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2016年12月 8日 (木曜日)

ジョンの命日がやってきた。

また今年もやってきた。ジョン・レノンの命日。 ニューヨーク、1980年12月8日 22時50分、ジョン・レノンは撃たれた。日本時間にすると、12月9日の12時50分。確かにそうだった。火曜日だった。僕が「ジョンが撃たれた」というテレビのニュースを見たのは、14時だったかと思う。

テレビでは「ジョンが撃たれた」だけで、生死の状態についてのコメントは無かった。僕達は「ジョンが撃たれたって、ほんま、米国って危ない国やなあ」なんて呑気な会話を交わしていて、とにかく「ジョンが死ぬわけが無い」という理由無き確信を持っていた。そして、15時のラジオのニュースでジョンが死んだことを知る。

あの時のショックは決して忘れることは出来ない。あれだけ不条理な死を僕は他に知らない。4年前、自分自身が2度に渡って生死の境を彷徨った経験があるので、死ぬということは、如何に本人にとって辛く悲しい出来事なのか、十分に理解出来る。当時、レノンは40歳。如何に無念であったか。

もともと僕はビートルズの4人の中では、圧倒的に「ジョン・レノン」が好きである。彼の生き様が好きだったし、彼のソロになってからのアルバムも好きだった。当時も今も「ジョンの様に生きたい」と思っているし、ジョンのソロアルバムの全てが好きだ。オリジナル盤もコンピ盤も企画ボックス盤も全てが好きだ。

さて、僕が初めてジョンのソロ盤に出会ったのは『John Lennon / Plastic Ono Band』(写真左)。邦題『ジョンの魂』、略して「ジョンたま」である。1970年12月のリリース。当時、僕は小学6年生。もちろん「ジョンたま」はまだ知らない。そう、僕がこの「ジョンたま」に出会ったのは、高校1年生から2年生になる春休みの事である。
 

John_favorite_albums

 
映研の先代部長Nさんが部室に持ち込んだ。「お前もジョン好きやろ」と聴かせてくれた。NさんとMuさんと3人で聴いた『ジョンたま』。ギター・ドラム・ベースのシンプルな楽器構成(曲によってピアノ・オルガンが入る)。シンプルではあるがビートとメリハリが効いたロックな雰囲気。

歌う内容は「愛だ恋だの惚れた腫れたを歌うより、他にもっと歌わなければならないことがあるだろう」と言わんばかりの硬派な内容。私小説と呼んで良い、最も私的な内容。そして、魂の入ったボーカル。圧倒された。『ジョンたま』を聴き終えた後、言葉が出なかった、動くことが出来なかった。

これぞロック、である。さすがジョン、やっぱジョン。以降、ジョンのソロ盤は外したことが無い。全て所有している。そして、どれもが愛聴盤。ジョンの飾りをそぎ落とした、ソリッドでシンプルなロックは、僕にとって、ロックとは何か、の問いに答えてくれる「ひとつの指針」である。

そうそう、ジョンのベスト盤として、1975年10月のリリース以来、長年愛聴しているのが『Shaved Fish』(写真右)。邦題『シェイヴド・フィッシュ〜ジョン・レノンの軌跡』。まあ、当時、いろいろあって、そのいろいろあった中で、自らを慰め鼓舞してくれた、思い入れの強いコンピ盤である。

米国で発売されていた自身のシングル、もしくはシングル・カット曲を収録しており、僕の好きな曲ばっかりで占められ、しかも、聴き易い順番に並べられている。コンピ盤というより、もう一つのオリジナル盤として評価できる様な、コンピ盤とは思えない「統一感」。アーティスティックなジャケットもお気に入りで、今でも愛聴しているコンピ盤である。

僕達は、決してジョンを忘れる事は無い。今年のジョンの命日は『ジョンたま』と『かつお節』で鎮魂。そして、『かつお節』のラス前「Happy Xmas (War is Over)」で、今年の終わりを感じ、今年を厳かに振り返るのだ。

 
 

震災から5年8ヶ月。決して忘れない。まだ5年8ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年6月20日 (月曜日)

ポールのベスト盤の「ベスト」

先週の金曜日から帰省していて、ブログの更新が滞りました。先ほど、千葉県北西部地方に舞い戻ってきましたので、ブログも再開です。

さて、帰省の往復の電車のまとまった時間の中は、いつもCD複数枚組のアルバムを一気に聴き通す時間に充てていて、今回は、ポール・マッカートニーのベスト・アルバム『Pure McCartney』(写真左)、邦題『ピュア・マッカートニー〜オール・タイム・ベスト』を一気聴きです。

