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2018年5月20日 (日曜日)

カントリー・ロックの雄です。

米国ルーツ・ロックの話題は続く。1970年代前半、米国ルーツ・ロックのトレンドは「フォーク・ロック」もしくは「カントリー・ロック」。カントリー&フォークのテイストをロック・ビートに乗せる。1960年代の終わり、ウッドストック以降、ロックが音楽ビジネスとして取り上げられ始めた頃、米国ルーツ・ロックの初めとして、「フォーク・ロック」もしくは「カントリー・ロック」は流行した。

フォーク&カントリー・ロックの代表と言えば「Eagles(イーグルス)」。1971年、リンダ・ロンシュタットのバックバンド(Linda Ronstadt & Her Band)の編成のために、名うてのミュージシャンが集められた後、このバックバンドが独立しデビュー、米国西海岸ロックの雄でありながら、世界的レベルの成功を収めた伝説のロックバンドである。

彼らの当初の個性は、ファースト盤を聴けば良く判る。そのファースト盤とは『Eagles』(写真)。邦題『イーグルス・ファースト』。1972年6月のリリース。ちなみにパーソネルは、Glenn Frey (vo, g), ,Don Henley (vo, ds), Bernie Leadon (vo, g, banjo), Randy Meisner (vo, b)。今から振り返れば、米国西海岸ロックの伝説のメンバーである。
 

Eagles_first  

 
冒頭の「Take It Easy」は、ジャクソン・ブラウンとグレン・フライの共作。バーニー・レドンの奏でるバンジョーとスティール・ギターが絶妙なカントリー・テイストを醸し出し、この楽曲をカントリー・ロックの名曲たらしめている。この曲、実は前奏からカントリー・フレーバー満載で、ロックビートとの絶妙なバランスが素晴らしい。

が、2曲目の「Witchy Woman」から、ハードロックなテイストが入り込んでくる。3曲目の「Chug All Night」などは、ライトなハードロックという印象。イーグルスというバンド、活動初期から中盤までのヒット曲は「フォーク&カントリー・ロック」のテイストを前面に押し出しているが、実は結構「ハードロック」な要素を好みとしている。僕達は当時「カントリー・ハード・ロック」と呼んでいた位だ。

この「ハードロック」な要素を前面に押し出した名作が『Hotel California』。この盤に至っては「フォーク&カントリー・ロック」な要素は完全に後退している。が、このファースト盤では「フォーク&カントリー・ロック」のテイスト満載、西海岸ロックの代表的バンドの当初の姿をしっかりと留めている。米国ルーツ・ロックの好盤の一枚。

 
 

東日本大震災から7年2ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2018年1月20日 (土曜日)

ホテル・カリフォルニア・40周年

40周年。あれから40年になるのか。リリースは、1976年12月8日。まだ、我が国ではメジャーな存在になる一歩手前の米国西海岸のバンドで、このアルバムのリリース時、暫くはそんなに話題にならなかった記憶がある。当然、後に名曲とされ、世界的に大ヒットしたタイトル曲だって、このアルバムの発売時点では、別の曲「New Kid in Town」(全米1位を獲得)がシングル・カットされていた。

Eagles『Hotel California』(写真)。米国西海岸ロックの雄、イーグルスの5作目のアルバム。前作、1975年6月リリースの『One of These Nights(呪われた夜)』が、イーグルスのアルバムとして初めて、加えて、1976年2月リリースの『Their Greatest Hits 1971-1975』も続いて、全米No1ヒットを獲得し(確かにこの2枚は良かった)、米国では次作への期待が高まる中でのリリースであった。

日本ではあんまり盛り上がっていなかったと記憶している。まだまだ、米国西海岸ロックはマイナーな存在で、僕は当時、高校生で、1976年の夏は、この『呪われた夜』や『グレイテスト・ヒッツ 1971-1975』を聴きまくっていたんだが、周りのロック小僧から、変わり者扱いされたことを覚えている。そんな環境での、この『ホテル・カリフォルニア』のリリースである。当時、意外と地味であった。

