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2016年7月の記事

2016年7月31日 (日曜日)

Led Zeppelinの「西部開拓史」

昨日に引き続き、週末は「ジャズの合間の耳休め」。Led Zeppelin(略称Zep)のライブ盤の話題を継続。

さて、CD3枚組の完全版『THE COMPLETE BBC SESSIONS』がリリースされるので、『BBC SESSIONS』の話題は、その完全版がリリースされてからにして、今日は、Zepの3枚目のライブ盤について語りたい。

そのライブ盤とは、Led Zeppelin『伝説のライヴ - How The West Was Won -』(写真左)。CD3枚組。2003年5月のリリースになる。これが出た時は、かなり「ビックリした」。

Zepの公式ライブ盤はたった2枚しか出ておらず、21世紀になって、もう出ないと思っていた。それが「出た」。「結成35周年記念」という触れ込みで突如リリース。ジミー・ペイジは完璧な音源管理をしている為、ライブ盤がリリースされたこと自体が「事件」であった。しかも絶頂期の1972年の音源である。かなり「ビックリした」。

しかも、ジミー・ペイジが完全監修である。綿密に編集が行われ、オーバーダブはほとんど無い。ライブ音源を最も聴きやすい状態してくれていることが、聴いていてとても良く判る。このライブ盤の音は、ダイレクトに絶頂期の1972年の迫力を伝えてくれる。
 
改めて、このライブ盤CD3枚組の内容は、Zepの最も全盛期とされる1972年6月25日のLAフォーラムと27日ロングビーチ・アリーナのショウのラ イブ音源からの抜粋。この正式ライブ盤が出るまでは、ブートで人気の高い音源だった。
  

How_the_west_was_won

 
僕はブートには手を出さない主義なので、この2公演のライブ音源は、 その凄まじい演奏力は他に類を見ないほどのライブパフォーマンスとして伝え聞いてきた。
 
1972年と言えば、最高傑作の誉れ高い『IV』を発表した翌年。このライブ音源の充実度合いと言えば、明らかに「並外れて」いる。Zepの魅力がギッシリ詰まったライブ盤である。ブートを知る人からの情報で、オーバーダブ殆ど無しとのこと。

「Dazed and Confused(幻惑されて)」なんか殆ど編集無しとのこと。つまりは、このライブCD3枚組、1972年のZepの凄さをダイレクトに追体験できる優れものということ。

ジミー・ペイジは、「バンドが最高の状態にあった時期のライヴだ」と自画自賛している。いや〜本当にそう思う。心からそう思う。特に、ジョンジーとボンゾのリズム隊の凄さが思いっきり実感出来る。

ちなみに、タイトルの「How The West Was Won」は、1962年に上映された、アメリカ西部開拓時代の1839年から1889年までの50年間を「ある開拓一家」の視点から描いたアメリカ映画のタイトルからの借用。今回のライブ音源がアメリカ西海岸でのものなので、その様を「西部開拓」になぞらえたのだろう。

しっかり凄いライブ音源が21世紀になって出てきたもんだ。きっとペイジはもっともっと、こういうライブ音源を持っているだろう。出して欲しいなあ、もうちょっと出して欲しいなあ。

 
 

震災から5年4ヶ月。決して忘れない。まだ5年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年7月30日 (土曜日)

Led Zeppelinの最強ライブ盤

週末は「ジャズの合間の耳休め」。今日は1970年代ロックの話題を。
  
あの『BBC SESSIONS』が、ジミー・ペイジ監修による最新リマスターに、8曲の未発表音源をボーナス・ディスクに収録した、CD3枚組の完全版『THE COMPLETE BBC SESSIONS』として登場!、との報が流れた。

1970年代のロックの中で、一番好きなバンド名を挙げろ、と言われたら「Led Zeppelin(略称Zep)」の名を挙げる。それほど、僕の1970年代ロックのアイドルであった。部屋の天井に等身大のポスターを貼って、夜な夜な寝る時に眺めていた位である(笑)。この完全版『THE COMPLETE BBC SESSIONS』リリースの報を受けた、フッとZepのライブ盤を聴きたくなった。

Led Zeppelin『The Song Remains the Same』(写真)。1970年代当時、僕達、リアルタイムにZepを体験した世代にとって、Zepのライブ盤は唯一これしか無かった。邦題は『永遠の詩 (狂熱のライヴ)』。1976年10月22日発売。今でも覚えている。当時、高校三年生。受験勉強真っ只中な頃なのに、予約しておいて発売日当日に買いに走った(笑)。

元々は、1973年7月27日から29日にかけて、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで録音されたものを編集ものである。このアルバム収録曲は3日間の各テイクを活用して緻密な編集が行なわれているが、オーバー・ダビングはほとんど行なわれていないことが判明している(Wikipediaより)。LP時代の収録曲は以下の通り。僕達、リアルタイムにZep体験した世代にとって、この収録曲、この収録順が一番味わい深い。

A面 
1. ロックン・ロール - Rock and Roll  
2. 祭典の日 - Celebration Day
3. 永遠の詩 - The Song Remains the Same
4. レイン・ソング - The Rain Song
B面
1. 幻惑されて - Dazed And Confused
C面
1. ノー・クォーター - No Quarter  
2. 天国への階段 - Stairway to Heaven
D面
1. モビー・ディック - Moby Dick  
2. 胸いっぱいの愛を - Whole Lotta Love
 
 
 Songremains_lp_us_front

 
とりわけ、LPのA面の4曲の流れは筆舌に尽くしがたい。何度繰り返し聴いたかしれない。そして、全編に渡って聴き込むに従って、やはり、ジミー・ペイジのエレギは「三大ロックギタリスト」の称号に相応しい素晴らしさであることを再認識する。とにかく、ペイジのリフが素晴らしい。圧倒的な「リフの帝王」である。これほど、格好良くて印象的なリフを叩き出せるギタリストは他にいない。

そして、改めてやっぱりこの人がZepの要なんだな〜、と再認識するのが、ジョン・ポール・ジョーンズ(愛称ジョンジー)のベース。CDになってリマスターされて、ジョンジーのベースラインが聴き取り易くなったお陰なんだが、ジョンジーのベースの音、ベースのラインは凄い。当時の他のロック・ベーシストと比較して、そのテクニックは抜きん出ている。当時は明らかに「過小評価」されていたことを改めて感じる。

キーの下がったロバート・プラントのボーカルと少し元気の無い感じのジョン・ボーナムのドラミングが気がかりではあるが、もともとこのライブ盤は、Zepのコンサート映画『レッド・ツェッペリン狂熱のライヴ』のサウンドトラックであることを考えると、仕方の無いことではある。それよりもライブのプラントの歌声、ボンゾのドラミングが聴ける喜びの方が大きかった。

やっぱりZepは最強のロック・バンドだと思った。何と言っても、いろいろと課題はあれど、サウンドトラックでありながら、このライブ盤でのZepのパフォーマンスは圧倒的だった。

2007年、未発表であった曲を追加収録し、さらにリミキシングとリマスターを施したリイシュー盤(日本版では『最強盤』とタイトルが追加されている)がリリースされた。しかし、僕達、リアルタイムにZep体験した世代にとって、LP時代のオリジナルな収録曲、収録順が一番、味わい深く聴き応えがある。やはりリアルタイムで経験したが故であろう。

 
  

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2016年7月29日 (金曜日)

ボサノバのバド・シャンク

梅雨が明けた。やっとのことで千葉県北西部地方は梅雨が明けた。梅雨が明けたら、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の特集の季節。「夏はボサノバ」。ボサノバ&サンバ・ジャズの特集。

今日はバド・シャンク(Bud Shank)。スタン・ゲッツよりも以前に、ジャズとブラジル音楽を融合させた先駆者としても名高いバド・ シャンク。ゲッツは商売上手。シャンクは商売下手。シャンクのボサノバ・ジャズは日本ではあまり知られず、逆に、ゲッツのボサノバ・ジャズは大ブームになった。

しかし、シャンクのボサノバ・ジャズには個性があり内容がある。ボサノバのエッセンスをしっかりと吸収しつつジャズに仕立て上げていく。ボサノバをジャズの様に演奏するのでは無く、ボサノバのエッセンスを取り込んだ純ジャズ。それが、シャンクの「ボサノバ&サンバ・ジャズ」である。

その好例がこのアルバム。Bud Shank & Clare Fischer『Brasamba!』(写真左)。1963年4月の録音。ちなみにパーソネルは、Bud Shank (as,fl), Ralph Pena (b), Joe Pass (g), Chuck Flores, Milt Holland (per), Clare Fischer (p), Larry Bunker (ds,vib)。

シャンク〜フィッシャーのコンビにジョー・パスが加わり3人名義で発表されたジャズ・ボサの好盤。このアルバムの基本はあくまでジャズである。ボサノバの要素はしっかりと取り込んではいるが、リズム&ビートの基本は「ジャズ」。
 

Brasamba

 
ムーディーな旋律はボサノバから拝借しているが、アドリブの展開はジャズそのもの。つまりは、バド・シャンクのボサノバ&サンバ・ジャズはあくまでジャズであり、ムーディーな旋律はあるが、演奏全体の雰囲気にはジャズの矜持が溢れている。

それぞれの収録曲も魅力的だ。「オルフェのサンバ」「小舟」といったボサノバの名曲、加えて「枯葉」などの有名ジャズ・スタンダード曲を収録。哀愁のメロディを持つクレア・フィッシャー作「Otem A Note」の雰囲気も良い。

このアルバムは、演奏と選曲とのバランスがほどよく取れた「ボサノバ・サンバ&ジャズ」の好盤です。聴き流しはもとより、真剣な聴き込みにも耐える内容は特筆もの。ジャズにしっかりと軸足を置いた「ボサノバ&サンバ・ジャズ」。

バド・シャンクは商売下手で、我が国では、スタン・ゲッツの様に、ボサノバ&サンバ・ジャズの担い手として、メジャーに扱われることは無かった。僕は、1990年代半ばまで、シャンクが、ボサノバ&サンバ・ジャズのように、ジャズとブラジル音楽を融合させた先駆者であったことを知らなかった。

トータルで35分程度の短時間のシステム盤ではあるが内容は濃い。シンプルで優しい、典型的なボサノバ&サンバ・ジャズである。自らのながら聴きにも良し、若い世代にとってのイージーリスニング・ジャズとしても良し。

 
 

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2016年7月28日 (木曜日)

夏はボサノバ・ジャズ・その24

さあ、やっとこさ、関東甲信地方が梅雨明け。我が千葉県北西部地方も雲が多いながらも、青空が半分程度の空模様で、まあなんとか梅雨が明けたかな、って感じです。今、外の気温は25度、湿度87%。じっとり湿気を感じる夜です。

さて、梅雨が明ければ「夏たけなわ」。さあ、梅雨が明けて夏たけなわの季節、今年もやってきました、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の特集月間「夏はボサノバ」。これから1ヶ月程度、ボサノバ&サンバ・ジャズの特集です。

さて、最初はこれ。Cal Tjader『Amazonas』(写真左)。1975年6月の録音。ちなみにパーソネルは、Cal Tjader (vib,marimba), Luiz Alves (b), Robertinho Silva (ds,per), David Amaro (g), Dawilli Gonga (key), Egberto Gismonti (p,key)。そして、プロデューサーはAirto Moreira、アレンジはGeorge Duke。

プロデューサーとアレンジ以外はあまり馴染みが無い。リーダーのカル・ジェイダーだって怪しいもんだ。それもそのはず。ミュージシャンの大半がブラジル出身。そりゃ〜馴染みが無い名前ばかりな筈である。そうそう、リーダーのカル・ジェイダーは、数多くのラテン・ジャズの好盤を残すヴァイブ奏者。なるほど、このメンバーがボサノバ&サンバ・ジャズをやるんだ。
 

