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2017年12月 9日 (土曜日)

マクドナルド・ドゥービーの始め

ドゥービー・ブラザース。訳して「大麻兄弟」。振り返ってみれば、凄いネーミングのバンドである。1960年代後半から1970年代まで、ウェストコースト・ロックを代表するバンドのひとつ。1982年に一旦、解散したが、1989年、正式に再結成し、今日に至る。

バンド当初の野性味あふれる快活なギター・ロック("オリジナル・ドゥービー"と僕は呼ぶ)から、途中、マイケル・マクドナルドの加入により、R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化("マクドナルド・ドゥービー"と僕は呼ぶ)。硬軟併せ持った、二つの顔を持つ、ウェストコースト・ロックの代表格。

オリジナル・ドゥービー時代からのファンの方々からすると、どうもこの後半のマクドナルド・ドゥービーは許せない変化らしい。が、僕は、オリジナル・ドゥービーも好きだが、マクドナルド・ドゥービーはもっと好きだ。で、マクドナルド・ドゥービーは、どのアルバムから出現したのか。

The Doobie Brothers『Takin' It To the Streets』(写真左)。邦題『ドゥービー・ストリート』。1976年3月のリリース。前作の『Stampede』より、元スティーリー・ダンのジェフ・バクスターとマイケル・マクドナルドが参加したことにより、ドゥービーのサウンドは大きく変化する。明らかにR&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いものへと変化。ギターバンドから、キーボードが効果的に活躍するAORバンドに変身している。
 

Takin_it_to_the_streets_1

 
冒頭の「Wheels of Fortune(運命の轍)」、2曲目の「Takin' It to the Streets(ドゥービー・ストリート)」を聴けば、その変身度合いが良く判る。これだけ聴けば、これ誰がやってんの、となる。実は、この『ドゥービー・ストリート』のリリース当時、このアルバムをレコード屋でかかっているのを聴いた時、始めはドゥービーの音とは思わなかった。

曲が進むにつれ、オリジナル・ドゥービーの曲想の曲が流れてきたりするが、マクドナルドのキーボードが絡むと(特にフェンダー・ローズが絡むと)、途端にマクドナルド・ドゥービー色に染まる。これが当時は不思議で堪らなかった。どうして、マクドナルドのキーボードが絡むだけで、音がR&B基調のAOR色の色濃いものになるのか。

もともと、オリジナル・ドゥービー時代から、曲毎にファンキーな要素が織り込まれていて、マクドナルドのキーボードの絡みで、そのファンキー色が増幅されて「R&Bの影響を受け、洗練されたAOR色の強いもの」へと変化する、ということが何と無く判ったのは、この盤のリリース後、3〜4年後、大学に入って、ジャズを聴き初めてからである。

マクドナルド・ドゥービーへの転換点のアルバムはこの『ドゥービー・ストリート』。特にタイトル曲の「Takin' It To the Streets」の切れ味の良いファンキーなリズム&ビートとゴスペルチックなコーラス、疾走する爽快感。これがマクドナルド・ドゥービーの真骨頂。今の耳にも、このアルバムは色褪せない。マクドナルド・ドゥービーも無茶苦茶、格好良いのだ。

 
 

東日本大震災から6年8ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2017年12月 3日 (日曜日)

リトル・フィートのセカンド盤

シンプルな手触りのするファースト盤。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバムでデビューを飾った「リトル・フィート」。

そんなリトル・フィートが、バンドの音楽性をほぼ固めたセカンド盤が、Little Feat『Sailin' Shoes』(写真)。1972年のリリース。このセカンド盤『セイリン・シューズ』は、ファーストアルバムのごった煮感を整理して、カントリーはカントリーらしく、 ブルースはブルースらしくやっていて、全体的に整然として、ちょっと綺麗な感じする。

完全に開き直っていない感じがなんとももどかしいのだが、当時のウエストコースト・ロックの視点から見ると、ドゥービー・ブラザースをさらにラフにしたような、男気満点で決して迎合しない、タイトな演奏が良い感じ。前作のごった煮感を整理して、生々しさやブルース色には欠けるが、多彩な音作りとキャッチーさを増した楽曲を収録している。
 

