2012年5月27日 (日曜日)

初夏の薫風に吹かれながら

今日は本当に清々しい一日。強い陽射しタップリ、薫風爽やかに吹き抜け、湿度も程良し。日本の季節の中で、一番良い季節の一つ「初夏」。こんな絵に描いた様な「初夏」の昼下がり、毎年必ず聴きたくなる「山下達郎」。

「山下達郎」と言えば、日本のポップ・ロックの草分けであり重鎮。ロックンロールやR&B、50年代オールディーズのテイストを踏まえたポップ・ロックをやらせれば、山下達郎の右に出る者はいない。しかも、ポップ・ロックな音の雰囲気は、基本的に「夏」を彷彿とさせるものが多い。

今日みたいな、こんな絵に描いた様な「初夏」の昼下がりには、山下達郎のポップ・ロックが良く似合う。ということで、今日、選んだアルバムが『トレジャ-ズ(Treasures)』(写真)。1995年にリリースされた、1983年のムーンレコード移籍後、レーベル在籍12年目にして初めてリリースされた山下達郎のベストアルバム。

冒頭の「高気圧ガール」から「スプリンクラー」の流れは、初夏の季節の雰囲気にピッタリ。薫風に髪をとかせながら聴く爽やかなジャパニーズ・ポップ・ロック。山下達郎のポップ・ロックは、デビュー当時から「日本語」で歌われる。

1970年代、ロック・ビートに「日本語」はのらない、日本語でロックは成立しない、なんてしたり顔で言われた時代があったが、とんでも無い話だ。

Treasures

実は、僕は、山下達郎については、シュガー・ベイブの時代から知っていて、FMでエアチェックしてほそぼそと聴き始めていた。そして、ソロデビューのアルバム『Circus Town(サーカス・タウン)』 はLPで入手した。そして、大学時代にはガンガンに聴いていた、山下達郎については、かなりの「マニア」である。

山下達郎のポップ・ロックは、ソロ・デビューの時代から「日本語」で歌われていて、違和感無くロック・ビートにのっている。しかし、この「のり」は、日本人独特の「のり」。ロック・ビートを良く理解して、ロック・ビートの上に日本語の詞を乗せていくような感じで、この「のり」が独特。この「のり」こそが山下達郎の最大の個性だろう。

「アトムの子」「土曜日の恋人」「おやすみロージー」「クリスマス・イブ」「さよなら夏の日」「パレード」など、懐かしい思い出の曲が満載である。僕の若かりし頃、20歳代を彩る楽曲がとても「沁みる」。

面白いのは「クリスマス・イブ」など、冬の楽曲も、初夏の薫風に吹かれながら聴くと、なんだか「夏向け」の曲に変身する。恐らく、山下達郎独特の「のり」が、初夏の雰囲気にピッタリとフィットするからだろうと思われる。

初夏の薫風に吹かながら聴く『トレジャ-ズ(Treasures)』。この2012年、21世紀を10年ほど過ぎた時代になって、ちょっとレトロな雰囲気を醸し出し始めた山下達郎の楽曲は、実に良い雰囲気です。心が十分にリラックス。良い時間を過ごしました。  

 
 

大震災から1年が過ぎた。決して忘れない。常に関与し続ける。
がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから復興に協力しよう。 

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2012年5月26日 (土曜日)

こんなライブ盤ってどうなんだろう

こんなアルバムの存在ってどうなんだろう。Eric Clapton『24 Nights - Recorded Live At the Royal Albert Hall, London (1990-1991)』(写真左)。

1991年リリースのEric Claptonのライブ盤。1990〜1991年、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールで、24日間行われた公演のベストテイクを集めたもの。ベストテイクというか、クラプトンのベスト盤の様な、クラプトンの代表曲、有名曲、ヒット曲のライブ演奏をズラリ並べたものである。

1960年代後半のクリームの時代に遡って、1970年代前半のデレク・アンド・ドミノスの時代の名曲も含めて、クラプトンの代表曲、有名曲、ヒット曲を的確に網羅しており、クラプトン・ファンには涙涙の選曲であり、クラプトン入門盤としても、なかなか的確な選曲である。

演奏の編成もなかなかバリエーションに富んでおり、Disc 1-1〜4が「4 Piece Band」、Disc 1-5〜8が「Blues Band」、Disc 2-1〜4が「9 Piece Band」、Disc 2-5〜7が「Orchestra」と、全部で4部構成になっていて、それぞれ、その編成の特徴を活かした響きが独特の、なかなか素晴らしい演奏となっています。

しかも、演奏機材の進歩、録音技術の進歩も相まって、昔の曲のいずれもが、豊かな響き、クリアで分厚い音を前提とした、整然とした音作りとなっていて、昔のクラプトンの曲が「あれ」と思うくらい、聴き易く、ダイナミックレンジ豊かな演奏に変化している。

