2024年9月10日 (火曜日)

良い, Senri Oe『Class of ’88』

大江 千里(おおえ せんり、英語: Senri Oe)、1960年9月生まれ。今年で64歳。1983年に、シンガーソングライターとしてプロ・デビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」「ありがとう」などのシングルがヒット。Jポップの世界でメジャーな存在となる。

が、2008年ジャズピアニストを目指し渡米、NYのTHE NEW SCHOOL FOR JAZZ AND CONTEMPORARY MUSICに入学。2012年、1stアルバム「Boys Mature Slow」でジャズ・ピアニストとして本格デビューを果たしている。以降、6枚のオリジナルジャズアルバムをリリース。そして、昨年の5月、大江千里デビュー40周年記念アルバムをリリース。

Senri Oe『Class of '88』(写真左)。2023年5月のリリース。NYブルックリンの「The Bunker Studio」での録音。Senri Oe "大江千里" (p), Matt Clohesy (b)、Ross Pederson (ds)。

ピアノの大江千里をリーダーにした、ピアノ・トリオ編成の、デビュー40周年記念アルバムである。ジャケ担当は江口寿史。素晴らしいジャケ・イラスト。この大江千里のアルバムの内容に直結している様なイメージで秀逸。

宣伝文句には「Jポップ時代の名曲のセルフカバーと新曲が収録された作品」とあるが、それがこのトリオ盤の評価には直結しないだろう。「Jポップ時代の名曲のセルフカバー」が、当アルバムの「売り」なんだろうが、このアルバムをしっかり聴けば良く判るが、「Jポップ時代の名曲のセルフカバー」など、あまり関係がないことに気が付く。
 

Senri-oeclass-of-88  

 
収録されたどの曲も、印象的なフレーズを伴った、流麗な曲ばかり。どれが「Jポップ時代の名曲のセルフカバー」で、どれが自作曲なのか、ほとんど関係が無い。とにかく「良い曲」がズラリと並んでいる。

そんな「良い曲」を「良いアレンジ」で料理して、ピアノ・トリオ演奏で聴かせる。ジャズ・ピアニスト大江千里の面目躍如な想像の成果。「Jポップ時代の名曲」は、ピアノ・トリオ演奏の素材でしかない。

ミッドテンポがメインの、耽美的でリリカルでスピリチュアルなフレーズ。温和で温厚で耽美的なスピリチュアルな響きが印象的。これが、大江千里のピアノの個性と理解する。今までのジャズ・ピアノの歴史の中に無かった、「温和で温厚で穏やか」な、耽美的スピリチュアル・ジャズな響き。大江千里のピアノは、どれもが普遍的に「温和で温厚で穏やか」。これが意外と癖になる。

この盤の大江千里のジャズ・ピアノを聴けば、彼が「彼なりの個性」と「彼ならではの響き」を獲得していることに気づく。この盤には、Jポップ時代のシンガーソングライターの大江千里は全く存在しない。存在しているのは、努力の結果、自分なりの個性と響きを獲得した、ジャズ・ピアニストの大江千里。

この盤は、デビュー40周年記念アルバムとはいえ、現時点での、リアルタイムでの「ジャズ・ピアニストの大江千里」を愛でる盤である。
 
 

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2024年8月29日 (木曜日)

浪花エクスプレス ”No Fuse”

和フュージョン、いわゆる「日本のフュージョン・ジャズ」は、米国のフュージョン・ジャズとは距離を置いて、独自の進化・独自の深化を遂げた、と感じている。リズム&ビートはファンクネス皆無、フレーズの展開はロック志向、ソフト&メロウな雰囲気は希薄で、爽快感&疾走感が優先。和フュージョンは、世界の中で独特のポジションを獲得している。

日本の中での和ジャズは、かなり地域特性があった。東京の和ジャズだけがレコード会社に取り上げられ、メジャーな存在になっていったが、ジャズはそれぞれの地方で、独自の深化を遂げていったと思っている。地方に行けば、かなり地味な存在ではあるが、その地域ならではの「ジャズ・スポット」が必ずある。

浪花エクスプレス『No Fuse』(写真左)。1982年の作品。ちなみにパーソネルは、青柳誠 (ts, Rhodes), 岩見和彦 (g), 中村建治 (key), 清水興 (b), 東原力哉 (ds, perc)。ゲストに、マリーン (vo), 塩村修 (tb), 渕野繁男, 荒川達彦 (sax), 平山国次, 菅野真吾, 平山修三 (perc)。

