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2017年3月26日 (日曜日)

米国プログレの代表格な一枚

米国のプログレッシヴ・ロック・グループ「Happy The Man(ハッピー・ザ・マン)」。略して「ハピマン」。1974年結成、1979年解散。僕はこのグループについては後に知った。1995年辺り、もう一度、1970年代のプログレッシブ・ロックの好盤をコレクションしよう、と思い立ってからである。

もともと、米国にはプログレッシブ・ロックは流行らない、と言われてきた。ピンク・フロイドの『狂気』など、判り易いプログレ盤は売れに売れたが、キング・クリムゾンや初期のジェネシスなど、小難しいプログレは大々的には受けなかった。そういう環境の中で、ハピマンは1977年、世界的にプログレ・ブームが去った頃、いきなりデビューした。

そのデビュー盤がバンド名をそのまま冠した『Happy The Man』(写真左)。1977年の作品。米音楽誌Rolling Stoneのプログレ・アルバムTOP50の50位にランクされた好盤である。いや〜1977年当時はその存在すら知りませんでした。そもそも、米国にプログレ・バンドがあるなんて思ってもみなかったからなあ(笑)。
 

Happy_the_man1

 
改めて聴いてみると、1970年代プログレ特有のシンフォニックな要素をふんだんに取り入れつつ、当時、流行のピークだったフュージョン・ジャズの要素を合わせたテクニカルなプログレ・ロックに仕上がっていて、非常に聴き応えがある。プログレ御用達楽器のシンセサイザーも上手く取り入れられていて、全体の印象はアーティスティック。

米国のプログレだからといって、ポップでコーニーな部分は全く無く、正統派のプログレッシブ・ロックとして、歴史に残る好盤である。英国・欧州中心のプログレッシブ・ロックの旬が1976年辺りまで。その翌年、米国に突如として、プログレッシブ・ロックの好盤が生まれ出でた。歴史の不思議な「符号」を感じずにはいられない。

米国プログレの代表格。都会的で爽やか、知的・繊細・緻密な中に、ちょっとしたユーモアを滲ます、そして、限りなくテクニカル。当時のフュージョン・ジャズに通じる、米国プログレ独特の個性がこの盤に詰まっている。ジャズとしても、ジャズ・ロックもしくはロック寄りのテクニカルなフュージョンとして十分に聴ける。好盤です。

 
 

震災から6年。決して忘れない。まだ6年。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっとずっと復興に協力し続ける。 

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2017年3月25日 (土曜日)

懐かしの『フィルモアの奇蹟』

私こと松和のマスター、もともとアルバムのコレクターであるが、基本的に「ジャズ」が中心。当然、聴くアルバムもジャズが中心なんだけど、さすがにずっとジャズを聴き続けると「耳にもたれる」ことがある。そんな時は、70年代ロックやJポップのアルバムに走る。所謂「ジャズの合間の耳休め」盤である。

70年代ロックの「ジャズの合間の耳休め」盤については、ジャンル的にはプログレッシブ・ロック、そして、米国ルーツ・ミュージック系ロックが多い。ソフト&メロウに傾く時にはAOR系、R&B系を選択することもしばしば。そういうことから、実は70年代ロックのアルバムについてもかなりの数、コレクションが進んでいる。

今日の「ジャズの合間の耳休め」盤はこれ。『The Live Adventures of Mike Bloomfield and Al Kooper』(写真)。邦題『フィルモアの奇蹟』。1968年9月にフィルモア・ウェストでのライブ音源。1969年に連名でリリースしている。ボリュームはLP2枚組。このライブ盤は、ブルーズナンバー中心であるが、サイモンとガーファンクルやトラフィック、ザ・バンドなどのカバーも織り込みつつ、基本的に米国ルーツ・ミュージック系ロックである。

これが「いい」。ライブ・セッションの楽しさ、素晴らしさがギッシリと詰まったアルバムで、特に、当時、白人NO.1ブルース・ギタリストと謳われたマイク・ブルームフィールドのプレイが尋常では無い。インスピレーションをトリガーに、ブルージーでエモーショナルなエレギが炸裂しまくりである。
 