24_ights

しかし、どうなんだろう。このライブ盤は、完全にエリック・クラプトンにとっては「ナツメロ」の部類に属する選曲であり、新しいものは何も無い。しかも、この「ナツメロ」が、1990年当時の最新の演奏機材、最新の録音技術のお陰で、新しい響きを宿している。つまり、その「ナツメロ」曲が、世の中にリアルタイムに流れていた時の音とは、全く似ても似つかぬ、1990年の新しい音を前提に演奏されているのだ。

「ナツメロ」として聴くには響きが新し過ぎるし、1990年の時代の新しい音としては、曲作りのコンセプトや全体的雰囲気が、ちょっと「古い」雰囲気が漂う。どっちつかずの内容で、これはどうなんだろうか。クラプトンのファンとしては、響きが新しすぎて違和感を感じるし、クラプトン入門としては、曲の持つオリジナルな雰囲気がダイレクトに伝わらず、なんだか「隔靴掻痒」の感が強い。

正直に言えば、このどっちつかさが、どうしても耳について、このライブ盤は、未だ「僕の愛聴盤」になり得ていない。演奏時代は素晴らしく、曲が初出となった時代の演奏より、豊かな響き、クリアで分厚い音、整然とした音作りとなっているんだが、それはそれで、なんだか違和感を感じる。

1970年代ロックの、セルフ・カバー前提の「ナツメロ」焼き直し的なアプローチは、1970年代ロックをリアルタイムに聴き進めてきた僕にとっては、どうしても違和感は否定できない。

1990年代以降にリリースされる、1970年代ロックのセルフ・カバー演奏は、なんだかどっちつかずな雰囲気が色濃く付きまとう様で、聴くことは聴くんだが、僕はどうしても最終的に好きになれない。困ったもんだ(笑)。

 
 

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2012年5月13日 (日曜日)

ハイレゾ音源の凄まじき音質

最近、ネット・オーディオに懲りつつある。ピュア・オーディオの世界は、5年ほど前、主力のプリメイン・アンプを相当良い物に買い換えて以降、もはや可及的速やかに追求するものが無い、と店じまいしていたが、「Net Audio」という雑誌を発見して、購読を始めて以来、オーディオ熱が再度覚醒。ハイレゾの音源ファイルを基に、再度、オーディオ追求の森に迷い込み始めた。

CDの音質を超える24bit/96kHzなどといったハイ・レゾリューションな音源。実に魅力的だ。既に、ハイレゾ音源については、ビートルズ、クイーンのアルバムについては、USBボックス経由で既に所有している。これが凄い音質なのだ。適応にセットアップしたステレオセットでもこれだけの音がするんだと驚愕するばかりである。

この「Net Audio」という雑誌のお陰で、ハイ・レゾリューションな音源が米国のサイトからダウンロードできることを知り、決済方法を調べつつ、なんとか日本にいても、米国のサイトからダウンロードし、クレジットカードで決済できるようになった。ふふふっ。早速、2〜3枚のアルバムをダウンロードしてみた。

僕の場合、ハイレゾ音源については、1970年代ロックの優れたアルバムについて一番の魅力を感じる。そもそも、1970年代はLPの時代。しかも、僕は中学生〜高校生の時代、譲って大学生の時代だとしても、実のところ、チープなステレオ・セットしか所有していない。1970年代ロックの名盤が、本来、どんなに優れた音で鳴っていたのか、知る由も無かった。  

Carly_simon_no_secrets

そこで、今回のハイレゾ音源である。CDを超える、LP原盤の音に迫る音質である。このハイレゾ音源のお陰で、やっとのことで、1970年代ロックの名盤が、本来、どんなに優れた音で鳴っていたのかが理解出来る様になった。

今日、聴き入っているのは、Carly Simon『No Secrets』(写真左)である。カーリー・サイモンは、米国の女性シンガーソングライター。1970年代、一世を風靡したSSWの女王。日本でも、1972年に、ミック・ジャガーとポール・マッカートニーがバックボーカルで参加した「うつろな愛 (You're So Vain) 」がヒットした(全米では一位を獲得)。

中学生時代、この「うつろな愛 (You're So Vain) 」という曲が大好きだったのだが、この曲をハイレゾ音源で聴くと、目から鱗、こんな音、こんな演奏やったや〜、と思わず、笑みがこぼれ、曲がサビの所に差し掛かると感極まって、目がウルウルする。それくらい、凄まじいリアルな音世界なのだ。少なくとも、CDとは次元が違う音であることは間違い無い。

いや〜、これは暫くはまるなあ。このハイレゾ音源を、自分のピュア・オーディオ装置にどう組み入れて、所有するステレオ・セットで、いかにして、できる限りの最高の音で鳴らすことが出来るか。しばらく、これは「はまる」。それほど、ハイレゾ音源の音は凄い音質なのだ。
 
