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2016年5月の記事

2016年5月31日 (火曜日)

ジャズ喫茶で流したい・82

単純に「フュージョン・ジャズの先駆け」なんて紹介されることの多い盤なんだが、何度聴いても、フュージョン・ジャズの先駆けとは感じない。後のフュージョン・ジャズの音世界とはちょっと違うんだな〜。

エイトビートにファンキー・ジャズを乗せて、ソウル・ミュージックの要素やブルース・ロックの要素を混ぜ込んで、ポップな旋律と踊りたくなるような、足でリズムをとりたくなるような絶妙なリズム&ビートを充てたら、こんな「レアグルーブ」な好盤になった。そんなジャジーなアルバムである。

絶対に根は「ジャズ」である。リズム&ビートはロックでは無い。ソウルである。ジャズとR&Bの融合と言った方が判り易いんじゃないかなあ。ジャズとR&Bを融合して、聴き易い「ポップ」に仕立てた。そんな感じのアルバムである。

そのアルバムとは、Donald Byrd『Black Byrd』(写真左)。1973年リリースのドナルド・バードのヒット作である。録音は1972年4月と11月。ちなみに主なパーソネルは、Donald Byrd (tp), Joe Sample (el-p.ac-p). Chuck Rainey, Wilton Felder (b), David T. Walker (g), Harvey Mason (ds), 加えて、パーカッションを大々的に採用している。

まあ、この主だったパーソネルを見渡すと、その名前だけで「フュージョン・ジャズの先駆け」となっちゃうのかも知れないけど、このアルバムの音はフュージョン・ジャズでは無い。ファンキー・ジャズやソウル・ジャズの延長線上にあって、決して、電気楽器を大々的に導入している訳では無く、決して、音の基本は「ソフト&メロウ」では無い。
 

Black_byrd

 
喩えるならば「ダンス・ミュージック」であり、「ジャズ・ファンク」である。ポップで親しみ易いラウンドなアレンジがなされているので、なんとなく「ソフト&メロウ」に結びつけたくなるが、それはソウル・ミュージックの持つ「柔らかさと滑らかさ」であり、ポップ・ロックと融合した「ソフト&メロウ」では無い。いわゆる「レアグループ」である。

そして、なんといっても、このアルバムでのドナルド・バードのトランペットが素晴らしい。これだけバリバリと吹き進めていくドナルド・バードはなかなか無い。バックのリズム隊のグルーブがポップにダンサフルで、それに触発され、鼓舞され、ドナルド・バードはトランペットを吹きまくる。これがまた良い。

音の方向性としては、エレクトリック・マイルスと同様だろう。エレ・マイルスは硬派でモーダルな、アートを追求したファンク・ジャズだが、エレ・バードは柔らかでソウルフル、ポップを追求したファンク・ジャズ。対極にあるがアプローチの方向は同じ。エレクトリック・ジャズの良好な成果の一枚である。

で、さすがにジャケット・デザインには思わず「仰け反る」(笑)。1973年、フラワー・ムーブメントやサイケデリックの残骸が横たわり、こんなデザインを想起させたのだろうか。このジャケットだと誰も進んで買わんやろな(笑)。でも、中身は一流の「レアグルーブ」。これもジャズです。

 
 

震災から5年2ヶ月。決して忘れない。まだ5年2ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

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2016年5月30日 (月曜日)

僕とヤン・ハマーとの出会い

ジェフ・ベックにはまったのが1975年春。『Blow by Blow』というアルバムで、ジェフ・ベックにはまった。はまりにはまって、もう次のアルバムが待ち遠しい。そして、翌年、1976年5月。次のアルバムが出た。

予約していたので、発売日当日に入手して、即、家に帰って聴いた。Jeff Beck『Wired』(写真左)。冒頭、疾走する「レッド・ブーツ」を聴きつつ、ジェフのギターのバック、シンセの音に耳が釘付け。このシンセ、なかなかセンスええなあ、と思った。

そして、B面に入って1曲目「Blue Wind(蒼き風)」の前奏からメインの旋律を奏でるシンセが、なんとも印象的に捻れた響きで耳を突く。このシンセ、誰や。これが、捻れた変則シンセが個性の「ヤン・ハマー(Jan Hammer)」との出会いであった。

とにかく個性的なキーボードで、まずこういった類のキーボードはロックには無い。それもそのはずで、ヤン・ハマーは基本的にはジャズ畑出身。ジャズロックからクロスオーバー・ジャズに適合した、超絶技巧なテクニックと「捻れたポップ感覚」が個性のキーボード、特にシンセの音が独特。

ジョン・マクラフリンのマハビシュヌ・オーケストラ、ビリー・コブハムのクロスオーバー・ジャズなバンド、アル・ディ・メオラのフュージョン・バンドなどに在籍していて、そのキーボードは、いずれのバンドでも音創りの「要」となっていて、特に「捻れたポップ感覚」のシンセは独特。これって「癖になる」。
 

Wired_and_live_wire

 
ジェフ・ベックとの共演という面では『Jeff Beck with the Jan Hammer Group Live(邦題:ライヴ・ワイアー)』(写真右)が一番。このアルバムは、ジェフのバンドではなくてヤン・ハマーのグループのライブにベックが客演しているもの。それでも、ジェフとハマーは思いっきり弾きまくっていて、当時のライブ盤としては「内容の濃いもの」でした。

ヤン・ハマーのグループがメインのライブなんで、収録曲の半分がハマーの曲。それでもジェフの共演盤からの曲もあって、どの演奏も魅力満載。特に、ヤン・ハマーの曲での自身のキーボードはかなり個性的。ハマーの個性満載です。逆に、ヤン・ハマーの曲でのジェフのギターバッキングはとってもファンキー。ハマーのキーボードとジェフのエレギ。相性抜群です。

僕はこの2枚のジェフ・ベックがらみのアルバムで、ヤン・ハマーのキーボード、特にシンセにはまりました。ジェフのマニアの方々には、ハマーのキーボードについては評判が芳しく無いのですが、ジェフとの丁々発止としたバトルが五月蠅いのでしょう。ジェフのマニアの方々はジェフのエレギだけを愛でたい、という欲求が強いのかもしれません。

Jeff Beck『Wired』と『Jeff Beck with the Jan Hammer Group Live』の2枚。ジェフ・ベックのエレギもさることながら、ヤン・ハマーのキーボード、特にシンセのプレイを最初に体験するには格好のアルバムでは無いでしょうか。この2枚のアルバムで、ハマーにはまれば良し、はまらなければ「それまで」です(笑)。

 
 

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2016年5月29日 (日曜日)

「ボズのAOR化」の完成形

僕達が学生時代、リアルタイムで聴いたAOR。その中核を担うロック出身のミュージシャンの一人が「ボズ・スギャッグス(Boz Scaggs)。そのボズが1970年後半から1980年にかけてリリースしたAORな盤(Slow Dancer, Silk Degrees, Down Two Then Left, Middle Man)については、僕は密かにボズのAOR4部作と名付けている。

Boz Scaggs『Down Two Then Left』(写真左)。1977年11月のリリース。ボズのAOR4部作の第3弾。ファンキー&メロウがメインのAOR盤。アーバンテイストなアレンジがなかなか「粋」に響きます。

ソウル・テイストを強化すべき、キーボード&作曲において、当時頭角を現し出したマイケル・オマーティアンにイニシアティヴを預け、リズム隊もオマーティアン自身のユニット、リズムヘリテッジの面々が中心に請負い、明らかに前作よりロック色が交代し、代わりにファンキー&メロウさが増しています。