The_live_adventures_of_mike_bloomfi

 
選曲も米国ルーツ・ミュージックと呼ばれるものが目白押しで、レイ・チャールズの「アイ・ワンダー・フー」及び「メリー・アン」、エルヴィス・プレスリーの歌唱で知られる「ザッツ・オール・ライト」、アルバート・キングの「激しい恋はもうたくさん」、加えて、サイモン&ガーファンクルの「59番街橋の歌 (フィーリン・グルーヴィー)」、トラフィックの「ディア・ミスター・ファンタジー 」、そして、ザ・バンドの「ザ・ウエイト」などなど。聴いて惚れ惚れする楽曲ばかり。

ライブ・セッションなので、どこかで「ダレる」ところがあってもよさそうなものだが、これが「無い」。上手く編集しているのかもしれないが、音源に残された演奏を聴いていても「ダレる」要素や前触れが全く見えない。テンションもほどよく、聴き始めたら、一気に聴き切ってしまう位の充実度。

このライブ盤、これだけ優れた内容を誇りながら、僕がこのライブ盤を聴いた1976年当時、カバーがほとんどでオリジナル曲が少ないということで、我が国では意外と評価が低かった記憶がある。ロックにおける「オリジナル至上主義」も大概にせんとなあ、とこのライブ盤を聴いて感じた当時の記憶が甦って来た。

しかし、今の耳で聴けば判るが、決してそんな事は無い。当時の米国西海岸ロック・シーンの熱気も十分感じられる、「米国ルーツ・ミュージック」系ロックの好盤でしょう。とにかくマイク・ブルームフィールドのエレギに尽きる。

 
 

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2017年1月27日 (金曜日)

そんな小粋なAOR盤の一枚です

1970年代後半から1980年代前半は「AOR」の時代。日本では「AOR=Adult-oriented Rock」として「大人向きのロック」と解釈された。米国では「Adult Contemporary(AC)」と呼ばれるこのジャンル音楽、クロスオーバー的なサウンドと大人向けの落ち着いたヴォーカルが特徴で、とにかく聴き応え満点。

僕の大学時代が、この「AOR」の時代で、この日本のAORブームをリアルタイムで体験している。当時、ジャズを聴き始めていた「ジャズ者初心者」ではあったが、ジャズの合間の耳休めとして、このAOR系のアルバムは結構聴いている。そう、僕のあの「秘密の喫茶店」のママさんも、小粋なAOR盤をジャズの合間によくかけてくれた。

そんな小粋なAOR盤の一枚が、Crackin'『Special Touch』(写真左)。1978年の作品。黒人白人混合のアーバンソウル・バンドである「クラッキン」。その代表盤がこの『Special Touch』。シンプルではあるが、抒情性溢れる星座をあしらった濃い青色のジャケットはとっても印象的で、このジャケットだけで、このアルバムの内容は保証されたも同然。
 

Special_touch1

 
ファンクネスを強調、かつ流麗でメロウなサウンド。R&B志向のフュージョンAORである。ボーカルを交えたこのクラッキンのパフォーマンスは「ライトでポップなスティーヴィー・ワンダー」といった感じの雰囲気。決して、コッテコテでは無い、適度で爽やかなファンクネスを色濃く漂わせながら、シンプルでポップな演奏がむっちゃ心地良い。

ほんまええ雰囲気やな〜、と思ってプロデュースを見たら、後にクリストファー・クロスを手掛けて名を挙げるマイケル・オマーティアンが担当しているんですね。なるほど趣味が良い訳だ。ほんと、むっちゃ丁寧に作り込まれたフュージョンAORである。ジャジーな雰囲気とR&Bな雰囲気とポップロックな雰囲気をない交ぜにした極上のAOR。

ファンキー、ソフト&メロウ、ジャジー、そしてポップロックがフュージョンしたAORの好盤です。アルバムの宣伝コピーが「LAの風に吹かれて、ソフィスティケイトなサウンドに抱かれたい」。歯が浮くようなコピーですが、その雰囲気、何と無く判ります(笑)。アーバンポップな雰囲気がむっちゃお洒落です。

 
 

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2016年12月15日 (木曜日)

AORの先駆的な音が眩しい。

AORは1970年代前半からその萌芽が見られる。バックの演奏が、明らかに後のフュージョン・ジャズっぽかったり、ロックだけで無く、ジャジーな雰囲気やビートが漂っていたり、テクニカルでポップだったり、レゲエやジャマイカンな雰囲気が印象的だったり、明らかに後の1970年代後半から1980年前半のAORの先駆だった盤が幾枚かある。

