チックの「フリーへの最接近」1
チック・コリアのリーダー作の振り返り。チックが限りなく自由度の高いモード・ジャズからフリー・ジャズへと接近した時代のリーダー作を久し振りに聴き直している。本当に久し振り。恐らく20年振りくらいではなかろうか、と思う。
チックのフリー・ジャズというのが、どうもイメージが湧かなくて、このチックが結成した「サークル(Circle)」のアルバムがCDでリイシューされたものを入手したのだが、あまり真剣に聴かなかった思い出がある。
Circle『Circle-1 Live In German Concert』(写真)。1970年11月28日、当時の西ドイツでのライヴ録音。ちなみにパーソネルは、Chick Corea (p), Anthony Braxton (as, ss, fl, b-cl, perc), Dave Holland (b, cello), Barry Altschul (ds, perc)。アンソニー・ブラックストンが1管フロントのカルテット編成。
冒頭、チックのメロディアスで流麗なフレーズが流れてくるので、あれれ、と思う。以降、暫く聴いていて感じるのは「これは純粋なフリー・ジャズじゃ無い」ということ。メンバーそれぞれが、相当自由にインタープレイを繰り広げるので、これはフリー・ジャズか、と思うのだが、よくよく聴くと、これは限りなく自由度の高いモード・ジャズじゃなかろうか、と思い始める。
確かに、ブラックストンのリード楽器、フルートが入ってくると、演奏全体は「フリー・ジャズ」に突入する。そもそも、ブラックストンの演奏自体が実に観念的。チック率いるリズム・セクションの音は全く聴いていないか如く、本能のおもむくまま、自分の頭の中に浮かんだ自由なフレーズをブワーッと吹きまくる。
すると、限りなく自由度の高いモーダルな演奏を繰り広げていたチック率いるリズム・セクションが一気にフリー・ジャズに突入する。そして、ブラックストンが抜けると、また、限りなく自由度の高いモーダルな演奏に戻るといった、実にユニークな展開。
これって、どこかで聴いた事のある展開やなあ、と感じていたが、そうそう、マイルスの1960年代黄金のクインテットでの『The Complete Live At The Plugged Nickel 1965』で聴くことが出来る雰囲気に良く似ている。
このマイルスのライヴ盤では、マイルスが吹いている時は、他のメンバーは、限りなく自由度の高いモーダルな演奏に集中しているが、マイルスが抜けると、途端にフリーな演奏に突入する。そして、マイルスが戻ってくると、限りなく自由度の高いモーダルな演奏に戻るといった展開。フロント管の役割が逆だが、この展開に良く似ている。
どうも、このサークルの演奏、純粋なフリー・ジャズの演奏では無い。限りなく自由度の高いモーダルな演奏の中で、フリー・ジャズに展開する場面がある、といった感じかな。モーダルな調性音楽的な演奏がメインで、時々フリーな無調音楽的な演奏に展開する、という「演奏展開の志向」がサークルの個性だと感じている。
この「サークル」のライブ盤、今の耳で聴くと、限りなく自由度の高いモーダルな演奏の部分が素晴らしい。さすがはチックと感心する。そういう観点このライヴ盤を聴き直すと、ブラックストンが入ってきた時のフリー・ジャズへの展開は必要なのか、と思ってしまう。どうも、その辺りが、この「サークル」というグループの弱点だった様な気がする。
《ヴァーチャル音楽喫茶『松和』別館 の更新状況》 更新しました!
★ AORの風に吹かれて
★ まだまだロックキッズ 【New】 2022.12.06 更新。
・本館から、プログレのハイテク集団「イエス」関連の記事を全て移行。
★ 松和の「青春のかけら達」
★ コメント&TBは、全て「松和のマスター」が読んでから公開される仕組みです。表示されるまで少し時間がかかります(本業との兼ね合いで半日〜1日かかる時もあります・・・ごめんなさい)。公開されたくないご意見、ご感想はその旨を添えて送信してください。
★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
東日本大震災から11年9ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。
« 素敵なエレ・ジャズ・ファンク | トップページ | チックの「フリーへの最接近」2 »
コメント