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2018年2月14日 (水曜日)

ごった煮の「アメリカン4」

キースのアメリカン・カルテットを聴き直しているんだが、アメリカン4って、演奏内容がちょっととっちらかっているところがあって、洗練度合いが足らないと言ったら良いのか、決め手に欠けると言ったら良いのか、キースらしいと言えばキースらしい、やりたいことがてんこ盛りなアルバムがほとんど。

もう少し演奏内容を整理して、やりたいことを整理して、アルバム単位の演奏内容を整えたら良いのに、と常々思うのだが、このアメリカン4においては、そうはいかなかったみたいだ。それと、このアメリカン4、テナーのデューイ・レッドマンの存在感というものが良く判らなくて、これはこれで釈然としない感がどうしても残る。

Keith Jarrett『Expectations』(写真)。このアルバムだって、そういう傾向を引き継いでいる。1972年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p, ss, conga), Charlie Haden (b), Paul Motian (ds, conga), Dewey Redman (ts), のアメリカン4に加えて、Sam Brown (g), Airto Moreira (perc)。ギターとパーカッションが客演した、キースのアメリカン4である。
  

Expectations

 
内容はと言えば、ギターとパーカッションが加入したことにより、キースの「やりたいことがてんこ盛り」な面が思いっきり出た内容になっている。ピアノの響きが豊かで流麗な正統派なピアノ・トリオな演奏があれば、アフリカン・ネイティブなゴスペル調のフォーキーな演奏あり、アブストラクトな演奏あり、現代音楽風の完全フリーな演奏あり、とにかくごった煮。

やりたいことのそれぞれを単発で聴けば、どれもが優れた内容である。勿体ないなあ。もう少し演奏内容を整理して、やりたいことを整理すれば良いのに、と改めて思ってしまう。そして、どの演奏を聴いても、この盤でも、デューイのテナー、ブラウンのギター、アイアートのパーカションの存在の意味が何と無く良く判らない。

この盤、ジャケットを見て、キース盤として見ると違和感を感じるんだが、キースのアルバムの中で、この盤だけ「Columbiaレーベル」からのリリースになっている。LPだと2枚組、そして曲によってストリングスやブラスが配されていて、さすが大手レーベルって感じなのだが、なんとなく、キースに合わないなあ、というのが僕の本音。そういう意味で、この盤は、キースのアルバムの中でも異色盤として捉えて良いかと思います。

 
 

東日本大震災から6年11ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2018年2月13日 (火曜日)

『Shades』と『Mysteries』

「キースのアメリカン・カルテット」は、フォーキーでゴスペルチックな「アーシーな演奏」と自由度の高い「フリーキーな演奏」との2面性が個性。その2面性を活かしながら、躍動感に満ちた「動」の演奏と、静的な美しさを追求した「静」の演奏を織り交ぜて、変化を付けている。

アメリカン・カルテットにおける、その「動」と「静」の緩急の付け方が良く判るアルバムがある。Keith Jarrett『Shades』(写真左)と、Keith Jarrett『Mysteries』(写真右)の2枚。キースのアメリカン・カルテットのアルバムとしては地味で目立たないもので、ジャズ盤紹介本やキースの代表盤の紹介には、まず挙がってこないアルバムである。

まず、Keith Jarrett『Shades』。1975年の録音。後にご紹介する『Mysteries』と同時期に録音された演奏集。こちらのアルバムは、本作はバラエティーに富んだ、躍動感にあふれるパフォーマンスが楽しめる。冒頭の「Shades Of Jazz」から、高速4ビートに乗って、モーダルな限りなく自由度の高いインプロビゼーションが展開されます。適度の熱気とテンションが耳に心地良い。
 

Shades_mysteries

 
もう一枚が、Keith Jarrett『Mysteries』。これも1975年の録音。先にご紹介した『Shades』と同時期に録音された演奏集。バラエティーに富んだ、躍動感にあふれる『Shades』に対し、本作は静的な美しさを追求したパフォーマンスが楽しめる。フリーっぽいアプローチの曲や民族音楽的アプローチの曲もあって、バラエティーに富んでいるのは『Shades』と同じ。

