« ダウケレン、侮り難しである。 | トップページ | こってこてのソウル・ジャズ »

2018年3月 2日 (金曜日)

ウェブスターの「白鳥の歌」

SteepleChaseレーベルは、欧州の「ブルーノート」と呼ばれる。確かにそう思う。欧州発のハードバップの宝庫でもあり、様々なジャンルのジャズ、ジャズメンのレコーディングも行っている。レーベルのカタログを見ると「え〜っ、こんなジャズメンのライブ、録ってるんや」と感心するアルバムがあって、ついつい深入りしてしまう。SteepleChaseの深い森、である。

Ben Webster『My Man : Live at Montmartre 1973』(写真左)。1973年1月と4月の録音。SteepleChaseレーベルの本拠地である、デンマークはコペンハーゲンのジャズハウス「モンマルトル」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Ben Webster (ts), Ole Kock Hansen (p), Bo Stief (b), Alex Riel (ds)。

リーダーのベン・ウェブスターはエリントン・オーケストラの最初のテナーのソリスト。スイング時代からの伝説のテナーマン。1909年生まれだから、もう生誕100年以上になる。ジャズ史上の伝説のテナーマンの一人。コールマン・ホーキンス、レスター・ヤングとともにスウィング期の3大テナーの一人と考えられている。
 

My_man  

 
この『My Man』は、そんなウェブスターがコペンハーゲンの地元のリズムセクションをバックに吹きまくった、実に魅力満点のライブ盤である。ウェブスターの音はとにかくでかい。そして、豪快で荒々しい。アドリブは意外と単調だが迫力満点。バラードでは一転して、サブトーンを使ってムードテナー的。情感を込めて歌い上げるバラード「Willow Weep For Me」などは絶品。

バックの地元出身者で固めたリズム・セクションも良好。特に、オーレ・コク・ハンセンのピアノは、実に北欧的で美しい。「Old Folks」でのピアノ・ソロなど絶品である。そんな優秀なリズム・セクションをバックに、ウェブスターは自然体で、魅力的なテナーを吹き上げる。淡々と朗々と悠然と豪快にテナーを歌わせる。

1964年、ウェブスターは渡欧、1969年にコペンハーゲンに移住。以降、気が向いた時に演奏するというスタイルで、人生最後の時を過ごしていたという。その一時を捉えたライブ盤『My Man』。1973年9月20日がウェブスターの命日。この『My Man』は、1973年1月と4月の録音。このライブ盤はウェブスターの「白鳥の歌」、ラスト・レコーディングと言われている。

 
 

東日本大震災から6年11ヶ月。決して忘れない。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

« ダウケレン、侮り難しである。 | トップページ | こってこてのソウル・ジャズ »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ウェブスターの「白鳥の歌」:

« ダウケレン、侮り難しである。 | トップページ | こってこてのソウル・ジャズ »

リンク

  • まだまだロックキッズ(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のロック」盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでの、 ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で、不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。
  • 青春のかけら達(バーチャル音楽喫茶『松和』別館)
    この「松和・別館」では、懐かしの「1970年代のJポップ」、いわゆるニューミュージック・フォーク盤の感想や思い出を率直に語ります。これまでのジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログの中で、不定期に掲載した、70年代ロックの記事を修正加筆して集約していきます。         
2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリー