2009年12月10日 (木曜日)

グッと来る西海岸ロック・ライブ

いよいよ世間には、クリスマスの雰囲気が蔓延している。何故ここまで、クリスマスに拘るのか判らないが、本当に日本って不思議な国だ。本当に不思議な国民性をしている。

子供らの 期待一身 クリスマス   

さて、昔々、時はLPの時代、そう、高校時代からずっと今まで、その時その時の予算が許す限り、アルバムを手に入れてきた。友達の感想や雑誌の評論、はたまたレコード屋での見た雰囲気、その時々の判断で、アルバムを手に入れてきた。

面白いのは、ほんのたまにではあるが、アルバムの面構えが、なんだか不思議と強く気に入って、購入にいたることがある。そんなアルバムって、絶対に「当たり」なのだ。そんな「一目惚れ」のアルバムに一枚が、Stephen Stills(スティーヴン・スティルス)の『Live』(写真左)。1974年の録音、1975年11月のリリース。

バッファロー・スプリングフィールド~クロスビー,スティルス,ナッシュ&ヤング~マナサスといったグループでの活動により、米国西海岸ロック史にその名を刻む「スティーヴン・スティルス」。そのスティルスの優秀ライブである。LPでいうA面は「エレクトリック・サイド」と、B面は「一人弾き語りのアコースティック・サイド」を収録したライブ作品。

ジャケット・デザインを見ていただきたいのが、何の変哲もない、かなり手抜きのジャケットなんだが、これが、高校3年の時、レコード屋で見た時に「これは!」と思った。高校3年当時は、プログレ小僧から、米国南部のサザンロック、スワンプ、そして、アメリカン・ルーツ・ロック、加えて、西海岸ロックと、米国南部と西部のロックにドップリ浸かっていた頃である。

Stephen_stills_life

何の変哲もない、かなり手抜きのジャケットなんだが、何故か心に響いた。こういう時は絶対にゲットである。即購入である(笑)。そして、家に帰って、速攻でステレオで聴く。と、これが凄く良い。冒頭出だしの重厚な迫力ある音だけで、もう興奮度満点。スティルスの代表曲「Wooden Ships」である。クロスビー,スティルス&ナッシュの組合せでも歌っているが、その時は、ちょっと繊細な端正でアコースティックなものだった。が、このライブでは重厚なロック的雰囲気バリバリの、実に硬派な米国西海岸ロックである。

A面は「エレクトリック・サイド」のハイライト、3曲目の「Jet Set (Sigh) 〜 Rocky Mountain Way 〜 Jet Set (Sigh)」の変則メドレーなんぞは、その重厚な迫力溢れる、凄くファンキーな名演である。ファンキーとはいえ、そこは米国西海岸ロック。俗っぽくなく、あくまで爽やかに、あくまで硬派なファンキーを端正に奏でていく。西海岸ロックならではの重厚ファンキーに、もう聴く耳はノリノリである。自然と体が揺れる。

B面は「一人弾き語りのアコースティック・サイド」も負けてはいない。6曲目の「Crossroads 〜 You Can't Catch Me」などは圧巻。とにかくアコギが上手いのなんのって。聴いていて口がアングリ開いてしまう位のハイテクニック。とにかく上手い。凄い。疾走感溢れ、心地良いテンション。聴いている者の全てを圧倒する、迫力ある名演。

良いライブ盤です。というか、これって名盤でしょう。とりわけ、米国西海岸ロックの名盤だと思います。でも、ロックのアルバム紹介本や雑誌の特集などで、このアルバムの紹介を見たことがありません。でも、ほんまにええ内容なんですよ。ジャケット・デザインに騙されてはいけません。70年代ロックファンの方々に一度聴いて欲しいライブ名盤です。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。 
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月 8日 (火曜日)

今年もJohnの命日がやってきた

また、今年もJohn Lennon の命日がやってきた。あれは、もう今から29年も前のことになる。

今でもハッキリと覚えている。米国東部時間で「1980年12月8日23時07分」。ジョンの死亡が確認された。享年40歳。米国東部時間だから、日本とは14時間の時差がある。日本時間では、1980年12月9日13時07分だった。

1980年12月8日22時50分(米国東部時間)、スタジオ作業を終えて、ジョンの乗ったリムジンがアパートの前に到着、ジョンが車から降りる。犯人のマーク・チャップマンは「ミスター・レノン?」と呼び止めると、銃を手に取り前に進み、両手で構え5発を発射した。4発がレノンの胸、背中、腕に命中、レノンは「撃たれた」と2度叫び、アパートの入り口に数歩進んで倒れた。

撃たれたのが、日本時間で、1980年12月9日の12時50分である。「ジョンが狙撃された」というニュースは、速報という形で、学生生協のラジオで聞いた。聞いた時は「ジョンが撃たれた」ってことが信じられずに、「そんなことないやろ」と勝手に思いこみ、「悪い冗談だ」とも思った。逆に「ジョンは撃たれても、きっと回復して戻ってくる」となぜか堅く信じこんでいた。しかし、既にこの頃、ジョンは瀕死の状態だった訳である。

