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2017年12月 9日 (土曜日)

マクドナルド・ドゥービーの始め

ドゥービー・ブラザース。訳して「大麻兄弟」。振り返ってみれば、凄いネーミングのバンドである。1960年代後半から1970年代まで、ウェストコースト・ロックを代表するバンドのひとつ。1982年に一旦、解散したが、1989年、正式に再結成し、今日に至る。

バンド当初の野性味あふれる快活なギター・ロック("オリジナル・ドゥービー"と僕は呼ぶ)から、途中、マイケル・マクドナルドの加入により、R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化("マクドナルド・ドゥービー"と僕は呼ぶ)。硬軟併せ持った、二つの顔を持つ、ウェストコースト・ロックの代表格。

オリジナル・ドゥービー時代からのファンの方々からすると、どうもこの後半のマクドナルド・ドゥービーは許せない変化らしい。が、僕は、オリジナル・ドゥービーも好きだが、マクドナルド・ドゥービーはもっと好きだ。で、マクドナルド・ドゥービーは、どのアルバムから出現したのか。

The Doobie Brothers『Takin' It To the Streets』(写真左)。邦題『ドゥービー・ストリート』。1976年3月のリリース。前作の『Stampede』より、元スティーリー・ダンのジェフ・バクスターとマイケル・マクドナルドが参加したことにより、ドゥービーのサウンドは大きく変化する。明らかにR&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化。ギターバンドから、キーボードが効果的に活躍するAORバンドに変身している。
 

Takin_it_to_the_streets_1

 
冒頭の「Wheels of Fortune(運命の轍)」、2曲目の「Takin' It to the Streets(ドゥービー・ストリート)」を聴けば、その変身度合いが良く判る。これだけ聴けば、これ誰がやってんの、となる。実は、この『ドゥービー・ストリート』のリリース当時、このアルバムをレコード屋でかかっているのを聴いた時、始めはドゥービーの音とは思わなかった。

曲が進むにつれ、オリジナル・ドゥービーの曲想の曲が流れてきたりするが、マクドナルドのキーボードが絡むと(特にフェンダー・ローズが絡むと)、途端にマクドナルド・ドゥービー色に染まる。これが当時は不思議で堪らなかった。どうして、マクドナルドのキーボードが絡むだけで、音がR&B基調のAOR色の色濃いものになるのか。

もともと、オリジナル・ドゥービー時代から、曲毎にファンキーな要素が織り込まれていて、マクドナルドのキーボードの絡みで、そのファンキー色が増幅されて「R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いもの」へと変化する、ということが何と無く判ったのは、この盤のリリース後、3〜4年後、大学に入って、ジャズを聴き初めてからである。

マクドナルド・ドゥービーへの転換点のアルバムはこの『ドゥービー・ストリート』。特にタイトル曲の「Takin' It To the Streets」の切れ味の良いファンキーなリズム&ビートとゴスペルチックなコーラス、疾走する爽快感。これがマクドナルド・ドゥービーの真骨頂。今の耳にも、このアルバムは色褪せない。マクドナルド・ドゥービーも無茶苦茶、格好良いのだ。

 
 

東日本大震災から6年8ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2017年12月 3日 (日曜日)

リトル・フィートのセカンド盤

シンプルな手触りのするファースト盤。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバムでデビューを飾った「リトル・フィート」。

そんなリトル・フィートが、バンドの音楽性をほぼ固めたセカンド盤が、Little Feat『Sailin' Shoes』(写真)。1972年のリリース。このセカンド盤『セイリン・シューズ』は、ファーストアルバムのごった煮感を整理して、カントリーはカントリーらしく、 ブルースはブルースらしくやっていて、全体的に整然として、ちょっと綺麗な感じする。

完全に開き直っていない感じがなんとももどかしいのだが、当時のウエストコースト・ロックの視点から見ると、ドゥービー・ブラザースをさらにラフにしたような、男気満点で決して迎合しない、タイトな演奏が良い感じ。前作のごった煮感を整理して、生々しさやブルース色には欠けるが、多彩な音作りとキャッチーさを増した楽曲を収録している。
 

Sailin_shoes  

 
ソング・ライティングも手慣れてきて、キャッチャーなフレーズを持った曲が取り揃いつつあり、 とにかく聴き所満載なアルバムです。リトル・フィート入門アルバムには最適では無いでしょうか。しかし、このアルバムも商業的には全く不振だったそうです。評論家には絶賛されたらしいんですが。う〜ん、判るような気がするなあ。売れるには、まだ渋すぎる。