Amazonas1

 
1970年代のクロスオーバー・ジャズがベースの音作り。特にエレギの音に時代を感じる。しかし、テクニカルでエレクトリックでクロスオーバーな音が前提のボサノバ・ジャズはあまり聴いたことが無かった。このアルバムを聴いて再認識したのだが、電気楽器独特のグルーブがボサノバ&サンバなジャズに良く合うのだ。

スリリングな変拍子あり、正統なボサノバ的雰囲気ありで、スッキリしたクロスオーバー・ジャズな雰囲気がとっても良い。ブラジリアン・フュージョンというよりは、ブラジリアン・クロスオーバーという形容がピッタリ。

それから、このアルバムを聴いての新しい発見が、ヴァイブの音はボサノバ&サンバ・ジャズと相性が抜群に良いということ。グルーブ感溢れ、耳当たりがかなり良く、爽快感抜群。ヴァイブにボサノバ、ヴァイヴにサンバである。

しかし、このジャケットは無いよな。このジャケットでは、ジャズ者初心者の方々の触手は伸びないでしょうね。でも、内容は良いですよ。エレクトリックな、くすんだグルーブ感が楽しいブラジリアン・クロスオーバー。この趣味の悪いジャケットにびびらず、積極的に手にして良い好盤です。

 
 

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2016年7月27日 (水曜日)

新しい「新主流派の音の響き」

Chico Freeman『Tradition In Transition』(写真左)。邦題『輪廻学(りんねがく)』。なんと物々しい邦題なのか(笑)。「輪廻」とは、仏典などに見られる用語で、人が何度も転生し、また動物なども含めた生類に生まれ変わること。ジャズとどういう関係があるんだろう(笑)。

1982年のリリース。ちなみにパーソネルは、Chico Freeman (ts, fl, b-cl), Wallace Roney (tp), Clyde Criner (p), Cecil McBee (b), Jack DeJohnette (ds, p), Billy Hart(ds)。中堅どころとフレッシュな新人と新旧上手く合わさったカルテット構成。

アルバムを聴き始めて、冒頭セロニアス・モンクの曲を実にスタイリッシュに吹きこなすのを聴いて、うむむ、これはチコ・フリーマンの「モンク曲集」か、と思い始める。モンク作の曲は冒頭の「Jackie-ing」のみで、他の曲のほとんどがフリーマン+メンバーの作。

しかし、このフリーマン+メンバーの自作曲のどれもがモンクの曲想を踏襲していて、本当にこの盤って「モンク曲集」なん、って思ってしまうくらい、モンクモンクしたアルバムである。このモンクモンクしたところが、コルトレーンの様に吹くが、コルトレーンの音世界とはちょっと違う響きになっている。
 

Tradition_in_transition1

 
加えて、ウォレス・ルーニーのトランペットが入っているので、もはやコルトレーンのカルテットとダイレクトに比較されることは無い。しかも、このウォレス・ルーニーとチコ・フリーマンのブロウには新しい響きが宿っていて、1960年代後半の新主流派の音を更に発展させた感じの音世界。聴き応え十分である。

自由度の高い、高度なテクニックに裏打ちされた「モーダルな演奏」と、吹きたいように吹くという動機に素直に従った「フリーな演奏」が上手くミックスされていて、メインストリームなジャズであるが、1982年当時のジャズとしては、かなり新しい響きに満ちている。今となっては、当たり前のアプローチになってはいるが、当時は新しかった。感じ入ったことを昨日のことの様に覚えている。

チコ・フリーマンは、80年代ジャズ復権の旗手として嘱望されたシカゴ出身のサックス奏者。コルトレーンの様に吹く新進サックス奏者として頭角を現した。そして、その評価を覆し自らの個性を獲得すべく、様々なアプローチにチャレンジしていく。このアルバムもそんな「チャレンジ」のひとつ。モンクの曲想をベースに、新しい新主流派の音の響きにチャレンジしている。

1980年代のメインストリーム・ジャズの好盤の一枚です。こういうアルバムが徐々に出てきて、1980年代後半の「純ジャズ復古」の大号令につながっていくんですね。この盤に詰まっている「新しい新主流派の音の響き」は実に魅力的です。

 
 

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2016年7月26日 (火曜日)

明確に音が変化したカシオペア

カシオペアは、僕がジャズを聴き初めて程なくデビューしたので、今までずっと親近感を覚えてきたバンドである。特に、純日本というところが更に良い。デビューアルバムからずっと聴き続けて来たバンドである。

このアルバムは、僕にとってカシオペアが「永遠のお気に入り」のバンドに昇格した記念すべきアルバムである。そのアルバムとは、CASIOPEA『Eyes of The Mind』(写真左)。1981年4月のリリースになる。改めて、カシオペアのメンバーは、野呂一生 (el-g), 向谷実 (key), 櫻井哲夫 (b), 神保彰 (ds)。

このアルバムを初めて聴いた時、明らかに音が変わったと思った。ベースラインが太くなったというか、リズム&ビートが太くなったというか、とにかく演奏のベースが「太く逞しく」なった。そこにバカテクの野呂のギターと向谷のキーボードが躍動する。

しかし、バカテク優先の「かっ飛び」フレーズでは無い。太く逞しいビートに乗って、余裕あるスケールの大きいフレーズが展開されるのだ。しかも、録音が良いので直ぐに気がつくのだが、音が「乾いていてシンプル」。あれ〜なんでかな〜、なんて思いつつライナーノーツを読んで、ようやく合点がいった。

このアルバム、ロスの録音で、しかも、プロデュースがハーヴィー・メイソン。ハーヴィー・メイソンと言えば、フュージョン・ジャズのファースト・コール・ドラマー。このドラマーのプロデュースが、それまでのカシオペアの演奏を更なる高みに引き上げた。その最初の成果がこのアルバムである。
 

Eyes_of_the_mind

 
腰のしっかりと座った演奏が素晴らしい。上質のフュージョン・ジャズ、とりわけ、AOR系のフュージョン・ジャズと形容して良いであろう、太くて逞しいリズム&ビートに乗った、余裕あるバカテクな展開が素晴らしい。

聴いていて面白いのは、このカシオペアのフュージョン・ジャズって、その演奏レベルは、本場米国のフュージョン・ジャズの演奏レベルと比肩出来る、内容のあるテクニックに優れた内容なので、もしかしたら米国の有名なフュージョン・バンドの演奏か、と間違いそうなんだが、実は絶対に間違わない。どこか日本人的な雰囲気が漂う演奏なのだ。

とにかく、米国フュージョン・ジャズとは一線を画する個性的な演奏の数々。若さを前面に押し出した「イケイケ」のカシオペアも魅力的だが、この腰のしっかりと座った、太くて逞しいリズム&ビートに乗った、余裕あるAOR系のフュージョン・ジャズの展開がとっても素敵である。

そういう意味で、このアルバムは、カシオペア者(カシオペア・ファン)のなかで評価が分かれる作品であろうかと思う。しかし、どっちの顔もカシオペアだと思う。この余裕あるAOR系のフュージョン・ジャズの展開を自家薬籠中のものとしたことで、カシオペアのバンドとしてのスケールはグッと一段も二段も広がった。

カシオペア者(カシオペア・ファン)に大歓迎された、エフェクターやシンセの大量導入で彩りある音で埋め尽くされたアルバム『Make Up City』。そして、今回の『Eyes of The Mind』は『Make Up City』とは、全く対極にある音。この二極性がカシオペアの音作りの個性として定着していく。

 
 

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2016年7月25日 (月曜日)

音楽喫茶『松和』の昼下がり・35

ジョン・コルトレーンが亡くなったのは1967年7月。コルトレーンが鬼籍に入って以降、世界のジャズ者の間では「コルトレーンのテナーは絶対」とされた。

特に、我が国での「コルトレーン崇拝」の度合いは高く、1967年以降、新人で出てくるテナーマンは、コルトレーンの様に吹かないと「駄目なテナー」とされた。逆に、コルトレーンの様に吹くと「コルトレーンのレベルにはなれない」と揶揄された。ほんま、どないせいっちゅうんや(笑)。

1970年代、テナーというテナーは全てコルトレーンと比較された。そして、コルトレーンほどでは無い、と評価を下され、やっぱりコルトレーンは偉大だ、という結論に落ち着く評論ばかりが目に付いた時代があったなあ。ジャズを聴き始めた1970年代後半、ジャズ者初心者の僕達はあまりそういう評価は気にはしなかったのだが・・・。

このアルバムはそんな時代にリリースされた、実に内容のあるバラード集である。Chico Freeman『Spirit Sensitive』(写真左)。最初、我が国ではPaddle Wheelレーベル(キング)のLPで出た。1979年のことであったと記憶する。ちなみにパーソネルは、Chico Freeman (ts, ss), Cecil McBee (b), John Hicks (p), Billy Hart, Famoudou Don Moye (ds)。

チコ・フリーマンは、1949年7月生まれなので、この『Spirit Sensitive』を録音した時はまだ30歳。ジャズで言えば、バリバリの若手である。その若さでこんな落ち着いた内容のバラード集を出すなんて、チコってなんて老成しているんだろうか。

チコのテナー、ソプラノの音色、吹き回しは明らかに「コルトレーン」。スーッと真っ直ぐに伸びるテナーのフレーズは明らかに「コルトレーン」。聴けば聴くほど、明らかに「コルトレーン」。このアルバムを聴いていると、思わずコルトレーンの『バラード』を想起する。それほどまでにコルトレーンのスタイルを踏襲している。
 

Spirit_sensitive1

  
ピアノのヒックスは明らかに「マッコイ・タイナー」なピアノを弾く。ガーンゴーンというタッチの強さを単純に踏襲していないところがヒックスの良さ。マッコイよりも流麗なアドリブ・フレーズが秀逸。しかしながら、このピアノの音にエコーがタップリかかっていて、これがムード・ジャズっぽい雰囲気を醸し出していて「惜しい」。もうちょっとデッドに録って欲しかった。

ドラムのビリー・ハートは明らかに「エルヴィン・ジョーンズ」なドラミング。エルヴィンよりも繊細なブラッシュワークが心地良い。絶対に前へ出ない、出しゃばらない品行方正なドラミングは本当に趣味が良い。

セシル・マクビーのベースだけが、コルトレーン・カルテットを追いかけていない。アドリブ・フレーズ、ピチカートの音、どれをとっても、当時の「新しい響き」。このマクビーのベースラインが良いアクセントになっている。このマクビーのベースラインを追いかけていると、このアルバムは1970年代のハードバップなんだということを実感する。

演奏全体にエコーがタップリかかっているところが玉に瑕ではあるが、演奏全体の雰囲気、演奏全体のテクニック、どれをとっても優秀である。あまりにコルトレーンのカルテットに似ているところは時代が時代だけに仕方が無い。それを割り引いても、チコ・フリーマンのテナーの演奏は味わい深いものがある。

ジャズ喫茶の昼下がりに、それとなくそっと流していたい、そんな落ち着きのある、品の良いバラード集である。こういうアルバムがひっそりと転がっていたりするから、ジャズのアルバム蒐集は止められない。

 
 

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2016年7月24日 (日曜日)

プリンスは隅に置けない存在

ちょっと栃木路の山奥を彷徨っていて、昨日はブログはお休みしました。北関東は梅雨寒な日々で、山背の影響をもろに受けて、5月下旬辺りの陽気。涼しいというより「寒い」状況で、夜などは、毛布を引きずり出して、思いっきりくるまって寝ました。

今日の昼過ぎに千葉県北西部地方に帰り着いて、週末の我が「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと・ブログ」は「ジャズの合間の耳休め」。今日は1980年代以降のロックの中から「プリンス」を選択。