Sailin_shoes  

 
ソング・ライティングも手慣れてきて、キャッチャーなフレーズを持った曲が取り揃いつつあり、 とにかく聴き所満載なアルバムです。リトル・フィート入門アルバムには最適では無いでしょうか。しかし、このアルバムも商業的には全く不振だったそうです。評論家には絶賛されたらしいんですが。う〜ん、判るような気がするなあ。売れるには、まだ渋すぎる。

このセカンド盤から採用された、ネオン・パークの作なるジャケットが印象的である。実は高校時代(1975年かな)、初めて、このセカンド盤のジャケットを見た瞬間、購入意欲が一気に減退した(笑)。当時は高校生、このセンスが理解できなくても仕方が無い。今では、お気に入りのデザインの一枚である。

しかし、このセカンド盤も商業的成功に恵まれないまま、一旦、2枚のアルバムをリリースして解散状態になってしまうのだから、当時のリトル・フィートは運が無かった。しかし、ブルース、ブギウギ、ロックンロールとアメリカン・ルーツ・ミュージックと呼ばれるものなら、なんでも吸収し消化していく貪欲さと西海岸ロック独特の開放感は、そのままでは終わらなかった。再起して、次作で傑作をものにするのだ。

 
 

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2017年11月29日 (水曜日)

リトル・フィートのファースト盤

米国西海岸のいわゆる「ウエストコースト・ロック」は奥が深くて面白い。イーグルスなどに代表されるような「カルフォルニアの爽やか青い空」を想起させる、爽やか系のフォーク・ロックや、カントリー・ロックばかりと思いきや、「なんでこれが西海岸で」と悩んでしまうようなジャンルもあったりする。

米国南部の泥臭くワイルドなサザン・ロック風の「リトル・フィート」や「クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル」など、アメリカン・ルーツ・ミュージックをベースにしたロックも、また、ここ西海岸を拠点にしていたのだから面白い。リトル・フィートは、ロサンジェルスを拠点にしながら、ニューオーリンズR&B、ブルース、カントリー、ジャズなど、アメリカン・ルーツ・ミュージックの影響を色濃く押し出しているサウンドが特長。

そして、セカンドアルバム以降に採用された「ネオン・パーク」の個性的なイラストを採用したジャケット・デザインが印象的。商業的に恵まれませんでしたが、僕にとっては大のお気に入りバンドです。1969年に結成されて以来、1979年、ローウェル・ジョージの死と共に一旦、活動を停止しましたが、1988年、突如復活。幾度かのメンバー・チェンジを経て、未だ現役バンドなのは驚きです。
 

Little_feat

 
そんなリトル・フィートのデビュー盤が『Little Feat』(写真左)。リトル・フィートは、ロサンジェルスでフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションのメンバーだったローウェル・ジョージ(スライド・ギターとヴォーカルを担当)、ロイ・エストラーダ(ベース)を中心に結成された。このファースト盤は、1971年のリリースになる。

ジャケットを見ていただいてお判りのとおり、シンプルな手触りのするファーストアルバムである。米国南部のルーツ・ミュージックの要素、1960年代後半、米国西海岸で流行だったサイケデリック・ミュージックの要素など、様々なジャンルの音楽のエッセンスを取り込み、得意のロックンロール仕様に仕立て上げた、と言う感じの、ごった煮感満載の、ちょっと荒っぽい感じのするアルバム。

リトル・フィートのファンの間の評価は真っ二つ、賛否両論みたいですが、僕は好きですね〜。リトル・フィートのルーツとなっている音楽ジャンルがはっきりと判るし、荒っぽく、完成度の低い楽曲の中にも、後のリトル・フィートの個性が確認出来て、実に楽しい。商業的には全く不振だったようだが、そりゃそうだろう、このアルバムの内容だったらね。渋すぎるし、時代が早すぎた。

 
 

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2017年11月19日 (日曜日)

ユニークで多彩な個性的ロック

高校時代から大学時代、リアルタイムで体験していた。その音世界が気になって、その都度その都度、チャレンジするんだが、なかなか体に入らない。聴く度に「敗退」していたロック・バンドがある。グレイトフル・デッド(Grateful Dead)。1965年、米国西海岸で結成されたロック・バンド。スタイルはユニークで多彩。他のロック・バンドとは一線を画する存在。