どちらのアルバムも聴けば、なかなかの内容やないか〜、と感心するのですが、ヘビロテすることが無いんですよね。何故かなあ、と思い返して見ると、やはり、演奏内容がちょっととっちらかっているところがあって、散漫な印象が残るからかなあ、と思っています。洗練度合いが足らないと言ったら良いのか、決め手に欠けると言ったら良いのか、キースらしいと言えばキースらしい、やりたいことがてんこ盛りな演奏内容です。

改めて「アメリカン・カルテット」。パーソネルは、Keith Jarrett (p, ss, fl, osi drums, per), Dewey Redman (ts, per), Charlie Haden (b), Paul Motian (ds, per)。キースはピアノだけでなく、ソプラノ・サックスやフルートも吹くし、ドラム&パーカッションも叩いている。メンバーの中にテナーもドラムのいるのにも関わらず、である。何がキースの狙いだったのか。僕にとっては、今でも不明である(笑)。

 
 

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2018年2月12日 (月曜日)

アメリカン・カルテットの初録音

振り返ると、どうも「キースのアメリカン・カルテット」について、しっかりと聴いていないのではないか、と最近思うようになった。ので、このところ、しっかりと「キースのアメリカン・カルテット」のアルバムを聴き直してきた。意外とアメリカン・カルテットはとっちらかっていて、意外とまとまりのないカルテットだった様な気がしている。

さて、この「キースのアメリカン・カルテット」の始まりはこのアルバム2枚に記録されている。Keith Jarrett『The Mourning of a Star』(写真左)と『El Juicio』(写真右)。1971年7月と8月の録音。ちなみにパーソネルは、Keith Jarrett (p, ss, conga), Charlie Haden (b), Paul Motian (ds, conga), Dewey Redman (ts)。

まず、最初は『The Mourning of a Star(邦題:流星)』らしい。この盤のパーソネルは、キース+ヘイデン+モチアンの「アメリカン・トリオ」な編成で、テナーのレッドマンは入っていない。ソプラノ・サックスの音がするが、これはキースが吹いている。フリー・ジャズの影響と、キース特有のリリシズムが不思議なバランスで同居した一枚。キースのフォーキーでゴスペルチックなピアノが懐かしい。初期のキースは、米国ルーツ音楽への傾倒が特徴のひとつだった。
 

The_mourning_of_a_star_el_juicio

 
同じ時期の録音として、『The Mourning of a Star』の4年後にリリースされた盤が『El Juicio(The Judgement)』。邦題は『最後の審判』。こちらは、レッドマンのテナーが参加していて、キース+ヘイデン+モチアン+レッドマンの混じり気無しの「アメリカン・カルテット」な演奏。この盤でも、キースはフォーキーでゴスペルチックなピアノとフリーキーなピアノの2面性が明確である。

レッドマンはこのフリーキーなピアノのキースに反応して、イマージネーション溢れるテナーを吹き上げている。それでも、オーネット・コールマンに捧げられた「Piece for Ornette」では、キースはソプラノ・サックスを吹きまくっている。テナーのレッドマンがいながらのこの振る舞い。まだ、フロントのテナーが必要なのかどうか、迷っていたのかもしれない。

この初期の2枚の録音には、「キースのアメリカン・カルテット」の特徴である、フォーキーでゴスペルチックな「アーシーな演奏」と、自由度の高い「フリーキーな演奏」との2面性がしっかりと記録されている。ただし、収録曲はどれもが少し「とっちらかった印象」で、洗練度が足らない。キースがあまりに閃き中心に演奏を進めていた印象があって、この後どうなるのか、期待と不安が入り交じった内容に留まっている。

 
 

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2017年11月24日 (金曜日)

キースだけの「長時間即興演奏」

僕は最初、このライブ盤のパフォーマンスの良さが全く判らなかった。というか、パフォーマンスの内容が理解出来なかった、と言った方か良い。この延々と続く即興のパフォーマンス。LPにして3枚組のボリューム。しかも楽器はピアノのみ。