上方フュージョンの牽引役として、浪花のファンの熱狂的な支持を受けて、大阪からデビューした、カシオペアやスクエアに並ぶ和フュージョンの代表的グループ「浪花エクスプレス」のファースト・アルバム。
 

No-fuse

 
この浪花エクスプレスのデビュー盤の出来は、カシオペアやスクエアのデビュー盤の出来を凌ぐ。繰り出されてくるフレーズが、実に滑らかで耳に馴染む。非常に鍛錬され洗練された音。流麗とはちょっとニュアンスが違う、しっかり芯の入った、力感溢れるロックなフレーズ。それでいて、和フュージョン独特の乾いたグルーヴ感がジャジーに響く。

今の耳で聴くと、「浪花エクスプレス」の音は、和の「クロスオーバー&ジャズ・ロック」。ガッツリ根性の入った、鍛錬&洗練された、浪花エクスプレス独特の展開は、東京フュージョンには無い、唯一無二なもの。

収録されたどの曲も良い出来だが、やはり1曲目の「Believin」が印象深い。浪花エクスプレスの代表曲であり、浪花エクスプレスの個性がガッツリ反映された名曲&名演である。

1982年という、ジャズ界ではフュージョン・ブームが下降線を辿っていた時期でのデビューだったので、カシオペアやスクエアに比べて、かなり損をしている。明らかにメジャーになり損ねた、人気バンドになり損ねた感が強い。

逆にだからこそ、今の耳で聴いて、このデビュー盤の『No Fuse』は、和フュージョン・ジャズの名盤の一枚として、大いに評価できるのだ。この『No Fuse』は和フュージョンの名盤の一枚。フュージョン者にとっては、避けられないマストアイテムです。
 
 

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2024年8月28日 (水曜日)

増尾好秋 ”Sailing Wonder”

増尾好秋。 1946年10月12日生まれ。今年で78歳。我が国の和フュージョンの代表的ギタリストの一人。渡辺貞夫に認められ、1968年から1971年まで、渡辺貞夫のグループに在籍。1971年に渡米。1973年から1976年までソニー・ロリンズのバンドに在籍したのは有名。

1980年代なかばから2008年まで、ニューヨークのソーホー地区に本格的なレコーディングスタジオ The Studio を所有し、プロデューサーとしても活躍。2008年より演奏活動に完全復帰。2012年6月より、日本での本格的なバンド活動を再開している。

増尾好秋『Sailing Wonder』(写真左)。1978年の作品。ちなみにパーソネルは、増尾好秋 (g, synth, perc),Eric Gale (g), Dave Grusin (synth), Richard Tee(p, org, key), Mike Nock (synth), Gordon Edwards (b), T.M. Stevens (b), Steve Gadd (ds), Howard King (ds), Al Mack (ds), Bachiri (perc), Warren Smith (perc), Shirley Masuo (vo), Judy Anton (vo)。

先に3枚のリーダー作をリリースしているが、この盤は実質上の増尾の初リーダー作と捉えても差し支えないだろう。キングレコード傘下のフュージョン・レーベル、エレクトリック・バードの第一弾アーティストとして契約しての、エレクトリック・バードとしての第1作。

当時、NYに在住していたこともあって、いやはや、錚々たるパーソネル。NYのクロスオーバー&フュージョン・ジャズの「名うて」のミュージシャン達が大集合といった風情である。これだけの「一国一城」的な一流ミュージシャンを集めると、意外とそれぞれ「我が出る」のだが、そうなっていないところが素晴らしい。
 

Sailing_wonder1

 
タイトルやジャケから想起される様に、「海」をテーマにコンセプト・アルバムである。が、それを意識させないくらい、収録された個々の演奏が素晴らしい。曲調もさまざまな増尾のオリジナル曲がメインで、増尾の作曲能力の高さとアレンジのアイデアの豊かさが感じ取れる。

クロスオーバー&フュージョン志向のエレ・ジャズだが、1曲目のタイトル曲「Sailing Wonder」だけ、フュージョンっぽい演奏だが、2局目以降は、どちらかといえば、クロスオーバー・ジャズな音志向が強い。クロスオーバー&ジャズロックとして良いかもしれない。