ポール・マッカートニーがソロ45周年の集大成となるベスト・アルバムになる。今回聴いたのは、CD4枚組のDelux Edition。この「デラックス・エディション」は全67曲、全米・全英トップ10シングル18作(いずれも、9曲が全米No.1獲得)が収録されている、とのこと。

ポールいわく「僕と僕のチームが選曲するにあたって考えたのは、ただただ楽しんで聴けるものにしよう、ということだけだった。例えば、長旅の車中、自宅でくつろぎたい晩、または友人とのパーティーなんかでね」というのが今回のベスト・アルバムのコンセプトとのこと。

続けて「だから僕たちは知恵を絞って、僕の長く曲がりくねったキャリアのさまざまな時期から、多種多様な選曲リストを出し合った。キャリアという言葉はちょっと相応しくないかな。なぜなら僕としては、“仕事"をしてきたというよりも、音楽の冒険を続けてきたという感じだから」。うむむ、ここまでくると、ポールの話は「胡散臭い」(笑)。

とにかく、確かにこのベスト盤の選曲はなかなか良く出来ている。聴いていて楽しい選曲というのはとても良く判る。ただ、ポールのキャリアの中で困るのは、聴いていて楽しい曲というのが、1980年以降、急速に少なくなっていったってこと。やっぱり、ポールの楽しい曲が沢山あった時期は1970年代ということになる。
 

Poul_mccartney

 
これは全くの私見なので聴き流して欲しいのだが、ポールがポールのメロディーメーカーとしての才能を最大限に発揮して、今回のベスト盤の特色である「楽しんで聴ける曲」が出来たのは、ジョンの存在があったからではないかと睨んでいる。

生前、ジョンが全くポールの相手をしていない時のポールの曲は確かに冴えない。皮肉タップリの曲でジョンがポールをいじりはじめると、いきなり「楽しんで聴ける曲」が出てきた。そして、ジョンとの仲が修復されたら、あの「ウィングス時代」の大ヒット曲のオンパレード。

しかし、ジョンが死んで、ポールの曲はポールの曲らしからぬ「シリアスな曲」が増えた。「シリアスな曲」とは「聴き応えのある曲」である。シリアスな曲はジョン、楽しんで聴ける曲はポール、そういう役割分担が「レノン=マッカートニー」ではなかったか。ジョンに触発されポールはその才能を発揮する。ポールにとってジョンは無くてはならない存在だったのだろう。

この今回のオール・タイム・ベストを聴いて、そんな「私見」をふと思い出してしましました。やはりジョンの「いない時代」のポールの曲には「聴いていて楽しい曲」が少ない。いわゆる「楽しんで聴ける曲」が少なくなった。そういう意味では、1970年代のポールの楽曲は「聴いていて楽しい曲」ばかりだ。

曲が年代順ではなくランダムに収録されているのもグッド。僕にとっては年代順だと、先の「私見」が頭にちらついて、どうもいけない。ランダムに収録されているからこそ、アルバム全体の「聴いていて楽しい曲」の密度が平準化されている。このベスト盤はそういう意味で、ポールのベスト盤として「ベスト」だろう。

 
 

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2015年12月12日 (土曜日)

ジョンの命日に思いを馳せる

気がつけば、今日は12月12日。もう既に今年も後20日を切った。今年は温かい冬の始まりで、昨日などは東京では最高気温が20度を超えたとのこと。史上3番目に大きいエルニーニョが発生しているとかで、今年は久し振りに暖冬になる確率が高い。

12月は僕にとって特別な月である。自分の人生において「決して迎合しない、自分の人生はできる限り自分でコントロールする、決して長いものには巻かれない」と強く思い、それが自分の信念として定着した衝撃的な事件が起きた月である。

「1980年12月8日、22時50分、スタジオ作業を終えたレノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着した。2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンが暗闇から「レノン?」と呼び止めると同時に拳銃を両手で構え5発を発射、4発がレノンの胸、背中、腕に命中し、彼は「撃たれた! (I'm shot!) 」と2度叫びアパートの入り口に数歩進んで倒れた。(Wikipediaより引用)」。

