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2016年11月12日 (土曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・54

今日は午後になって暖かくなった。この気温でやっと11月の中旬だって実感する。今年は寒くなるのが早すぎだ。しかし、これだけ寒くなると、本格的なピアノ・トリオをじっくり聴くことが出来る。ということで、キース・ジャレットの「スタンダーズ」の聴き直しを継続する。

キースの「スタンダーズ」、ヘッドフォンで聴くにはちょっと辛い瞬間がある。それはキース「唸り声」である。キースは、アドリブ展開に入ると、決まって「唸る」。それも結構大きな声で唸る。しかも、聴き易い歌声の様なものではない。キースの「スタンダーズ」を聴き込む場合、このキースの唸り声をどう処理するかで、その適合度合いは変わってくる。

Keith Jarrett『Standards in Norway』(写真左)。1989年10月7日、オスロでのライブ録音。改めてパーソネルは、もちろん、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。いわゆる「スタンダーズ」である。

このスタンダーズのライブは入手以来、恐らく、スタンダーズのアルバムの中で一番の「ヘビロテ盤」である。それは何故か。キースの「唸り声」が控えめで、至極、聴き易いからである(笑)。加えて、他のライブ盤に比べて、演奏のリラックス度合いが高い。当方にとっても、のんびり、リラックスして聴くことができるからである。
 

Standards_in_norway

 
しかも、このライブ、トリオの三人の「融合度・連携度」がかなり高い。いつになく、ゲーリー・ピーコックのベースが前面に出てきて、インプロビゼーション全体をリードする瞬間が多く出てくる。これは珍しいこと。目立ちたがり屋のデジョネットのドラムも、後に回ってバッキングに徹する場面が多い。

キースのピアノも、自らを目立たたせる大仰なパフォーマンスを控えめにして、バックのベース、ドラムの音をよく聴きながら、三者融合のアドリブ・パフォーマンスを繰り広げている。これが実に良い。これだけハイテクニックで優秀なジャズメンの3人である。お互いの音をよく聴きながらの融合のパフォーマンスを繰り広げれば、それはそれは素晴らしいものである。

しかし、このライブ盤、1989年の録音であるが、リリースは1995年。録音から発売まで約6年、このライブ音源は寝かされた。他の盤と半分以上の収録曲がダブっているから、というのが大方の理由とされるが、意外とこのライブ盤の評価は評論家筋からあまりは良く無い。これだけ、一般のジャズ者と評論家筋との評価が正反対のアルバムも珍しい。

ジャケットもかなり地味ですが、このスタンダーズのライブ盤、キースの「スタンダーズ」のライブ音源の中でも、僕にとっては一番の内容です。長く「ヘビロテ盤」として付き合っていける好盤、「スタンダーズ」のアルバムの中での「イチ押し」の一枚です。

 
 

震災から5年8ヶ月。決して忘れない。まだ5年8ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年11月11日 (金曜日)

ベース、ドラム入りのケルン

立冬を過ぎて、本格的に寒くなった。これだけ寒くなると、本格的なピアノ・トリオをじっくり聴くことが出来る。ということで、久し振りに、キース・ジャレットの「スタンダーズ」の聴き直しを再開した。さて、どこからだっけ。そうそう、この盤からでした。

Keith Jarrett『Changeless』(写真左)。「スタンダーズ」の1987年10月のライブ録音。1曲目が14日のデンバー、2曲目が11日のダラス、3曲目が9日のレキシントン、4曲目が12日のヒューストン。改めてパーソネルは、もちろん、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。

この盤は、4曲全てがキースのオリジナル。スタンダーズのトリオで、キースのオリジナルを演奏しているのだ。これは1983年1月、ニューヨークでの録音の『Changes』と同じ趣向である。キースのオリジナル曲だけで固められた「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心のライブ盤である。
 

Changeless

 
「ベース、ドラム入りのケルン」という表現が良く似合う。キースのオリジナルばかりなので、その形容が更に信憑性を増す。逆に、ベース、ドラムが無くても、この盤の演奏は成立する。というか、無い方が良いくらいだ。即興演奏の塊である。それも、キースの個性満載の即興演奏。