 
 

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2012年5月12日 (土曜日)

P.F.Mと並ぶ「伊プログレの代表格」

イタリアは何故か、1970年代、プログレが盛ん。そんなプログレ・バンドの中で、P.F.Mと並ぶ代表格のひとつが、「Banco Del Mutuo  Soccorso(バンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソ)」。世界デビューの時、バンドの名前が長いので、短縮形の「Banco(バンコ)」になった。

1969年キーボードのノチェンツィ兄弟を中心に結成。 1972年アルバム・デビュー。ツイン・キーボードを中心とする迫力あるインストゥルメンタルとクラシックやオペラ、イタリアのカンツォーネ、フォークソングからの要素の取り組みが色濃いところが、Bancoの個性。オペラチックなカンツォーネをフィーチュアしたところも、これまた「個性」。

P.F.Mに続いてワールド・デビューを果たした、インターナショナルなイタリアン・ロックの代表格である。このBancoを手っ取り早く理解するには、1975年発表のマンティコアからのワールド・デビュー作『Banco』(写真左)を聴くのが一番。

変拍子を駆使したハイ・テンションな演奏な耳に残る。収録されたいずれの曲にも、クラシックやオペラ、イタリアのフォークソングからの要素の取り組みが色濃く、Bancoの個性が遺憾なく発揮されている。

Banco

P.F.Mに続き、マンティコア・レーベルから世界進出を狙った、歌詞が基本的に英語(実際は英語とイタリア語の両方を使い分けて歌われている)の変則ベスト盤で、新曲と過去の曲のリメイクからなっている。

Bancoの場合、イタリア語特有の歌詞の響きの癖の強さが個性と言えば個性。この変則ベスト盤での英語の歌詞の響きは、いい意味で聴きやすい響きになっていて、Banco本来の癖、個性が薄れていると言えば薄れている。

が、Bancoの持つ、プログレ演奏の個性については十分に感じる事ができるのだから、Banco入門盤としては、この変則ベスト盤は最適。歌詞が英語の方が、逆に、Bancoが初めての方には聴き易い。それでも、イタリアらしいオペラチックなカンツォーネをフィーチュアした音の響きは十分に個性的であり、かなり新鮮に響く。

しかし、Banco Del Mutuo  Soccorsoを愛でるには、世界デビュー以前の、純正イタリア・プログレ時代のオリジナル・アルバムを聴く必要がある。この純正イタリア・プログレ時代のアルバムにこそ、真のBanco Del Mutuo  Soccorsoの個性が光り輝いている。

それについては、近々に是非とも、このブログでご披露したいと思っている。

 
 

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2012年5月10日 (木曜日)

イタリアン・プログレの至宝

さて、今日は、イタリアン・ジャズをちょっと離れて、70年代ロックの世界、イタリアのプログレッシブ・ロックの世界に足を踏み入れて見たい。

プログレッシブ・ロックとは、1960年代後半のイギリスに現れたロックのジャンル・スタイルの一つ。日本における一般的な略称は「プログレ」。

「プログレ」は、ロックのみならず、他ジャンルの影響を反映した、前衛的あるいは先進的(つまり、プログレッシブ)、かつ、実験的な音楽。クラシックやジャズや民族音楽など、その音楽のアプローチや演奏法にとどまらず、歌詞など精神的な世界までも取り込もうとしていた。

しかし軸足はあくまでロックの側にあり、「プログレッシブ」という形容は、「ロックのジャンル音楽として」先進的(プログレッシブ)であるという認識が正しい。演奏表現に関する精神性や技術力が著しく高く、アルバム全体を一つの作品とする「コンセプト・アルバム」的な作品がほとんどで、大作・長尺主義傾向にある長時間の曲が特徴(Wikipediaより引用)。

イタリアでは、何故かは判らないが、1970年代、プログレッシブ・ロックが流行った。流行ったというか、プログレのジャンルの中では、有力なバンドがイタリアに揃っていた。つまり、イタリアは「プログレ」先進国であった。そんなイタリア・プログレのバンドの中に「Premiata Forneria Marconi」というバンドがある。

Premiata Forneria Marconi。カタカナ表記で書くと、プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ。イタリアが世界に誇るプログレッシヴ・ロック・グループである。イタリアン・ロックの最高峰であり、プログレッシヴ・ロックの至宝。

Pfm_cook

「プレミアタ・フォルネリア・マルコーニ」の意味するところは、プレミアタさんとフォルネリアさんとマルコーニさん、3人の姓を取って名付けたものでは無い(笑)。「選ばれたマルコーニという名のパン屋さん」という意味だそうだ。北イタリアのブレッシアには、マルコーニという、パン屋のチェーン店があったらしい。なぜ、彼らが、パン屋さんの名前をバンド名にしたかは不明。あまりに長いバンド名なので、以降、「PFM」と略す。