1970年代半ばから、ジャズの世界で暫くの間続いた「ソロ・ピアノ」ブーム。その中心にいたピアニストが「Keith Jarrett(キース・ジャレット)」。そのキースのソロ・ピアノのアルバムの中で、1979年当時、一番有名だったのが、このアルバムだった。Keith Jarrett『Solo Concerts: Bremen/Lausanne』(写真左)。1973年3月20日がLausanne(ローザンヌ)で、1973年7月12日がBremen(ブレーメン)でのライブ録音。

アルバムはブレーメンのライブから始まる。最初の15〜6分辺りまでは、クラシックをポップに崩したような、クラシック・ピアノで、即興の軽音楽を弾いているような、なんだかはっきりしない、手探りのような演奏が続く。僕は最初の頃、この始まりから15〜6分辺りまでのパフォーマンスが退屈で我慢できなかった。これがいかんかった。始まりから16分辺りからライブの音世界は一変する。左手のブロック・コード、右手のアドリブ・フレーズの節回しがジャジーなオフビートを叩き始める。

そうなったらしめたもので、キースのソロ・ピアノの世界は明らかに「ジャズ」一色に染まる。ジャジーなビートから、ゴスペルチックなビートまで、米国ルーツ・ミュージックを彷彿とさせるオフビート。印象的なアドリブ・フレーズのイメージが湧き出てくるまでは、パーカッションなビート演奏で乗り切る。イメージ湧き出てくると、途端にキャッチャーで流麗なアドリブ・フレーズが疾走する。そして、延々45分以上、ブレーメンの演奏が終わるまで続く。
 

Solo_concerts_bremenlausanne

 
ローザンヌの演奏は難物だ。こちらの前半部は、クラシックの即興演奏も出来るのですよ、な感じの、クラシックをポップに崩したような、クラシック・ピアノで即興の軽音楽を弾いているような自己顕示欲の強い演奏が続く。これが辛い。が、時々、思い出した様に、ジャジーなビートから、ゴスペルチックなビートが顔を出し、いきなり「ジャズ」な展開になる。しかし、今度は現代音楽的なフリーでアブストラクトな展開に陥り、途端に我慢を強いられる。そして、リリカルで耽美的な展開に転身して、いきなり終焉を迎える。

キースの即興演奏の個性は、突如として現れるジャジーなビートから、ゴスペルチックなビートに乗った印象的なアドリブ・フレーズがある程度長い時間続く「カタルシス」である。このある程度長い時間続く「カタルシス」が、一種のスピリチュアル・ジャズ的な効果を生み出している。このスピリチュアルな要素、これがキースの即興演奏の「ミソ」であると理解した。これが判るまでに僕は20年かかった。やっと、このLP3枚組ライブ盤の内容を理解出来たことになる。

キースの即興演奏はフォロワーを生まない。ジャズの即興演奏は「ビ・バップ」の3〜4分の演奏の中での、一発勝負的な瞬間芸の様なアドリブ演奏が理想とされる。それでは短い、とハードバップでは数分のアドリブ演奏が良しとされた。他のジャズメンにはこれが基準。キースの即興演奏は数十分から長い時は1時間にも及ぶ。他のジャズメンには必要の無い演奏時間の長さ。キースの即興演奏に必要となるのは、長時間の演奏に絶え得る「体力」というよりは、飽きることが無い、強い「精神力」。

キースのみにしか為し得ない、キースにしか必要の無い長時間の即興演奏。その記録がこのLP3枚組のボックス盤に詰まっている。この盤を皮切りに、キースはこの、ある程度長い時間続く「カタルシス」をトコトン追求することを選択する。そして、現在まで、10枚以上のソロ・ピアノ盤をリリースする。完成形・最終形の無い即興演奏の世界。この追求は何時まで、何処まで続くのだろうか。トコトン付き合うつもりである。

 
 

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2017年6月24日 (土曜日)

キースの体調不良の前触れ

キース・ジャレットの聴き直しをどんどん進める。1991年9月28日、ジャズの帝王、マイルス・デイヴィスが鬼籍に入った。当時のジャズ界に衝撃が走った。ジャズ界を長年牽引してきた、絶対的リーダーな存在の「ジャズの帝王」が消えていなくなってしまったのである。一瞬、ジャズメンの全ては途方に暮れる状態になった。