このアルバムはとても懐かしい。日本で発売されたのは、1974年の春から夏だったかと思う。米国西海岸ロックの人気バンドだったロギンス&メッシーナが1973年秋に出した人気盤、Loggins & Messina『Lahaina』(写真左)。ジャケットは思いっきり夏の雰囲気。ハワイ、って感じのジャケットが明らかにロックっぽくない。

アルバムを聴くと、確かにロックのアルバムではあるんだが、ハードロックやプログレッシブ・ロックの様に、明らかにロック一辺倒のものとは異なる、アーバンでポップ、レゲエやジャマイカンなワールド・ミュージック的要素や、後のフュージョン・ジャズっぽい、テクニカルでアダルトな雰囲気。正に「Adult Oriented Rock」。大人のロックな雰囲気満載である。

しかし、このアルバムは1973年秋に米国でリリースされている。このAORな音が詰まったお洒落なアルバムが、1973年の理リリースとは恐れ入った。ちなみにパーソネルは、ケニー・ロギンス(vo,g)、ジム・メッシーナ(vo,g)、アル・ガース(sax,cl,vln)、ジョン・クラーク(sax,cl,fl,etc)、ラリー・シムズ(b,vo)、マール・ブリガンテ(ds,per) 。
 

Lahaina_2

 
音的には、米国西海岸ロックの音の雰囲気を色濃く出している。しかし、そこにフュージョン・ジャズっぽい音作りがあって、この盤は「AORの先駆」として捉えることが可能である。明らかにロック一辺倒の盤とは違う、バラエティに富んだ曲想、強調の数々。その拡がりとバリエーションは、聴いていてとても楽しい。

この盤に収録されている曲の中で、一番馴染みのある、懐かしさがこみ上げてくる曲が、3曲目の「My Music」。この単純な原題が、邦題になると「放課後のロックンロールパーティー」となる。逆に、僕なんかは「My Music」と言われると「?」だけど、「放課後のロックンロールパーティー」と言われると「おお、懐かしい」となる。

あっけらかんとしたロックンロールっぽいんだが、それでいて意外とアーバンでフュージョンチックな演奏が独特の個性。アレンジもお洒落で、この楽曲の持つポテンシャルの高さを感じ取ることが出来る。いや〜本当に懐かしい。

米国ルーツ・ミュージックの要素をそこかしこに散りばめつつ、唄う歌はシンプルなAORの先駆。実にユニークな盤だと思います。うっかりすると、この盤、明らかにAORど真ん中なアルバムと勘違いしてしまうくらい、AORの先駆的要素が散りばめられている好盤です。

 
 

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2016年9月12日 (月曜日)

レイ・パーカーって知ってる?

最近、フュージョン・ジャズの「知る人ぞ知る」好盤を捜索している。1970年代後半から1980年代半ばにかけての「フュージョン・ジャズ」の時代。有名盤はほぼ制圧したので、ちょっとマニアックな好盤、自分にとって懐かしい好盤を探しまくっている。

そんな中、このアルバムに再会した。Ray Parker, Jr. & Raydio『A Woman Needs Love』(写真左)。1981年のリリース。懐かしいなあ。大学最終年度、音楽を聴くにも、メインストリームなジャズの傍らで、ちょっと大人になって、AORやフュージョン・ジャズを好んで聴いていた。このレイ・パーカーの『A Woman Needs Love』は、そんな中の一枚。

Ray Parker Jr.(レイ・パーカー・ジュニア)は、AORフュージョン系のギタリスト兼ボーカリスト。他のピアノを弾いたり、ドラムを叩いたり、マルチ奏者としての活躍も多々ある。とにかく器用な人である。このアルバムがリリースされた当時は、エレギ奏者として人気が高く、彼独自のピッキングスタイルによるカッティングについては、当時のフュージョン・ギター小僧は、こぞってコピーしていた。

やはり冒頭の「A Woman Needs Love (Just Like You Do)」にとどめを刺すだろう。メロディからしてレイ・パーカー、エレギのカッティングもモロにレイ・パーカー、そして、ソフト&メロウなボーカルについても当然レイ・パーカーしていて、とにかく、この曲、彼の代表作としても良いだろう。この曲はR&Bチャート1位、全米4位のヒットを記録しており、当時、よくかかってましたね〜。
 

