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2020年7月 4日 (土曜日)

消えた「ビ・バップ」の才能

ビ・バップのピアノと言えば「バド・パウエル」、というのが、ジャズでの定説であるが、他にも幾人か、ビ・バップで活躍し、ハードバップに移行後、将来を嘱望されつつ、消えていったピアニストがいる。いずれも「麻薬禍」での逝去、若しくは引退。か、米国でのジャズ環境に絶望しての「欧州への移住」である。

Elmo Hope『Meditations』(写真左)。1955年7月28日、NYでの録音。プレスティッジ・レーベルからのリリース。ちなみにパーソネルは、Elmo Hope (p), John Ore (b), Willie Jones (ds)。ビ・バップのシーンで活躍したエルモ・ホープのピアノ・トリオ盤。リズム隊の二人、ベースとドラムについては僕にとっては知らない名前である。

1955年と言えば、ハードバップ初期の時代であるが、このピアノ・トリオ盤については、演奏スタイルは明確に「ビ・バップ」。エルモ・ホープのピアノが絶対的主役であり、ベースとドラムはリズム・キープに徹している。いわゆるハードバップの「ウリ」である、楽器同士の自由度の高いインタープレイと楽器毎のテクニックを駆使した長いアドリブ合戦は無い。
 
 
Meditations  
 
 
エルモ・ホープのピアノは明らかに「ビ・バップ」のマナーで貫かれている。しかしながら、バド・パウエルの様な攻撃的なところやアクロバティックなフレーズの崩しは無い。エルモ・ホープの「ビ・バップ」なピアノは、あくまで「流麗」、あくまで「クール」。テクニックは優秀で、時に右手はよく回っている。アドリブ・フレーズの音の響きが少しメジャーな音が混じっているのか、どこか明るい部分が見え隠れする。

ホープのアドリブ・フレーズは「ゴツゴツ」していないし、無用な速弾きはしない。アドリブ・フレーズをしっかりと鳴らし、滑らかなタッチで弾き上げる。上品で粋でアーティスティックなビ・バップ・ピアノで、バド・パウエルとは一線を画する。どちらかといえば、ホープのバップ・ピアノの方がハードバップに適したものだと感じる。聴いていて心地良いし、耳に穏やかなバップ・ピアノである。

この盤のホープのピアノを聴く限り、以降の活躍の鈍さが意外である。基本的には「麻薬禍」が原因。1956年頃に麻薬の問題と関連する犯罪歴によって、ニューヨークのキャバレーへの出演許可証を失っている。それから、西海岸に渡るが上手くいかず、NYに戻っての1960年代も、やはり麻薬禍により仕事に恵まれていない。そして、1967年に薬物の過剰摂取のため急逝している。惜しい才能を失った。
 
 
 
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コメント

こんにちは。宜しくお願い致します。ビ・バップが時代を席巻して、現在もジャズの一つとして使われているとは言え、それが主流になってしばらく続くと、ミュージシャンも聴衆も食傷気味になるんですよ。それがファンキーにしてもモードにしても電化・電子ジャズにしても。
ハービー・ハンコックとかは、本当に自分がやりたい音楽なのか、大衆のニーズを読んだものなのかは分からないが、同じタイプの音楽だけを続けているミュージシャンは、次第にお呼びがかからなくなる事は、悲しい事ですが現実だと思います。

昔は聴く側も演じる側も、よほど音楽的発想のバリエーションが乏しかったのか、ビ・バップにしろ、モード、ファンキー、電化・電子ジャズが主流になると、それ一辺倒になってしまう。
だからあっという間に可能性が開拓し尽くされてしまい、亜流のさらに亜流ばかりになり、ミュージシャンの方も流行の渦中でありながら、内心はもう飽きてしまっている。流行っているとは言え、そんな音楽を聴いて感動する訳はないと思う。
潮流に乗ったミュージシャンが自分で首を締めてしまったと言える。

エルモ・ホープ・・・名前は決して地味じゃない。ソニー・クラークなんかより、遥かに日本人にはキャッチャーだと思うが、何故こんなに地味な扱いを受けるのか?やっぱり、オリジナル曲のインパクトですかね?

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