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2023年10月28日 (土曜日)

『Miles Davis Vol.1』の聴き直し

「マイルスの『Blue Haze』再考」で、1951年あたりから重度の麻薬中毒に陥り、1952年には仕事が全く入らなくなった。マイルスはセントルイスの父親の家に戻り、そこで麻薬依存症の治療に専念した、と書いたが、マイルスの全く仕事が入らなくなった麻薬禍真っ只中の1952年、実は、ブルーノートの総帥プロデューサーのアルフレッド・ライオンが録音の機会を作っている。

その録音機会は、1952年3月9日、1953年4月20日、1954年3月6日、の3セッションに分かれている。1952年は麻薬禍真っ只中、1953年は麻薬禍を克服して間もない頃、1954年はほぼ完全に復調した頃。このブルーノートとプレスティッジとの違いは、麻薬禍真っ只中のマイルスに録音の機会を与えているところ。プレスティッジは、麻薬禍真っ只中の1952年のマイルスには見向きもしていない。

10-inch LPが一番判りやすくて、1952年の録音は『Young Man With A Horn』で、1953年の録音は『Miles Davis Vol. 2』、1954年の録音は『Miles Davis Vol. 3』と3枚のアルバムに、ちゃんと分けて収録されている。

が、12-inch LPについては、『Miles Davis Volume 1』には、1952年と1953年の録音が、但し、LPの収録時間の関係上、A面とB面1曲が、1952年録音の曲と1953年録音の曲がテレコで入っている。

ちなみに『Miles Davis Volume 2』には、1954年の録音がメインではあるのだが、惜しいかな、1952年、1953年、1954年の録音が混在している。これは、プレスティッジと似たり寄ったり。しかし、演奏内容は「レベチ」である(当然、ブルーノートの方が内容が濃い)。

2001年にリイシューされたCDはスッキリしている。『Miles Davis Volume 1』は、1952年(#1〜#9)と1954年(#10〜#15)の録音が、しっかりと時系列に並べられている。9曲目の「Woody 'n' You」と、10曲目「Take Off」では、明らかに演奏の雰囲気が異なるので、その違いはすぐに判ると思う。

現時点では、この2001年リイシューのCDで鑑賞するのが、「当時のマイルスが麻薬禍を克服して、回復のリハビリテーションの様なセッションを重ねて、グイグイと麻薬禍前のマイルスに戻っていく過程」が一番よく判るだろう。ここでは、『Miles Davis Volume 1』について、2001年リイシューのCDをベースに評論をまとめてみる。
 

Milesdavisvolume1_2

 
『Miles Davis Volume 1』(写真左)。1952年5月9日, 1954年3月6日の録音。ブルーノートの1501番。ちなみにパーソネルは、1952年5月9日:Miles Davis (tp), J. J. Johnson (tb), Jackie McLean (as), Gil Coggins (p), Oscar Pettiford (b), Kenny Clarke (ds)。セクステット編成である。1954年3月6日:Miles Davis (tp), Horace Silver (p), Percy Heath (b), Art Blakey (ds)。こちらは、マイルスのトランペット1管のワンホーン・カルテット。

まずは、1952年5月9日の録音。録音当時、マイルスは重度の麻薬禍に陥っており、録音も激減していたのだが、ブルーノートの総帥プロデューサー、アルフレッド・ライオンは、マイルスの才能を高く評価していて、重度の麻薬禍の状態にあったマイルスに録音の機会を与えている。マイルス自体、麻薬禍から何とか立ち直りたいと努力していた時期でもある、ライオンはそんなマイルスに救いの手を差し伸べた訳である。

マイルスはそんなライオンの恩義に報いるかの様に、麻薬禍の真っ只中にありながら、素晴らしい録音をブルーノートに残している。時代はビ・バップの流行が下火になり、ハードバップの萌芽を感じられる録音がちらほら出だした頃。マイルスは、ブルーノートの録音に、いち早く、ポスト「ビ・バップ」な、後のハードバップの先駆けとなる音を残している。

まだ編成楽器によるインタープレイは無いにしろ、演奏を「聴くこと」を意識したアーティスティックなアレンジ、聴き手に訴求する為のアドリブ展開におけるロング・プレイ、ビ・バップの熱気溢れる演奏志向からクールでヒップな演奏志向への変化は、既にこの1952年5月9日の録音で、マイルスは「ものにしている」。ちょっと「くすんだ様な」大人しい演奏でクール度が高い。

1954年3月6日の録音。記録では1953年にマイルスは麻薬禍を克服した、とされているので、この時期は既に復調していた頃。演奏の編成は、マイルスのトランペット1管のワンホーン・カルテットだが、溌剌とした度合いが高く、フレーズも明るめで健康的。流麗で張りのある力強い演奏で統一されている。完全復調したマイルスを感じ取ることが出来る。

1952年の録音などは、麻薬禍真っ只中のマイルスなので、イマイチなのでは、と聴く前は危惧していたが、とんでもない。麻薬禍にありながら、さすがはマイルス。ブルーノートの下での、総帥プロデューサー、ライオンの下での録音なのも好要素だった。そして、1954年の録音は申し分ない。素晴らしい演奏、ハードバップの魅力満載、とりわけ、マイルスのトランペットが素晴らしい。

マイルスは、ライオンの恩義に報いるように、ブルーノートに「ハードバップの萌芽」を感じさせ、トランペッターとして最高レベルのブロウを残した。決して、やっつけの録音では無い、しっかりリハーサルされ、しっかり集中して演奏された素晴らしい録音の数々。やはり、当時から「マイルスは只者では無かった」のだ。
 
 

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