なぜか「ジョンは絶対に死なない」と思った。が、彼は帰らぬ人となった。彼の何が悪かったというのか。命と引き替えるほどのことがジョンにあったのか。そして、なぜジョンだったのか。今でも、あの日に感じた無念は心にしっかりと残っている。

John_glass


Our life together is so precious together
We have grown, we have grown
Although our love is still special
Let's take a chance and fly away somewhere alone

It's been too long since we took the time
No-one's to blame, I know time flies so quickly
But when I see you darling
It's like we both are falling in love again
It'll be just like starting over, starting over

「(Just Like) Starting Over」 Written by John Lennon


この「(Just Like) Starting Over」を唄いながら、ジョンは逝った。主夫となって以来、5年ぶりに復帰。「でも君を見ていると、また恋をはじめられそうだ。そう、また「振り出しから」って感じでね」と唄いながら、ジョンは逝った。今でもこの歌を聴くのは辛い。今でもこの歌を聴くのは痛い。でも、この曲は希望の曲。辛さ、痛みを超えて、この曲は永遠の名曲として、僕の心の中に常にある。

また、今年もJohn Lennon の命日がやってきた。あれは、もう今から29年も前のことになる。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月 6日 (日曜日)

Beatles / Mono Masters・1

昨日の夕方からの雨も上がって、今日は清々しい朝。そして、日中は、なかなかに暖かな日。12月の声を聞いてはいるが、今日の様な小春日和は大歓迎。なんせ、僕は寒いのが大の苦手。

帰路急ぐ 炬燵恋しや 火の用心     

さて、今日は日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集、今日は『Mono Masters』(写真左)である。『Mono Masters』の「DISC ONE」について語りたい。

この『Mono Masters』の存在は、今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤の一番の目玉かも知れない。既発売の『PAST MASTERS』をベースに、この『Mono Masters』の「DISC ONE」は、6曲目の「I Want to Hold Your Hand」と7曲目の「This Boy」、そして10曲目「 Long Tall Sally」以降、ラストの「I'm Down」まで、全て、モノラル・ミックスのリマスターがズラリ。

前にも書いたが、ビートルズの活動時期は1960年代。当時の一般での音楽再生装置はモノラルが前提。ステレオはまだまだ一般的では無く、録音方式・ノウハウも成熟していなかった。当然、アルバム収録の曲は、モノラルで聴かれることを前提に録音され、編集されていた。つまり、モノラル盤が最優先、ステレオ盤はオマケ的な位置付けだった。

特に、シングル・カットされた曲、もしくはシングル前提で録音された曲は特にその傾向が強い。シングルでリリースされた、ビートルズの楽曲は、特に「赤の時代」では、音の厚み、音の密度、音の迫力など、聴感上の雰囲気は、モノラル・ミックスの方が圧倒的に良い。なんていうのかなあ、モノラル・ミックスの方が、当時のビートルズの勢いと革新性を感じるのだ。

Beatles_mono_masters

「音の収斂、融合」を地で行く、音の立方体の塊が耳に飛び込んでくる様な迫力。モノラル・ミックスの良さがビンビンに伝わってくる。特に、7曲目の「This Boy」のモノラル・ミックスなどは絶品。10曲目の「Long Tall Sally」もロックンロールならではの勢いの良さは、モノラル・ミックスの方に軍配が上がる。

しかしながら、「I Feel Fine」「Bad Boy」は互角。曲によっては、ステレオ・ミックスの健闘も光る。が、やはり、当時の主流はモノラル。ステレオ盤対モノラル盤については、モノラル盤に軍配を上げざるを得ない。しかも、既発売の『PAST MASTERS』で、既にモノラル・ミックスでリリースされていた楽曲も、今回のリマスターの『Mono Masters』の音の方が、音のエッジの刺々しさが無くなって、モノラル・ミックスらしい、心地良くマイルドな、丸みを帯びた暖かい音になっている。

今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤に同梱されている『Mono Masters』は、聴き所満載である。今回のビートルズ・リマスターのMONO Box盤の一番の目玉である。この『Mono Masters』でしか、聴くことの出来ないモノラル・ミックスは実に貴重である。実は、特にこの『Mono Masters』の「DISC TWO」に、その貴重なモノラル・ミックスが収録されているのだが、そのお話しはまた来週の日曜日に・・・。

ビートルズはモノラル・ミックスを聴かなければならない、と昔から言うが、本当にそう思う。そういう意味で、今回、思い切って、リマスターのMONO Box盤を手に入れて良かった。このリマスターのMONO Box盤を手に入れて、モノラル・ミックスのビートルズを聴くことが無ければ、ビートルズを誤解したまま、あの世へ行くところであった(笑)。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月29日 (日曜日)

ビートルズを知らない子どもたちへ

タミフルを5日分飲みきった。やっと明日から社会復帰。振り返れば、結局、先々週の土曜日から9連休になったことになる。いやはや、新型インフルはもう懲り懲り。まだ、気管支に炎症が残っているのか、なんだか喉がイガイガして、すっかり全快、快調とはいかない。やれやれ。

