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2016年5月20日 (金曜日)

今もフリー・ジャズは生きている

僕がジャズを聴き始めた頃は、ちょうどフュージョン・ジャズ全盛時代。1978年辺りからジャズのアルバムのコレクションを始めたんだが、ほどなく「フリー・ジャズ」に邂逅する。コルトレーンの『アセンション』だった。LPのAB両面に跨がる1曲の長尺怒濤のフリー・ジャズ盤。

感性のおもむくままに吹きまくり弾きまくり叩きまくる、怒濤の様な不協和音の嵐ではあるが、意外とすんなり耳に入った。子供の頃より、クラシック・ピアノを習っていたお陰で、クラシック音楽の、例えばバルトークとかストラビンスキーとかの不協和音がメインの交響曲なんかを聴いていた時期があったので、恐らく免疫が出来ていたのであろう。

しかし、普通の耳の感覚からすると、この不協和音は耐えがたいだろうし、感性のおもむくままに、他の楽器と協調すること無く、好き勝手に吹きまくり弾きまくり叩きまくると、普通は「音楽」とは感じないであろう。それが、普通の人の「フリー・ジャズ」に対する音の感じ方である。

「フリー・ジャズ」というのは、何も無勝手流に吹きまくり弾きまくり叩きまくるものでは無く、最低限の決め事はある。しかも、楽器に関してかなりのテクニックと、フレーズに関する見識が無いと、長時間、怒濤の様な不協和音の嵐の様なブロウを繰り広げることは出来ない。テクニックが無く、フレーズに関する見識が無いと数分のフリーなブロウで終わってしまうだろう。

そういう点からすると「フリー・ジャズ」って、極端な方向に振り切った「アーティスティックな音楽の塊」の様なものなんだが、耐えがたい不協和音と「音楽」とは呼べない無勝手なフレーズは一般には受けることは無い。ジャズ者初心者の頃、恐らく時間が経つにつれ、フリー・ジャズは衰退していく、と思っていた。
 

Crowded_solitudes1

 
さて、今日聴いたアルバムが、Eric Revis『Crowded Solitudes』(写真左)。2016年3月のリリース。ちなみにパーソネルは、Kris Davis (p), Eric Revis (b), Gerald Cleaver (ds)。フリー・ジャズには珍しい、管ものが無い「ピアノ・トリオ」。流れ的には、セシル・テイラー、山下洋輔の系統のフリー・ジャズである。

ブランフォード・マルサリスのベーシストとしてもおなじみ、エリック・レヴィスのリーダー作である。2001年からポルトガルのリスボンで活動を始めたジャズレーベル「Clean feed」からのリリース。”Creative Jazz”を掲げて、アーティスティックなフリー・ジャズやコンテンポラリーな純ジャズを中心に展開しているレーベルで、「Clean feedから出る音ならば買う」という根強いファンも多いとのこと。

確かに、この盤に詰まっている音は「アーティスティックな音楽の塊」。しかし、無手勝流に好き勝手に吹きまくり弾きまくり叩きまくるフリー・ジャズでは無い。しっかりと地に足付いた「ディシプリン(規律)」をベースに展開する、限りなくフリーに近いコンテンポラリーな純ジャズと言って良い内容。フリー・ジャズかと問われれば「ぎりフリー・ジャズ」。

テンションも高く、テクニックも優秀、規律を持ったアドリブ・フレーズはほどよくコントロールされ、それぞれの楽器がとってもよく「鳴っている」。それが証拠に、このちょっと難解な「アーティスティックな音楽の塊」なアルバムを、聴き始めたら一気に聴ききってしまう。どっこい「今もフリー・ジャズは生きている」と思った。

この盤のリーダーのエリック・レヴィスって、ベーシストなんですね。ベーシストのリーダー作としても、なかなか内容のある盤で、硬派でコンテンポラリーな純ジャズが好みのジャズ者の方々にはお勧めです。この「Clean feed」ってレーベル、ちょっと注目ですね。しばらく追いかけてみようかと思っています。

 
 

震災から5年2ヶ月。決して忘れない。まだ5年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

★Twitterで、松和のマスターが呟く。名称「松和のマスター」でつぶやいております。ユーザー名は「v_matsuwa」。「@v_matsuwa」で検索して下さい。
 

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コメント

「♪誰が風をみただろう♪」(who has senn the wind)という有名な詩・曲?がありますが、最近よく思うのです。

たとえば1960年代におこったといわれるフリージャズの「十月革命」などは、当時もきわめてマイナーなイベントであったにもかかわらず、一部マスコミがきちんとそれを伝えたからこそ歴史上に存在したのだ、という事実。

SJ誌の存在意義はそれらイベントを「ストーリーテラー」として伝えてきたこと、そのおかげで後年のFMレコパルの「○○ストーリー」がなりたったこと。ジャズに関してはすべてSJ誌でストーリーテリングされたネタが元でしたね。(クラシックでもレコ芸からの引用がほとんどでしたね。)

現在もいくつかのジャズ誌がありますが、フアンの間でほとんど話題に
なることはないようです。

私がSJ誌をさかのぼって創刊号まで完全読破したのはひたすらこのことへの興味でした。

同じ「おはよう」という言葉の表現でもその声質などで百人百色?の響き・伝わり方がある、ということがすなわち個性、ということを考えれば、
「吃音者のジャズ」「自己主張の強いジャズ」「寡黙なジャズ」なども存在するのだな、とも思っています。

フリージャズと思って音だけをきくから難解なのであり、私達が気軽に楽しむ映画のサントラなどでは十分難解な「フリージャズ」が「効果音」として自然と受け入れられていることも不思議といえば不思議だなあ・・と思ったりして。(~_~;)

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