PFMのアルバムの中で、今まで一番聴いた回数が多いのは『Cook』(写真)というライブ・アルバム。PFMの初のライブ・アルバムで、PFMのハードな面が良く出ていて、ロマン溢れる抒情的な部分との対比が素晴らしい、僕の大のお気に入り。

で、このPFMの『Cook』は、1975年のリリース。当然、当時はLP1枚でのリリース。全編約50分の目眩くプログレッシブ・ロックの世界ではあるが、当然、元々のライブ音源から編集されていて、ちょっと聴き足りないもどかしさが付きまとう。が、つい一昨日、このPFMの『Cook』について、驚きの事実が発覚した(笑)。

なんと、一昨年の10月、このPFMが75年に出したライヴ盤『Cook』に、元音源が本編と一部ダブるとはいえ、2010年リミックスの74年録音のライヴを丸々加えた3枚組がリリースされていたのだ。目玉は、Disc2とDisc3に収録された、1974年8月31日のセントラルパーク公演の9曲(87分)です。音源としては、オリジナルのライヴ盤『Cook』と被るのもあるようですが、完全版と思われるのだ。

知らなかった(笑)。「いまさら何を言っているんや、松和のマスター」と言う声が聞こえてきそうです。いやはや、松和のマスター、不徳の致すところでございます m(_ _)m。一昨日の事、この驚愕の事実に出くわして、即「ポチッ」とな、です。即「ゲット」。明後日くらいに手元に届くそうです。楽しみやなあ。

まあ、この『Cook』完全盤はCD3枚組のボリュームなので、ビギナーの方々にはお勧めできませんが、プログレ・ファンには、必須のアイテムだと思います。また、手元に届いて聴き込んだら、このブログで、その印象をレポートしたいと思います。お楽しみに〜。 

 
 

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2012年4月25日 (水曜日)

「ロックの歌姫」がジャズに挑戦

1980年代に差し掛かると、ロックとジャズの垣根が曖昧になるというか、ロックのボーカリストがジャズを歌うなんて企画ものが出てきたりして、これがまた、玉石混淆としていて、良いものあれば、なんじゃこれ、というものもあった(笑)。

リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)と言えば、米国西海岸ロックの歌姫。1970年代、カントリー・ロックを始めとしてウエスト・コースト・ロックの世界の中で、一世を風靡した女性ロック・ボーカリストである。優れた声量と色艶のある声が、愛らしくもあり、コケティッシュでもあり、僕は、このリンダの歌声が結構お気に入りだったなあ。

この米国西海岸ロックの歌姫リンダ・ロンシュタットが、1983年、突然、ジャズ・スタンダードに挑戦する。そのアルバムは『What's New』(写真左)。

決して、ロックの歌姫の思いつきでは無い。構想に3年をかけ、練習を重ね、満を持して、ピーター・アッシャーのプロデュースのもと、ジャズ・スタンダードを歌うリンダである。収録された曲は以下の通り。

1. What's New
2. I've Got A Crush On You
3. Guess I'll Hang My Tears Out To Dry
4. Crazy He Calls Me
5. Someone To Watch Over Me
6. I Don't Stand A Ghost Of A Chance With You
7. What'll I Do
8. Lover Man (Oh Where Can You Be)
9. Good-Bye
 
Linda_ronstadt_whats_new
 
1920年から1950年代までのスタンダード・ナンバーを集めた、なかなか渋い選曲である。さすが、知将ピーター・アッシャーの慧眼の成せる技。ジャズ者ベテランの目から見ても、なかなか渋い、確かに、リンダが歌うと映えそうな選曲である。

そして、このアルバムでのリンダのジャズ・ボーカルが、これまた素晴らしい。さすが、ウエスト・コースト・ロックの世界の中で、一世を風靡した米国西海岸ロックの歌姫である。このジャズ・ボーカル初挑戦のアルバムで、既に、リンダならではのボーカルの個性が明確に現れている。

歌い方として、「声量豊かで、ストレートにフェイク無しで、歌い上げる」というリンダの個性。変にフェイクを入れずに、ロック・ボーカリストの個性を横展開してのストレートなジャズ・ボーカルはなかなか新鮮に響く。これだけ澄んだ伸びのある歌声は、ジャズの世界ではなかなか聴くことができないもの。

さすがに、一世を風靡した米国西海岸ロックの歌姫である。ちょっとジャズに挑戦してみました的な、ロックの片手間にジャズ・ボーカルに手を染めました的な雰囲気は微塵も無い。しっかりとした見識と目的のもとで、リンダはジャズ・ボーカルにチャレンジしている。このアルバムでのリンダの歌声は、ジャズ・ボーカルとして立派な出来である。

全曲スローバラードを選んだという点も、米国西海岸ロックの歌姫がジャズ・ボーカルに挑戦したという背景を考えると、意外性があって良い。良く考え、良く準備された、ジャズ・ボーカルの佳作である。