咳ひとつ 受話器の向こう 冬便り    

さて、日曜日は恒例のビートルズ・リマスターの特集といきたいが、今週は、新型インフル感染にて、落ち着いてビートルズを聴き込むことが出来なかった。ビートルズ・リマスターの話題は来週に繰り延べ。とは言いつつ、今日はビートルズ「関連」のお話しを。今回はCDの話からは離れて、久しぶりに「書籍」についてお話ししたいと思います。

9月9日にビートルズのリマスターCDがリリースされるのに呼応して、ビートルズ関連の書籍が結構な数がリリースされている。が、よくよく見ると、新装復刊が多い。今までに結構読んだことのあるものが多くて、ちょっぴりガッカリ。でも、昔、読みたいと思っていたけれど、なんだか知らぬ間に読みそびれて、そのままになってしまった本が復刻されると、ついつい触手が伸びる。

そんな嬉しい新装復刊の1冊が、きやたまおさむ著『ビートルズを知らない子どもたちへ』(写真左)である。1987年に発表された名著『ビートルズ』(講談社現代新書)の新装復刊である。1987年と言えば、ビートルズのアルバムが初めて正式にCD化された頃。当時、読みたい読みたい、と思っていて、なんだか知らぬ間に読みそびれてしまった「後悔の一冊」であった。

Ok_beatles_unknown

きたやまおさむ氏と言えば、精神科医・作詞家、元フォーク・クルセダーズのメンバー。先月、自ら死を選んだ加藤和彦は「あの素晴しい愛をもう一度」を作曲した著者の盟友。この加藤らとの音楽活動で旋風(フォークル革命)を起こし、作詞家として活躍した著者だが、現在の本業は精神科医。この波瀾万丈な経歴から、冷静かつ客観的に、専門的な視点から的確に、真摯にビートルズの時代を語っている。

ビートルズ関連の書籍には、評論家としての個人的な主観優先なもの、抽象的な感想優先な独善的なもの、専門的な裏付けが取れていない無責任な解釈もの、などなど、はなはだ「主観的な、個人的感想的」なものが多い。

が、この、きやたまおさむ氏の『ビートルズを知らない子どもたちへ』はそうではない。「ビートルズ現象」を通して、当時のマスメディアやポップカルチャーの持つ「ダーティーな面」にもしっかり触れていて、単なるビートルズ・ファンとしての「ビートルズ讃歌」的なものとは、明らかに一線を画する。

基本的な部分をしっかり押さえて、客観的に「ビートルズとは何か」を押さえることの出来る「理想的な教科書」の様な一冊だと思います。本当に簡潔に、必要な情報を選別〜網羅して、しっかりとまとめ上げてられており、文章の調子も良く、ボリュームの割に、かなり読み応えのある内容には感心します。

「ビートルズとはいったい何だったのか」を改めて考えさせてくれる、ビートルズ入門書としては最適な一冊だと思います。今回のリマスター発売で初めてビートルズに触れた人達に対して、また、昔からビートルズは聴いてはいたが、体系だって、彼らの歴史・彼らの行動・彼らの功績を見つめ直したことが無い方に対して、お勧めの一冊です。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月28日 (土曜日)

クラプトンの70年代ライブは最高

新型インフルに感染して、伏せって4日目。今日からは外出OK。といって、別に行きたいところもなく、外出としては、もともと予約してあった「歯の定期検診」の為に、歯医者の間を往復しただけ。

病み上がり 小春日眩し 散歩道      

さて、せっかく(?)やむなく新型インフルに倒れて、長きに渡って隔離生活を余儀なくされたので、CDをまとめて聴く時間がかなりある。日頃聴けない、複数組のボックスもの中心に聴こうと心に決めて、さあ、と選んだ「今日のボックス盤」が、Eric Clapton『Crossroads 2: Live In The Seventies』(写真左)。70年代の未発表ライヴ音源を中心とした4枚組CDボックス盤。

これがまあ、絶品のライブアルバムなのだ。70年代クラプトンが好きな方、そして、最近のアルバム『Back Home』の、硬派だけれど「ゆったりと寛いだ」ブルース的な雰囲気が好きな方は、是非ともこのライブアルバムを一度は聴いて頂きたい。この『Crossroads 2: Live In The Seventies』には、当時の雰囲気言葉を使うと、とことんレイドバックしてはいるが、硬派な「ブルース&スワンプ」なクラプトンが満載である。

1枚目は、『461 Ocean Boulevard』にて再起なった1974年のライブ。2枚目は、レイドバック・クラプトン最盛期の1975年のライブ。3枚目は、『Slowhand』が大当たりの1977年〜1978年前半、4枚目は、『Backless』をリリースした直後の1978年後半のライブ。70年代クラプトンの黄金時代のライブ演奏が満載。

僕はこの4枚組CDボックス・ライブ盤を愛して止まない。こうやって書き上げているだけで、どんどんとわき上がるように音が浮かんでくる程だ。僕にとっての、ベストな「スローハンド・クラプトン」がここにある。

Ec_cr2_7

1枚目は、なんとあの名盤ライブとして愛して止まない『E.C. Was Here』と、ラストの「Further on Up the Road」以外、全5曲が被っているが、ご安心を。別ミックスかつ収録順を演奏順の自然な流れに直しています。僕は、この『Crossroads 2: Live In The Seventies』での収録バージョンの方がライブの音としても演奏の流れとしても、『E.C. Was Here』を上回っていると思います。逆に言うと、この『Crossroads 2: Live In The Seventies』さえあれば、『E.C. Was Here』は必須では無い、とも言える位の「別物」です。