A_woman_needs_love

 
2曲目の「It's Your Night(邦題:今夜は君のために)」の強烈なファンクネスも心地良く、3曲目「That Old Song(邦題:プリーズMr.DJ)」については、ストリングスの使い方が「クサいなあ」という感じがするんですが、コーラスワークや全体のアレンジがなかなかで、AOR+ブラコンなフュージョン・ナンバーとして、聴き込むうちに知らず知らずのうちに填まってしまう、そんな「味わいのある」楽曲です。

以降、このアルバムに収録されている曲全てが「AOR+ブラコンなフュージョン」で、そのポップ色豊かなアルバムの雰囲気は、フュージョン・ジャズの「成熟した成果のひとつ」として捉えて良いかと思います。AORでソフト&メロウでブラコンの先駆け。フュージョン・ジャズというよりは、ブラコンの先駆け的成果とした方が座りが良いかもしれません。

このレイ・パーカー・ジュニアって、1984年に映画『ゴーストバスターズ』の同名主題歌のヒットで、一躍メジャーになった。そして「ゴーストバスターズ〜」と歌っている間に、どこかへ行ってしまった感があったが、どうも、いろいろゴタゴタに巻き込まれていたらしい。

2006年には久方ぶりに、ソロアルバム『I'm Free』をリリース、2011年には、JOE SAMPLE&THE CREOLE JOE BANDの一員として来日、昨年暮れもビルボードでのライブで健在ぶりを示してくれた。まだまだ現役なレイ・パーカー・ジュニアである。

  
 

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2016年9月11日 (日曜日)

チャカ・カーンはR&Bの女王

今から約40年前、ジャズを聴き始めた頃、ジャズの合間の耳休めに「R&B系」のアルバムをよく聴いた。1970年代後半は、R&BとAORとディスコ・ミュージックの時代。どのジャンルも「ジャズの合間の耳休め」に最適だった。AORもよく聴いたが、ジャズの合間というと、やはり「R&B系」の方が違和感が無い。

あの頃は、モータウンからソウル・ミュージックから派生したR&Bのアルバムが「御用達」だった。あの頃のR&B系のアルバムは、AORの影響をほどよく受けて、旋律がメロディアスで聴き易い、ちょっとファンクネスを押さえて、ポップさを前面に押し出したアルバムが多く出た。そんな中、女性ボーカルの世界では、僕は「Chaka Khan(チャカ・カーン)」を良く聴いた。

チャカ・カーンは「R&Bの女王」。1973年、ファンクバンド・ルーファス(Rufus)のボーカルとしてデビュー。翌年のヒット曲「Tell Me Something Good」で、僕は既にチャカ・カーンの歌声に親しんでいた。その驚異的な歌唱力が凄い。ラジオを通してでも、そのチャカの歌唱力の凄さはビンビンに伝わってきた。

それから4年後、ジャズを聴き始めた1978年、チャカ・カーンのソロ・デビュー盤『Chaka』(写真左)と出会う。Rufusの活動と平行して制作された1st.盤であるが、その内容は、当時のコンテンポラリーなR&Bとして優れたものとなっていて、当時、大流行していたAOR的な雰囲気を織り込みながら、パンチのある従来のR&Bを展開している。
 

Chaka_khan

 
後にホイットニー・ヒューストンがカヴァーする「I'm Every Woman」。チャカのオリジナルに軍配が上がる。とにかく上手い。7曲目の「Some Love」も絶品。Steve Ferroneのドラミングが素晴らしく、彼のうねり粘る、R&B独特のグルーブ感に煽られて、思い切り盛り上がる。R&Bとは「かくあるべし」的な名演の数々。

そして、ジャズを聴きつつ、1981年、ソロ3作目の『What Cha' Gonna Do for Me(恋のハプニング)』(写真左)に出会う。これが当時、大のお気に入り盤で、ジャズの合間のみならず、行きつけの喫茶店で、はたまた麻雀しながら、よく聴いた。

ジャズ・スタンダード「Night In Tunisia」をモダンに再解釈した「And The Melody Still Lingers On」も小粋、冒頭のビートルズのカヴァー「We Can Work It Out」、軽くディスコ・ミュージックがかった、ファンクネス溢れる、パンチ溢れるダンス・ミュージック。収録されたどの曲も、ポジティブで明るく、弾けんばかりのチャカの歌唱が絶品である。 