そう、ジョン・レノンが殺害されたのが「12月8日」。今年で35年になる。存命であれば、来年の2016年は75歳となる年。もうそんなに年月が経ってしまったのか。1980年当時、僕は22歳。大学3回生で、ジョンが狙撃された事件は大学生協の電化製品売り場のラジオ放送で知った。そして、ジョンの逝去をテレビの緊急ニュースで知った。

当時、ジョンのプライベートに関してはあまり感心しなかったが、彼の思想、音楽性については、大いに影響を受けていた。その精神的支柱的ミュージシャンが、全く関係の無い赤の他人に撃たれて、あっと言う間に生命を奪われた。しかし、まだ40歳の若さである。相当強い虚しさに襲われた。当時、相当にショッキングな事件だった。

さて、そのショッキングな事件を境に、自分の人生の信念を固めたわけだが、人生の節目節目において、ジョンの曲は常に僕を励まし、癒し続けてくれている。そんな彼の曲の中で、一番好きな曲が「Mind Games」。同名のタイトルアルバム、ジョンの4枚目のオリジナルアルバムである『Mind Games』(写真左)の冒頭の1曲目である。

この曲は僕の「人生の応援歌」である。「Imagene」も良いが、僕にとっては、この「Mind Games」が絶対的存在である。アルバムは1973年のリリース。「ヌートピア宣言」という邦題の為、社会性の強いメッセージ・ソング集のような誤解を受けがちなアルバムですが、そんなことはありません。ジョンのアルバムの中で一番優しいアルバムだと思います。
 

Mind_games

 

We're playing those mind games together
Pushing the barriers planting seeds
Playing the mind guerilla
Chanting the Mantra peace on earth

We all been playing those mind games forever
Some kinda druid dudes lifting the veil
Doin' the mind guerilla
Some call it magic the search for the grail

Love is the answer and you know that for sure
Love is a flower you got to let it, you got to let it grow

So keep on playing those mind games together
Faith in the future, out of the now
You just can't beat on those mind guerrillas
Absolute elsewhere in the stones of your mind

 

僕たちはみんな精神の試行錯誤を繰り返している
固い壁を突破したり、そこに新たな種を植えたりしながら
意識革命をしているんだよ
地球に平和を!というマントラを唱えながら

僕たちは、これからも思考実験をくり返すだろう、
みんな永遠にね
ドルイド教の司祭のような男もベールを剥げば、
自分の精神と格闘している
魔術とか、聖杯探しなんて意味がないとか言われながら

愛こそが「答え」だって、君にはよくわかってる
愛は、君が育てて、君が咲かせる「花」なんだって

だから、一緒に思考することを続けていこう
これから生み出される未来を信じて
自分自身の精神を革命しようとする人々を、
攻撃するなんてできないよ
意志の力は、何よりも強いんだから

 

自分については、50歳を過ぎて54歳で生死の境を彷徨い、ジョンとは違って幸運にも生き存えている。今ではジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れることが出来る様になった。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

 
 

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2015年1月22日 (木曜日)

ポールの2007年のライブ音源

昨年の12月になるが、ポール・マッカートニーのライヴ・アルバム『BBC Electric Proms 2007: Paul McCartney (Live)』(写真左)がDL発売された。

このポールのライブ音源は、2007年10月にロンドンのラウンドハウスで行われたBBC主催のフェス<Electric Proms 2007>のライヴ音源。2007年というと、ポールは『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』(Memory Almost Full)』をリリースした年。今から7年ほど前の音源になる。

7年ほど前と言えば、ポールは65歳。65歳で、しかも『Memory Almost Full』をリリースした年ということを思いながら聴くのだが、このライブ音源でのポールの声は荒い。ちょっとガラガラという感じ。声の伸びもちょっとしんどいし、ふらつきもある。僕は、このライブ音源は、ほんの最近のものなのか、と思い違いをしたくらいだ。

バックの演奏も粗い。今までのポールの単独ライブ盤のバックの演奏を振り返ると、相当に粗い。音質もまずまずではあるが、優秀というレベルでは無い。それではあんまり良くないのか、と問われれば、う〜ん、まずまずではあるが、素晴らしいというレベルでは無い、という感じだろうか。

ライブ盤としての編集も粗くて、曲間はブツ切れになる。それでも、今まではブートで出回ってはいたものの、正式な音源としては今回が初めてのリリースで、ポールのファンにとっては嬉しいダウンロード配信ではある。
 