とにかく、この1枚目が良い。70年代クラプトンのファンは、この1枚目でもう涙涙ですね。『461 Ocean Boulevard』にて再起なったクラプトンがここにいる。覇気溢れるスローハンド・クラプトンは実に聴き応えがあります。再起したばかりのクラプトンをサポートすべく、ジョージ・テリーが絶好調。胃ボンヌ・エリマンの女性ボーカル参入も大正解。

で、2枚目以降はと言えば、実は「更に素晴らしい」です(笑)。2枚目に至っては、もうその素晴らしい演奏の数々に、嬉しさ余って、もう「笑うしか」ありません。それほど充実したライブ演奏がギッシリつまっています。クラプトンはすっかり取り戻し、ここでは絶好調です。逆に、クラプトンが絶好調な分、ジョージ・テリーはちょっと控えめなのが気がかりなのですが、気になるほどではありません。

3枚目、4枚目は、1977年〜1978年のベスト・ライブ演奏をチョイスしているので、悪いはずがありませんよね。というか、もう素晴らしいの一言です。クラプトンが自分の思うままに、クラプトン流のブルースを探求し、そのクラプトン流のブルースを楽しんでいる様子が印象的です。1970年代クラプトンの集大成がこの3枚目、4枚目にはギッシリと詰め込まれています。聴き応え十分です。

1曲の演奏が10分を超えるテイクも少なくなく、70年代クラプトンを愛する「クラプトン・マニア」にとっては、この『Crossroads 2: Live In The Seventies』は、この上無く「おいしい」、至福の4時間を提供してくれます。僕にとっては宝物ですな、これは。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月26日 (木曜日)

どこで「もらってきた」のだろう?

もともと、僕は、流行を追い回すタイプでは無いが、好奇心が強いので「トレンドもの」には、とりあえず、触れてみるタイプではある。加えて、昔から嫌だ嫌だと避けているものには、決まって「はまる」タイプではあった。

しかし... どこで「もらってきた」のだろう。新型インフルに感染した。昨日は大変だった。朝から、38.3度の熱。医者に行きたいのだが、どこも水曜日が休みときた。ネットで調べて、やっと、駅向こうの内科がやっている、ということで、フラフラ歩いて駅向こうまで。

診療を待つこと1時間。まずは、インフルエンザキットによる検査。結果が出るまで15分ほどかかります、と言われたが、5分弱で「もう結果が出ましたよ、陽性です」。ちょうど、症状のピークにさしかかるところだったらしく、医者も感心するほどの結果の出方だったらしい。さんざん医者や看護師に感心されるんだが、あまり嬉しくはない。

昨日の午後は、39度まで熱が出て、ウンウン唸っていたが、さすがはタミフル。昨晩遅くから、熱が引き始め、今朝は平熱に。凄いぞ、タミフル。でも、ちょっと眠たくなるというか、頭がポッとなる感じなので、タミフルを飲んだら、2〜3時間はゴロゴロしている。熱が下がってから、48時間で外出可ということなので、来週の月曜日から社会復帰予定。

Paul_ge_nyc_17

今朝から平熱に戻ったが、タミフルの影響で、ちょいと眠たいので、ベットで伏せっている間、日頃、なかなか落ち着いて聴くことの出来ない、CD2枚組やボックス盤などの「長編」を聴く。

昨日、医者からフラフラ戻ってきたら、ポストのアマゾン・メールが... 。なんだろう、と思ったら、そうそう、ポール・マッカートニーの最新ライブを予約しておいたんだった。

正式名称は、Paul McCartney『Good Evening New York City』(写真左)。CD2枚組+DVD1枚の豪華盤である。ポールのライブ盤は結構出ているが、というかポールはライブ盤が好きなんだが、またまた最新のライブ盤である(笑)。それでも、僕は、ポールがライブ盤を出す度に、どうしても手を出してしまう。あの「良い意味で」脳天気な明るいライブの雰囲気が良いんだろうな。

選曲については、ビートルズ時代の曲が3分の2を占める割合は相変わらずです。怒濤のビートルズ攻撃は続いています(笑)。さすがにポールも67歳。声の衰えは隠せませんが、一所懸命に歌っているポールは美しい。曲によっては「練習不足?」と思われる曲もありますが、それもご愛嬌。それから、この歳になって、ポールの唄う「Give Peace A Chance」が聴けるとは思わんかった(一部分だけやけど)。

けど、「The Long And Winding Road」では、あのポールが忌み嫌った、フィル・スペクターのアレンジ、あの仰々しいストリングスがバックに入ってるやん。このフィル・スペクターのアレンジ、ポールは大嫌いやなかったんか〜(笑)。