バンド全体、完成度の高い演奏で、聴いていて、とても清々しい気分になれる。躍動感と爽快感が半端ない。伝説のフュージョン・バンド「スタッフ」からもメンバー参加もあって、アルバム全体に、そこはかとないファンキーなグルーヴ感が漂うところもグッド。フュージョン者の我々からすると「たまらない」。

増尾好秋のギター・テクそのもの、作曲&アレンジの才能など、増尾好秋が持つ「個性と才能」の全てが感じ取れる、「増尾好秋のショーケース」の翼な優れた内容。増尾好秋の代表作の一枚です。

2015年6月23日のブログ記事「増尾好秋のフュージョン名盤」を全面的に改稿しました。
 
 

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2024年8月27日 (火曜日)

松岡 直也 ”Long for The East”

松岡 直也は、我が国におけるラテン・ジャズの第一人者。フュージョン・ブームの折には「ラテン・フュージョン」で一世を風靡した。聴けば直ぐに「松岡 直也のラテン・ジャズ」と判るくらい、松岡の個性溢れるアレンジが秀逸。コンテンポラリーな純ジャズ志向、フュージョン・ジャズ志向の「両刀使い」で、我々の耳を楽しませてくれた。惜しくも、2014年4月29日に76歳で逝去している。

松岡 直也『Long for The East』(写真)。1984年11月のリリース。ちなみにパーソネルは、松岡 直也 (p, syn), 津垣 博通 (key), 和田アキラ (g), 高橋ゲタ夫 (b), 広瀬 徳志 (ds), ウィリー長崎, カルロス菅野 (perc), 久保田 利伸, 楠瀬 誠志郎 (vo)。和ラテン・ジャズの第一人者、松岡 直也の個人名義アルバムの16枚目。

アルバムの冒頭「The Latin Man」は、ボーカル入りラテン・フュージョン。ボーカルが入って、いよいよ、和フュージョンも、米国フュージョンの如く、俗っぽいポップス・ミュージック化するのか、と暗然たる思いで聴き始めたら、なかなかにスケールの広い、日本人離れしたブラコンっぽい歌唱に耳を奪われる。なんと、このボーカル、ソロ・デビュー前の「久保田利伸」とのこと。コーラスには楠瀬 誠志郎が参加して、これまた良い味を出している。
 

Long-for-the-east

 
松岡のピアノ、シンセが大活躍。ラテンのフレーズを散りばめたアドリブ・フレーズは見事。シンセの使い方はセンスがよくて、陳腐な音色になっていないところが、これまた見事。ピアノやシンセの音色を「映えさせる」アレンジが、これまた見事。フュージョンにおけるラテン・ジャズというと、ちょっと陳腐で俗っぽい内容に陥りそうなんですが、そうはならず、小粋で躍動感&爽快感溢れる、クールでスマートな「ラテン・フュージョン」となっているところが秀逸。

サイドマンでは、土方のギターが素晴らしいパフォーマンスを披露している。千変万化な「芳醇で切れ味の良い」音色。クールでスマートな「ジャズロック志向」フレーズ展開。聴く者を圧倒する「高テクニック」。松岡のピアノ&シンセと絡むh土方のギターは、とってもスリリング。5曲目「The End Of The Way」に参加している、当時、プリズムから復帰した和田のギターも印象的。

アルバム全体を覆う、メランコリックで叙情的な響きが印象的。アレンジが優秀なので、インスト曲に飽きがこない、リピートに耐える演奏の数々。アルバム全体にラテン・テイストで統一感を醸し出し、リズム&ビートは「ジャズ・ロック」。僕はこのアルバムについては、松岡直也の名盤の一枚、と評価している。ジャケも秀逸。
 
 

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2024年8月26日 (月曜日)

今田 勝 ”アンダルシアの風”

台風10号の予報が「迷走」している。当初予報よりもどんどん西に西に進路予想がずれていく。テレビのワイドショーの天気予報のコーナーの気象予報士は概ね、変な解説に終始している。もはや、テレビの情報を鵜呑みできる状況では無い。

台風10号はどんどん西に逸れていくが、関東地方は当初予報は「曇り」だったのが、連日、ギラギラの真夏の太陽が照りつけ、猛暑日が続いている。「命を守る為の引き篭もり」も、もう一ヶ月を過ぎた。気がつけば、8月の最終週。来月からは9月である。