で、そこはミュージシャンである。自ら、マイルス・トリビュートのアルバムを企図し始める。マイルス・トリビュートのアルバムを世に出すことで、マイルスの逝去に対する「追悼の意」を明確に表現するのだ。著名なジャズメンはこぞって、マイルス・トリビュートのアルバムをリリースした。

キース・ジャレットとて例外では無かった。マイルス逝去後、2週間でスタジオに入る。その頃、キースのスタンダーズはライブ・レコーディングがほとんど。それがスタジオ録音に入った。演奏時のテンションの維持やアドリブ展開時のイマージネーションの閃きについて問題は出ないのか。即興演奏がメインのスタンダーズにとっては試練のレコーディングだったようだ。

Keith Jarrett『Bye Bye Blackbird』(写真左)。1991年10月12日の録音。ちなみにパーソネルは、もはや言わずもがなの、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。いわゆる「スタンダーズ」の3人である。

しかし、マイルス・トリビュート盤でありながら、リリースは1993年4月、マイルスが鬼籍に入ってから、1年半が経過していた。これでは「追悼盤」としては、リリースのタイミングが余りにズレている。
 

Bye_bye_blackbird

 
リリース当時、聴いてみて「なるほどなあ」と自ら納得してしまった。本作はマイルス追悼作として、マイルス風の展開を含んだ曲、マイルスゆかりの曲を選んで収録しているみたいなんだが、どうにもこうにも、マイルス風のフレーズが出てくる訳でも無く、マイルス追悼の意を確認できる様な内容の演奏がある訳でも無い。

どの演奏も躍動感に乏しく、沈鬱な雰囲気が見え隠れする。最初は、スタンダーズの3人それぞれのマイルスを亡くした悲しみがそうさせるのか、とも思ったが、どうもそうではなかったみたい。ベースのピーコック、ドラムのデジョネットはそれなりにリズム&ビートをスタンダーズ風に即興演奏な展開をしているのだが、キースがそれについていっていない。

肝心のリーダーのキースのピアノが意外と「不調」である。演奏時のテンション、アドリブ展開時のイマージネーションの閃きに明らかに問題が生じている感じなのだ。この盤のリリース当時、この盤を聴きながら、キースの身に何か異変が生じているのではないか、と不安になったことを覚えている。なるほど、マイルス追悼盤として、リリースのタイミングが遅れた訳である。

やはりスタジオ録音という環境に問題があったのではなかろうか。加えて明らかにキースは不調である。後の1996年、キースは激しい疲労感に襲われ、演奏することもままならない状態に陥いる。慢性疲労症候群と診断され、以降の活動停止。自宅療養を余儀なくされた。その前触れの様な、この盤の内容である。マイルス・トリビュート盤としてはちょっと、という感じかな。

 
 

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2017年6月22日 (木曜日)

少しマンネリのスタンダーズ

キース・ジャレットのリーダー作の聴き直しを進めている。これがなかなか面白い。特に「スタンダーズ」におけるキースの音作りに関する「戦略」が垣間見えて面白い。

改めて、キース・ジャレットの「スタンダーズ」。スタンダード曲の親しみ易い旋律を借りて、その親しみ易い旋律を基に「即興」を展開する。スタンダード曲の旋律をちょっと借りているだけで、基本はキース独特の「即興」がメイン。

ファンクネス皆無、リリカルで耽美的、硬質で凛として流麗、硬軟自在なダイナミズム、それらをピアノ・トリオのインプロビゼーションという限りなく自由度の高いレベルで表現する。いわゆる「即興」を前面に押し出した展開である。

Keith Jarrett『The Cure』(写真左)。邦題『ボディ・アンド・ソウル』。1990年4月21日、ニューヨークのタウンホールでのライブ録音。ちなみにパーソネルは、もはや言わずもがなの、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。いわゆる「スタンダーズ」の3人である。

このライブ盤、収録された曲を見ると、思わず「うむむ」と唸る。冒頭にセロニアス・モンクの「Bemsha Swing」が収録されている。キースとは真逆とは言わないまでも、キースの個性から一番遠いところにあるであろう、セロニアス・モンクの名曲。あの独特の飛んだり跳ねたりの旋律と独特のタイム感。
 