最初はアルバムを買わなかった。FM大阪の人気音楽番組「ビート・オン・プラザ」で全曲エアチェック出来た。1976年12月と言えば、僕は高校3年生、大学受験まっしぐら。ではあるが、高校時代、遊びに遊んだので「浪人確定」の状態で、精神的にドップリ暗くなっての初『ホテル・カリフォルニア』であった。そして、聴いてビックリ。ハードなロックな雰囲気がメイン。それまでのフォーク・ロックな雰囲気は大きく後退していた。
 

Hotelcalifornia_2

 
本作から加入したギタリスト、ジョー・ウォルシュの影響が大きいとされる。が、恐らく、リーダーのグレン・フライの意向が強く働いたのだろう。しかし、これでは売れるかもしれないが、他のロック・バンドにも出来る音世界であり、イーグルスの個性が急速に希薄になった印象を受けた。しかしながら、収録された曲はどれもが出来が良く、キャッチャーな内容で、この盤は売れるだろうな〜、と思った。

以前からのフォーク・ロックな雰囲気の曲もあるにはある。先にシングル・カットされた(全米1位を獲得している)、唯一J.D. サウザーが絡んだ「New Kid in Town」と、皮肉にも、ジョー・ウォルシュの作である「Pretty Maids All in a Row」、そして、この後、バンドを脱退するランディ・マイズナー作の「Try and Love Again」の3曲。僕はこの3曲が大好きで、この3曲の存在が故に、この3曲を楽しみに、今でもこの『ホテル・カリフォルニア』を聴き直す位だ。

ヘンリー&フライの楽曲は全て、ハード・ロックなテイスト曲ばかり。それでも出来は良い。その最たる曲が冒頭のタイトル曲「Hotel California」である。印象的なアルペジオと異常に長い前奏が印象的なハード・テイストのロック・ナンバー。当時、この曲だけを聴けば、イーグルスの曲とは思わないだろう。この曲が追加でシングル・カットされて売れに売れた。でもねえ、僕は当時、あんまり好きじゃなかったなあ。

そんな『ホテル・カリフォルニア』が発売されて40年。この盤は米国西海岸ロックの名盤として、その地位を不動のものとした。しかし、この盤のハードなロックテイストへの転身が、イーグルスというバンドの個性をそぎ落とし、袋小路に陥る。次作『ロングラン』を苦しみ抜いてリリースした後、イーグルスは空中分解する。振り返れば、この『ホテル・カリフォルニア』は、イーグルスの最後の輝きであった。

 
 

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2018年1月14日 (日曜日)

アコギのオリジナル・ドゥービー

ジャズの合間の耳休め。昨日に続いて「大麻兄弟(ドゥービー・ブラザース)」のお話。冬の季節は、ギター・バンドのハードでソリッドなアルバムが良い。このドゥービーなどはこの要件にピッタリのギター・バンドである。このドゥービーって、エネルギッシュで疾走感溢れるエレギの演奏も良いが、繊細で切れ味の良いアコギの演奏も味があるのだ。

ドゥービーについての「アルバム2枚の法則」、「オリジナル・ドゥービー」のアコギの魅力溢れるこの2枚。The Doobie Brothers『Toulouse Street(トゥールーズ・ストリート)』(写真左)と『What Were Once Vices Are Now Habits(ドゥービー天国)』(写真右)の2枚。1972年と1974年の作品。

この2枚のアルバムについては、ドゥービーの最大の個性である、エネルギッシュで疾走感溢れるエレギの演奏はしっかり入っているが、その中に存在する「繊細で切れ味の良いアコギの演奏」が実に素晴らしい。まず、アコギの音が良い。切れ味良くソリッドなアコギの音。ストロークもソロも良い。音自体も良ければ、フレーズも良い。
 