この「ファンキー&メロウなAOR」というのが、ボズ・スギャッグスのAORの個性で、ここにロック色をしっかりクロスオーバーさせていて、あくまで「ロック」な音作りに軸足を残しているところが、僕達の好みと合致するところで、学生時代、このボズのAOR3部作は、かなりの「ヘビロテ」な盤として鳴り響いていました。
 

Down_two_then_left

 
バックの演奏のアレンジは、ファンキー&メロウな面を強化した故に、ライトなフュージョン・テイストがしっかり漂っていて、フュージョン・ジャズの延長線上、ポップでソフト&メロウなフュージョン・ミュージックとして楽しむことが出来ました。

バックの面々は、それはそれは「AORの強者ども」の饗宴といったもので、これだけの面子がやったら、そりゃぁ良いAORなアルバムが出来るでしょうよ、と呆れてしまいます(笑)。特に、ギター(Steve Lukather、Jay Graydon、Ray Palker Jr.)、ベース(David Hungate)、ドラムス(Jeff Pocaro)という「お馴染のメンバー」で、ボズの基本的な音作りをガッチリとサポートしています。

思えば、1974年リリースの『Slow Dancer』から始まったボズのAOR化でしたが、この3作目『Down Two Then Left』で、ほぼ完成したと言えるでしょう。

惜しむらくは意味不明なジャケットデザインと若干のセールスの不振(それでもビルボード最高位11位なんですけどね)で4部作の中で影のちょっと薄い盤なんですが、意外と良い内容ですよ。AORの好盤でしょう。

 
 

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2016年5月28日 (土曜日)

突然のリリース『SANTANA Ⅳ』

いやはや、この時代になって、こんなに魅力的なラテンロックのアルバムが出てくるなんて思わなかった。サンタナ初期メンバーが実に45年振りに再結集して制作したオリジナル・スタジオ盤がリリースされたのだ。

そのタイトルもズバリ『SANTANA Ⅳ(サンタナⅣ)』(写真)。アルバム・ジャケットもサンタナ初期の時代を彷彿させるデザイン。このアルバム・ジャケットだけでも、僕達、70年代ロックのマニアは「買い」である。

さて、その初期メンバーとは、グレッグ・ローリー(キーボード/ヴォーカル:後にジャーニーに加入)、マイケル・カラベロ(パーカッション)、マイケル・シュリーヴ(ドラムス)、そして71年の『サンタナⅢ』で当時弱冠17歳という若さで抜擢されたギタリストの二ール・ショーン(現ジャーニー)、そして、親分であるカルロス・サンタナ(ギター)。

とにかく、二ール・ショーンがサンタナを口説きに口説いたらしい。確かに、サンタナ初期の音はサンタナとしても、とうの昔に置いてきた音なんだろうし、今、何もその音世界にチャレンジすることもないんだろうしね〜。

サンタナのコメントは以下の通り。「魔法にかかったようだった。無理せずとも、途方もないヴァイブが起こったんだ。あとは歌とジャム・セッション部分のバランスを考えただけだね。聞いた人が即座にサンタナだとわかるようにね。この音楽は僕らの中から出てきた叫びだ。郷愁ではなく、情熱のね。僕らはとてもレアなことを成し遂げたと感じているよ」。

サンタナ初期のメンバーが再結集したからと言って、かっての『SANTANA Ⅲ』のラテンでパーカッシブな音世界を再現するというのは当たらない。あれはあれ、これはこれ、である。ただ、サンタナのコメントにある「聞いた人が即座にサンタナだとわかるようにね」の部分、この部分をこの『SANTANA Ⅳ』を聴いていて強く実感する。
 

Santana_4

 
この『SANTANA Ⅳ』の音世界は、今の時代における「サンタナ」の音を創造していると感じる。サンタナ初期のメンバーだって、皆、同様に歳をとった。尖って挑戦的な感覚は明らかに丸くなった。鋭角で攻撃的なフレーズは、この『SANTANA Ⅳ』では影を潜める。逆に円熟味が増し、余裕のあるフレーズ&展開が見事。

1970年代初頭、若者の心の叫びだったロックが、急速に大衆に受け入れられる中で、コマーシャルでポップな側面が協調され、1970年代半ばには「商業ロック」というレッテルが貼られ、1970年代後半にはAOR化し、硬派なロックファンから「もはやこれはロックでは無い」と切り捨てられた、そんなロックの変遷そのものが、この『SANTANA Ⅳ』に反映されているように感じる。

僕はこの『SANTANA Ⅳ』を聴いて、AOR化したサンタナ、と感じた。決して悪い意味では無い。1970年代の『SANTANA Ⅲ』のアフリカンなロック、荒々しい躍動的なリズム&ビート、そして、超絶ギター・テクニック、そんな「尖って挑戦的」「鋭角で攻撃的な」音世界が、21世紀のこの時代に、ほどよく趣味良くAOR化された、と感じている。

これはサンタナでは無い、とバッサリ切り捨てられたり、時代が違うので聴き手も進化しないと、としながら、この『SANTANA Ⅳ』の音世界を好意的に受け入れたり、ネットを見れば「賛否両論」。いつの時代もロック者の方々の論評って熱いですね。まあ音楽というものは個人的嗜好が思い切り反映されますので、この賛否両論についてはこれはこれで良いかと。

ちなみに僕は好盤と感じて、週末の「70年代ロック」盤の特集聴きの場面で、結構、ヘビロテになってます。

 
 

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2016年5月27日 (金曜日)

弾きすぎるジミー・スミス

Jimmy Smith(ジミー・スミス)はジャズ・オルガンの最高位に位置する「ヴァーチュオーゾ」というのは衆目の一致するところ。ジミー・スミスのアルバムはどれも「外れが無い」。

ジミー・スミスは「ヴァーチュオーゾ」であるが故に、弾きすぎるところが「玉に瑕」。そこをブルーノートの総帥、アルフレッド・ライオンがプロデュースよろしく上手くコントロールして、弾きすぎるスミスに「歌心」を心がけさせて、聴き手の立場に立ったオルガンを弾かせている。

ジミー・スミスとアルフレッド・ライオン、この組合せがあって、ジミー・スミスはジャズ・オルガンの最高位に位置する「ヴァーチュオーゾ」となったのである。ブルーノート・レーベル時代があってこそ、ジミー・スミスはその地位を確立できた。僕はそう睨んでいる。

弾きすぎるところに「歌心」。これがジミー・スミスがジャズ・オルガンの最高位に位置する「ヴァーチュオーゾ」である所以なのだが、ブルーノート・レーベルの音源の中に、その例外として「弾きすぎるジミー・スミス」を捉えたライブ音源がある。

その「弾きすぎるジミー・スミス」を捉えたライブ音源が、Jimmy Smith『Cool Blues』(写真)。1958年4月、ニューヨークのライブハウスである「Small's Paradise」でのライブ録音。ちなみにパーソネルは、Jimmy Smith (org), Lou Donaldson (as), Tina Brooks (ts), Eddie McFadden (g), Donald Bailey (tracks 5-8), Art Blakey (tracks 1, 2 & 4) (ds)。

「Small's Paradise」でのライブ録音には『Groovin' at Smalls' Paradise』のVol.1とVol.2、ブルーノートの1585番と1986番があるが、それとは全くの別物である。演奏はスミス〜マクファーデン〜ベイリーのトリオである。演奏内容も全く異なる。
 