Paul_bbc_electric_proms

 
1 Magical Mystery Tour
2 Flaming Pie
3 Got to Get You into My Life
4 Dance Tonight
5 Only Mama Knows
6 Blackbird
7 Calico Skies
8 Eleanor Rigby
9 Band on the Run
10 Back in the USSR
11 Live and Let Die
12 Baby Face
13 Hey Jude
14 Let It Be
15 Lady Madonna
16 I Saw Her Standing There
17 Get Back

 
収録曲は、上記の通りになる。ビートルズ時代の曲がちょっと目立つ。ラストの5曲は思いっきり有名なビートルズ曲で占められ、皆で歌おうぜ、というのも解らないではないが、ちょっと俗っぽく過ぎるのでは無いか、と思う。ポールって、ビートルズ解散以降、ソロになってからも良い曲が多々あるのだから、もう少し、選曲に気を遣っても良いのではないかなあ、と思ってしまう。

ネットでは概ね評判・評価は上々なのが、ちょっと意外。ポールのファンの方々には、このDLライブ音源は一度は聴いておきたいものではあるが、一般の方々には、2000年代のポールのライブ音源なら、他のCDでリリースされたライブ音源の方が良いと思う。

 
 

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2014年12月 8日 (月曜日)

今年もジョン・レノンの命日に想う

1980年12月8日。ジョン・レノンの命日である。実際にジョンの死亡が確認されたのは、ニューヨークで、1980年12月8日23時07分。日本と14時間の時差があるから、正確には、日本では1980年12月9日の13時07分となる。

当時、僕は大学3回生。日本時間の12月9日、大学生協の電気屋で「ジョンが撃たれた」という報に接し、何が起きたのか、上手く理解出来なかった。まあ、ジョンが死ぬはずが無いよ、と軽く思い直して、午後からの授業に出た。そして、授業が終わって、カセットテープを買って帰ろうと、大学生協の電気屋に戻った。そして、FM放送の緊急ニュースにて「ジョンが死んだ」ということを知った。

世の中には思いもよらぬ不条理な出来事が起こるのだ、ということを痛感した。34年経った今でも、あの時の強烈な「喪失感」は忘れられない。56年間の我が人生の中で、今でも生涯最大の「喪失感」である。今でも、大事な何かを失ってしまった感覚は、胸の中に強く残っている。

さすがに50歳を過ぎて、生前はいろいろとあったが、そのジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れている。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

ビートルズの4人のうち、二人が鬼籍に入り、二人は俗世に生きている。

ジョンは生粋のロックンローラーだったと思う。自分の音楽が世の中に受けようが受けまいが、最終的には気にしていなかったのではないか。自分の感性のまま、自分の思いを入れ込んで、曲を作り歌を唄う。自分の気に入った曲が名曲であり、世の中に受け入れられた曲は必ずしも名曲では無かった。

ポールはどうやって自分の曲が世の中に受け入れられるのかを常に考えた。その為には、自分の感性をねじ曲げ、自分の思いを入れ替えてまで、世の中に受け入れられる曲を追求した。つまりは、演奏して唄える「職業作曲家」であった。ジョンのやらないことやり、成功することで心の平穏を得ている様な活動の数々。
 

John_lennon_glasses

 
ジョージは「普通に優れた音楽家」だった。悪い意味では無い。時に良い曲を書き、時に良い詩を書き、時に良い内容のアルバムを残した。ポールの様に、世の中に受け入れられる曲を追求した時代もあるし、ジョンの様に、自分の感性のまま、自分の思いを入れ込んで、曲を作り歌を唄う時代もあった。ジョージのあこがれの存在は、ジョンであり、ポールであった。

リンゴはエンタテイナーである。いかに皆を楽しませるかに気を配る。ドラマーとして超一流の腕を持ちながら、ドラマーとしての道を選ばなかった。リンゴのドラムの優秀性を誰よりも理解していたのはジョンであった。ジョン以上にリンゴのドラムを理解しているミュージシャンはいない。ジョンの亡きこの世にて、リンゴはドラマーとしての道を歩もうとはしない。皆を楽しませる為だけにドラムを叩く。

ジョンはあの世でジョージと共に、この俗世の状況をどう見ているんだろう。今でも、リアルタイムで体験したジョンの命日を思い出す。あの時のやるせない気持ちは今も忘れない。決して忘れることは無い。今までもこれからも。そして、あと2週間もすれば、クリスマスがやってくる。

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A Very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

「Happy Xmas (War Is Over)」
Christmas song by John Lennon, Yoko Ono.