Toulouse_street_what_were_once_vice

 
そこに、ドゥービー独特の米国西海岸ロック独特の洗練され印象的なコーラスがあしらわれ、躍動感溢れるリズム&ビートに乗って、アコギのリフとフレーズが疾走する。実は、僕はドゥービーのアコギのリフとフレーズは、エレギよりも格好良いのでは無いか、と思っている。ドゥービーのアコギのリフとフレーズは、繊細でエネルギッシュで切れ味抜群。

そんなアコギの名曲が『トゥールーズ・ストリート』の「Listen to the Music」であり、タイトル曲「Toulouse Street」。そして、『ドゥービー天国』の「Song To See You Through」であり、「Black Water」である。恐らく、アコギを活用したフォーキーなロックについては、ドゥービーがピカイチではないのか。それほどまでに出来は良い。

ドゥービーについての「アルバム2枚の法則」、「オリジナル・ドゥービー」のアコギの魅力溢れるこの2枚。先のエレギの魅力溢れる2枚と併せて、オリジナル・ドゥービーの全て。ドゥービーは、デビュー盤から一貫した音楽性を維持していた訳では無い。ドゥービーはアルバムを重ねる毎にその音楽性を進化させてきた。しかし、オリジナル・ドゥービーは、この4枚で袋小路にはまり込んだ。その打開策は如何に・・・。

 
 

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2018年1月13日 (土曜日)

エレギのオリジナル・ドゥービー

ジャズの合間の耳休め。基本的には、70年代ロックを選盤することが多い。特に冬の季節は、ギター・バンドのハードでソリッドなアルバムを選盤することが多い。そんな「冬に選盤するギター・バンド」のひとつが「ドゥービー・ブラザース(The Doobie Brothers)」。日本語に訳すと「大麻兄弟」。物騒な名前であるが、70年代の米国西海岸を代表するギター・バンドである。

僕はこの「ドゥービー」が大好きで、高校時代から大学時代を通じて、そして現在に至るまで、このバンドのアルバムは事あることに愛聴している。なぜか冬の季節に合うんですよね。聴き始めたのが「冬」だからかなあ。高校2年生の冬。映画研究部の先輩であったNさんとMuさんに、代表する2枚のアルバムを借り受けたことから始まる。

僕は、このドゥービーについては「アルバム2枚の法則」があると思っている。歴代のリーダ作の中で、2枚ずつが兄弟盤の様にペアとなって存在し、このバンドの個性をしっかりと表現している。このドゥービーというバンドの音は、デビュー盤から一貫した音楽性を維持していた訳では無く、アルバム2枚ずつ、その音楽性は変化している。
 

The_captain_and_me_stampede

 
例えば、The Doobie Brothers『The Captain and Me』(写真左)と『Stampede』(写真右)の2枚。『The Captain and Me』は1973年の作品、『Stampede』は1975年の作品になる。どちらのアルバムも、ジャケット・デザインの雰囲気も似通っていて、その内容も兄弟盤の様に似通っていて、かつ、ドゥービーを代表する音楽性のひとつをしっかりと表現している。

その音楽性とは、エレギのリフを前面に押し出した、エネルギッシュで疾走感溢れる「ライトなハード・ロック」な雰囲気である。そこに、米国西海岸ロック独特の洗練され印象的なコーラスがあしらわれ、躍動感溢れるリズム&ビートに乗って、エレギのリフとフレーズが疾走する。そのエレギのリフとフレーズは実に「キャッチャー」。聴いていてとても楽しく、思わず口ずさみたくなるようなポップさ。

この2枚のアルバムに詰まっている音が「オリジナル・ドゥービー」と呼ばれる時代の代表的な音である。ドゥービーを知りたい、ドゥービーを愛でたいと思えば、まずはこの『The Captain and Me』と『Stampede』は兄弟盤であり、必須アイテムである。但し、『Stampede』の終盤はちょっと迷走状態で、次の音楽性へのシフトの兆しが見え隠れしている。