そろそろ「夏はボサノバ」でもないだろう。とはいえ、この酷暑な日々の連続では「熱いジャズ」は辛い。フリーなどはもってのほか。ということで、爽やか系のフュージョン・ジャズ盤を聴くことにした。和洋のフュージョン・ジャズ盤の優れどころを選盤する。

今田勝『アンダルシアの風』(写真左)。1980年の作品。ちなみにパーソネルは、今田 勝 (ac-p, el-p), 古野 光昭 (b), 守 新治 (ds), 今村 裕司 (perc), 渡辺 香津美 (g)。今田勝のトリオ(今田・吉野・守)にふたりのゲストが参加。全6曲の全てが、スパニッシュ・ジャズ&サンバ・ジャズ志向。

今田のトリオの演奏は、スパニッシュ&サンバなフレーズとリズム&ビートですっ飛ばすが、安易に当時流行のソフト&メロウに走らず、「スパニッシュとサンバとジャズの融合」レベルのクロスオーバー・ジャズな雰囲気が先行していて、甘々のイージーリスニングに陥っていないのは立派。
 

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音の雰囲気はスパニッシュ。ラテン・ジャズと言えなくは無いが、1960年代に流行った、コッテコテ妖艶なラテン・ジャズではない。当時のコンテンポラリーな純ジャズ的演奏展開は意外と聴き応えがある。

今田のアコースティック・ピアノがメインの弾きっぷりが良い。こういうスパニッシュ&ラテンなフレーズを速弾きするには、アコースティック・ピアノより、エレクトリック・ピアノをメインに選んでしまいそうなんだが、今田はあくまで、アコースティック・ピアノがメインで弾く。

エレクトリック・ピアノも弾くには弾くんだが、音的には、アコースティック・ピアノの音志向を逸脱しないレベルのエレピの音質に留めている。当然、シンセには手を染めていない。この辺りに、和の純ジャズ出身の今田の矜持を感じる。

ゲストで入っている渡辺香津美のエレギはさすが。今田の示す音志向に合致した、クロスオーバーで、メインストリーム志向の8ビートなエレギのフレーズを連発する。今村裕司のパーカッションの参加も効果的。躍動感と清涼感溢れるパーカッションは、今田のスパニッシュ&ラテン志向の音を、よりスパニッシュ&ラテンな雰囲気を増強している。

ちょっと長いが一言で言うと「清々しい躍動感と爽快感がメインの、クロスオーバーな、スパニッシュ&サンバ・ジャズ志向のコンテンポラリーな純ジャズ」と表現したら良いだろうか。我が国のクロスオーバー・ジャズの好盤の一枚です。
 
 

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2024年6月 9日 (日曜日)

向井滋春 ”スペイシング・アウト”

向井滋春は、和ジャズを代表するトロンボーン奏者の一人。1976年に初リーダー作『For My Little Bird』でデビュー。当初は、コンテンポラリーな純ジャズがメイン。しかし、1979年、約1年間、NYに在住した折にフュージョン・ジャズに触発される。そして、いきなり、フュージョン・ジャズに転身する。

向井滋春『Spacing Out』(写真左)。1977年9月28日、日本コロムビア第1スタジオにて録音。ちなみにパーソネルは、向井滋春 (tb), 清水靖晃 (ts, ss), 元岡一英 (p), 大徳俊幸 (clavinet), 渡辺香津美 (g), 川端民生 (b), 古澤良治郎 (ds), 横山達治 (conga) による8人編成。渡辺香津美をはじめ、一癖も二癖もある、マニア好みの名うての名手達が集っている。

出てくる音は、コンテンポラリーな純ジャズ、コンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズ。冒頭の組曲風の力作「Dawn~Turbulence(黎明~乱気流)」が、その代表的な演奏。和ジャズの代表的ジャズマンである、渡辺貞夫や日野皓正らも手に染めたコンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズの世界。

しかし、どこかで聴いたことがある音世界。元岡のピアノの左手がガーンゴーンとハンマー打法を繰り出し、右手はモーダルなフレーズを流麗に弾き回す。これって、1970年代のマッコイ・タイナー風のスピリチュアル・ジャズな音世界。タイナーからファンクネスを差し引いた、シンプルで爽やかなハンマー奏法。そこに、骨太でオフェンシヴな向井のトロンボーンが、変幻自在に疾走する。
 