チャカって1953年生まれなので、ソロ・ファースト盤の『Chaka』の時が弱冠25歳、ソロ・サード盤の『What Cha' Gonna Do for Me(恋のハプニング)』の時が27歳。バリバリのはち切れんばかりの若さで、バンバンに唄いまくるチャカが爽快です。チャカ・カーン入門盤として、この2枚はお勧めです。ジャズの合間の耳休めにどうぞ。

 
 

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2016年9月 7日 (水曜日)

ジャジーなハイ・ファイ・セット

日本の1970年代後半、ニューミュージックという音楽ジャンル言葉が流行した。「ニューミュージック」とは、Wikipediaを紐解くと「日本のポピュラー音楽のジャンルの一つ。作曲面ではフォークソングにロックなどの要素を加え、作詞面ではそれまでのフォークソングの特徴であった政治性や生活感を排した、新しい音楽」とある。

そんなニューミュージックの中で、なかなか珍しい存在であるコーラス・グループの一つが「ハイ・ファイ・セット(Hi-Fi Set)」。伝説のフォーク・グループである「赤い鳥」が二つのグループに分裂、その片割れが「ハイ・ファイ・セット」。山本潤子、山本俊彦、大川茂の3人構成で、1974年10月に結成された。

僕は、このハイ・ファイ・セットがお気に入りで、このコーラス・グループの音の雰囲気と音の重なり、そして楽曲のアレンジがとても感性に合う。実は、このハイ・ファイ・セットのアルバムは殆ど所有していて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「ジャズの合間の耳休め盤」として、ちょくちょく登場する。

さて、そんなハイ・ファイ・セットのアルバムの中で、「ジャズの合間の耳休め盤」として、一番よくかかる盤が『The Diary』(写真左)。1977年9月のリリース。1977年は浪人真っ只中だったので、入手したのは1978年の後半だったと記憶している。

アルバム全体の雰囲気が「ポップでライトでジャジー」。当時のAORからフュージョン・ジャズの雰囲気を上手く取り込んだアレンジが、とっても良い雰囲気なのだ。コーラスも、そのアレンジを意識して「意外にジャジー」。落ち着きのある、粋でポップでアーバンなフュージョン・ポップな内容が「ジャズの合間の耳休め盤」にピッタリなのだ。

冒頭の「恋の日記」が絶品である。前奏のコーラスからして「ジャジー」。バックの演奏は「AORなフュージョン・ジャズ」。ハイ・ファイ・セットがとても趣味の良い、小粋なコーラス・グループであったことが良く判る。これって、下手なコーラス・グループには出来ない芸当である。
 

Hifiset_the_diary

 
LP時代、B面の1曲目の位置していた「愛こそすべて」は、まさに「ジャズ」。とても魅力的なトロンボーンが大活躍。リズム&ビートは全く「純ジャズ」。ハイ・ファイ・セットのボーカルは、まさに「ジャズ・ボーカル・グループ」そのもの。いつも聴いては思うのだが「良い曲」である。

ニューミュージックというジャンルの中で、ここまでジャジーでフュージョン・ジャズなアルバムは無い。実はハイ・ファイ・セットって、他にもジャジーなアルバムを出していて、これがそれぞれ絶品なのだ。また、機会があれば、このブログでご紹介していきたい。

僕が大学時代、プライベートで劇的な出来事が相次いだ時代に、かなり聴き込んだ「ジャズの合間の耳休め盤」である。長年聴き込んで来たアルバムだが、聴く度に、頭の中にセピア色の風が吹き抜けて「万感な想い」がこみ上げてくる。

2曲目の「風の街」の以下のフレーズを聴く度に、あの頃、あの人が脳裏に甦る。若き日の「今となっては懐かしい、でもちょっと無念な」想い出である(笑)。
 

花びら散らし 駆けて行く
オシャレな風に 恋をしたよ

立ち止まる僕の胸に 残る面影
青春を刻み込む朝よ

Good Feeling 愛みちたひとこと
Good Feeling あなたに とどけてほしい

 
 

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2016年8月21日 (日曜日)

四人囃子の最後の「傑作盤」

1970年代、日本のプログレッシブ・ロックを代表するバンドが「四人囃子」。1971年に結成され1979年に解散。真に1970年代の日本のロック・シーンを駆け抜けたプログレ・バンドであった。