 
 

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2017年12月 9日 (土曜日)

マクドナルド・ドゥービーの始め

ドゥービー・ブラザース。訳して「大麻兄弟」。振り返ってみれば、凄いネーミングのバンドである。1960年代後半から1970年代まで、ウェストコースト・ロックを代表するバンドのひとつ。1982年に一旦、解散したが、1989年、正式に再結成し、今日に至る。

バンド当初の野性味あふれる快活なギター・ロック("オリジナル・ドゥービー"と僕は呼ぶ)から、途中、マイケル・マクドナルドの加入により、R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化("マクドナルド・ドゥービー"と僕は呼ぶ)。硬軟併せ持った、二つの顔を持つ、ウェストコースト・ロックの代表格。

オリジナル・ドゥービー時代からのファンの方々からすると、どうもこの後半のマクドナルド・ドゥービーは許せない変化らしい。が、僕は、オリジナル・ドゥービーも好きだが、マクドナルド・ドゥービーはもっと好きだ。で、マクドナルド・ドゥービーは、どのアルバムから出現したのか。

The Doobie Brothers『Takin' It To the Streets』(写真左)。邦題『ドゥービー・ストリート』。1976年3月のリリース。前作の『Stampede』より、元スティーリー・ダンのジェフ・バクスターとマイケル・マクドナルドが参加したことにより、ドゥービーのサウンドは大きく変化する。明らかにR&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化。ギターバンドから、キーボードが効果的に活躍するAORバンドに変身している。
 

Takin_it_to_the_streets_1

 
冒頭の「Wheels of Fortune(運命の轍)」、2曲目の「Takin' It to the Streets(ドゥービー・ストリート)」を聴けば、その変身度合いが良く判る。これだけ聴けば、これ誰がやってんの、となる。実は、この『ドゥービー・ストリート』のリリース当時、このアルバムをレコード屋でかかっているのを聴いた時、始めはドゥービーの音とは思わなかった。

曲が進むにつれ、オリジナル・ドゥービーの曲想の曲が流れてきたりするが、マクドナルドのキーボードが絡むと(特にフェンダー・ローズが絡むと)、途端にマクドナルド・ドゥービー色に染まる。これが当時は不思議で堪らなかった。どうして、マクドナルドのキーボードが絡むだけで、音がR&B基調のAOR色の色濃いものになるのか。

もともと、オリジナル・ドゥービー時代から、曲毎にファンキーな要素が織り込まれていて、マクドナルドのキーボードの絡みで、そのファンキー色が増幅されて「R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いもの」へと変化する、ということが何と無く判ったのは、この盤のリリース後、3〜4年後、大学に入って、ジャズを聴き初めてからである。

マクドナルド・ドゥービーへの転換点のアルバムはこの『ドゥービー・ストリート』。特にタイトル曲の「Takin' It To the Streets」の切れ味の良いファンキーなリズム&ビートとゴスペルチックなコーラス、疾走する爽快感。これがマクドナルド・ドゥービーの真骨頂。今の耳にも、このアルバムは色褪せない。マクドナルド・ドゥービーも無茶苦茶、格好良いのだ。

 
 

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2017年12月 3日 (日曜日)

リトル・フィートのセカンド盤

シンプルな手触りのするファースト盤。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバムでデビューを飾った「リトル・フィート」。

そんなリトル・フィートが、バンドの音楽性をほぼ固めたセカンド盤が、Little Feat『Sailin' Shoes』(写真)。1972年のリリース。このセカンド盤『セイリン・シューズ』は、ファーストアルバムのごった煮感を整理して、カントリーはカントリーらしく、 ブルースはブルースらしくやっていて、全体的に整然として、ちょっと綺麗な感じする。