このセカンド盤から採用された、ネオン・パークの作なるジャケットが印象的である。実は高校時代(1975年かな)、初めて、このセカンド盤のジャケットを見た瞬間、購入意欲が一気に減退した(笑)。当時は高校生、このセンスが理解できなくても仕方が無い。今では、お気に入りのデザインの一枚である。

しかし、このセカンド盤も商業的成功に恵まれないまま、一旦、2枚のアルバムをリリースして解散状態になってしまうのだから、当時のリトル・フィートは運が無かった。しかし、ブルース、ブギウギ、ロックンロールとアメリカン・ルーツ・ミュージックと呼ばれるものなら、なんでも吸収し消化していく貪欲さと西海岸ロック独特の開放感は、そのままでは終わらなかった。再起して、次作で傑作をものにするのだ。

 
 

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2017年11月29日 (水曜日)

リトル・フィートのファースト盤

米国西海岸のいわゆる「ウエストコースト・ロック」は奥が深くて面白い。イーグルスなどに代表されるような「カルフォルニアの爽やか青い空」を想起させる、爽やか系のフォーク・ロックや、カントリー・ロックばかりと思いきや、「なんでこれが西海岸で」と悩んでしまうようなジャンルもあったりする。

米国南部の泥臭くワイルドなサザン・ロック風の「リトル・フィート」や「クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル」など、アメリカン・ルーツ・ミュージックをベースにしたロックも、また、ここ西海岸を拠点にしていたのだから面白い。リトル・フィートは、ロサンジェルスを拠点にしながら、ニューオーリンズR&B、ブルース、カントリー、ジャズなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの影響を色濃く押し出しているサウンドが特長。

そして、セカンドアルバム以降に採用された「ネオン・パーク」の個性的なイラストを採用したジャケット・デザインが印象的。商業的に恵まれませんでしたが、僕にとっては大のお気に入りバンドです。1969年に結成されて以来、1979年、ローウェル・ジョージの死と共に一旦、活動を停止しましたが、1988年、突如復活。幾度かのメンバー・チェンジを経て、未だ現役バンドなのは驚きです。
 

Little_feat

 
そんなリトル・フィートのデビュー盤が『Little Feat』(写真左)。リトル・フィートは、ロサンジェルスでフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションのメンバーだったローウェル・ジョージ(スライド・ギターとヴォーカルを担当)、ロイ・エストラーダ(ベース)を中心に結成された。このファースト盤は、1971年のリリースになる。

ジャケットを見ていただいてお判りのとおり、シンプルな手触りのするファーストアルバムである。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバム。

リトル・フィートのファンの間の評価は真っ二つ、賛否両論みたいですが、僕は好きですね〜。リトル・フィートのルーツとなっている音楽ジャンルがはっきりと判るし、荒っぽく、完成度の低い楽曲の中にも、後のリトル・フィートの個性が確認出来て、実に楽しい。商業的には全く不振だったようだが、そりゃそうだろう、このアルバムの内容だったらね。渋すぎるし、時代が早すぎた。

 
 

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2017年11月23日 (木曜日)

デレク&ドミノスの隠れライブ盤

「クリーム」での演奏バトルとバンド内の人間関係に疲れ、当時のスーパーバンド「ブラインド・フェイス」では、何と無く乗りきれないまま、1枚のアルバムを残したまま、半年でバンドを解散。新天地を求め米国に渡り、デラニー&ボニーのツアーに客演として参加、その音楽性に痛く感じ入り、スワンプ・ロックに走ったクラプトン。

そして、その世話になったデラニー&ボニーのバンドから主要メンバーをごっそり引き抜いて「デレク&ドミノス」を結成。スワンプ&米国ルーツ・ロックの名盤『Layla and Other Assorted Love Songs』(1970年)をものにした。しかし、ジョージ・ハリソンの嫁はん、パティ・ボイドへの横恋慕が昂じて、麻薬と酒に溺れ、一旦、引退状態に陥る。

そんな中でリリースされたライブ盤が『Derek & the Dominos In Concert』(写真)。1970年10月23&24日、Fillmore Eastでのライブ公演の様子を記録したライブ音源。しかし、発売は1973年1月。クラプトンが麻薬と酒に溺れ、引退状態となっていた頃のことである。『Layla』の後、長い期間、アルバムのリリースが無いので、その穴埋めとしてりりーすされた感が強い。