四人囃子『NEO-N』(写真左)。1979年の作品。四人囃子の最後の作品。発売当時のLPレコードは黒では無く「透明」だったなあ。そういう意味でも、この四人囃子のアルバムは「プログレッシブ・ロック」なアルバムだったと言えるだろう。

四人囃子は「プログレ・バンド」というのが本質。しかし、このアルバムは1979年のリリース。ロックの音のトレンドは、既に「ニュー・ウェイブ」や「テクノ」へ移っていた。1970年代前半の「クラシカルで壮大な音絵巻」なプログレは過去のものになっていた。

そんな音環境の中、この四人囃子の『NEO-N』は、1979年ならではの「プログレ」を表現している。アルバムの完成度という点では「最高作」と言える。もはやバンドが終焉状態での作品であるが、その内容はとてもよくまとまっている。
 

Neon1  

 
四人囃子はこれで終わり、という諦念感が漂っているが、それも一つの個性として、このアルバムに統一感を与えている。本当によく作り込まれたコンセプト・アルバムである。

テクノ・ニューウェイブ的なコンセプトできっちりと全体を統一し、きっちりと作り込んだ作品で、日本のプログレッシブ・ロックの好盤として、もっと再評価されても良いアルバムだと思います。今ではほとんど忘れさられた存在になりつつあります。

四人囃子ならではのリフが効果的な「Nocto-Vision For You」「Nervous Narration」、ポップ路線を踏襲した「Neo Police」、叙情的な「(Natural)」、どれもが内容のある演奏。

近未来的でクール。アルバム・ジャケットの雰囲気そのものの音世界は聴き応えがあります。聴けば聴くほど、四人囃子の初期の頃の雰囲気が甦ってくるようで楽しくなります。時代の音にマッチした中で、四人囃子の本来の個性をしっかりと表現した最後の好盤です。

 
 

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2016年7月17日 (日曜日)

原田知世『恋愛小説2』を聴く

こういうカバーアルバムを出されると、思わず「にやけて」しまうよな〜。僕達、1970年代Jポップのマニアからすると、この選曲はたまらない。しかも、ボーカルを担当するのが、当時のこの若手女優というのだから、これまたたまらない(笑)。

そのカバーアルバムとは、原田知世『恋愛小説2〜若葉のころ』(写真左)。今年の5月のリリース。原田知世が短編小説の主人公を演じるように歌う、ラヴ・ソングのカバー・アルバム第2弾。

選曲テーマは「原田知世の少女時代」。姉と一緒にテレビの歌番組を観て歌手のマネごとをしていた故郷・長崎時代から、映画のオーディションに合格し東京に出て芸能界デビューした頃(1970年代半ば〜1980年代前半)にかけて流行したポップス・歌謡曲をカバー、とある。

女優としてのみならず、シンガーとしても高い評価を得ている知世ちゃんである。これは期待できる。というか、僕にとっては、知世ちゃんのボーカル盤なので、実は「何でも通し」である(笑)。僕は知世ちゃんのボーカルにからきし「弱い」。

昨年3月にリリースしたカバーアルバム『恋愛小説』(2015年3月20日のブログ・左をクリック)で、「大人のラヴ・ソング」をテーマに、ポップス、ロック、ジャズ、ボサ・ノヴァといったさまざまなジャンルのラヴ・ソングから、歌詞を吟味し10曲を厳選。このアルバムは英語曲のカバー集だった。これも良かった。

しかし、今回の『恋愛小説2』は更に良い。1970年代半ば〜1980年代前半にかけて流行したポップス・歌謡曲のカバーである。僕達の「1970年代Jポップのマニア」からすると「ど真ん中」である。選曲は以下の通り。ね〜っ、良いでしょう。タイトルを見るだけで、もうグッときます。
 

Photo
 
 
1. September (竹内まりや・1979年)
2. やさしさに包まれたなら (荒井由実・1974年)
3. 秘密の花園 (松田聖子・1983年)
4. 木綿のハンカチーフ (太田裕美・1975年)
5. キャンディ (原田真二・1977年)
6. 年下の男の子 (キャンディーズ・1975年)
7. 異邦人 (久保田早紀・1979年)
8. 夏に恋する女たち (大貫妙子・1983年)
9. 夢先案内人 (山口百恵・1977年)
10. SWEET MEMORIES (松田聖子・1983年)