ベース、ドラムもそれぞれ、テクニックの粋を尽くして、最高のパフォーマンスを繰り広げる。しかし、キースのオリジナル曲の即興演奏とは相容れ無い。三者三様、目指す方向は一緒なんだが、別々の道を歩んでいるような雰囲気。つまりは「スタンダーズ」は、キースのオリジナルをやる、のでは成立しない、と僕は思う。

ちなみに、この『Changeless』以降、キースのオリジナルで固めた即興演奏中心の所謂「ベース、ドラム入りのケルン」を演奏する「スタンダーズ」は封印される。やはり「スタンダーズ」はスタンダード曲を中心にインプロビゼーションするのが一番だ。

 
 

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2016年6月 7日 (火曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・53

「それじゃあ、スタンダーズ・トリオで行くべ」ということで、正式に旗揚げした、キース・ジャレット率いるスタンダーズ・トリオ。まずは一発『Standards Live』(2015年9月10日のブログ)をリリース。

この『Standards Live』は、先ずはスタンダーズ・トリオの代表作の一枚。先ずは、このライブ盤を聴きながら、キースの考える、キースの美意識の塊であるスタンダーズ・トリオを体感し、実感する。つまりは、スタンダード曲をベースにした「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心の「インタープレイ」である。

これが受けに受けた。三者三様、それぞれがソロ演奏のスタイルを変えずに「インタープレイ」するだけなんだが、新しいスタンダード曲の解釈である、ともてはやされた。新しいピアノ・トリオの基準とも言われた。で、思いっきり気を良くしたキースとアイヒャーはLP2枚組のライブ盤をリリースする。

Keith Jarrett Trio『Still Live』(写真左)である。1986年7月、ミュンヘンのフィルハーモニック・ホールでのライブ録音。もちろんパーソネルは、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。鉄壁の3人である。

収録された曲を見渡すと、あれまあ、どれもがほとんど「誰もが知っている大スタンダード曲」をズラリと並べている。あれれ、皆があまり知らない、魅力的なスタンダード曲を発掘して、聴き手の期待に応える、という点はどこへ行ったのやら。これはまあ、キースらしからぬ暴挙である(笑)。
 

Still_live

 
ビル・エバンスの持ち曲をメインに、キースの考える「インタープレイ」を展開する。「インタープレイ」の祖、ビル・エバンス・トリオに肉薄し、凌駕したかと言えば、実はそうでもない、というところが本音かな。

このスタンダーズ・トリオの「インタープレイ」の基本は、三者三様、それぞれが従来のソロ演奏のスタイルを変えずに「即興要素」の強いインプロビゼーションを展開すること。これって、別にキースの自作曲でも同じこと。スタンダード曲をメインに据えれば、その「マンネリ」リスクを回避できるという利点はある。

つまりは、このスタンダーズ・トリオのインタープレイは、トリオのメンバーそれぞれの、従来からのインタープレイの素晴らしさを再現している訳で、ビル・エバンス・トリオのインタープレイのアプローチとはちょっと異なるので、比較の対象にはならない。スタンダーズ・トリオのインタープレイはそれはそれで実に優れたパフォーマンスなのだ。

しかし、この大スタンダード曲のオンパレードはなんだ。まあ、その点は次作から修正されるので良しとしましょう(笑)。しかし、それが故にこのライブ盤は売れに売れました。「ベース、ドラム入りのケルン」と形容したジャズ者の方がいましたが、けだし名言でしょう。

 
 

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2016年6月 4日 (土曜日)

スタンダーズのパーマネント化

僕はこのアルバムで、キースの「スタンダーズ・トリオ」の価値を見出した。このアルバムの内容は傾聴に値すると思った。相変わらずキースは唸っていて、当時の僕の耳にはちょっと辛いアルバムだったが、このアルバムに収録されている「スタンダード曲」は一聴に値する。

Keith Jarrett『Standards, Vol. 2』(写真左)。1985年のリリースになる。 録音は1983年1月になる。パーソネルは当然、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。この『Standards Vol.2』ろ『Standards Vol.1』そして『Changes』は同一時期に録音された「三つ子」の様なアルバム。

『Standards Vol.1』の選曲もなかなか興味深いものだったが、この『Standards, Vol. 2』の選曲はもっと興味深い。スタンダード曲がメインではあるが、キースはありきたりのスタンダード曲を選んではいない。聴いたことがほとんどない曲が数曲あって、これがまた実に美しい旋律を持ったものばかりなのだ。

なるほど、これがスタンダーズ・トリオが「活きる道」なんだな、と合点がいった。自作曲については、やはり一人の人間であればバリエーションには限りがある。いわゆる「マンネリ」に陥るリスクが高い。曲の旋律がマンネリに陥れば、当然、それに続くアドリブ展開だって「マンネリ」に陥る。これがオリジナル曲だけで固められた「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心のアルバムの弱点である。

しかし、スタンダード曲をメインに据えれば、その「マンネリ」リスクはかなり軽減できる。そして、スタンダード曲はかなりの数がある。一枚のアルバムに5〜6曲の収録と限定すれば、ゆうに数十枚のアルバムが量産できる。しかも「マンネリ」リスクが軽減でき、「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心の内容の、三者三様の「唯我独尊のインタープレイ」を展開するにも問題は全く無い。
 

Standards_2

 
その上、先の1983年にリリースされた『Standards Vol.1』の評判も上々だ。そういうことで、キース・ジャレットとECMの総帥マンフレート・アイヒャーは、スタンダーズ・トリオのパーマネント化を決定していたのではないか、と思っている。スタンダーズ・トリオの個性は、このアルバムで確立された、と考えるのが自然。

リリカルなバラードナンバーが多いこの『Standards, Vol. 2』はかなり聴き易い内容になっていて、キースのインプロビゼーションの展開の素晴らしさとピアノの音の麗しさがダイレクトに伝わってくる。スタンダーズ・トリオの向かうべく方法が実に明確に良く判る。

基本は、まず、ソロ演奏と変わらないキースのインプロビゼーションに、他の楽器の自由度を最大限に認めた「インタープレイ」という観点で、ベースのピーコックがモーダルでフリーなベースで絡み、ドラムのデジョネットが手数の多い、ポリリズミックで多彩な音色のドラミングで絡む。

そして、インプロビゼーションがマンネリに陥らないように、スタンダード曲の力を借りる。加えて、皆があまり知らない、魅力的なスタンダード曲を発掘して、聴き手の期待に応える。これが大当たり。スタンダーズ・トリオはジャズ界の寵児となる。ジャズの歴史に残るピアノ・トリオとして大活躍することになる。

 
 

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2016年6月 3日 (金曜日)

オリジナル曲のキースも良い

キースのスタンダーズ・トリオは、すんなり立ち上がった訳では無かった様に思う。このアルバムを聴く度に思うのだ。Keith Jarrett『Changes』(写真左)。1983年1月の録音になる。

あれれ、と思う。1983年1月、ニューヨークでの録音。『Standards Vol.1』そして『Standards Vol.2』も同じ録音時期。つまりは、この『Standards Vol.1』そして『Standards Vol.2』と『Changes』は同一時期に録音された「三つ子」の様なアルバムなのだ。

しかし、発売時期は異なる。1983年に『Standards Vol.1』、1984年に『Changes』、1985年に『Standards Vol.2』。『Standards Vol.1』そして『Standards Vol.2』の間に『Changes』がリリースされている。

これがなんか「微妙」なのだ。この『Changes』はキースのオリジナル曲だけで固められた「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心のアルバムである。
 
いわゆる「スタンダーズ」とは対極にあるアルバム内容なのだ。つまりはこの時期、キースは「スタンダーズ」一本でやっていこうとは思っていなかったのだろうか。
 

Changes

 
実はこの「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心のアルバムは展開がダイナミックで、とても美しい。ダレたところが全く無い、ストイックなまでに即興演奏を追求した、究極の「インタープレイ」。これはこれで素晴らしい内容。スタンダーズ・トリオの演奏と比較しても全くひけをとらない。

スタンダード曲がメインの『Standards Vol.1』、そして、オリジナル曲だけで固められた『Changes』。どちらも「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心の内容であり、三者三様の「唯我独尊のインタープレイ」。キースのインプロビゼーションの展開も同じ雰囲気。

さて、どちらが良いのか。スタンダード曲がメインとオリジナル曲がメインと、どちらが良いのか。というのか、有り体に言ってしまうと、どちらが世の中のジャズ者にうけるのか。迷ったというか、思案投げ首のキース・ジャレットとマンフレート・アイヒャー。

きっと、二人ともこの頃はまだ「スタンダーズ・トリオ」に確信を持てて無かったんじゃないかなあ。それほどこの『Changes』の音世界は素晴らしい。思わず、1977年に遡って『Tales of Another』を想起する。この音世界のキースも凄く魅力的なのだ。

そして、1985年に『Standards Vol.2』をリリースする。そして、これがまた・・・。このアルバムの話はまた明日。

 
 

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2016年6月 1日 (水曜日)

キースのスタンダーズ・トリオ

キース・ジャレットのピアノ・トリオと言えば「Standards Trio(スタンダーズ・トリオ)」。この通称「スタンダーズ・トリオ」は80年代以降、2000年代に入った現在まで30年以上に渡って継続してライブを行い作品を発表し続けるという、ジャズ史上、他に例を見ないユニットである。

キースを理解するには避けて通れない「スタンダーズ・トリオ」であるが、僕にとって、これがなかなか、聴き込むに至らなかった。キースのスタンダーズ・トリオを聴くには、幾つかの「越えなければならない」ハードルがある。

1)演奏のバリエーションが豊富で、様々な演奏のトレンドやスタイルを
  理解していないと何が凄くて何が優れているのかが判らない。

2)それぞれの楽器毎に、かなり長時間のアドリブが展開されるのだが、
  この長時間のアドリブを楽しむ「耳」が必要になる。

3)キースは「唸る」。このキースの唸り声に邪魔されること無く、
  演奏を愛でることの出来る「技」が必要になる。

1)と2)については、ジャズに親しみ、ジャズを聴き続け、聴き込むことでクリア出来ると思われる。実際、僕も、長年、ジャズを聴き続ける中で、スタンダーズ・トリオの演奏を十分に楽しむ事が出来るようになった。

しかし、である。僕はこの 3)をクリアするのにかなりの時間がかかった。ジャズを聴き始めて40年。最近、やっとキースの唸り声が気にならなくなった。というか、もはや演奏の一部と理解して聴く様になった。この唸り声もキースの個性なのだ。
 

Keith_jarrett_standards_vol1

 
そのキースの唸り声を克服することで、やっとスタンダーズ・トリオの諸作が聴き込める様になった。そして、やはり、このアルバムである。Keith Jarrett Trio『Standards, Vol.1』(写真左)。1983年1月の録音。ちなみに改めてパーソネルは、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。

スタンダーズ・トリオの全てがこのデビュー盤に詰まっている。基本は、ソロ演奏と変わらないキースのインプロビゼーションに、他の楽器の自由度を最大限に認めた「インタープレイ」という観点で、ベースのピーコックがモーダルでフリーなベースで絡み、ドラムのデジョネットが手数の多い、ポリリズミックで多彩な音色のドラミングで絡む。

加えて、自作曲だと聴き手に伝わらない、聴き手が拒絶反応を起こす可能性があるので、ジャズ・スタンダード曲の印象的な旋律を借りて、自作曲の弱点をクリアし、聴き手にガッツリと訴求する。

そう、キースはトリオ演奏だからといって、ソロ演奏のスタイルと変わらない。こういうところは「唯我独尊」。聴き手に迎合することは全く無い。そういう意味では、ピーコックのベースもソロ演奏のスタイルと変わらないし、デジョネットのドラムも他のバックで叩くスタイルと変わらない。

このスタンダーズ・トリオは三者三様、それぞれがソロ演奏のスタイルを変えずに「インタープレイ」する、それが基本なのだ。ということに、やっと最近、キースのピアノを聴き込める様になって得心した。つまりは三者三様の「唯我独尊のインタープレイ」である。しかし、当然、リーダーのキースが目立たなくてはならない(笑)。

さあ、スタンダーズ・トリオの諸作を聴き直していくぞ。キースの唸り声を克服したことで、もはや聴き直しの障害は無くなった。しかし、40年かかったのか。キースの唸り声、恐るべしである。