The_cure_2

 
キースはどうやって料理するのか、と思いきや、「Bemsha Swing」を借りて流麗にテーマを弾いて、それから、セロニアス・モンクの「飛んだり跳ねたり」の旋律の個性や「独特のタイム感」は全く引用すること無く、キースの「スタンダーズ」お得意の即興演奏が展開される。モンクの影はほとんど感じられない。

以降の曲については、ちょっと渋めのスタンダード曲を選んで演奏しているが、演奏の傾向は皆同じ。スタンダード曲の親しみ易い旋律を借りて、その親しみ易い旋律を基に「即興」を展開する。スタンダード曲の旋律をちょっと借りているだけで、基本はキース独特の「即興」がメイン。

「即興」は独特の個性であり、個性であるが故に、パターンが定型化される危険性がある。1983年にスタンダーズを旗揚げして、この『The Cure』で9枚目のアルバムになる。即興演奏という切り口からすると、さすがにちょっとマンネリな雰囲気が見え隠れしても仕方が無い。確かに、このライブ盤では、今までの「即興」におけるワクワク感がちょっと少なく感じる。

このライブ盤を聴くと、いよいよスタンダーズもマンネリの時期に差し掛かってきたのかな、と感じる。大丈夫なのか、と少し心配になる様な内容の『The Cure』。飛ぶ鳥を落とす勢いの「スタンダーズ」だったが、ここにきて、ピークを過ぎた感、手慣れた感が見え隠れする。この盤を初めて聴いた当時、初めて「スタンダーズ」に対して心配になったことを思い出した。

 
 

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2017年6月19日 (月曜日)

熟し切った「スタンダーズ」です

キース・ジャレットの聴き直しを再開した。そう言えば、暫く止まっていた。スタンダーズ・トリオ真っ只中だったような。ちょうど『Standards in Norway』まで聴き直した様な記憶がある。ということで、今日はこれである。

Keith Jarrett『Tribute』(写真左)。1989年10月15日、西ドイツ(当時)ケルンのコンサート・ホール(Kölner Philharmonie)でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、もはや言わずもがなの、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。いわゆる「スタンダーズ」の3人である。

オスロでの『Standards in Norway』の8日後のケルンでの『Tribute』である。演奏内容は似通っている。トリオの三人の「融合度・連携度」がかなり高い。いつになく、ゲーリー・ピーコックのベースが前面に出てきて、インプロビゼーション全体をリードする瞬間が多く出てくる。これは珍しいこと。目立ちたがり屋のデジョネットのドラムも、後に回ってバッキングに徹する場面が多い。

もともと、このキースの「スタンダーズ」、北欧ジャズのピアノ・トリオの響きがベースとなっているような、ファンクネス皆無、リリカルで耽美的、硬質で凛として流麗、硬軟自在なダイナミズム、それらをピアノ・トリオのインプロビゼーションという限りなく自由度の高いレベルで表現する。いわゆる「即興」を前面に押し出した展開である。

しかし、自作曲での「即興」となると説得力が弱くなる。独りよがりなどど揶揄される危険性がある。スタンダード曲の親しみ易い旋律を借りて、その親しみ易い旋律を基に「即興」を展開する。説得力が増す。まあ、キースの場合は、スタンダード曲の旋律をちょっと借りているだけなんだけどね。
 

Tribute

 
基本は、キース独特の「即興」がメインである。CD2枚組のボリュームではあるが飽きは来ない。1曲1曲の演奏時間は長いが一気にCD2枚を聴き切ってしまうくらいに、演奏の密度は濃い。

北欧ジャズのピアノ・トリオの響きがベースとなっているような、ファンクネス皆無、リリカルで耽美的、硬質で凛として流麗、硬軟自在なダイナミズム溢れる演奏が主体であるが、CDのそれぞれラストに「ゴスペル」チックな演奏「Sun Prayer」と「カリプソ」チックな演奏「U Dance」が織り込まれている。

この辺がキースの不思議なところで、要所要所に「ゴスペル」チックな演奏、「カリプソ」チックな演奏を織り込む意味が僕はイマイチ判らない。この「スタンダーズ」の2面性が未だに不思議である。白人系のキースが「ゴスペル」「カリプソ」をやる。確かにダイナミズムは感じるが、ファンクネスは希薄である。それでも、キースは要所要所で「ゴスペル」「カリプソ」をやる。