そういうリリースの背景なのであれば、内容的にはイマイチなのでは、という懸念が頭をもたげる。実際、リアルタイムでは、このライブ盤を手にすることは無かった。手にしたのは1990年代後半。で、内容的に問題があるかと言えば、長時間に渡るドラムソロに閉口する以外は、当時のデレク&ドミノスについては、スワンプ&米国ルーツ・ロックを代表するバンドであったことが良く判る。
 

Derek_the_dominos_in_concert

 
クラプトンが充実している。ものこの頃は麻薬と酒で結構問題があった時期だと思われるが、そんなことは微塵も感じさえ無いプレイは見事である。バンド全体のサウンドもしっかりと統率され整っており、先に述べた「長時間のドラムソロ」を除けば、結構、聴き応えのあるライブ盤である。選曲もなかなか粋で、メンバーそれぞれの力量とグループ・サウンドのレベルの高さが十分に窺い知れる。

残念なのは『Layla』をレコーディングしたときの客演メンバーであり、かつ重要メンバーの一人であったデュアン・オールマンがこのライブには参加していないこと。『Layla』を聴き込んだ耳には、このライブ盤はちょっと音が淋しい。ちなみにこのライブ時点のパーソネルは、Eric Clapton (g)、Carl Radle (b)、Bobby Whitlock (key)、Jim Gordon (ds) の4人。逆に4人でこの迫力のあるパフォーマンスを引き出しているのだから、これはこれで充実のライブ盤である。

1994年には『Live at the Fillmore』と題して、「Why Does Love Got to Be So Sad」「Let It Rain」「Tell the Truth」「Nobody Knows You When You're Down and Out」「Little Wing」「Key to the Highway」「Crossroads」 の7曲を追加して、リニューアル、リイシューされている。

しかし、アルバム全体の所要時間が2時間とかなりの長さになった。聴くのに骨が折れる。それに比べて、この「In Concert」は所要時間1時間半。LP2枚組の鑑賞時間。じっとして聴くにはちょうど良い長さである。実際に僕は、この『In Concert』の方を愛聴している。

 
 

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2017年11月 4日 (土曜日)

「クラプトンのスワンプ」の確立

半年で解散してしまった「Blind Faith(ブラインド・フェイス)」。クラプトンは、デラニー&ボニーのツアーに帯同。当時、デラニー&ボニーの演奏するスワンプ・ロックにいたく感動。デラニー・ブラムレットをプロデューサーに起用して、初のソロ盤の制作に踏み切る。

『Eric Clapton』、邦題『エリック・クラプトン・ソロ』。1970年のリリース。参加メンバーは、Stephen Stills (g), Leon Russell (p), Bobby Whitlock (org), Carl Radle (b), Jim Gordon (ds), Jim Price (tp), Bobby Keys (sax), Tex Johnson (per), Rita Coolidge, Sonny Curtis, Jerry Allison (backing vocals)。当時、スワンプ・ロックに手を染めたロック・ミュージシャンがズラリと参加している。

このソロ盤で、クラプトンは初めて、リード・ボーカルを本格的に担当している。プロデューサーのデラニー・ブラムレットに強く進められたのが切っ掛け、とのこと。しかし、このソロ盤では、クラプトンのボーカルは、まだ自信が持てていないのか、とても頼りない。ただし、内容は良い。以後のクラプトンのスタイルを彷彿とさせるレイドバックした雰囲気が、この盤でほぼ確立されている。
 

Eric_clapton_solo  

 
スワンプでな軽快なインスト曲「Slunky」。米国ルーツ・ミュージック風のホーン・アレンジとゴスペル風のコーラスが効いた「Lonesome and a Long Way from Home」。アコギのカッティングが粋でコーラスが美しい「Easy Now」。のどかな雰囲気が漂う、メロディアスな「Lovin' You Lovin' Me」。クラプトンのボーカルはイマイチでも、スワンプの香りがプンプンする。

そして、秀逸なナンバーが以下の3曲。クラプトンのボーカルのこの3曲については、なかなか健闘している。アップ・テンポのクラプトンらしさが漂う秀曲「After Midnight」。ソウルフルなボーカルが印象的な「Blues Power」。そして、この盤のラストを飾る名曲「Let It Rain」。クラプトンのボーカルも申し分無く、クラプトンとしてのスワンプ・ロックが、この3曲から聞いて取れる。