Spacing-out

 
和ジャズらしい、コンテンポラリーなスピリチュアル・ジャズ。マッコイ・タイナーのワールド・ミュージック志向のアフリカンでモーダルなスピリチュアル・ジャズから、アフリカ志向とファンクネスを引いた様な、モーダルなスピリチュアル・ジャズ。日本人でもこれくらいは出来る、って感じの熱演。

ところどころ、フュージョン・ジャズの萌芽的演奏も出てくる。向井の芯の入った力感溢れる、柔和で丸く流麗なトロンボーンが印象的な、ボッサ調の「Just Smile」。軽快で切れ味の良い渡辺香津美のギターが爽快なブラジリアン・フュージョン志向の「Cumulonimbus(入道雲)」、電気的に増幅したトロンボーンの音色がクロスオーバー志向な「Forcus Express」、クラヴィネットの音が、乾いたファンクネスを醸し出すタイトル曲「Spacing Out」。

いずれも、フュージョン・ジャズ志向な演奏だが、まず「ソフト&メロウ」していない。かなり真摯で硬派なコンテンポラリーな演奏がベースにあって、ボッサ調とか、ブラジリアンな演奏とか、ファンキーな演奏とか、どこかフュージョンっぽく感じるが、演奏自体は決して「甘く」ない。硬派なコンテンポラリーな純ジャズがベースなところが「良い」。

このアルバムは、様々なジャズの「融合」の要素をベースとした演奏がてんこ盛り。フュージョンっぽいが、根っこは「硬派なコンテンポラリーな純ジャズ」がベース。「硬派なコンテンポラリーな純ジャズ」時代の向井の最後のリーダー作である。
 
 

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2024年6月 8日 (土曜日)

向井滋春 ”ヒップ・クルーザー”

月刊誌「レコード・コレクターズ」2024年6月号の特集、「フュージョン・ベスト100 邦楽編」を眺めていて、向井滋春のアルバムが目に入った。懐かしい。和フュージョン全盛時、もともと、トロンボーンの音色が好きなこともあって、向井滋春のフュージョン盤はよく聴いた。意外とトロンボーンって、フュージョン・ジャズに向いているんですよね。

向井滋春『Hip Cruiser』(写真左)。1978年10月2~6日の録音。1979年のリリース。ちなみにパーソネルは、向井滋春(tb), 植松孝夫(ts), 元岡一英(p, el-p, key), 渡辺香津美, 橋本信二(g), 真鍋信一(b), 古澤良治郎(ds, perc), 山木秀夫(ds), 横山達治, 吉田和雄, 三島一洋(perc), ベラ・マリア(cho), 大貫妙子(cho)。「異業種」から、ブラジル人シンガーのベラ・マリア、Jポップ畑から大貫妙子がコーラスで参加しているのが目を引く。

純ジャズ、メインストリーム路線を突っ走っていた向井が、フュージョン路線に転身、フュージョン・ジャズ全開の好盤。和ジャズの、それも、メインストリームな純ジャズで活躍していた名うての名手達が、こぞって参加して、ご機嫌なフュージョン・ジャズをやっている。これがまあ、やっぱり上手い。一流は何をやらせても一流、である。

ラテン・フュージョン&ブラジル・フュージョンがメインの充実の和フュージョン。こうやって聴いていると、和ジャズのジャズマンって、ラテン・ミュージックや、ブラジル・ミュージックに対する適応度がかなり高いことが判る。
 

Hip-cruiser

 
リズム&ビートにも違和感が無く、ちょっと「ダル」なフレーズも難なくこなす。しかし、どこか「生真面目」な雰囲気が漂っていて、ラテンをやっても、ブラジルをやっても、演奏自体が俗っぽくならない。

ちゃんと一本筋の通ったジャズ、と言う一線はしっかり確保していて、ユニゾン&ハーモニー、そして、アドリブ展開、どれをとっても、演奏の底に「ジャズ」がいる。これが「和フュージョン」らしいところ、日本人のフュージョン・ジャズの面目躍如である。

ブラジリアン・メロウなタイトル曲「Hip Cruiser」、ブラジル人シンガーのベラ・マリアのボイスがバッチリ効いたブラジリアン・ジャズ・サンバなチューン「Nimuoro Neima」、ばっちりハマったブレイクがむっちゃカッコ良い「Manipura」。ライトなノリのディスコ・フュージョン「 V-1 Funk」、大貫妙子がスキャットで参加したクロスオーヴァーなフュージョン曲「Coral Eyes」など、格好良くキマッたラテン・フュージョン&ブラジル・フュージョンな演奏がてんこ盛り。