でも、そんな「良い意味で」脳天気なポールには馴れました(笑)。そこがポールの良いところ。そんなポールだから、長生きできるのかも。ここまできたんやから、もっともっと元気でいて欲しい。新型インフルの床で、そんな感慨も持って聴いた最新ライブ盤でした。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年11月22日 (日曜日)

beatles『Abbey Road』は音抜群

朝からどんよりと鉛色の空。すっかり冬めいた気候にちょっと顔をしかめる。昼からは冷たい雨。時雨の様にパラパラと降っては止んで降って・・・。こんな時雨の様な天気を見ると、決まって「京都」を思い出す。

晩秋から冬にかけて、京都盆地の「天候の名物」と言えば「時雨」。さあっと冷たい風が吹いて、さ〜っという感じで降って、暫くして止む通り雨。時雨と言えば、決まって京都を思い出す。京都の時雨の思い出は沢山ある。京都は大好きな土地。学生時代、大切な思い出の地のひとつである。懐かしい。

時雨来て また清水の 遠くなり

さて、今日は日曜日、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集、今日は『Abbey Road』(写真左)である。正式なスタジオ録音盤としては、先週ご紹介した『The Beatles(White Album)』が、モノラル・ミックスとステレオ・ミックスが併存発売された、つまりは、モノラル・ミックスがリリースされた、ビートルズ最後のアルバムとなった(サウンドトラックとしては『Yellow Submarine』があるが事情が複雑なので、またの機会に語りたい)。

そして、Beatlesの正式なスタジオ録音盤としては、最後に『Abbey Road』が残ることになるが、この『Abbey Road』はモノラル・ミックスが存在しない。この最後のスタジオ録音盤にして、Beatlesは正式にステレオ・ミックスを主体としたことになる。つまりは、Beatlesの聴き手(ファン)は、単発の小さなスピーカーを搭載したラジオしか持たない人達から、少なくとも何らかのステレオ・セットを持った人達へとシフトした、ということだろう。

Beatlesはライブ・バンドである。その最大の特徴である「ライブ感」を、スタジオ録音盤にも出来る限り再現すべく、録音方式はスタジオ・ライブに近いものだった。リハーサルも無い。今で言うヘッド・アレンジ方式とジャム・セッション方式で演奏曲を煮詰めていったという感じだろう。そのスタジオ録音盤に詰め込まれた「ライブ感」は、モノラル・ミックスで最大限に再現された。だから、巷では「Beatlesはモノラル・ミックスでこそ、そのバンドの真価が発揮される」と言われるのだろう。

マルチトラックの録音装置が導入され、オーバーダビングでのスタジオ・ワークが採用される時代になる。しかし、Beatlesはライブ・バンドである。このスタジオ・ワーク方式が、Beatlesに合うはずがない。しかし、悪いことに、このオーバーダビング方式に、ポールが思い切り「はまってしまう」。そして、『Revolver』から、大々的に採用されたオーバーダビング方式は、Beatlesに破綻をもたらした。

とにかく、ポールがこの方式に「囚われの状態」になってしまったのが大きな問題だった。気に入らない演奏パートは何度でも録音し直せる、気に入らない演奏パートは、別の誰かの演奏と差し替えることが出来る。サウンド・エフェクトを後から被せるのも比較的容易に出来る。後から必要となった楽器の音も容易に追加して、その演奏に被せることが出来る。でも、これって、ライブ・バンドの基本精神に反するものなんですよね。

Abbey_road_remaster

そもそもが、Beatlesは使用楽器数が少ない。そして、サウンド・エフェクトも必要最低限にて、効果的なものにしか採用していない。Beatlesは、そのバンドの音の「シンプルさ」が最大の特徴のひとつだと僕は睨んでいるので、やはり、本来のオーバーダビング方式は基本的に必要ないだろう。

そして、ライブ・バンドにはサポートミュージシャンの参加は必要が無い。自分たちで、自分たちの楽器の分担で、サポートミュージシャンの参加無しに演奏することが原則である。そのバンドの中での「メンバー間の楽器の分担」を、オーバーダビング方式を前提として犯し始めたら、バンドの連帯は一気に無くなる。

そんなこんなで、解散寸前のアルバムが、この『Abbey Road』である。さすがに、このアルバムのA面を占める楽曲+B面の1曲目「Here Comes the Sun」は、往年のBeatlesの演奏と言える。 どの曲も素晴らしい演奏で、そのライブ感が堪らない。このまま、ステージで演奏可能な曲ばかりだ。しかし、「Maxwell's Silver Hammer」だけがちょっと異質で困った存在なのだが、う〜ん、ポール、何故ここにこの曲を入れた。B面に持って行ってくれれば、気持ちがスッとしたのに(笑)。

B面の2曲目「Because」以降、「The End」までの一連のメドレーの流れと、最後に唐突に存在する「Her Majesty」は、ポールのソロの世界だろう。ポールをリーダーに、ビートルズの他のメンバーがバックバンドとして参加した感じかな。巷で言われるように、確かに良く出来たメドレーだ。でも、1曲1曲が独立して成立した曲ではない。歌われる内容にもテーマ性は無い。この辺が、このB面メドレーの辛いところ。この脈略のないメドレー形式は『Sgt. Pepper's』に似ているが、あのアルバムは1曲1曲が独立した曲として成立していた。

