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2018年12月 9日 (日曜日)

38回目のジョンの命日である

忘れもしない。1980年12月8日 (月) 22:50 (EST)、1980年(昭和55年)12月9日(火) 12:50 (JST)、ジョン・レノンは凶弾に倒れた。パトカーの後部に乗せられて、ルーズベルト病院へ搬送。そして、失血性ショックにより死去。享年40歳。あれから今年で38年が経ったことになる。ジョンが生きていれば78歳。どんな翁になっていたんだろう。見てみたかったなあ。

当時、僕は22歳。大学三回生。大学の生協のラジオで「ジョンが撃たれた」との報を聞く。まさか4発の銃弾を浴びているとは思わず、恐らくジョンは大丈夫、と思っていた。そして、15時前だったと記憶しているが、同じ大学生協のテレビでNHKの緊急ニュースにて、ジョンが逝去したことを知った。暫く、テレビの前で立ち尽くした。今から38年前の今日の昼下がりの出来事である。

当時、相当な精神的ショックを受けたことを覚えている。「なぜジョンが撃たれなければならなかったのか」。今でもその想いは変わらない。1980年11月に『ダブル・ファンタジー』をリリースした直後の出来事だった。「It'll be just like starting over」と唄い、その約1ヶ月後、ジョンはこの世を去った。今、振り返っても、この事実がとても無念である。

ジョンに関わるアルバムのリリースと言えば、今年は『Imagine : The Ultimate Collection』(写真左)がある。140曲にも及ぶリミックス、リマスター、ライヴ、アウトテイク等を収録した4CD+2ブルーレイ入りと充実した内容で、『Imagine』の全てがわかるボックス・セットになっている。オリジナルMixと2018年Mixが比較して聴けるのだが、意外とこの「2018年Mix」が良い感じで、僕はかなり気に入っている。

 
John_lennon_imegne
 

12月8日、今年もジョンの命日がやって来た。そして、約3週間後にはクリスマスがやって来る。この季節、僕の頭の中のジョンの曲の流れは「(Just Like) Starting Over」〜「Imagne」〜「Happy Xmas (War Is Over)」。ジョンが亡くなってから、38年経つが、あの頃と世界はあんまり変わっていない。漠然とこの事実が無念である。

 

So this is Xmas And what have you done
Another year over And a new one just begun
And so this is Xmas I hope you have fun
The near and the dear one The old and the young

A very Merry Xmas And a happy New Year
Let's hope it's a good one Without any fear

And so this is Xmas (war is over)
For weak and for strong (if you want it)
For rich and the poor ones (war is over)
The world is so wrong (now)
And so happy Xmas (war is over)
For black and for white (if you want it)
For yellow and red ones (war is over)
Let's stop all the fight (now)

・・・・・・・・・

War is over, if you want it War is over now
Happy Xmas

 
 
東日本大震災から7年8ヶ月。忘れてはならない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

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コメント

その日、私は九州の地方の大学2年生であり、間借りの部屋で訃報をラジオのニュースで知りました。テレビは持っていませんでした。
夕食のために大学の学食に行くとテレビの前に数人が集まり訃報を告げるニュースを見ていました。
私もえらいことになったなと洋楽ファンの友人たちと語り合いました。なんてことをするヤツがいたのかという怒りを感じました。
実家はそう遠くはありませんでしたので週末に実家に帰り、レコード店の店長と語り合いました。数日後、洋楽ファンの後輩たち(高校生)とも語り合い、高校で追悼会をしたいというのでビートルズのレコードを貸しました。
もしあの事件がなければ、ジョンは日本ツアーを予定しており、その最初が九州の福岡の予定だったとラジオで聞きました。
余談ですが、もしジョンが生きていればその数年後福岡で見たキングクリムゾンにトニーレビンはいなかったかもしれないし、ロキシーミュージックにはアンディニューマークはいなかったかもしれません。
その後、ジョンを追悼する出版物が多く発売され、私もいくつか買い求めました。
ジョンが亡くなったのと同じ40才に私がなった時、「若すぎる死だった」ことを痛感しました。

こんにちは
以前にもジョンの記事にコメントさせて
頂きました
毎年の命日ブログありがとうございます
今年は友人ふたりと飲み会で語り
合いました
来年もよろしくお願いします

兵庫県からの来訪者さん、y1958さん、コメントありがとうございます。
松和のマスターです。
 
1980年12月8日については、皆さん、様々な想いを抱いておられるよう
ですが、どの想いについても共感できるものばかりです。
 
もう38年も経ってしまったのか、と万感の想いがよぎります。
 

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