さて、生前のマイルス・デイヴィスがたいそう評価していた若手ロック・ミュージシャンが「プリンス(Prince)」。1982年の頃だったか、彼が自らのバックバンドを「ザ・レヴォリューション」と名付けた頃、僕はプリンスを意識した。

それまでに無いロック。音のイメージがブルージーであり、ブラコンであり、ジャジーであり、ロックである。黒人が発展させてきたR&Bを基本とする音作りに、ハウスやユーロの味付けを加味しつつ、他の黒人主導で発展してきたジャンル、例えばジャズやブルースの音を融合させる、そんなプリンスの音は斬新だった。

そんなプリンスのアルバムはどれもが優秀であり、唯一無二である。しかし、そんなプリンスのアルバムの中で、僕が今もって感慨深く聴き直すことの出来るアルバムが、1984年リリースの『Purple Rain』(写真左)と、1987年リリースの『Sign o' the Times』(写真右)。
 

Prince

 
『Purple Rain』は、プリンスが主演の同名映画のサウンドトラックであるが、一枚のオリジナル・アルバムとして捉えても、全く遜色ないサウンドトラックで、僕は、プリンスが主演の同名映画の存在を全く知らず、このアルバムは純粋に「オリジナル・アルバム」として聴いて「感動した」。

展開のスケールが大きく、音の広がりが尋常では無い。その音世界は「ブルージーであり、ブラコンであり、ジャジーであり、ロック」。加えて、その頃のロックの音の流行となりつつあった、ハウスやユーロの味付けも底に漂わせつつ、グルーブを強調する音作りりは独特であり個性的。

そして、その音世界のピークを捉えたアルバムが『Sign o' the Times』。プリンス通算9作目の2枚組み超大作。このアルバムは何と表現して良いのか、プリンスの才能が飽和状態になって成熟しきって、もう次の瞬間、朽ち果てていってしまいそうな、そんな成熟したが故に危うさも秘めた大傑作アルバムである。

時代を越える音作りとは言い切れないところはあるが、明らかにプリンスの個性が超越している。唯一無二、誰にも真似されない、フォロワーを一切生まない独特の個性。そんな独特の個性がこのアルバムに詰まっている。その感覚は「プログレ的」ですらある。

プリンスは、今年2016年4月21日に他界した。享年57歳。早すぎる死であった。僕にとって彼は「隅に置けない存在」だった。彼は1958年生まれ。実は僕と同じ歳、同級生になる。同い年の死は辛い。とても辛い。冥福を祈るだけである。僕はこの2枚のアルバムを聴きながら、冥福を祈るだけである。

 
 

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2016年7月22日 (金曜日)

森園勝敏「バッドアニマ」

プリズムのアルバムを聴いていて、このギタリストの名前を思い出した。プリズム初期のギタリスト「森園勝敏」。

長梅雨の季節には、爽やかで聴き心地の良いフュージョン・ジャズが良い。ゆったりと寛いで聴けるフュージョン・ジャズが良い。となれば、森園勝敏のソロ・アルバムの中で、打ってつけの一枚がある。森園勝敏『Badanima(バッドアニマ)』(写真左)。

四人囃子のギタリストとしても知られる森園勝敏の1978年リリースのソロ・アルバム。タイトルの「BADANIMA」は、人間を含むすべての生き物に共通する本能的な部分、あるいはそうした要素を意味する。このアルバムには、森園の「本能的な部分」いわゆる森園のギターの個性を構成する「本能的に基本となるギター」のインストがギッシリと詰まっている。

このアルバムでの森園のギターは、ロックのエレギの音では無い。既に、フュージョン・ジャズとしてのエレギの音を獲得している。しかも、ファンクネスは皆無。その音の響き、8ビートの刻みは、日本人ならではのもの。このアルバムには、日本人フュージョン・ジャズの好例がギッシリとてんこ盛りに詰まっている。
 

Badanima

 
アルバム全体の雰囲気は、ほどよく抑制された上質のフュージョン・ジャズ。日本人がここまで趣味の良い、内容のあるフュージョン・ジャズを創造することが出来るんや、とリリース当時、心底感心した。1978年のことである。

パーソネルには、相良宗男、村上秀一、秋元良一、小原礼、久米大作、伊藤弘毅、中村哲、森園勝敏といったクロスオーバーからフュージョンの強者ミュージシャンが名を連ねる。演奏内容はいきおい「高度かつ流麗」。歌心満載のフュージョン・ジャズ。

なかでも、メロウなフュージョン・ジャズ・ナンバー「You'll Stay In My Heart」が秀逸。逆に、森園のボーカルはちょっと「イマイチ」。それでも、このアルバムの内容は秀逸で、当時の日本のフュージョン・ジャズを代表する一枚に挙げて全く遜色の無い素晴らしい内容。

この森園勝敏、2012年4月の金子マリさんの京都磔磔の1週間ライブの最終日に脳塞栓で倒れたものの、奇跡的に復活。良かった。鬼籍に入るには未だ若い。もっともっと、心地良く爽やかなフュージョン・ジャズなエレギを聴かせて欲しい。

 
 

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2016年7月21日 (木曜日)

爽やかギター・フュージョン

今年の関東地方の梅雨は粘り強い。東海地方から西は既に梅雨は明けているのに、関東地方以北は梅雨がなかなか明けない。少し、気温が低めなのが救いだが、とにかく蒸す。湿度が高いと、どうにもやる気が起きない。ぐったりする。

そんな長梅雨の季節、本格的で重厚な純ジャズやフリー・ジャズは絶対に駄目。この湿度の激しく高い環境では、恐らくアルバムを最後まで聴き通せないだろう。こういう季節は、爽やかで聴き心地の良いフュージョン・ジャズが良い。ゆったりと寛いで聴けるフュージョン・ジャズが良い。

こういう時によく聴くアルバムの一枚がこれ。PRISM『In The Last Resort』(写真左)。日本のロック系フュージョン・バンド、プリズムのアルバムである。2001年のリリース。ちなみにパーソネルは、和田アキラ (g), 岡田治郎 (b), 木村万作 (ds)。ゲストに、新澤健一郎 (key), 津垣博通 (el-p), 古川初穂 (Rhodes), ZAKI (vo)。

まず、このアルバムのジャケットが良い。海を背景にしたリゾートをイメージする、限りなく青い空。良いじゃないか。この景色をバックにした音が聴こえてきそうな爽やかでシンプルなイメージ。
 

In_the_last_resort1

 
1曲目の「MAZE」を聴いて、その印象があながち間違いでは無いことを確信する。それぞれの楽器が伸びやかで素敵な響きで鳴り響く。特に、和田アキラのエレギが実に伸びやかで、心地良い響き。(恐らくストラトではないかと思うんだが)ちょっとくすんだディストーションがかかったような音色が実に良い。

そして、岡田治郎のベースが良い。大変、テクニックが優秀。エレベとしての響きが良い。彼の紡ぐベースラインがとてもクッキリ良く判る。和田のアキラのアドリブ・ラインをしっかりと支えて、クッキリと浮かび上がる岡田のベース。ほんと、良い音でベースが鳴る。

木村のドラミングも聴きものだ。切れ味の良いドラミングは、このアルバム全体の雰囲気を決定付けている。変則拍子も何気なく自然な感じて叩き上げているところなんぞ、なかなかももんだ。メインの3人が充実した演奏を繰り広げているところに、ゲストのエレピ、ローズ、そしてボーカルが心地良く絡む。

とりわけ、和田アキラのエレギの伸びやかなアドリブ・ソロが全編に渡って秀逸。切れ味良くちょっとくすんだディストーションがかかったような音色が爽やかで、この長梅雨の季節にピッタリ。ギター・フュージョンのマニアにお勧めの好盤です。

 
 

震災から5年4ヶ月。決して忘れない。まだ5年4ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年7月20日 (水曜日)

『Eastern Rebellion』を聴け

昨日、George Coleman(ジョージ・コールマン)の最新作をご紹介しながら、そう言えば、以前からジョージ・コールマンのテナーを定期的に聴いていたような、と思い立ったが、そのアルバムの名前が思い出せない。歳はとりたくないなあ(笑)。うんうん唸りながら、Apple Musicを検索していて「思い出した」。

これだこれ。Cedar Walton『Eastern Rebellion』(写真左)。1975年12月の録音。ちなみにパーソネルは、Cedar Walton (p), George Coleman (ts), Sam Jones (b), Billy Higgins (ds)。

Cedar Walton(シダー・ウォルトン)名義ではあるが、ジャケットではカルテットの4人の名前が並列で並んでいる。四人が並列になって、モーダルなジャズをこれでもか、という位に演奏しまくっている。明らかに、1960年代のモード・ジャズの焼き直しなんだが、焼き直しというレベルでは無い。「進化形」とでも形容しようか。

シダー・ウォルトンの書く曲が良いのだろう。非常に聴き易くて、耳当たりが良い。1960年代のモード・ジャズは、ちょっと難解な展開が玉に瑕だったのだが、この1970年代半ばのモード・ジャズはその様相が明らかに異なる。聴き易くて判り易いのだ。ということで、当時の評論家筋からはウケがよろしく無かった。まあ、その評論を鵜呑みにはしなかったのではあるが・・・。
 

Eastern_rebellion1

 
さて、このアルバムについて、まずはシダー・ウォルトンのピアノが良い。ウォルトンのピアノの個性の全てが判る位、ウォルトンは喜々として弾きまくる。そこにサム・ジョーンズのベースが絡む。これがまた端正で野太いジョーンズのベースは堅実でかつ堅牢。そして、味のあるドラミングのビリー・ヒギンスがこのバックの演奏をしっかりと支える。

そして、ジョージ・コールマンのテナーである。コールマンのテナーはユニークと言えばユニーク。モードなジャズを吹いているのだが、その展開にはコード感がそこはかとなく漂う。モードでありながら、とっても聴き易いアドリブ・フレーズ。加えて、楽器の鳴りが良い。耳当たりが良く、違和感無く聴き易い。そんなコールマンが徹底的に吹きまくる。

このコールマンのテナーが良いのだ。楽器も良く鳴っているし、大向こうを張った派手なテクニックや吹き回し、フリーキーな雄叫びは全く無い。逆に、淡々と判り易く聴き易いフレーズを淀みなく紡ぎ上げていく。しかも、そのフレーズは明るい。

カルテットの4人の演奏がどれも優れたもので、1970年代のメインストリーム・ジャズを代表するアルバムの一枚だと思います。この「Eastern Rebellion」はシリーズ物で、Vol.1〜4まであるのだが、コールマンが参加したのは、この「Ⅰ」だけ。コールマンのテナーの良さを再認識できる好盤です。

 
 

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2016年7月19日 (火曜日)

コールマンはレジェンドである

この歳になって、ジャズ界のベテラン、レジェンドと呼ばれるジャズメンのアルバムに触れることは意外と嬉しいものだ。昔、バリバリの若手〜中堅としてならしていた頃を思い出し、歳を経て余裕が出来、深みを増し、味わいを備えた演奏に触れると、いや〜良い感じで歳をとったねえ、となんだか嬉しくなるのだ。

このアルバムに出会った時もそんな感慨を抱いた。George Coleman『A Master Speaks』(写真左)。2015年11月の録音。ちなみにパーソネルは、George Coleman (ts), Mike Ledonne (p), Bob Cranshaw (b), George Coleman,Jr (ds), Peter Bernstein (g)。コールマン80歳の録音。

George Coleman(ジョージ・コールマン)と言えば、1935年生まれのジャズ・テナー奏者のレジェンド。今年で81歳になる。ハードバップ全盛期にデビュー。マイルス・デイヴィスのバンドの一員だったことで有名。ハービー・ハンコックとの録音も多く、特に、モード・ジャズが流行だった時代を中心に良いプレイの録音を残している。

