識革命をしているんだよ
地球に平和を!というマントラを唱えながら

僕たちは、これからも思考実験をくり返すだろう、
みんな永遠にね
ドルイド教の司祭のような男もベールを剥げば、
自分の精神と格闘している
魔術とか、聖杯探しなんて意味がないとか言われながら

愛こそが「答え」だって、君にはよくわかってる
愛は、君が育てて、君が咲かせる「花」なんだって

だから、一緒に思考することを続けていこう
これから生み出される未来を信じて
自分自身の精神を革命しようとする人々を、
攻撃するなんてできないよ
意志の力は、何よりも強いんだから

 

自分については、50歳を過ぎて54歳で生死の境を彷徨い、ジョンとは違って幸運にも生き存えている。今ではジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れることが出来る様になった。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

 
 

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2014年12月 8日 (月曜日)

今年もジョン・レノンの命日に想う

1980年12月8日。ジョン・レノンの命日である。実際にジョンの死亡が確認されたのは、ニューヨークで、1980年12月8日23時07分。日本と14時間の時差があるから、正確には、日本では1980年12月9日の13時07分となる。

当時、僕は大学3回生。日本時間の12月9日、大学生協の電気屋で「ジョンが撃たれた」という報に接し、何が起きたのか、上手く理解出来なかった。まあ、ジョンが死ぬはずが無いよ、と軽く思い直して、午後からの授業に出た。そして、授業が終わって、カセットテープを買って帰ろうと、大学生協の電気屋に戻った。そして、FM放送の緊急ニュースにて「ジョンが死んだ」ということを知った。

世の中には思いもよらぬ不条理な出来事が起こるのだ、ということを痛感した。34年経った今でも、あの時の強烈な「喪失感」は忘れられない。56年間の我が人生の中で、今でも生涯最大の「喪失感」である。今でも、大事な何かを失ってしまった感覚は、胸の中に強く残っている。

さすがに50歳を過ぎて、生前はいろいろとあったが、そのジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れている。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

ビートルズの4人のうち、二人が鬼籍に入り、二人は俗世に生きている。

ジョンは生粋のロックンローラーだったと思う。自分の音楽が世の中に受けようが受けまいが、最終的には気にしていなかったのではないか。自分の感性のまま、自分の思いを入れ込んで、曲を作り歌を唄う。自分の気に入った曲が名曲であり、世の中に受け入れられた曲は必ずしも名曲では無かった。

ポールはどうやって自分の曲が世の中に受け入れられるのかを常に考えた。その為には、自分の感性をねじ曲げ、自分の思いを入れ替えてまで、世の中に受け入れられる曲を追求した。つまりは、演奏して唄える「職業作曲家」であった。ジョンのやらないことやり、成功することで心の平穏を得ている様な活動の数々。
 

John_lennon_glasses

 
ジョージは「普通に優れた音楽家」だった。悪い意味では無い。時に良い曲を書き、時に良い詩を書き、時に良い内容のアルバムを残した。ポールの様に、世の中に受け入れられる曲を追求した時代もあるし、ジョンの様に、自分の感性のまま、自分の思いを入れ込んで、曲を作り歌を唄う時代もあった。ジョージのあこがれの存在は、ジョンであり、ポールであった。

リンゴはエンタテイナーである。いかに皆を楽しませるかに気を配る。ドラマーとして超一流の腕を持ちながら、ドラマーとしての道を選ばなかった。リンゴのドラムの優秀性を誰よりも理解していたのはジョンであった。ジョン以上にリンゴのドラムを理解しているミュージシャンはいない。ジョンの亡きこの世にて、リンゴはドラマーとしての道を歩もうとはしない。皆を楽しませる為だけにドラムを叩く。

ジョンはあの世でジョージと共に、この俗世の状況をどう見ているんだろう。今でも、リアルタイムで体験したジョンの命日を思い出す。あの時のやるせない気持ちは今も忘れない。決して忘れることは無い。今までもこれからも。そして、あと2週間もすれば、クリスマスがやってくる。

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A Very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

「Happy Xmas (War Is Over)」
Christmas song by John Lennon, Yoko Ono.