こうして、1980年代になると、ロック畑の歌手がジャズ・ボーカルにチャレンジするというケースが出てくる。これはこれで面白い。但し、玉石混淆としていて、良いものあれば、なんじゃこれ、というものもあるので、アルバムを選ぶ時は、ちょっと気を付けないといけない。なんじゃこれ、というのを掴まされたら、暫く、気持ちが塞いでしまうこと請け合いである(笑)。 

 
 

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2012年4月22日 (日曜日)

追悼、リヴォン・ヘルム

リヴォン・ヘルムが亡くなった。ザ・バンドのドラマー&ボーカル担当。アメリカン・ルーツ・ロックの優れた古参であった。

1996年に喉頭癌と診断され、一時、歌うことは困難となったが、彼の声は奇跡的な回復を見せ、2007年にソロ・アルバム『Dirt Farmer』で復活、そして、なんとこの『Dirt Farmer』は、2008年の第50回グラミー賞に於いて、Best Traditional Folk Albumを受賞している。

その後、快進撃は続く。2年後の2010年には第52回グラミー賞に於いて、『Dirt Farmer』の続編とも言える『Electric Dirt』でBest Americana Albumを受賞した。喉頭癌を克服し、70歳を目前にしながらのこの活躍は、実に頼もしく感じたものだ。

なんせ、僕の大のお気に入りロック・バンドであるザ・バンドのドラマー&ボーカルである。彼の活躍に刺激されて、ちょくちょく、彼のソロ・アルバムを聴き返していた矢先の出来事であった。2012年4月19日、ニューヨークにあるメモリアル・スローン・ケタリング癌センターで逝去との報に接する。71歳没。落胆の極みである。

僕の世代は、ザ・バンドについては、ギリギリでリアルタイムでの体験であった。ザ・バンドがオリジナル・メンバーでの活動を停止したのが1976年。僕はザ・バンドと出会った年にザ・バンドは活動を停止したことになる。それはさておき、リヴォン・ヘルムは、その翌年、最初のソロ・アルバムをリリースしている。

リヴォン・ヘルム追悼として、今日は、この彼のファースト・ソロ・アルバムである『Levon Helm & the RCO All-Stars』(写真左)を流している。懐かしいアルバムである。僕はこのアルバムについては、リリースとほぼ同時に手に入れた。しかし、このアルバムの渋い内容に戸惑い、ちょっと落胆して、何度か聴いたが暫くお蔵入りになってしまった。

なんと「おこちゃま」なことであるか(笑)。当時、まだ高校時代から浪人時代。この渋さはちょっと僕には早かった(笑)。この渋さが癖になり始めたのが、40歳を過ぎてから。このアメリカン・ルーツ・ロックが湛える「ブルージーな渋さとラフなノリ」をしっかりと感じるには、どうも、ある程度の「年齢」が必要なようだ。

さて、この『Levon Helm & the RCO All-Stars』は、アメリカン・ルーツ・ロックの傑作である。今から振り返ると、メンバーの顔ぶれが凄い。当時の米国を代表するメンツが「キラ星」の如く並んでいる。

Levon_rco_allstars

MG'sのSteve Cropper、Donald Duck Dann、Booker T Jones、Doctor John、Paul Butterfield、Robbie Robertson、Garth Hudson等々。リヴォン・ヘルムと同じ、米国南部育ちの腕利きミュージシャン達を中心に起用されている。

しかも、この腕利きミュージシャン達が効果的に配置されていて、ホーンセクション+ダブルリードギター+ダブルキーボードの分厚いサウンドが、リヴォン・ヘルムの小気味よいドラミングに乗って、うねるようにアメリカン・ルーツ・ロックの音世界が広がっていく。これだけの腕利きミュージシャン達を集めて、これだけのリーダーシップを発揮するリヴォン・ヘルムは只者ではない。素晴らしいプロデュース力である。

当時流行った「レイド・バック」な雰囲気を色濃く漂わせて、このアルバムに収録された演奏のどれもが、アメリカン・ルーツ・ロックのお手本的な「ブルージーな渋さとラフなノリ」を湛えており、これがまあ、聴いていて心地良いこと、心地良いこと。アメリカン・ルーツ・ロック好きにはたまらない「レイド・バック」度である。

今の耳で聴いても、実に良いですね〜。今のアメリカン・ルーツ・ロックの優れたアルバムと比べても、決してひけを取らない、このアルバムは、かなり上位に君臨するレベルです。とにかく「渋い」。それでいて、決して緩まない。拡散すること無く、リヴォン・ヘルムのリーダーシップ溢れるドラミングがしっかりと統率し、しっかりとしたグループ・サウンズとして充実している。