完全に開き直っていない感じがなんとももどかしいのだが、当時のウエストコースト・ロックの視点から見ると、ドゥービー・ブラザースをさらにラフにしたような、男気満点で決して迎合しない、タイトな演奏が良い感じ。前作のごった煮感を整理して、生々しさやブルース色には欠けるが、多彩な音作りとキャッチーさを増した楽曲を収録している。
 

Sailin_shoes  

 
ソング・ライティングも手慣れてきて、キャッチャーなフレーズを持った曲が取り揃いつつあり、 とにかく聴き所満載なアルバムです。リトル・フィート入門アルバムには最適では無いでしょうか。しかし、このアルバムも商業的には全く不振だったそうです。評論家には絶賛されたらしいんですが。う〜ん、判るような気がするなあ。売れるには、まだ渋すぎる。

このセカンド盤から採用された、ネオン・パークの作なるジャケットが印象的である。実は高校時代(1975年かな)、初めて、このセカンド盤のジャケットを見た瞬間、購入意欲が一気に減退した(笑)。当時は高校生、このセンスが理解できなくても仕方が無い。今では、お気に入りのデザインの一枚である。

しかし、このセカンド盤も商業的成功に恵まれないまま、一旦、2枚のアルバムをリリースして解散状態になってしまうのだから、当時のリトル・フィートは運が無かった。しかし、ブルース、ブギウギ、ロックンロールとアメリカン・ルーツ・ミュージックと呼ばれるものなら、なんでも吸収し消化していく貪欲さと西海岸ロック独特の開放感は、そのままでは終わらなかった。再起して、次作で傑作をものにするのだ。

 
 

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2017年11月29日 (水曜日)

リトル・フィートのファースト盤

米国西海岸のいわゆる「ウエストコースト・ロック」は奥が深くて面白い。イーグルスなどに代表されるような「カルフォルニアの爽やか青い空」を想起させる、爽やか系のフォーク・ロックや、カントリー・ロックばかりと思いきや、「なんでこれが西海岸で」と悩んでしまうようなジャンルもあったりする。

米国南部の泥臭くワイルドなサザン・ロック風の「リトル・フィート」や「クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル」など、アメリカン・ルーツ・ミュージックをベースにしたロックも、また、ここ西海岸を拠点にしていたのだから面白い。リトル・フィートは、ロサンジェルスを拠点にしながら、ニューオーリンズR&B、ブルース、カントリー、ジャズなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの影響を色濃く押し出しているサウンドが特長。

そして、セカンドアルバム以降に採用された「ネオン・パーク」の個性的なイラストを採用したジャケット・デザインが印象的。商業的に恵まれませんでしたが、僕にとっては大のお気に入りバンドです。1969年に結成されて以来、1979年、ローウェル・ジョージの死と共に一旦、活動を停止しましたが、1988年、突如復活。幾度かのメンバー・チェンジを経て、未だ現役バンドなのは驚きです。
 

Little_feat

 
そんなリトル・フィートのデビュー盤が『Little Feat』(写真左)。リトル・フィートは、ロサンジェルスでフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションのメンバーだったローウェル・ジョージ(スライド・ギターとヴォーカルを担当)、ロイ・エストラーダ(ベース)を中心に結成された。このファースト盤は、1971年のリリースになる。

ジャケットを見ていただいてお判りのとおり、シンプルな手触りのするファーストアルバムである。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバム。

リトル・フィートのファンの間の評価は真っ二つ、賛否両論みたいですが、僕は好きですね〜。リトル・フィートのルーツとなっている音楽ジャンルがはっきりと判るし、荒っぽく、完成度の低い楽曲の中にも、後のリトル・フィートの個性が確認出来て、実に楽しい。商業的には全く不振だったようだが、そりゃそうだろう、このアルバムの内容だったらね。渋すぎるし、時代が早すぎた。

 
 

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2017年11月19日 (日曜日)