 
 

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2013年12月 8日 (日曜日)

12月8日、33回目のジョンの命日

今年もジョン・レノンの命日がやって来た。昨年は、手術後5日目。術後、初めて重湯を食した日なので良く覚えている。病室で「そう言えば、今日はジョンの命日やったなあ」とぼんやり思い出しながら、重湯をすすっていた。当然、昨年の今日はブログで語るどころでは無かったなあ。

さて、「今日はジョンの命日」とはいっても、正確には、NY時間の12月8日の23時過ぎに亡くなっているので、日本時間に換算すると、12月9日の9時過ぎ(現在の日本とニューヨークとの時差は14時間)になるが、そこはまあ、細かいことは言いっこ無し、ということで、ご容赦願いたい。

ジョンが、自宅のあったダコタ・ハウスの前で撃たれたのは、1980年12月8日、22時50分。あれから、今年で33年が経ったことになる。当時、僕は大学3回生。日本時間の12月9日、大学生協のFM放送の正午のニュース(だったかと思う)で、「ジョンが撃たれた」という報に接し、何が起きたのか、上手く理解出来なかった。

そして、その3時間後だったか、NHKのテレビのニュースで、ジョンの逝去を知ったと思う。「ジョンが撃たれた」という報に接し、「ジョンのことだから、きっと大丈夫。大事には至っていない」と不思議な確信があったので、逝去したという報には愕然とした。あの時の激しい喪失感と虚無感は今でも忘れない。

あれから33年、生きていれば、ジョンは73歳の翁である。今年はポールが来日したが、ポールは今年71歳。ポールの雰囲気からすると、ジョンもその気があれば、まだまだバリバリの現役ミュージシャンとして、君臨していただろう。まあ、その気があれば、だけど(笑)。生きていたら、ジョンって、73歳の今でも歌っていたのかなあ。
 

John_lennon_collection_1

 
僕は、毎年、ジョンの命日が近づくと、このアルバムを聴く。『John Lennon Collection』(写真左)。LPで発売された当時から、何故かジョンの愛聴盤の一枚。選曲が良いのと曲順と曲の流れが気に入っているのが大きな理由かな。そうそう、ジャケット写真が、死の数時間前に撮影されたもの、という特別なところも大きい。まあ、ソロ・アルバムの一枚一枚を聴き直すのは、ちょっと「重い」という感覚もある。

僕は、生前はいろいろとあった様だが、そのジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れている。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

そして、今年のポールの来日公演のセットリストを見渡して、「All My Loving」が選曲されていることに気付く。感慨深い想いが駆け抜ける。

この1980年12月8日、ジョンの最期の日。伝えられるところによれば、レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「All My Loving」だったという。そして、ジョンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめた、ポールが敬愛するジョンに、初めて、その作曲能力を誉められた曲である。 

今でも、リアルタイムで体験したジョンの命日を思い出す。あの時のやるせない気持ちは今も忘れない。決して忘れることは無い。今までもこれからも。そして、あと2週間もすれば、クリスマスがやってくる。

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A Very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

「Happy Xmas (War Is Over)」
Christmas song by John Lennon, Yoko Ono.

 
 

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2011年12月 8日 (木曜日)

あれから31年、ジョンの命日

今年も12月8日がやってきた。1980年12月8日、ジョン・レノンは凶弾に倒れた。享年40歳。

自宅アパートのダコタ・ハウスの前、マーク・チャップマンが暗闇から「レノン?」と呼び止めると同時に拳銃を両手で構え5発を発射、4発がレノンの胸、背中、腕に命中し、レノンは「撃たれた!(I'm shot!)」と2度叫びアパートの入り口に数歩進んで倒れた(Wikipediaより)。

この訃報は衝撃的だった。僕は大学3回生。多感な頃である。最初は何が起きたのか、理解出来なかった。テレビのアナウンサーが何を伝えているのか、理解出来なかった。ジョンが撃たれた。でも、ジョンは帰って来る。楽観的に思い込んでいた。
 

John_lennon_museum

 
次のニュースが入ってくる。ジョンが亡くなった。ジョンを失った。若き日の僕にとっての精神的支柱の一人であったジョン。そのジョンの存在がこの世から突然に消えたのだ。その喪失感はかなりのものがあった。

実は今でも、あの時味わった強烈な喪失感を引きずっている。12月8日になると、あの日の激しい喪失感をはっきりと思い出す。今までの人生を振り返って、最大の喪失感だった。僕は、ジョン・レノンを失った激しい喪失感を一生忘れないだろう。
 

John_lennon_museum2

 
しかし、今でもジョンの歌は、ジョンのメッセージは、様々な形で維持されている。僕たちはいまでもジョンのアルバムを、ジョンのメッセージを体感することができる。ジョンより13年も長生きすることになり、今では、ジョンのメッセージがしっかりと理解出来るまでになった。年齢は、人生経験は、重ねてみるものである。

そして、僕は、Wikipediaにあるこの一文を読んでは、目頭を熱くし、はらはらと涙を流すのだ。「オール・マイ・ラヴィング」は、ポールが主体で書いた曲の中で、初めてジョンが誉めた曲であった。

『レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」だったという』

 
 

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