さて、この昨年の最新作『A Master Speaks』であるが、これがとても良い出来なのだ。先ず第1に、コールマンのテナーがとても良い音で鳴っている。テクニックも堅実。端正な抑制の効いた素敵な音で鳴る。そして、スタンダード曲を中心に耳当たりの良い、聴き心地の良いブログが繰り広げられる。惜しむらくは、コールマンのテナーにかかるエコーが豊かすぎること。ちょっと下品に響くところが玉に瑕。
 

A_master_speaks

 
ドラムは、コールマンの息子らしいが、堅実にリズム&ビートを刻んでいる。初めての録音らしく、大向こうを張る派手なドラミングは無いが、堅実かつ端正なドラミングは合格点。加えて、もう一人のレジェンド、ベースのボブ・クランショウが、これまた良い音のベースを弾いていて、コールマンのテナーをがっちりサポートする。

ピアノのマイク・レドーンについて健闘している。ちょっと線の細いタッチとアドリブ・フレーズではあるが、堅実かつ誠実にバッキングを勤めているところは好感が持てる。そして、1曲だけだが、ギターのピーター・バーンスタインのさり気ないブルージーな演奏も聴き応えがある。

マイルス・バンドに在籍し、ハンコック達とモーダルなジャズを追求していた頃のプレイの印象だけで、揶揄されることの多いコールマンですが、僕にはそんな低評価が理解出来ませんでした。が、この最新作『A Master Speaks』を聴くにつけ、コールマンも第一線を張る、メジャー・テナーマンのひとりだったということを再認識します。

これだけ良い響きの音を出しながら、端正で抑制の効いたテナーを吹き上げる。このコールマンの力量たるや、決して侮れません。このアルバムで僕はコールマンを再認識しました。他のアルバムも聴き直してみたいと思いました。

 
 

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2016年7月18日 (月曜日)

『Live in Nemuro 1977』

このところ、ナベサダさんのアルバムをよく聴く。定期的にマイ・ブームがやってくる訳だが、そんな中、タイミング良く、発掘ライブ音源がリリースされたとの報を聞き、即ゲット、即聴き込みである。

その発掘ライブ音源とは、渡辺貞夫『Live in Nemuro 1977』(写真左)。1977年10月8日に根室市公民館にてライヴ録音。ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫(as, sopranino, perc), 福村博 (tb), 本田竹広 (p), 岡田勉 (b), 守新治 (ds)。純日本ジャズメンのメンバー構成。

1977年と言えば、ナベサダさんのフュージョン・ジャズの大傑作『カリフォルニア・シャワー』のリリースの前年になる。『カリフォルニア・シャワー』の録音が、確か1978年3月だった筈で、この根室でのライブ音源は、ナベサダさんがロスに飛ぶ直前のものになる。そうなれば、ナベサダさんの音楽活動の歴史の中で、節目となる音源であろう。

その内容と言えば、アフリカ音楽に影響を受けたクロスオーバーなジャズがメインではある。やはり、「Massai Talk」「Hunting World」などの演奏はその内容共に秀逸。ナベサダさん十八番のボサノバ・ジャズ「Bossa Na Praia」もとっても良い雰囲気である。
 

Live_in_nemuro_1977_1  

 
しかし、このアルバムはさすがに当時のライブ音源である。「Chelsea Bridge」「On Green Dolphin Street」「Rythmaning」などのスタンダード曲を選曲し、ストレート・アヘッドなジャズをガンガンに演奏しまくっている。ホットで高度な演奏に、当時の日本ジャズの演奏力の高さに思わず目を見張る。

バックの本田竹広 (p), 岡田勉 (b), 守新治 (ds)のリズム・セクションが素晴らしいバッキングを繰り広げていて立派だ。フロントのナベサダさんのアルト、福村博のトロンボーンを含め、このクインテットの演奏はほぼ「飽和状態」に達している雰囲気があり、翌年、ナベサダさんが、一躍ロスに飛んで、フュージョン・ジャズに転身したことも頷ける。

ライブ録音なので、ライブならではの演奏の荒い部分や、ちょっとスベる部分はあるが、これは「ご愛嬌」。これはこれで臨場感があって、このライブ音源を通じて、1977年10月8日の根室でのコンサートを追体験できる雰囲気が良い。まあ、ジャズ者初心者の方々には、敢えてこの音源はお勧めしなくても良いかな。

 
 

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2016年7月17日 (日曜日)

原田知世『恋愛小説2』を聴く

こういうカバーアルバムを出されると、思わず「にやけて」しまうよな〜。僕達、1970年代Jポップのマニアからすると、この選曲はたまらない。しかも、ボーカルを担当するのが、当時のこの若手女優というのだから、これまたたまらない(笑)。

そのカバーアルバムとは、原田知世『恋愛小説2〜若葉のころ』(写真左)。今年の5月のリリース。原田知世が短編小説の主人公を演じるように歌う、ラヴ・ソングのカバー・アルバム第2弾。

選曲テーマは「原田知世の少女時代」。姉と一緒にテレビの歌番組を観て歌手のマネごとをしていた故郷・長崎時代から、映画のオーディションに合格し東京に出て芸能界デビューした頃(1970年代半ば〜1980年代前半)にかけて流行したポップス・歌謡曲をカバー、とある。

女優としてのみならず、シンガーとしても高い評価を得ている知世ちゃんである。これは期待できる。というか、僕にとっては、知世ちゃんのボーカル盤なので、実は「何でも通し」である(笑)。僕は知世ちゃんのボーカルにからきし「弱い」。

昨年3月にリリースしたカバーアルバム『恋愛小説』(2015年3月20日のブログ・左をクリック)で、「大人のラヴ・ソング」をテーマに、ポップス、ロック、ジャズ、ボサ・ノヴァといったさまざまなジャンルのラヴ・ソングから、歌詞を吟味し10曲を厳選。このアルバムは英語曲のカバー集だった。これも良かった。

しかし、今回の『恋愛小説2』は更に良い。1970年代半ば〜1980年代前半にかけて流行したポップス・歌謡曲のカバーである。僕達の「1970年代Jポップのマニア」からすると「ど真ん中」である。選曲は以下の通り。ね〜っ、良いでしょう。タイトルを見るだけで、もうグッときます。
 

Photo
 
 
1. September (竹内まりや・1979年)
2. やさしさに包まれたなら (荒井由実・1974年)
3. 秘密の花園 (松田聖子・1983年)
4. 木綿のハンカチーフ (太田裕美・1975年)
5. キャンディ (原田真二・1977年)
6. 年下の男の子 (キャンディーズ・1975年)
7. 異邦人 (久保田早紀・1979年)
8. 夏に恋する女たち (大貫妙子・1983年)
9. 夢先案内人 (山口百恵・1977年)
10. SWEET MEMORIES (松田聖子・1983年)

 
知世ちゃんのホンワカ癒し系のボーカルで、カバーするこれらの楽曲は魅力的。加えて、ギタリスト・作曲家の伊藤ゴローのプロデュース及び楽曲アレンジが冴えに冴える。原曲のイメージをしっかりと押さえつつ、知世ちゃんなりの解釈で唄い上げていく内容は聴き応えが良くて聴き易い。 

ムーディーでホンワカしていて、どこか懐かしさが漂う。秀逸なカバー集です。このカバー盤を聴いていると、当時の若かりし頃のセピア色の想い出が浮かんでは消えていく。しばらく、我がバーチャル音楽喫茶『松和』の「懐かしの70年代館」でヘビロテになりますね〜。

 
 

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2016年7月16日 (土曜日)

「レモンライムの青い風」な盤

週末は「ジャズの合間の耳休め」。この人のアルバムの登場は、当時の日本のJポップの中で新鮮な出来事だった。明らかに、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用&借用が見られる楽曲で固められた内容。特にそれまで、米国西海岸ロック&ポップスのフォロワー的なアルバムは無かった。

僕がこの人の楽曲に出会った最初が、シングルで発売された「ドリーム・オブ・ユー 〜レモンライムの青い風〜」。キリンビバレッジ「キリンレモン」のCMとのタイアップ・ソング。この曲を初めて聴いた時、なんやこれ、とビックリした。それまでの日本のJポップに無い雰囲気に驚いた。1979年2月のことである。

そして、その「ドリーム・オブ・ユー」を収録したアルバムが、竹内まりや『UNIVERSITY STREET』(写真右)。1979年5月のリリース。このアルバム、竹内まりやの大学卒業記念アルバムとして制作されたが、当の竹内まりやが卒業できず留年してしまったという、なんだかちょっと間の抜けたエピソードで有名なアルバム。

でも、その内容は、オールディーズから米国西海岸ロックまで、幅広く米国ルーツ・ミュージックの爽やかどころの引用を満載した、雰囲気のある、良い意味で「あっけらかんとして屈託の無い」アルバムである。アレンジの雰囲気も、明らかに米国オールディーズから米国西海岸ロックの流行のアレンジを踏襲しており、とにかく「あっけらかん」としている。

今の耳には、この屈託の無い米国ルーツ・ミュージックの爽やかどころの引用については「ちょっと苦笑もの」ではあるが、当時、僕達の大学時代には愛聴したアルバムであった。なんせ、このアルバムの雰囲気は、一言で言って「爽やかで可愛い」んだから、仕方がない(笑)。

このアルバムで、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用が見られる楽曲に興味を惹かれ、ほどなく、彼女のアルバムを遡る。そんな彼女のファースト・アルバムがこれ。竹内まりや『BEGINNING』(写真左)。1978年11月のリリース。
 

Beginnings_university_street

 
セカンド盤の『UNIVERSITY STREET』は、彼女の大学時代の生活をテーマにした楽曲で固めたコンセプトアルバムだったが、このファースト盤は、おもちゃ箱の様に様々な志向の楽曲が統一感無く集められている。やりたかった楽曲を片っ端からやって収録した感のあるアルバム。

セカンド盤『UNIVERSITY STREET』より濃い、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用が見られる。かの山下達郎だって、ここまであからさまに引用はしないよな〜、と感心するくらい。よって、こちらもファースト盤の方が、どの辺りの楽曲からの引用、借用なのか、類推するのが楽しい。

今の耳で振り返ると、アレンジ、バックの演奏、共にこなれておらず、取って付けたような「違和感」が漂うところが多々あるが、それはそれでご愛嬌。当時の日本のJポップの中では明らかに「斬新」だった。バックのメンバーも今の目で見れば、こんな人がやってんの、ってビックリする様なパーソネルが満載です。

このファースト盤に収録された、デビューシングルが「戻っておいで私の時間」など、実に良い雰囲気です。このファースト盤も僕達の大学時代には愛聴したアルバムであった。なんせ、このアルバムの雰囲気は、一言で言って「爽やかで可愛い」んだから、仕方がない(笑)。

『BEGINNING』と『UNIVERSITY STREET』、当時、日本Jポップの中で斬新なアルバムでした。今の耳で聴けば、アレンジ、バックの演奏共に発展途上なんですが、それを差し引いても、このアルバム達の持つ、米国オールディーズや米国西海岸ロック&ポップスの引用&借用には「新しい風」の様な雰囲気を強く感じたことを覚えています。

 
 

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2016年7月15日 (金曜日)

通算70作目のリーダーである

このアルバムは、昨日ご紹介した『Come Today』と対のなすアルバムだと解釈している。ニューヨークの才気煥発なミュージシャン達と奏でたアコースティック・ジャズ。こちらのアルバムは、2009年9月のリリース。

そのアルバムとは、渡辺貞夫『Into Tomorrow』(写真左)。ナベサダさんの御年76歳の演奏。通算70作目のリーダー作になる。ちなみにパーソネルは。Sadao Watanabe (as, fl), Gerald Clayton (p), Ben Williams (b), Johnathan Blake (ds)。メンバーは昨日ご紹介した『Come Today』と同じ。