Jimmy_smith_cool_blues

 
このJimmy Smith『Cool Blues』は、1978年にブルーノートの「BNLTシリーズ」として、LPフォーマットで発掘リイシューされた(写真左)。この時は、まだ僕はジャズ者初心者ホヤホヤ。こういった「発掘リイシューもの」に手を出す勇気が無い(笑)。僕がこのリイシュー盤を乳下のは2001年、CDフォーマットでのリイシューである(写真右)。

このスミスのライブ盤の価値は「弾きすぎるジミー・スミス」だけを捉えたライブ音源だということである。このライブ音源については、ジミー・スミスはただただ「ひたすらオルガンを弾きまくる」。聴き手の立場、聴き手の想いなど、全く眼中に無い。とにかく、オルガンをただただ、凄まじいテクニックで「弾きまくる」。

サイドメンのドナルドソンがハードバップなアドリブ・フレーズを吹きまくろうが、当時、有望新人テナーのティナ・ブルックスがファンキーな黒いフレーズを吹きまくろうが、全くお構いなしに、ジミー・スミスはオルガンをひたすら「弾きまくる」。それはそれは、爽快に豪快に弾きまくっている。

恐らく、このライブ音源は「弾きすぎるジミー・スミス」だけを捉えたライブ音源が故に「お蔵入り」になったと想像している。ジャズをポップス音楽として聴く向きには、あまりにオルガンを弾きすぎて、肝心の「歌心」は微塵も無い。しかし、その「弾きまくる」ところが、このライブ盤の魅力。スカッと爽快な弾きっぷりである。

ジミー・スミス者には必須のアイテム。ジャズ・オルガン好きにもお勧め。でも、ジャズにポップス性を求める向きには、ちょっと硬派でストイックな内容で、ちょっと取っ付き難いし、リラックスして聴くのに骨が折れるでしょう。聴き手を選ぶ好盤です。

 
 

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2016年5月26日 (木曜日)

「ブラジョン」って知ってる?

僕達の大学時代は1980年前後。ジャズのトレンドはフュージョン・ジャズ。ディスコはブームを過ぎて定着し、R&Bはブラック・コンテンポラリーと呼ばれた。

フュージョン・ジャズの中でも、ファンクネスをがっつり効かせエレ・ジャズな演奏は「ファンク・フュージョン」と呼んだ。ジャジーな側面よりもファンクネスな側面を重視する場合は「ブラコン(ブラック・コンテンポラリーの省略形)」と呼んで区別した。特に、1980年前後はこの「ブラコン」が大ブームになった時期でもある。

ブラコンなフュージョン・ジャズを思い返して見た時に真っ先に思い出すバンドがある。The Brothers Johnson(ブラザース・ジョンソン、略して「ブラジョン」)。僕達は、1980年から81年にかけて、この「ブラジョン」のアルバムをガンガンに聴いていた。

そんな「ブラジョン」とは何か。ブラザーズ・ジョンソンは、文字どおりジョージ、レオンのジョンソン兄弟2人組。ブラコン・ディスコの代表的バンド。「Stomp」という大ヒット曲を引っさげ、1980年〜81年にかけて、ブラコンの世界を席巻しました。

そんなブラジョンの、当時、聴きまくったアルバムが2枚。The Brothers Johnson『Light Up the Night』(写真左)そして『Winners』(写真右)。『Light Up the Night』は1980年のリリース、『Winners』は1981年のリリース。大ヒット曲「Stomp」は『Light Up the Night』の冒頭に収録されている。
 

Brothers_johnson_albums

 
演奏自体が実にハイテクニックでエモーショナル。リズム&ビートがしっかりと安定していて揺るぎなく、その上を流麗でファンキーなエレギとチョッパーでバッチバチ叩きまくりのベース。ソフト&メロウなボーカル。

音を聴いていると思わず、クインシー・ジョーンズを彷彿とさせるのですが、それもそのはず、ブラジョンはクインシー軍団の一員なんですね。クインシー御大の音は意外と「尖って」いて、アーティスティックな雰囲気が見え隠れするのですが、ブラジョンはとっても「ポップ」で、エンタテインメントがっつり、って感じです。

どちらもアルバムもAORな要素もふんだんに入っていて聴き易い。大学時代は、行きつけの喫茶店で、はたまた古墳調査の往復の車の中で、このブラジョンの『Light Up the Night』そして『Winners』がヘビロテに鳴り響いていました。とにかく、どんなシチュエーションでも聴き易い、ポップでブラコンなフュージョン・ジャズでしたね。

今の耳にも十分に聴き応えのあるポップでブラコンなフュージョン・ジャズで、最近、久々に聴いたのですが、やっぱり良いですね。あの時代にリアルタイムに聴いたブラコン。思わず身体が「ディスコ」します(笑)。

最後に悲しいお知らせですが、昨年5月21日に、ブラジョンのベーシスト、弟のルイス・ジョンソン(Louis Johnson)が逝去しました。享年60歳。あまりに若すぎです。あのチョッパーでバッチバチ叩きまくりのベースが懐かしい。合掌。

 
 

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2016年5月25日 (水曜日)

ニューオリンズ・ジャズが楽しい

Dee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター、愛称ディーディー)のボーカル盤にはプログレッシブな内容のものが多々ある。ジャズのトレンドというものに対してのセンスが抜群に良いのだろう。単なる女性ボーカルのポップなアルバムに留まらない、何か常にしっかりしたテーマを持ってアルバム作りをしている。

僕はそんなディーディーが僕はお気に入りで、デビュー盤から時有る毎に彼女のリーダー作を聴き続けている。彼女のアルバムはしっかりとしたコンセプトが存在するので、聴いていて飽きることが無い。しかも頭でっかちに凝り固まること無く、聴き手のことも考えながら、アレンジなどにも気を配っている様子が良く判る。

そんなディーディーの最新作がこれ。Dee Dee Bridgewater『Dee Dee's Feathers』(写真左)。昨年4月のリリース。ディーディーがこの盤では「ニューオリンズ・ジャズを歌う」のだ。いや〜これがまあ、良い出来でねえ。実にプログレッシブな内容に、もう聴いていてワクワクする。

ニューオリンズ・ジャズを代表するトランペッターアーヴィン・メイフィールドとのコラボレーション。これが「なるほどなあ」と納得するアプローチ。ジャズの起源とされるニューオリンズ・ジャズ。

例えば、純ジャズ復古のリーダー、ウィントン・マルサリスなどは躍起になって、このニューオリンズ・ジャズやっていた時期がある。ニューオリンズ・ジャズこそがジャズである、と。しかし、そのウィントンのニューオリンズ・ジャズへのアプローチには、なんだか頭でっかち、頭で考えたままの凝り固まった雰囲気が漂っていて、どうにもその内容に感心することは無かった。
 

Dee_dees_feathers

 
しかし、このディーディーのアルバムは違う。現代のニューオリンズ・ジャズの担い手そのものを連れてきた。その演奏を聴くと、さすが担い手なだけはある。思いっきりニューオリンズ・ジャズの雰囲気が漂うのだ。

「What A Wonderful World」や「Big Chief」「One Fine Thing」「Congo Square」といったトラディショナルな名曲が、ニューオリンズの雰囲気たっぷりなアレンジで歌い上げられていく。これは実に良い。快感ですらある。ディーディーのボーカルは上手いうえに、伸びやかで自由な大らかさが個性。力感がありながら繊細な一面も覗かせる。実に巧みなボーカルである。