1970年代後半、グレイトフル・デッドを聴く度に「ん〜、良く判らん」。それでも、その音をFMで耳にする度になぜか聴きたくなる。それで再びチャレンジするのだが「ん〜、良く判らん」の繰り返し。1980年代に入って、一旦はグレイトフル・デッドを諦めることになる。

さて、2001年だったと記憶する。グレイトフル・デッドのボックス盤がリリースされる。その名は『Golden Road』。rグレイトフル・デッドワーナー時代の全オリジナル・アルバムにDeadの真骨頂であるライヴ音源、未発表音源などをCD12枚に収めたボックス・セットである。このボックス盤を入手し、グレイトフル・デッドに再チャレンジ。今では、グレイトフル・デッドは、僕のお気に入りバンドのひとつになった。

僕はデッドを、大学時代最終年の1981年のアルバムから遡って聴くことが「マナー」である。1981年の作品、Grateful Dead『Reckoning』(写真)から遡って聴きなおすと、デッドの「ユニークで多彩」という個性が良く判るのだ(恐らく僕だけだけど)。1981年のロック&ポップスは「AOR」の時代。そんな中で、この盤はなかなかユニークな内容に仕上がっている。
 

Reckoning

 
バンド結成15周年を記念したライヴが収録されたライブ盤である。1980年の秋に行われたライヴを収録したもの。アコースティック・セットとエレクトリック・セットから構成され、サンフランシスコとニューヨークで計21回に渡って行われた。そのアコースティック・セットが収録されたのがこの『Reckoning』。

ライブ音源は「その時のデッドの個性」をダイレクトに体験できる。このアコースティック・セットの基本は米国ルーツ・ミュージック。カントリーやジャズ、ブルースなどの要素を取り込み、散りばめられている。主にブルーグラスやカントリー、ブルースなど米国ルーツ・ミュージックのカヴァーが演奏されていて、デッドの個性の基本が良く判る。

デッドの演奏の特徴は「暖かみがあり、ゆるくて心地良い」。演奏は精緻にカッチリ整った演奏では無い。逆に適度に緩くて心地良い。ジャズのアドリブ展開の様に、心地良い自由と緩く大らかな規律の中で、ほんわかソウルフルな歌唱と演奏が繰り広げられる。

このデッドの演奏の特徴である「暖かみがあり、ゆるくて心地良い」が、若き日には理解出来なかったのだ。聴く心に余裕と寛容さが無かったのだろう。2001年、ボックス盤を入手した時が43歳。人生も半ばを過ぎ、やっと聴く心に余裕と寛容さが備わって、やっとこさ、グレイトフル・デッドの個性が理解出来た次第。テンション高く尖っているばかりが人生では無いとデッドは教えてくれた。

 
 

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2017年11月 4日 (土曜日)

「クラプトンのスワンプ」の確立

半年で解散してしまった「Blind Faith(ブラインド・フェイス)」。クラプトンは、デラニー&ボニーのツアーに帯同。当時、デラニー&ボニーの演奏するスワンプ・ロックにいたく感動。デラニー・ブラムレットをプロデューサーに起用して、初のソロ盤の制作に踏み切る。

『Eric Clapton』、邦題『エリック・クラプトン・ソロ』。1970年のリリース。参加メンバーは、Stephen Stills (g), Leon Russell (p), Bobby Whitlock (org), Carl Radle (b), Jim Gordon (ds), Jim Price (tp), Bobby Keys (sax), Tex Johnson (per), Rita Coolidge, Sonny Curtis, Jerry Allison (backing vocals)。当時、スワンプ・ロックに手を染めたロック・ミュージシャンがズラリと参加している。

このソロ盤で、クラプトンは初めて、リード・ボーカルを本格的に担当している。プロデューサーのデラニー・ブラムレットに強く進められたのが切っ掛け、とのこと。しかし、このソロ盤では、クラプトンのボーカルは、まだ自信が持てていないのか、とても頼りない。ただし、内容は良い。以後のクラプトンのスタイルを彷彿とさせるレイドバックした雰囲気が、この盤でほぼ確立されている。
 

Eric_clapton_solo  

 
スワンプでな軽快なインスト曲「Slunky」。米国ルーツ・ミュージック風のホーン・アレンジとゴスペル風のコーラスが効いた「Lonesome and a Long Way from Home」。アコギのカッティングが粋でコーラスが美しい「Easy Now」。のどかな雰囲気が漂う、メロディアスな「Lovin' You Lovin' Me」。クラプトンのボーカルはイマイチでも、スワンプの香りがプンプンする。