和フュージョンだから、と敬遠することなかれ。演奏のクオリティーは高く、十分にジャズ鑑賞の耳に耐える。テクニック確か、適度に脱力した、ブリリアントでラウンドで柔らかい、向井のトロンボーンの響きが、ラテン・フュージョン&ブラジル・フュージョンにバッチリ合っている。和フュージョン・ジャズの好盤です。

ちなみに、表ジャケ(写真左)は平凡なデザイン。しかし、裏ジャケ(写真右)は「斬新?」なデザイン。どういう発想でこんな裏ジャケになったんだか .....(笑)。
 
 

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2024年1月 9日 (火曜日)

八代亜紀『夜のアルバム』再聴

演歌の代表的女性歌手・八代亜紀さんが昨年12月30日に逝去していたとの報道が流れた。なんてことだ。

八代亜紀さんは、1973年に「なみだ恋」のヒットででメジャーに。その後「愛の終着駅」「もう一度逢いたい」「おんな港町」「舟唄」など数々のヒット曲をリリース、1980年には「雨の慕情」で第22回日本レコード大賞の大賞を受賞している。とにかく歌が上手い。声量、テクニック、申し分なく、演歌がメインでありながら、心を揺さぶられる様な情感溢れる歌声は、ジャンルを超えて、僕は好きだった。

情報によると、八代亜紀さんは若い頃、ジャズ・ボーカルもやっていた、とのこと。昔取った杵柄のひとつの「ジャズ・ボーカル」を、還暦過ぎて、もう一度やってみようじゃないの、というノリだったのだろうか、ジャズ・ボーカルの企画盤を2枚、リリースしている。

当ブログでも、以前、八代亜紀さんのジャズ・ボーカル盤についての記事をアップしている。が、2013年3月のことで、すでに10年以上が経過している。今回、以前のブログ記事に加筆修正を加えたリニューアル記事をアップして、八代亜紀さんの逝去を悼みたいと思います。

八代亜紀『夜のアルバム』(写真左)。2012年のリリース。ちなみにパーソネルは、八代亜紀 (vo), 有泉一 (ds), 河上修 (b), 香取良彦 (p, vib), 田辺充邦 (g), 岡淳 (as, ts) がメインのバンド編成。八代亜紀のボーカルに、サックス、ギター入りのクインテットがバックに控える。

加えて、曲ごとにゲストが入る。ゲストについては、渡辺等 (b) <3>, 布川俊樹 (g) <5>, 田ノ岡三郎 (accordion) <6>, 松島啓之 (tp) <8>, 山木秀夫 (ds) <9>, 江草啓太 (p), 織田祐亮 (tp), 藤田淳之介 (as), 石川善男 (fh) <12>, 木村 "キムチ" 誠 (perc) <4,7,9>, CHIKA STRINGS (strings) <4,9>。

演歌の女王、八代亜紀さんがジャズ・ボーカルに挑戦した企画盤がこの『夜のアルバム』。その内容はなかなかのもの。さすが、若い頃、ジャズ・ボーカルにも手を染めていただけはある、堂々とした歌いっぷり。もともと、歌が素晴らしく上手い歌手である。とにかく上手い。情感を込めて、きめ細やかに、隅々にまで心配りをしながら、魅力的なジャズ・ボーカルを披露してくれる。
 

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2曲目の「クライ・ミー・ア・リヴァー」や、5曲目の「サマータイム」、ラストの「虹の彼方に」の、英語の歌詞での歌いっぷりを聴くと、これが素晴らしい出来で、もう「参りました」と謝ってしまいそうな位、素晴らしい歌唱。完璧なジャズ・ボーカル。味わいも豊か、情感がこもっていて、それはそれは素晴らしい。

それぞれが大スタンダード曲で、何百人何千人というボーカリストが唄った、いわゆる「手垢が付いた」曲で、独特の個性を出しつつ唄いこなすには難しい曲ばかりなんだが、演歌出身など関係なく、今までに無い独特の個性を発揮しつつ、完璧にこれらの大スタンダード曲を朗々と唄い上げている。

逆に、このアルバムには、日本語の歌詞のボーカル曲が幾つかある。冒頭のジャズ・スタンダード曲「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」は、途中で日本語の歌詞に変わる。ちょっとズッこけるが、これは「ご愛嬌」。