ユニークで多彩な個性的ロック

高校時代から大学時代、リアルタイムで体験していた。その音世界が気になって、その都度その都度、チャレンジするんだが、なかなか体に入らない。聴く度に「敗退」していたロック・バンドがある。グレイトフル・デッド(Grateful Dead)。1965年、米国西海岸で結成されたロック・バンド。スタイルはユニークで多彩。他のロック・バンドとは一線を画する存在。

1970年代後半、グレイトフル・デッドを聴く度に「ん〜、良く判らん」。それでも、その音をFMで耳にする度になぜか聴きたくなる。それで再びチャレンジするのだが「ん〜、良く判らん」の繰り返し。1980年代に入って、一旦はグレイトフル・デッドを諦めることになる。

さて、2001年だったと記憶する。グレイトフル・デッドのボックス盤がリリースされる。その名は『Golden Road』。rグレイトフル・デッドワーナー時代の全オリジナル・アルバムにDeadの真骨頂であるライヴ音源、未発表音源などをCD12枚に収めたボックス・セットである。このボックス盤を入手し、グレイトフル・デッドに再チャレンジ。今では、グレイトフル・デッドは、僕のお気に入りバンドのひとつになった。

僕はデッドを、大学時代最終年の1981年のアルバムから遡って聴くことが「マナー」である。1981年の作品、Grateful Dead『Reckoning』(写真)から遡って聴きなおすと、デッドの「ユニークで多彩」という個性が良く判るのだ(恐らく僕だけだけど)。1981年のロック&ポップスは「AOR」の時代。そんな中で、この盤はなかなかユニークな内容に仕上がっている。
 

Reckoning

 
バンド結成15周年を記念したライヴが収録されたライブ盤である。1980年の秋に行われたライヴを収録したもの。アコースティック・セットとエレクトリック・セットから構成され、サンフランシスコとニューヨークで計21回に渡って行われた。そのアコースティック・セットが収録されたのがこの『Reckoning』。

ライブ音源は「その時のデッドの個性」をダイレクトに体験できる。このアコースティック・セットの基本は米国ルーツ・ミュージック。カントリーやジャズ、ブルースなどの要素を取り込み、散りばめられている。主にブルーグラスやカントリー、ブルースなど米国ルーツ・ミュージックのカヴァーが演奏されていて、デッドの個性の基本が良く判る。

デッドの演奏の特徴は「暖かみがあり、ゆるくて心地良い」。演奏は精緻にカッチリ整った演奏では無い。逆に適度に緩くて心地良い。ジャズのアドリブ展開の様に、心地良い自由と緩く大らかな規律の中で、ほんわかソウルフルな歌唱と演奏が繰り広げられる。

このデッドの演奏の特徴である「暖かみがあり、ゆるくて心地良い」が、若き日には理解出来なかったのだ。聴く心に余裕と寛容さが無かったのだろう。2001年、ボックス盤を入手した時が43歳。人生も半ばを過ぎ、やっと聴く心に余裕と寛容さが備わって、やっとこさ、グレイトフル・デッドの個性が理解出来た次第。テンション高く尖っているばかりが人生では無いとデッドは教えてくれた。

 
 

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2017年9月24日 (日曜日)

カントリー・ロック最高峰バンド

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは、土日は「70年代ロック・Jポップ」の日。先週から、ジャズの合間に耳休めに良く聴く「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、カントリー・ロック最大の売上を誇るバンド「Eagles(イーグルス)」について語りたい。

イーグルスは1971年にデビューした米国のカントリー・ロックを代表するバンド。トータルセールスは1億2000万枚を超えるそうで、カントリー・ロックの中で、一番、商業的成功を収めたバンドであろう。カントリー・ロック色が強かった時期は、1971年の結成時から、1974年のサード盤『オン・ザ・ボーダー』までとされる。

音楽的には、グラム・パーソンズの様に、カントリー・ミュージックをそのままロックに置き換えたというよりは、フォーク・ロックをベースにカントリー・ミュージックの要素を融合させたアプローチで、パーソンズの場合、カントリーとロックが対等な感じなんですが、イーグルスの場合は、カントリーとロックの比率が「3:7」の割合で、ロック色が強いのが特徴。
 