こちらの『Into Tomorrow』の方が『Come Today』より録音が先になる。この『Into Tomorrow』で、ニューヨークの才気煥発なミュージシャン達とメインストリーム・ジャズ回帰を果たし、次の『Come Today』で更に充実度を深める。そんな図式である。

そういう録音順を踏まえて聴くと、この『Into Tomorrow』の方が、ニューヨークの才気煥発なミュージシャン達との関係が、まだ 一部ギクシャクしていて、それがかえって「新鮮」に響いている。モードやネオ・ハードバップ、現代のジャズのトレンドを踏襲しようとする若手、それを笑い飛ばしつつ、我関せずポジティブでシンプルなメインストリーム・ジャズを展開するナベサダさん。

怪我の巧妙というか、瓢箪から駒というか、大ベテラン、日本ジャズの至宝ナベサダさんと、ニューヨークの才気煥発なミュージシャン達とが偶発的な「化学反応」を起こしている、そんな千載一遇の機会を捉えたアルバムである。
 

Into_tomorrow1

 
清々しくも瑞々しい、ポジティブでシンプルなメインストリーム・ジャズが爽快である。ネオ・ハードバップの追求者がこぞって追体験するモードな演奏など全く眼中に無し。といって、1950年代のハードバップに回帰し、現代のジャズの響きを取り入れた「ネオ・ハードバップ」を追求する訳でも無い。

ただただハッピーでポジティブで清々しくも瑞々しい、ポジティブでシンプルな「ナベサダさんの考える」コンテンポラリーな順ジャズがこのアルバムの中にギッシリと詰まっている。このアルバムを聴いていてその感を強くする。ただただ、ナベサダさんの歌心溢れるハート・ウォーミングなアルト・サックスが鳴り響く。

僕は、この『Into Tomorrow』と昨日ご紹介した『Come Today』2枚のの、ナベサダさんの「原点回帰」の様な最近作がお気に入りです。このしっかりと芯の入った、ブラスの輝く様な響きを振り撒く、力強いアルト・サックス。これが良いんですね。加えて、亜アドリブ・フレーズは歌心満載。

このアルバムで鳴り響いているナベサダさんのアルト・サックスの音色は若々しい。限りなくポジティブだ。孫ほど歳の離れた若手ミュージシャンと違和感無く溶け込んでいる。というか、若手ミュージシャンがナベサダさんに影響され、引っ張られている。ナベサダさんの懐の深さ、柔軟性、適応力の素晴らしさ。脱帽である。

ご本人のベンによると「全てファースト・テイク、おまけにバラード曲はリハーサルなしのぶっつけ本番」。このアルバムには、本来の「ジャズの有るべき姿」が記録されています。好盤です。

 
 

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2016年7月14日 (木曜日)

音楽活動60周年記念アルバム

この方は日本ジャズの至宝である。このアルバムを聴けばそれが良く判る。2011年のリリース。その方とは、栃木県出身。1951年に上京し、プロとして音楽活動を始める。1961年の初リーダーアルバムの発表から50年。1965年にボストンから帰国した後、日本のジャズの発展に大いに寄与、その後もブラジル音楽やアフリカ音楽等を取り入れ、常に新しい音楽の可能性を追究してきた。

その名は「渡辺貞夫」。愛称「ナベサダさん」。僕はジャズを聴き始めた頃、40年前からずっとナベサダさんのアルバムを聴いてきた。アルバムだけでは無い。当時、FMの番組「マイ・ディア・ライフ」も毎週、エアチェックしながら欠かさず聴いていた。歌心溢れるハート・ウォーミングなアルト・サックスが絶品なのだ。

そんなナベサダさんが、ニューヨークの新進気鋭のミュージシャンらと組んで、ストレート・アヘッドなジャズに回帰したアルバムがこれ。渡辺貞夫『Come Today』(写真左)。2011年6月の録音。ちなみにパーソネルは、渡辺貞夫 (as), Gerald Clayton (p), Ben Williams (b), Jonathan Blake (ds)。
 

Come_today

 
清々しくも瑞々しい、ポジティブでシンプルなメインストリーム・ジャズが爽快である。モードやフリーなど、難しいことは考え無い、シンプルに「ネオ・ハードバップ」な演奏が繰り広げられている。若手ミュージシャン達も、そんな雰囲気に引き摺られて、シンプルで明快でストレートアヘッドな演奏を展開している。

このアルバムの録音時は、たしか78歳(!)。このしっかりと芯の入った、ブラスの輝く様な響きを振り撒く、力強いアルト・サックスの音色。これが78歳の出す音色なのか。なるほど、楽器を理想的に鳴らすことに必要なものって「若さ」や無いんやね。楽器を鳴らすってこと、奥が深いなあ。

アップテンポの演奏も良し、バラード演奏もしみじみと心に沁みて良し。バックのピアノ・トリオも若々しくて良し。このバックのピアノ・トリオ、シンプルで明確で流麗でダイナミックな展開がなかなかいけます。とにかく溌剌としているところが良い。ナベサダさんのアルト・サックスの雰囲気にピッタリです。

 
 

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2016年7月13日 (水曜日)

Brad Mehldau Trio の新作

ブラッド・メルドーは現代のジャズ・ピアニストのお気に入りの一人である。リーダー作デビューの頃からずっと聴き続けている。
 
もはや完全にジャズ・ピアノのスタイリストの一人だと思うんだが、ジャズ者ベテランの方々からはなぜか「受けが悪い」。意外と「ミュージシャンズ・ミュージシャン」なところがあって、プロのジャズメンにメルドーのフォロワーが多く存在する。

さて、今回リリースされたメルドーの最新作が、Brad Mehldau『Blues and Ballads』(写真左)。2012年のリリース『Ode』『Where Do You Start』以来久々、約4年ぶりのトリオ作になる。ちなみにパーソネルは、Brad Mehldau (p), Larry Grenadier (b), Jeff Ballard (ds)。録音日は、2012年12月と2014年5月に別れる。

録音日に2年の隔たりがあるとはいえ、このアルバムに収録された Brad Mehldau Trio の音は全く変わりが無い。それぞれの曲に Brad Mehldau Trio の個性が散りばめられていて、意外と聴き心地の良いアルバムに仕上がっている。

恐らく、アルバムの制作サイドからしても、2回の録音音源をアルバムに仕上げてみたら、意外と良い雰囲気、トリオの個性通りの音世界が表現出来たので、思い切ってリリースに踏み切った様な感じである。特別、何かにチャレンジした、とか、何かのトリビュートだとか、の特別な制作テーマは今回は無い。
 

Brad_mehldau_blues_and_ballads

 
逆にかえって、それが良い結果に繋がっているのではないだろうか。決してテクニックに走ること無く、何か特別な制作テーマに拘ることも無く、難しいことを考えずに、普通に心のおもむくままに演奏した、そんな感じのシンプルで優しい展開の演奏が詰まっています。

前作の4枚組ソロアルバムが、強烈なインパクトを与えた代物なので、どうも今回のトリオ盤は分が悪いみたい。しかも、ブルース&バラード集なので、エモーショナルな側面が欠けているとか、革新性に乏しいとか、俗っぽいとか、厳しい評価も多く聞かれるのが残念。

このトリオ盤、聴いてみたら判るんだが、Brad Mehldau Trio の音の個性がしっかりと押さえられていて、最近のトリオ盤の中でも「メルドー・トリオ入門盤」として、ジャズ者初心者の方々にお勧め出来る内容だと僕は思います。まずは自らの耳で聴いてみることをお勧めします。意外と良い感じですよ。

さあ、ブラッド・メルドーは次作はどこに行くのだろう。今回のトリオ盤は「踊り場で休憩」の様な穏やかな盤。ミュージシャンズ・ミュージシャン」なブラッド・メルドー。まだまだ目が(耳が)離せませんね。

 
 

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2016年7月12日 (火曜日)

ながら聴きのジャズも良い・9

1970年代の英国は、ロックとクロスオーバー・ジャズの境界が実に曖昧である。ロックの中で、ジャズの要素が展開されたり、どっから聴いても、クロスオーバー・ジャズの音世界であったり、ロックのジャンルのミュージシャンがクロスオーバー・ジャズに手を染めるケースがとても多い。

逆に英国ではジャズ・ミュージシャンがクロスオーバー・ジャズやフュージョン・ジャズに転身するということはほとんど無い。英国ではジャズとは「ビ・バップ」もしくは「ハードバップ」であり、ロックとジャズの融合なって、邪道中の邪道という風潮が強かったと聞く。

例えば、このアルバムなんぞは、そんな1970年代の英国のクロスオーバー・ジャズの成り立ちをしっかりと聴かせてくれる様な内容で、実は40年前、学生時代からちょくちょく聴き返している。しかも、ながら聴きに結構あった演奏内容で、本を読みながら、小論文を書きながら、学生時代、例の「秘密の喫茶店」で聴かせて貰ったなあ。

Traffic『On the Road』(写真)。1973年のリリース。トラフィックが1973年にリリースした7thアルバム。ちなみにパーソネルは、Steve Winwood (g, vo, p), Chris Wood (fl, sax), Jim Capaldi (per, vo,ds), Rebop Kwaku Baah (per), Barry Beckett (org, p), David Hood (b), Roger Hawkins (ds)。
 

Trafficontheroad

 
このライブ盤の肝は「リズム・セクション」。新たに、米国発のベースのデヴィッド・フッドとドラムのロジャー・ホーキンスに変わった事で、もともとのトラフィックの英国R&Bサウンドに米国のリズム隊が融合して、新たな化学反応が起きたのでしょうか。実にグルービーなリズム&ビートに乗った、ファンクネス希薄な英国R&Bサウンドを聴くことが出来ます。

「演奏がだれている」とか「レイドバックな演奏で物足りない」という評価もありますが、僕はそうは思いません。スッキリとしたグルービーなリズム&ビートが実に良い効果を醸し出していて、なかなか適度なテンションを張った演奏が繰り広げられています。

確かに、他の英国のプログレバンドの様に、バカテクな面や大掛かりでダイナミックな展開が無いので、なんだか物足りないなあと思われるのかもしれませんが、プログレというより、クロスオーバー・ジャズとして聴けば、このゆったりとしたシンプルな雰囲気はなかなか味のあるものだと思います。

米国や日本には無い、ロックな雰囲気満載のクロスオーバー・ジャズ。英国ならではの音世界で、なかなか聴き応えがあります。このゆったりとしたシンプルな雰囲気は「ながら聴き」にピッタリで、学生時代から今に至るまで、このアルバムは、僕の「ながら聴き」にちょくちょく登場する好盤です。

 
 

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2016年7月11日 (月曜日)

ながら聴きのジャズも良い・8

いよいよ本格的に蒸し暑くなってきた。この蒸し暑さは大の苦手。特に、昼からの暑さのピークは外に出たくない。これは今から40年ほど前、学生時代の頃からずっとそうだ。

学生時代、この蒸し暑い真夏日の午後は、決まって「秘密の喫茶店」に逃げ込む。ジャズを聴き始めてまだ1〜2年。何を聴いて良いか判らない頃、この「秘密の喫茶店」には本当にお世話になった。この蒸し暑い真夏日の昼下がり、エアコンの効いた店の中で、ちょっと微睡みながら聴くに相応しいジャズ盤などを教えてくれた。

そんな「蒸し暑い真夏日の昼下がり、エアコンの効いた店の中で、ちょっと微睡みながら聴くに相応しい」フュージョン盤の一枚がこのアルバム。David Matthews Orchestra & Earl Klugh『Delta Lady』(写真左)。1980年、キング・レコードのフュージョン専門レーベルとして人気があったエレクトリック・バードからリリースされました。