ちなみに、RCOとはリヴォン・ヘルムが所有していた、ウッドストックのスタジオの名前。アルバム・ジャケットに描かれている家がRCOスタジオです。

きっと、あの世にも、このRCOが建っていて、リヴォン・ヘルムはこの世の時と同じように、歌い始めているのではないでしょうか。ザ・バンドの先に鬼籍に入ったメンバー、リチャード・マニュアルとリック・ダンゴとも再会しているんじゃないかなあ。

リヴォン・ヘルムが亡くなった。喉頭癌を克服して復活した時は嬉しかったなあ。もう再発はないのでは、と期待もした。しかし、残念な結果になってしまった。でも、リヴォン・ヘルムの残してくれたアメリカン・ルーツ・ロックの傑作の数々は、これからもいつでもどこでも、再生環境さえあれば聴くことができる。いつまでも悲しんでいても仕方が無い。

リヴォン・ヘルムのアメリカン・ルーツ・ロックの功績を称えつつ、愛でつつ、彼の冥福を祈りたい。

 
 

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2012年4月21日 (土曜日)

イエス・マニア御用達のライブ盤

1975年、先輩から借り受けた、LP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』を聴いて以来、37年間、このバンドのファンであり続けている。そのバンド名とは「Yes]。日本語で「はい」。なんとポジティブなバンド名だろう(笑)。

このバンドは常にポジティブ。バンドのメンバーはコロコロ替わる。しかし、バンド経験者の顔ぶれは一定していて、常に新顔が入る訳では無い。ある特定のメンバーの顔ぶれの中で脱退したり、再加入したり。それでも、その時々で、名作を生み出したりするのだから、バンドのメンバー編成についても実にポジティブなバンドである。

このメンバーだけはバンドの個性として外せないという拘りもあっさり捨て去るポジティブさ。バンドの個性を決定付ける大きな要素の一つが「ボーカル」。イエスのボーカルと言えば、ジョン・アンダーソンだが、これも2008年にあっさりと捨て去った。「良く似た声であれば問題無い」。なんてポジティブなんだ(笑)。

何度も、自分の都合だけでバンドを出たり入ったりするキーボード。リック・ウェイクマンは、イエスに5回加入し、5回も脱退している(笑)。それでも、イエスはこの我が儘なキーボードが望めば必ず受け入れる。なんてポジティブなんだ(笑)。

このメンバーがコロコロ替わるが、そのバンドの個性的な演奏のスタイルと音は変わらない、本当に不思議なプログレッシブ・ロックのバンドである。しかし、このバンドの超絶技巧なテクニックを駆使した圧倒的な演奏力と、クラシックに影響された、長尺でコンセプトの秘めた構築美溢れる演奏展開。プログレ・バンドの中で、その演奏力と構築力について、このイエスの右に出るバンドは無い。

そんなイエスのバンドとしての力量を感じることの出来るアルバムと言えば「ライブ盤」だろう。そんなライブ盤としては、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』が有名。これは凄い内容のライブ盤で、イエスの初期のパフォーマンスの「異常なほど高いレベル」の演奏を聴くことが出来る。

Complete_keys_to_ascension

そして、その後のイエスを総括する優れた内容のライブ盤がなかなか出なかったが、1996年『Keys to Ascension』、1997年『Keys to Ascension 2』と立て続けに、優れた「スタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤」がリリースされた。現在では、この2組のアルバムを統合して『Complete Keys to Ascension』(写真左)としてリリースされている。

これがまあ、素晴らしい内容のアルバムに仕上がっているのだ。特にライブ・パートが秀逸。結論から言ってしまうと、先に話題にした、イエス初期のライブ盤の傑作『Yes Songs』に続く、イエスの1995年までの演奏経歴を総括した、素晴らしい内容、素晴らしい選曲のライブ・パートと言って良い内容である。

ちなみにパーソネルは、Jon Anderson (vo), Chris Squire (b), Steve Howe(g), Rick Wakeman (key), Alan White (ds)。偶然にも、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』と同一のパーソネル。イエスの往年の黄金期を形成したメンバーである。

とにかくライブ・パートの選曲が良い。イエスの歴史の中で「定番中の定番」、つまり「これは外せない」曲について、しっかり収録しており、「これはイエス・マニアが喜ぶ」選曲やなあ、と感心する曲もしっかりと収録されている。

そして、1990年代の機材の進歩、成熟のお陰で、このライブ・パートの音もなかなか洗練されている。音が良いロックのライブ音源には歴史的名盤が多い。そう言えば、1973年リリースのLP3枚組大作ライブ盤『Yes Songs』も音が良かった。この『Complete Keys to Ascension』のライブ・バーとも、音も分離が良く、デジタルっぽく音が細ったりしていない。

このスタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤『Complete Keys to Ascension』は、イエス・マニアとしては必須のアイテムだろう。プログレ・ファンについては一度は聴いて欲しいレベルのCDである。イエスを初めて体験しようとする方々にはお勧めしない。

往年のイエスの演奏力とイエスの個性、イエスのアプローチに馴れ親しんでこそ、このスタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤『Complete Keys to Ascension』の価値と立ち位置が理解出来る。そんな、イエス・マニアにとって踏み絵の様な「スタジオ新録とライヴ音源の抱き合わせ盤」である。 

 
 

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2012年4月 8日 (日曜日)

懐かしの「Wishbone Ash」

さて、我が「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ」の週末の土曜日と日曜日は、70年代ロック&Jポップの日。今日は、英国の伝説的ロック・バンド、ウィッシュボーン・アッシュのお話しを・・・。

ウィッシュボーン・アッシュ(Wishbone Ash)は英国系のロックバンド。結成は1969年。1970年にバンド名と同タイトルのアルバムによってデビューし、翌年のメロディ・メーカー誌のブライテスト・ホープ部門にてNo.1に選出され、一躍その名を知られる事となる。何と言っても、ウィッシュボーン・アッシュの特徴は「ツインリードギター」のバンドスタイル。

ウィッシュボーン・アッシュのツインリードギターと言えば、アンディ・パウエルとテッド・ターナー。このツインリードギターは、プログレッシブ・ロックやフォーク・ロック、そして、クラシックに強い影響を受けている。この二人のツインリードギターは実に印象的でメロディアスなフレーズを有しており、当時「世界一美しい音を出すバンド」として高い評価を受けていたのも頷ける。

このツインリードギターの音色が凄く魅力的で格好良い。メロディアスで耳に心地良いハーモニーには惚れ惚れする。バンドとしての演奏力も高く、実に聴き応えのあるアルバムを幾枚もリリースしていた。僕は、このウィッシュボーン・アッシュというバンドが大好きでした。

1970年代半ば、僕が高校生だった頃、ロックバンドのコピーと言えば、いの一番はディープ・パープルで圧倒的な人気を誇っていました。続いて、コピーのし易さから、グランド・ファンク・レイルロード(GFR)。とにかく、ディープ・パープルのコピー人気は圧倒的でしたね〜。しかし、ディープ・パープルもGFRも、ちょっと音楽的にシンプル過ぎて、当時、僕は好きじゃなかった。

ウィッシュボーン・アッシュの、プログレッシブ・ロックやフォーク・ロック、そして、クラシックに強い影響を受けた音作りは、実にアーティスティック。ロックのコピー・バンドの中でも、ちょっと「ハイソ(High Society)」で垢抜けた連中がいち早くコピーしていて、音楽の判る連中から一目置かれていた。ハイソなロック好きの女の子達にも人気があったなあ(笑)。

Wishbone_ash_bbc

確かに、ウィッシュボーン・アッシュのコピーをしていて、演奏が決まった時の快感は素晴らしいものがある。例えば、ツインリードギターの間奏フレーズ部分だけ、ギター2本でピタッと決まれば、それはそれで快感だった(笑)。それほど、ウィッシュボーン・アッシュのツインリードギターは実に印象的でメロディア スなフレーズを有している。

Wishbone Ashの『BBC Radio One Live in Concert』(写真左)を聴けば、そのツインリードギターの魅力とウィッシュボーン・アッシュというバンドの演奏力の高さが実感できる。1972年にBBCで行われたライヴの模様を収録したものなんだが、1972年といえば、名作『Argus』が発表された年。収録されたそれぞれの曲の内容も充実していて、かなり聴き応えがある。収録された曲は以下の通り。

1. Blowin' Free
2. Time Was
3. Jailbait
4. The Pilgrim
5. Warrior
6. Throw Down The Sword
7. The King Will Come
8. Phoenix

細かく聴けば、スタジオ録音と比べれば、演奏の粗さは否めない。でも、ライブ独特の熱気と疾走感がある。その熱気の中で、アンディ・パウエルとテッド・ターナーのツインリードギターが炸裂する。

ウィッシュボーン・アッシュの初期の名曲がズラリと並ぶが、ちなみに、このBBC出演は、当時の新盤『Argus』のプロモーションの一環で、『Argus』からのナンバーが、ライブ盤の全8曲中5曲を占めるは、そういう背景から、とのこと。

実は、本作は音は良いのであるがモノラル仕様である。恐らく、このライブ盤のもともとのマスターはステレオで録音されたもののはずで、本作に使われた音源はオリジナルではない可能性が高い。

それでも、このライブ盤は、当時のウィッシュボーン・アッシュのライブ演奏力の高さを証明してくれるもので、当時のウィッシュボーン・アッシュは、このライブ盤レベルの演奏を平均的にやっていた、ということ。やはり、1970年代の伝説のバンドの演奏力は相当に高いものがあったんやなあ。このライブ盤を聴く度に、様々な「万感な想い」が心の中を去来する。