 
 

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2013年12月15日 (日曜日)

ポールの「あるべきデビュー」盤

ビートルズの呪縛から逃れるために、もう一つは、天才ジョン・レノンという呪縛から逃れるため。ポールは過剰なまでに、この2つの呪縛を強く意識し過ぎて、自らの才能を封じ込めてしまった1970年代前半のポール。『Wild Life』までの音楽的成果は「ちょっとこれはなあ」という課題だらけのものだった。

しかし、ポールはこのままで終わらなかった。なんだか、開き直りの精神が芽生えたのか、ゴツゴツしたロックの精神を捨て、ポップで楽しいあっけらかんとした、メロディ・メーカーとしての道を歩み始めてから、ポールの世界は一変した。

前のアルバムの『Wild Life』で完全にこけたポールは、さすが、マズイと思ったのか、かなり、気合いを入れてアルバムを作り始めた。とにかく、『Wild Life』が、受けなかったので、なりふりかまわず、Paul McCartney & Wingsの個性を追求し始めた。

その最初の成果が「Live and Let Die(007死ぬのは奴らだ)」のテーマだろうし、シングル・ヒットした「Hi,Hi,Hi」だったろう。この2曲は、今までの『ビートルズの幻影とジョンの幻影を過剰なまでに感じている』ポールではなく、純粋に『希有なメロディー・メーカー』のポールのみが、そこにいる感じなのだ。とにかく、この2曲は今までの雑念が見え隠れしないのだ。
 

Red_rose_speedway

 
そして、満を持して世に出したアルバムが、この『Red Rose Speedway』(写真左)。しょっぱなから、なかなか練られた曲調で幕を開ける。2曲目の「My Love」は、甘すぎるバラードであまり感心しないが、3曲目以降は、今までのポールのソロの世界と全く異なった、「メロディー・メーカーのポール」の面目躍如とも言える佳曲が次々と続く。

特に、最後のメドレーは、それぞれが独立していても遜色ない佳曲が畳みかけるように耳に飛び込んでくる。このメドレーこそが、ビートルズの幻影とジョンの幻影を振り切って、本来のポールの個性が輝き始めた証ではないだろうか。確かに、このアルバムでポールは、ポール独自の個性と特性を正確に掴み、表現できるようになったといえる。

ただ、このアルバム、先に挙げた「Live and Let Die(007死ぬのは奴らだ)」や「Hi,Hi,Hi」という、出来の良かったシングル・ヒット曲は含まれておらず、少々地味なバラードタイプの曲が多く選曲されている為、ややメリハリに欠け、名盤と呼ばれるだけの風格に欠ける。これが実に惜しい。

しかしながら、次作を期待できるだけの「Something(何か)」が十分すぎるほど輝いている。そういう意味で、ポールはこのアルバムで、ようやくポールの個性に相応しい「あるべきデビュー」を飾ったと言える。 

 
 

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2013年12月14日 (土曜日)

ポールのライブ盤の最高傑作

今年の11月、ポール・マッカートニーが来日した。「PAUL McCARTNEY OUT THERE JAPAN TOUR」と銘打たれた今回の来日公演は、ポールがソロになって4回目の来日公演であった。

6月18日に71歳の誕生日を迎えたポールではあるが、各地でなかなか精力的なライブ公演を展開したようで、まだまだ意気盛ん、とりあえず、暫くは一安心なポールであったようだ。テレビやネットの動画を通じて、日本公演の一端に触れた印象では、さすがに声の調子は若い時のようにはいかないようだが、随所に渡るプロフェッショナルな演奏はさすがである。

ポールは今までにライブ盤を何種類か出している。どれもが大変出来の良いもので、収録したその時代、その時代のポールが楽しめる。廃盤になって手に入らない盤もあるみたいだが、これらは常に入手出来る様にしておいて欲しいものだ。

さて、ポールのライブ盤で、今までで一番印象に残っている盤と言えば、やはり、Paul McCartney & Wings『Wings Over America』(写真左)だろう。このライブ盤は、1976年12月にリリースされた、リリース当時、LP3枚組の途方も無いボリュームのライブ盤であった。