リリィの「私は泣いています」、松尾和子の「再会」、伊吹二郎の「ただそれだけのこと」のカヴァーであるが、純ジャズ風のアレンジに乗って、魅力的なボーカルで唄い上げていく。ただ、出来映えは素晴らしいのだが、日本の歌謡曲のカヴァー故、ジャズ・ボーカルというよりは、ジャズ風のムード演歌風に聴こえる。ジャズ・スタンダード曲と混在させると、ちょっと「浮いて」聴こえるのが「残念」。

これならば、日本語の歌詞のボーカル曲なんか織り交ぜずに、完全に英語歌詞のジャズのスタンダード曲で勝負すれば良かったのに、と思ってしまうのは僕だけだろうか。完全に英語歌詞のジャズのスタンダード曲だけで勝負して欲しかったなあ。なんせ、ジャズ・ボーカル歌手専門として、十分やっていける位、英語の歌詞での歌いっぷり、どの曲も本格的で素晴らしいんですから。

良い内容のジャズ・ボーカル盤。八代亜紀さんのジャズ・ボーカリストとしてのポテンシャルが並外れたものであることは良く理解出来る。日本の女性ジャズ・ボーカル盤の優秀盤です。
 
 

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2023年12月22日 (金曜日)

貞夫さんの「35年ぶりの邂逅」

和ジャズの重鎮といえば「渡辺貞夫」さん。貞夫さんは今年で90歳。しかし、ジャズマンは年齢では計れない。未だ、第一線で活躍している。しかも、貞夫さんのアルト・サックスには「衰え」が無い。いつでもどこでも「バップ」なアルト・サックスが爽快である。

『渡辺 貞夫 meets 新日本フィルハーモニー交響楽団』(写真左)。2023年4月29日、すみだトリフォニーホールにてライヴ録音。パーソネルは、渡辺貞夫 (as), マルセロ木村 (g), 養父貴 (g), 小野塚晃 (p, key), コモブチキイチロウ (b), 竹村一哲 (ds), 村田陽一 (cond), with 新日本フィルハーモニー交響楽団。

35年前、1988年に錦糸公園にて、新日本フィルとの公演を実施。以来、35年ぶりの新日本フィルとの奇跡の邂逅の記録。ジャズ・バンド側は、貞夫さんのアルト・サックス、マルセロ木村と養父貴のギター2本、そして、ピアノ・トリオがリズム・セクションに控えるセクステット編成。そして、新日本フィルが共演。ジャズになるんかいな、と心配になる。

ジャズはリズム&ビートが「キモ」。切れ味良いオフビート、切れ味の良いブレイク。クラシックのオーケストラは、弦楽器がメイン。音の伸び、音の連続が「キモ」。ジャズ・バンドの方は切れ味の良いリズム&ビートで疾走する。オーケストラ側は音の伸び・つながりが全面に出る。
 

Meets

 
オーケストラの音の伸び・つながりの「広がり」に包まれて、ジャズの音にラップがかかったようになって、切れ味の部分が丸くなることがある。聴き味は良いのだが、ビートが効いていない分、イージーリスニング風の音作りになる。これだと、貞夫さんの爽快な「バップ」なアルト・サックスを全面的に活かせない。

イージーリスニングな貞夫さんのアルト・サックスは聴きたく無いなあ、と思いながら、この盤を聴き始めたのだが、冒頭1曲目の「Nice Shot」を聴いて、それは杞憂だということが良く判った。新日本フィルの演奏の切れ味が抜群なのだ。ジャズの切れ味良いオフビート、切れ味の良いブレイクにバッチリ合わせてくる。歯切れ良く、エッジの立った、爽快感のあるパフォーマンス。素晴らしい。

この素晴らしいオーケストラの音である。貞夫さんの爽快な「バップ」なアルト・サックスが映えに映える。以降、「Mzuri」「Tsumagoi」「Boa Noite」「Only in My Mind」「Eye Touch」「Requiem for Love」「Sun Dance」「My Dear Life」とお馴染みの曲が演奏が爽快感を振りまいて疾走する。

ラス前「Sun Dance」でノリノリ、そして、ラストは「My Dear Life」で大団円。とりわけ、貞夫さんのアルト・サックスが、往年の輝きそのまま、ブリリアントで切れ味良く、歌心満載。本当に、いつ聴いても良い貞夫さんのアルト・サックス、やはり、これが一番。まだまだ現役、まだまだ第一線のアルト・サックスが映えに映える、秀逸な内容のジャズ・ウィズ・ストリングスである。
 