クラプトンのボーカルは発展途上ではあるが、後の優れたボーカルが期待出来る、ボーカリストとしての才能の萌芽は十分に確認出来る。そして、クラプトンのスワンプ・ロックの個性が確立し、次の展開が期待出来る内容になっている。次の展開とは、デレク&ザ・ドミノスの結成。この盤に参加したデラニー&ボニーのバック・バンドをごっそり引き抜いて、新バンドを結成する。クラプトンは意外と「悪」である(笑)。

 
 

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2017年10月28日 (土曜日)

70年代米国ルーツ・ロックの傑作

エリック・クラプトン(Eric Clapton)は、ロック・レジェンドの中でも、お気に入りの上位に位置する。クラプトンを初めて聴いたのは1974年。シングルカットでヒットした「I Shot the Sheriff」、そして、アルバムとしては、同じく1974年の『461 Ocean Boulevard』。レゲエの導入とレイドバックした米国ルーツ・ロックに「やられた」。

1974年に出会ったということだから、今年でクラプトンを聴き続けて43年になる。今やクラプトンのアルバムは全て所有しているし、全てのアルバムを聴いている。クラプトンの魅力は、日本で言われている「ロック三大ギタリスト」の一人ということで、彼の「スローハンド」と形容されるエレギ、そして、味のある渋いボーカル。

43年、クラプトンを聴き続けている中で、クラプトンの「これ一枚」を挙げろ、と言われれば、絶対にこのアルバムを挙げる。Derek and the Dominos『Layla and Other Assorted Love Songs』(写真)。邦題『いとしのレイラ』。1970年のリリース。Eric Clapton (g, vo), Bobby Whitlock (key), Carl Radle (b, perc), Jim Gordon (ds, p, perc) の4人で結成された、デレク&ドミノス名義の傑作である。
 

Layla_and_other_assorted_love_songs

 
収録曲は全14曲。発売当時はLP2枚組。クラプトンとウィットロックの共作が5曲。 ウィットロックの単独作が1曲。クラプトンの単独作が3曲。そして、カバー曲が5曲。このアルバムについては「捨て曲」が全く無い。演奏レベルによる優劣も無い。どの曲もが高いレベルの演奏を維持しているところが素晴らしい。演奏の基本は、スワンプ・ロックから米国ルーツ・ロック。適度にリラックスした余裕のある演奏で、後の「レイドバック」に繋がる雰囲気が充満している。

加えて、この盤を特別なものにしているのが、オールマンズのリーダー、そして、メイン・ギタリストであったデュアン・オールマンのサイドギターとしての参加である。アルバム全編で聴かれるデュアンのサイドギターが、聴けば聴くほど素晴らしい。特にスライドギターが絶品だ。クラプトンのエレギはもともと素晴らしいが、デュアンのサイドギターが絡むことで、さらにその魅力を増幅させている。

この1曲といえば、やはりタイトル曲の「Layla(いとしのレイラ)」だろう。7分を超える劇的な展開が素晴らしい、音楽の素晴らしさが詰まった名曲である。このアルバムの素晴らしさについては、言葉では表現し尽くせない。ロックというジャンルが為し得た、米国ルーツ・ロックの傑作である。ロック者の方々には、老若男女問わず、一度は聴いて貰いたい、そんなロックの歴史的名盤の一枚である。

 
 

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2017年10月22日 (日曜日)

米国フォーク・ソングの好盤

1970年代前半、高校1年生の時にロックの洗礼を受けてから、暫くは「プログレ小僧」だったのだが、1970年代半ばには、プログレは失速、なんだかつまらんなあ、と思っていたら、オールマンズに出会い、レイラに出会い、サザン・ロック、スワンプ・ロックから、最終的にはザ・バンドなど、米国ルーツ・ロックに着地した。

もともと、米国ルーツ・ミュージックは好きだった。フォーク、ブルース、ゴスペル、R&Bと、小学6年生くらいから、ラジオを通じて楽しみ始めていた。中学時代は、米英のポップスが好きになり、米国ルーツ・ミュージックも楽しみながら聴いていた。特に、1970年代初頭は、シンガーソングライター(SSW)中心のフォーク・ロックが流行。ラジオなのでシングル中心にはなるが、結構、カセットテレコで録音しては聴いていた。

John Denver『Back Home Again』(写真左)。ジョン・デンバーは米国のSSW。「デンバー」は芸名。彼がこよなく愛したコロラド州の州都デンバーにちなんでつけたもの、とのこと。1970年代の米国フォーク・ソング界の代表的存在であった。そんな彼が1974年に残した好盤である。
 

Back_home_again

 
曲の題名を眺めて見ると、「バック・ホーム・アゲイン」「おばあちゃんの羽ぶとん」「緑の風のアニー」といった家族への愛の歌、「緑の木陰」「日食」のような自然賛歌、「マシュー」「スイート・サレンダー」のように人生に関する歌、夢のある「オン・ザ・ロード」等、フォーク・ソングらしい、健康的で誠実な楽曲で埋め尽くされている。これがまあ、聴いていて心地良いのだ。

当時、高校時代、我が映研はプログレとハードロックが中心。とてもじゃないが、米国フォーク・ソングを聴ける環境では無かった。当然「僕、米国フォーク・ソングも好きで、ジョン・デンバー、時々聴きます」なんて、カミングアウトすることは絶対出来なかった。でも、家で密かに、プログレやハードロックの合間の「耳休め」にこのアルバムを聴いたものだ。

特に「緑の風のアニー(Annie's Song)」は絶品。爽やかで誠実な、実にシンプルでフォーク・ソングらしいラブソングである。聴いていて爽快な気分にさせてくれる。晴れた日の朝はもちろんのこと、今日の様に雨の一日でも、静かな部屋の中で雨音を感じながら聴くと、気分はリラックスし、清々しい気分になる。たまには、こういう健康的で誠実なアルバムも良いものである。

 
 

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2017年9月24日 (日曜日)

カントリー・ロック最高峰バンド

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは、土日は「70年代ロック・Jポップ」の日。先週から、ジャズの合間に耳休めに良く聴く「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、カントリー・ロック最大の売上を誇るバンド「Eagles(イーグルス)」について語りたい。

イーグルスは1971年にデビューした米国のカントリー・ロックを代表するバンド。トータルセールスは1億2000万枚を超えるそうで、カントリー・ロックの中で、一番、商業的成功を収めたバンドであろう。カントリー・ロック色が強かった時期は、1971年の結成時から、1974年のサード盤『オン・ザ・ボーダー』までとされる。

音楽的には、グラム・パーソンズの様に、カントリー・ミュージックをそのままロックに置き換えたというよりは、フォーク・ロックをベースにカントリー・ミュージックの要素を融合させたアプローチで、パーソンズの場合、カントリーとロックが対等な感じなんですが、イーグルスの場合は、カントリーとロックの比率が「3:7」の割合で、ロック色が強いのが特徴。
 

Their_greatest_hits_19711975

 
初期の頃の音は、バンジョー、スティール・ギター、マンドリンのサウンドを効果的に取り入れていて、この部分が「カントリー・ロック」の雰囲気を色濃いものにしていた。そんなカントリー・ロック期のイーグルスを手っ取り早く感じることが出来る、優れものなベスト盤がある。Eagles『Their Greatest Hits 1971-1975』(写真左)である。

ちょうどイーグルスがカントリ−・ロックから入って、ロック色が強くなるまでの期間を網羅しているベスト盤。カントリー・ロックなイーグルスがヒット曲やキャッチャーな曲を通して、手っ取り早く体感出来る。バーズやパーソンズよりもフォーク・ロック色が強いことが良く判る。よりロック・ファンに訴求する音作りで、イーグルスは一躍、人気バンドとなった。

イーグルスのベスト盤はその後、オールタイム・ベストなども幾つか発売されてはいるが、カントリー・ロックを代表するバンドとしてのイーグルスを体感出来るベスト盤としては、この『Their Greatest Hits 1971-1975』が最適だろう。何を隠そう、この僕も、このグレイテスト・ヒットを聴いて、プログレから米国ルーツ・ロックへ宗旨替えをした。それは1976年3月、早春の出来事であった。

 
 

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2017年9月17日 (日曜日)

R&B指向のカントリー・ロック

台風が鹿児島に上陸し、徐々に速度を速めながら、関東地方に近づいている。台風が近づくにつれ、体調が思わしく無い。どうも、術後、体質が変わったみたいで、気候の急変に敏感に体が、悪い方に反応するようになった。台風が去るまでは、大人しく静養あるのみ、である。

さて、今日は日曜日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日も「カントリー・ロック」。今日はこのアルバムを。Bonnie Raitt『Give It Up』(写真左)。1972年の作品。Bonnie Raitt=ボニー・レイットは、女性カントリー・ブルース歌手&ギタリスト。唄い手がメインだが、スライド・ギターの名手でもある。

僕はこのボニー・レイットという女性歌手が好きで、米国ルーツ・ロックの草分けと認識している。特にこの盤のテイストは、カントリー・ロックがメインで、そこにブルージーなスライド・ギターを絡めたり、デキシーランド調のジャズ・ブラスなアレンジを忍ばしたりと、米国ルーツ・ロック好きには堪えられない内容になっている。
 