「Dee Dee's Feathers」「C'est Ici Que Je T'aime」といった新曲も魅力的。中堅の年齢に差し掛かった、ニューオリンズ・ジャズ畑のトランペッターであるアーヴィン・メイフィールドとニューオリンズ・ジャズ・オーケストラのバッキングも見事。本作のコンセプトは「Modern Vision of New Orleans」とのことだが、アレンジ含めて、このスタジオ盤での演奏は、そのコンセプトに十分応えている。

まあ、ジャズの起源であるニューオリンズ・ジャズが如何なるものであるか、を理解していないと、このアルバムは聴いてみても魅力は半減。そう意味では、ジャズ者ベテランからディーディー者の方々に是非にお勧め。ジャズ者初心者の方々はスルーしても良いでしょう。しかし、演奏の内容とレベルは上質。好盤の類ではあります。

 
 

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2016年5月24日 (火曜日)

デックスの「魅力全開」な盤です

Dexter Gordon(デクスター・ゴードン、愛称デックス)のテナーは、初夏の陽気に良く似合う。テクニックに重きを置くこと無く、ミッドテンポからスローテンポで朗々と歌心溢れるフレーズを吹き上げる。決して難しく無い、爽快かつシンプルなジャズ。

特にブルーノート・レーベル時代のデックスは、どのアルバムを選択しても良い。さすがはブルーノート・レーベル。デックスの特質を十分に理解して、デックスの個性を最大限に活かしている。そして、デックスの吹きたい様に吹かせている。

しかし、ブルーノート・レーベルの凄さはそれだけでは無い。デックスのリーダー作ですら、録音当時のジャズの先端の雰囲気をしっかりと漂わせているのだ。単に聴き易く耳に馴染むだけのアルバムを録音するのでは無い。

ジャズとして、アーティスティックな面をしっかりと押さえて、時代の先端の雰囲気を醸し出した「デックス節」を聴かせてくれるのだ。デックスの能力の「伸びしろ」をしっかりと引き出している。総帥アルフレッド・ライオン恐るべしである。

そんなデックスのリーダー作の一枚がこれ。Dexter Gordon『A Swingin' Affair』(写真左)。1962年8月の録音。ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Sonny Clark (p), Butch Warren (b), Billy Higgins (ds)。ブルーノートの4133番。
 

Swingin_affair

 
1962年と言えば、ハードバップの全盛期を過ぎて、ジャズの多様化が進んでいる時代。コマーシャルなファンキー・ジャズから、アーティスティックなモード・ジャズ、そして、多様化の究極形であるフリー・ジャズ。様々なスタイルのジャズが入り乱れている時代が1962年。

そんな時代の中、このデックスのアルバムもそんなジャズの多様化を十分に反映するパーソネルで録音に臨んでいる。デックスのテナーはそんなジャズのトレンドには全くお構いなしなのだが、ピアノのソニー・クラークはハードバップの代表的存在。そして、リズム・セクションを担うベースのウォーレンとドラムのヒギンスは、新しい響きを宿したハードバップなリズム&ビートを供給する。

そこにデックスが、ちょっとモーダルな雰囲気をふっと漂わせて、ミッドテンポからスローテンポで朗々と歌心溢れるフレーズを吹き上げる。これが堪らない。単なるコマーシャルでポップなジャズには無い、アーティスティックな芳しい響き。このアルバムの「良いところ」である。

デックスの自作曲もスタンダード曲もいずれも良い曲ばかり。聴き応え満点のアルバムに仕上がっています。カルテットの4人については、実に楽しげに満足げに演奏している様子が演奏から感じ取れます。ジャズの良さ、楽しさを十分に感じ取れる好盤です。デックスの魅力全開ですね。
 
 
 

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2016年5月23日 (月曜日)

「マシュー・ハルソール」とは

ジャズのアルバムを漁っていると、へ〜ッと感心するアルバムに突如として出会ったりする。そういうアルバムは決まって、ジャケット・デザインが洒落ている。いわゆる「ジャケ買い」である。「ジャケ買い」から始まって、聴き始めて「おっ」と思い、聴き終えて「へ〜ッ」と感心する。

今回、そんな感じで出会ったアルバムがこれ。Matthew Halsall『On The Go』(写真左)。2011年6月のリリース。う〜ん、5年前かあ。全くノーマークであった。で、まず、このジャケットが目に止まった。これはなかなか洒落ている。直感だけでゲット。そして聴き始める。

こういう洒落た写真のジャケットって、決して期待を裏切らない。トランペットが良く鳴っている。トランペットのブラスの響きが心地良い。決して、速さを競うテクニック優先のブロウでは全く無い。ゆっくりとミッドテンポのフレーズで、朗々とトランペットの響きと印象的なフレーズを楽しませてくれる。

アルバム全編に渡って「これ」である。ミッドテンポ、朗々と鳴る楽器、ゆったりと印象的なフレーズ、速さを競うテクニカルなフレーズは全く出て来ず。印象的に鳴るフレーズは心が癒される。一種「スピリチュアル」な響きにウットリする。
 

On_the_go

 
さて、Matthew Halsallとは誰か。片仮名表記にすると「マシュー・ハルソール」となるらしい。英国マンチェスター出身の若きジャズ・トランペッター。1983年9月生まれということなので、今年で33歳になる。ジャズの世界でいくと、まだまだ若手。ゆったりと印象的でモーダルなフレーズを吹き進めるところが「個性」。

ハイレベルでスピリチュアルなジャズ。それもテクニカルで感情に直接訴えかける様な音ではなくて、朗々とゆったりと印象的なフレーズで心の吟線に触れるような、郷愁を誘うような、リリカルなスピリチュアル・ジャズ。思わず「へ〜ッ」と心から感心してしまう。そして、また聴き返してしまうのだ。不思議な「ヘビー・ローテーション」。

ちなみにパーソネルは、Matthew Halsall (tp), Nat Birchall (sax), Adam Fairhall (p), Gavin Barras (b), Gaz Hughes (ds)。英国ジャズの強者共であろう。知らない名前ばかりである。しかし、このアルバムの演奏を聴いていると、それぞれがしっかりとした力量を持ったジャズメンなのが良く判る。

一音一音丁寧に吹き上げるトランペット。しっかりと音を押さえながら朗々とメロディーを吹き上げるソプラノ・サックス。ミッドテンポで堅実にフロントをモーダルな響きでサポートするリズム・セクション。こういうジャズもありやなあ、と思わず感心してしまう。なかなかの好盤です。

 
 

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2016年5月22日 (日曜日)

ウィンウッドの「ハモンド」盤

70年代ロックのアルバム・コレクターとして、雑誌「レコード・コレクターズ」は手放せない。コレクションを進める上で、この雑誌の情報は役に立つ。バックナンバーも含めて、読み返したら読み返しただけ、コレクションについてのヒントがある。

さて、今月号の「レコード・コレクターズ」の特集は「20世紀のベスト・キーボーディスト/ビアニスト100」。2000年までにデビューしたキーボード奏者の中から、ロック/ポップスの世界に大きな影響を与えた人を30名を選出とある。これはなかなかに面白い特集だ。