 

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2023年11月22日 (水曜日)

ユッコ・ミラー『Ambivalent』

ユッコ・ミラー。我が国の若手女子の実力派サックス奏者。エリック・マリエンサル、川嶋哲郎、河田健に師事。19歳でプロデビュー。 2016年9月、キングレコードからファーストアルバム「YUCCO MILLER」を発表し、メジャーデビュー。「サックスYouTuber」としても爆発的な人気を誇る。

そんなユッコ・ミラーのサックスがお気に入りである。特に、ながら聴きのフュージョン系ジャズとしていい感じ。ユッコ・ミラー自身のアルト・サックスの音がとても良い。アクがなく、すっと素直に伸びで、変に捻ることなく、ストレートにフレーズを紡ぐ。音は明るく軽くブリリアント。テクニックは確か。印象にしっかり残るが、決して耳障りではない。

ユッコ・ミラー『Ambivalent』(写真)。2023年11月のリリース。ちなみにパーソネルは、ユッコ・ミラー (as, vo, bs), 曽根麻央 (p, key, tp), 馬場桜佑 (tb)、中村裕希 (b)、山内陽一朗 (ds)。ユッコ・ミラーの6枚目のリーダー作になる。収録曲を見渡すと、まず、チャレンジングなカバー曲が目を引く。

4曲目の「KICK BACK」は、米津玄師の手になるアニメのテーマ曲。バリバリ、シャウト系ハードロックっぽいボーカル曲なんだが、この原曲の持つ雰囲気を上手くアルト・サックスで再現している。トロンボーンとトランペットとサックスというブラス・セクションが大活躍。曲の旋律をなぞるだけではない、原曲のコード進行を拝借して、正統派ジャズのごとく、しっかりとしたアドリブを展開する。

もう一曲は、7曲目の「可愛くてごめん」。日本のクリエイターユニット・HoneyWorksの楽曲。TVアニメ『ヒロインたるもの!〜嫌われヒロインと内緒のお仕事〜』のキャラクターソング。これまた、今年大流行りのJ-Pop曲を曲想に合った「可愛らしい」アレンジでガンガン、ジャズしている。しかも、アドリブ部は「可愛くない」アレンジ(笑)。うむむ、ユッコ・ミラー恐るべし、である。
 

Ambivalent

 
正統派フュージョン・ジャズの楽曲っぽい、5曲目の「Morning Breeze」 は、MBSお天気部秋のテーマ曲。そして、ソフト&メロウなフュージョン・ジャズにおける代表的名曲、グローヴァー・ワシントン・ジュニア & ビル・ウィザースの「Just the Two of Us(クリスタルの恋人たち)」をカヴァっている。これがまた、コッテコテのソフト&メロウなアレンジで「攻めに攻める」。

ユッコ・ミラーの素晴らしいところは、この様な、フュージョン・ジャズ全盛期の名曲や、J-Pop系のアニメ関連の主題歌やキャラクターソングといった「チャレンジングなカバー曲」を、ラウンジ・ジャズっぽく、楽曲の持つ有名な旋律をなぞるだけでなく、それぞれの曲が持つコード進行を拝借して、しっかりと即興演奏っぽく、正統派ジャズっぽいアドリブを展開するところ。

そういう「意欲的」なところが全面に押し出されているからこそ、ユッコ・ミラーのアルバムは決して「ラウンジ・ジャズ」にはならない。どころか、バックの優秀なリズム隊の、切れ味の良い、躍動感あふれるリズム&ビートを得て、高度な内容の「現代のフュージョン・ジャズ」を展開している。そう、聴き手やレコード会社に迎合することなく、しっかり「ジャズ」しているところが凄い。

ユッコ・ミラーが、雑誌インタビューで「すごく幅広いし、それが面白いし、まったく飽きないアルバムになりました」と語っているが、全くその通りだと思う。ユッコ・ミラーの自作曲も内容充実。

チャレンジングなカバー曲と相まって、とてもバラエティーに富んだ、表情豊かな、実に人間っぽいアルバムに仕上がっている。アルバム・タイトルの「Ambivalent」は言い得て妙。ながら聴きに最適な「爽やかな」内容の好盤です。
 
 

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