David Matthews Orchestra名義の作品で、アレンジャー&ピアニストのデヴィッド・マシューズが、アコギのジャズ・ギタリスト、アール・クルーの参加を想定して作曲&アレンジしたものに、ずばりクルーがゲストとして参加したスタジオ・セッションを記録した音源です。音作りとしては一発録りに近い、ライブな演奏が魅力です。
 

Delta_lady

 
僕は、ポップで端正なマシューズのアレンジがお気に入りです。一説には「ポップ過ぎる」とか「端正が過ぎて面白く無い」とか、揶揄されることもあるマシューズのアレンジですが、ポップで端正で整然としているところが僕は好きです。癖が無くて聴き易くて耳当たりが良い。これって「音楽」にとって大事なことだと思います。

そんなマシューズのアレンジに乗って、ありそうで無い「ナイロン弦のアコギ」を駆使したジャズ・ギターが、その個性的で魅力的な音が鳴り響きます。柔軟で粘りがあって、柔らかではあるが芯がしっかり通ったナイロン弦アコギの音色はアール・クルー独特の個性です。そんなクルーのナイロン弦の音が、実に心地良く響いて、相当な心地よさ、相当良い耳当たりです。

収録された曲もどれもが良い曲ばかり。軽いファンク調の曲やカリビアンでトロピカルな雰囲気の曲、サンバ調の曲など、明らかにフュージョン・ジャズを彷彿とさせてくれる楽曲は、ほんと聴き心地が良い。ジャズ・オーケストラを十分に活かしたアレンジの勝利ですね。

これが、蒸し暑い真夏日の昼下がり、エアコンの効いた店の中で、ちょっと微睡みながら聴くに相応しい音なんですね〜。ジックリ聴き込むというよりは、本を読みながらとか、ちょっと微睡みながらとか、適度に聴き流すのが良い感じです。

 
 

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2016年7月10日 (日曜日)

第2期 Jeff Beckグループ

日本のロック評論の中で「三大ロック・ギタリスト」というものがある。エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジの3人を指す。この「三大ロック・ギタリスト」という表現は海外では無いらしく、昔、米国でも英国でもロック者の連中に訊いてみたが、皆、一様に「そんなの知らない」とのこと(笑)。

さて、この三大ロック・ギタリストであるが、アルバム・セールスという面で比較すると、ジェフ・ベックが圧倒的に劣っている。一般的な人気という点でも、ジェフ・ベックが一番人気が無いのではないか。僕の高校時代、ジェフ・ベックが好きで、ジェフ・ベックのアルバムを多数所有しているロック者はいなかった。

しかし、である。ギター・テクニックという面で比較すると、ジェフ・ベックが抜きんでている。ギター・ソロの切れ味、フレーズの個性、アタッチメントの使いこなし、など、総合力でジェフ・ベックに軍配が上がる。つまり、ジェフ・ベックは「マニア好み」のギタリストという評価に落ち着く。

それでは、何故、アルバム・セールス、一般的な人気という面で、他の二人に劣るのか。この「第2期ジェフ・ベック・グループ」の2枚のアルバムを聴けば、その理由が良く判る。

この「ジェフ・ベック・グループ」とは、ジェフがヤードバーズ脱退後、結成したグループ。途中でメンバーが大きく入れ替わるので、第1期と第2期と分けて区別している。第1期の結成は1967年前半。今回語る「第2期ジェフ・ベック・グループ」の結成は1970年後半になる。メンバーは以下の通り。Jeff Beck (g), Bobby Tench (g,vo), Max Middleton (key), Clive Chaman (b),  Cozy Powell (ds)。

まず『Rough and Ready』(写真左)を1971年にリリースする。続いて、翌年に『Jeff Beck Group』(写真右)をリリースして、この「第2期ジェフ・ベック・グループ」は解散する。実は、この2枚のオリジナル・アルバムの内容が実にユニークなのだ。
 

2nd_jeff_beck_group

 
この「第2期ジェフ・ベック・グループ」は、ジャズやモータウンといったブラック・ミュージック、いわゆる「R&B」からの影響を大きく受けており、それまでのブルース路線とは全く異なる。しかしながら、ジェフ・ベックのギターはブルース路線を踏襲するもので、この「第2期ジェフ・ベック・グループ」では違和感溢れる、強烈なテクニックのギターソロを弾きまくる。

1970年代前半は英国ロックの繁栄期であるが、エレギのトレンドは全てが「ブルース路線」。そんな中での「R&B」的な雰囲気のロックな演奏である。しかも、ファンクネスが不足していながら、演奏の底に1960年代後半のサイケデリック・ロックな雰囲気も漂わせており、とにかく、その演奏のユニーク度合いは高い。逆に言うと「違和感満載」である(笑)。 

しかも「R&B」的な雰囲気のロックな演奏でありながら、ボーカルが弱く、ボーカルにファンクネスが全く足らない。やはり、ロックなギター・バンドには優秀なボーカリストが必須である。ボーカリストの弱さは致命的である。

逆に、そんな「違和感満載」な雰囲気の中、主役のジェフ・ベックのエレギは思いっきり尖っている。切れ味鋭く、先行のように閃くアドリブ・フレーズは唯一無二なもの。エレギの音の響きは太くて硬質。とにかく「第2期ジェフ・ベック・グループ」の演奏の中で、ジェフのエレギだけが目立ちに目立つ。

しかし、R&B的なバックの演奏の中で、ブルース路線を引き摺ったエレギでR&B的なフレーズをひねり出すのだ。音の違和感、バラバラ感は、ジェフが弾けば弾くほど強くなる。ジェフのギターの凄さが発揮されれば発揮されるほど、このアルバムでの演奏の雰囲気は違和感が充満していく。

なるほどなあ。ジェフが本気を出して、凄さをみせればみせるほど、ギター・ソロの違和感が増し、キャッチャーなフレーズとはかけ離れていくのだ。音楽としての「聴き易さ」とは逆行していくのだ。逆に、ジェフのギタリストとしての凄さの度合いは増す。ギタリストとして凄みとアルバム・セールスが正比例しない。これが「ジェフ・ベック」なのだ。

 
 

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2016年7月 9日 (土曜日)

理知的なロック小僧である証

週末は「ジャズの合間の耳休め」。今日は、今を去ること40年ほど前、インテリな高校生を中心に人気のあった英国ロック・バンドについて語りましょう。

当時のこのバンドの紹介文句がこれ。「結成は1969年。1970年にバンド名と同タイトルのアルバムによってデビューし、翌年のメロディ・メーカー誌のブライテスト・ホープ部門にてNo.1に選出された、期待のツイン・ギター・バンド」。

そのバンド名は「Wishbone Ash(ウィッシュボーン・アッシュ)」。当初メンバーは、Andy Powell, Ted Turner (g), Martin Turner (b), Steve Upton (ds)。パウエルとターナーの双頭リード・ギター、いわゆる「ツイン・リード・ギター」が特徴のバンド。

このツイン・ギターは、プログレッシヴ・ロックやフォーク、クラシックに強い影響を受けており、ブルースに影響を受けていた当時の他のギター・バンドとは一線を画していた。ここがポイントで、僕の高校時代、このウィッシュボーン・アッシュは、ディープ・パープルやグランド・ファンク・レイルロード命のロック野郎とは違った、勉強の出来るインテリなロック野郎の御用達バンドだった。

僕もこの「プログレやフォーク、クラシックに強い影響を受けたツイン・ギター」が殊の外お気に入りで、このツイン・ギターの特徴が良く出たアルバム、特にこの2枚が大のお気に入りで、最近になっても良く聴く。

Wishbone Ash『Argus(百眼の巨人アーガス)』と『There's the Rub(永遠の不安)』。括弧内は邦題になる。『百眼の巨人アーガス』は1972年、『永遠の不安』は1974年のリリースになる。但し『永遠の不安』については、ツイン・ギターの初期メンバー、テッド・ターナーがローリー・ワイズフィールドに代わっている。しかし、その音楽性については全く変化していない。この2枚のアルバムでのツイン・ギターは素晴らしいの一言。
 

Wishbone_ash

 
『百眼の巨人アーガス』は『ロック名盤』なる本に必ずといってその名前が挙がる、ウィッシュボーン・アッシュの代表作。とりわけ「Blowin' Free」「The King Will Come」「Warrior(戦士)」「Throw Down the Sword(剣を棄てろ)」でのツイン・ギターは筆舌に尽くしがたい素晴らしさ。

結果的に「コンセプチュアルなアルバム」に仕上がったらしいが、幻想的で神話的な物語性を暗示するの曲のタイトル、各楽曲の演奏が物語性を秘めたドラマティックな展開と併せて『百眼の巨人アーガス』の最大の魅力が、アルバム全体に漂う神話的な物語性にあることは間違い無い。ここが堪らなく良いのだ。加えて、ヒプノシスのジャケットも幻想的で申し分無い。

『永遠の不安』は、テッド・ターナーがローリー・ワイズフィールドに代わった後の作品だが、このアルバムでのツイン・ギターのパフォーマンスも素晴らしい。ビル・シムジックによるプロデュース。このアルバム以降、米国市場を意識した音作りに転換を始めたとされるが、このアルバムではまだ、従来のウィッシュボーン・アッシュの音世界がしっかりと維持されている。それでも、米国フォーク・ロックの香りが仄かに漂うところがご愛嬌。

しかし、英国ロックの「夕暮れ時の黄金色の哀愁」をしっかりと引き摺った「Persephone(永遠の女神)」はシングル・カットされヒット。そして、ラストの2曲「Lady Jay」と「F.U.B.B.」のツイン・ギターについては素晴らしいの一言。特に10分弱の長尺の大曲「F.U.B.B.」のインスト・パートの展開の素晴らしさは今の耳にもポジティブに響く。このアルバムもヒプノシスのジャケットが印象的。

今を去ること40年ほど前、このウィッシュボーン・アッシュを聴き親しんでいることが、理知的で通なロック小僧である証だった。特に『百眼の巨人アーガス』と『ライブ・デイト』は必須アイテムで、この2枚のアルバムをLPとして所有していることが重要とされた。僕達の高校時代の「長閑なエピソード」の一つである。

 
 

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2016年7月 8日 (金曜日)

イスラエル・ジャズのベーシスト

最近、イスラエル・ジャズに遭遇する機会が多い。イスラエル・ジャズは、老舗本国の米国、欧州について、新たなジャズの聖地になる位の勢いでメジャーな存在になってきている。もはや、イスラエル発のジャズは無視出来ない存在になってきている。

イスラエル・ジャズの特徴はと言えば、ネットを紐解くと「イスラエル、ジューイッシュ(ユダヤ)の哀愁を帯びたフレーズやメロディ、または近隣アラブ諸国〜北アフリカ地域の音楽的要素なども取り入れられており、結果生成された今までにないハイブリッドなジャズ・サウンドが特徴」とある。

今回、出会ったイスラエル・ジャズのアルバムがこれ。Omer Avital『Abutbul Music』(写真左)。現代ジャズ・ベース界においてカリスマ的存在とも言えるOmer Avital(オメル・アヴィタル)の今年の最新アルバム。ちなみにパーソネルは、Omer Avital (b), Yonathan Avishai (p), Asaf Yuria (ts,ss), Alexander Levin (ts), Ofri Nehemya (ds)。イスラエル・ジャズの精鋭が中心。

ピアノの盟友Yonathan Avishai(ヨナタン・アヴィシャイ)をはじめ、テナーのアレキサンダー・レヴィン、アサフ・ユリア(ts,ss)、そして、ドラムのオフリ・ネヘミヤという、オメルの顔なじみのメンバーによるセッション。リラックスして良くこなれた演奏がこのアルバムに詰まっている。
 