このライブ盤は、タイトルからも判る通り、1976年5月より『Wings Over America』と題された、大規模なアメリカ・ツアーを行った際のライブ演奏を収録したもの。このツアーは大成功を収めた歴史的なツアーで、26都市で31公演を行い、ツアー全体では約60万人を動員した。

このライブ盤は、このアメリカ公演のライブ音源の中から、ベスト・テイクをチョイス〜編集したもので、ビートルズ・ナンバー5曲を含めた全28曲が、LP3枚組のヴォリュームで収録された。レギュラーCDでは2枚組になったので、どうもしっくりこない(笑)。

日本でのみ限定発売された「紙ジャケCD」ではLP時代の3枚組が再現され、僕は、この紙ジャケCDをPCにリッピングして聴いていた。やはり、このライブ盤を聴くには、LP時代の3枚組構成の曲順、曲割りを踏襲したいのだ。
 

Wings_over_america

 
が、今年の5月に、このライブ盤がリマスター&リイシューされた。2枚組構成なのは残念だが、リマスターされた音は良好で、一般の方々にとっては買いだろう。このライブ盤を聴いたことが無い方々は、今回のこのリマスター&リイシュー盤を聴いて欲しい。

同時に、限定のボックス盤(写真右)も登場し、こちらは、LP時代の3枚組が再現されており、ボートラとして、サンフランシスコのCow Palaceでレコーディングされた8曲を収録。同梱のDVD『Wings Over The World』が実に良い、というか、面白い。当時のポールの勢いやノリが良く判る。

さらに、リンダが撮影した写真によるフォト・ジャーナルや小冊子など、マニア垂涎の「おまけグッズ」がてんこ盛り。加えて、ハイレゾ音源(24bit/96kHz)の無料ダウンロード券がついており、ちょっと高価ではあるが、マニアの方はとっては、このボックス盤は買いである。

このボックス盤を手に入れて、ハイレゾ音源をダウンロードして以来、この『Wings Over America』は、ハイレゾ音源でのPCオーディオ環境でのアルバム鑑賞に変わった。これがまあ、24bit/96kHzの素晴らしい音なのだ。

ポールのベースの音がクッキリ、そのラインまで良く聴きとることが出来て、1970年代のライブ音源でありながら、楽器毎の分離が良く、音の拡がりが良く出て、その会場でのライブ感を感じることが出来る。これはCDの環境では体感できにくかったことだ。ハイレゾ音源、恐るべしである(笑)。

この『Wings Over America』でのポールの声の若々しいこと。このライブ盤でのポールのボーカルは絶好調で、張りがあって、コクがあって、とにかく若い。これがポールのボーカルの凄さであり、素晴らしいところである。

ちなみに、この『Wings Over America』は、1976年リリース当時から、この2013年にリマスター&リイシュー盤が出るまで、邦題は『ウイングス U.S.A. ライヴ !!』であったが(僕達はこちらの方が親近感があるが)、今回、邦題も『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』に変更、統一された。

 
 

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2013年12月 8日 (日曜日)

12月8日、33回目のジョンの命日

今年もジョン・レノンの命日がやって来た。昨年は、手術後5日目。術後、初めて重湯を食した日なので良く覚えている。病室で「そう言えば、今日はジョンの命日やったなあ」とぼんやり思い出しながら、重湯をすすっていた。当然、昨年の今日はブログで語るどころでは無かったなあ。

さて、「今日はジョンの命日」とはいっても、正確には、NY時間の12月8日の23時過ぎに亡くなっているので、日本時間に換算すると、12月9日の9時過ぎ(現在の日本とニューヨークとの時差は14時間)になるが、そこはまあ、細かいことは言いっこ無し、ということで、ご容赦願いたい。

ジョンが、自宅のあったダコタ・ハウスの前で撃たれたのは、1980年12月8日、22時50分。あれから、今年で33年が経ったことになる。当時、僕は大学3回生。日本時間の12月9日、大学生協のFM放送の正午のニュース(だったかと思う)で、「ジョンが撃たれた」という報に接し、何が起きたのか、上手く理解出来なかった。

そして、その3時間後だったか、NHKのテレビのニュースで、ジョンの逝去を知ったと思う。「ジョンが撃たれた」という報に接し、「ジョンのことだから、きっと大丈夫。大事には至っていない」と不思議な確信があったので、逝去したという報には愕然とした。あの時の激しい喪失感と虚無感は今でも忘れない。