さて、今回、リマスターされたステレオ・ミックスの音はどうなのか。もともと、この『Abbey Road』は、LP時代から音が良く、マスターテープの録音の良さが偲ばれていたのですが、1986年の初CD化の時も、かなり素晴らしい音質で、当時「これがCDの音か」と驚いたのを覚えています。今のステレオ装置で聴いても、1986年リマスターCDは良い音で鳴ります。今回のリマスターに先立ち、この『Abbey Road』については、リマスタリングの効果はほとんど無いのでは、と思ったくらいです。

ところがどっこいぎっちょんちょん(笑)。今回のステレオ・ミックスは更に音が良くなっています。「劇的に」とは言い過ぎかと思いますが、1986年リマスターよりも音の分離が、更に良くなっています。ジョージの名曲「Something」での、ジョージが出来る限りシンプルにしてくれと懇願した、ポールの異常な程の驚愕ベースラインが、くっきりと浮き出てくるところなんか、鳥肌モノです。特にA面にこの効果が顕著ですね。リンゴのドラミングも「張りと艶」が増して、音量を上げると目の前でリンゴが叩いている様です。

加えて、これは今回のリマスター全般に言えることなんですが、音のエッジが円滑になって、音が非常に滑らかに感じます。そして、ノイズ感が非常に抑制されている。といって、必要なノイズはしっかり残っていて、不要なノイズだけを選択して抑えたって感じです。ですから、とても聴き易い、というか、耳に優しいというか、何回聴いても疲れないというか、飽きないというか、本当に良い耳当たりの音になっています。確かに、アナログ時代の、LP時代の音と同じ感じになってきています。

『Abbey Road』の今回のリマスターCDは、絶対に「買い」です。『Abbey Road』は、今回のリマスターCDが有れば良い。そんな感じの音に仕上げられています。デジパック仕様の様なジャケットが、ちょっと「愛」を感じない、味気ないものですが、仕方がありませんね(笑)。う〜ん、ステレオ・ミックスしか存在しない『Abbey Road』と『Let It Be』だけ、日本製紙ジャケで追加リリースして欲しいなあ〜。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木曜日)

Deep Purpleの「僕の一押し」

寒い。寒いぞ(笑)。なんと今日の東京の最高気温は9度。真冬の寒さである。おいおい、まだ11月中旬やで。しかも、朝からどんより曇り空。午後からは冷たい雨も降ってきた。帰宅時にいたっては、結構、雨も強くなって、北風寒く、なんだか機嫌が悪い。

鬱々と 氷雨の空も 恨めしく

さて、今日は70年代ロックの話題を。純ジャズを聴き続けると、ちょっと耳休めしたくなる。耳休めには、70年代ロック。今日は久しぶりに、Deep Purple を聴きたくなった。さて、何を聴こうか?

実は、Deep Purple のアルバムの中で、僕の一番のお気に入りアルバムは、『Who Do We Think We Are (紫の肖像)』(写真左)。Deep Purple のアルバムの中で、このアルバムが一番、聴いた回数が多い。

一般的には、第2期黄金時代、最後のスタジオ録音。この頃は、メンバー間の人間関係が悪化し、とりわけ、リッチー・ブラックモアとイアン・ギランの関係が最悪。大した打合せも無しに製作されたアルバムと言われている。でも、巷で言われるほどの険悪な雰囲気は無いと思うんだけど・・・。

冒頭のキャッチャーな「Woman From Tokyo」もなかなかだが、2曲目の以降の演奏が素晴らしい。大した打合せも無しに製作した、とあるが、それ故、ジャムセッションの様なラフさが堪らない。当然、それぞれの演奏テクニックもピークの頃なので実に良い。

Who_do_we

意外とリッチー・ブラックモアが弾きまくっている。ジョン・ロードもいつになく、ファンキーなフレーズを連発、これまた弾きまくっている。かつ、リッチーとロードがバランス良く、五分五分に弾きまくっている。これって、なかなか、Deep Purple のアルバムでは無い。どっちかが目立って、どっちかが引っ込むパターンが多いんだが、この『紫の肖像』は違う。バランスが良い。

収録された楽曲については、ブルージーでアグレッシブな曲が多い。活き活きと演奏しているパープルである。メンバー間の人間関係が悪化した、第2期黄金時代最後のアルバムとは思えない。イアン・ギランのボーカルも絶好調、ロジャー・グローヴァーのベースもブンブン唸り、イアン・ペイスのドラムスも「神懸かりな」叩きまくり。バンドが一体となった塊のような演奏が素晴らしい。

パープルのハードロック的な演奏としては、このアルバムが一番ではないでしょうか。ブルージーな雰囲気の曲もあるが、ブルージーな雰囲気は必要最小限、パープル独特のジャンル不明な、パープルならではのハードロックが展開されている。そう、この『紫の肖像』は、パープル独特のハードロックの演奏が詰まっている。そこが良い。

この『紫の肖像』は、2002年にリリースされた、25thアニバーサリー盤は音が良い。充実したリマスター、リミックスです。この充実したリマスター、リミックスのお陰で、各楽器の分離が良くなり、リッチーのギターがとても良く聞こえます。グローヴァーのベースもキッチリ締まって重心重く、ペイスのドラムは、ダイナミック&タイト。恐らく、この音の良さが、このアルバムを更に良いものにしているような気がします。