その中で、これは、と思ったキーボーディストが「スティーヴ・ウィンウッド(Steve Winwood)」。英国ロック史上、屈指のキーボーディスト。トラフィックからブラインド・フェイス、そしてソロ時代に渡って、彼のキーボードの卓越したテクニックとフレーズには常に感心して来ました。

そして、この「レコード・コレクターズ」特集で挙げられていたアルバムが、Steve Winwood『About Time』(写真左)。2003年のリリース。当時、デビュー40周年のスティーブ・ウィンウッドが6年ぶりに新作を発表。でもあの頃は、僕にとって、もうウィンウッドは過去の「レジェンド」となっていて、触手は伸びませんでした。
 

Steve_winwood_about_time

 
しかし、「レコード・コレクターズ」の特集記事でこのアルバムのことを思い出した。そして即ゲット。聴いてみてビックリ。特集記事の通り、このアルバムでは、彼はプロデュースの他はボーカルとハモンド・オルガンに専念しており、このハモンド・オルガンが実に良い。これだけセンスの良いハモンド・オルガンはそうそう無い。

ジャズ・オルガンに遡って、様々なオルガン・プレイを総括して、ウィンウッドなりに解釈した「極上のハモンド・オルガンのプレイ」をこのアルバムでは聴くことが出来る。なんと、ベース・パートまでフット・ペダルで弾いていて、彼の意気込みが聴いて取れる。

ハモンド・オルガンのマニアにとっては堪えられない内容である。ウィンウッドのキーボード・プレイは、今も昔も変わらず「格好良い」。これだけ趣味の良いアプローチ、テクニック優秀、歌心溢れるフレーズはなかなか聴くことが出来ない。ウィンウッドのキーボード・センスを見直したのは言うまでも無い。

ロックのジャンルにおいて、これだけ内容のあるハモンド・オルガンの使い手はいない。ブラインド・フェイスやトラフィックを彷彿とさせるジャズ&ファンク的色合いが色濃く出ていて、70年代ロックのマニアにとっても「聴きもの」の内容になっている。しかしまあ、ウインウッドは隅に置けない。

 
 

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2016年5月21日 (土曜日)

「悪友」たちのライブの記録

21世紀に入っても、70年代ロックの「お宝音源」が予告も無く、突然「ポロッ」と出てきたりするので、常にそういう系統の情報にはアンテナをしっかり張っていなければならない。逆に、アンテナを張りつつ、そんな「耳寄りな情報」を探索したするのが面白かったりする。

さてさて、今回、何の予告も無く、突然「ポロッ」と出てきた70年代ロックの「お宝音源」がこれである。Bad Company『Live 1977 & 1979』(写真左)。バッド・カンパニー(以降、略して「バドカン」)のオリジナル・ラインナップ時代のライヴ音源を収めたライヴCD2枚組である。

CD1には1977年5月23日に米テキサス州ヒューストンのThe Summitで行われた公演、CD2には1979年3月9日に英ロンドンのウェンブリー・アリーナ(当時はThe Empire Pool)で行われた公演の音源をそれぞれ収めている。つまり、CD1はオリジナルアルバム『Burnin' Sky』(1977年3月リリース)直後、CD2は『Desolation Angels』直後のライブ音源になる。

日本では「芳しき英国ロックが米国ロックナイズされてしまった」として、セカンド盤の『Straight Shooter』以降、マスコミや評論家が好意的な評論をしなかったこともあって人気が激減、1979年の『Desolation Angels』がリリースされた頃には完璧に「過去の伝説ロックバンド化」していたんだが、このライブ音源を聴くと、米国ではまだまだ結構な人気があったことが良く判る。

僕はこの「バドカン」が意外とお気に入りで、周りの人気が激減したこととは関係無く、貸レコードをベースに新譜はしっかり押さえていた。つまり、このライブ音源に直結するアルバム『Burnin' Sky』と『Desolation Angels』については違和感は無い。
 

Bad_company_live_1977_1979

 
さて、そのライブ盤の内容であるが、当時の「バドカン」がバンドとして如何に充実していたか、を良く理解出来る内容になっている。英国ハードロック・バンドの面目躍如的な演奏で、テンションもほどよく、聴き始めたら一気に聴き切ってしまう。

バドカンの音のベースは、1970年前半に活躍したバンド「フリー」なんだが、フリーの音よりもブルース色を希薄にして、ほどよく洗練されコントロールされたハードロックな音に仕上がっている。その音世界が米国で受けたのも頷ける。この音世界を「商業ロックに走った」として、ロックの風上にも置けない、と息巻いて一切聴かなくなるのはあまりにも短絡的だろう。

今の耳で聴けば、そこはかとなく、ライトではあるがブルージーな感覚は漂っていて、リズム&ビートの重心も低い。米国のハードロックやポップロックと比べたら、その音の違いは歴然としており、このバドカンの音が「米国ロックの音」と同一とすること自体に無理がある。このバドカンの音は「英国ハードロック」の系譜を引き継ぐものである。

とにかく、このライブ音源をフラットな気持ちで聴けば、なかなか「いけてる」バンドの演奏やなあ、と単純に感じることができる。まあ、ロックにしろジャズにしろ、自分の耳で聴いて自分の感性で判断することが大切。他人の評論を鵜呑みにしてばかりだと、自分にとっての「良い音楽」を聴き逃してしまう可能性がある。

しかし、びっくりポンである。よくまあこんな良質のライブ音源が残っていたもんだ。長生きはしてみるものである(笑)。そうそう、ちなみに「Bad Company」って直訳すると「悪友」になります。

 
 

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2016年5月20日 (金曜日)

今もフリー・ジャズは生きている

僕がジャズを聴き始めた頃は、ちょうどフュージョン・ジャズ全盛時代。1978年辺りからジャズのアルバムのコレクションを始めたんだが、ほどなく「フリー・ジャズ」に邂逅する。コルトレーンの『アセンション』だった。LPのAB両面に跨がる1曲の長尺怒濤のフリー・ジャズ盤。

感性のおもむくままに吹きまくり弾きまくり叩きまくる、怒濤の様な不協和音の嵐ではあるが、意外とすんなり耳に入った。子供の頃より、クラシック・ピアノを習っていたお陰で、クラシック音楽の、例えばバルトークとかストラビンスキーとかの不協和音がメインの交響曲なんかを聴いていた時期があったので、恐らく免疫が出来ていたのであろう。

しかし、普通の耳の感覚からすると、この不協和音は耐えがたいだろうし、感性のおもむくままに、他の楽器と協調すること無く、好き勝手に吹きまくり弾きまくり叩きまくると、普通は「音楽」とは感じないであろう。それが、普通の人の「フリー・ジャズ」に対する音の感じ方である。

「フリー・ジャズ」というのは、何も無勝手流に吹きまくり弾きまくり叩きまくるものでは無く、最低限の決め事はある。しかも、楽器に関してかなりのテクニックと、フレーズに関する見識が無いと、長時間、怒濤の様な不協和音の嵐の様なブロウを繰り広げることは出来ない。テクニックが無く、フレーズに関する見識が無いと数分のフリーなブロウで終わってしまうだろう。

そういう点からすると「フリー・ジャズ」って、極端な方向に振り切った「アーティスティックな音楽の塊」の様なものなんだが、耐えがたい不協和音と「音楽」とは呼べない無勝手なフレーズは一般には受けることは無い。ジャズ者初心者の頃、恐らく時間が経つにつれ、フリー・ジャズは衰退していく、と思っていた。
 