 
 

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2012年3月31日 (土曜日)

再結成アルバムの難しさ

このところ、2000年代に入ってからだが、緩やかに60年代〜70年代中心のロックバンドの再結成が流行っている。クイーン、ピンク・フロイド、ビーチボーイズ、フェイセズ等々、なんだか歳を取っての同窓会の様に、昔のメンバーが集まって、和やかな雰囲気で再結成公演が行われていたりする。

そんな中で、うへ〜っと唸った再結成が「Cream(クリーム)」。クリームは、1960年代に活動したイギリスのロックバンド。メンバーは、ベーシスト兼ボーカリストのジャック・ブルースとギタリスト兼ボーカリストのエリック・クラプトン、ドラマーのジンジャー・ベイカーの3人。

解散した理由には、ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーの確執があったという「うわさ」話もあり、クラプトンも加えて、演奏の不十分さについての喧嘩があったという「うわさ」話もあり、解散の理由を本や雑誌で読むにつけ、クリームの再結成は絶対に無いし、再結成したところでいいことは一つも無いと思っていた。

しかし、1990年代には、再結成に関わる質問に、確執のあった二人と言われるジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは「やってみたい、協力したい」との談話を残し、クラプトンも「失敗する訳にはいかないので、軽はずみには言えないが、やってみたいとは思う」などという、やや肯定的な意見を述べていたので、当時は「ほんまかいな」と思って半信半疑だった。

そして、いきなり、2005年に入って、2005年5月に再結成し、ライブ開催することを発表。再結成ライブは、5月2、3、5、6日の4日間、ロイヤル・アルバート・ホールにて行なわれた。そのライブ公演の記録を捉えたアルバムが『Royal Albert Hall: London May 2-3-5-6 2005』(写真左)。

このライブ盤を通して聴いて、なんだか複雑な気持ちになった。楽器も機材も1960年代後半と2005年とでは全く違う。当然、2005年の再結成ライブでは、その時点での最高に近い楽器と機材を使用している。録音技術だってそうだ。1960年代後半と2005年とでは技術のレベルが全く違う。3人のメンバーの演奏技術だってそうだ。テクニックという単純な観点では、当然、1960年代後半と2005年とでは全く異なる。

Cream_royalalbert_2005

正直、この再結成って「意味あんのかな〜」と思った。往年のファンからすると、同じだけ年齢を重ねた3人のメンバーが現在の姿で演奏するのを見て聴いて、懐かしさを最優先に、あの頃のイメージを思い浮かべながら、ノスタルジックな想いに浸るという点では意味があるのかもしれない。しかし、一般のロック者にとって、どういう意味があるのか、と思う。

クリームの演奏を知りたければ、体験したければ、やはり1960年代後半にリリースされたオリジナル・アルバムやライブ・アルバムを聴くのが一番だろう。それは「歴史を学ぶ」行為と同じ。弥生時代の土器を体験するには、土器の本物を見るのが一番。つまり、クリームの演奏を体験するのに、年齢を重ねた今のメンバーでの、今の楽器や機材を使用しての音を聴いても、何の意味があるのか、と思ってしまう。

確かに、このライブ盤に詰まっている音は、重ねた年齢の割には「上手い」。しかし、1960年代のクリームの様な、ライブでの火花を散らすようなアドリブ合戦は全く無い、というか、年齢を重ねた故に「出来ない」。この火花を散らすような、相手を打ち負かさんとする激しいアドリブ合戦が、当時のクリームの最大の個性なのに、である。このライブ盤には「スタジオ版クリーム」をイメージさせる演奏が詰まっている。これでは正しくクリームを体験することにならない。

ジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは、年齢を重ねた割には、クリームを離れた後の音楽キャリアの割には、演奏内容については、なかなか「健闘」している。が、1960年代後半、クリームの現役時代の演奏内容と比べると、今の演奏内容は見劣りする。クラプトンのギターだってそうだ。あまりに綺麗で整然としていて破綻が全く無い。綺麗過ぎるクラプトンのギターも、クリームもギタリストという点では、あまりに違和感が有り過ぎる。

つまりは、この手の再結成アルバムは、往年のファンが、同じだけ年齢を重ねた3人のメンバーが現在の姿で演奏するのを見て聴いて、懐かしさを最優先に、あの頃のイメージを思い浮かべながら、ノスタルジックな想いに浸るという点のみに意味がある。そういう風に割り切れば、それはそれで聴き応えがあるし、聴いていて楽しい。が、このライブ盤の演奏は、本来の「真のクリームの音」では無い。こういうところが再結成アルバムの難しいところだろう。

このアルバムでクリームを体験してはならない。このアルバムを本当に楽しめるのは、クリームのオリジナル・アルバムを聴き込んだ往年のクリームのファン、所謂「クリーム者」だけである。

 
 

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