思いがけない贈り物は「Woman From Tokyo」のリミックス。正規テイクと全く同じマスターからのリミックスなんですが、カットされていたリッチーのギターが、ここでは延々と聴くことが出来ます。このリッチーのソロが抜群。この『紫の肖像』は、25thアニバーサリー盤が絶対のお勧めです。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月16日 (月曜日)

米国ルーツロックの大御所

う〜ん寒くなってきた。立冬過ぎて、寒い空気が少しずつ流れ込んでくる。一雨毎に寒い空気が流れ込んでくるようなこの季節。もの淋しい時期は過ぎ去って、もうすぐ冬がやってくる。

立冬に 湯割り焼酎 相応しく

さて、唐突であるが、僕はアメリカン・ルーツロックが大好きである。アメリカン・ルーツ・ミュージック、ブルースやフォーク、カントリー&ウエスタン、ゴスペルなどをベースとしたロックが大好きである。

アメリカン・ルーツ・ロックの雄といえば「ザ・バンド」。ザ・バンドは、1967年から1976年にアメリカで活動したロック・バンド。オリジナル・メンバーは、カナダ人4人(ロビー・ロバートソン、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン、リック・ダンコ)とアメリカ人1人(リヴォン・ヘルム)。

ロックにカントリー、フォーク、R&Bといったアメリカン・ルーツ・ミュージックの要素を色濃く反映させた音楽性は非常に高く、ミュージシャンズ・ミュージシャンとして今なお多くのアーティストから尊敬を集めている。ザ・バンドについては、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」の「My Favorite Rocks」のコーナー、『アメリカンロックの最高峰/ザ・バンド』(左をクリック)を参照されたい。

Dirt_farmer

さて、そのザ・バンドの唯一の米国人、ドラマーのリヴォン・ヘルムの『Dirt Farmer』(写真左)を手に入れた。久しぶりのリヴォン・ヘルムである。ザ・バンド解散後、リヴォン・ヘルムは、RCOオール・スターズを結成し、ソロ活動を展開。しかし、1996年、ヘルムは喉頭ガンと診断され、以後歌うことは困難になり、その治療費の為、金銭的にも苦しんだが、その後、奇跡的とも言える回復を見せ、この『Dirt Farmer』では元気な歌声を聴かせてくれている。

とにかく、冒頭の「False Hearted Lover Blues」から徹頭徹尾、米国ルーツロック満載である。印象的なフィドルの音、マンドリンの音、C&Wな雰囲気をプンプンさせながら、アコースティック・ギターをフィーチャーしてフォーキーな雰囲気をプンプンさせながら、しかも、ビートはR&B基調。いいぞ、いいぞ。リヴォン・ヘルムの世界を満足いくまで聴かせてくれる。

収録された全13曲は、いずれも古いトラディショナルな曲ばかりがズラリと並ぶ。娘のエイミー・ヘルムを加えた二人の女性シンガーも、絶妙のバックコーラスで、リヴォン・ヘルムのボーカルを盛り立てる。実に良い雰囲気だ。しかも、13曲それぞれがアレンジ良く、メリハリが効いていて飽きない、というか実に楽しい。

良いですよ〜。所謂、アメリカン・ルーツ・ミュージック、ブルースやフォーク、カントリー&ウエスタン、ゴスペルなどが好きな方々には絶対のお勧めです。また、ザ・バンドのファンの方々にも絶対お勧め。ザ・バンドの往年の世界がここにあります。現代の音で、ザ・バンドの伝説の米国ルーツロックの世界が、リヴォン・ヘルム流に再現されています。

しかも、本盤は音が非常に良い。録音もグッド。リヴォン・ヘルムの考える「米国ルーツロック」が心ゆくまで味わえます。なお、このアルバムは、2008年のグラミー賞(Grammy Award)のベスト・トラディショナル・フォーク・アルバム(Best Traditional Folk Album)を受賞しました。

米国ルーツロックの大御所、リヴォン・ヘルムの米国ルーツロックの名盤。晩秋の夜長、現代の米国ルーツロックの名盤を愛でる。至福の時である。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月15日 (日曜日)

Beatles 最後のモノラル盤

今日は朝から快晴の千葉県北西部地方。おおよそ1週間ぶりの青空である。しかも暖かい。日差しもふんわり柔らか、実に心地良い一日。こんな日はノンビリと本でも読みながら過ごしたいんだが、なかなかそうもいかない。車の整備、本の整理などなど、細々と片付けものはいろいろある。

うららかな 小春日浴びて 至福かな

さて、日曜日恒例のBeatlesのリマスターCD特集、今日は『The Beatles(White Album)』(写真左)である。このアルバムまでが、モノラル・ミックスとステレオ・ミックスが併存している。つまりは、モノラル・ミックスがリリースされた、ビートルズ最後のアルバムである。

もともと、このアルバムについては、僕は複雑な心境を抱いている。正直に言うと、どうしても心から好きになれないのだ。巷では「名盤」の誉れ高いのだが、どうも、僕にとっては、頭では理解できるのだが、感覚的にはどうも好きになれない、厄介なアルバムである。よって、ビートルズのアルバムの中で、ターンテーブル、及び、トレイに載る回数が一番少ないアルバムである。