 
知世ちゃんのホンワカ癒し系のボーカルで、カバーするこれらの楽曲は魅力的。加えて、ギタリスト・作曲家の伊藤ゴローのプロデュース及び楽曲アレンジが冴えに冴える。原曲のイメージをしっかりと押さえつつ、知世ちゃんなりの解釈で唄い上げていく内容は聴き応えが良くて聴き易い。 

ムーディーでホンワカしていて、どこか懐かしさが漂う。秀逸なカバー集です。このカバー盤を聴いていると、当時の若かりし頃のセピア色の想い出が浮かんでは消えていく。しばらく、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」でヘビロテになりますね〜。

 
 

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2016年7月16日 (土曜日)

「レモンライムの青い風」な盤

週末は「ジャズの合間の耳休め」。この人のアルバムの登場は、当時の日本のJポップの中で新鮮な出来事だった。明らかに、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用&借用が見られる楽曲で固められた内容。特にそれまで、米国西海岸ロック&ポップスのフォロワー的なアルバムは無かった。

僕がこの人の楽曲に出会った最初が、シングルで発売された「ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜」。キリンビバレッジ「キリンレモン」のCMとのタイアップ・ソング。この曲を初めて聴いた時、なんやこれ、とビックリした。それまでの日本のJポップに無い雰囲気に驚いた。1979年2月のことである。

そして、その「ドリーム・オブ・ユー」を収録したアルバムが、竹内まりや『UNIVERSITY STREET』(写真右)。1979年5月のリリース。このアルバム、竹内まりやの大学卒業記念アルバムとして制作されたが、当の竹内まりやが卒業できず留年してしまったという、なんだかちょっと間の抜けたエピソードで有名なアルバム。

でも、その内容は、オールディーズから米国西海岸ロックまで、幅広く米国ルーツ・ミュージックの爽やかどころの引用を満載した、雰囲気のある、良い意味で「あっけらかんとして屈託の無い」アルバムである。アレンジの雰囲気も、明らかに米国オールディーズから米国西海岸ロックの流行のアレンジを踏襲しており、とにかく「あっけらかん」としている。

今の耳には、この屈託の無い米国ルーツ・ミュージックの爽やかどころの引用については「ちょっと苦笑もの」ではあるが、当時、僕達の大学時代には愛聴したアルバムであった。なんせ、このアルバムの雰囲気は、一言で言って「爽やかで可愛い」んだから、仕方がない(笑)。

このアルバムで、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用が見られる楽曲に興味を惹かれ、ほどなく、彼女のアルバムを遡る。そんな彼女のファースト・アルバムがこれ。竹内まりや『BEGINNING』(写真左)。1978年11月のリリース。
 

Beginnings_university_street

 
セカンド盤の『UNIVERSITY STREET』は、彼女の大学時代の生活をテーマにした楽曲で固めたコンセプトアルバムだったが、このファースト盤は、おもちゃ箱の様に様々な志向の楽曲が統一感無く集められている。やりたかった楽曲を片っ端からやって収録した感のあるアルバム。

セカンド盤『UNIVERSITY STREET』より濃い、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用が見られる。かの山下達郎だって、ここまであからさまに引用はしないよな〜、と感心するくらい。よって、こちらもファースト盤の方が、どの辺りの楽曲からの引用、借用なのか、類推するのが楽しい。

今の耳で振り返ると、アレンジ、バックの演奏、共にこなれておらず、取って付けたような「違和感」が漂うところが多々あるが、それはそれでご愛嬌。当時の日本のJポップの中では明らかに「斬新」だった。バックのメンバーも今の目で見れば、こんな人がやってんの、ってビックリする様なパーソネルが満載です。

このファースト盤に収録された、デビューシングルが「戻っておいで私の時間」など、実に良い雰囲気です。このファースト盤も僕達の大学時代には愛聴したアルバムであった。なんせ、このアルバムの雰囲気は、一言で言って「爽やかで可愛い」んだから、仕方がない(笑)。

『BEGINNING』と『UNIVERSITY STREET』、当時、日本Jポップの中で斬新なアルバムでした。今の耳で聴けば、アレンジ、バックの演奏共に発展途上なんですが、それを差し引いても、このアルバム達の持つ、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用&借用には「新しい風」の様な雰囲気を強く感じたことを覚えています。

 
 

震災から5年4ヶ月。決して忘れない。まだ5年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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