フリー・ジャズなチック・コリア
チック・コリアには様々な「顔」がある。コンテンポラリーな純ジャズな「顔」もあれば、ハード・フュージョンな「顔」もある、マイルスも認める、先鋭的なエレ・ジャズなキーボード奏者の「顔」もあれば、デュオをやらせれば天下一品な、デュオ上手な「顔」もある。しかも、どの「顔」でも、その演奏ジャンルで超一流の成果を残すのだから素晴らしい。器用貧乏ならぬ「器用なレジェンド」である。
そんな器用なレジェンド、チック・コリアであるが、初期の頃、フリー・ジャズに身を投じている。チック・コリアという名前がジャズ者の間に広まった切っ掛けが、エレ・マイルス・バンドへの参加。あの帝王マイルスがその才能を認め、自らのバンドに参加させ、ツアーにも出ているのだ。これって凄いこと。そして、エレ・マイルス・バンドを辞した後、チックはフリーに身を投じる。
Circle『Paris Concert』(写真左)。1971年2月21日、パリの「Maison de l'O.R.T.F.」での録音。ちなみにパーソネルは、Anthony Braxton (reeds, perc), Chick Corea (p), David Holland (b, cello), Barry Altschul (ds,perc)。バンド名「サークル」とは、チック・コリアが、サックス奏者アンソニー・ブラクストンと出会って結成した「フリー寄りのユニット」である。
このフリー寄りのユニット、サークルのライブ盤はECMレーベルからリリースされている。聴けば判るのだが、フリーな演奏の部分は、ECMジャズのフリー、所謂、欧州のフリー・ジャズである。抑制の美が個性、クールな響きが美しいフリー・ジャズ。恐らく、マイルス・バンドから独立したチックの最初の狙いが、この「欧州のフリー・ジャズ」だったのだろう。
このサークルという「フリー寄りのユニット」は、1970年秋から僅か半年だけの活動という超短命。超短命だったが故に、チックの失敗作とされることが多いのですが、どうして、このライブ盤の演奏を聴くと、結構「イケてる」限りなく自由度の高い純ジャズが展開されています。特に、スタンダード曲は、今の耳で聴くと「これってフリー」と思ってしまう、自由度の高いモードジャズ風な演奏に思わずドキッとします。
つまりは、チックの判断は「フリーは欧州ではウケるかもしれないが、メジャーにはなれない。そして、米国では売れない」と判断したんでしょう。チックの良いところは「駄目」と判断したら瞬時に切り捨てるところ。未練など微塵も無い。しかし、このライブ盤など、残されたサークルの音源を聴くと、これはこれでレベルの高いフリー・ジャズに仕上がっているのだから、チックは恐ろしい。
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