 
 

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2016年3月16日 (水曜日)

チャールス・ロイドを振り返る

チャールス・ロイドはある日突然現れた。とある先進的なピアノ・トリオに恵まれたことが切っ掛けである。1967年、このアルバムでいきなり脚光を浴びた。Charles Lloyd『Forest Flower』(写真)。録音は1966年9月、NYとカリフォルニアのMonterey Jazz Festivalでのライブ録音。

ちなみにパーソネルは、Charles Lloyd (ts, fl), Keith Jarrett (p), Cecil McBee (b), Jack DeJohnette (ds)。とある先進的なピアノ・トリオとは、ピアノのキース・ジャレット、ベースのセシル・マクビー、ドラムのジャック・デジョネット。このライブ盤を聴いたら、その先進的な音が良く判る。

荒削りだけれど、その響きは確かに新しい。たまにマンネリに陥ったり、アドリブが破綻したりするが、このトリオの音は凄い。米国ルーツ・ミュージックの様々な響きを織り交ぜた、ナチュラルな響き、モーダルな流れ、ファンクネスとは対極にある「フォーキー」な響きを宿したピアノ。

その新しい響きを宿したピアノに絡み、支えるベース。そのベース・ラインは決してジャジーでは無い。ジャジーなラインに全く拘らない、モーダルなベース・ライン。それまでの純ジャズには無かった音である。そして、ポリリズム溢れるドラム。ポリリズミックなドラミングが、ピアノとベースに絡み、鼓舞する。
 

Forest_flower

 
実は僕にとって、この頃のチャールス・ロイドのアルバムって、彼のテナーは二の次、この先進的なピアノ・トリオがお目当てだったのだ。ジャズ者初心者の頃、チャールス・ロイドのテナーについては、あまり好意的に感じなかったが、このキース、マクビー、デジョネットのトリオの音は聴いていて心地良かった。

肝心のチャールス・ロイドのテナーって、どうよ、ということだが、僕にとっては「判り易いコルトレーン」もしくは「こじんまりしたコルトレーン」、言い換えれば「期待を裏切らない、予想を外さないコルトレーン」。どうにもコルトレーンのコピーのイメージがつきまとう。アブストラクトにも振る舞うんだが、徹底的に、ということは無く「安全運転のコルトレーン」。

聴き易いんだけどなあ、判り易いし予想し易いだけどなあ。でもどこか乗りきれないというか、のめり込めないというか、軽いというか、何かが足らない。但し、フラワー・ムーブメントに乗った、胡散臭い一発屋という風には最近は思わなくなった。しかし、この頃のロイドはなんか中途半端なのだ。その中途半端さを払拭し、個性的な説得力を獲得するのは21世紀になってからになる。

当時、アーティスティックではあるが、難解になっていったジャズに対する反動だったのだろう。1967年当時、この判り易いロイドのテナーは、ジャズ者にとっては「福音」だったのだろう。当時、絶大なる人気を獲得したのはよく判る。時代にマッチしたテナー・カルテットだった。確かに今の耳にも聴き易い。好盤と言えば好盤ではある。

 
 

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2015年9月16日 (水曜日)

『生と死の幻想』のキースの個性

Keith Jarrett『Death and the Flower』(写真左)。邦題『生と死の幻想』。1974年10月の録音。『Fort Yawuh』『Treasure Island』と併せて、僕はオンパルス3部作と呼んでいる。このインパルス3部作を通して聴いて、キース・ジャレットの多面性を確認することができる。貴重な3枚である。

ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Guilherme Franco (per)。パーカッションだけが、Danny Johnsonから変わっているだけで、アメリカン・カルテットの4人は当然、変わらない。

収録曲はたったの3曲のみ。1曲目の「Death and the Flower」が22分49秒の長尺の演奏、そして、2曲目が「Prayer」で10分12秒、3曲目が「Great Bird」で8分45秒で、ジャズとしてはまずまずの長さ。いずれも、フリー、そしてスピリチュアルな音世界である。このアルバムには、3部作の前の2枚にあった、キースの個性の一つである「フォーキーでアーシー」な側面は全く存在しない。