そして、秀逸なナンバーが以下の3曲。クラプトンのボーカルのこの3曲については、なかなか健闘している。アップ・テンポのクラプトンらしさが漂う秀曲「After Midnight」。ソウルフルなボーカルが印象的な「Blues Power」。そして、この盤のラストを飾る名曲「Let It Rain」。クラプトンのボーカルも申し分無く、クラプトンとしてのスワンプ・ロックが、この3曲から聞いて取れる。

クラプトンのボーカルは発展途上ではあるが、後の優れたボーカルが期待出来る、ボーカリストとしての才能の萌芽は十分に確認出来る。そして、クラプトンのスワンプ・ロックの個性が確立し、次の展開が期待出来る内容になっている。次の展開とは、デレク&ザ・ドミノスの結成。この盤に参加したデラニー&ボニーのバック・バンドをごっそり引き抜いて、新バンドを結成する。クラプトンは意外と「悪」である(笑)。

 
 

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2017年11月 3日 (金曜日)

「Blind Faith」というバンド

クリーム(Cream)で、ブルース・ロックを基本としながらも、エレギ、ベース、ドラムの3者対等のアドリブ合戦をやり過ぎたお陰で、グループとしての発展の方向性を見失い、袋小路に追い込まれたエリック・クラプトン(Eric Clapton)。当然のごとく、クリームはほどなく解散する。1968年のことであった。ここから、クラプトンの一人旅が始まる。時にグループは結成するもののどれもが短命に終わった。

その短命グループの1つが「ブラインド・フェイス(Blind Faith)」クリームを解散して直ぐに結成した。ちなみにメンバーは、Steve Winwood (vo,key), Eric Clapton (g), Ric Grech (b), Ginger Baker (ds)。クリームからクラプトン、ベイカーがクリームから横滑り参加。このブラインド・フェイスは、有名バンド出身の大物ミュージシャンが集まった「スーパーグループ」で、音楽性としては、クリームと並んで、ブルースとロックを融合させた先駆とされる。

そんな「スーパーバンド」が残したアルバムは、デビュー盤であり最終盤である一枚だけである。『Blind Faith』(写真左)がその唯一のアルバムである。邦題『スーパー・ジャイアンツ』。リリースは1969年。スーパーグループにありがちな「勤勉さに欠ける」部分があって、LPにするだけの新曲が書けなかった様で、ラストの「Do What You Like(君の好きなように)」は、15分を超えるジャム・セッションで埋め合わせた様である。

他のメンバーが何とか書き上げた曲も、アレンジが弱くて作り込みに課題が残る感じがするものばかりだが、ウィンウッドの「Can't Find My Way Home」と、クラプトンの「Presence of the Lord」はヒットしたようだ。確かに、曲の質は良いもので、特に、クラプトンの「Presence of the Lord」は、クラプトン自身の愛演曲になっている。
 

Blind_faith

 
クリームのメンバーが2人いるにも関わらず、クリームの「攻撃的なブルース・ロック」な雰囲気を引き継いだ曲は全く無い。ウィンウッドの影響が強いのだろうか、どちらかと言えば、後のスワンプ・ロックに通じる、適度にリラックスしたブルース・ロック風に仕上がっている。そこをどう感じるか、によって、このアルバムの評価は変わるだろう。

クラプトンについては、このアルバムの中であまりエレギを弾いていない。グループ重視の姿勢からのことらしいが、クラプトンが参加しているにも関わらず、全編に渡ってクラプトンのエレギが楽しめないのは、やはり、プロデュースに問題があるとしか思えない。唯一、自作曲「Presence of the Lord」に限ってのみ、クラプトンのエレギを堪能出来る。

スーパーグループという触れ込み、邦題『スーパー・ジャイアンツ』と題する割に、スーパーな演奏が詰まっている訳では無い。ただ、当時のロック界の中では、この後のスワンプ・ロックに通じる、適度にリラックスしたブルース・ロック風な演奏は唯一で、そういう点では突出した存在だった。

しかし、このアルバムのリリースの2ヶ月後、1969年10月にはバンドは事実上の解散状態になる。実質半年という短命なスーパーグループだった。

 
 