Give_it_up

 
アコースティック・ギターを活かしたミッドテンポからスローテンポの楽曲が、なかなか良い雰囲気を醸し出している。このフォーク・ロック的雰囲気の楽曲が、アップテンポのカントリー・ロック調の楽曲と良い対比なっていて、アルバム全体の流れが引き締まっている。

ブルースやR&B指向のちょっと重心の低めな楽曲もあるが、リズム&ビートが、カントリー・ロック基調なので、ドップリ重くならないところがミソ。ジャズっぽいところも妙に軽快なところがあって、気楽に聴き続けられるところが実に良い。基本的に全体の雰囲気が軽快なので、ブルースやR&B指向の楽曲を重く引き摺らないところが、この盤の良いところ。

ジャケの「明るく爽やかな女性カントリー・ロック・シンガー」って雰囲気はちょっと違う。雰囲気としては、ギターを持ったじゃじゃ馬娘って感じ。カントリー・ロック基調ではあるが、黒っぽく、ブルース・フィーリング溢れる楽曲がズラリと並んでいる。決して軽快で明るい女性カントリー・ロックをイメージしてはならない。そのギャップで「怪我をします」(笑)。

 
 

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2017年9月16日 (土曜日)

カントリー・ロックの道標的な盤

夕方から台風の影響で小雨が降り始めた。それでも、朝は曇り時々晴の千葉県北西部地方。グッと涼しくなって、かつ湿度が下がって、10月上旬〜中旬の気候、一言で言って爽やか。さて、週末の土日。我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは「70年代ロック・Jポップ」の日。今日は「カントリー・ロック」。

米国ルーツ・ミュージックであるカントリーやフォーク、ブルーグラスとロックの融合で出来たロックのサブ・ジャンル。1960年代後半、バーズやボブ・ディランがアルバムの中に、カントリー・ロック調の楽曲の収録が先駆けとなり、1970年代、米国西海岸中心に、CCRやイーグルスがその人気を確立した。

僕はこのイーグルスが「カントリー・ロック」体験の最初だった。1975年のこと。アルバムは『One of These Night』だった。そこから、当時プログレ小僧だった僕は、一気に米国ルーツ・ロック指向へ転身。大学に進んで、CCRに染まり、そして、このアルバムに出会った。Gram Parsons『GP』(写真左)。1973年の作品である。

グラム・パーソンズは、元バーズのギタリスト。バーズのアルバム『Sweetheart Of The Rodeo(ロデオの恋人)』(1968年作品)に参加、カントリーロックという新たな流れを生み出したことで知られる。この『GP』というアルバムは、そんなグラム・パーソンズが1973年にリリースした、生前唯一のソロ・アルバムである。
 

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冒頭の「Still Feeling Blue」から、ラストの「Big Mouth Blues」まで、カントリー・ロック満載である。ペダル・スチール・ギターが「カントリー・ロック」独特の響きを醸し出す。リズムはちょっと早めのカントリー・ビートがメイン。演奏は電気楽器中心のロックなもの。ロックを基本をして、カントリー、フォーク、ブルーグラスの要素を上手く融合させている。

これだけ、徹頭徹尾、カントリー・ロックな演奏で固めたアルバムは、当時、初めてだったのではないか。とにかく、カントリー・ロック好きには堪らない内容の好盤である。しかしながら、カントリーの要素が全面に強く出た「カントリー・ロック」なので、一般ウケは悪かった様で、セールス的には成功しなかった。

僕は、このグラム・パーソンズのソロ・アルバムを「カントリー・ロックの道標」的なアルバムだと思っている。これ以上、カントリーの要素を全面に出してしまうと、単なる「ロックアレンジを施したカントリー・ミュージック」になってしまう。そんな限界点を僕達に聴かせてくれた、そんな「道標」の様なアルバムだと感じている。

後に「カントリー・ロックの女王」として有名になったエミルー・ハリスがデュエットに、バック・ボーカルに大活躍している。このアルバム、セールス的には成功しなかったのだが、カントリー・ロックの最高地点を示し、エミルー・ハリスを見出したことで、このアルバムはロックの歴史に残る好盤だろう。

ちなみに、グラム・パーソンは、このアルバムのリリースから約8ヶ月後、麻薬の過剰摂取により死去。1974年にリリースされた『Grievous Angel』が遺作となった。

 
 

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