この『The Beatles(White Album)』を初めて聴いたのは高校1年生の秋。なんだか未完成の曲ばかりが並んでいるようで、その時は、この未完成みたいな曲が実は素晴らしく、自分はそれが理解できないだけだと思っていた。で、大学時代にじっくり何度も聴き返してみて、やっぱり、どうもしっくりこない。どうもデモ・テープを聴いている感じばかりがする。逆にこんな未完成な曲ばかりを2枚組に詰め込んでリリースするなんて、聴き手を軽んじているんではないのだろうか、とさえ思った。

僕も音楽の作り手、演奏する側にいたこともあるんで、音楽の作り手としては、このアルバムは中々面白い。面白いアイデア、フレーズが満載なのだ。でも、アルバム全体の出来は、と問えば、どうしても、巷で言われるような「名盤」とは思いがたい。

おそらく、楽器やボーカルを別々のパートに分けて録音し、後でミックスしていくという、オーバーダビングという録音手法がビートルズという集団には不適だったように思える。生気に欠けるというか、アグレッシブな感じが他のアルバムに比べて乏しいように感じるのだ。元々、ビートルズは優れたライブ・バンドである。オーバーダビングという録音手法が、そのライブ・バンドとしての本質を阻害しているように感じる。

ビートルズとはどういう才能を持ったメンバーで構成されていたのか、ということを実感するには最適だが、ビートルズとはどういうグループだったのか、を理解するには、どうも相応しくないと思うのだ。つまり、ビートルズの「個」を理解するには最適だが、ビートルズの「集団」を理解にするには、どうも良くないなあ、という感じなのだ。

White_album_6

『The Beatles(White Album)』を、ビートルズ最高のアルバムと認識できない人間は、ビートルズの真の理解者とは言えない、とまで言われるが、そういう意味では、僕はビートルズの真の理解者ではないのだろう。どうしても思えないのだ、僕は『The Beatles(White Album)』が、ビートルズの最高傑作とは・・・。ビートルズらしさという面では、『Rubber Soul』と『Revolver』の対をなす2枚のアルバムの方が、ビートルズらしいと思うんだがなあ・・・。

さて、本題のリマスターCDの件だが、この『The Beatles(White Album)』から、ステレオ・ミックスにも本腰を入れだした形跡がありありと見える。ステレオ・ミックスの音の定位が、かなり良くなり、ステレオの音の広がりも改善されて、やっとこの『The Beatles(White Album)』に至って、ステレオ・ミックスの音に違和感を全く感じなくなった。モノラル・ミックスとステレオ・ミックス共に「甲乙付けがたい」音になっている。

曲毎に聴くと、モノラル・ミックスの方が良い曲もあるし、ステレオ・ミックスの方が良い曲もある。一概には言えないが、ステレオ・ミックスを前提とすると、オーバーダビングをする際に、音の定位を十分意識して、音のバランスを組み立てていく必要がある。この音のバランスと組み立ての部分で、当時の録音機材や録音ノウハウは、まだまだ技術的に不足な部分があったと思われる。

大雑把に言ってしまうと、ジョンの曲はモノラル・ミックスの方が良い、ポールの曲はステレオ・ミックスの方が良い、ジョージの曲は、モノラル、ステレオ共に味わい深く、リンゴの曲はステレオ・ミックスの方に軍配が上がる。つまりは、オーバーダビングという録音手法に「はまった」のがポール、オーバーダビングという録音手法を嫌ったのがジョン、ジョージとリンゴは、オーバーダビングにとりあえず付き合った感がある。

そんなメンバーの「個」としての音作りのスタンスの違いが、バンドの音という面で「不協和音」を起こしているのが、モノラル・ミックスとステレオ・ミックスを聴き比べていると良く判る。これだけ、音作りのスタンスが違うと、もうバンドとしての「トータルなアルバム作りは成立しない」だろう。

さらに、オーバーダビングを前提として曲を作り上げていくと、アルバムの収録曲をライブで再現するのが困難になるが、この『The Beatles(White Album)』に収録されている曲は、そのままの音をライブで再現するのは結構難しいものが多い。そういう意味で、この『The Beatles(White Album)』は、ライブ・バンドとしてのビートルズから一番遠い位置にあるアルバムだと僕は思っている。

ステレオ・ミックスがモノラル・ミックスと肩を並べた『The Beatles(White Album)』。そして、ステレオ・ミックスとモノラル・ミックスを聴き比べて見ると良く判る、当時のビートルズの状況。音楽の創造という面では、今の耳でも「ハッ」とするほどの煌めきに溢れている反面、音楽を演奏する集団という面では、既に「個」が優先されていて、バンドというユニットとしてはバラバラな状態であったことが良く判る。

音楽の創造という面に重きをおいて評価する向きにはステレオ・ミックス、音楽を演奏する集団という面に重きをおいて評価する向きにはモノラル・ミックス、というのは、ちょっと乱暴だろうか。本当に、聴く度に骨の折れるアルバムではある(笑)。
 
 
 
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
 
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