このCD2枚組のライブ盤『Tribute』は、スタンダーズの熟し切ったパフォーマンスをしっかりと記録している。マンネリズム一歩手前。希有なピアノ・トリオの充実の即興演奏がここに記録されている。キースの唸り声は相変わらずだが、これだけ充実したパフォーマンスの中ではあまり気にならない。好盤です。

 
 

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2016年11月12日 (土曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・54

今日は午後になって暖かくなった。この気温でやっと11月の中旬だって実感する。今年は寒くなるのが早すぎだ。しかし、これだけ寒くなると、本格的なピアノ・トリオをじっくり聴くことが出来る。ということで、キース・ジャレットの「スタンダーズ」の聴き直しを継続する。

キースの「スタンダーズ」、ヘッドフォンで聴くにはちょっと辛い瞬間がある。それはキース「唸り声」である。キースは、アドリブ展開に入ると、決まって「唸る」。それも結構大きな声で唸る。しかも、聴き易い歌声の様なものではない。キースの「スタンダーズ」を聴き込む場合、このキースの唸り声をどう処理するかで、その適合度合いは変わってくる。

Keith Jarrett『Standards in Norway』(写真左)。1989年10月7日、オスロでのライブ録音。改めてパーソネルは、もちろん、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。いわゆる「スタンダーズ」である。

このスタンダーズのライブは入手以来、恐らく、スタンダーズのアルバムの中で一番の「ヘビロテ盤」である。それは何故か。キースの「唸り声」が控えめで、至極、聴き易いからである(笑)。加えて、他のライブ盤に比べて、演奏のリラックス度合いが高い。当方にとっても、のんびり、リラックスして聴くことができるからである。
 

Standards_in_norway

 
しかも、このライブ、トリオの三人の「融合度・連携度」がかなり高い。いつになく、ゲーリー・ピーコックのベースが前面に出てきて、インプロビゼーション全体をリードする瞬間が多く出てくる。これは珍しいこと。目立ちたがり屋のデジョネットのドラムも、後に回ってバッキングに徹する場面が多い。

キースのピアノも、自らを目立たたせる大仰なパフォーマンスを控えめにして、バックのベース、ドラムの音をよく聴きながら、三者融合のアドリブ・パフォーマンスを繰り広げている。これが実に良い。これだけハイテクニックで優秀なジャズメンの3人である。お互いの音をよく聴きながらの融合のパフォーマンスを繰り広げれば、それはそれは素晴らしいものである。

しかし、このライブ盤、1989年の録音であるが、リリースは1995年。録音から発売まで約6年、このライブ音源は寝かされた。他の盤と半分以上の収録曲がダブっているから、というのが大方の理由とされるが、意外とこのライブ盤の評価は評論家筋からあまりは良く無い。これだけ、一般のジャズ者と評論家筋との評価が正反対のアルバムも珍しい。

ジャケットもかなり地味ですが、このスタンダーズのライブ盤、キースの「スタンダーズ」のライブ音源の中でも、僕にとっては一番の内容です。長く「ヘビロテ盤」として付き合っていける好盤、「スタンダーズ」のアルバムの中での「イチ押し」の一枚です。

 
 

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2016年11月11日 (金曜日)

ベース、ドラム入りのケルン

立冬を過ぎて、本格的に寒くなった。これだけ寒くなると、本格的なピアノ・トリオをじっくり聴くことが出来る。ということで、久し振りに、キース・ジャレットの「スタンダーズ」の聴き直しを再開した。さて、どこからだっけ。そうそう、この盤からでした。

Keith Jarrett『Changeless』(写真左)。「スタンダーズ」の1987年10月のライブ録音。1曲目が14日のデンバー、2曲目が11日のダラス、3曲目が9日のレキシントン、4曲目が12日のヒューストン。改めてパーソネルは、もちろん、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。

この盤は、4曲全てがキースのオリジナル。スタンダーズのトリオで、キースのオリジナルを演奏しているのだ。これは1983年1月、ニューヨークでの録音の『Changes』と同じ趣向である。キースのオリジナル曲だけで固められた「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心のライブ盤である。
 