Crowded_solitudes1

 
さて、今日聴いたアルバムが、Eric Revis『Crowded Solitudes』(写真左)。2016年3月のリリース。ちなみにパーソネルは、Kris Davis (p), Eric Revis (b), Gerald Cleaver (ds)。フリー・ジャズには珍しい、管ものが無い「ピアノ・トリオ」。流れ的には、セシル・テイラー、山下洋輔の系統のフリー・ジャズである。

ブランフォード・マルサリスのベーシストとしてもおなじみ、エリック・レヴィスのリーダー作である。2001年からポルトガルのリスボンで活動を始めたジャズレーベル「Clean feed」からのリリース。”Creative Jazz”を掲げて、アーティスティックなフリー・ジャズやコンテンポラリーな純ジャズを中心に展開しているレーベルで、「Clean feedから出る音ならば買う」という根強いファンも多いとのこと。

確かに、この盤に詰まっている音は「アーティスティックな音楽の塊」。しかし、無手勝流に好き勝手に吹きまくり弾きまくり叩きまくるフリー・ジャズでは無い。しっかりと地に足付いた「ディシプリン(規律)」をベースに展開する、限りなくフリーに近いコンテンポラリーな純ジャズと言って良い内容。フリー・ジャズかと問われれば「ぎりフリー・ジャズ」。

テンションも高く、テクニックも優秀、規律を持ったアドリブ・フレーズはほどよくコントロールされ、それぞれの楽器がとってもよく「鳴っている」。それが証拠に、このちょっと難解な「アーティスティックな音楽の塊」なアルバムを、聴き始めたら一気に聴ききってしまう。どっこい「今もフリー・ジャズは生きている」と思った。

この盤のリーダーのエリック・レヴィスって、ベーシストなんですね。ベーシストのリーダー作としても、なかなか内容のある盤で、硬派でコンテンポラリーな純ジャズが好みのジャズ者の方々にはお勧めです。この「Clean feed」ってレーベル、ちょっと注目ですね。しばらく追いかけてみようかと思っています。

 
 

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2016年5月19日 (木曜日)

古き良き米国ルーツ音楽の響き

最近、このギタリストが気に入ってきた。Julian Lage(ジュリアン・レイジ)。数々の有望新人を発掘してきた、ヴァイブのゲイリー・バートンが新たに発掘した天才ギタリスト。1987年生まれなので今年で29歳になる。ジャズメンとしても、なかなか良い年頃である。

そんなジュリアン・レイジの新盤がこれ。Julian Lage『Arclight』(写真左)。今年2016年3月のリリース。出来たてホヤホヤである。ちなみにパーソネルは、Julian Lage (g), Scott Colley (b), Kenny Wollesen (ds)。 ギター・トリオである。

ここ最近の2〜3枚は、結構ストイックに、ギターソロや、バックを最小限に絞ったギターインスト中心のアルバムをリリースしてきた。内容的にも純ジャズ風、アーティステックな香り漂う、硬派なギター盤。

過去にどこかで聴いたことのある音もあるのだが、暖かみのあるメジャーに展開するフレーズはレイジの個性。ブルージーにマイナーに展開することが多いジャズ・ギターだが、レイジのギターはその逆をいく。

そんなレイジが、今回の新盤で弾くギターはエレギ、テレキャスがメイン。1920年代の古き良きカントリー・ミュージックやスウィング・ジャズにフォーカスを当てるという、実にユニークなアプローチ。音的にも、フュージョン色の濃いコンテンポラリー・ジャズな雰囲気で、どこか懐かしく、ノスタルジックな音が漂いつつ、爽快かつ明朗。

冒頭の「Fortune Teller」のフレーズを聴くだけで、このアルバムの内容にワクワクする。ちょっと捻れてちょっとノスタルジックで、それでいて明朗。続く「Persian Rug」は軽やかなカントリー風なアレンジが魅力的な、古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気が色濃く漂う。
 

Arclight

 
そう、アルバム全体がこの「古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気が色濃く漂う」音世界で満たされている。これが実に魅力的に響き、アルバム・コンセプトの統一感に貢献している。恐らく、これは、プロデューサーであるジェシー・ハリスの手腕によるところが大きいのではないか、と睨んでいる。

ジェシー・ハリスは、ノラ・ジョーンズの楽曲の作曲者でもある。ノラ・ジョーンズが米国ルーツ音楽に傾倒していることを考えると、このジェシー・ハリスのプロデュースする、このレイジのアルバムの「古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気が色濃く漂う」音世界というのも合点がいく。

「古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気」、例えば、何処まで広がる青く高い空、何処までも広がる平原(プレーリー)、日が傾いた頃の黄金色の空、懐かしさと切なさ、漂う郷愁、と言うような音の雰囲気。そんな音の雰囲気がこのレイジのアルバムにぎっしりと詰まっている。

実は僕はこの「古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気」にからきし弱い。確かにこの音世界は、ジム・ホールから始まり、1970年代にパット・メセニーに引き継がれつつ、1980年代にジョン・スコフィールド、ビル・フリゼールと拡がりを見せていて、実は僕はこれらのギタリストが大のお気に入りなのだ。

なるほど、僕がこのジュリアン・レイジの音世界が好きになる訳だ。唯一、今回はジャケット・デザインだけがあっさりし過ぎていて玉に瑕ではあるが、この新盤『Arclight』は、「古き良き米国のルーツ音楽の雰囲気」の好きなジャズ者の方々には是非聴いて頂きたいですね。好盤です。

 
 

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2016年5月18日 (水曜日)

聴いていて馴染み易く聴き易い

ジャズ者の初心者向け盤と紹介されて飛びついて、聴いてみて「あれれ」と思ってしまった盤は沢山ある。恐らく、当時の評論家筋が「ジャズを聴くんなら、これは聴いておかないと」という、大学で言う「一般教養科目」的な印象で選盤したイメージがある。ジャズ者初心者にとって、馴染み易いか聴き易いか、なんていう観点は二の次である。無責任と言えば無責任である。

僕にとっては、Dexter Gordon(デクスター・ゴードン、愛称デックス)がそういう存在だった。デックスの「初心者向け盤」を選んでは聴くんだが、どうにも最初は取っつき難かった。やはり、初心者にとって判り易いテナーは、ジョン・コルトレーンであり、ソニー・ロリンズなのだ。

例えばこの盤。Dexter Gordon『Go!』(写真左)。1962年8月の録音。ブルーノートの4112番。ちなみにパーソネルは、Dexter Gordon (ts), Sonny Clark (p), Butch Warren (b), Billy Higgins (ds)。デックスのワン・ホーン・カルテットである。

デックスだけが1923年生まれで、他のメンバーよりも8〜16歳も年長である。所謂「世代が違う」。録音された年、1962年はハードバップの全盛時代が過ぎて、モード・ジャズやファンキー・ジャズなど、ジャズのスタイルの多様化が進んだ時代。新しい響きやコンセプトのアルバムがバンバン出ていた頃である。

そういう意味では、このデックスのワン・ホーン・カルテットのバックのピアノ・トリオ、所謂リズム・セクションが、ハードバップ期のそれよりも新しい響きを宿しているのは、ジャズ者初心者の僕でも良く判った。シンプルでスッとしていてモダン。小粋なファンクネスが音の底に流れ、リズム&ビートが、そこはなとなくポリリズミック。
 