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2017年10月28日 (土曜日)

70年代米国ルーツ・ロックの傑作

エリック・クラプトン(Eric Clapton)は、ロック・レジェンドの中でも、お気に入りの上位に位置する。クラプトンを初めて聴いたのは1974年。シングルカットでヒットした「I Shot the Sheriff」、そして、アルバムとしては、同じく1974年の『461 Ocean Boulevard』。レゲエの導入とレイドバックした米国ルーツ・ロックに「やられた」。

1974年に出会ったということだから、今年でクラプトンを聴き続けて43年になる。今やクラプトンのアルバムは全て所有しているし、全てのアルバムを聴いている。クラプトンの魅力は、日本で言われている「ロック三大ギタリスト」の一人ということで、彼の「スローハンド」と形容されるエレギ、そして、味のある渋いボーカル。

43年、クラプトンを聴き続けている中で、クラプトンの「これ一枚」を挙げろ、と言われれば、絶対にこのアルバムを挙げる。Derek and the Dominos『Layla and Other Assorted Love Songs』(写真)。邦題『いとしのレイラ』。1970年のリリース。Eric Clapton (g, vo), Bobby Whitlock (key), Carl Radle (b, perc), Jim Gordon (ds, p, perc) の4人で結成された、デレク&ドミノス名義の傑作である。
 

Layla_and_other_assorted_love_songs

 
収録曲は全14曲。発売当時はLP2枚組。クラプトンとウィットロックの共作が5曲。 ウィットロックの単独作が1曲。クラプトンの単独作が3曲。そして、カバー曲が5曲。このアルバムについては「捨て曲」が全く無い。演奏レベルによる優劣も無い。どの曲もが高いレベルの演奏を維持しているところが素晴らしい。演奏の基本は、スワンプ・ロックから米国ルーツ・ロック。適度にリラックスした余裕のある演奏で、後の「レイドバック」に繋がる雰囲気が充満している。

加えて、この盤を特別なものにしているのが、オールマンズのリーダー、そして、メイン・ギタリストであったデュアン・オールマンのサイドギターとしての参加である。アルバム全編で聴かれるデュアンのサイドギターが、聴けば聴くほど素晴らしい。特にスライドギターが絶品だ。クラプトンのエレギはもともと素晴らしいが、デュアンのサイドギターが絡むことで、さらにその魅力を増幅させている。

この1曲といえば、やはりタイトル曲の「Layla(いとしのレイラ)」だろう。7分を超える劇的な展開が素晴らしい、音楽の素晴らしさが詰まった名曲である。このアルバムの素晴らしさについては、言葉では表現し尽くせない。ロックというジャンルが為し得た、米国ルーツ・ロックの傑作である。ロック者の方々には、老若男女問わず、一度は聴いて貰いたい、そんなロックの歴史的名盤の一枚である。

 
 

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2017年10月22日 (日曜日)

米国フォーク・ソングの好盤

1970年代前半、高校1年生の時にロックの洗礼を受けてから、暫くは「プログレ小僧」だったのだが、1970年代半ばには、プログレは失速、なんだかつまらんなあ、と思っていたら、オールマンズに出会い、レイラに出会い、サザン・ロック、スワンプ・ロックから、最終的にはザ・バンドなど、米国ルーツ・ロックに着地した。

もともと、米国ルーツ・ミュージックは好きだった。フォーク、ブルース、ゴスペル、R&Bと、小学6年生くらいから、ラジオを通じて楽しみ始めていた。中学時代は、米英のポップスが好きになり、米国ルーツ・ミュージックも楽しみながら聴いていた。特に、1970年代初頭は、シンガーソングライター(SSW)中心のフォーク・ロックが流行。ラジオなのでシングル中心にはなるが、結構、カセットテレコで録音しては聴いていた。

John Denver『Back Home Again』(写真左)。ジョン・デンバーは米国のSSW。「デンバー」は芸名。彼がこよなく愛したコロラド州の州都デンバーにちなんでつけたもの、とのこと。1970年代の米国フォーク・ソング界の代表的存在であった。そんな彼が1974年に残した好盤である。
 