あれから33年、生きていれば、ジョンは73歳の翁である。今年はポールが来日したが、ポールは今年71歳。ポールの雰囲気からすると、ジョンもその気があれば、まだまだバリバリの現役ミュージシャンとして、君臨していただろう。まあ、その気があれば、だけど(笑)。生きていたら、ジョンって、73歳の今でも歌っていたのかなあ。
 

John_lennon_collection_1

 
僕は、毎年、ジョンの命日が近づくと、このアルバムを聴く。『John Lennon Collection』(写真左)。LPで発売された当時から、何故かジョンの愛聴盤の一枚。選曲が良いのと曲順と曲の流れが気に入っているのが大きな理由かな。そうそう、ジャケット写真が、死の数時間前に撮影されたもの、という特別なところも大きい。まあ、ソロ・アルバムの一枚一枚を聴き直すのは、ちょっと「重い」という感覚もある。

僕は、生前はいろいろとあった様だが、そのジョンの生き様や音楽的成果を丸ごと受け入れている。振り返ってみて、彼が、歴史上、偉大なミュージシャンの一人だったことは疑う余地は無く、その生き様はとても「人として誠実」だったと感じている。

そして、今年のポールの来日公演のセットリストを見渡して、「All My Loving」が選曲されていることに気付く。感慨深い想いが駆け抜ける。

この1980年12月8日、ジョンの最期の日。伝えられるところによれば、レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「All My Loving」だったという。そして、ジョンをして「ポールは完璧な作曲の能力がある」と言わしめた、ポールが敬愛するジョンに、初めて、その作曲能力を誉められた曲である。 

今でも、リアルタイムで体験したジョンの命日を思い出す。あの時のやるせない気持ちは今も忘れない。決して忘れることは無い。今までもこれからも。そして、あと2週間もすれば、クリスマスがやってくる。

So this is Christmas
And what have you done
Another year over
a new one just begun
And so this is Christmas
I hope you have fun
The near and the dear ones
The old and the young

A Very Merry Christmas
And a Happy New Year
Let's hope it's a good one
Without any fear

「Happy Xmas (War Is Over)」
Christmas song by John Lennon, Yoko Ono.

 
 

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2012年11月11日 (日曜日)

ポールの「過渡期のアルバム」

久々にハイレゾ音源で再聴し、ちょっとだけ僕の中で評価が上がったポールのアルバムがある。Paul & Linda McCartney『RAM』(写真左)。1971年に発表されたポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーの共作アルバム。全英で2週1位、全米2位を記録した、ポールのソロ時代初期の名盤とされる。

が、僕はこのアルバムが若い頃から苦手。どうしても好きになれない。まず、ジャケットに驚いた。なにも、「羊と戯れるポール」でなくてもいいのに・・・、と当時は思ったものだ。アルバムの名義は、ポール個人ではなく、「ポール&リンダ・マッカートニー」となっている。今から37年前。高校2年の時、なんでリンダの名前があるんだと訝しく思った。

当時のポールは「リンダにメロメロ」状態だった。それを個人のレベルを超えて、アルバムのそこかしこに、「ちりばめられている」のにはマイッタ。ジャケットに使われている写真は、カメラマンであるリンダの写真のみで構成され、その写真もポールとリンダのプライベートっぽいものばかり。

ジャケットの右隅には「L.I.L.Y」の4文字(Linda I Love You の略と言われている)。普通じゃないですな。高校時代もこのアルバムを見るたびにこっぱずかしかったが、今でもなんだかこっぱずかしい。

まあ、こんな、アッパラパーな精神状態で制作されたアルバムだから、まだまだ、ポールの本調子にはほど遠い。しかしながら、さすがに、先のファーストアルバムは、ラフすぎて、しかも世間の反応も芳しくなく、やばいと思ったのか、このセカンドアルバムは、十分な時間をかけて作られている。
 

Paul_ram

 
ファーストと比べて時間をかけて、とりあえずしっかり作られている分、「メロディーメーカーのポール」が全面に出つつあることは実に好ましい。が、部分的には、ファーストアルバム当時の「勘違い」を引きずっている部分が見え隠れする。

1曲目の「Too Many People」や2曲目の「3 Legs」、4曲目の「Dear Boy」などLPではA面の6曲中4曲が、ジョンやヨーコや他の2人のビートルを揶揄するような曲で占められており、いい加減にしてほしいなあ、という気分になる。良きメロディーには、良き歌詞を、と思ってしまう。まあ、5曲目には、かの名曲である「アンクル・アルバート〜ハルセイ提督」があり、この曲に関しては言うこと無しだが・・・・。