Dexter_gordon_go

 
それに引き替え、デックスのテナーは「超然」としている。スタイルは独特の個性。デックスのスタイル、デックスの音である。ハードバップとかビ・バップとか、ジャズのトレンドとは全く無縁。そのブロウは大らかで豪快。ピッチは少し外れていて、上手いんだか下手なんだか判らない。でもずっと聴いていると、やはり「上手い」。

そして、デックスはテーマもアドリブも「人が唄う様に」サックスを吹く。テクニックを優先する訳でも無い。リリカルを意識して理知的に吹くのでも無い。自分の感覚そのままに「人が唄う様に」サックスを吹く。ジャズ者初心者の僕にとって、これがデックスの魅力というのが判らなかったのだから困ったものだ。

そんなデックスの魅力が理解出来る様になったのはつい10年ほど前から。この『Go!』などは愛聴盤の筆頭である。よく評論で書かれる冒頭の「Cheese Cake」であるが、やはりこの曲は良い。デックスの作曲力の優れたところをとことん実感する。曲も良いが、演奏も良い。デックスのブロウが実に魅力的である。

ジャズ者初心者向けかどうかに関わらず、聴いていて馴染み易く聴き易い、ということは、音楽にとって大切な要素である。そんな基本的なことを改めてじっくりと教えてくれる、そんなデックスの魅力盤である。今更言うのもなんなんですが、やっぱり『Go!』って好盤です。

 
 

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2016年5月17日 (火曜日)

ながら聴きのジャズも良い・5

こういうジャズも良いもんだ。聴き心地が良く、ながら聴きに最適。何かをしながら耳に馴染み、そのメロディーがアドリブ・ラインがスーッと耳に残っていく。決して耳触りで無く、決まって耳に優しい。

スムース・ジャズだからと言って毛嫌いするには勿体ない。KENNY G『Brazilian Nights』(写真左)。スムース・ジャズを代表するサックス奏者、ケニーGの昨年リリースのアルバム。タイトルから判る通り、ブラジル音楽の特集。いわゆる「ボサノバ&サンバ」集である。

もともとが「ボサノバ&サンバ」という音楽は耳当たりが良い。爽やかで軽やかで聴き心地が良く、ながら聴きに最適。雰囲気的には「ソフト&メロウ」がメイン。スムース・ジャズに直結する「ソフト&メロウ」な音世界が実に心地良い。加えて、ケニーGのサックスの音が、これまたこの「ボサノバ&サンバ」にピッタリなのだ。
 

Brazilian_nights_1

 
こんなにケニーGのサックスと「ボサノバ&サンバ」の相性が良いとは思わなかった。しかも、ソフトさメロウさに流されず、アドリブ・パートではしっかりと芯の入った音色でガッツあるフレーズを聴かせてくれるケニーGは意外に硬派だ。安易に耳当たりの良さを追求する安直なミュージシャンでは決して無い。

お馴染みの「Corcovado」や「Girl From Ipanema」が、今まで聴いたことが無い「ソフト&メロウ」に満たされていることにちょっとビックリする。ケニーG独特のサックスの音色とアドリブの節回しによって、今まで、散々演奏され来た「ボサノバ&サンバ」の名曲達が新しい面立ちで、僕達の耳に新しい響きを届けてくれるのだ。

スムース・ジャズだから、ながら聴きに最適だから、と言って軽く見てはいけない。このケニーGの「ボサノバ&サンバ」集は、意外と内容のある「硬派でシリアス」なコンテンポラリーなジャズがてんこ盛りである。スムース・ジャズだからと言って無防備に聴くと、意外と「狼狽します」(笑)。

 
 

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2016年5月12日 (木曜日)

ボウイの『★(Blackstar)』

David Bowie(デヴィッド・ボウイ)の26枚目にして最後のスタジオアルバム『★』(写真左)。タイトルは「★」。面白いタイトルである。ボウイらしさが溢れている。

読みようが無いと困るのだが、今回のこのアルバムのタイトルトラックであり、2015年の11月に先行発売されたシングルが「★(Blackstar)」となっているので、「★」の読み方は「ブラックスター」で世界統一されている。

前作『The Next Day』は秀作だった。『Ziggy Stardust』を中心とする黄金時代の音世界が戻って来て、ポップ&グラムな音世界は「さすがボウイ」と見直さざるを得なかった。この前作『The Next Day』の出来の素晴らしさから、次作については相当な期待を持っていた。

そこにこれである。『★』(Blackstar)」である。この盤は、ジャジーな雰囲気に満たされている。それもそのはず、ジャズ・ビッグバンドであるマリア・シュナイダー・オーケストラのメンバーが参加している。この「マリア・シュナイダー・オーケストラ」からのメンバー参入というところが、ジャズ者の僕としては「グッと」くる。
 

Blackstar

 
この『★』ではジャジーな雰囲気をベースに、「ベルリン三部作時代」を思わせるような、曇り空の様な、くすんだ鉛色の陰影が全体を支配する。この「ベルリン三部作時代」はシンセサイザーを使ったアンビエントな音世界であったが、この『★』については、ジャジーな音を使ったアンビエントな音世界であり、これが実に魅力的である。

この『★』は、前作『The Next Day』と併せて、ボウイの傑作の一枚と断言できる。というか、この2枚を併せて、ボウイの1970年代の黄金時代を、現代の環境に合わせた表現方式で再構築している。この再構築のセンスが抜群なのだ。

加えて、このアルバムのアートワークも特筆ものである。「Heathen」「Reality」そして「The Next Day」でボウイと組んだジョナサン・バーンブルックが担当、真っ白な背景の上に大きな黒い星が真ん中に飾られ、そして星の部分部分のパーツによって「B O W I E」と表されたと思われるものによって構成されている。このデザインは洗練されてして実にシャープだ。

このアルバム『★』は、ボウイの69回目の誕生日である1月8日にリリースされた。ボウイの完全復活として話題になったのもつかの間、その2日後、ボウイはあの世へ旅だった。『★』はボウイにとって最後のスタジオアルバムとなってしまった。
 
 
 
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2016年5月11日 (水曜日)

ボウイの『Ziggy Stardust』

2016年に入って早々、1月10日、衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。「デヴィッド・ボウイ、18か月の闘病の末、肝ガンにより死去」。あの「グラム・ロックのヒーロー」デヴィッド・ボウイがあの世に旅立った。ショックである。

デヴィッド・ボウイの音に出会ったのは高校時代。1974年の冬になる。映研の先代部長Nさんが部室に持ち込んだ一枚のアルバム。このアルバムの内容が当時、プログレ小僧だった僕の耳に衝撃的に響いた。これって何?