Abutbul_music1

 
しかしながら、レコーディングという観点では、ヨナタン・アヴィシャイ以外とは初の機会となる。ちなみに、年下の若きレヴィン、オフリの2人を参入させるところなどは、オメルの次世代を育てる義務の様な「矜持」を感じる。こういう「矜持」がイスラエル・ジャズの底辺を支え、隆盛への大きな推進力となるんだろう。

アルバム全編に渡って躍動するリズム&ビートはファンクネスとは全く皆無。イスラエル・ジャズ独特の乾いてテクニカルなリズム&ビートなのが顕著な個性。アドリブ・フレーズは、欧州のストイックなバップ・フレーズを想起させるが、そんなストイックな旋律の中に、そこはかとない中近東の哀愁感を帯びたトーンが見え隠れするところが実に個性的である。

アラブ・フォーク、イエメン・ブルース、マグレブ、さらにはゴスペル、ソウル、ファンクなど様々なエッセンスを散りばめた音世界の多彩さがこのアルバムの特徴である。次世代のジャズの音世界のプロトタイプがこのアルバムに詰まっている、そんな感覚が良い。聴いていて、とてもワクワクする。

イスラエル・ジャズを体感するのに「うってつけ」のアルバムです。ジャズ・ベースの教則本としても成立する、ジャズ・ベースとしてのテクニックもかなり高度。聴き応え満載の好盤です。

 
 

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2016年7月 7日 (木曜日)

「サハラ砂漠の旅日記」です。

僕はナベサダさん(渡辺貞夫)のアルトが大好きだ。ナベサダさんのアルバムはほぼ全て聴いて来た。で、最近、また聴き直している。今は1980年代のアルバムを中心に聴き直している。

日本ではナベサダ人気は、1980年の『How's Everything』、武道館ライブ辺りがピークで一端終息に向かった。しかし、ナベサダさんの快進撃はこれからで、米国に渡っての1980年代のフュージョン・ジャズからスムース・ジャズの時代に優れた内容のアルバムがズラリと並ぶ。

日本では、ナベサダはスムース・ジャズに走った、と揶揄され、硬派なジャズ者の方々からはあまり評価されなかった。が、米国では違う。スムース・ジャズのジャンルで、ナベサダさんのアルバムは売れた。これがまた、日本の硬派なジャズ者の方々にしたら気に入らない。老舗ジャズ雑誌でも大きく採り上げられることは無かった。

しかし、1980年代のナベサダさんのアルバムはどれもが良い内容だ。特に、フュージョン者の僕からすると、確かに1980年代のアルバムについては全部好きで、当時から良く聴く。

今回は、渡辺貞夫『MAISHA(マイシャ)』(写真左)に聴き惚れる。1985年のリリース。このアルバムは発売当時から大好きなアルバムの一枚。演奏の全てにおいて破綻が無く、ポップでハッピー。ポジティブな内容で翳りは全く無い。ナベサダさんのアルトはスッと一直線に伸びて、流麗にアドリブフレーズを吹き上げる。
 

Maisya

 
主なパーソネルは、渡辺貞夫 (sa, fl, as), Don Grusin, Herbie Hancock (key), Harvey Mason (ds), Brenda Russell (vo) 他。ちなみに、このアルバムはナベサダさんの初プロデュース盤になる。確かに、音の作りがシンプルで楽器が良く鳴っている。ナベサダさんの考える「スムース・ジャズ」の音なんだろう。

とにかくナベサダさんのアルトが良く鳴っていて清々しい。アルトで唄っている様なアドリブ・フレーズは爽快。アレンジ優秀でどの曲も聴き応えがある。バックの強者どもの演奏も秀逸だが、ナベサダさんのアルトは頭一つ抜きん出ている。

この『マイシャ』は、ナベサダさんがC型肝炎から回復した後に旅した「サハラ砂漠の旅日記」というコンセプトに則ったアルバムとのことだが、収録された楽曲のタイトルを見ながら全ての曲を聴き通せば、そのコンセプトに至極納得する。ほんと、心地良い良い内容のスムース・ジャズ盤である。

ちなみに、このアルバム・ジャケットの女性の写真はナベサダさんの手によるもの。ナベサダさんはカメラの腕前も玄人裸足なんだが、この写真は殊の外素晴らしい。ベッピンさんである。このジャケットもこのアルバムの魅力のひとつ。

 
 

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2016年7月 6日 (水曜日)

隠遁後、マイルス完全復活

このアルバムを初めて聴いた時、一緒の違和感を感じた。今までのマイルスのアルバムの音と少し違う。スッキリしたというか、マイルスのアドリブ・フレーズが淀みなくスッと流れるというか、演奏全体が自然に流れるというか、とにかく今までのアルバムとは違う音の傾向に戸惑った。といっても、良い方向での戸惑いではあったんで、悪い違和感は無かった。

そのアルバムとは、Miles Davis『Decoy(デコイ)』(写真左)。1984年のリリースになる。一種の違和感を感じた原因は「テオ・マセロの存在」。このアルバムは、長年マイルスの作品をプロデュースしてきたテオ・マセロと別れ、マイルスの初セルフ・プロデュース作となった盤である。加えて、シンセのロバート・アービング3世をコ・プロデューサーとしている。

プロデュースの担い手が変わる訳である。一種の違和感を感じるのは当たり前。今回、このアルバムの音世界が、いわゆるマイルスの思い描いた音世界なんだろう。しかし、マイルスはテオ・マセロのプロデュースの手腕に一目置いていた。特に、テオのテープ編集の能力については、優れたミュージシャンと同等の扱いであった。だからこそ、マイルスは長年、テオ・マセロにプロデュースを委ねていた訳である。

しかし、どんな心境の変化があったのか、マイルスの自伝集なので断片的にしか判らないのだが、自分の音楽を全て自分の手で創り上げたい、と単純に思ったようである。マイルスはこの盤のリリース当時、58歳。還暦一歩手前、マイルスの心境の変化については、実感として実に良く理解出来る。
 

Decoy

 
このデコイの音世界は、エレ・マイルスの最高到達点の様な音世界である。ゴツゴツと尖ったところも取れ、闇を引き摺る様な暗さも無い、明快で爽快でポジティブなエレ・マイルスの音世界がこのアルバムにぎっしりと詰まっている。

ちなみにパーソネルは、Miles Davis (tp, syn, arr), Branford Marsalis, Bill Evans (ss), Robert Irving III (syn & drum programming), John Scofield (g), Darryl Jones (b), Al Foster (ds), Mino Cinelu (per)。このアルバムでは、やはり、ロバート・アービング3世のシンセとダリル・ジョーンズのベースの参入が効いている。

前作『Star People』とメンバーの変更はほとんど無いが、音の傾向が違う。捻れたり、混沌としたところが全く無い。ポジティブで爽やかスッキリとしたリズム&ビートの下で、歌心溢れ、切れ味の良く、ウォームなマイルスのトラペットが良い雰囲気。そして、なんといってもアレンジが小粋でシンプル。アドリブ・ソロが続いても冗長にならない。

隠遁前から追求してきた、ファンキーなリズム&ビートに乗ったモーダルなエレクトリック・ジャズが、このアルバムで最高到達点に達している。このアルバムの音世界は1984年にして、既に21世紀のエレクトリック・ジャズのあるべき音世界を先取りしていた感がある。全く古さを感じさせない、エバーグリーンなエレ・マイルスである。

 
 

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2016年7月 5日 (火曜日)

ローガンとパットとジェイソン

ジャズ雑誌で絶賛されている新進のサックス奏者である。1980年、ミズーリ州カンザス・シティ生まれ。チャーリー・パーカーの音源を聴いてジャズに開眼、16歳でプロ・デビュー。ボストンのバークリー音楽院出身、2007年にファースト盤をリリース。今回、名門ブルーノート・レコードからメジャー・デビュー。

その名は「Logan Richardson(ローガン・リチャードソン)」。アルト・サックス奏者。アンブローズ・アキムシーレ、ロバート・グラスパーなどと並んで、現在のNYジャズにおける新進気鋭の逸材の一人。そんなリチャードソンがリリースした3枚目のリーダー作がなかなかの内容なのだ。

Logan Richardson『Shift』(写真左)。昨年のリリース。リチャードソンいわく「アルバム・タイトルにはいろんな意味が込められている。音楽の系譜のシフトであり、テクノロジーのシフトでもあり、状況のシフトでもある」。この新作は、そのタイトル通りにさまざまな転換(シフト)をテーマとしている。

ジャケットもさすがブルーノートで、インパクトのあるリチャードソンの顔イラストが実に良い雰囲気。ちなみにパーソネルは、Logan Richardson (as), Pat Metheny (g), Jason Moran (p, rhodes), Harish Raghavan (b), Nasheet Waits (ds)。パット・メセニーとジェイソン・モランが全面的に録音に参加しているところに注目である。
 

Shift1

 
冒頭の「MInd Free」を聴けば、このアルバムの音世界の傾向がはっきりと判る。パット・メセニーのギターとジェイソン・モランのキーボードが明らかに映える楽曲とアレンジ。そこにリチャードソンのアルト・サックスが違和感無く絡む。パットとモランの相性も抜群だが、加えて、リチャードソンとの相性も抜群。

ただし、あのジャズ・ギターのスタイリストでありレジェンドであるパット・メセニーである。彼がギターの音を出して、フレーズを弾くと、もうそこは「パットの音世界」。モランのキーボードも個性豊か。モランが弾けば、そこはもう「モランの音世界」。リーダーのリチャードソンの音世界は「そっちのけ」である。

しかし、パットのギター、モランのキーボードとリチャードソンのアルトの相性は抜群。このアルバムでは、リチャードソンは一歩引いて、パットとモランを活かす楽曲とアレンジを採用。だが、これが意外に当たっている。そんな音世界の中で、リチャードソンのアルトは様々な音を聴かせてくれる。

アルバム全体の音世界としては、良く出来た「コンテンポラリーなメインストリーム・ジャズ」である。聴き心地も良く、ところどころに顔を出すフリーキーな展開も「良いアクセント」として響く。アルバムとしてはなかなか良く出来た内容である。

それでは、リチャードソンのアルト・サックス奏者としての個性はどうなのか、という懸念については、次作に期待ですね。

 
 

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2016年7月 4日 (月曜日)

完全復活一歩手前のマイルス

マイルス・デイヴィスが1981年、奇跡のカムバックを果たしてからのアルバムを聴き直している。今日は、1983年にリリースされた、Milesが演奏活動に復帰してから2枚目のスタジオ録音のアルバムを聴き直した。

そのアルバムとは、Miles Davis『Star People』(写真左)。1983年のリリースになる。ちなみにパーソネルは、John Scofield, Mike Stern (el-g), Bill Evans (ts, ss), Marcus Miller, Tom Barney (el-b), Al Foster (ds), Mino Cinelu (perc)。クレジットはされていないが、Gil Evans (arr)。

このアルバムにして、マイルスはカムバック前から追求していた「従来のジャズのトレンドやビートとは全く関わりの無い、全く新しいジャズのビートとスタイル」を確立した感がある。冒頭の「Come Get It」から、ラストの「Star on Cicely」まで、全く迷いや惑いの無い、スカッとしたエレ・ジャズが展開されている。

ビートは明らかに「エレ・マイルス」のビート。音は完璧なエレクトリック・ジャズ。しかも、従来のジャズのビートやスタイルの引用は全く無い。全く新しいエレ・マイルスのビート、エレ・マイルスのスタイル。加えて、隠遁前の、どこか暗い、どこか闇に蠢く様な怪しい雰囲気が一掃されている。このアルバムの音は「スカッとして爽快」。

このアルバムを聴いていると、マイルスは良い感じでカムバックしたんやなあ、と心から思う。アレンジに関して、盟友ギル・エバンスの協力を得て、全く迷いや惑いの無い、スカッとしたエレ・マイルスの音世界が展開されている。
 