Their_greatest_hits_19711975

 
初期の頃の音は、バンジョー、スティール・ギター、マンドリンのサウンドを効果的に取り入れていて、この部分が「カントリー・ロック」の雰囲気を色濃いものにしていた。そんなカントリー・ロック期のイーグルスを手っ取り早く感じることが出来る、優れものなベスト盤がある。Eagles『Their Greatest Hits 1971-1975』(写真左)である。

ちょうどイーグルスがカントリ−・ロックから入って、ロック色が強くなるまでの期間を網羅しているベスト盤。カントリー・ロックなイーグルスがヒット曲やキャッチャーな曲を通して、手っ取り早く体感出来る。バーズやパーソンズよりもフォーク・ロック色が強いことが良く判る。よりロック・ファンに訴求する音作りで、イーグルスは一躍、人気バンドとなった。

イーグルスのベスト盤はその後、オールタイム・ベストなども幾つか発売されてはいるが、カントリー・ロックを代表するバンドとしてのイーグルスを体感出来るベスト盤としては、この『Their Greatest Hits 1971-1975』が最適だろう。何を隠そう、この僕も、このグレイテスト・ヒットを聴いて、プログレから米国ルーツ・ロックへ宗旨替えをした。それは1976年3月、早春の出来事であった。

 
 

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2017年9月23日 (土曜日)

カントリー・ロックの先駆的な盤

涼しくなった。特に昨日の雨で、明らかに空気が入れ替わったのを感じる。昨晩はまだそれほどでもなかったが、今朝の明け方は明らかに気温が下がった。秋の空気に変わった。しかし、この時期の関東地方には雲が残る。朝はあいにくの雨。しかし、昼頃から日が射し始め、秋の涼しい一日になった。

さて、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の当ブログは、週末は「70年代ロック・Jポップ」の日。先週から、ジャズの合間に耳休めに良く聴く「カントリー・ロック」を掘り下げている。今日は、このカントリー・ロックの起源となるアルバムを取り上げたい。

The Byrds『Sweetheart of the Rodeo』(写真左)。邦題『ロデオの恋人』。1968年にリリースされた、ザ・バーズの6作目のスタジオ盤。カントリー・ロックの先駆的アルバムとされる。メンバーのグラム・パーソンズは、ロック・シーンにおけるカントリー・ミュージックの強力な推進者で、このパーソンズ主導の中で、このカントリー・ロックの先駆的アルバムが生み出された。
 

Sweetheart_of_the_rodeo

 
カントリー・ミュージックの聖地、ナッシュビルで半分の曲を録音して、正面からカントリーにアプローチした、初めてのロック盤である。米国で、保守的な音楽の最右翼であった「カントリー・ミュージック」。若者中心に急速に台頭してきた革新的な音楽であった「ロック」。これが融合したのですから、米国においては、かなりのカルチャーショックだったと思います。

さて、アルバムを聴いてみると、確かに内容充実の「カントリー・ロック」の名演が並びます。かなりジックリ腰を据えて、曲作りからアレンジまで、よく考えて作られています。単なるアイデア先行の融合では無い、しっかりと意志を持ったカントリーとロックの融合です。アルバムの先頭から最後までダレることがありません。1968年という時期に、これだけ内容充実のカントリー・ロックが創作されていたとは驚きです。

『ビートルズに対するアメリカの回答』と比喩されたバーズの異色盤。カントリー・ロックの生みの親であるパーソンズはカントリー志向をめぐってメンバーと対立し、アルバム発売を待たずにバーズを脱退。しかしながら、このアルバム、結果的にカントリー・ロックの先駆者としてバーズの名を高めたアルバムとなったのだから皮肉なものだ。ロックの世界には、こういう逸話はごまんとある。

 
 

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