David Bowie『The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mar』(写真左)。邦題『ジギー・スターダスト』。1972年リリースのボウイの名作中の名作である。

タイトルについては「ジギー・スターダスト&ザ・スパイダーズ・フロム・マーズの栄枯盛衰」が日本語訳としては適切とされる。しかし、発売当時は「屈折する星屑の上昇と下降、そして火星から来た蜘蛛の群」という訳の判らん直訳な邦題で僕達を混乱させた(笑)。ただ、この訳の判らん直訳な邦題の方が、この盤を聴いたイメージとピッタリだったのが面白い。

Wikipediaを紐解くと「自らが異星からやってきた架空のスーパースター「ジギー」となり、ロック・スターとしての成功からその没落までを描く物語を、アルバムに収録された曲で構成している作品である」とされる。完璧なコンセプトアルバムである。そういう意味では、このアルバムはグラム・ロックと言うよりは、プログレッシブ・ロックとした方が座りが良い。

さて、僕がデヴィッド・ボウイの音に出会ったのは1974年。「グラム・ロックのヒーロー」とは言え、日本ではポピュラーな存在では無かった。一部のマニアックなロック小僧に受けてはいたが、皆が皆、ボウイを聴いていたのでは無い。逆にボウイを聴いている、ボウイは良い、とすると「変人」のレッテルを貼られる始末(笑)。
 

Ziggy_stardust

 
この完璧なコンセプトアルバムの素晴らしさは、雑誌でネットで語り尽くされているので、ここでは書かない。ただ一言「聴くべし」である。恐らく、2度と再現出来ないであろう、奇跡の様な素晴らしい音が響きが、このアルバムにぎっしりと詰まっている。

映研の先代部長Nさんと僕との間では、このデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』は絶対的存在だった。映研の他の部員はボウイを特別視することは無かった。しかし、先代部長と僕は違った。この『ジギー・スターダスト』のコンセプトは、一応、映画の監督を担う「インテリな夢想家」にとって好奇心と自尊心を限りなく擽る、マニアックなものなのだ。

寒い映研の部室の中で、基本的に他の部員がいない時に二人でひっそりと聴いた。その「ひっそり」と聴くシチュエーションが、このボウイのアルバムにピッタリなのだ。知る人ぞ知る、マニアだけがその美しい音世界に浸ることが出来る、特別な存在。それがデヴィッド・ボウイの『ジギー・スターダスト』だった。

ボウイがこの世を去って4ヶ月。ようやく落ち着いてこのアルバムを聴くことが出来るまでに「心が落ち着いた」。今、このアルバムの音に耳を傾けてみると、やはり、このアルバムは奇跡の塊である。どうやってこの音が出したのか、どうやってこの曲を作ったのか、全くもって理解出来ない。その音その響きの全てが「プログレッシブ」であり「イノベーション」である。

しかしまあ、ジャケット・デザインも格好良く、このアルバムは何から何まで「名盤」である。ロックがアートとして成立している好例のひとつ。ボウイの冥福を改めて祈りたい。

 
 

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2016年5月10日 (火曜日)

このボーカルが「ディーディー」

故あって、この女性ボーカルを聴き直している。Dee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター)。米国テネシー州メンフィス出身の女性ジャズ・ボーカリスト。1950年5月生まれなので、今年で66歳になる。

1978より本格的にジャズを聴き初めて2年。当時、流行していたフュージョン・ジャズの世界で、なかなか本格的なボーカルが見当たらないなあ、とぼやいていたら、例の「秘密の喫茶店」のママさんがこのアルバムを聴かせてくれた。

ディーディーのセカンド盤である『Dee Dee Bridgewater』(写真左)。1976年のリリース。自らの名を冠したアルバムである。邦題は『私の肖像』。この邦題が「言い得て妙」で、このセカンド盤は、ディーディーの個性と傾向がしっかりと聴いて取れる。

とにかく本格的な女性ジャズ・ボーカルである。しかも、飛び切り巧い。この正統派で飛び切り巧いボーカルが、フュージョン・ジャズなアレンジをバックに唄いまくる。これがまあ、ソフト&メロウで、かつ力感のあるボーカルで、バックのストリングスや電気楽器の演奏に負けること無く、クッキリと浮かび上がる。
 

Dee_dee_bridgewater1

 
バックの演奏は完璧にフュージョン・ジャズ。プロデュースが「Stanley Clarke」。このプロデューサーの名を見れば、この盤は「ブラック系ファンク・フュージョン」。そして、パーソネルを見渡せば、George DukeをメインにBobby LyleやRonnie Foster、そしてChick Coreaまで、当時のL.A.ブラック系フュージョン・ジャズの強者共がずらり名を連ねた布陣。

そんな豪華なバックバンドの音に負けない、ディーディーのボーカルは頼もしくあり、魅力的である。アルバム全体の収録曲が40分弱とやや時間的には物足りないが、ディーディーの個性を感じ、ボーカルの傾向を理解するには十分な内容のセカンド盤である。

ディーディーの才能のほんの一部分しか楽しめないフラストレーションが残る盤、との評もありますが、ディーディーを全く知らないジャズ者にとっては、ポップさと聴き易さとが同居したこのセカンド盤が、ディーディーを知るには一番近道の盤であると言えます。フュージョン・ジャズのボーカル盤としてお勧めの一枚です。

 
 

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2016年5月 9日 (月曜日)

こんなアルバムあったんや・62

このボーカル盤はユニークである。1曲聴けば、ほぼ男性ボーカルの方は「トニー・ベネット」であることが推察できる。しかし、パートナーである女性ボーカルが誰だか判らない。もともと、女性ボーカルは苦手なので判らなくて当然なんだが、とにかく巧い。有望な若手女性ジャズ・ボーカリストだと推察する。

で、種明かしをされて「あらビックリ」。女性ボーカリストは「レディ・ガガ」。そうこの盤こそが、Tonny Benett & Lady Gaga『Cheek to Cheek』(写真左)。2014年9月のリリース。発売当時、あの「レディ・ガガ」がジャズ・ボーカルにチャレンジした盤として話題となったが、ボーカル盤が故、当時は一端「スルー」した。

今回、海外への高飛びの飛行機の中でこの盤を聴くことが出来た。聴いてみて「あらビックリ」。堂々としたジャズ・ボーカル盤に仕上がっている。この女性ボーカルが「レディ・ガガ」と明かされ無くても、このアルバムは話題となり、かなり売れるだろう。それだけ、女性ボーカルの存在が際立っている。

男性ボーカルのトニー・ベネットの力量には定評があるが、このジャズ・ボーカルの大御所、トニー・ベネットにレディ・ガガが絡むとは思わなかった。全く「思いもしない」組合せである。しかも、この「思いもしない」組合せについては、聴く前の想定を越えた、堂々とした、正統派なジャズ・ボーカルを実現している。
 

Cheek_to_cheek

 
タイトル曲の「Cheek to Cheek」を始めとして「It Don't Mean A Thing」「Nature Boy」などの大スタンダード曲中心の選曲については「またか」感は否めないが、この大スタンダード曲を変にアレンジでこねくり回すこと無く、意外と素直に唄い上げている。この「素直に唄い上げている」ところがこの盤の好感度を上げている。

もともと、レディ・ガガについては、その歌唱力には定評があり、声に独特の艶があるので、ジャズ・ボーカルをやられても、それなりにやるんだろう、という想定は出来るが、これほどまでにジャズ・ボーカルにフィットし、しっかりとしたジャズ・ボーカル盤に仕上げてくるとは。レディ・ガガ恐るべし、である。

あまり話題にならないが、バックのバンド演奏もレベルが高い。そういう意味では、レディ・ガガがジャズ・ボーカルにチャレンジしたという事だけでは無く、トータルとしてこの盤は優れた内容だ、という事だろう。

アルバムの触れ込みである「ポップ・ミュージックのカリスマ(レディー・ガガ)とアメリカ・ショウビズのレジェンド(トニー・ベネット)によるコラボ―レーションアルバム」とは言い得て妙である。最近のジャズ・ボーカルの好盤である。決して「際もの」盤では無い。

 
 

震災から5年1ヶ月。決して忘れない。まだ5年1ヶ月。常に関与し続ける。がんばろう東北、がんばろう関東。自分の出来ることから、ずっと復興に協力し続ける。 

Never_giveup_4

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