Star_peaple

 
冒頭の「Come Get It」が、エレ・マイルスの「踏み絵」の様な楽曲。いきなり、ディストーションの効いたエレギの強烈なフレーズが始まる。恐らく、リリース当時、硬派な旧来のジャズ者の方々は、この出だしのエレギのフレーズを聴いただけで、プレイヤーの針を上げてしまったのではないか。それほど、強烈な「ロックの様な響き」のエレギである。

ちなみに、このアルバムでは、サックス奏者のビル・エヴァンスの紹介によりジョン・スコフィールドがマイルスのグループに加入。このジョンの加入により、一部の楽曲はマイク・スターンとのツイン・ギター編成でレコーディングされている。

実はこの「ジョン・スコフィールド」のギターの参入がこのアルバムの「肝」である。この素敵に捻れて歪んだエレギがこのアルバムの聴きものである。恐らく、隠遁前からマイルスが追求してきた「エレギ」の音は、こんな音ではなかったのか。このジョンスコのエレギは、エレ・マイルスのビート&スタイルにピッタリである。

加えて、マーカス・ミラーのベースも良い味を出している。彼の指弾きが素晴らしい。ベースの音がしっかり聴き取れる、優れた再生装置で聴いて欲しい。彼の弾き出すベース・ラインは彼独特のもの。そして、ミノ・シネルのパーカッションとカウベルのグルーブがこのエレ・マイルス独特のビートを支えている。

アルバム・ジャケットには、マイルス自身が描いたイラストが使用されている。恐らく、このジャケットも、リリース当時、硬派な旧来のジャズ者の方々は拒否反応を示したのではないか。それほどまでに、従来のジャズらしからぬジャケットである。

しかし、このジャケットのイメージが、このアルバムに詰まっている「全く新しいエレ・マイルスのビート、エレ・マイルスのスタイル」のイメージにピッタリなのだから面白い。奇跡のカムバック以来、完全復活一歩手前のマイルスの雄姿がこのアルバムにある。

 
 

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2016年7月 3日 (日曜日)

尾崎亜美は「シティ・ポップ」

週末の当ブログ「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと」は、ジャズの合間の耳休め。70年代ロックや70年代Jポップのアルバムにまつわるお話しを特集しています。

さて、今を去ること40年前から、尾崎亜美は僕のお気に入りのSSW(Singer Song Writer)である。彼女の書く歌、ボーカル、そしてアレンジ、どれもが僕の好みにピッタリで、高校時代から還暦直前の現在まで、ずっと尾崎亜美を聴き続けている。いわゆる「尾崎亜美者(尾崎亜美のマニア)」である。

僕は、彼女は「シティ・ポップの天才」だと思っている。今を去ること40年前、日本では「シティ・ポップ」の走り、業界がつけた「ニューミュージック」の黎明期。SSWとしては、荒井由実、五輪真弓、中島みゆき、八神純子などの名前が浮かぶ。そんな中、尾崎亜美は独特の存在だった。とにかく彼女の音世界は、他のSSWの音世界とはまったく様相が異なる。

簡単に言うと、尾崎亜美は、最初から「シティ・ポップ」より始まっているのだ。デビュー盤の『SHADY』を聴けば判るんだが、当時の日本で流行っていた「歌謡ポップス」の影響が見られない。と言って、英米のポップスから借用しているのか、と言えば答えは「No」。尾崎亜美の音世界の面白いところは、当時の英米のポップスの影響がほとんど見当たらないことである。

他のSSWは、必ず歌謡ポップスの影響が見え隠れし、英米のポップスの借用が見え隠れする。尾崎亜美が、1970年代後半、ニューミュージックの時代、ヒット曲という側面では、荒井由実や五輪真弓、八神純子の後塵を拝することになったのは、この辺に理由があると思っている。

「シティ・ポップ」からダイレクトにアプローチし、英米のポップスの借用が見られない尾崎亜美の楽曲は、当時の日本人からすると取っ付き難いのだ。英米ポップスが優れていると考えられていた時代、英米のポップスから借用が見当たらないのは、評価するとっかかりが無い、ということ。独自の個性を確立しているという「正の評価」は当時の評論には無い。
 

Ami_ozaki

 
逆に、尾崎亜美のマニアには「濃い」方が多い。ズッと尾崎亜美者を自認している方々が多い。たぶん、尾崎亜美の楽曲を聴き、彼女の音世界の真髄に振れ、それが自らの音の好みにピッタリと合って、ずっと尾崎亜美のマニアであり続ける。そんな「尾崎亜美者」が多いと思っている。

僕もそんな「尾崎亜美者」の一人であり、彼女のアルバムは殆ど所有している。オリジナル盤については、どのアルバムを聴いても、彼女の「シティ・ポップ性」が楽しく、どの盤も良いのだが、これ一枚を選べと言われたら、僕はこのアルバムを挙げる。尾崎亜美『STOP MOTION』(写真左)。1978年夏のリリース。

収録された全ての楽曲が、珠玉の「シティ・ポップ」。歌謡ポップスや英米のポップスの楽曲のイメージに全く左右されない、影響されない、尾崎亜美独特の音世界がギッシリと詰まっている。尾崎亜美3枚目のスタジオ・アルバムであり、プロデュースを自ら行っている。このセルフ・プロデュースがポイントで、彼女の音世界をそのままにアルバムに封じ込めている。

LP時代のA面「センセイション」〜「ジョーイの舟出」〜「嵐を起こして」、B面「ストップモーション」〜「春の予感 〜 I've been mellow」〜「悪魔がささやく」の「シティ・ポップ」な流れが素晴らしい。この「シティ・ポップ」な流れは、他のSSWのアルバムに聴かれることは無い。尾崎亜美独特の音世界である。

尾崎亜美は、松田聖子「天使のウィンク」「ボーイの季節」、杏里「オリビアを聴きながら」、観月ありさ 「伝説の少女」など、他のアーティストへのアーティストへの楽曲提供も多い。そんな他のアーティストへ提供した楽曲は、セルフ・カバー集の『POINTS』(写真右)『POINTS-2』『POINTS-3』で楽しむ事が出来る。

 
 

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2016年7月 2日 (土曜日)

空模様のかげんが悪くなる前に

週末の当ブログ「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと」は、ジャズの合間の耳休め。70年代ロックや70年代Jポップのアルバムにまつわるお話しを特集しています。

さて、1970年代後半、僕達の学生時代は、いわゆる「Jポップ」の最初の黄金時代では無かったかと感じている。1970年代に入って、フォークから入った「Jポップ」ではあったが、程なく、英国・米国の音楽シーンの成果を取り込み、和製ロック、そして、ポップ・ロックがベースの「ニューミュージック」へ発展。1970年代後半は、今から振り返って、かなり充実した「Jポップ」の時代であった。

当然、洒落たアルバムや粋なアルバムがどんどん出てくる。音楽雑誌やFM情報誌の記事は欠かせない。そして、FMのエアチェックによるアルバムのリサーチは欠かせなかった。そんな、FMのエアチェックのリサーチに引っ掛かってきたアルバムがこのアルバムである。

そのアルバムとは『Char』(写真左)。1976年9月のリリースになる。さて、その「Char(チャー)」とは誰か。本名は「竹中 尚人」。日本のギタリストである。そのエレギのプレイは「天才ギタリスト」の呼称に相応しい。この時21歳、そのエレギのプレイと味のあるボーカルがぎっしりと詰まった、初々しくも爽快な、Charのデビュー盤である。
 

Char

 
大学時代、ちょうど、この梅雨の季節によく聴いていた。もともとこのアルバムの中の8曲目「空模様のかげんが悪くなる前に」が、皆の大のお気に入りの曲だったので、この梅雨の時期によく聴くようになった、と記憶している。

このアルバムを初めて聴いた時は、椅子から転げ落ちるくらいにビックリした。この弱冠21歳のギタリストのテクニック、感性、表現力にたまげた。そして、英国ロックや米国ロックのコピーに終始しない、日本人ならではの個性が見え隠れするところにとりわけ、感じ入った。収録されたほどんどの楽曲を「日本語」で唄い切る、その潔さにも感服した。

特に、エレギのトーン、紡ぎ出すフレーズのグルーブ感が独特だ。冒頭の「Shinin' You, Shinin' Day」の前奏のリフを聴くだけで、チャーと判る。それほど個性的なフレーズのグルーブ感が堪らない。チャーの代表曲、6曲目の「Smokey」のギターワークも白眉。思わず、アルバム全編、聴き惚れる。

1976年という日本のロック黎明期に、こんな粋で洒落たアルバムがリリースされていたなんて、今の耳にも「ビックリぽん」です(笑)。今でも8曲目「空模様のかげんが悪くなる前に」は大のお気に入り。この曲を聴くと、大学時代の行きつけの喫茶店「みちくさ」の昼下がりの風景が目に浮かびます。

 
 

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2016年7月 1日 (金曜日)

現代のスピリチュアル・ジャズ

「スピリチュアル・ジャズ」という言葉を聞くと、1960年代後半、フリー・ジャズの延長線上で、感情の赴くまま、激情的で精神性の高いブロウを延々と繰り広げる、アーチー・シェップやファラオー・サンダース、アルバート・アイラーなど、サックス奏者の名前が浮かびます。

この「スピリチュアル・ジャズ」は現代でも生きていて、最近、また結構、隆盛を極めつつあるのではないでしょうか。もともと、「スピリチュアル・ジャズ」は、アフリカン・アメリカンのジャズメン達が、精神的な故郷であるアフリカへの回帰、アフリカン・アメリカン独自の精神性などを追求した音楽です。ジャズが存在する以上、この「スピリチュアル・ジャズ」は無くなることはないのでしょう。

最近、この人の名前をちょくちょく聞く様になりました。Kamasi Washington(カマシ・ワシントン)。1981年生まれ。今年35歳のサックス奏者である。スピリチュアルなブロウが特徴で、現代の「スピリチュアル・ジャズ」の担い手といっても良いでしょう。そんなカマシがニュー・アルバムをリリースしました。

Kamasi Washington『The Epic』(写真左)。総勢60名以上のLAジャズ先鋭メンバーが参加した3枚組170分超えの超大作。この新作に、現代の「スピリチュアル・ジャズ」の音世界がギッシリと詰まっている。とっても魅力的な「スピリチュアル・ジャズ」。
 

The_epic1

 
1960年代後半の様な、フリー・ジャズの延長線上で、感情の赴くまま、激情的で精神性の高いブロウだけでは無い、スピリチュアルとバップとアフロが一体となった、ゴスペルの要素やブルースの要素、加えて「ネイチャー・ジャズ」な要素も併せて、聴き易く、印象的で、クオリティの高い、現代の「スピリチュアル・ジャズ」がここにある。

様々な音楽の要素を取り込んで再構築して、スピリチュアル・ジャズ的な音世界を現出しています。この音世界、とっても魅力的なんですよね。聴き易いアドリブの旋律に身を委ねつつ、時に感情の赴くまま、激情的で精神性の高いブロウに覚醒する。いやはや、確信犯的な「スピリチュアル・ジャズ」です。

リズムもフォービートではなくR&Bやファンク的なものが多く、アレンジは秀逸でバリエーション豊か、様々な音楽の要素を取り込んで再構築していて、いわゆる「真のフュージョン・ジャズ」と表現しても良いと思います。CD3枚組のボリュームなんですが、意外と一気に聴き切ってしまいます。

これから、この現代の「スピリチュアル・ジャズ」のコンセプトが意外とトレンドになっていくかもしれません。新しいジャズのスタイルとして、一気に広まる可能性を秘めた、そんなエポック・メイキングなカマシ・ワシントンの大作です。ジャズ者の皆さん、聴くべし、です。

 
 

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