Back_home_again

 
曲の題名を眺めて見ると、「バック・ホーム・アゲイン」「おばあちゃんの羽ぶとん」「緑の風のアニー」といった家族への愛の歌、「緑の木陰」「日食」のような自然賛歌、「マシュー」「スイート・サレンダー」のように人生に関する歌、夢のある「オン・ザ・ロード」等、フォーク・ソングらしい、健康的で誠実な楽曲で埋め尽くされている。これがまあ、聴いていて心地良いのだ。

当時、高校時代、我が映研はプログレとハードロックが中心。とてもじゃないが、米国フォーク・ソングを聴ける環境では無かった。当然「僕、米国フォーク・ソングも好きで、ジョン・デンバー、時々聴きます」なんて、カミングアウトすることは絶対出来なかった。でも、家で密かに、プログレやハードロックの合間の「耳休め」にこのアルバムを聴いたものだ。

特に「緑の風のアニー(Annie's Song)」は絶品。爽やかで誠実な、実にシンプルでフォーク・ソングらしいラブソングである。聴いていて爽快な気分にさせてくれる。晴れた日の朝はもちろんのこと、今日の様に雨の一日でも、静かな部屋の中で雨音を感じながら聴くと、気分はリラックスし、清々しい気分になる。たまには、こういう健康的で誠実なアルバムも良いものである。

 
 

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2017年10月21日 (土曜日)

アートなグラム盤『The Slider』

1970年代前半、グラムロック(gram rock)のブームがあった。魅惑的であることを意味する英語の「glamorous」の「glam」を取ってのネーミング。「中性的なファッションや振る舞いを施し、単純で原始的なビートやキャッチーなサウンドをみせていたのがグラムロック」(Wikipadiaより引用)。

僕の中学時代である。親父の仕事の関係で岡山にいた。深夜ラジオに填まりだした頃で、小さなトランジスタラジオで、大阪の放送、ヤンリクやヤンタン、そして、東京のオールナイトニッポンを聴いていた。パーソナリティーのトークも楽しみなんだが、流れてくるシングル・レコード、特に英米ポップス&ロックに魅了された。

そんな中、意外とグラムが好きだった。特に、マーク・ボラン率いる「T. Rex」が大好きで、「T. Rex」のシングルがかかるとワクワクした。「T. Rex」とは、英国のグラムロック・バンド。1947年生まれのマーク・ボランがリーダー。グラムロックの大ブームの中心にいたバンドである。僕は、1970年代初頭、岡山の片田舎でグラム・ロックにどっぷり填まった。

そんな「T. Rex」、アルバムを聴くようになったのは高校時代。僕は親父の仕事の関係で大阪にいた。そして、かの「映研」にて、どっぷりとロックに填まっていた。中学時代から「T. Rex」が好きだった、とカミングアウトしたら、翌日、かのMu先輩がこのアルバムを貸してくれた。T. Rex『The Slider』(写真)。1972年の作品。
 

Trex_slider

 
「T. Rex」名義のオリジナル盤は9枚あるが、僕はこの『The Slider』が一番好きだ。リフ一発勝負の楽曲ばかりであるが、これが全く以て「癖になる」。リフ一発勝負なんで「躁状態」の曲ばかりがと思いきや、T.Rexの場合、楽曲によって「陰影」がある。躁状態の楽曲と鬱状態の楽曲があって、これが程良くブレンドされて、バンド・サウンドが立体的に表現されているアルバムがこの『The Slider』だと僕は感じている。

「Metal Guru」とか「Telegram Sam」なんていうキャッチーな楽曲は明らかに「躁状態」。天下無敵のリフ一発勝負で、爆発的なエネルギーを秘めた極上のグラム。かと思いきや、「Mystic Lady」や「The Slider」のちょっと影のある曲は「鬱状態」。この収録された楽曲の「陰影」がこのアルバムの特徴で、グラムは単純、という評価を一掃する。

単純に「T. Rex」のヒット曲を、つまり「躁状態」の楽曲だけを聴きたければ『Great Hits』を選盤すれば良いのだが、これだけでは「T. Rex」の真の姿を見極めることは出来ないだろう。常々、グラムはアートだと思っているが、アーティスティックな「T. Rex」を感じるには『The Slider』は最適な盤だろう。単純な「リフ一発勝負野郎」ではないことが判る。

ジャケット写真については、当時、リンゴ・スターの撮影と思われていたが、実はトニー・ヴィスコンティの撮影だったなんて、伝説の一部が現実に引き戻される話もあったが、それでも、このジャケットに残されたマーク・ボランのアップはアーティスティック。派手なグラムの裏に潜む「寂寞感」を表しているようで、今でも見る度にしみじみとする。

 
 

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2017年10月18日 (水曜日)

懐かしき良き「オールマンズ」

土日を「70年代ロック」や「70年代Jポップ」の記事をアップしよう、と思い立ったのだが、どうにも無理がある。「70年代ロック」や「70年代Jポップ」のアルバムを聴きたい欲求が、ウィーク・デーに来たりする。そうすると、やはり聴いた感覚がはっきりとしているうちにブログにアップしたいなあ、と思ったりする。ということで、曜日に囚われず、書きたいテーマでブログをアップするということで・・・。

さて、秋になると、The Allman Brothers Band(略して「オールマンズ」)が聴きたくなる。「オールマンズとの出会い」が秋だったので、秋になると「オールマンズ」を聴きたくなるのだろう。昔々、高校時代、1975年の秋のこと。かの映画研究部の部室で「レイラはええ、凄い」と熱く語っていたら、同級生のロック少女から「じゃあ、これ聴いてみ」と渡されたアルバムが、当時のオールマンズの新作『Win, Lose or Draw』。これが「良かった」。思わず、サザン・ロックに走った。

が、他のオールマンズのアルバムを購入する「軍資金」が無い。ということで、毎日、この『Win, Lose or Draw』を聴いていたら、先代部長Nさんが、見るに見かねて、かの伝説のライブ盤『At Fillmore East』を貸してくれた。本当に有り難い先輩であった。そして、『Win, Lose or Draw』と『At Fillmore East』を取っ替え引っ替え聴いていたら、先輩Muさんが「これもええで」とこのアルバムを貸してくれた。本当に有り難い先輩であった。

そのアルバムとは『Eat a Peach』(写真左)。1972年の作品。本作のレコーディングが終了する前の1971年10月29日、デュアン・オールマンがオートバイの事故で死去。この盤は、デュアン・オールマンの追悼盤である。スタジオ録音の新曲6曲と、1971年のライブ音源を収録した変則的な内容だが、この「変則的な内容」こそがこの盤を特別なものにしている。
 

Eat_a_peach

 
スタジオ録音の全6曲のうち、デュアン存命時にスタジオ録音されたのは「Stand Back」「Blue Sky」「Little Martha」の3曲。典型的なサザン・ロックなナンバーで、いかにも「オールマンズ謹製」という感じの佳曲である。デュアンのスライド・ギターが印象的。もはや完成された感のある、デュアン独特のフレーズ。

そして、デュアン亡き後、残されたメンバー5人によってレコーディングされたのが、「Ain't Wastin' Time No More」「Les Brers in A Minor」「Melissa」の3曲。悲しみを振り払うかのような、一体感溢れる演奏には、思わず目頭が熱くなる。特に冒頭の「Ain't Wastin' Time No More」=「時はもう無駄に出来ない」に残されたメンバーの決意を感じる。

そして、この盤を特別にしているのが、デュアン存命時にフィルモア・イーストで行われたライブの音源の存在。「マウンテン・ジャム 」「One Way Out」「Trouble No More」の3曲。オールマンズをサザン・ロックのみならず、ロックの世界の中で特別な存在にしているのが、この「ライブ・パフォーマンス」の素晴らしさ。

特に、ドノヴァンの楽曲「霧のマウンテン」を下敷きにしたジャム・セッション「マウンテン・ジャム」は絶品。このライブ音源は、ロックのジャンルでの「インスト曲の凄さ、圧倒的迫力」を誇る。これだけのインスト・パフォーマンスをロックは表現出来る。ジャズに比肩するアドリブ展開の創造力。今でも聴いていてゾクゾクする。

後で本人達二人から聞かされたのだが、僕があまりに「サザン・ロックは良い、良い」と言い続けるものだから、先輩二人ともサザン・ロックが聴きたくなって、N先輩の『At Fillmore East』も、Mu先輩の『Eat a Peach』も、わざわざ新たに購入したものだった。1975年の冬、先輩二人と映研の部室で「オールマンズ」を良く聴いたなあ。懐かしき良き想い出である。本当に有り難い先輩であった。

 
 

東日本大震災から6年7ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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