Changeless

 
「ベース、ドラム入りのケルン」という表現が良く似合う。キースのオリジナルばかりなので、その形容が更に信憑性を増す。逆に、ベース、ドラムが無くても、この盤の演奏は成立する。というか、無い方が良いくらいだ。即興演奏の塊である。それも、キースの個性満載の即興演奏。

ベース、ドラムもそれぞれ、テクニックの粋を尽くして、最高のパフォーマンスを繰り広げる。しかし、キースのオリジナル曲の即興演奏とは相容れ無い。三者三様、目指す方向は一緒なんだが、別々の道を歩んでいるような雰囲気。つまりは「スタンダーズ」は、キースのオリジナルをやる、のでは成立しない、と僕は思う。

ちなみに、この『Changeless』以降、キースのオリジナルで固めた即興演奏中心の所謂「ベース、ドラム入りのケルン」を演奏する「スタンダーズ」は封印される。やはり「スタンダーズ」はスタンダード曲を中心にインプロビゼーションするのが一番だ。

 
 

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2016年6月 7日 (火曜日)

ピアノ・トリオの代表的名盤・53

「それじゃあ、スタンダーズ・トリオで行くべ」ということで、正式に旗揚げした、キース・ジャレット率いるスタンダーズ・トリオ。まずは一発『Standards Live』(2015年9月10日のブログ)をリリース。

この『Standards Live』は、先ずはスタンダーズ・トリオの代表作の一枚。先ずは、このライブ盤を聴きながら、キースの考える、キースの美意識の塊であるスタンダーズ・トリオを体感し、実感する。つまりは、スタンダード曲をベースにした「即興要素」の強い、インプロビゼーションが中心の「インタープレイ」である。

これが受けに受けた。三者三様、それぞれがソロ演奏のスタイルを変えずに「インタープレイ」するだけなんだが、新しいスタンダード曲の解釈である、ともてはやされた。新しいピアノ・トリオの基準とも言われた。で、思いっきり気を良くしたキースとアイヒャーはLP2枚組のライブ盤をリリースする。

Keith Jarrett Trio『Still Live』(写真左)である。1986年7月、ミュンヘンのフィルハーモニック・ホールでのライブ録音。もちろんパーソネルは、Keith Jarrett (p), Gary Peacock (b), Jack DeJohnette (ds)。鉄壁の3人である。

収録された曲を見渡すと、あれまあ、どれもがほとんど「誰もが知っている大スタンダード曲」をズラリと並べている。あれれ、皆があまり知らない、魅力的なスタンダード曲を発掘して、聴き手の期待に応える、という点はどこへ行ったのやら。これはまあ、キースらしからぬ暴挙である(笑)。
 

Still_live

 
ビル・エバンスの持ち曲をメインに、キースの考える「インタープレイ」を展開する。「インタープレイ」の祖、ビル・エバンス・トリオに肉薄し、凌駕したかと言えば、実はそうでもない、というところが本音かな。

このスタンダーズ・トリオの「インタープレイ」の基本は、三者三様、それぞれが従来のソロ演奏のスタイルを変えずに「即興要素」の強いインプロビゼーションを展開すること。これって、別にキースの自作曲でも同じこと。スタンダード曲をメインに据えれば、その「マンネリ」リスクを回避できるという利点はある。

つまりは、このスタンダーズ・トリオのインタープレイは、トリオのメンバーそれぞれの、従来からのインタープレイの素晴らしさを再現している訳で、ビル・エバンス・トリオのインタープレイのアプローチとはちょっと異なるので、比較の対象にはならない。スタンダーズ・トリオのインタープレイはそれはそれで実に優れたパフォーマンスなのだ。

しかし、この大スタンダード曲のオンパレードはなんだ。まあ、その点は次作から修正されるので良しとしましょう(笑)。しかし、それが故にこのライブ盤は売れに売れました。「ベース、ドラム入りのケルン」と形容したジャズ者の方がいましたが、けだし名言でしょう。

 
 

震災から5年2ヶ月。決して忘れない。まだ5年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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