この『生と死の幻想』に存在するキースの個性は、フリー・ジャズな個性とスピリチュアルな個性の唯2つのみが存在する。加えて、キースのフリー・ジャズな音世界は「とっちらかっている」。とりとめの無いフラグメントのような、様々なフリーな音が散りばめられている。アフリカン・ネイティブで現代音楽的な響き。

スピリチュアルな音世界は耽美的でリリカル。クラシックの印象派の様な、漠然と漂う様に耽美的でリリカル。ジャズらしかぬ豊かにかかったエコー、そこにペダルを踏んだ嘆美的な流れる様なピアノのフレーズ。おおよそ、ジャズとは形容し難い、スピリチュアルな演奏。ジャズの正反対を行くような音世界で包まれる。
 

Deth_and_the_flower

 
もともと、キースの個性の一つである「フリー・ジャズな音世界」は限りなく現代音楽の音に近い。伝統的なジャズの世界でのフリーなジャズ、いわゆるオーネットやコルトレーン、ローランド・カークの様に、ジャジーでそこはかと無くファンクネス漂う、激情的なフリーな音世界では無い。キースのフリーは、怜悧であり硬質であり人工的である。

キースのスピリチュアルな個性は、クラシック風であり宗教的である。印象派的であり場当たり的である。キースのスピリチュアルな音世界は、ジャズという即興演奏を旨とする音楽ジャンルでしか存在し得ない特殊なもの。クラシックでも無ければ、イージーリスニングでもアンビエントでも無い。ただ即興を旨とする演奏なので、やっとジャズという音楽ジャンルの中で成立している。

厳密に言えば、この『Death and the Flower』の音世界は、純ジャズやメインストリーム・ジャズという形容は難しい。即興演奏ということのみが共通点で、辛うじて「ジャズ」として成立している。現代音楽とするには余りにスピリチュアルで、イージーリスニングやアンビエントとするには、あまりに怜悧であり流動的である。

実は、僕はこの『生と死の幻想』については、今から35年ほど前、生まれて初めて聴いた時、何が何だか、さっぱり理解できなかった。このジャジーなリズム&ビートが希薄なフリー、そしてスピリチュアルな音世界については、全く理解出来なかった。今では何と無く理解出来る様にはなったが、一体キースは何を表現したかったのか、がイマイチ判らない。

それでも、ジャズ本やジャズ盤紹介本では、この『生と死の幻想』は、キースの初期の代表盤として紹介されているケースが多い。でも、僕はそうは思わない。このアルバムの音世界が、多面性あるキースの個性の一つであるフリー、そしてスピリチュアルを的確に表現しているとは言い難いと感じるのだ。

 
 

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2015年9月15日 (火曜日)

キースの多面性を追体験する

今となってはスタンダーズ・トリオばかりがクローズアップされるキースだが、キースのキャリアの中ではスタンダーズ・トリオは別のものとして評価されるべきで、キース独自の個性については、スタンダーズ・トリオ抜きに語られるべきだと思う。

そういう意味では、このアルバムは、キースを理解する上で、実にユニークなアルバムである。キースの多面性を追体験することができる。Keith Jarrett『Treasure Island』(写真左)。インパルス・レーベルでのキースの「アメリカン・カルテット」の第2弾。

1974年2月の録音になる。ちなみにパーソネルは、前作『Fort Yawuh』と同じ、Keith Jarrett (p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Danny Johnson (per)。

このアルバムは、キースの多面性の中の「特異な一面」を聴くことが出来る。フォーキーでアーシー、図太く、あっけらかんと明るい雰囲気が溢れ出るアルバムである。キースといえば、洗練された繊細な感覚あふれるピアニストという一般的評価があるが、このアルバムはそれとは全く違った側面を見せる。

それに加え、もう一つのキースの「特異な一面」であるフリーキーな側面を聴くことが出来る。3曲目の「Fullsuvollivus (Fools of All of Us)」と7曲目「Angles (Without Edges)」を聴いてほしい。
 

Keith_jarrett_treasure_island

 
キースもフリージャズの洗礼を受けていたんやなあ、と感慨に耽る。というか、本人からして、自らの個性と自認している「ふし」がある。しかし、キースのフリーは「暗くない」。キースのフリーは不思議と「明るい」。でも、キースのフリーは何かとっちらかっていて、とりとめが無い。