やはり、このアルバムには、アルバムに先駆けてヒットしたシングル「アナザー・デイ」(全英2位・全米5位)を入れるべきだったのではないか。このアルバムに「アナザー・デイ」が入っておれば、適度に「しまった」良い感じのアルバムに仕上がっていたのではないかと感じるのは僕だけだろうか。

「シングルのおかげで売れた」という批判や、「LPはその構成とコンセプトが問題」などどいうしたり顔の評論家の攻撃を気にした感があるのだが、この変なところを気にするポールが、この悪しき「こだわり」を払拭するまでには、あと2枚のアルバムを経る必要があるのだった。

僕は、このアルバムについては、まだまだ、ポールのプライベート的な録音の色彩が濃く、メロディメーカーとしての、ソロアーチストとしてのポールの「過渡期のアルバム」として、あまり高く評価する気にはなれない。つまり、ポールの才能の素晴らしさって、こんなものじゃない、ってこと。このアルバムを名盤としたら、後の名盤はなんと評価されるのか。

アルバムを「売る側」は商売上「名盤」という表現を連発する。しかし、アルバムを聴く側は「名盤」を連発してはならないと思う。アルバムを作成したミュージシャンに対して失礼だし、聴く側の矜持を疑われる。このアルバム『RAM』を聴く度に思う。

 
 

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2012年11月 4日 (日曜日)

この盤もリンゴの名盤である。

昨日ご紹介した『Ringo』に次いで、このアルバムも名盤である。Ringo Starr『Good Night Vienna』(写真左)。1974年発表の『オンリー・ユー』『ノー・ノー・ソング』を収録したアルバム。リンゴ・スターの通算4枚目のアルバム。

この頃、リンゴは、まだまだ元気溌剌な頃で、リンゴ好みの親しみやすい曲で占められていて楽しい。また、前作『Ringo』と同様のオールスターアルバム仕様で、参加アーティストの顔ぶれは豪華だ。

タイトル曲を書いたジョン・レノンをはじめ、ドクター・ジョン、エルトン・ジョン、ニルソン、ロビー・ロバートソン等々と、リンゴの幅広い交遊関係がうかがえる。ビートルズ・メンバーについては、今回は、ポールとジョージが未参加。しかしながら、ジョンは、今回もしっかり参加している。

そのジョンが書いた、オープニングとエンディングを飾る「グッドナイト・ウイーン」が良い。ジョンのセンスが溢れた、ジョンらしいロックンロールナンバー。

リンゴも、嫌み無く、楽しく歌っている。とっても、ノビノビして良い感じ。やっぱり、ジョンは凄いなと思うし、ジョンの曲を歌うリンゴも実に楽しげ。あのビートルズの良き時代を感じさせる佳曲だ。
 

Good_night_vienna

 
それから、ヒットした「オンリー・ユー」は、あのプラターズのカバーだが(あの有名なくらい有名な、あの「オンリー・ユー」です)、リンゴらしいアレンジで楽しい。

でも、プラターズの原曲の雰囲気は全く無い。全く、違った曲になっているところが凄い。このバックに、ジョンがサイドギターで参加、このサイドギターの音が、あのジョンの特長ある音で、なんだか、後のジョンの名盤「ロックンロール」を聴いているみたい。

その他の曲では、「オカペラ」「ウー・ウィー」「オール・バイ・マイセルフ」は、ニューオーリンズR&B風味で、リンゴの音楽のバックグラウンドが見え隠れして、実に和やかで、おもわずニンマリしてしまう。

エルトン・ジョン作の「スヌーカルー」もなかなか。また、ボーナストラックの「シックス・オクロック」のロングヴァージョン収録は嬉しいオマケ。ポール・マッカートニーのヴォーカルアドリブがバッチリ聴けたり、なかなかに楽しい。

このアルバム、相変わらず、渋い個性が発揮されてはいるが、前作『Ringo』よりは、グッと地味になった。でも、このアルバムは、前作『Ringo』とあわせて傑作だ。やっぱり、リンゴには、オールスターアルバムがよく似合うし、オールスターアルバムで、彼の個性が、彼の特質が、最大限発揮されるのだ。

 
 

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