3曲目と7曲目のフリージャズ的演奏の他は、とことんアーシーで力強くて明るく、ロマンティシズム溢れる演奏だ。特に、1曲目「The Rich (And the Poor)」。ドスンと力強く歩くようなリズムに乗って、キースのゴスペルっぽいピアノが唄い、レッドマンのサックスが唄う。

4曲目の「Treasure Island」もアーシーでロマンチック。2曲目「Blue Streak」、6曲目「Le Mistral」は米国フォークソングの雰囲気がプンプンして、とっても素敵な演奏になっている。ラストの「Sister Fortune」は、キース流のクロスオーバー・ジャズと言っても良い演奏。

そう、このアルバムは、現在、公に定着しているキースのイメージからすると、よっぽどキースらしくないアルバムである。しかし、僕はそこが好きだ。変にリリカルに耽美的にスタンダードを演奏しているキースより、フォーキーでアーシーで、米国ルーツ・ミュージック風のジャズ丸出しのキースの方がよっぽど人間臭くて僕は好きだ。

 
 

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2015年9月14日 (月曜日)

アメリカン・カルテットの第1弾

1970年代のキースは、ソロピアノと並行してカルテットで活動していました。インパルスレーベルを中心に米国で活動したカルテットを「アメリカン・カルテット」と呼び、ECMレーベルにて、欧州で活動したカルテットを「ヨーロピアン・カルテット」と呼び、この2つの異なる個性のカルテットをキースは使い分けていました。

双方、まったく性格の違うカルテットで、「アメリカン・カルテット」は、火の出るような激しくテンションの高い演奏が多く、「ヨーロピアン・カルテット」は、透明感のある冷静でリリカルな演奏が中心でした。どちらも、キースがリーダーでしたから、キースは、「アメリカン・カルテット」と「ヨーロピアン・カルテット」をうまく使い分けて、キースの2面性を表現していた様に感じます。

さて、まずは「アメリカン・カルテット」を聴き直してみたいと思います。インパルスでのキース・ジャレットの第一弾で、ビレッジ・バンガードでのライブ音源。Keith Jarrett『Fort Yawuh』(写真左)。1973年2月24日の録音。

ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett(p, sax, per), Dewey Redman (ts), Charlie Haden (b, per), Paul Motian (ds, per), Danny Johnson (per)。伝説の「アメリカン・カルテット」+パーカッション奏者。まだ、アメリカン・カルテット一本で行く、というところまでは思い切っていない。
 

Keith_jarrett_fort_yawuh

 
もちろん、全曲キースのオリジナル。思いっきり強引にフリーな演奏を重ねて行く1曲目の「(If the) Misfits (Wear It)」から始まるので、スタンダーズ・トリオでのリリカルなキースをイメージして聴くと、おったまげてしまうのでは、と思います。でも、これがキースの本質の1つ目なんですよね。

2曲目のタイトル曲「Fort Yawuh」もかなり自由度の高い、フリーな演奏ですが、3曲目の「De Drums」で思わず「おおっ」と声を上げてしまいます。キースの本質の2つ目、アフリカン・ネイティブな、アーシーでフォーキーな8ビート曲。アーシーなリズム&ビートが実にアフリカンな響き。これもまた「ジャズ」である。

4曲目の「Still Life, Still Life」は、美しいピアノではじまり、情感溢れるリリカルな演奏が展開される。う〜ん、これもキースの本質、3つ目の本質である。リリカルなピアノ、スピリチュアルな展開、耽美的な響き、5曲目の「Roads Traveled, Roads Veiled」は限りなく美しい。

このインパルスでの「アメリカン・カルテット」の第1弾『Fort Yawuh』は、当時のキースの多面性を良く表したライブ盤です。この多面性がキースの特質で、以降、この多面性を「アメリカン・カルテット」と「ヨーロピアン・カルテット」と使い分けて表現していきます。演奏のレベルも高く、上質の純ジャズです。

 
 

震災から4年6ヶ月。決して忘れない。まだ4年6ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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